Nonsense Fiction

Nonsense Fiction

2007/04/23
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テーマ: 短編を作る(405)
カテゴリ: 連作短編


 つまり、女子は長女しか残さない。長女を残すのは、もちろん子孫を残すためである。
 最近といっても、明治の終わりか、大正の初めくらいまでだと思うけど、と彼は付け足す。
「そうしないと家自体が全滅してしまうくらい、貧しかったんだろうね」
「じゃあ、あの函には・・・・・・」
「たぶん・・・・・・ね」
 だから、然るべきところなら大丈夫だと請合わなくてはならなかったのか。
 外はむせ返るような暑さだというのに、背筋が寒くなった。頸筋を、冷たいものが下りていく。
「それを続けていたことで、あの家の女の人たちに、一種の呪いみたいなものがかかっちゃったんじゃないかな」
「そんなこと・・・・・・」
 あるわけがない。自分に云い聞かせるように呟いて頸を振るが、手は無意識に腹を庇っていた。函の中から、赤黒い小さな手が、女の腹に伸びてくる様が浮かぶ。
 しかし、旦那は違う違うとちょっと笑った。
「それもあるかもしれないけど、子供を殺さなければならなかった母親達の、悲哀とか苦悩とかがね。あの辺りでは、間引きは母親の仕事だったんだ」
 産まれて来るのが一番上の子や、男の子ならいい。けれど、次女以下の女児だったら・・・・・・。
「だからあそこの人たちは、心のどこかで、妊娠はしたくないって希ってたんじゃないかな」
 その想いが、あの家の女性の血には流れているから。
 彼はそう云いたいのだろう。
 つまり、この場合の呪いというのは、死者が怨んで悪さをしているというのではなく、生者の思い込みだというのである。
「昔は七歳までは神の領域で、まだ人間じゃないって考え方もあったし、間引きなんて当たり前で、そこまで思ってなかったかもしれないけどね」
 神だと考えたところで、実際には人間だ。苦しみもすれば抵抗もするだろう。嫌でも自分達のしていることに気付かされるに違いない。いや、それも、繰り返すことによって麻痺していくのだろうか・・・・・・。
 そこまで考えてはっとした。眼に入ったのは一瞬だったが、あの函は結構な大きさがあった。産まれたばかりの赤ん坊一人くらいならば、ゆうに入れるくらいの。あれなら、間引く赤子をそのまま入れて放置しておけば、直接手を使わずに済む。あの広い敷地の隅にある蔵なら、泣き声も家屋までは届かなかったかもしれない。
 尤(もっと)もこれは、わたしの勝手な想像に過ぎないのだが。
「ひょっとして、お姑(かあ)さんも・・・・・・?」
 口にしてしまってから、なんてことを云ってしまったのだろうと口を押さえる。
 旦那は、舅と姑が結婚して、十年近く経ってからできた子供だと聞く。そして姑(はは)は、もとは貧しい家の産まれであった。その産まれ故郷でも、似たようなことがあったとは考えられないだろうか。彼女に長い間子供ができなかったのも、そういった負の風習(しきたり)が関係していたと。


つづく






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Last updated  2007/05/28 11:39:18 PM
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