ジュンさんへ

どこかでポスターを見て「あ~、すてきい~」とうっとりして、どこかで切符を買って一人で行ったのでした。

ということは、カラヤンということも考えられますね。ベームは苦虫を噛みつぶして、渋茶をぐいっと飲み干しているような顔したおっさんですから、「あー、すてきー」にはならないでしょうね。特異な趣味の方は別ですが。

でもベームの滋味あふれるモーツァルトは絶品なんですよ。機会があったら、一度聴いてみてください。 (2006.10.27 19:50:57)

M17星雲の光と影

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2006.07.29
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カテゴリ: 音楽
アスファルトの海に首までつかっているような重い疲れの中に身を浸している時、こころの中に消え残った燃えかすが黄色い煙を渦巻きながら立ち上らせている時、私たちはいったいどんな音楽を聴いたらいいのだろうか。

引きずるような体の重み、淀みくすんだこころの苦み。どのような音の連なりがそれらから私たちの体とこころを解き放ってくれるのだろうか。

「こころよ、澄め」と、何度も何度も繰り返し念じる時、意識の向こうからかすかに響いてくる音がある。遠くから呼びかけてくる音がある。私はその音に注意深く耳を澄ます。

こころを澄ませる音楽。それはいったいどのような形をとっているのだろうか。

バッハ?たしかにあの音の連なりの中には整然たる秩序がある。天上を目指して昇る階段を規則正しく上下に動いていく音の律動と、そこからもたらされる自然な喜びがある。しかし、あそこには泥沼はない。泥沼につかった人間の苦渋はない。その人間の頭上に広がる天上の光景はたしかにあるが、そこを目指すためにはまず自分自身の足を泥沼から引き上げなければならない。自分の足を泥沼からずぼりと引き抜くような野卑で生々しい力をバッハの音楽に求めることはできない。その音楽の一方には絶望と悲哀、もう一方には救済と歓喜があるけれども、その中間にあるべき泥濘やぬかるみはない。バッハの音は私の耳にはそのように聞こえる。

モーツァルト?音自身の躍動、ダンス、律動。そこからもたらされる自然音と見まがうような立体的な音楽世界。それは空中に浮かぶ黄金色の球体を思わせる。それは自己完結しており、自足している。その球体の中に入ると、音はそれ自体の運動法則に則って自然に、かつリズミカルに空中を駆け回る。その球体の中に入り、内側からドアをぱたんと閉めた時、それはもう単に音楽を聴くという経験ではなくなる。それは「聴く」ということばよりも、むしろ「生きる」ということばがふさわしい、そういう経験である。「死ぬということは、モーツァルトの音楽が聴けなくなるということだ」というある音楽学者のことばは、おそらくこの間の消息を語っているもののように思える。

ベートーヴェン?泥沼にあえぐ人間にはやや勇壮すぎる音楽だろうか。巨大な苦悩とそこからの飛翔、歓喜。ここにも人間特有の中間世界の淀みやためらいはほとんど感じとることができない。白と黒の間に広がる灰色の階調、凡俗のつぶやき、泥濘の甘い眠り。そのようなものを彼の音楽から聴き取ることはできない。もっとも天才にそのようなものを求めること自体が誤っているといわれれば、その通りとしかいいようはないのだけれど。

シューベルト?調べの音楽。甘く、時には苦く、せつない歌から生まれた音の流れ。これもまた泥沼というには余りにも若く、みずみずしい音の世界だ。

では、泥沼につかった人間の耳にはどのような音楽がふさわしいのか。




時には空を駆ける小鳥のさえずりがそこに混じる。それをきっかけとして音はまた大きくふくらみ、ふと新しい旋律を思いついたように、先ほどとは異なる形に雲を広げていく。

やがて、ゆったりとしたホルンが旋律を唄い始める。細い金属の笛がそれに呼応する。空の上にもくもくと入道雲がふくらみ始める。そして巨大なクライマックスが訪れる。

入道雲は巨人の形をとりながら、ゆったりとしたダンスを踊り始める。奇妙で無骨なダンスだ。そして天上にラッパの音が響き渡る。

弦の合奏が背後で風の音を奏でる。空から何かが降りてくる。痩せた人の形をしたものが空から地表の方へ降りてくる。

チェロが荘厳な調べでそれを迎える。それは喜びのようにも、また深い哀しみのようにも聞こえる。

高い弦がそれにからむ。ピッコロが人々の踊りを促す。

小さな休息の後、巨大な金管の咆哮が始まる。その後、冒頭の旋律に戻る。しかし、その色は単色ではない。背後にさまざまな色調の光をまといながら、旋律はさまざまに形を変えていく。

そしてまた単一の願いの旋律へと戻る。高い弦の風音があたりに響き渡る。

音楽は時にためらい、とまどい、低回し、逡巡し、彷徨し、目指すべき方向を見失いそうになることすらある。

しかし、そこに基調として存在しているのは、凡俗な人間のせつない祈り、その切実さ、無骨で土俗的な踊りのリズム、ぬかるみに足をつけたまま、太い猪首をもたげて、ドイツの深い森の上方に広がる青い空を見上げ、懸命に祈りを捧げる男の内面にある巨大な、ほとんど宇宙的といってもよいようなエネルギーだ。

音楽はまた冒頭に戻ってくる。地の底からの轟きのようなティンパニの響きを伴って。



泥沼の中にあって天上に救いを求める無骨で粗野な男の切実な願い。それを音として結晶化した楽曲。

ブルックナー 交響曲第七番 第一楽章。

今プレイヤーに載っているのは、ARTE NOVA CLASSICS 「ANTON BRUCKNER SYMPHONY NO.7 SAARBRUCKEN RADIO SYMPHONY ORCHESTRA STANISLAW SKROWACZEWSKI,CONDUCTOR」である。たしか1000円程度で買える盤ではなかったろうか。この盤は初めて聴いたが、情緒過多でもなく、理の勝ちすぎた演奏でもなく、知的な整序を感じさせながらも、深みを湛えた臨場感溢れるライブ演奏である。

演奏時間は21分45秒。けっして聞きやすい音楽ではないかもしれない。でも、この曲には他のどの曲にも聞くことのできない、たしかな「実質」がある。「リアリティ」がある。泥沼の中から見上げる青空の鮮烈な輝きがある。ここにはなにものかの死と、なにものかの生誕がたしかに聴き取れる。

これまで10種類以上の盤でこの曲を聴いたと思うが、この演奏はすばらしい。買ったまま棚ざらしにしていて、この文章を書くために偶然プレイヤーに入れたのだが、思わぬ収穫だった。音楽に自然な流れがあり、その中にゆっくりと身を浸し、こころを委ねることができる。







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Last updated  2006.07.29 12:24:32
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Re:泥沼の中で聴く音楽(07/29)  
ジュン さん
ブルックナーは何かで聴いた事はあるかも知れませんが、よく知らないんですよ。 へえ~そういう感じなんですね。

泥沼の中で聴く、という状況であればパッヘルベルのカノンなんかどうでしょう。 ただ聴くのなら私はベートーベンのバイオリン協奏曲とか交響曲の7番が特に好きなんですよ。 M17星雲さんは?

今から40年前の中学生の時にウイーンフィルの日本公演を聴きに行ったのが初めてで、あとは数えるほどしか行ってなく、専らテープ(それもオープンリールの)やレコードばかりを聴いておりました。
今はCDですがゆとりが出来たらまた生演奏を聴きに行きたい、それが夢なんですよ。 (2006.10.26 21:58:03)

Re[1]:泥沼の中で聴く音楽(07/29)  
ジュンさんへ

ベートーヴェンの7番、私も大好きです。あの終楽章のはじまり、何度聴いてもこころが踊ります。でも、クライバーの4番もそういう意味では、じっとしていられないほど躍動的ですよね。

ウィーン・フィルの実演を聴かれたんですか、なんとうらやましい。40年前というと、指揮は誰だったんだろう。カール・ベームあたりですかね。とろけるような弦の響き、私も一度聴いてみたいものです。 (2006.10.27 08:52:05)

思い出せないのですが…  
ジュン さん
カール・ベームではなかったような…何となくではありますが違う人だったような。  誰だったんでしょうね。  どこかでポスターを見て「あ~、すてきい~」とうっとりして、どこかで切符を買って一人で行ったのでした。

まだ子供で、指揮者がどうののレベルでもなく(今もそうですけど)、ただ「ウイーンフィル」のイメージに憧れていただけというか…。
或いはカール・ベームだったのでしょうか、よく思い出せないんですよ。 (2006.10.27 12:52:43)

Re:思い出せないのですが…(07/29)  

特異な趣味  
ジュン さん
何度も書いて済みません。


顔とか雰囲気で言うなら、当時の私は断然アシュケナージでありました。 クライバーもイイ男ですね。 以前BSでクライバーの特集をやっていた事があり、Tシャツ姿の彼が楽団員に向かってあれこれ冗談を飛ばしながら練習していた白黒のフィルムを懐かしく思い出しています。 クライバーの名前は知っていたものの「あら、素敵」となったのはその時からなんでして、彼の指揮がどうのとかのマジメなものじゃないんです。 スミマセンです。

さて、ベームおじさまのモーツァルトが絶品だそうで。 どうもモーツァルトは食わず嫌いでして(特異な趣味ですね)、食指が動きません。 でも、M17星雲さんは相当詳しいようですね。 もしこういう私に薦めるとしたら何がいいでしょう。 入門編でも「あっ!」と驚くものでも何かお薦めのものを教えて下さいませんか? 機会があったら買ってみようと思いますので。 どうも私はモーツァルトを聴くと眠くなってしまうんですよ。  いいなぁと思った事も一度も無いんですよ。 先ず一つか二つで構いません。 宜しくお願いします。 (2006.10.28 09:37:18)

Re:特異な趣味(07/29)  
ジュンさんへ

クライバーはほんとにかっこよかったですよね。「そこのところ、シルクのカーテンがそよ風になびくような感じで」とかいいながら、リハーサルをしているところを見て、私もしびれた記憶があります。

私もクラシックはいつまでたっても初心者です。だからいいかげんなことしかいえませんが、モーツァルトがすばらしいと思ったのは、クラリネット五重奏曲を聴いた時です。たしかブログにも書いた記憶があります。ベームというのはなにしろ口やかましいおじさんですから、(それに以前は日本では神さまみたいにいってたものの、最近ではきれいさっぱり忘れられてますから)最初の一歩にはあまり向いた人ではないかもしれません。でも私の手持ちでは、「クラリネット協奏曲・オーボエ協奏曲・ファゴット協奏曲」をウィーン・フィルとやったCDがあります。私は基本的に中古屋さんしかいかないので、はたしてこれが新譜のCD屋さんにあるかどうかはわかりません。

モーツァルトは私も以前はどこがいいのか、さっぱりわかりませんでした。でもさきほどのクラリネット五重奏曲、それに、そうですね、20番以降のピアノ協奏曲を聴いて、なんとすばらしい音楽だろうということにようやく気づきました。

ベームではもちろん交響曲を推すのが正当なのでしょうが、彼は協奏曲で実は凄い力を発揮すると思います。クラリネット五重奏曲、クラリネット協奏曲、20番以降のピアノ協奏曲、このうちのどれかを聴いて、「ああ、わかんない」と思われたら、それはご縁がなかったということでいいのではないでしょうか。指揮や演奏者はとりあえず誰でもいいと思います。

ところで、音楽聴きながら眠くなるって、いいことだと思いますよ。いい音楽は眠くなるし、そういう時は寝ちゃっていいんですよ。それはいい音楽のひとつの証明ではないかと私は思います。 (2006.10.28 19:49:10)

お返事有難うございます。  
ジュン さん
ありましたよ、捜したら20番と26番がバレンボイム指揮のイギリス室内楽団で。 あしたにでも聴いてみましょう。 クラリネット協奏曲もオーボエ協奏曲も有名ですね。 どこかで聴いていたかも知れません。

お忙しいところ何度もご丁寧に有難うございました。 早く買いに行かれるといいのですが。 (2006.10.28 21:04:46)

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kuro@ Re:「チャンドラーのある」人生(08/18) 新しいお話をお待ちしております。
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М17星雲の光と影@ Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@ Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) 文句を言うだけの人っているもんですね ま…
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