「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
100万ポイント山分け!1日5回検索で1ポイントもらえる
>>
人気記事ランキング
ブログを作成
楽天市場
032052
HOME
|
DIARY
|
PROFILE
【フォローする】
【ログイン】
高校生の哲学。
冥界クリニックの日常
彼は一人で小さな診療所を営んでいる。
診療所は大きな都市に存在してはいるが、駅のある中心街から隠れるように、ひっそりと建っている。
いわゆるインナーシティの端に位置する彼の診療所は、その地域でも更に人通りが少ない裏通りに面していた。
端から見れば経営しているのかすら疑わしい診療所だが、そこには薄汚れた看板が掲げられていた。
看板には今にも消えそうな字で、冥界クリニック――と記されていた。
夕陽に照らされた薄暗い診療所の中、白衣姿の男は、薬品棚に並べられた薬を整理している。
薬品棚には多少の埃が溜まっていたが、男は宙に舞う物体を気にする様子は無い。
彼が棚の整理を始めてから、既に一時間余りが経過していた。
薬品の整理をしている時の彼はとても機嫌が良さそうに見える。恐らく、時間や効率などは気にしていないだろう。
一通り棚の整理を終えてしまうと、彼は窓際にある自分の机へと体を向ける。
机の上には、一時間前に淹れられた、すっかり冷めたコーヒーが置かれていた。
男は足に小さな車輪が付けられた椅子に腰掛けると、冷めたコーヒーに手を伸ばす。
彼はカップを手にすると両脚を組み、左肘を椅子の肘掛けに置く。
一仕事終えた満足感を味わうように、少しずつコーヒーを口に注ぐ。
窓から差し込む紅い夕陽が、心地良い暖かさだった。
カップに入ったコーヒーを全て飲み干すと、男は足元に黒い猫がいる事に気付く。
「そうか、お前の食事がまだだったね」
猫に優しく微笑み掛けたが、猫は表情一つ変えてくれない。
男は猫の食事を取りに、すぐ右手にある台所へと向かった。
この猫は冥魔が飼っているというよりは、猫が勝手に住み込んでいると言った方が正確である。
冥魔は彼にユダと名付け、三年程前から生活を共にしている。
「遅くなって済まなかったね」
ユダ専用の器を片手に持ち、男は戻ってきた。
市販の餌が入った器を床に置くと、男は再び椅子に腰掛けた。
ユダが餌を食べている様子を男は静かに見守っていた。
ユダが食事が終え、毛繕いを始めた時、玄関からノックの音が飛び込んできた。
「もしもし? 誰かいないのか?」
ドアの外では男の声が響いている。
「もしもーし?」
ノックの音は未だ鳴り止む様子は無い。
「やれやれ、困ったお客さんだね、ユダ」
冥魔は面倒そうに立ち上がり、ドアの方へ、ゆっくりと歩き出した。
「何か御用で?」
冥魔は玄関のドアを開くと同時に、我が家のドアを叩く人物に尋ねた。
外にいた男は、冥魔の姿をつま先から頭まで、ゆっくりと観察している。
「あんた…ここの医者か?」
男は冥魔の白衣姿を見ても、彼が医者だと確信出来なかったらしい。
「ええ。そうですが何か?」
冥魔は男の様子から面倒そうな事になると察知した。
予感は、すぐに当たる。
「俺を匿ってくれ。少しの間で良い。警察に追われてるんだ」
そう言いながら男は、ドアの内側に素早く体を移動させ、冥魔にドアを閉めさせまいとした。
冥魔のドアを閉める動作は男の体に防がれ、止まってしまった。
「あんたには何もしねえよ。約束する。少しの間で良いんだ」
男は更に内側へと足を踏み込む。
これ以上は面倒になるだけだと判断した冥魔は、仕方なく男を診療所の中に入れた。
「やれやれ。厄介な客人を招き入れてしまったものだ……」
冥魔は呆れた様に溜め息を吐き、自分の机に戻った。窓際の椅子に腰掛け、脚を組むと、立ち尽くしている客人を見つめる。
「まあ、そこにどうぞ」
冥魔の右手が示した場所には、年代物の黒いソファが置かれていた。
客人の男は大人しくそこに腰掛け、椅子に座っている冥魔をじろじろと観察している。
冥魔もまた、ソファに座っている男を観察していた。
駆け込んで来た男の歳は恐らく二十代後半、背丈は百七十センチメートル後半と見られる。人相は、一般的に余り良い人相とは思われないだろう。詰まり、柄が悪い。
ソファに座る男は、先程から挙動不審に部屋を見渡していて、落ち着かない様子だ。
診療所の中には、冥魔と柄の悪い男以外の人間は誰もいない。
部屋の様子は薬品棚がある以外はとても診療所とは思えず、探偵事務所か何かに思える。
それどころか、部屋の至る所には蜘蛛の巣が張り巡らされ、清潔感という言葉は全く当て嵌まらない。
天井には電球以外の明かりは無く、日当たりも悪い為、全体的に薄暗い。
ふと、椅子に座っている冥魔と視線が合い、男は呟く様に話し掛けた。
「何も……聞かないのか?」
全く客に興味を持とうとしない冥魔に、堪らず男の方から話しかけた。
「何か聞いて欲しいのですか?」
冥魔は男を横目に平然とした口調で応える。
「……」
男は言葉を詰まらせ、俯いたまま黙ってしまった。
彼は小刻みに足を動かしていて、まだ落ち着いていない様子だ。
「一つ、質問しても宜しいですか?」
思いついたように冥魔が尋ね掛ける。
「……何だ?」
男は顔を上げて冥魔のいる方を向く。
息苦しい空間から抜け出した事に、男は僅かながらの安堵を覚えた。
だが、冥魔は場の空気など、全く気にしていなかった。
「貴方……お名前は?」
少しだけ首を傾げ、冥魔は男に尋ねた。
男は一瞬、気難しい表情を見せたが、すぐに質問に答えた。
「荒井……隆(あらい たかし)。」
名前を言った後、男は少し不機嫌そうに冥魔を睨んだ。
「私は、冥魔叉鬼男と申します」
冥魔はにっこりと微笑んで見せた。
荒井は溜息を吐き、黙って俯いてしまった。
それから、五分か十分程の時間が経った。
冥魔にはすぐに過ぎていく時間だったが、荒井には途方も無く長い時間だった。
診療所にはテレビジョンも時計も無く、それがまた、荒井には苦痛だった。
静かな部屋の重圧に耐えられず、荒井は独り言の様に喋り出す。
「ここに来る前……人を殺したんだ」
そう言いながら冥魔の様子を窺う。返事こそ無かったが荒井の話は聞いている様子だった。
冥魔が何も話す様子が無かったので、荒井は独りで話を続けた。
「殺したのは、俺の女だ。生意気な女でな。お互い軽い気持ちで付き合い始めたんだが……。今日の夕方頃、ちょっとした事でそいつと口論になったんだ。俺はついカッとなって、ビールの瓶であいつの頭を思いっきり殴っちまった……それも、どうやら周りに争ってる音が聞こえたみたいでな……。俺は慌てて窓から逃げたが……今頃警察が躍起になって俺を捜しているだろうよ」
それだけ言うと、男は自分の話を馬鹿にする様に笑った。
冥魔は少しの間、じっと荒井を見て、不思議そうに尋ねた。
「それなら……ここにいても無駄なんじゃないですか?」
冥魔は自分の顎に手を当て、少し考えるような素振りを見せた。
「へっ、そんな事分かってるよ。俺だって人気の無い方へ逃げ回ってたら、どうしてかこんなとこに来ちまったんだ」
荒井はソファに背中を預けながら、少し笑った。自分の絶望的状況は理解しているようだ。
「いつまでここにいるお積もりで……?」
冥魔はいつもより少しだけ厳しい口調で尋ねる。
この手の男に関わるのは、彼の好みでは無いのだろう。
「さあな……」
荒井は冥魔の視線を嫌うかのように眼を逸らした。
冥魔はこの男をどう処理しようかと考えていたが、先にユダの飲み水を入れる容器が殆ど空になっている事に気が付いた。
冥魔は静かに台所へ向かうと、容器に水を入れて戻ってきた。
タイミング良く、外に出かけていたユダが診療所に帰ってきた。
彼は昔に冥魔が作った、猫用の小さな通用口から出入りをしている。
彼は真っ直ぐに水の入った容器まで辿り着くと、容器いっぱいに入っている水で口を濡らした。
その様子を、冥魔はじっと見守っていた。
「あんた……本当に医者なのか?」
突然、荒井が話し掛ける。少し疲れている様子だった。
「ええ。医者ですよ」
冥魔はユダを見つめたまま答える。
「少し変わった医者ですがね」
そう言うと、少し笑みを作ってみせた。荒井からは見えなかったかも知れないが。
「変わっているのは、見れば分かる……。マトモじゃあ無い」
荒井は少し皮肉っぽく言った。冥魔が余りにも浮世離れしているので、調子が狂うのだろう。
少し沈黙があったので、荒井は何を質問しようか考える。
この状況に幾つもの疑問があったが、どれも適当な答えが返って来る気がしなかった。
「表に冥界クリニックって書いてあったが……どういう意味なんだ?」
結局、碌な質問が思いつかず、荒井の一番最初の疑問を持ちかけた。
「簡略に言うと、普通のクリニックでは無い、という意味です」
事務的な口調で冥魔は答える。
「だから、扱っている薬も普通じゃありません」
冥魔はそう言いながら、荒井の反応を窺った。
「はんっ……麻薬でも売ってるってのか?」
荒井は歪んだ笑みを見せる。犯罪者に良く似合う笑みだった。
「まさか。そんな物は取り扱いませんよ」
冥魔は荒井の言葉を軽くあしらったが、その眼差しは荒井の瞳を真っ直ぐに捉えていた。
「じゃあ……何を扱ってるってんだ?」
荒井は少し雰囲気の変わった冥魔を不気味にも感じたが、今更怖気付く事は無かった。
窓から生暖かい風が運ばれて来る。外はいつの間にか日が沈んでいた。
「特別な薬ですよ……例えば、貴方の顔を変える薬とか……ね」
冥魔は荒井以上に歪んだ笑みを作って見せた。視線は荒井の瞳から全く動いていない。
「顔を変える薬……? 馬鹿言うなよ。そんなんあって堪るか」
荒井は冥魔の言葉を全く信じずに嘲笑ったが、その動作は少しぎこちなかった。
「本当ならこんな事に薬は出さないんですがね……。特別ですよ」
冥魔はゆっくりと立ち上がり、先程整理した薬品棚の中を調べている。
「冗談言うなよ……。まさか、本当にそんな薬……」
荒井は無意識に、冥魔から少し離れた位置に座り直した。
「ああ、ありました。これです、これ」
冥魔は薬品棚の奥から小さな薬瓶を見つけ出した。
容器の中には薄いピンク色をした、小さな錠剤が幾つも入っている。
冥魔はその薬瓶を持ったまま台所へ向かい、コーヒーカップに水道水を注いで戻って来た。
「これが、顔を変える薬です」
冥魔は男の前の机に薬瓶と水を置き、自分は反対側のソファに腰を沈めた。
「……ふざけんな。こんなん……誰が信じるかよ」
荒井は厳しい目つきで冥魔を睨みつけた。薬には手を触れようとしない。
「信じるかどうかは勝手ですが……いつまでもここに居られては困りますね」
冥魔は少し迷惑そうに荒井を見つめ、その後は彼が行動を起こすのをじっと待っていた。
「そんな怪しいもんが飲めるかよ……」
荒井は軽く舌打ちをして、冥魔の目線から逃げるように顔を横に向けた。
「でも……どうせ逃げられる当ては無いのでしょう?」
冥魔は勝ち誇った表情をして、薬瓶の蓋を開ける。
「さあ、どうぞ」
冥魔は蓋の開いた薬瓶を机に戻すと、また、元の体勢でじっと荒井を見つめる。
静まり返った部屋の中で、ユダが水を舐める音だけが流れてゆく。
「ちっ……分かったよ。もう、どうにでもなっちまえ」
観念した荒井が、薬瓶を右手で掴む。
「一回一錠です」
その様子を見ながら冥魔が嬉しそうに教えた。
荒井は明らかに嫌がる表情を見せたが、ピンク色の錠剤を舌に乗せ、水で喉の奥へと一気に流し込んだ。
それから一時間程経った。
荒井は、冥魔から出されたクロワッサンとコーヒーを平らげ、そのままソファの上で寝てしまった。
寝るには少し早い時間だったが、他にこの空間で時間を過ごす手段が彼には思いつかなかった。
顔立ちが変わるのには数時間掛かるらしいので、きっと目覚めた頃には別の顔になっている事だろう。
荒井は中々寝付けない様子だったが、二、三十分もすれば睡眠に入っていた。薬のせいもあるのだろうか。
冥魔は荒井が寝た後の時間、暫く読書を楽しんでいたが、それを読み終えるとそのまま椅子にもたれて眠りについた。
次の日の朝。
天気は雲一つ無い快晴であったが、この診療所には強い日差しが差し込む事は無かった。
暖かい日の光によって、小さな埃が宙に舞う様子が目に映った。
荒井がソファから体を起こしたとき、冥魔は既に朝のコーヒータイムに入っていた。
「おや、起きましたか」
荒井に気付き、冥魔が声を掛ける。
「ふふ。良い顔になっていますよ」
冥魔の姿は窓から差し込む弱い光で逆光になっていたが、満足そうな笑顔を浮かべているのが想像出来た。
荒井は何も言わずに自分の顔を触り、すぐに洗面所へと向かう。そこに鏡がある事は昨日から知っていた。
汚れた鏡に映る自分の姿に、荒井は一瞬言葉を失っていた。
「これが……俺なのか……?」
食い入る様に鏡を覗き込み、何度も自分の顔を触って鏡に映る物体の存在を確かめる。
荒井の顔立ちは以前よりもずっと明るく、若い印象になっていた。
「どうです? それなら誰も気付きませんよ」
冥魔も鏡に映る荒井の姿を覗いている。
「くっくっくっ、ほんとかよ?これが俺?すげぇ、これなら完璧だよ……絶対に誰も気付かないぜ。はっはっはっ!」
荒井は新しく作り変えられた顔で爽やかに笑った。その表情は勝利したスポーツマンの様だった。
「それで満足でしょう? 貴方がここにいる理由はもう、ありませんよ」
冥魔はそっと壁際に移動して、荒井が通る為の道を空けた。
「ああ、最高だよ。まさか本当に変わるなんてな……まだ信じられないぜ。いやぁ、ありがとよ」
荒井は冥魔の肩を軽く叩き、軽い足取りで玄関へと向かった。
「それでは、お大事に」
玄関の前に立つ荒井に向かって、冥魔は小さく右手を上げた。
「ああ。感謝するぜ、ドクター」
荒井も冥魔に応えて手を上げると、ドアを開けて外へと歩き出した。
ドアをしっかりと閉めて行かなかったので、仕方なく冥魔がドアを戻した。
「やれやれ」
冥魔は小さく溜め息を吐くと台所へ向かい、ユダの朝食の準備に取り掛かった。
それから二時間程の時間が過ぎた。
世間の時刻は間もなく十一時を迎えるところだ。
冥魔が窓際で読書をしていると、玄関からノックの音が飛び込んで来た。
「おい、ドクター、いるんだろう? 開けてくれよ」
外から聞こえる声は、つい先程顔が変わった男の物だった。
冥魔は眼を瞑って大きく息を吐くと、だるそうな仕草でドアへと足を運んだ。
カチャリ。
錆びたドアノブを捻り、木製のドアを押す。
ドアの外にはやはり、爽やかな男が立っていた。
「何の御用ですか?」
冥魔が少し疲れたような、呆れたような口調で男に尋ねる。
「まあ、とにかく中に入れてくれよ」
荒井は強引に中へと入り込もうとする。
冥魔はその動きを止めようとせず、自分の机へと戻って行った。
「それで……次はどうしたんですか?」
冥魔は窓際の椅子に座り、黒いソファに座る男を見下して言った。
「いや、実はな。顔だけ変わったって、今の名前じゃ働く事も出来ないんだよ……整形しただけじゃ逃げられないって訳だ」
「それで?」
「だから……次は名前を変えてくれ! ……戸籍もだ!」
荒井は冥魔を拝むように両手を合わせた。
だがその表情は、拝むというより、親に小遣いをせびる子供のようだった。
冥魔は荒井を煙たがる様な、蔑んだ目で見た後、少し沈黙を作った。
診療所は相変わらず、静寂が保たれている。
「……出来ますよ」
冥魔が沈黙を破り、自分を拝む人間に向かって言った。
「本当か!?」
荒井は顔を上げて子供の様にはしゃいだ。
「但し……貴方の寿命を三十年程頂きます」
冥魔は右手の指を三本立てて、荒井に見せた。
「寿命……三十年?」
荒井の思考が、一瞬止まった。
「そんなもん取ってどうすんだ……?」
予期しなかった荒井の質問に、冥魔は思わず失笑した。
「良いでしょう、質問を認めます」
冥魔は穏やかな表情で説明を始めた。
「先ず、貴方の寿命を頂くのは、私が生きる為です」
冥魔は自分の胸の辺りを右手で抑えた。
「生きる為?」
荒井が尋ねる。
「そう、生きる為。私は貴方の寿命を頂いて、自分の寿命に変えるのです。私は普通の人間よりも寿命が進むのが早くてね。貴方のような人から命を分けて頂いて生きているのです」
冥魔の説明に、荒井は何も言わずに固まっていた。
「信じませんか?信じるかどうかは勝手ですよ。一つ確かな事は、私は貴方の名前を変えられる、という事です」
冥魔は荒井の眼を覗き込み、少しだけ口元を歪めた。
荒井は落ち着き無く足を動かし、深く考えている。
部屋は耳鳴りがする程静かだったが、荒井の声が静寂を切った。
「分かった。お前が何だか知らないが、俺の寿命をやるよ。とっととやってくれ」
荒井は覚悟した表情で冥魔の方を見つめる。
「分かりました。では、すぐに取り掛かりましょうか」
冥魔は嬉しそうな表情をして腰を上げると、荒井の横へと歩き出す。
「本当に宜しいんですね? 責任は一切持ちませんよ?」
「……ああ。どうせこのままじゃジリ貧だ」
冥魔は荒井の頭上へと、右手を翳した。
荒井は一瞬、冥魔の動作を不思議に思ったが、黙って眼を瞑った。
「では、早速」
冥魔にはジリ貧と言う言葉の意味を理解出来なかったが、気にしない事にした。
「あ。新しい名前は、どの様にしましょうか?」
冥魔は荒井の頭上から右手を戻し、自分の机から紙とボールペンを持って来た。
「これに、名前を」
冥魔が荒井の前に置かれた机に、筆記用具を乗せる。
荒井は黙って新しい名前を紙に記すと、ペンを静かに机に置いた。
「……ふむ」
冥魔は荒井が書いた紙を手に取った。
紙には矢沢隆史(やざわ たかし)と書かれていた。
「それでは、始めます」
冥魔は再び、自分の右手を荒井の頭上に翳した。
荒井は強く眼を瞑り、歯を食い縛っている。
冥魔は微動だにしない。
その状態からほんの五秒程経つと、冥魔は矢沢の頭上から手を戻す。
「……終わったのか?」
矢沢は不思議そうに冥魔と顔を見合わせる。
「ええ。終わりましたよ」
そう言うと冥魔はにっこりと微笑んで見せた。
「……そうか、これで自由なんだな」
矢沢はどうして良いか分からないといった様子で辺りをきょろきょろと見回す。
突然何かを思い出し、矢沢は自分のポケットから財布を取り出した。
その中には、矢沢の自動二輪車の運転免許証が入っている。
それを見た時、矢沢の表情が見る見る笑顔に変わっていく。
免許証には、確かに矢沢隆史と書いてあった。
「は……はははっ、あんた凄ぇよ!」
矢沢は大声で笑い、冥魔の肩を何度か強く叩いた。
「いやぁ、本当に凄ぇよ、あんた。まさか本当に名前まで……くくっ、これで自由か……」
そう言うと、矢沢はソファから立ち上がり玄関へと歩く。
「それじゃあな。本当に世話んなったぜ」
矢沢は玄関の前で振り返り、また冥魔の肩を叩いた。
「ええ。それじゃあ、お大事に」
冥魔は片手を小さく上げて、矢沢に挨拶した。
矢沢もそれに応えてから、外に出る。
彼はドアをしっかりと閉めて帰っていった。
――その日の夜、矢沢隆史は殺人の容疑で逮捕された。
彼には自分が捕まった理由が全く分からなかったが、少しして、漸くその理由に気付いた。
彼が矢沢隆史になった時、同時に荒井隆は消えていたのだ。
それは、免許証の名前が変わった時に気付くべきだったかも知れない。
世間の記録、記憶にある彼の名は全て、矢沢隆史という名に変わっていたのだ……。
驚いた事に、それは彼の身内までも変えられていたと言う……。
だが、彼と冥魔以外に、この事実に気付く者はいない。
矢沢隆史は四十九歳という若さにして、監獄の中でこの世を去った。
ジャンル別一覧
出産・子育て
ファッション
美容・コスメ
健康・ダイエット
生活・インテリア
料理・食べ物
ドリンク・お酒
ペット
趣味・ゲーム
映画・TV
音楽
読書・コミック
旅行・海外情報
園芸
スポーツ
アウトドア・釣り
車・バイク
パソコン・家電
そのほか
すべてのジャンル
人気のクチコミテーマ
懸賞フリーク♪
最近のお届けもの
(2026-08-02 12:07:32)
お買い物マラソンでほしい!買った!…
楽天お買い物マラソン攻略は買い回り…
(2026-07-31 20:10:03)
気になるニュース&話題(Infoseekニ…
堺雅人「VIVANT」vs大泉洋「俺たちの…
(2026-08-02 17:00:05)
© Rakuten Group, Inc.
X
共有
Facebook
Twitter
Google +
LinkedIn
Email
Design
a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧
|
PC版を閲覧
人気ブログランキングへ
無料自動相互リンク
にほんブログ村 女磨き
LOHAS風なアイテム・グッズ
みんなが注目のトレンド情報とは・・・?
So-netトレンドブログ
Livedoor Blog a
Livedoor Blog b
Livedoor Blog c
楽天ブログ
JUGEMブログ
Excitブログ
Seesaaブログ
Seesaaブログ
Googleブログ
なにこれオシャレ?トレンドアイテム情報
みんなの通販市場
無料のオファーでコツコツ稼ぐ方法
無料オファーのアフィリエイトで稼げるASP
ホーム
Hsc
人気ブログランキングへ
その他
Share by: