なせばなる、かも。

なせばなる、かも。

Shaggy 4



「なんだか新婚さんみたいね」

 こんな状況だって言うのにいい気なもんだ。買い物は、必要最小限に留めた、あの置物を除いては、だが。
 部屋に帰ると、ミュウは早速メリーゴーランドを下駄箱の上に飾って、飽きもせずに眺めていた。俺は来るべき日のためにワルサーの手入れに取り掛かった。
しばらくすると、ミュウは台所で何やら悪戦苦闘を繰り広げていた。時々、悲鳴とも、叫びとも取れるような声が聞こえている。俺はさっさと片付けを済ませて様子を見に行くことにした。

「何を作ってるんだ」

 俺が言うのと、ミュウが叫ぶのが同時だった。小さなコンロの上にはフライ鍋がおいてあった。辺りは粉だらけで、ミュウの鼻にも白い粉が乗っていた。

「コロッケを作ってみたの。でも、急にコロッケが油の中で爆発するんだもん。レイナに教えてもらったときには爆発なんてしなかったのに」

 言い終わる前に、またボムッとコロッケがはじけてしまった。

「火が強すぎるんだ。そこに座ってみてろ」

俺はレンジの火力を落とし、170度ぐらいになるのを待って残りのコロッケを揚げてやった。

「うわぁ~、ミックってお料理も上手なんだね」

 ミュウは自分の失敗などすっかり忘れて驚いていた。揚げたてのほかほかを皿に盛っていると、ミュウが「ああっ!!」っと大声を出した。

「ご飯炊くの忘れてた」

 俺たちはしょうがなく買っておいたバケットをトーストして、コロッケ入りのサンドウィッチにして食べた。

「夕ご飯はレイナが作ってくれるんだって」
「そうか、やっとまともなものが食べられるな」

 思わず本心が出た。しまった。っと思ったときは遅かった。飲みかけのコーヒーを置いたまま、ミュウは部屋を飛び出して行った。10分ばかり待ったが帰ってくる様子はなかった。

「しょうがない。迎えに行ってやるか」

 俺は部屋を出て、近くの公園やシュージの家を回った。しかし、ミュウの姿はみつからない。

「あいつ、どこに行ったんだ」

 そうつぶやいた瞬間、いやな予感が走った。そうだ、今ミュウを一人で街に出すのは危険だったのだ。俺は、今朝行ったマーケットやカフェテリアをしらみつぶしに探した。頬につめたいものが当たった。雨が降ってきたのだ。

商店街をすり抜けると、さっきミュウが置物をねだっていた店が見えた。

「本当に、どこに行ってしまったんだ」

 俺は、自分の心無い言葉を悔やんだ。雨は本降りになってきている。俺は、一度部屋に戻ってみることにした。

 びしょぬれになって部屋に帰ると、同じくずぶ濡れのミュウがドアの前で小さな花の鉢を抱えて座り込んでいた。

「ミュウ…」

 俺の声に顔を上げたミュウは、もうすでに涙でぐちょぐちょの顔になっていた。俺は急いでドアの鍵を開け、ミュウを中に入れてやった。

「ほら、しっかり拭けよ」

 俺がタオルを投げてやると、ミュウは悪戯な目つきで言い出した。

「ねえ、一緒にお風呂に入っちゃおうか」

 今泣いていたのに、もうこれだ。

「な、何言ってんだ。体が冷えたんならお前だけシャワーでも浴びて来いよ」

 あまりにとっぴな事に俺は思わず照れてしまった。しかし、結局風呂に引きずり込まれる羽目になるのだ。外観コントローラーとやらの性能はすばらしくよかった。これが偽物の肌だとは、とても思えない。

「ミックのエッチ。ほしいならほしいってちゃんと言って!」
「バカ!未成年者保護法に違反するんだぞ」

 うろたえてしまっている自分をこんなに情けないと思った事はなかった。

「また子ども扱いして!」

 ミュウはまた膨らんだ。

「大人になるまではお預けだ」

 額にキスしてやると、ミュウはちょっとご機嫌を直した。

 風呂から上がると、ミュウはさっきの植木鉢をベランダにおいて、飽きもせずに眺めている。見上げると、雨雲が通り過ぎ、さっきの雨がウソのように晴れ渡っていた。

 夕方、シュージの家を訪問した。レイナは早めに帰宅して、夕食の準備をすでに始めていた。ミュウがそれを手伝い始めたので、俺はシュージと当日の段取りを相談した。

「ミック、もう気づいているでしょう。ミュウの特別な力の事。ミュウには他にも意識した人々を静止画像のように止めてしまう力も持っています。そして、人の心に入り込んで、気持ちを変えさせるような技術も持っているのです」
「人の気持ちを変えさせる?」
「ええ、そうです。催眠術ではなくて、超音波のようなもので精神の中に入り込み、具体的な画像を送り込んで本人の意思で決断を下すようにしむけるのです。私は一度しか見たことがありませんが、その時は小さな光の玉のようなものが現れて、そこに画像が映るので、そばで見ていても何を訴えているのかわかりましたよ。ラグーンで起こった悲劇的な映像を目の当たりにしたら、今度の会議に出席する首脳たちならきっと分かってもらえると信じています。ただ…。これを使うにはミュウは子供過ぎるようです。よほど精神が安定しているときか、なにか大きな出来事を体験して、もう少し大人になってくれない限り、安定した結果を得ることはできないでしょう」
「俺にどうしろと?」

 シュージは考えあぐねた後になげやりな様子で言った。

「たとえば…。たとえば、貴方と恋をして、貴方にただ甘えるのではなくて貴方を含めた愛すべきものを守りたいという強い気持ちを芽生えさせるとか…。ああ、やっぱり無理ですよね。時間がなさ過ぎます。気にしないでください。ただ、ミックと知り合ってミュウは恋を知りました。それだけでも大きな成長です。私は今の彼女に賭けていようと思います」

 俺はなんと答えてよいものか返答に困った。するとシュージは、その場の雰囲気を変えるように明るくしゃべりだした。

「ところで武器ですが、バズーカ砲を調達しておきました。弾は特殊な粉末でしばらく空気中を漂います。つまり、目隠し用ということです。粉末内にはゆるい睡眠薬を一緒に調合しておきました。警備の方々にはゆっくり休んでいただきましょう。後は、ミュウの仕事の邪魔をしそうな人たちを催涙ガスで足止めする予定です。できるだけ、けが人が出ないやり方を取ってください。それがラグーンの人々の意向です」
「わかった」
「現地まではヘリコプターで移動します。国際会館の隣にあるホテルの屋上に止めさせてもらえることになっています」

 話が終わった頃、いいにおいがしてきた。

「ご飯できたよ」

 ミュウがうれしそうに呼びにきたので、俺たちはダイニングに移動した。

「これならミュウにも失敗なく作れるわ」

 レイナは今日のコロッケのことを聞いたらしい。楽しそうに笑っていた。

「こんな風に4人で一緒に夕食を食べられるのが当たり前になればいいですね。ねえ、ミック」

 シュージも一緒になってからかってきた。俺はちょっとだけ咳払いをして、「もうちょっと料理の腕をあげろよ」とだけ言った。


 レイナたちに礼を言って、俺たちは部屋に戻った。

「ミック、コーヒー淹れようか」

「ああ、頼む」

 流しに立つミュウの後姿を見ながら、こういうのも悪くないかと、ふと頭をよぎった。ミュウは俺の年齢からはどうもかけ離れて幼い気がするが、学生時代の遊びの恋愛ごっことは違うものがあるような気がしてならない。

「ミュウ、お前いくつなんだ?」
「17よ。娘盛りでしょ」

 ミュウは小さな鼻を上に向けて得意げに言った。そうか、俺より10歳も若いのか。俺は今さらながら、ミュウの幼さに納得した。コーヒーを運んでくると、ミュウは俺の横に座り込んだ。

「ねえ。うまくいくといいね、今度のこと」
「そうだな。ラグーンの人々と地球の人間たちの将来のためでもあるんだからな。それにしても…。こんなに友好的な異星人がいるとは、俺たち地球人は想像していなかったんだな。俺が小さい頃に刷り込まれたイメージは、異様な形態の好戦的で無機質な感じの生命体ばかりだった。他の地球人たちもきっと同じだと思う。だから素直に受け入れられないんだ」

 俺はコーヒーも口にしないで夢中で話しつづけた。そんな俺をミュウはどう思ったのだろう。

「がんばりましょう。ラグーン人と地球人をともに救うためだもの。私たちならきっとできるはずよ」

 そういった時のミュウは、女神のような、母のような大きな存在に思えた。


 次の日はなるべくミュウの感情を乱さないように穏やかに過ごそうと決めていた。翌日に大きな仕事を抱えていると、えてして緊張からよけいなことをしがちだが、今は落ち着いていることが大事だ。特にミュウには大きな責任がかかっている。俺たちは、ミュウの希望で水族館でのんびりすることに決めた。悠然と泳ぐ魚たちの様子を眺め、イルカショーを楽しみ、日が傾く頃、街を後にした。

 帰り道、前の家の近くを歩いていると、ふらっと人影が現れた。

「なんだよ。随分探したんだぜ、ミック。ちっ、まだそいつと一緒にいるのか。お前は騙されているんだ。悪いことは言わねぇ。早くこっちに来るんだ」

 ジェフだった。ミュウは困惑し、俺に助けを求める視線を送ってきた。

「ジェフ。病院に収容されたんじゃなかったのか。体の具合はどうなんだ?」

 俺はさりげなくミュウを退かせながらジェフに語りかけた。

「病院?冗談じゃねぇ。病気でもないのにあちこちいじりまわしやがって…。頭蓋骨叩き割って、出てきてやったぜ」
「頭蓋骨…? ジェフ、相手はただの医者なんだぞ。いったいどうなっちまったっていうんだ。正気の沙汰じゃねえな」

 興奮して口角から泡を吹き出すジェフだったが、俺には奴が本当にそこまで性格をかえてしまったとはとても考えられなかった。粗暴な奴だが、根はいい奴なんだ。

「うるせぇんだよ。どけよ。今お前の目を覚まさせてやる」

 ジェフはそう言うと同時に右のポケットに手を入れた。ミュウが危ない!俺はとっさに銃の前に飛び出して、わき腹に弾を受けた。怯えて口も利けなくなっていたミュウが、俺の倒れる姿を見て急に大声を上げた。

「何でお前はこの化け物をかばうんだ!」

 ジェフはパニックに陥ってしまったようだった。

「ジェフ、しっかりしてくれ。アフリカまで彼らの様子を見に行ってきたんじゃなかったのか?」

 俺はわき腹を押さえながらジェフに詰め寄った。

「う、うるさい!そんな事は分からない。分からないんだー!」

 ジェフは頭を抱え、野獣のような叫び声をあげて走り去っていった。

 「ミック、しっかりして!! 今、助けてあげる」

 ミュウは俺を抱きかかえると、手のひらをかざしてヒーリングを行おうとした。

「ダメだ。今、それを使うと明日の仕事ができなくなってしまう」

 俺が止めてもミュウは聞き入れなかった。

「いやっ!こんな気持ちのままで何ができるの?おとなしくしていて!」

 ミュウの手のひらから暖かい光が差し込んできた。俺はそのままぼんやりと意識をなくしてしまったようだ。


 気がつくと、部屋に寝かされていた。

「ミュウ!大丈夫か?」

 俺はとっさにミュウの姿を探した。

「まだ起きない方がいい。出血がひどかったんですよ」

  シュージが俺の体を止め、そのまま寝かしつけた。めずらしく厳しい顔つきをしている。

「ミュウは?」

 俺はいても立ってもいられなかった。シュージはうなずいて彼らの家のほうを指差した。

「今、レイナがヒーリングを行っています。ミュウが携帯で私たちを呼んだのです。そうでなければ二人とも危なかった」
「ミュウの様態は悪いのか?」

 シュージは少し表情を緩めた。

「いいえ。レイナがいてくれてよかった。少し休めば、すぐ元気になるでしょう。ミック、君には本当に感謝します。ミュウはすばらしく成長しました。君が来る前は、もしあんな状況に追い込まれたら、パニックを起こして泣いていたでしょう。しかし、今回の彼女は冷静でした。私たちに状況を説明し、その間も君を助けていた」
「ああ。今、力を使ってしまっては明日の仕事ができなくなるって止めたんだが、こんな気持ちのままで何ができるのって、しかられたよ。参ったぜ。随分大人になったな、あいつ」

 シュージはうれしそうに頷いた。

「しかし、人目につかない通りでよかったです。結局周りには気づかれないまま貴方たちを収容できました。ただ…」

 シュージは再び顔を曇らせて、辛い報告をした。ジェフが港区の海岸に遺体となって浮いているところを発見されたというのだ。

「ジェフが…?」

 俺はやるせない気持ちでいっぱいになった。

「それと、私の仲間が一人、頭蓋骨を割られてなくなっていました」
「ジェフの仕業だ。自分で言ってた」
「そうですか。それで思い出したのですが…。以前ジェフが店の噂話として話していたことがあったのですが、人工知能を脳に埋め込んで連動させるプロジェクトがひそかに進んでいるらしいということでした。知能障害に苦しむ人たちには朗報かもしれませんが、使い方を間違えると恐ろしいことになるだろうって、ジェフ自身も気にしているようでした。もし、彼がその調査に深入りしてしまっていたとしたら。もしかしたら、ジェフの脳にはそれが施されていたのかもしれません」

 シュージは苦しそうにつめを噛んでいた。ジェフ…。俺の脳裏に最後の叫び声がこだましていた。

 しばらくすると、レイナがミュウを連れてきた。

「ミック、具合はどう?」

 今日のレイナは妙に若い印象がした。

「ミック」

 後ろからミュウも顔を出した。

「ミュウ、ありがとう。俺は大丈夫だ。それより、明日は大丈夫なのか?」

 ミュウはこっくりとうなずいてレイナを見た。

「レイナがいっぱいヒーリングしてくれたの。だからレイナが…」
「大丈夫よ。若返るのも悪くないわ」

 レイナは優しく笑った。若返る?俺には理由がわからなかった。

「レイナは、どういうわけか一定以上のヒーリングを使う若くなっていくそうなんです」

 シュージも不思議そうに言った。

「私にもどうしてだかわからないの。ミュウのようにいろんな実験の結果として身に付いたものじゃないからかしら」

 俺はふと、レイナも異星人ならシュージもかっと不安になってきた。

「シュージもラグーン人なのか?」
「いいえ。私は生粋の地球人です。妻はラグーン人ですがね」

 そう言ってシュージはレイナを引き寄せて笑った。

「さあ。ミックが起き上がれるならうちにきて夕食を食べましょう」

 レイナはほっとしたのか、うれしそうにそう言った。



 食事を終えて部屋に戻ってくると、ミュウが抱きついてきた。

「ミック。今夜私を大人にして!」

 俺は面食らって返す言葉もなかった。

「私、今日ほどミックが大切な人だと思ったことはなかったわ。ジェフに撃たれてどんどん血が流れて…。もうラグーンの人たちや地球の人たちがどうなっても構わない。じぶんの命と引き換えでもいいから、貴方を助けたかった。そう思ったの。でも、さっきシュージやレイナと一緒に食事していてわかった。貴方だけ助かってもきっと幸せにはなれないんだろうって。私、絶対明日の仕事を成功させるわ!そして、ミックやシュージたちと怒ったり笑ったりしながら生きて生きたい。だから、そのためにも今夜のうちにもっと大人になっておきたいの」

 ミュウは真剣だった。俺はしばらく考えてから答えを出した。

「ミュウ。そういった行為だけが大人じゃないんだ。それで大人になった気でいると、足元をすくわれてしまうぞ。大人って言うのは、ここでなるものだ」

 俺はそう言ってミュウの胸に手を当てた。ミュウは少し頬を染めていたが、困ったように俺を見上げた。

「難しいのね、大人って」
「ああ、厳しいもんさ。自分の欲望だけで突っ走ってはいけないんだ」

 少し戒めるように言うと、ミュウはすごすごとベッドの準備に行った。布団に入って向き合ったミュウに、俺は聞いてみた。

「ミュウ。人の心の中に入れるなら、俺の心も読めるのか?」
「うん、意識を集中して念じればね。普段は絶対にやっちゃいけないって、シュージに言われてるけど」
「じゃあ、ちょっとだけ俺の心を覗けばいい」

 ミュウはちょっと戸惑っていたが、やがて目を閉じ、意識を集中させていった。そして1分と経たないうちに真っ赤になって目を開けた。

「ミック。こんなに想ってくれてたんだね。うれしかった」

 ミュウは俺の胸に顔を押し当てて囁くように言った。

「大人っていうのはこういうもんさ」

 再びミュウが顔を上げたとき、もうミュウはさっきまでよりずっと大人の顔になっていた。

「わかった。おやすみなさい」

 ミュウはそう言って軽く口付けると、すやすやと穏やかな眠りについていった。


 その日、軍の最高司令官グレッグ・サイモンは上機嫌だった。

「今日の会議で先進国の承認を得たら、今度は大々的に異星人たちを攻撃してやるのだ。武器を持たない奴らなど敵ではない。めぼしい連中だけ捕獲して人工知能を組み込めば、いい道具になるだろう」

 辺りをはばかることなく大きな声でどこかに電話をかけていた。

「長官、お茶をどうぞ」
「ん、レイナ。今日の会議が終わったら、郡の幹部連中を集めて宴会をやるぞ。手配しておけ」
「わかりました。会議の成功をお祈りしております」

 レイナは静かに頭をさげ、席をはずした。

― あと2時間もすれば薬が効いておねんねしてもらうわ。それまではせいぜい喜んでいなさい - 

レイナはほんの少し口元を緩め、またいつもの顔に戻った。車の手配をし、書類をかばんに詰め込んで、いつもどおりに事を運んでいった。
 同じ頃、俺とミュウは防弾チョッキに身を包み、ゴーグルつきのマスクを肩にかけ、睡眠薬入りの煙幕弾を腰につるしていた。俺の背中にはバズーカが下がっている。手投げ型の催涙ガスは肩にかけたベルトにつるしている。
 外でシュージの車の音がした。

「用意はいいか?」

 俺が声をかけると、ミュウは帽子を後ろ前にかぶって不適な笑みを浮かべた。昨日とは随分雰囲気が違う。十分に魅力的だった。俺はミュウの腰に腕を回してぐっと引き寄せ、口付けた。ミュウも俺の首に手を回して答えてきた。そして、ふっと顔を離すと唇に指を当てて「続きはお仕事が終わってからね」っと笑った。大人になった。俺はそんな確かな手ごたえを感じていた。

 車の中で、大体の手順を確かめた。ヘリでホテルの屋上に降り、バズーカで煙幕を張る。軍の連中が出てくる前に、催涙弾を投げ落としながら国際会議場にロープを張ってそちらに移る。メインホールに着くまでは俺とシュージでミュウを援護し、ホールに入ったらレイナがオートロックを掛け、その次はミュウの出番だ。

「バズーカの音を合図にレイナがビルのブレイカーを落としてくれる手はずになっています。移動は階段で。それと、オートロックは別の電源を使っています。しかし、復旧するまでの時間は10分程度でしょう。行動は迅速に。では、参りましょう」

 シュージが車を止めると、目の前にヘリがやってきた。俺たちが乗り込むのを待って、すぐにヘリは目的のホテルに向かって飛び立った。

 目的地が近づくと、ヘリが多くなってきた。今日の会議の取材をするマスコミのものだろう。俺たちはさりげなくそれらに混じり、目的のホテルに降り立った。
ゴーグルつきのマスクを頭からかぶり、俺たち3人はしっかりと握手を交わした。そして俺は、すぐに外に飛び出してバズーカをぶちかました。見下ろすとあたりはもやのように真っ白になっていた。俺の後ろではシュージがロープを打ち込んでいる。金具をつけるとミュウが飛びついてきた。

「しっかりつかまってろよ」

 ミュウは俺の胸にしがみついてこっくりとうなずいた。まず、シュージがすべる。続いて俺たちだ。ビルが近づくと、ミュウは身軽にひょいと屋上の手すりに飛び乗り、俺を引き上げた。警報が鳴らないのはレイナがブレイカーを切ってくれているからだろう。
 階段を駆け下りながら、振り向きざまにバズーカを撃ちまくった。もうビルの中は騒然としている。メインホールのある10階に着くと、俺は再び、下へと続く螺旋階段に向かってバズーカを2,3発お見舞いした。廊下を駆けてくる連中には催涙ガスをやろう。

「あそこです!あそこがメインホールの入り口です!」
「ミュウ、がんばれよ」
「わかった」

 ミュウはドアの前に立つと、意識を集中させた。胸の前で何か明るいものを膨らませていったかと思うと、一気に会場の中に光を放った。ざわめいていた会場の中が、やがて静かになっていく。
 シュージは静かにドアを開けた。皆、ビデオの静止画像のように中途半端な状態で止まっていた。ミューが念を送っている間も、ふらふらと何人かの軍人がやってきたが、だれもこのメインホールまでは届かなかった。途中でひざを折り、廊下に突っ伏して眠ってしまったのだ。

「がんばれ、ミュウ。オートロックはあと7分しかもたないぞ」

 俺がミュウに声をかけたとき、ゆっくりとした足音が聞こえてきた。

「いやあ、焦らなくてもいいですよ。君たちはもう、未来を見ることも無いのですから」

 ホールの脇からできて来たのは、グレッグ・サイモン最高司令官だった。レイナを人質にとっている。

「ミュウ。躊躇っている時間は無いわ! 私のことなど気にしている場合じゃないの。ラグーン人と地球人を救えるのは貴方だけなのよ!」

 レイナが叫ぶとグレッグは銃をレイナの頬に押し当てた。

「余計なことをしてみろ!こいつの頭に穴が開くぞ」

 ミュウが俺を見た瞬間、シュージが飛び出した。グレッグはつられて銃口をこちらからそらした。俺はとっさに内ポケットに忍ばせていたワルサーを吼えさせた。グレッグの銃は奴の手を離れ、ホールの隅にばらばらになって落ちた。だがシュージの足からは鮮血が流れ出ていた。

「パパーッ!!」
「ミュウ。私は大丈夫です。落ち着いて、しっかり集中するのです」

 パニックに陥るミュウに向かって、シュージはしっかりとした口調で諭した。ミュウはシュージの落ち着きをみてぐっと自制した。グレッグは目を血走らせてレイナの首に手をかけた。

「レイナ!」

 俺が銃口を向けたときには、グレッグは天井を睨んで崩れ落ちていった。シュージが撃ったのだった。

「急いで!あと3分しかないわ」

 レイナがのどを押さえながら叫んだ。俺は急いでミュウに駆け寄った。

「落ち着くんだ。お前の故郷ラグーンの人々のため、俺の仲間、地球人のため、それに、俺たちの未来のために!」

 ミュウはみるみる冷静さを取り戻し、やがて胸の前に翳した手のひらから光を発してアドバルーンほどの巨大な光りの玉を作り出した。その中には何かがうごめいているように見えた。

 じっと目を凝らすと、オゾン層が破壊され、ただれた肌をした人々が次々に行き倒れていく様が生々しく映し出されていた。これがラグーン星に起こった出来事なのか。こんな光景をミュウは見てきたのか。俺はひざが震えるのを止めることができなかった。
 しばらくすると、今度はそこここに眠っている先進国の首脳の面々が映し出された。彼らはこの会場でグレッグのたくらみに乗ってしまい、ラグーン人の怒りを買うことになり、戦争が始まる。地球上のいたるところに瓦礫の山が堆く積まれていった。路頭に迷う飢えた子供たち、ささやかな木の実さえ奪い合う生活。それはあまりにもリアルで恐ろしい世界だった。

ふと気がつくと、ミュウが俺にもたれていた。疲れ果てて気を失ってしまったようだ。

「ミュウ。よくやってくれました。さあ、われわれは帰りましょう」

 レイナの肩を借りて、シュージがゆっくりと立ち上がった。俺たち4人は誰も動かない粉だらけのビルの階段を登っていった。屋上に上がると、さっきのヘリがこちらのビルに下りてきていた。パイロットはチラッと振り向くと、親指を上げてにやっと笑った。その顔が一瞬ジェフに見えて、俺は呆然としてしまった。

「ミック、早く乗って!騒ぎが起こる前にここを発たないと」

 レイナに急かされて俺は減りに乗り込んだ。

 ヘリの中ではレイナが懸命にヒーリングを行っていた。気丈にしていたシュージだったが、傷は深い様子だった。レイナの姿が一段と幼くなったような気がした。しかしミュウはまだ目を覚まさないでいた。ヘリポートでパイロットに礼を言うと、後からシュージの家に行くからといわれた。俺はシュージの車にシュージとレイナ、それに眠ったままのミュウを乗せ、とりあえずシュージの家に向かった。
 シュージの家に着くと、ちょうどシュージが目を覚ましたところだった。

「レイナ? ですか?」

 シュージがうろたえたような声を出したので、俺もつい振り返った。そこにはミュウと同じ年頃の女の子が座っていた。

「そうよ。悪い?」

つんと口を尖らせて、彼女はそう言った。

「レイナ。私のために申し訳ない。。。こんなに幼くなってしまって」

 シュージは人目もはばからずレイナを抱きしめていた。

「シュージ、こんな子供じゃいや?」

 レイナはちょっと不安げな瞳でシュージを見た。

「いいえ。とてもチャーミングです。こんなおじさんとこれからも一緒に過ごしてくれますか」

 シュージはレイナを抱きしめたまま、つぶやいた。レイナも頷いている。俺は、彼らのラブシーンをしばらく黙認していたが、残念ながらずっと見ているわけにもいかず、割ってはいることにした。

「シュージ。悪いんだが、もう君の家についてしまったんだ。続きは俺たちが退散した後にしてくれないか」

 俺の言葉に、シュージはやっと状況が飲み込めたようだった。

「ミュウをベッドで休ませてあげましょう。レイナ、夕食は作れますか?」
「ええ、体は子供だけど、知識に変わりはないわ」

 レイナはシュージが車から降りるのを手伝いながら笑顔で答えた。

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