間もなく能登半島地震発災から4カ月。まるで早々に被災地を放り出したかのような政府の対応
と、遅々として進まない能登の復興状況。被災者の皆さんはどれほど疲弊し、先行きの見えない
不安な日々を過ごしているだろう。
近頃震度3前後の地震が、日本のあちこちで頻発している。政府の能登の扱いを見るにつけ、明
日は我が身だと思う事態は絶望的で、これまでより地震の怖さが増した気さえする。
まだ 商店街
としての形があった隣町は、ここ2、3年であれよあれよいう間に店舗が減ってゆき、
その跡地が普通の住宅の建て売りへと姿を変えている。商店街と書いたが、実際はもう商店街で
はないのだそうだ。まだ残っている店舗もありはするが、かなりの歯抜け状態になってしまい、
商店街としての運営が成り立たなくなってしまったため、商店街の届け出をやめたらしい。
これが地方ならばシャッター街になるか、建物が無くなったぽかんとした空間になるのかもしれ
ないが、この辺は更地や建売にすれば売れるのである。
土地の広さには関係なく、あちこちでスクラップ&ビルドを繰り返し、10階建てのワンルームマ
ンションや、狭い土地をパズルのように区切った建売住宅ができ、毎年空は浸食され形を変えな
がら狭まってゆく。様々な騒音が増え、世代が移り変わり人が増えて、住民が入れ替わったこと
を実感する日々。
窓を開けたら見える企業の社宅跡地には、なんと百数戸のワンルームマンション計画があるのを
知った。にもかかわらず、災害時の避難場所は、1㎡も増えていないのだ。”そのため”の土地
がないので、増やしようもない。
もし土地があれば、それが公有地であっても”金儲け”が見込める用途に使う。たとえ将来は福
祉施設として利用できるよう、機能も耐震強度も備えた、頑強な造りの校舎が建つ広大な土地だ
ったとしても、行政側は簡単に住民を裏切り、約束を覆す。福祉施設としての転用ではなく、売
却すると言い出したものだから、「話が違う」と反対運動がおこったのだ。うちの自治体は、そ
んなものだった。それが私が関わった住民運動。
郵政所有と思われる、小学校の敷地ほどの土地が遊んでいる町があるが、それはよもや災害時の
被災者のために使われることなどないだろうし、使えたとしても足りはしない。こんな軟弱な地
盤の土地に建つ家々が、まるで”おしくらまんじゅう”でもしているかのように、ぎゅうぎゅう
詰めにひしめき合っている地域だ。
能登や台湾のように横倒しになりそうな細いマンションは、どれも二車線以上の通りに面してい
るので、あちこちで通路がふさがれる可能性がある。田舎育ちの私には、もう…狂っているとし
か思えない。
私の田舎はかなり揺れ難い地盤な上に、田舎ゆえに隣近所との建物の間隔はゆったりしている。
地震の揺れにドキッと身構えるたびに、ああ、田舎なら揺れてもいないだろうにと募る望郷。
しかしふるさとは、この辺のような過剰な家の増え方はしないので、ゆっくりと過疎化している。
様々がまったく対照的で、私の願望の多くは田舎にあるが、私が生活可能な必要条件はこの辺に
しか揃っていない。
なんというか、もう、泣き寝入り状態であるため、心の中はまだジタバタしているのだ。全く往
生際が悪いものだと思うが、聞き分けのない子どものように、ああ、死ぬ前にもう一度だけあの
田舎の春のレンゲ畑で、白いレンゲソウを探し回り、ヒバリの声を聴きながらレンゲソウの花輪
を作りたいなどと、ばあさんは叶わぬ夢を見ているのだった。
★ Stevie Wonder - Whereabouts ★