人生これからだ!

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私的"いじめ”られその後に感じたことは3



関東に転校して2年経ち、又父親の転勤で関西の元の学校に戻ってきました。
私としては、元の学校に帰ってきたので自分が転校生というつもりはありませんでした。

しかし、実際は違いました。小学校4,5年生と抜けたのですがちょうどこの学年の時にグループの確立がされるらしく、私が戻った時には既に友達グループは出来上がっていました。

クラスで又紹介され新しい生活が始まりました。けれど、そこでの”いじめ”は4年生の時に受けたものよりもっとひどいものでした。

転校してしばらく、どこのグループに入っていいのか分からなかった私はいつも一人でした。それを見かねて担任の先生が、私をあるグループのところに連れていき、

「○○をお前らのグループに入れてあげてくれ」と頼んでくださいました。

そのグループの子達(Aグループと呼びます)は「はい」と返事をしてくれたものの、先生が居なくなると私の存在がないかのように自分達の話をしだしました。でも私は4年生で一度経験をしているので「ここは我慢だ。。」と心に言い聞かせそれからはAグループに入りました。

またしばらく時が経ち、Aグループの子達の”いじめ”はエスカレートしだしました。

私の前で平気で内緒話しをしたり、無視をしたりは毎日で、私が話す言葉が関東訛りがあるため、

「その話方気に障るねん!ちゃんと関西弁しゃべって」
と言われたり、着ていった服もまだその地方では売ってないような服だったらしく

「なんでそんな派手な服着てくるんよ、目立ちたがりか!」と言われたり。。

服について言われた日、家に帰るなり母親に

「お母さん、明日から絶対柄物の服は着ない!無地にして!」と泣きながら頼んだのを覚えています。
母親はその時私がいじめられているのに気づいたようでした。

母が先生にいじめられているようなことを言ったのかどうかはわかりませんが、担任の先生はよく話しかけてくださったり、気にかけてくださってたのでそれがまたAグループの気に障ったようで

「転校生やからって先生にひいきされてずるいわ!」と言われました。

ある日、体育の授業がグラウンドであった日、Aグループと共に下駄箱まで行きました。私が下靴を取ろうとした瞬間、彼女達は突然ダーっと走りさって私は置き去りにされました。どうやら私を置き去りにすることを打ち合わせしていたようでした。

その時は、本当に心の底から彼女達を憎みました。そして恥ずかしくて仕方ありませんでした。もう学校なんて行きたくないっ!心底思いました。
それでも、私は慌てて靴履き替え、彼女達が行った方に走ってついていき、「びっくりしたぁ!」と驚いた振りをして何事もなかったように授業を受けたことを覚えています。

その頃から本当に学校が嫌で、たまに仮病を使って休んだりしたりもしました。母親は私が仮病だということに気づいていたようでしたが何も言わず「お買い物にいこっか」と誘い、気晴らしさせてくれたりしました。

夏頃から「どうやったら死ねるんだろう。。」と考え、カッターを手首にあててみたりもしました。でも勇気がなくそれ以上実行に移すことはできませんでした。

つづく。。

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