Nonsense Fiction

Nonsense Fiction

2007/07/01
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テーマ: 短編を作る(405)
カテゴリ: 連作短編


 玄関で草履をつっかけ、足早に外に出る。物干し竿から衣類を外し、片端から縁側に投げ入れていると、ぽつりぽつりと水滴が落ちてくる。主人のものだけでも濡れないようにと先に取り込む。次に舅、姑、そして自分の順である。どうにか本降りになる前に取り込み終えて、 ( くつ ) 脱ぎで一息ついていると、急激な徒労感に襲われる。
 こんなことをしていて、何になるというのだろう。わたしの役目はこんなことではないのに。知らず泪が溢れてくる。もう、駄目なのかもしれない。
 ひと月ほど前、幼子を残して 義姉 ( あね ) が亡くなった。結核である。葬儀の席では、母親恋しさに泣く子供が、親族達の眼を引いた。
 かわいそうに。まだ小さいのに。故人もさぞかし心残りでしょうね。
 故人の若さにも哀しみを感じるが、幼子のこれからを思うと、誰もがやり切れなさに目頭を熱くする。しかし、子供を哀れむ彼らの言葉は、次第に彼女への非難に変化していった。
 神様も、こんな小さな子の母親を連れて行くことはないのに。
 そうだ。姉さんよりもっと他に、役に立たない人がいるだろう。
 どうせなら、長男の嫁なのに、子供の一人も産めない、役立たずの誰かさんが死ねば良かったのにねぇ。
 このままでは、我が家は途絶えてしまうわ。お父さん、なんとかならないの?
 見合いで貰っておいて、まさか出て行けとも云えまい。おい、おまえ、外に誰かいい女でもいないのか。この際、男子が産まれれば、妾腹でも構わん。
 無茶云わないでくださいよ。今、仕事が忙しくて、それどころじゃありませんよ。
 まったく、とんだ外れを引かされたものね。
 彼女は ( ) っと黙って、それらの言葉に身を竦めていた。聞き流したつもりでも、心無い言葉は躰の奥底に溜まっていく。子供の悲痛な泣き声は、彼女が生きていることを責めているようにも感じられた。
 跡継ぎの嫁であるにも拘わらず、結婚して九年にもなるのに子ができない。
 最初は気に病まないよう励ましてくれた姑も、三年を過ぎた辺りから態度が変わった。舅に至っては、たった半年で兆候がないことに苛つき、自分が跡継ぎを作るためだけに娶られたのだと、改めて思い知らされた。 ( かお ) にこそ出さないが、主人も同じ思いだろう。仕事が忙しいと云って、家にもほとんど寄り付かない。実際は、 余所 ( よそ ) に女でも拵えているのかもしれない。
 もともと好き合って一緒になったわけではない。だから、彼に妾がいたとしても、 悋気 ( りんき ) することはないだろう。けれど、子供を作られるのは別だった。それは自分の女の部分だけでなく、存在意義自体を否定されるような気がした。しかし、今の自分に、それは止めてくれと主張することができるだろうか。その資格があるのかと自問すると、否の答が返ってくる。自分はこの家に、跡継ぎが必要だから、娶られたのだ。子ができないのでは、離縁を迫られてもしようがないと思っている。しかし、自ら出て行くことはできなかった。実家にいる両親は、彼女の本当の父母ではない。彼女は養女なのである。養い親の面目を潰さないためにも、主人に三行半を突きつけるような真似はできない。
 子供が欲しい。
 子供ができても、舅達の態度は変わらないかもしれない。けれど子供がいれば、自分の生きがいになる。自分の子供さえいれば、主人が余所に家庭を作っても、全く平静でいられる自信がある。
 彼女には、自分が早くに親元から離れなければならなかった分、自分の子供は手元に置いて、愛情いっぱいに育てたいという願望があった。たくさんの子供はいらない。一人でいい。一人を大切に育てたい。
 しかし、そんな夢も、もう叶わないだろう。九年だ。八年まではと云われたこともあるが、それもあっさり過ぎてしまった。子を授かるのに良いとされることは、一通りした。自分の脚で行ける範囲なら、お参りもしている。手は尽くした。ここから先は、神の領域だ。人間である自分が、どうこうできるはずもない。
 彼女は ( なみだ ) を払ってふらりと立ち上がると、洗濯物を投げ入れた縁側ではなく、西の角部屋に向かった。床をこするように ( あし ) を運び、嫁入り道具だった着物箪笥の前に正座する。そして、中から着物の腰紐を一本取り出した。
 これを欄間に通して輪を作れば・・・・・・。
 ぼうっとそんなことを考えていると、仏間の方から赤ん坊の泣き声のようなものが聞こえてきた。気のせいだと自分に云い聞かせ、気を取り直すように頭を振る。しかし、腰紐を握ったまま部屋を出ると、声はいよいよ大きくなった。まさかと思いつつ、仏間に通ずる障子を引く。
 果たしてそこには、火がついたように泣き喚く赤ん坊が、座蒲団の上に転がされてあった。


つづく









お久しぶりでございます。

六月中にケリをつけようと思っていたはずなのに、気付けばもう七月。
しかも話の中では五月だったり~(汗)

かーなーり、陰鬱な始まりですが、お付き合いいただけると嬉しいです。





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Last updated  2007/07/04 10:48:13 PM
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