ナ チ ュ ー ル

ナ チ ュ ー ル

正六面体 (4) 原子論


ジョン・ドルトン(John Dalton, 1766年 - 1844年)は、イギリスの化学者、物理学者ならびに気象学者。

1801年 分圧の法則発表  「混合気体流体、特に大気の組成に関する新理論」
1803年“沼気”(メタン)CH4と“生油気”(エチレン)C2H4を分析して、一定量の炭素と化合している水素の割合が、“沼気”では“生油気”の2倍であることを見つけた。彼は、この「倍数比例の法則」の発見によって、化学現象に原子論が有効であることを示した。原子論を『化学哲学の新体系』(1808)で発表し、近代的な原子論の第一歩となった書。


『酸素はある量の窒素またはその倍の量の窒素と化合するが、その中間の量の窒素とは化合しない。』   *****ジョン・ドルトン


・化学の歴史
・原子論・分子論の原典

だが原子論は,当時の化学者がすんなり受け入れたわけではなかった。定比例や倍数比例などの実験事実は認めるが、原子論は仮説でしかないというデービーの態度が、当時の大部分の化学者を代表していた。

・ドルトンが発表した原子量(1810)とベルセリウスが発表した原子量(1827)の比較
ドルトン
(1810年) ベルセリウス
(1827年) 現在の原子量


ドルトンの原子量は、まだ分子という考え方に至っておらず未完成であるが、既に水素を1.0としている。水をHOとしてO=7、アンモニアをNHとしてN=6としている。ベルセリウスは、酸素を基準に100として計算し10年ものあいだ約2000近くの化合物を分析し算出した。ベルセリウスの原子量は、精度が非常に高く、現在の値に近いのは驚異的なことである。・・・「原子量が先か当量が先か」「化学の歴史」

そしてドルトンの元素記号、ベルセリウスの元素記号 と先人達の化学式表示と化学の記号化は、記号を見るだけで、そこに様々な意味を理解出来るようになってきている。CH4と書くだけで、
(1)メタンであること 
(2)C炭素とH水素から成る化合物であること。
(3)C:H=1:4
という成分比など、たった「CH4」の3文字から様々な情報が解読できるという画期的なものである。ドルトンの元素記号を「素人に原子の実在を信じさせ、化学者には複雑な化学反応を想像させた。」(元素)と言うのも言い得て妙である。もっとも、ドルトンの化学記号が漢字使用圏で生まれていたら、また違う運命だったかも知れない。

ドルトンの化学記号
   水素 + 酸素 =  水
      +    =      

ドルトンのこの反応式は、まだ分子という概念に至っていなかったのだ。

1808年 f-09ゲーリュサック    気体反応の法則
Joseph Louis Gay-Lussac (フランス 1778 ~1850年)

1802年に「気体の熱膨張に関する研究で、定圧のすべての気体は1度の温度上昇に対して一定の比で膨張する。」というシャルル・ゲーリュサックの法則を発表。1804年8月24日26才でビオと第一回目の熱気球で高度上空の研究、同年9月16日に単独で二回目の熱気球での研究。この二回目の熱気球では、凍死寸前であったといわれている。
水を構成する水素と酸素の体積比に注目して精密な実験を繰り返し行い、「水素2体積と酸素1体積から気体の水2体積ができる。」という結果を得ている。
1808年に「気体どうしの反応では、反応に関係する気体の体積の間には、同温、同圧のものとでは簡単な整数比が成り立つ。」という「気体反応の法則」を発表する。
1808年にホウ素の分離、1814年に沃素の分離に成功している。
1807年に化学者ベルトレとラプラスの許に結成されたアルクイユ協会に9人の若者が集った。その9人は、ゲーリュサック、ビオ、探検家アレキサンダー・フンボルト、化学者テナール、ベルトレの息子、植物学者ド・カンドル、物理学者アラゴ、マリュス、化学者デュロンである。

・化学
・「水の話」   ・「人物化学史」



1811 アボガドロ  f26
アメデオ・アボガドロ( Amedeo Avogadro , 1776年 - 1856年)は、イタリアのトリノ出身の物理学者、化学者。


「分子論」、「アボガドロの仮説」でとくにその名が知られている。発表した当時は分子の存在の概念を認識している化学者がいなかったため、この仮説は理解されかなった。アボガドロの分子論が、受け入れられたのは、1860年のことである。

・化学大家
・化学
・アボガドロは分子概念を提起したか
1811年にアメデオ・アボガドロ(伊)がゲーリュサック(仏)の気体反応の法則とジョン・ドルトン(英)の原子説の矛盾を説明するために仮説として提案した。しかしながら、当時の情勢からして英国と仏蘭西の折衷案は、受け入れがたいものであった。「化学はフランスの科学である。その基礎を築いたのは不朽の名声をもつラヴォアジェである」と記述したフランスの化学史家ヴュルツ。「化学はイギリスの学問である。その創始者は、永久に記憶されるべきキャベンデッシュである。」と記載したイギリスの化学史家ソープ。ナショナリズムが高揚していた時代である。
□E プリーストリーの酸素発生実験
2HgO → 2Hg + O2




★ 酸素を含む気体の発見史  啓林館

 年   発見者       発見者の命名     気体名   
 1754 J.ブラック     固定空気       炭酸ガス
 1766 H.キャベンデッシュ 可燃性空気      水素    
 1769 K.W.シェーレ    火の空気       酸素    
 1772 J.プリーストリー   酸の空気       塩化水素  
 1774 K.W.シェーレ    脱フロギストン塩酸  塩素    
 1775 J.プリーストリー   脱フロギストン空気  酸素    

★調査
・プリーストリについての調査の中で、「ウイキペディア」、「化学大家398」、「サイエンスネット」では、化学者、神学者、自然科学者、哲学者としての側面、包括的な人物像が描かれている。さらに調査を進めていくと、松本哲人氏の論文の「J. プリーストリーの奴隷制批判」「ジョセフ・プリーストリーの経済思想」では、経済学者としての実績も浮かび上がってくる。
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★燃焼反応と理論空気量
代表的な物質の燃焼反応と反応前後の体積比

1) 水素
H2 + 1/2 O2  =  H2O +  241.1[kJ /mol]
2H2 + O2  =  2H2O 

+ =
水素      酸素        水

2) 一酸化炭素
CO + 1/2 O2 = CO2 + 283[kJ /mol]
2CO+ O2 = 2CO2

+ =
一酸化炭素     酸素      二酸化炭素

3) 炭素(完全燃焼)
C + O2 = CO2 + 406[kJ /mol]
C + O2 = CO2
+ =

炭素       酸素       二酸化炭素

4) 炭素(不完全燃焼)
C + 1/2O2 = CO + 123.1[kJ /mol]
2C + O2 = 2CO
+ =

炭素       酸素       一酸化炭素

5) 硫黄
S + O2 = SO2 + 296.8[kJ /mol]
S + O2 = SO2

6) メタン
CH4 + 2O2 = CO2 + 2H2O+ 799.6[kJ /mol]
CH4 + 2O2 = CO2 + 2H2O


7) プロパン
C3H8 + 5O2 = 3CO2 + 4H2O+ 2086[kJ /mol]
C3H8 + 5O2 = 3CO2 + 4H2O

8) エチレン
C2H4 + 3O2 = 2CO2 + 2H2O+1305.2[kJ /mol]

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