クレドのにっき

クレドのにっき

零~天倉 繭 漆~

たすけて。
たすけて…澪。
首元にとまった蝶が瞬時に私の首に絡み付く。
たすけて…
何か大きな力に、あたしも、紗重も、曳かれていく。
たすけて…


湖面に弾かれる月の光。
「…『呪われる』?何いってんのよ」
『何いってんの、って…う~ん図太いねぇ神経。ま、俺の姿が見えるだけでもマシだよな。』
澪は、その少年の胸倉を掴んで上下に振りまわした。
うるっさいわね!じゃあもう鬼バックで助けにいけなきゃマズイでしょおが!

あたしは綺麗な処に居た。
ろうそくが綺麗に円形に並んでいる。その火や、滔々浪々(とうとうろうろう)と並び、何処までも途切れない。
――時の経たない部屋。
その真中で、小さな姉妹がお互いの首を絞めあっている。
「コロシタクナイ」

「コロシテ」

「コロシタクナイ」

「コロシテ」

「コロシタクナイ…」


その光景は終わることなく、澱みながら――彼女らの姿を、ろうそくが幾重にも分かつ。
不意にあたしの前をよぎる人影。
「ここは綺麗でしょ」
「…そうだね」
適当に返した。
白い着物を着て、紅い縄を巻いたその少女が誰か、あたしにはわかっていたからだ。
「本当ならあたし、ここで八重に殺される筈だったのよ。」
「…そうね」
だけどね――と彼女は振りかえる。
短く切った肩までの黒髪に、整った顔に、歪んだ笑いを浮かべて。
「あたし、虚の前で、しめころされたの」
宮司たちに、この縄で。と彼女は自分の帯から伸びる紅い縄を示した。
「いたかったわ」
彼女は奇妙な角度で首を傾げ、その瞳から雫を落とした。
「いたかったわ。色んな方向にしめられて、あたし、首がへんな方向に曲がっちゃったの。…宮司たちが躊躇ってたから――やっと死ねる頃にはどんなにか幸せだったわ。」
「…それでずっと八重をよんでた?」
あたしが半身を起こして、彼女を見ると、こちらを覗きこんできた。
白い素足。
「…ええ!…ずっとね…」
あたしの右足が痛んだ。変な角度で寝ていただからだろうか。
「…でも村はなくなっちゃったよ」
「…そうねぇ…」
でも、しかたないのよ、と彼女は血まみれの着物で笑った。生気の無い、整った人形のような顔で。
「あたしをころしたり…したから。八重があたしを、置き去りになんか、したから!」
唐突にあたしは悟った。
「…これは、あたしへの呪い?」
首の蝶のような縄の跡は。
ふふふッ、と彼女は狂笑って、両手をだらりと下げたまま笑い出した。
「そうだよ!あたしとあたしの約束よ!」
綺麗なろうそくがたわんだ。ろうそくの円がたわんで、もっと奥――あの、紅い鳥居の奥から、異様な気配がしてくる――
「紗重」
「なぁに?」
そうだ、もう彼女は話の通じる状態では無いのだ。
(そして多分――あたしも。)
紗重は大仰に片手を鳥居の方へ指し示した。
「サア!楔のひと…あなたが思うとおりにころしなさい!八重が来るまで…八重を連れてくるまで!」
「紗重…。あなたは。」
大きな大きな、この、「虚」に引きずられている!
「あたしたちの目的は…」
「八重ヲ、ツレテクルこと。それだけよ。」
闇から吹きあがる風が、あたしのワンピースの裾を揺らした――。
「お願い。もうやめて…」

ふと気づくと懐かしい風景をあたしは、足を引きずって歩いていた。
紅い蝶が、悲しくその周りを飛んでいる。
ああ、ああ、ああ、…澪。きちゃだめよ。
きてはだめよ。
もうあなたと一緒にいられない。
あなたの名前を呼ぶことすらあたしには苦痛なの。
この喉に絡みついた縄が、あたしの呼吸(いき)を阻む。
懐かしい風景、色の無い雨の降る中庭、
紅い蝶の舞い飛ぶ――
澪。澪。澪!
きては、だめよ!

あたしはぼんやりと立っていた。
そこに。
「おねえちゃんッ!!」
見なれたその人影が声をかけるまで――

TO BE CONTINUED→天倉 澪 捌


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