M17星雲の光と影

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2006.03.07
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カテゴリ: その他
日曜に公園に出かける。もちろん愛する人との待ち合わせのためである(えっへん)。でも、そこにはなじみの猫さんもいるわけである。陽射しもいつのまにか春のそれになっている。冷気をゆるませるあたたかさから、ぬくもりをさらに高めるあたたかさへ。だが、猫はいない。一匹もいない。しょうがないから、ベンチに座って新聞の書評欄を見る。新聞の書評欄って、使い道がないからとりあえず設置された駐車場みたいなもんだなと思う。何か使い道が見つかったら、即座にさら地にされてしまいそうな、「とりあえずそれまでは使ってていいから」という場所に似ている。基本的にはあってもなくてもいいんだけど、あったらちょっと車をとめてしまう、そういう場所ですよね。書評欄って。でもぜんぜん面白い文章がない。

あああ、と思っていると、目の前を悠然とまるっとした虎縞の猫登場。おー、「まるた」じゃないか。自らの内なる食欲と性欲の忠実なるしもべ、異邦人の「くろ」とねんごろな仲となり、「ロビン」と「ミュー」の二児の父親になった、あのまるたじゃないか。(センスのない脚本家みたいな説明的せりふをいわせるなよな)

まるたは悠然と私の前を横切り、こちらを一瞥。いつもは愛想がないのに、ちょっと首を傾げて「やー」という。私の足元をぐるぐると回り、もう一声「やー」。わかったよ、ちゃんとポッケにベビーチーズ持ってきたから、それをあげるよ、と公園の左奥に移動。まるたも後から「わかりゃいいんだよー、わかりゃー」という表情でついてくる。するとその向こうにまるたの50%縮小コピー版の猫が一匹登場。「おー、ロビンじゃないか。」二人は文様がまったく同じである。

二匹に体重に応じてチーズを配分。二匹ともぱくぱくと食べる。でもあんなに食欲旺盛なまるたも自分のこどもの餌には手を出さない、見向きもしない。こういうところが好きなんだよな。「いや、あっしはもうじゅうぶんですから、あっちに」という顔をしてこちらを見ている。ずいぶん大人になったじゃないか。まるた。

ロビンはまだ生後六ヶ月も経っていない。食べ盛りである。ちいさくちぎったベビーチーズをむしゃむしゃと食べている。でも、ふと顔を上げると、私の顔をじっと見つめ、大きく一歩飛び跳ねる。そして、公園の右奥の草むらへ全速力でダッシュする。「なにしてるんだろう」と私はいぶかる。まだチーズは私の手の中にあるのに。

そのうちに最愛の人が登場。二人でチーズをあげる。でも、ロビンはさっきと同じ動作を何度も繰り返す。おちつきのないやつだな。餌あげてるんだから、ここでじっと食べてればいいじゃないかと思うのだが、少し食べると一歩飛び跳ねて、また公園の右奥の草むらへ。

いったいなんなんだよ。そう思って私もそちらに行く。その草むらの向こうには金属製のフェンスがあり、その向こうに少し薄い毛色の、同じくらいの大きさの子猫がいる。「ミューじゃないか。」

私はフェンスの前にちょこんと座ってこっちを見ているロビンをみつめる。「おまえ、ひょっとしてミューにもチーズをあげてくれっていってるのか」とたずねる。ロビンは黙って私を見ている。私は試しにロビンとミューのちょうど中間地点にチーズを置く。ロビンは見向きもしない。ミューがさっとチーズを右手で押さえ、フェンス越しに自分の足元にたぐり寄せ、ぱくっと食べる。

ロビン、おまえ、さっきからミューにもチーズをあげてくれっていってたのか。私はロビンの少し赤みがかった目をじっと見る。そして「利他の精神」について考える。



私は考える。人間は野生状態におかれるとエゴイズムのかたまりと化すのではないかと考える。でも、それはちがうのではないだろうか。文明以前の野生状態において動物はとことん「利己」的である。その後、文明化を経て、それを超克した「利他」の精神が生まれる。人間はそう考えがちだが、実際にはその順序は逆なのではなかろうか。

まず「利他」の精神がある。野良猫の食事風景というものをあなたはごらんになったことがありますか。私はこの公園の4~5匹の猫のことしかしりません。だから安易な一般化は避けたいんだけど、少なくともこの公園では、彼ら彼女らはこういう食事をします。

それは基本的にとても静かです。鳴き声もせず、争いもありません。新聞紙の上にあけられたキャットフードに顔を寄せ合って彼らはいそいそと食事をします。「きょうはこのくらいでいいか」と思った猫はそっとその場を離れ、毛繕いを始めます。おそらくその餌の量は彼らの食欲を十分満たすには足りないはずです。でも餌の奪い合いは絶対におこりません。誰かが邪魔になって餌に口が届かないと、「ま、しかたないか」という表情で彼らはあっさりと引き下がります。そして静かに食事は終わり、彼らは前足をぺろぺろと舐め、毛繕いをし、のんびりと消化活動にいそしむのです。

彼らはけっして「野良猫のように」がつがつと餌を奪い合ったりはしないのです。それはまるで没落貴族の食事風景のように静謐でおだやかなのです。

われわれはひょっとすると、まず「利他の精神」を与えられているのではないでしょうか。考えてみると、利己的な行動は、けっしてその個体に利益をもたらしません。生まれたばかりの生き物は必ず他の個体の保護を必要とします。でも利己的な行動をする個体を保護しようとする生き物はいません。そこでは利他的行動をすることが自分の生存を保証する上でもっとも合理的な行動なのです。利他には見返りが想定されますが、利己にはそれは考えられないからです。

だから私たちはまず利他的精神をもって生まれてくる。そう考えられるように思います。しかし、自我の肥大が利己的精神を生む。後者は前者を駆逐する。その状態がわれわれが通常イメージする「自然状態」なのではないでしょうか。

衣食足りて礼節を知るということばがあります。「人間はまず腹一杯食ってさー、それからだよ、礼儀とか節度とかをわきまえるのはよー」という風に解釈されることの多いことばですが、実はそうではないのではないでしょうか。「足る」という状態はあくまでも主観的なものです。胃が張り裂けるほど食物を詰め込んでも「まだ足りない」という状態は考えられるし、お椀に軽く一杯ご飯を食べて「もうじゅうぶん」ということもあるでしょう。「足る」とはあくまでも主観的な判断なのです。

だからどこまでも欲望をつのらせる人間には「足りている」という状態は訪れず、彼はついに礼節をわきまえないまま一生を終えるのではないでしょうか。衣食が足りるというのは物理的な状態を指すことばではなく、精神的、内面的な「自足」の状態を指すのです。そしてその「自足」を知ることのできる精神は、おのずから礼節を知ることができる。かの慣用句はそのことを語っているのではないでしょうか。

だから考えようによっては際限なく欲望を募らせることを通して資本の永久運動を実現した資本主義社会では礼節を知ることはきわめて困難なことであるということになります。たとえその人間がどんなに豪勢な食事をし、贅の限りを尽くしたとしても、そうすればするほど礼節はその人間から遠ざかっていくのです。

私はもう一度ロビンの顔をじっと見つめる。森の英雄の名前にふさわしい振る舞いをするそのロビンの顔をまじまじと見る。そしてさっきよりちょっと大きめにちぎったチーズのかけらを彼の前に差し出す。「今日、お前が教えてくれたことに対する授業料としてはあまりにも些少な報酬だけどな」と心の中でつぶやきながら。






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Last updated  2006.03.08 08:45:26
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Re:利他と利己(03/07)  
ジュン さん


何しろM17星雲さんはどうもその辺の男(その辺の人でもなく、その辺の男性でもなく、その辺のおとこでもオトコでもなく…いい言葉が見つかりません)とはちょと違う感じがしますのでね。段々と分かってきましたよ~。
そういう男性にふさわしい然るべき女性…きっと、とひとりでニヤニヤ想像しておりますです。
(2006.11.04 07:59:34)

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和久希世@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) >「彼はこう言いました。「それもそうだ…
kuro@ Re:「チャンドラーのある」人生(08/18) 新しいお話をお待ちしております。
あああ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@ Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@ Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) 文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@ Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01) キャロルキングの訳詩ありがとうございま…

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