なせばなる、かも。

なせばなる、かも。

CF 天使が消えた瞬間


― 天使が消えた瞬間 ―

 私は真澄。小学校2年生。家族はパパとママと私の3人家族。パパはおじちゃまの会社に勤めていて、いつも疲れたぁって言ってばかりで遊んでくれないの。でも、私にはやさしいママがいるからいいんだぁ。
 ママはね。きれいだし、優しいし、いつもそばにいてくれるの。

「真澄ちゃん!一緒におにごっこしない?」
「たまには一緒に遊ぼうよ」

 仲良しの弥生ちゃんと理穂ちゃんが誘ってくれるけど、私は静かに首を横に振る。私、喘息の病気を持ってるから走れない。

「いいよ。気にしないで二人でお外に出てきてよ。私、ここで本読んでるから」

 二人とも心配そうにしてくれる優しい友達。私もホントは皆と走りたい。思いっきりグランドを走り回ってみたい。だけど、発作の事を考えると怖くてとても無理。

 病院には幼稚園に行く前から通っているけど、ちっとも良くならないの。それに、私あのお医者様キライ。いつも口の端でふんと笑うから。
 今日も実は病院に行く日なの。今から気が重い。

 終りの会が終わって下駄箱に向かうと、いつものようにママが待っていてくれる。ニコって笑って、胸の前で小さく手を振ってくれる時のママの笑顔が大好き。思わず駆け出したくなるの。

「まあ、真澄ったら、そんなに走って大丈夫?」
「うん!大丈夫。私、これでも少しずつよくなってるみたいよ!」
「そう。それならいいんだけど」

 ママは少し悲しそうな笑顔になって、私の背中をそっとさすってくれる。ホントはばればれなのかもれしない。私の体、ほんとはあまり調子がよくないってこと。

 その日も黒川クリニックで診察を受けると、当たり前のようにたくさんの薬が出されて、
「また、来週ですね」とつめたい言い方でお医者様が言うの。
 お金を払って病院を出ると、めずらしくお母さんが寄り道しようって言い出したの。黒川クリニックから駅の反対側に向かって少し歩くと、かわいいパーラーがあった。

「今日ね、すごくいいことがあったの。だから、ちょっとだけおいしいもの食べようか?」

 こういうときのママって子どもみたい。すごく嬉しそうなんだもん。

「あのね。今日真澄が学校に行ってる間にお仕事していた頃のお友達に会ったの。その人は子どもの頃ひどい喘息でね。とても辛い思いをしたんだって。真澄の話をしたら、すごーく可哀想だって言って、いい診療所を紹介してくれたの。少しお家から遠いから、入院することになるかもしれないけど、その診療所は空気のきれいな山の方にあるから、喘息の人が暮らすのには快適なんですって。」

 ママはまるでお城の王子様に舞踏会に招待されたみたいに、話してくれた。そんな診療所なら私も行ってみたい。入院は学校に行けないから寂しいけど、元気になれるならガマンできるもん。

 その日の夜。ママはさっそくパパに診療所の事を相談したみたい。だけど、パパったらダメの一点張り。

「どうしてダメなんですか?真澄には一番大切なことなのに」
「うるさい! 真澄が入院したらお前はつきっきりでそこに入り浸るんだろう。そうなったら誰が俺の面倒をみるんだよ。メシは? 洗濯は? 俺にそれをしろっていうのか?」
「そんなつもりはありません。だけど…」
「ダメだ!ダメだ!」

 結局パパは私の入院を許してくれなかった。ほんとは私、もう治らない気がしてるんだけど、私のために何とかしようとしてくれているママがなんだか可哀想で悲しかった。

 パパはどうして入院することを許してくれないんだろう。ご飯は会社の帰りに時々友達と食べてくるのに、洗濯だって、お母さんが風邪で寝込んだときはおばあちゃんちのお手伝いさんにこっそりやってもらってたくせに。。。

 私ね。ほんとはパパのこと好きじゃない。いつだって自分のことばっかり言ってるんだもん。自分が一番だって、そればっかりなんだもん。

 次の日、ママは真っ赤な目をして新しい診療所に行けなくなったって謝ってきた。だけど私どうしても納得できなくて、絶対行くってママを困らせちゃった。
 しぶしぶ学校に行くとなんだか息が苦しくなって、結局保健室で休むことになった。

 保健室の先生がママを呼んでくれて、まだお昼前なのにママは慌てて迎えに来てくれた。

「大丈夫?」
「うん。ママ、ごめんね。私がワガママ言ったから、バチが当たったんだね」
「違うわ、真澄。こんなにいい子にしているのに、バチが当たるはずないもの」

 ママは一生懸命に慰めてくれた。

「ねえママ。このまま学校を早引けして、前にママが言ってた診療所に行ってみようよ」
「えっ…?」
「ねえ、そうしよう。パパにナイショでこっそり行こうよ。」


 私の提案にママはちょっと迷ってるみたいだったけど、そっとイスから立ち上がると、決心したみたいに私を見た。

「うん、そうしよう。パパだって真澄が元気になったら喜んでくれるはずよね」

 そのまま私達は3回も電車を乗り継いで、遠い診療所にたどり着いた。だけどこれから新しいお医者様に会えるって思うと、なんだかちっとも体が辛くないの。駅を降りてもなんにもなくて、びっくり。ただ舗装された細い道をとぼとぼと歩いたの。
 15分ぐらい歩くと、小さな赤い屋根のお家があって、そこが診療所だった。

 診察時間とか予約とかそういうのがなんにもないところで、インターフォンもなかった。
 ママが「こんにちはー」って挨拶すると、お家の奥からのんびりした返事が帰ってきて、それからまたしばらく待たされて、やさしそうなおじちゃんがのんびり出てきた。

 診察室に行って一通り診てもらると、お医者さんはにっこり笑って私に言ってくれた。

「今までがんばってたんだね。時間がかかっても少しずつ少しずつ良くなっていくから、きっと治るよ。一緒にがんばろうね」

 今までのお医者様とは全然違う。この人にならなんでも話せる。この人の出したお薬なら、苦くてもがんばろうって思えたの。

 病院を出るとき、お医者様がバタバタと走ってきて、私に小さな包みを渡してくれたの。
 帰りの電車の中で開けてみると、かわいい押し花のしおりが入ってた。

『きのうより今日、今日よりあしたは元気になあれ。』

 押し花の横にはそんな文字が書いてあった。

 ほんとは諦めていたんだけど、このお医者様となら、がんばれる気がしてきた。ママもとっても嬉しそうだった。ママの嬉しそうな顔、私大好き。

「遠くまで来ちゃったから、疲れたでしょ?」

 ママは電車の中でそっと私に耳打ちするの。だけどとっても不思議な事に、私、ちっとも辛くないの。学校の保健室の先生が今日教えてくださったの。

「真澄ちゃん。病気って、気持ちの持ちようでもよくなったり悪くなったりするのよ。心配事や悲しい事があるなら、ひとりで悩まないで先生にもお話してね。」

 そっか、こういうことなんだ。私、ママの嬉しい顔が見られたからちっとも辛くない。今、病気に勝ってる!


「真澄ちゃん、最近元気になったね」
「うん!顔色もよくなったし、よく笑うようになったしね」
「ありがとう。あのね、病院変ったんだ。だから、水曜日だけ早引けしちゃうけど、すごく元気の出る先生なの。それに、弥生ちゃんや理穂ちゃんがそばにいてくれるもん。3年生も二人と同じクラスでよかった」

 楽しそうに笑ってくれる弥生ちゃんは、幼稚園のとき交通事故に遭って長い間入院していたことがあるんだって。理穂ちゃんには歳の離れた喘息のお姉さんがいて、やっぱり運動できないから、いつもお家の中にいるんだって。だからかな。二人とも私にすごくやさしくしてくれるの。

 まだ学校の体育の授業は受けられないけど、少しぐらいなら走れるようになってきた。息が荒くなっても息苦しくならない。やっぱりあの診療所に行くようになってよかった。

 でも、ほんとは少し心配な事があるの。あの診療所に通い始めてもうすぐ1年になるけど、最近パパの帰りがとても遅くて、ママとも口を利いてないみたいなの。
 もともとパパが反対してた診療所にズルしてママと通い出したから、パパが怒るのはわかるんだけど、なんだかパパってほかの事でママに仕返ししようとしているみたいで心配。

 で、とうとう心配していたことが起こってしまったの。大きな物音で目が覚めて、そっと階段を下りていくと、パパとママが言い合いしてたの。


「俺がなにをしようと勝手だろう! お前にとやかく言われる筋合いはない!」
「でも、それは貴方の物ではないでしょう? お義兄さんの会社の株を勝手に売り飛ばすなんて、ドロボウと同じだわ」
「なんだとぉ? お前が俺の給料で勝手に他所の病院に真澄を通わせるのと、同じじゃないか?!」

 パパは手当たり次第に回りにあるものをママに投げつけながら叫んでる。目が血走って、なんだかパパじゃない人みたいだ。

「だけど、真澄は少しずつ元気になってきてるじゃないですか」
「そんなの知るか! お前が勝手に産んだ子どもじゃないか。どうでもいいんだよ!」
「ひどい!! 」

 階段の影に隠れて聞いていたら、急にバシッと物凄い音が聞こえてびっくりした。そっと覗いてみると、パパがほっぺを押さえてソファに倒れこんでママを睨んでた。

「もうお前なんか用なしなんだよ。俺を敵に回したらどうなるかわかってんのか?」
「分かりません!分かりたくもありません! 貴方は真澄の父親なんですよ。もっと真剣にあの子のことを考えてあげてください」
「あーっ!うるさいんだよ! どけ!!」

 ママを突き飛ばして、そのままパパは家を飛び出して行っちゃった。

 どうして?どうしてパパはあんなひどい事言うの? 私、知ってるよ。本能寺のおばあちゃまがおじちゃまと話していたもん。
パパがママのことを好きになって、無理やり結婚させたんだって。おばあちゃまはお金持ち同士で結婚しなきゃダメだって怒ってたけど、私がお腹の中にいたからしょうがなかったんだって。

それなのに、あんな言い方するなんて、ひどい!パパはもう、ママや私のこと、キライになっちゃったの?

 私、そのまま息が苦しくなって、そうしたら急に咳が止まらなくなって、そのまま階段で倒れてしまったみたい。
 ママがすぐに気が付いて貼り薬を貼ってくれたけど、きつい発作はなかなか止まらなかった。

 次の日、ママは私を山野診療所に連れて行ってくれた。電車を乗り継いでどんどん山奥に進んでいくの。暖かくなってきて、ハイキングに出かける人たちがたくさん電車になってる。だからかな。今まではこんなに辛く感じなかったのに、今日は電車に乗っているだけで胸が苦しい。
 診療所まであと少しっていうところで、電車が急ブレーキをかけた。ものすごい音で電車がガガガーっとゆれて、まるで電車ごとでんぐり返りをしたみたいになった。

 私はママと二人でボックス席に座っていたんだけど、電車が横倒しになった拍子にガラス窓でめいっぱい頭をぶつけちゃった。ママは一生懸命私の盾になっていてくれたみたい。
 そっと目を開けると、目の前にハイキング姿のおじさんが倒れていて、耳から血を流してうなっていたの。

 怖い! 私達、どうなっちゃったの?

 ママは私が無事なのがわかると、ほっとした顔つきになって無理して笑ってくれた。だけど、周りはほこりがもうもうと立ちこめて息が苦しい。

 いやだ。今、発作が起きちゃったらどうすることも出来ないのに。。。のどがヒューっと小さな音を立てた。怖い、この音が出始めると発作が起こってしまう。

ママはすぐに私の気持ちに気付いて、上着のポケットからハンカチを取り出してくれたの。それを口に当ててしばらくはがまんしなくちゃ。
 よく見ると、ママも怪我したみたい。時々つらそうな顔をしてる。

 ほこりがおさまってくると、だんだん周りが見えてきて、あまりにひどいことになっていて息がつまりそうになった。
 くるしいという声、うーんとうなっている声が、山の中の小川の音に混じってあちらこちらから聞こえてくる。

「大丈夫ですか?」
「こっちのドアが開いたぞ!動ける人はいったん電車から出よう。」
「早くどいてくれ。苦しい。。。」

 だれかが横になった電車のドアを開けてよじ登ってる。みんなが動き出すと、ぎしぎしってきき慣れない音がしてこわい。

「ママ、大丈夫?動ける?」
「真澄、ごめんね。だれかがママの背中に乗っているみたいで動けないの」

 ママは苦しそうに言う。周りでは、じわじわと動ける人たちが外に出たり、他の人を助けたりし始めてる。


「大丈夫ですか? しっかりしてください! …だめだな、脈がない。。」

 お兄さんの声がして、ママの上にいた人をどかしてくれた。

「大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます。真澄、大丈夫?」
「うん、たぶん。。。」

 お兄さんが私のことを抱っこしてくれて、ママと私は山の斜面に出ることができたの。ママは何度も何度もお兄さんにお礼を言ってた。でも、私、声が出せない。苦しくて。

 ヒュー、コンコン。。。

 とうとうガマンしていた咳が出始めちゃった。咳が続くと余計苦しくなるのに。

「真澄! 大丈夫? ちょっとここで待っててね。カバンを探してくるわ。カバンさえ見つかれば、お薬が入ってるの!」

 ママはそういってせっかく出てきた電車によじ登って入っていった。

コンコン、コンコン。咳は続いている。どんどん体が熱くなって、息を吸うことができなくなってくる。

『ママ、早く戻ってきて!』

 叫びたいのに、声を上げる事もできない。咳は次々出てきて頭がくらくらして、私は線路の際の木の根元によりかかって座ったの。それでも咳は止まらない。

苦しい、苦しいよ。ママ、早く戻ってきて欲しい。

「真澄!しっかりして!」

 急に近くでママの声がして顔を上げるとそこらじゅう擦り傷だらけになったママがカバンから薬を出してるところだった。だけど、もう時間がない。

 ママ、今までありがとう。

 それだけは自分の口で言いたかったけど、声を出そうとすると、咳がひどくなって、それなのに空気が全然吸えなくて、ただママの腕にしがみつく事しかできなくて。


 気がつくと、私はとても体が楽になっていて、ふわふわと空の上を飛んでいるの。下を見下ろすと、ママが私の体を抱きしめて泣いてる。だけど私はどんどん上へと流されていくの。

 上から見ると、電車が脱線しているのがよくわかる。電車の先頭の方にはバラバラになった男の人と女の人が散らばっている。
 そこからすうっと立ち上っていく男の人は、一緒に空に上っていく女の人を大事そうに抱きしめてるけど、女の人はなんだかご機嫌斜めみたい。

 あ、あれは美優お姉さんだ。美優お姉さんはパパの妹なの。だから本当はおばさんなんだけど、お姉さんってよびなさいっておばあちゃまに言われたの。

 びっくりして、ママに伝えたくて下を見下ろしたけど、もうとても高いところまできてしまって、ママには届きそうもなかった。

 ママ、今までありがとう。私がいなくなったら寂しいだろうけど、もうパパと一緒にいなくてもよくなるね。私、知ってるの。ママが私のためにパパと離婚しないでがんばっていてくれてたこと。本能寺のお家から離れて、幸せになってね。

 私、お空の上からママのことずっと見てるから。


おしまい




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