クレドのにっき

クレドのにっき

賛美歌と友人

賛美歌と友人


 二人で夕食を摂っていると、なんだか気まずい雰囲気になった。
(う~ん…やっぱり、迷惑だったかねえ)
デューは心の中で呟いて、最後のマーボー茄子を飲みこんだ。
それから、茶を飲んで。そろそろ無くなる頃…
「…そっち、行っても、いいか」
向かい合わせに座っていた五飛から、ぽつりと言葉が落とされた。
デューはとりあえず、狭いテントの中だし、隣り合った方がいいかも知れない、と考える。
「うん」
そっと落とされたキスは、真摯な熱を孕んでいた。
 「ねえ…五飛、ランタン…消してよ」
首に。鎖骨に。落とされるキスは、稚拙だけれども、十分に熱があった。
真剣、と云う名の、錆びない熱さ。
「…お前が、ヒイロのことを好きなのは知っている。…でも、それに負けないくらい、俺はお前が。」
漆黒の瞳が夜の瞳を見つめる――「お前が。好きだ」
その時、気付いた。
 どうして、かな。
 気付かなきゃよかった。
「…うん」
デュー(オレ)には、頷けないけれども、五飛、オレ、お前のこと…
「ランタンを消したら、お前の顔が見えなくなってしまう。…厭なんだ。一度きりでいいから、今夜だけでいいから、俺のデュオになってくれ」
そんな風に、真剣に口説かれたら、…だめだよ。オレが、兄貴とは違う人間なんだってこと、思い出しちまうじゃないか。
五飛はその長い三つ編みに口付けて、前髪を梳いた。
「…その…初めてだから、痛かったら、すまない」
「…オレはきっと、五飛が思うほど、きれいじゃないよ」
傷跡だらけの身体をみて、五飛がほんのり笑う。
「傷跡は、つきものみたいなものだ。…お前はきれいだ。だれよりも。だれよりも。…どうして、泣く?」
実直で素直で、堅実な彼。
デューが愛していたのは、張五飛そのひと。

 狙いなんて外すわけもない。
こちとら殺して十何年ですよ。一生の大半、人殺しで占めてんですから。
「うーちゃん、そっちどお?」
無線に話し掛けると「問題も無い。弱いな」
「んーまあ平和ボケしてるからねーっOZたってさ」
無線に雑音。
しまった、と舌打ちして、確保していた退路へ向かう。
追ってきた雑魚どもは早かった。手投げ弾をお見舞いしてやる。
「悪く思うなよッ!」
爆風と自分のジャンプ力で、5メートルくらい楽に跳べた。
転がって、着地態勢を取る間も無く、走った。
これじゃ、落ち合うポイントは雑魚で固められてるかも知れない。とすれば、現地合流しかねえ。
 「ち…無事でいろよな!」
誰かの事を気にかけるなんて、…死神が気にするなんて、なんて奇妙。

 一方、ヒイロ。
「…風のようなやつだったな…」
怒涛の一日を終えて、ようやっと一息。それも、椅子に縛り付けられてありとあらゆる性教育をされましたとさ。
トールはいつのまにまとめたのか、分厚いテキストをヒイロに最後に渡し、「これ読んでおけ。わかんなくなったらいつでも復習すること。いいな?」
…そのテキストには、表紙に「愛のらぶらぶ大作戦」と書かれている。金箔押しで。
そして、トールはさっさと痕跡も残さずに、コロニーへと帰っていきました。めでたし、めでたくもなし。
そのテキストをぺらぺらとめくり、にやりとヒイロは笑みを浮かべた。
「183ページ…媚薬とその効果…リーガルでお手軽に出来る強い媚薬、ふたりの夜(昼)を盛り上げる演出…デュオの場合、致死量ぎりぎりまでくらい平気だろうから、…今度是非試してみよう。」
デューは意外と警戒心が強いので、飲み物に混ぜるのは無理かも知れない。あの、忌々しいエンドレスウィルスのお礼がしたいのだが。パソコンの前に行くと、キーを打ち込む。
「…70パー回復…ラン。…解除コマンドがなかなか思い付かないな…」
ぼうっと画面を見ていると、通信が入った。
「誰だ」
呟いて画面を立ち上げると、そこには、長い三つ編みに、青い病人着を着た、デュオがいた。
『あ”っ…』
切ろうとしたのを、ヒイロは止めた。「待て」
『……』
画面の向うのデュオは、目を伏せた。それは、見たことも無いくらい、憔悴した姿。
『…オレ、デューと話…したくて。だから…』
ヒイロと話すわけじゃないんだ。
ヒイロは眉を顰めた。
「俺とは、話したくない。…そう云う、ことか?」
沈黙が支配した。
破ったのは、デュオ。
『…ヒイロに…纏わりついてて、ごめんね』
は?
目を伏せたままのデュオは。前髪が表情を隠してしまって見えないけれど、泣いているのか。
『…オレ、なんかきっと勘違いしてた。…迷惑だよね。…だから…』
涙声だった。伏せた顔から、雫が伝っている。
ヒイロは――ここまで、思いつめていたのか、と。今更ながら、…思った。
画面の向うで、しゃくりあげる、少年は、自分に優しさをくれたひとだ。
死神だけど、優しいひとだ。
死を悼み、だからこそ、その為に殺すことも厭わない、強いひとだ。
「…いつ、俺がお前を迷惑だなどと、云った?」
『…迷惑じゃないけど、オレはヒイロの…ただの、そういう目的の玩具なんでしょ…?』
――ヒイロ、脳内検索。
…あ。… あ! あれか!!
「…あのな、…デュオ。…その…だ。俺は…いつ死ぬかわからない」
『うん…』
嗚咽は止みそうにない。ひとを殺すことは出来ても、その涙を流させることは出来ても、…その涙の止め方を、自分は知らないのだ。
ヒイロは、出来るだけ優しく、云った。
「…お前が、初めて…俺の傷を手当てしてくれた時、その…嬉しかったんだ」
『…?』
涙で濡れた瞳は、幼い子供。
ああ、そうだ。甘えるだけじゃだめなんだ。
こいつだって、俺に甘えたい時があるんだ。
俺達は、互いに背を向き合って、生きている。
「お前は、いつも…その、笑うだろ。笑顔が、すごく似合ってるなって思って…だから、つまり、俺は…お前の事が、」
『…??』
恥ずかしいセリフだ。人生、こんなセリフを云ったことは今まで一度たりとて無い。
ヒイロは覚悟を決めた。
お前が好きだ。死ぬほど愛してる。
ぽかん、と涙を流しながら、デュオが止まった。
『…ヒイロ、オレのこと、好き?』
「……ああ」
『…嫌いなんて、云わない?』
「…ああ」
にっこりと、華が咲いた。
『うん…オレも、ヒイロのこと、すき。』
無邪気な笑みが、何処かいたかった。
「…だから、早く俺の傍に来て、また、笑ってくれ。」
『Hi!ヒイロ、元気かい?』
画面に割り込んできたのは、
「トール!…あ、お前…ど、何処から聞いていたっ」
トールは画面の向うでデュオにワニのぬいぐるみ(かなりふかふか)を渡していた。
『今日のお土産だよ~。デュオ、さあ、お薬飲んで寝ちゃいましょうね☆」
『はあい。ワニさん…うん、かあいい。センセ―はオレの好みをよく知ってるよねー』
「おいっ俺の話をきけー!」
真っ赤になって画面のむかってがなりたてるヒイロだが、ざらざらと薬を飲んで、ベッドにとてとて歩いていくデュオを見て、余りの変わり様に言葉を無くした。
「…」
横になって、画面へ手を振る。
『おやすみ、ヒイロー』
「…ああ、おやすみ。デュオ」
数秒もたたないうちに規則正しい寝息が聞こえてきた。
「…デュオは、治るのか?」
白衣を着たトールに向かって話しかける。
『…治らない。幼少期の…ある事件がトラウマになっていて…つまり』
「PTSDか」
苦虫を噛み潰した笑顔。
『…そう。僕たちスイーパーグループや、人殺しを生業としている者が、常にかかる危険性のある病気だ。だが…あの子たちは…』
トールは言葉を切って目を伏せた。云うか。云うまいか。
「それ以上のものがある、と?」
『…まあ、そういう事にしておいてくれ。…じゃあ、デュオを起こしちゃ悪いから、僕は退散するよ。ああそう、これ。僕の個人アドレス。デュオのことならいつでも送ってくれて構わない。死なない限りは返信するから』
画面に表示されたアドレスを、保存する。そして通信は終わった。

 きぃ、と甲高く瓦礫が鳴いた。
――え?東洋人?うーん…ああ、ちょっと前に裏路地で騒ぎがあったねえ
そんな筈は無い、そんな筈は無い。
――やめときなよ。OZのやつらさ。軍人てのは、子供にも目ぇつけるからねえお嬢ちゃんなんかじゃ、すぐやられちまうよ
甘い腐臭がした。破れた白いズボン。折れた青龍刀。
「嘘だろ、五飛、お前、強いんだろ…やられるはずないよな。そうだよな?!」
急所では無い所に何発も弾を食らっていた。
地面に黒い染みだけが残っていた。
逆の方向に折れている両腕。
あばらがイカれているのがわかる胸。
裂かれて、臓物が引きずり出してある。
まるで、おもちゃのぬいぐるみを壊すみたいに。
ばらけた髪が、中性的な印象を残していた。
抱き起こして、その濁った瞳に語り掛けた。
「嘘だよな…死んだり、しないよな…なあ?五飛。また、一緒にメシ食おうって。…あの夜、やっと気付けたのに、気付けたのに、オレの気持ち、どうしてくれるんだよ、五飛…!」
抱き上げると、臓物が滴った。それをかき集めて、上着でくるんだ。あられもない姿の五飛の遺体もくるんでやる。
「…何処へ埋めればいいのかな…?」
何処へ埋めたらお前、楽になれる?
死神に恋をしたばっかりに、青龍刀を振るえなかった闘神ナタク。
「オレの所為で…死なせた、オレが…死なせた。」

死神に恋をしたばっかりに、
青龍刀を振るえなかった闘神ナタク。


「こちらデュー。…交戦時に一名死亡。…名は張五飛。シェンロンガンダムのパイロットだ。」
パソコンに通信だけ入れた。
早く、殺ぎ落としちゃわなきゃ、きれいなお前の顔が腐ってしまう。

「綺麗に…綺麗に。お前とずっと一緒にいるために。一緒の所にはまだいけないから、こうするしか、ないよな?」
ちょうど好い火加減だ。
骨までちゃんと残さずに。
お前の全てを、オレの中へ。
あの夜よりもっと、繋がれるように。
「お前はオレの中で生きる。きっと…きっと…」
最後のキスをした後、ナイフをかざした。
髪をひと房だけ残す。
「これで、ウィッグを作るよ。それでオレの三つ編みの中に編みこむんだ。そうしたら、…いつでも、一緒だよ、な?」
涙が出ない自分を、是ほど疎ましく思ったことは無い。
感情すら表せない。
でも、
何処かで何かが壊れるような、キケンナ音を、聞いた気がした。

「――センセ―。デューはまだ任務?」
先ほど受けた通信から、トールは迷っていた。あの感情の無い声。
あれは危険だ。危険だ。危険だ。
「…デュオ。五飛を知っている?」
そう声をかけると、デュオは幼子の仕草で頷いた。
トールは決断する。
「五飛が死んだ」
「…え…?」
ぽかんと口をあけて、固まった。
それから、笑った。「あはは、そんな筈ないよー。うーちゃん、強いもん」
「…死んだそうだ。…デューが、そう…通信を…」
「デューが。」
そこで不意にデュオの目に正気が戻る。
「センセ―、デューを早く入院させて。オレはもう大丈夫。任務に戻ります。だから今は一刻も早く、デューを捕まえて!」
腰掛けていたベッドから軽やかに身を躍らせると、普段着に着替えた。
トールの後ろから、パソコンの画面をのぞく。
「発信地は?」
「…ええと。ユーラシア東部…中国のあたり。…だいぶ寮とはかけ離れてるけど」
「おーけー。オレは学園に直行するよ。荷物は向うで調達する。デューを捕まえたらメール頂戴。こっちでも、捜してみるけど」
さっさと格納庫へ向かおうとするデュオに、トールが小さなトランクを投げた。
「デュオ!薬、飲み忘れちゃダメだよ!」
それに、肩をすくめて、「はーいはい。オレってば信用ないのねん。いってきまーす!」

未来なんて無くてもいい。
どうせ明日なんて無いんだ。
それでよかった。
だけど、そこに手を延べてくれたら…
どうすればいいの、死ぬのが惜しくなった。
だけど今その手は、ない。
オレがこの手で…離してしまったから。
離してしまったから。
おねがい、いるなら神様。
五飛を、かえして。


TO,BE...



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