5.宴


しかしセナトス将軍との出会い、ハルノートン王子との出会いで睡魔に襲われるということはなかった。
思い出すだけで心が震える・・

「ティティ!あなた覚えが早いわね!さすが大商人の娘だけあるわ~!あ、変な意味じゃなくって。本当に尊敬するわ私、ここまで覚えるのに3ヶ月かかったのよ」
「ルカ、あまり褒めないでよ。照れるわ」
「だって本当のことだもん。じゃぁ、今夜は番外編かしら」
「番外編?」
「そ。番外編って言っても、王宮で住んでいくには最も重要な知識かもしれないわね」
「・・重要な・・知識・・」
「あまり深く考えないで。つまり、人間関係よ。王族や貴族をとりまく人間関係。今夜宴会が行われるの。王族、貴族が一堂に会するわ。説明するには絶交のチャンスだわ」
「なんだかドロドロしてそうね・・」
「えぇ、そりゃもう!でも!その前に!」
「その前に?」
「ネフェル王女様の宴の準備よ」

全身に香油を塗り、エジプト独特のグリーンのアイランを引き、身体のラインを際立たせる極上の衣装を身にまとい薄絹を肩から付け、豪華な首飾り、黄金の髪飾り、コブラを模った黄金の腕輪を手首に巻きつけ、羽扇子を持ちネフェルの支度は終わった

なんてお美しい・・まさに美の女神だわ・・
ティティはポーッとネフェルを見つめていた
ネフェル様をめぐって、王族や貴族はもちろんのこと近隣諸国の王族たちも水面下で策を練っていると噂では聞いたことがあるけれど、こうしてネフェル様を間近で見ていると納得できるわ・・・このお美しい方のお心を捕らえるのはいったいどなたなんだろう・・?

「ティティ」
「ハッ!はいっ!」
「私の顔に何か付いていますか?」
「いいえっ!あまりのお美しさに見とれておりました!」
「フッ・・まぁ、良い。前を見て歩かねば転びますよ・・」
「は、はい!申し訳ございません!」
大輪の薔薇のような微笑を浮かべてネフェルは歩き出した

「ステキ・・」
「ティティ?ティティったら!」
「え?あ?ルカ・・」
「ボーッとし過ぎよ!」
「なんてお美しいのかしら・・」
「そりゃぁね。アナタがポーッとなっちゃうのも無理はないけど・・。宴では王女様のお世話はもちろんのこと、王女様ををお守りするという役目もあるんですからねっ!」
「そうね・・頑張るわ!」
「さぁ!宴会場へ入るわよ!ステキな殿方がいらっしゃるわよ!あ~久しぶりだわ!ドキドキする!」

セナトス将軍やハルノートン王子も出席されるのだろうか?
ティティの胸は高鳴り始めた・・

宴はすでに始まっていた

「ネフェル王女のおなりでございます」

ガヤガヤと騒がしかった宴会場が一瞬シンとなった。そして皆の目が入口の方へそそがれる
その視線に臆することなく、ネフェルは宴会場へ足を踏み入れた・・

「おぉ・・これはなんと・・」
「いつにも増してお美しい・・」
「今夜はまた格別ですな・・」

会場内がどよめく・・ファラオの王妃や他の王女たちはそんな男たちの様子を見て、フンッとすねてしまっている

・・おもしろい・・・

好奇心旺盛なティティはまるで全身がアンテナになったかのように人々の様々な想いをキャッチしていた

「おぉ!エジプトの美の女神、ネフェルよ!今宵はまた一段と美しい!」
ネフェルの叔父であるファラオは顔を高潮させて満足げだ

「ありがとうございます。ファラオ・・」
そのふとした仕草、物腰がまた人々の溜息を誘う

「今宵は美の女神と飲み明かしたい!これへ!」
ファラオは自分の隣の席を指して言った

まぁ、自分の奥様が何人もいるというのに・・
ファラオも無神経なことをなさるのね、王妃様にとってはこれ以上にない屈辱だわ

案の定、王妃の顔は引きつり、口元はワナワナと震えている

会場内が一瞬静まりかえる
ファラオは神の子、その意志は絶対である
ティティもゴクリと喉を鳴らし、成り行きを見守る

「ファラオ」

沈黙を破り、凛とした声が響く。あの声は・・

「なんだ、セナトス」
「恐れながら・・美の女神をお一人で独占するのはいかがなものかと・・」
「なにぃ?私に意見するのかっ?」

誰もが息をのんだ。緊迫した空気が会場を埋める

セナトス将軍・・ファラオに意見するなんて・・
ティティは真っ青な顔をして胸の前で指を交差させていた

「ファラオ」
ハルノートン王子が前へ進み出る
「セナトスはファラオと美の女神の身を案じているのです」
「なに?」
「この世で最も恐ろしいものはなんだと思われますか?それは女性の嫉妬です」
「ハルノートン・・」
「今日のところは私に免じてセナトスの無礼をお許し下さい・・・・その代わり!」
「その代わり?」
「セナトス将軍が剣舞をお見せするそうです」

ワッ!と会場内に歓声が上がる

「よいだろう・・セナトス!」
「はっ!」
「舞うがいい!」
「はっ!」
女性たちが一斉に座り直すのがわかった

「ね、ルカ」
「なに?」
ルカもすでに身を乗り出している
「そんなにすごいの?将軍の剣舞は」
「見ればわかるわよ」
ニヤッとルカが笑った

音楽に合わせてセナトスがゆっくりと舞を始めた・・
動きはしなやかで、キレがよくて、小気味いい・・
元々美しい方だからそれだけでサマになっているし女性たちは皆うっとりを見つめている
音楽が激しく、速くなってきた
セナトス将軍の動きも激しく力強くなっていく
身に付けている衣装を華麗にさばきながら舞う
浅黒い肌に水晶のような汗が浮き出る・・その汗がセナトスの前髪を濡らしていく
表情は時にせつなく、時に哀しげで、見ている者の心を鷲掴みにしていく
前髪が邪魔になったのかグイッとかき上げるその仕草に貴族の奥方が一人、倒れた・・無理もない・・
大胆にもセナトス将軍はネフェル王女に近づき、挑発するかのようなのように不適な笑みを浮かべながら舞う
王女の横にいた古参の侍女が一人倒れた・・
王女はその視線に臆することなく、まっすぐに彼を見ている

ティティは涙でセナトスをしっかりと見ることができなかった・・なぜ涙が出てくるのかわからなかったポロポロとこぼれ落ちることはないが、瞳にはいっぱいの涙がたまっていた

そんなティティを見つけたセナトスは一瞬
「おっ!」
という表情を見せ、次の瞬間いたらずっら子のような笑顔で強引にティティの腕をとって立ち上がらせた

「えぇ?!ちょっ、え~?」

強引にティティをリードして舞を踊る。まるで嵐のような力強さだ

目が、目が回る・・何、これ?何が起こってるの?

「セナトス!やめよっ!」

音楽も歓声もピタッと止まった・・

「ハルノートン王子、何か・・?」

息を切らしながら、一応敬語は使っているが、不満気な表情を隠すことなく、セナトスがハルノートンを見る

「もうそこまでにしておいてやれ・・」
「・・なぜ?」
「その侍女の手首、お前の強引なリードで真っ赤になっている・・折れる前にやめておけ・・」

呆然としていたティティは、ゆっくりと自分の手首を見た確かにセナトス将軍の指の跡がくっきりと残り、熱い・・

「プッ!・・・!あはははは!」

静まり返った会場にセナトスの声が響く

「何がおかしいのだ?」

セナトスは笑いをやめ、まっすぐハルノートンを見つめた

「いや。王子様が侍女ごときの手首の心配をされたのがあまりにも意外で・・さすが王子だ!よく見ておられる・・無礼者はこれにて失礼致します」

どよめく会場・・

「まったく。困ったヤツだ・・皆の者!宴を続けよ!」

ファラオが溜息をついた・・

ティティもフラフラした足取りで元の席に戻った

「ティティ?大丈夫?あら~真っ赤じゃない!」
「だ、大丈夫よ・・」
「冷やした方がいいんじゃなくて?」
「そこまですることないわ・・」

冷やしたくない・・むしろ消えないでほしい・・


「ねぇ?ルカ。セナトス将軍はなぜファラオや王族に対してあんなに強気な態度をとれるのかしら?」
「将軍も王族だからよ」
「え?王族?じゃぁ王子ってこと?」
「う~ん・・一応はね。そういうことよね。でも、将軍のお母様はエジプトの王族でも貴族でもなかったのよ」
「え?平民ってこと?」
「それも違う。アッシリアの王女だったの」
「アッシリアって・・エジプトに滅ぼされた?」
「そっ。ものすごい美女だったんですって。で、ファラオが殺すのが惜しいってことで・・」
「エジプトへ連れ帰った・・」
「そういうこと。でも王女はセナトス将軍が産まれてから二、三年で亡くなったの・・」
「まぁ・・」
「もちろん私はお会いしたことはないけど、セナトス将軍はお母様と似ていらっしゃるらしいのよ。ファラオも不憫に思ってはいるし、愛していらっしゃるのだけど・・」
「セナトス将軍は・・」
「そう。自ら王位継承権を拒否されて、軍人に・・」
「そんなことが・・」
「だから強気な発言をしても、許されちゃうのよねファラオもセナトス将軍に対しては悪いと思ってるみたい」

あの明るい笑顔の下にそんな過去があったなんて・・
一心不乱に舞っていた時に垣間見えた、せつなさや哀しさはセナトス将軍の心の叫びだったのだろうか・・

手首の跡を見つめながらティティは思った



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