べんとう屋のつぶやき

 



 その3



 肩に顔を埋め息を殺してる相方。
こんなになるまでオレ、気ぃつかへんかった・・・
控室で一緒にいてる時も・・あぁ・・オレ、ほとんどいいひんかったしな メシとか・・食べてへんのやろか・・

 「ただいま」
隅で丸くなっていたケンシロウが、剛の帰りを知ってトコトコとやって来る。
さっき、慌てて出ていった剛を心配そうな瞳で見上げる。
 そこには、 なんだか元気のない光ちゃんが抱きかかえられていた。
「くぅ~ん」小さく鳴く声は、どうしたの? 問いかけてるよう。
その声に気付き「ケンちゃん、ただいま」と、声を掛ける。 相方をソファに降ろすと、
ケンシロウにも、「ここに座っていい子にしとき」 と相方の傍を示し、バスルームへと 続くドアへ入ってゆく。

 剛の部屋は、相変わらず色々な物が所狭しと放置されている。
本人は「ちゃんと置い  てあるんや!」と主張するが、どう見ても雑然としている。
テーブルの上には、  書きかけの楽譜やノートが広げられ、灰皿やタバコがそれに紛れている。
端の方では  すっかり温くなったオレンジジュースの缶が小さな水溜りを作っている。
 よほど慌てて出掛けたのだろう、いつもはケースに仕舞ってあるギターが肘掛に  立て掛けてある。
そんな相方の部屋は、暖かく自分を受けとめてくれている。

 一粒涙がこぼれると、今まで堪えてたぶん次から次へととめどなく流れてくる。
そんな様子をじっと見つめる二つのまあるい目。心配そうにまた一つ、くぅ~ん と鳴く。

 「光ちゃん、風呂いいで。まだそんなに溜まってへんけど、あったまって来いや」
リビングへ戻ってくるとさっきソファに降ろした時と同じカッコで丸くなっている 相方に声を掛ける。
「もういいで。 ぁそか、フロ場まで連れてったるわ。」
独りごちると、ソファに寄ってくる。
 抱き上げようとして手を伸ばしても丸くなった  まま動かない相方を覗きこむと、瞳から涙が溢れていた。
「見んといて・・・」
そう呟くといっそう縮こまってしまう。

光ちゃんが泣いてる・・・絶対人前で涙を見せないのに・・
 相方のオレかて、コイツが泣いてんのなんて・・一回テレビであったけど、見たこと無いわ。
 いっつも強気で突っ張って仕事をこなして、プライベートもそんな姿、一度も  見せへんかった。
 一体、どないしたねん、何があったんや。さっきの電話といい涙といい・・・あいつに何かされたんか
    問い詰めたいと思うが、今の相方の様子ではとてもそんなことは出来そうに無い。
 とりあえずは、冷えた身体を暖めて落ち着かせることが先決である。
   「はよう、あったまろ、なっ」
 抱き上げると、バスルームへ連れてゆく。
 「だいじょーぶか?ちゃんと、あったまるんやで」
 声を掛けると、静かにドアを閉める。

  バスルームから出てくると、ソファの下で待っていたケンシロウに話しかける。
 「なぁ、ケンちゃん。あいつ、どないしたねんなぁ」
 ここ暫く姿を見せなかった光一のいつもと違う様子にケンシロウもなんだか  戸惑っているよである。
 抱き上げて一緒にソファに座ると、ケンシロウが鼻先を剛にこすりつけてくる。
 確かに相方のああいった態度にイラつき、話しをすることも視線を合わすことも  していない剛は、
今、久しぶりにしっかりと相方の顔を見て戸惑っている。
   「なぁ、ケンちゃん・・」
 と、もう一度話しかけると、相方の為に寝室へベットを整えに行く。

  さっきから震えが止まらない。
こんなみっともないオレを  剛の前に晒してまうなんて・・いやや・・帰りた・・
 バスルームの床にしゃがみこんでいた光一は、目の前にある洗面台に震える手を  伸ばし立ち上がろうとする。
 半ば立ち上がりかけたところで、力の入らない手は体を支えきれず、不安定な  体は床の上へと落ちていった。

  「どすん。」
  「ガタガタガタッ」

  朝、起き出したままのベッドのシーツを替え、枕の周りに置いてある雑誌を  一纏めにして傍のテーブルに置いて、
今度はクローゼットの中から相方用の  パジャマを出していると、ケンシロウが鳴きながら寝室に走り込んでくる。
 「どないした?ケンちゃん??」
 剛の足元を引っ張りながら、見上げてくるケンシロウの目は必死である。
 「光ちゃん、どうかしたんか?」
 その言葉にケンシロウは一声高く鳴くとバスルームの方へ視線を促す。
 「オイ、光一!」
 慌てて寝室から飛び出して行く。
  バスルームからは何の音も聞こえて来ない。
 「光ちゃん、どないした、大丈夫か?」
 声を掛けて見るが、中からの返事はなくしんと静まりかえっている。
 先程からの光一の様子からして、なんらかの不安を感じドアを開けると
 そこにはうずくまる様にして倒れている相方の姿があった。
 「光ちゃん!!」
 傍にしゃがみ込むと、乱れて顔に掛かった髪の毛の間から涙に濡れた頬、
 小さく開いた口からは苦しげな息が漏れている。
抱き起こそうと差し込んだ  腕に感じるのは、先程までの冷え切った体ではなく、驚くほどの熱。
 急いで抱えあげると寝室へ連れて行く。
 はだけたシャツの隙間から覗く滑らかな肌に鬱血の跡。着替える為に袖を抜くと  手首に残る擦過傷。
 「アイツ・・ただじゃ済まさへんで・・」
 憤る想いを心の中にしまうと手早く傷の手当てをして温めたタオルで拭うと  パジャマを着せ、
 苦しげな息を洩らす相方に氷枕をして、冷却シートを額に貼り付ける。
 足元には、さっきから心配そうに見上げているケンシロウ。抱き上げると  ベットの脇に座り込む。
 「なぁケンちゃん、コイツなんも食べてへんのかなぁ。アバラ浮き出とるやん」
 小さく語りかけると自分らも毛布を掛け、浅い呼吸音だけが聞こえるベットを  見つめる。


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