なせばなる、かも。

なせばなる、かも。

E.St.4


2つの心

 4人が食事を終えて返ってくると、一人の女性が接客室で静かにタバコをふかしていた。

「失礼ですが、どちら様でしょうか。」

松坂がその後姿に声をかけると、真っ赤な口紅を塗ったその女性がゆっくりと振りかえった。

「芙美?!」

今日子は芙美のあまりの変わり様に愕然となった。

「君、本当に伊藤さん?」

石塚も思わず問いただした。

「だったら何?貴方達が呼び出したんでしょ、私の事を。」

芙美は足を組みなおして、石塚の方をキッと見つめて言った。

「伊藤芙美さん、タバコは二十歳になってからだよ。」

松坂は芙美のタバコをすっと抜き取ると、近くにあった灰皿にもみ消した。芙美は反抗するような目つきで松坂を見たが、松坂のまっすぐな瞳に耐えられなくなったのか、ふと視線を反らした。
『まだ、彼女はモニターに閉じ込められているわけではないかも知れない。』

松坂の中にそんな直感がひらめいた。

「石塚、悪いがちょっと僕と伊藤芙美さんの2人にしてもらえないか。」

松坂の押し殺したような言葉に、石塚も何かを感じ取ったようだった。

「わかった。山本さん、小林さん、あちらの席に移りましょう。」

石塚は、2人を促してもとの石塚達の席の方へ移った。

 しばらくの間、芙美と松坂は向き合ったまま言葉もなかった。しかし、何かを思い立ったのか、松坂はすっくと立ちあがると、「コーヒーでも入れましょう。」と部屋を出て行った。
後ろ手にドアを閉めると、松坂は急いで石塚達のいる部屋へ行き、パソコンを立ち上げて、とあるチャットルームに入室しておくように頼んだ。

「大急ぎで実験用のモルモットを借りてきて、パソコンの前に籠ごと置いておくんだ。それと、キーボードはゴム手袋をはめて打てよ。電流が流れるものは使わないでくれ。じゃあ、くれぐれも頼んだぞ。モルモットの様子に変化があったら、こっちの部屋の様子を見に来てくれ。」

松坂はそれだけ頼むと、また給湯室に走って行った。

「忙しい奴だ。」

石塚は呆れたようにつぶやくと、実験用のモルモットを用意して、パソコンの前に置き、指定されたチャットに入室した。

「おっと、ここからはゴム手袋でないとだめだね。」

石塚は、自分にそう言って手袋をはめ、じっとモルモットの姿を眺めていた。

「これは、どういう実験ですか?」

山本が不思議そうに見ていた。

「アイツからは、なんの説明もなかったんですけどね。たぶん、佐々木や伊藤さんに忍び込んだペットウイルスを、このモルモットに移そうとしているんだと思いますよ。ちと手荒な遣り方だとは思いますけど、うまく行ったらラッキーってとこかな。」

今日子も山本も、石塚がじっと待っているので、同じように息を殺して見つめていた。


 コーヒーをトレーに乗せて、松坂が接客室に入ってきた。

「昨日、ここから帰ってから、自宅でチャットルームに行ってるね。」

コーヒーを芙美に勧めながら、松坂はさりげなく聞いた。芙美は無言で松坂のする様をじっと見ていた。

「何か、変わったことはなかった?」

松坂の問いに、肩をちょっと上げただけで芙美は取り合わなかった。松坂は気にも留めない様子で、開いたままになっていたノートパソコンに手を出した。

「あれ、困ったなあ。誰かパソコンでチャットしてたのかな。誰だ?申し訳ないんだけど、ちょっと待っててもらえるかな。」

松坂は困ったように廊下を覗いたが誰もいるはずがなく、仕方なくパソコンをそのままにして部屋を出た。

「おーい。あれ、皆何処に行ったんだ?」

そんなことを言いながら、松坂は石塚達のいる席にやってきた。

「どうだ、反応はあったか。あそこのチャットネームはzzzだったはずだが。」

松坂はモルモットの前のモニターに見入った。

zuka-誰かいませんか?あーあ、ひまだなあ。
zuka-何か良い事ないかな。

佐々木が倒れたとき開いていたチャットルームに入室して、モニターの中で部屋を見渡しているのは、スマートな若い男だった。

「おい、これって誰?」

松坂は非難するような目で石塚を見た。

「俺。8年前の姿だ。本物だぞ、修正無しの。」

石塚は胸を張って見せたが、松坂は首を横に振って「時間の流れとは残酷なものだな。」とつぶやいた。2人が睨み合っていると今日子が「あっ。」と声を上げた。モニターに人影が現れたのだ。

zzz-あら。おひまなようね。相手になってあげてもよろしくてよ。
zuka-うれしいね。最近さ。なんか、良い事ないんだよね。
zzz-まあ、おかわいそうに。

石塚が、「来たぞ!」と叫んだのはその後だった。キーボードがバチバちっと静電気のような物を発していた。

「うまく入りこんでくれ。」

松坂は食い入るように見ていた。しかし、何度か青い光を放っただけで、モルモットまでは届かなかったようだった。
その後も何度か青い光りを放ったが、結果は同じだった。

 松坂は溜息と共に立ちあがると、「様子を見てくる。」と言って接客室に入っていった。足音に気づいた芙美は、すばやくもとの席に戻り、再びタバコに火をつけた。

「おかしいなあ、切ってやるか。」

松坂はそう言って部屋に戻ってくると、パソコンの方へ近づいた。

「ん?君、パソコン触ったの?」

松坂は芙美に問いただした。

「しらないわ。そんなの。」

うそぶく芙美に、松坂は穏やかな笑顔を近づけてじっと見つめた。芙美の瞳がスーと色を変えたような気がした。

「貴方って、結構私好みなのね。ねえ、もっと他の取調べをしてよ。」

芙美は立ち上がり、松坂に押し迫るように進んだ。押された松坂が後ずさっていくと、芙美は右手で松坂の頬に手を当て、左手を松阪の後ろに回してパソコンを動かした。そして、インターネットの回線が切断されたのを見計らって、「あら、当たっちゃったのかしら。」と驚いて見せた。

「伊藤芙美さん、そんな悪戯はいけないよ。消えたら困る事だってあるんだから。」

松坂は上辺で叱って見せたが、そんな事は承知の上だった。松坂がじっと芙美を見つめる。芙美はぐっと睨み返しているが、明らかに戸惑っていた。

「悲しい色の瞳をしているね。」

松坂が小さな声で言った。

「うっ。」

芙美は混乱した気持ちを隠し切れない様子で、「私、帰るわ。」と言うと外に飛び出して行った。松坂はその姿を見送って、複雑な胸中でいた。


 芙美が出て行くのを見て、石塚達も部屋にやってきた。

「伊藤芙美さんの中のウイルスが、逃亡するかもしれない。悪いが伊藤さんのお母さんに連絡して、今すぐ彼女のパソコンの電源を抜いて使えないようにしておいてもらってくれ。それから、小林さん。彼女に付き添って帰ってやってもらえないかな。よそのパソコンでチャットしないように見張って欲しいんだ。」
「わかりました。」
「僕も一緒に行こう。」

山本も言った。

 今日子と山本が急いで飛び出して行くと、芙美の家に連絡を取った石塚が電話を切りながら心配そうに松坂を見た。

「松坂。何かあったんだな。」
「...」

松坂は返事の言葉も見つからなかった。石塚はゆっくりと元の席に戻ると、2杯分のコーヒーを入れ、砂糖を入れて松坂に差し出した。

「疲れた時は、糖分が必要なんだ。文句を言わずに飲めよ。」

松坂も素直に従った。

 松坂は石塚の入れたコーヒーをゆっくりと飲み干した。そして、深い溜息をついて話し始めた。

「伊藤芙美さんは、まだあの身体の中にいるんだ。今は、ウイルスが無理やり押し入って彼女の身体を支配しようとしている段階で、彼女の人格も時々は顔を出して、ウイルスの行動を押し留め様としているみたいなんだ。
彼女の瞳をじっと見ていると、ふと今までの伊藤芙美さんが見える気がするんだ。この状態で、もし彼女がチャットして、他の不安定な人格を見つけてしまったら、確実にウイルスはそちらに逃げるだろう。それに、佐々木のあの様子から見て、彼の人格はもう、彼の身体にはいないと思うんだ。たぶん、モデルを作成するファイルか操作するプログラムの中に埋め込まれているんじゃないだろうか。もし、そうなら、彼女にパソコンを触らせるのはまずいだろ。今のうちに、なんとかウイルスを処理できる者に移さないと、彼女は、彼女自身は、探し出せなくなるかもしれない。」
「松坂。」

石塚は、松坂のめずらしく疲れ果てた姿を静かに見守っていた。

「落ちこむなよ。もう1度、今日の実験の中で足りなかった物を考えてみよう。」

石塚は松坂の肩を叩いて励ました。


 石塚は、芙美と交わしたチャットの履歴をコピーしていた。それをモニターに呼び出して反芻していた。

「なにかが足りなかったんだ。キーボードにまで静電気のような青い光が来ていたんだから。待てよ。やっぱりキーボードに直接触れていないと通電しないんじゃないか?」
「そうだなあ、それと、もうちょっと相手の感情が不安定な感じにしておかないといけないんじゃないか。」

松坂も覗きこんで言った。

「明日、もう1度やってみよう。」

 携帯が鳴って、松坂は急いで内ポケットを探った。

「はい、ああ親父?ええ?佐々木のマンションで停電があるの?いつ?うん、わかった。」

松坂は携帯を内ポケットにしまうと、石塚に向き直った。

「明日、佐々木の住んでいるマンションで電気工事があるそうだ。だから、一時的に停電になる。1度、佐々木をマンションに連れて行って、パソコンと向き合わせてみたらどうだろう。」

松坂と石塚は頷きあって、佐々木を連れてマンションへ急いだ。


 マンションの中は、何も変わっておらず、モニターだけがぼわっと光っていた。抜け殻のような佐々木をモニターの前の椅子に座らせようとして、松坂はモニターの異変に気づいた。

「おい、石塚。これ見ろよ。」

モニターには、佐々木が何物かに囚われたように、見えない壁を叩く姿が映し出されていた。

「動いてるぞ。まだ、生きてるって事だよな。」

石塚は興奮したように頬を赤らめた。


「たしか、山本さんが佐々木の秘書の遺体を見つけた時のモニターには、バグって動かなくなっていた秘書の姿があったそうだから、まだのぞみがあるってことだよな。」

松坂も確かめるように言った。

「佐々木、しっかりしろよ。これが見えるだろ。」

石塚が佐々木の手を、キーボードに乗せたとたん、パシっと鋭い音がして佐々木は椅子から転がり落ちた。一緒に振り飛ばされた石塚が起き上がった時には、佐々木は我に帰ったように、辺りを見まわしていた。

「大丈夫か?気分はどうだ?」

松坂が恐る恐る尋ねると、さっきとは打って変わってしっかりした口調で佐々木は答えた。

「俺は一体どうなってたんだ。

自分の意思で自分の身体がうごくのを確認しながら、佐々木は戸惑っていた。モニターにはもう何も映っていなかった。

 佐々木にパソコンを消させて、再び研究所に戻ってきた。

「おおよその事は、山本さんや小林さん、それに伊藤さんから聞いています。もう、隠し事をする事もありませんから、今までのこと話して頂けませんか。」

松坂は単刀直入に聞いた。

「分かりました。貴方達がこの身体を持ってきてくださらなかったら、俺はずっとモニターの世界に閉じ込められていたかもしれないんだ。分かる事は全部お話しましょう。」

佐々木は石塚が差し出したコーヒーを受け取ると、そっと口元に運び、一口飲み下してはあっと深い息をはいた。

「俺は、パソコンを触る前から、2面性のある人間だったんだと思います。背が高くて、顔も悪くないって周りからも言われつづけていて、皆に憧れられている心地よさにあぐらをかいている自分と、生真面目で、外見ばかりが一人歩きする事に嫌悪感を持っている自分。
カッコよさを求める方の自分が、もっともっとと上を目指し過ぎて、持て余した分を文章にしたら、それが何故か世間に受けて、作家ってことになってしまったんです。そうなると、周りからの目は、一段と多くなるわけで、もう一人の自分を出す場所がなくなってきたんです。気が付くと、生真面目で素朴なもう一人の自分を失いかけていました。ところが、チャットでいろんな女の子と話しているうち、なんだか上辺ばかり飾っている子たちに吐き気がしてきたんです。何もかもが下らないって思えてきて。
そんな時に幼馴染の山本の事を思い出して、始めはほんの悪戯心だったんです。ちょっと奴のモデルでチャットして女の子がどんな風に反応するのか見てみたくて、わざと、奴が言いそうな優しげな言葉で、相手を気遣ったりして話して見たんです。そうしたら、凄く素直で素朴な女の子と出遭ったんです。それが、今日子ちゃんでした。俺は、忘れかけていた素朴な自分を思い出し、どうしても彼女と向き合って付き合ってみたくなったんです。」
「ところがウイルスがそれを許さなかったってことか。」

石塚は砂糖をたっぷり入れたコーヒーをゆっくりとかき混ぜながら言った。

「はい。彼女と出会って以来、思うように恋愛小説は書けなくなりました。始めは、ただのスランプだと思いました。でも、俺の中の本当の心が純粋な愛情を求めているのに、流行の軽い恋愛ゲームなんて、書けなかったってことでしょう。病院で眠っている時、不思議な夢を見ました。いや、あれは夢じゃなくて、もうパソコンの中に閉じ込められていたのかもしれません。」

佐々木は遠くを見るように言った。

 「濃い靄の中で佇む俺に、俺と同じ顔をしたモデルが遣ってきて、純愛を求める俺をばかにしたように笑いました。そして、“暫くそうしていろ。俺はもう少しいい思いさせてもらうから。”っと言って、俺を置いて何処かへ消え失せました。
それから後は、ずっと靄の中に居て途方に暮れていました。ところが、何日かした頃、俺の顔をした奴が、女の子をマンションに連れてきたんです。ワザとモニターの向きを見えるように向けなおして、“おまえが求めてたのは、こんなことだろう。”と言って、目の前で女の子に悪戯して、挙句にその子の胸に、タトゥーで俺のイニシャルを入れたんだ。
暫く女の子をいたぶって、怯えさせるだけ怯えさせると、ぽいっと外に放り出すんだ。もう、何人か同じ目に逢ってる。俺は、指名手配か何かになってるんでしょうね。」

佐々木は肩を落としてうなだれた。


「なるほど。伊藤さんの撮った写真に写っていたのは、タトゥーの機械だったんだ。」

松坂と石塚は顔を見合わせて頷いた。

「それで、その後何か変わったことはありませんでしたか?その君のモデルが逃げ出したりとか、何処かに行こうとしたとか。」

佐々木は少し考えて、はっと頭を上げた。

「そう言えば。1度だけ奴が来ました。透明な壁のような物で囲まれていた俺は、身動きも出来なかったけど、奴は相当焦っている様子で走って行きました。それ以来奴を見かけなくなりました。」

松坂は石塚を見て頷いた。そして、再び佐々木を探るように見つめた。

「もう一晩この研究所の部屋でとどまっていただきます。もし、何か異変でもあるといけませんから。それに、貴方の秘書の女性が亡くなった1件でも事情を聞かないといけないんです。」
「ええ? 彼女がどうして?」

佐々木は本心から驚いているようだった。

「やっぱり、知らなかったんですね。彼女は、事務所の自分の席でモニターをつけたまま亡くなっていました。」

鑑識からは、死因が心不全であると連絡を貰っていた。ウイルスが逃げ出す時バグったのなら、他殺ということはなさそうだった。
 佐々木を部屋に返して、石塚と松坂は考え込んでいた。佐々木が人格を取り戻せた事は間違いないが、芙美はまだウイルスと同居した形でいるのだ。

「やっぱり、キーボードに触れていないと通電しないんだ。明日、彼女を呼んでもう1度やってみよう。」

松坂の中で何かが確信に変わった気がした。


 一仕事終えて、松坂と石塚は食事に出かけた。

「なあ、松坂。あのウイルスって、どういう目的で暴れてんだろうな。」
「暴れる?うーん、とっぴな言葉だが、的を得た疑問だな。」

ファミリーレストランは丁度家族連れでにぎわっている時間帯だった。2人の会話など、喧騒にかき消されていた。石塚は、カツとじ定食をほうばりながら、ネギトロ丼を手元に引き寄せていた。その横で一品料理を2、3頼んで松坂はワインを楽しんでいた。

「ワインよりビールだろ。」

石塚は店員にビールを注文した。

「今日はいろいろあったから、ワインで身体を温めてゆっくり眠りたい気分なんだ。」
「車はどうした?」
「研究所の駐車場に置いて来たさ。」

松坂はおいしそうにワインを飲んだ。

「確かに今日はお前もつらかったよな。だけど、あの可愛い伊藤さんが、あんな色っぽいモデルを使ってたとはねえ。正直おどろいたよ。」

首を振ると、石塚はググッとジョッキを開けた。

「どちらも、彼女自身だよ。それを、あのウイルスが後押ししているんだ。」
「でも、あれじゃあ彼女のイメージと違い過ぎるだろ。」

今度はネギトロ丼にわさび醤油をかけながら、石塚が言った。

「そうかな。どちらも魅力的だと思うけどな。僕は、どちらも彼女なんだと思うし、否定する事ないと思うんだが。」

ワインの色を眺めながらつぶやく松坂に、石塚はにやにやしていった。

「ほお。随分惚れ込んじゃったもんだな。」

石塚の言葉にはっとして、松坂はグイっとワインを飲み干した。

 和やかな食事の時間に、携帯のコールが割って入った。

「もしもし、あ、小林さん。はい。…伊藤さんが?分かった。すぐ行きます。」

松坂の電話の応対で、石塚はすぐ飛び出す用意をしていた。

「彼女が、パソコンを触らせろって家で暴れてるらしい。」
「よし、タクシーで行こう。」

2人はすぐに店を飛び出した。


 芙美の自宅に着くと、丁度今日子が飛び出してきた。

「ああ、刑事さん。丁度よかった。芙美がパソコンの接続を遣り始めたの。さっき止めようとした芙美のお母さんが押し飛ばされて、怪我をしてしまったのよ。」
「分かった。」

松坂はそれだけ聞くと、タクシーに待っているように頼んで、飛び出して行った。今日子は不安げに残った石塚を見た。石塚は、ゆっくり頷いて言った。

「だいじょうぶ。きっと松坂が伊藤さんを助けてくれるさ。あいつの気持ちは本物だ。」

今日子も頷いていた。

 芙美の部屋では、パソコンを切られた芙美が暴れまわっていた。部屋中のものを松坂に投げつけ、家族が近づいても手当たり次第に殴りかかった。
後から遣ってきた石塚が、芙美の両親に言った。

「これは彼女自身が遣っているんじゃないんです。今は研究中ですが、どうやらウイルスが存在するようなんです。そいつさえやっつければ、彼女はきっと元に戻ります。」

話している間にも、花瓶や筆箱が石塚を直撃していた。

「このままでは、埒があかないので、1度娘さんを警察署の研究所に収容したいんですが、よろしいですか。」

両親は、娘が元に戻るならと、すがるような気持ちで2人の若い刑事に、娘を委ねた。


 研究所に帰っても、芙美の粗暴な動きは収まらなかった。専用の個室のベッドに寝かせても、じっと寝ているはずもなく、しようがなくベッドの支柱につけてある、紐で、芙美の手足は縛る事になった。当直の助手達に手伝ってもらってやっと動きを止める事が出来た。
皆が部屋を出て行こうとした時、松坂はふと振り返って、芙美に近づいた。石塚はその気配に気づいたが、気づかぬ振りをしてそっと部屋を出て行った。
 ぐっと睨みつける芙美の瞳を見つめて、松坂は言った。

「今日は、こんなひどい事をして、ごめん。だけど、何とかして君を助けるから。」

松坂には、睨んだ瞳の奥で悲しげな光が見えたような気がした。

「おやすみ。」

松坂はそう言うと、部屋の明かりを落とした。


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