なせばなる、かも。

なせばなる、かも。

CF 散り行く薔薇のレクイエム


散りゆく薔薇のレクイエム

 俺がこの病院を設立したのは、そうだなぁ、もう15年も前になるか。あの頃は33歳の若さで院長に就任したことを快く思わない者もいたが、そんなものは気にしない。病院と言えば看護婦は山のようにいるし、女医だっている。俺は就任以来しばらくの間、めぼしい女を順番に味見して暮らしていたものだ。

 ところが、そのことをうるさく意見するやつがいた。山野だ。アイツはオヤジに気に入られているものだから、病院設立時から俺の監視役をしていたんだ。
 女もギャンブルも、酒すら飲まない。面白みのないやつさ。しかし、大学での成績は群を抜いて優秀だったし、正直、俺一人では経営など自信はなかったからな。ヤツの採用には反対しなかったのさ。

 ヤツのいいところはバカ正直で責任感があるってことだ。おかげで病院経営はすぐに軌道に乗った。そこで頃合を見て俺の息のかかった看護婦に言い寄らせて、それを婦長に目撃させた。まあ、言い逃れる方法はあっただろうに。ヤツはさっさと病院を退職して山奥に引っ込んじまいやがった。ちょっと弱みを握っておきたかっただけなんだが。まったく、張り合いのない奴だぜ。

 その頃には俺も院内の女には飽きてきていた。そんな時、財界の人間の紹介で診察に来たのが本能寺絹代だったのさ。
 ダンナが海外に長期滞在しているっていうのは、周知の事実だったし、ちょっと物は試しに声を掛けてみたんだ。

「本能寺さん。少し顔色がすぐれないようですが、先日のお薬はお体に合いませんでしたか?」
「いえ、大丈夫ですわ。少し、スケジュールが詰まっていたので、疲れがでたのかもしれません。」

 もともと絹代は低血圧だったのだ。顔色が悪いのは当たり前だった。おまけにその頃のテレビへの露出度の高さを思うと、疲れているのは当たり前。
 俺はすかさず誘い出した。

「オーバーワークは禁物ですよ。どうです。今度私の別荘にいらっしゃいませんか?黒岩岬の先にある島なんですが、穏かでいいところですよ」
「まぁ。素敵ですわね。主人は仕事が忙しくて旅行にもいけないんですもの。お邪魔しようかしら。」

 いつの話とは言わないまま、俺は絹代の出方を待った。このまま何も言い出さなければ、脈がなかったってことだろう。それはそれで、無理強いしてこじれてしまうよりいい。ターゲットはいくらでもいるんだからな。

 しかし、絹代からの連絡は早かった。その日の夜には秘書から連絡が入ったんだぜ。飛んで火にいるとは、あの女のことだ。


 今時の女ってやつは、どうなってるんだろうと思うことがある。絹代を初めて抱いたのは、黒岩岬の別荘に連れて行った日の夜だ。もう10年近くになる。つまりそれは絹代が45歳の時だった。
 しかしその体に老化は全くと言うほど見られなかった。滑らかな肌はエステの成果なんだろう。髪の先からつま先まで、年齢を感じさせるものは持ち合わせていなかった。

 絹代はよほど飢えていたんだろう。初めての夜は大変だったぜ。プライドの高い女ほど、欲望が強いという話は聞いていたが、ここまでとは思わなかったよ。
 俺はたっぷりとサービスさせてもらったよ。後からいただく報酬に見合うだけわな。


 絹代は、普段講演会やなんかで全国のあっちこっちに飛び回っているから、今までの女のようにべったりとしなだれかかるような女じゃなかったよ。お陰でこちらも、時々はほかをつまみ食いしながらじっくり楽しめる。そういうところもおれは気に入っていた。

 それから随分と月日がたったある日。絹代は自分の娘を極秘で見てもらいたいと言ってきたんだ。つまり、院長特権で後に医療行為を行った事実がわからないようにしてほしいってことだ。
 金持ちには金持ちなりの悩みがあるんだ。連れてきた娘は原型が分からないほどの厚化粧をしていたが、まだ高校生だった。裏から手を回して、産婦人科医に極秘の診察を頼むと、案の定妊娠していたんだな。ふふ。
 親が親なら、子も子だな。親子して、よくやるよ。

 VIPルームを貸して人目を避けて処理を行った。帰り際、娘はけだるげな表情でじっと俺を見定めるように眺めると、ばかばかしいといわんばかりにぷいと空を見上げてタクシーに乗り込んでいったよ。
 絹代かい? もちろん来てなかったよ。スケジュールが詰まってるんだってさ。娘を気にしている風でもないし、アイツはやっぱり母である前に女なんだろうな。

 その娘、美優とか言ったなぁ。12月の初めだったか医学会の集まりがあって、とある大学に出向いたときばったり出会ったんだ。2年も経つと大学生になったからか、随分といい女になっていたよ。
高校時代のあばずれが、よくもまあ変身したものだぜ。俺は笑いを堪えるのがやっとだったんだ。

「やあ、君は本能寺さんのお嬢さんではないですか?」

 俺がしらじらしく声をかけると、見る間に真っ青になりやがった。

「随分と大人らしくなられましたね。 お母様もお喜びでしょう」
「え、ええ。母は忙しい人なので、あまりよくわかりませんが…」

 戸惑った様子がいかにも令嬢らしくなってやがる。ふん、どんな風に化けてるんだ。俺はふと、化けの皮を剥いでやりたい気分になったんだ。

「今日は冷えますねぇ。どうです、今から暖かいお店で食事でも。」

 俺は楽しげに娘の腕を取った。

「いえ、あの、ほかに予定が…」
「どんな予定です?過去のことをしゃべられたら困るんでしょ?口止め料にちょっと食事ぐらい、付き合ってもらってもいいでしょう」

 これ以上の殺し文句はないだろう。娘はあっさりと抵抗する力を失ったさ。まったく、かわいいもんだ。女はこうでなくちゃね。


 その日、俺は心行くまで若い肌を堪能させてもらったよ。やっぱり若い女はいいねぇ。絹代もそろそろお払い箱かな。

「また、機会があったら頼むよ、お嬢さん。」

 俺は身なりを整えてさっさとホテルを出たさ。娘はうつろな目をしたまま顔も上げずに転がってたが、枕元に1万円札を差し込んでやったんだ、文句はあるまい。

 急いで最上階のスカイラウンジに向かうと、絹代がすでに一人でバーボンを飲み始めていた。かすかに頬が赤い。あの日は体力との勝負だったぜ。

 絹代との関係をキープしながら、俺は時々美優を待ち伏せるように大学に出向いたもんだ。
 しかし、そんな時代も長くは続かなかったよ。美優に惚れてるらしい男が突然俺の前に立ちはだかったんだ。

「美優さんに近寄らないでください!」
「なんだ、君は。僕は彼女の主治医だぞ。それにお母様とも親交のある人間だ。ヘンな誤解は迷惑だぞ」
「彼女がいやがっていることはわかってるんです。」
「君はなにも知らないようだな」

たとえ振り向いてくれなくても、愛した女を守りたいってか。いい心構えだが、俺には興味がない話だった。

「君は彼女とどういう関係なんだ」
「どういう関係でもありません」

 まったく話にならない男だ。

 もみ合っているうちに美優がやってきたのだ。そしてそんな俺たちを見た美優はすぐさまくるりと向きを変えて大学に逆戻りしていったのさ。
 そんな小娘一人、俺が追いかけるいわれもないだろう。男は慌てて娘の後を追っていったが俺はばかばかしくなって帰ったんだよ。
それ以来、美優を見かけることはなくなったなぁ。

 それからすぐ、俺は絹代の別荘でしばらく一緒に暮らすことになったんだ。院長と言っても、それほど仕事をしているわけではない。オーナーという立場に近い俺は、後のことを副院長に任せて絹代の所有する瀬戸内海の島に移ったんだ。

「まったく、とんでもないことをしでかしてくださったわ。あの方。大人しく悟に代替わりしてくれたらいいものを。」
「随分荒れてるじゃないか?」
「もう、ご存じないの?将さんったら、副社長を手にかけちゃったんですって。」
「ああ、あれか。随分と馬鹿なことをしたもんだなぁ。だけど、それでいいんじゃないのかい?事実上、社長職を退くことになるだろう。」

 俺はそういいながら女の肩を抱き寄せてジョーゼットのブラウスを剥ぎ取った。

「それに、君はいつだって欲望には忠実に生きてきたんだろ?ほら、今だって。邸宅ではみんな右往左往してるだろうって時に、俺を誘惑してるじゃないか。悪い女だよ」

 女の熱い息を耳に受けながら、俺はもうすっかり手馴れたその行為を行い続けたわけだ。ほとぼりが冷めるまではつまみ食いも諦めるしかなさそうだったしな。


 半年ばかり過ぎたある日。俺は見慣れた女をテレビ画面からうんざりするほど見せ付けられることになった。気も狂わんばかりに泣き叫ぶ絹代の姿だった。
 愚かな女だ。自分の娘が死んでしまったのに、気付きもしないで1月以上が過ぎていたんだとさ。ろくに面倒も見ていなかったくせに、一緒に心中したと噂の男の両親に怒鳴り込みに行ったそうだ。

 しかしその男。どこかで見覚えがある。確かに話をしたことがあるような気がするのだが。


 しばらくは騒動の渦中にいた絹代から遠ざかっていることにしていたんだ。ヘンな噂を立てられても面倒だしな。
 ところがそんな絹代が珍しく連絡をよこしてきたんだ。

「うちの使用人なんですけど、どうも体調がよろしくないの。診てやってくださらない。特に、毒物を服用していないかのチェックを重点的に。結果はまず私に報告していただきたいの。」
「矢継ぎ早にどうしたんだ?」
「ちょっと、思い当たる節がありますの。」

 これ以上はまだ言いたくないということか。俺は素直にメイドの女の診察を承諾してやった。

 本人は随分衰弱している様子だったよ。絹代に可愛がってもらっているのに、体調を壊して申し訳が立たないとかなんとか言ってたな。絹代が可愛がる?それにはちょっと違和感を覚えたんだ。
もしかしたら絹代のヤツ、何かよからぬことを企てているんじゃないだろうか。その実験台にメイドを使っているとしたら、ちょっと薄気味悪い話だと思ったよ。

検査の結果はやはり黒だ。吐き気やだるさ、それに皮膚が異常に荒れていた。肺がんも見つかった。砒素だった。絹代がそれを使ってみたのだとしても、あの女は顔が広すぎて、入手経路は特定できないかもしれない。
そんなことを考えながら絹代に連絡を入れた。すると答えは意外なものだった。

「はやり毒物だったのね。静には申し訳ないことをしたけれど、嫌な予感は的中してたってことだわ」

 どこかに諦めとも絶望ともつかない影をまといながら、絹代はしっかりとした口調でつぶやいた。

「どういうことだ。あのメイドは可哀想だがすでに末期になっている。すぐに入院してしっかりと精密検査をするべきだろうな。」
「分かったわ。それは静の実家に連絡をして決めましょう。それより、お願いがあるの。聞いていただけるかしら」

 絹代の依頼は驚くほど単純で直情的だったよ。先日殺人事件を起こして逮捕された義理の息子の嫁が妙に馴れ馴れしく言い寄ってくるので、不信感を抱いていたらしい。そこで息子の嫁から届けられた食べ物は、全てあの哀れな静という女に分け与えていたのだ。
 どおりで静が絹代を慕うわけだ。他の使用人より余分にいろいろと頂戴できるのだから、そりゃあ、優越感に浸っていたんだろうよ。毒見だったとも知らずにな。

 さて、依頼ってのははっきりしたもんだったよ。息子の嫁である美和という女を埒して、殺してほしいだとさ。俺に殺人者になれっていうんだぜ。冗談じゃない。
 しかし絹代も興奮すると何をしでかすか分からない女だ。ここは大人しくとりあえず誘拐でもして、こっちで楽しませてもらうとしよう。

 俺はその時、軽い気持ちで先のことを考えていたのさ。


 絹代から受け取った美和の写真と普段の行動パターンを元に、フランス語教室を終えてほっとしている美和に怪しまれないように声をかけることに成功したんだ。

「まあ、主人が会社でお世話になっていたお医者様でしたの?存じ上げませんで申し訳ありません。」
「いえいえ、お気になさらずに。以前社長から写真を見せていただいていたものでね。おきれいな奥方だったので、覚えていたんですよ。」

 軽快に笑っておいて、そっと声をトーンを落とした。

「それにしても、社長は大変な事になってしまわれましたねぇ。あの方がまさかそんなことをなさるなんて、未だに信じられませんよ。奥様もお力落としでしょう。」
「はぁ。確かに。まさか主人があんなことをしてしまうなんて。。。」

 かすかに震えながら白い手のひらで顔を覆う姿は痛々しげではあったが、充分にその魅力を見せ付けていたのさ。

「よかったら、お食事でもご一緒にいかがです?ちょっと変った料理を出すフランス料理店がありましてね。予約は入っているんですが、一緒にいくはずだった友人が、急な用事でキャンセルしてきたところだったのですよ。」
「まあ、それはお気の毒に。私でよろしければご一緒しますわ」

 こういうのを世間知らずっていうんだろうな。さっきまで夫の不幸を嘆いていたかと思ったら、もうにこにこと目の前のえさにとびついていやがる。

 美和という女は本当に金持ちの令嬢だったのだろうな。夫以外の男と食事に行こうってのに、自責の念などまったく持っていないのだ。どのくらいの金がうごくかとか、相手次第で自分に得かどうかなんて、なにも関係ないんだ。つまり、そんなことではあの女の人生に大きな影響を与える事なんてできないってことだよ。
 どうせ、どれもこれも暇つぶしにすぎないのだからな。

 俺の車に美和を乗せて、車を走らせた。途中、パーキングエリアでトイレ休憩を入れてやる。美和が席をはずしているうちに、俺は急いで知り合いのコックに頼んで2人分のフランス風創作料理を山上の別荘に運ぶように依頼したのさ。
急な客人が来たときはいつも彼に頼んでいるので、段取りは心得ている。すばやく材料を見繕って別荘に向かうと、預けてある合鍵で厨房に入り料理をこなす。
俺達が到着する頃にはしっかりと2人分のコースができあがっているという寸法だ。

無事に別荘にたどり着いた俺達を、コックが招きいれて料理を運び始めるのだ。美和は室内の調度品や創作料理にご機嫌でワインを勢いよくあけていったんだぜ。

デザートが運ばれると、俺の合図でコックは厨房の中だけ片付けて自分の店に帰って行った。それがいつものやり方なので、事は順調に運んでいると思われた。

こんな山奥なら、どんな叫び声も人里にはとどかないだろう。俺は気持ちに余裕を持って、美和をベランダに誘い出した。

「どうです。ここからだと黒岩岬の辺りがよく見えるんですよ。」
「まあ、すてきなところですね。 お料理もおいしかったですし、お酒も飲みすぎてしまいましたわ。それで、これから私をどうなさるおつもり?」

 好戦的とも誘っているともとれる視線で、美和という女は不敵な笑みをうかべたのさ。

 絹代はひとつの道を自ら究めた人間だけあって、自分の意見が絶対の女だった。しかしこの美和は、相手の動きに合わせてしなやかに自分を替えられるような女なのさ。どっちと組むのが得策か、答えは簡単に出るだろう。


 ほら、女房と畳はなんとかっていうだろう? 当然のことながら、俺は美和と手を組む事にしたのさ。絹代と縁を切るわけじゃあないぜ。こっちとしてはまだまだおいしい汁を吸わせてもらわないとな。
 部屋に戻ってソファを勧めていると、いたずらっ子のような顔で不意に聞かれたんだ。

「今、何を考えてらしたか当てましょうか?」

 急に美和がそんなことを言い出したときには、面食らったもんだよ。

「じゃあ、何を考えてました?」
「うふふ。女は若い方がいいに決まってる。だけどどちらが裕福か。そんなところかしら」
「あはは。いけない人だ。しかし後半は少しはずれですよ」
「あら、どういうことかしら」

 美和は子どものように目を輝かせて聞いてきたよ。

「絹代さんからも、しっかり貢いでもらおうとね」
「あははは。まあ、いけない人は貴方だわ。」
「随分と楽しげですね」
「そんなこと…」

 そういいながら優雅に腰を下ろすと、上目遣いでつぶやいた。

「あの方がいなくなれば、全部私のところに回ってきてよ」
「怖い人だ」
「あら、怖いかどうか、ちゃんと確かめた方がよろしくってよ」

 美和はすらっと伸びた腕を伸ばして、俺の肩に回してきたのさ。そりゃあ大歓迎さ。これで契約成立ってわけだな。

 それからしばらくして、絹代が仕事の合間を縫ってやってきたんだ。先日の首尾を確認したかったんだろうよ。

「美和は平気な顔をして家に帰ってきたわ。どうなってるの?!」

 年老いた女の怒った顔ってヤツは、醜いね。自分は何も手を汚さずに、なんでも言う事を聞くとでも思っていたのか。ひどく興奮して俺の胸倉をつかみあげたのさ。

「おいおい、勘違いしないでほしいなぁ。俺がアンタの言いなりにならなきゃならない理由なんてないんだぜ」
「なんですって!!」

 何かと金の融通はしてもらったさ。しかしそれは何の契約も交わさないものだ。大体愛人に契約書を書かせるわけもないしな。訴えたくても訴えられないわけだ。

「別れてもいいの?」

 答えはうすうす感じていたようだが、むなしい切り札を振るおろしゃあがったよ。

「ああ、いいよ。別に。けど、俺がいろいろと知ってるってことは忘れるなよ。」
「脅そうっていうの!?」
「なんだよ。落ち着けよ。別に、恐喝してるわけじゃなんだぜ。ただ、アンタの気持ち次第なんじゃないの?」

 あの時の絹代の顔、笑ったぜ。そのまま慌てて荷物をかき集めて逃げ帰りやがったんだ。ばかだなぁ、家に帰ったってまだ悪夢は続くだろうに。


 しかし、それっきりだったんだよ。それ以上お前に話すことなんてないさ。絹代はそのまま引きこもっちまったって話だし、美和はこれからって時に交通事故であっけなく逝っちまいやがった。
 警察じゃあブレーキの跡がないから自殺じゃないかって話になってるが、俺はそうは思わんよ。美和はそんな弱い女じゃないさ。

 はぁ。惜しい事しちまったと思ってるさ。絹代だけでもつないでおけば、もうちょっと面白おかしく暮らしていけたはずだったのにな。

 そういえば、若い男が一度だけ俺を訪ねてきたよ。母を死なせてしまう結果になったのは、貴方のせいですとかなんとか、神経質にめがねを上げながら言うんだよ。後で聞いたら本能寺の跡継ぎだっていうじゃないか。あの物言い、美和の事故に一枚噛んでやがったんじゃないか?



「ありがとうございました」
「ああ、いいさ。ちょうど暇にしてたんだ。お前、小説家にでもなるつもりか?こんなどろどろした話、今時流行らないぜ。お前なら背も高いし顔もそこそこだ。ホストの方が楽して儲けられるんじゃないか? 俺が女を紹介してやろうか?」
「いえ、結構です。僕はただ、美優がどんな家族と過ごしていたのか知りたかっただけなんです。」

 この男。美優とつきあってたのか? しかし美優の男は一緒に死んじまったはずだが。

「僕は幽霊じゃないですよ。美優と心中した人は、僕より前に彼女と付き合っていた人です。あ、それから。さっきお話しに出ていた山野さん。お目にかかってきました。すばらしいお医者様ですね。患者想いだと評判でしたし」
「それがどうした!あいつはさっさと山奥に逃げ出した腰抜けなんだよ。あんな辺鄙なところじゃ、泣きついてくるのも時間の問題じゃねぇか」
「いいえ。あまりに患者さんが多くなったので、病院を建て直すそうですよ。じゃあ、僕はこれで失礼します」

どいつもこいつも、いけすかねぇやろうだぜ。


おしまい。

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