「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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06話 【円卓会議、そして】
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06話 (迦) 【円卓会議、そして】
[1]
「どうして呼ばれたか分かるかな? 志貴さん」
普段は柔和で温厚、親しみやすい雰囲気を纏っている衣料部門率いる五十嵐チーフが、今は笑みを引っ込めて目の前にいる。
それだけじゃない。この部屋には敵に回したくない人が沢山いる。
心配気な目で私を見ているのは家電の麻生チーフ。その美貌に困惑の表情を浮かべているのはPOSの八女チーフで。
「話を聞かせて欲しい」と静かに問うたのは、業務の千早チーフだった。
「志貴さんが呼ばれるのは初めてだな。心細いかもしれないが、あまり怖がらないように」
私の緊張を解そうと、淡々と語り掛けてくるコスメの柾チーフ。だけどせっかくのアドバイスも、今回ばかりは活かせそうにない。
だって、どの面下げて青柳チーフの前で槍玉に上げられると言うの? 好きな人の前で、今から弾劾されると言うのに……!
さっきだって、一廼穂チーフが青柳チーフを連れて入室した瞬間、彼は強張った顔を私に向けたのだ。
居た堪れない。顔から火が出そうだ。ただでさえ失恋したばかりで、顔だって見たくない相手なのに。
極力青柳チーフを見ないよう自分に言い聞かせると、始めに質問を投げかけてきた五十嵐チーフに向き直った。次いで、千早チーフを。
「……呼ばれた理由に、心当たりはありません」
千早チーフの目が細められる。手元の紙を引き寄せ、ひらひらと振ってみせるものの、そこに記された文字までは確認できなかった。
「分からない、か。では耳を傾けてくれると助かる。
『志貴迦琳は、一部のパートタイマー達とボイコットを画策、先導』とあるが、これについて異論は?」
「!」
「……ボイコット?」
青柳チーフが低い声で反復しているのが聴こえた。周りのチーフからも「え?」と言う声が上がった。
「ボイコットとは物騒だな。志貴さんは何か会社に不満でも?」
千早チーフに尋ねられ、私は軽く唇を噛む。まさか真っ向から斬り付けられるとは思ってもみなかった。
「何のことでしょう?」
「惚けるつもりなのか、はたまた本当に身に覚えがないのか……。……というか……本当に何なんだ、これは?」
千早チーフは急にやる気のない声になり、愚痴混じりとも聞こえるセリフを口にする。
「おい、私にどうしろと? 柾」
千早チーフから丸投げされた雰囲気の中にあっても、柾チーフは普段通りの頼れる人物に違いなかった。
れやれと呆れながらも、引き継ぎを買って出たのだから。
「5分とシリアスを保てないなんて中途半端な御仁だな。確かに眉ツバものの投書ではあるし、議長役に据えられたところで全う出来ないのも仕方ないか。
志貴さんにしても、急にこんな席を設けられては困るだろうしな」
「これは……一体……何なんですか?」
「何だろうね? 僕も知りたい。ただ、キミが一部のパートと手を組んで小集団ボイコットを起こす、というタレこみがあったのは事実だ。本当かい?」
「知りません」
「待って。どうして志貴がそんなことを? それに投書だなんて。質の悪い悪戯じゃないの?」
庇うように進言してくれたのは八女さんだった。
「仮にこれがイタズラなのだとしたら、相当悪意が込められてると思うぜ」
膝の上で頬杖をついて感想を漏らす麻生チーフに、五十嵐チーフは「あぁ」と首肯した。
「麻生の言う通りかも。名指しでの投書がイタズラなのだとしたら、揉めごとを起こしたいからだとしか思えない」
「だが、投書に書かれた内容が事実だったら?」
飄々と卓袱台を引っ繰り返すかのような一廼穂チーフの発言。思わずひやりとして、私は息を詰める。
「志貴がボイコットを先導? 嘘よね? 志貴」
「はい、そのような事実はありません」
私は一廼穂チーフを一睨みして、きっぱりと告げる。チーフはふふんと僅かに笑って口を閉じ、そこからは静聴を通す心積もりらしかった。
「じゃあ、事実無根?」
眼鏡のフレーム越しに冴え冴えと光る、柾チーフの双眸。それを真正面から受け止め、私は「はい」と答える。
「そう。それじゃあ、この話は終わり」
その柾チーフの言葉を、阿吽の呼吸で引き継いだのは麻生チーフだった。
「あいよ。解散」と一声発すると、それが決定の音頭となり、場は閉会した。
[2]
チーフ会議の後、案の定青柳チーフはメンテナンス室前の廊下で私を待ち構えていた。
志貴・ボイコット・先導などと言う物騒な単語を連ねられたら誰だって本人に問い質したくなるだろうから、チーフの接触は想定内ではあったけれど。
でもやっぱり今の私には酷な時間、酷な場面だった。
しかも今日は不破君と平塚君がいない。それは退路を断たれたことを意味していた。いや、寧ろそれでよかったのかもしれない。
ドライの社員が私とチーフの2人しかいないのならば、早々に持ち場へ帰還しなければならないのは明白。思うにここでの話し合いは1~2分が関の山。
知らぬ存ぜぬでゴリ押しすれば、この場を切り抜けるなんて容易だろう。
「志貴」
「……はい」
まずは神妙に応じること。話はそれから。
「話がある」
やけに素直ではかえって不自然だろうから、ここでいつもの私を出しておく。
「私にはありません」
だけど、そんな切り返しも今回は通じなかった。
「俺にはある」
キッパリと告げられ、思わずムッとへの字口になる私。
「もうこんな時間です。早く持ち場へ戻らないと――」
「今日仕事が終わったら従業員出口で待っていろ。もし用事があるならキャンセルするんだ」
「……な……っ」
耳を疑った。余りに突拍子もなく、強引極まりない話だ。
「なんですかソレ……。横暴です。パワハラです。どうしてそんな勝手なことが……」
「いい加減にしろよ? お前が逃げようとしても俺は捕まえるし、お前との話が終わるまでは帰さないからな」
言い切ったチーフの目は完全に据わっていた。
そんなチーフを前に、私の膝が笑う。あぁ、私はきっと恐れている……。
逃げられない。誤魔化せない。チーフからは怒気しか伝わってこない。
私は本気で彼を怒らせてしまったのだ……。
[3]
終業後、青柳チーフから従業員出入り口で待つよう言われた私は、その時間が来るまで何度も何度も逡巡した。
不破君を呼ぶことを考え――呼ばないようにとは言わなかった――いつものようにブッキングしようとも思った。
けど、策を講じたところで油に火を注ぐ結果になるのは目に見えていたから、私は抗うのをやめた。
18時41分。私は従業員出入り口から外に出る。
てっきり私より先にあがったチーフが通せんぼせんと立ちはだかっているものと思っていたから、そこに姿がないと分かった時は心底驚いた。
今ここで逃げるという選択肢もある。チーフがいないなら帰ってしまえばいい。
今までだったら間違いなくそうしただろうし、足を一歩踏み出せば、惰性の如くこの場から去れるだろう。
でも、と思う。逃げて、逃げて、逃げて。それでどうなるの?
好きな人を怒らせて、好きな人に見限られて。
これ以上チーフを幻滅させるつもり? 私はそこまで救いようのない問題児?
違うでしょう? 本当は傍にいたかったのよね?(だけどワザと拒んで、距離を取り続けて)
本当は笑顔を見せたかったんだよね?(でも、自分の容姿に自信が持てなくて、いつもしかめっ面)
素直で聞き分けの良い、頼れる部下になりたかったんでしょう?(なのに焦っては失敗ばかり!)
裏目に自爆。これ以上無様な姿は曝せないし、曝したくない(本当の私を知って欲しい)
部下として、一女性として、チーフに身守られたい……!
もう……遅いかも知れない。今になって改心だなんて。
でも、チーフの顔が語っていた。もう二度目はないと。あれは最後通牒だ。
ここでチーフを裏切れば、私は完全に見捨てられるだろう。私に幻滅し、私を軽蔑し、彼を悲しませることになるだろう。
そんなのはイヤ。そんな私でいたくないって、今さらながら気付いてしまったから。
だから私は逃げない。帰らない。ここに居る。指し示されたこの場所に。
最後のチャンスを取りこぼさないために。本当の志貴迦琳を知って貰うために。
――19時。
チーフは来ない。
十六夜の月が、ただ煌々と輝いていた。
――19時15分。
月が雲隠れし、涼やかな風が通り過ぎた後。
カツン、カツン、と革靴の音を鳴らし、青柳チーフは私の前に姿を現した。
[4]
「逃げなかったんだな」
青柳チーフは開口一番、静かにそう言った。じっと私の顔を見つめながら。
光源と言えば、従業員出入り口の、乏しい電灯だけが頼りで。だから2人で見つめあったとしても、詳しい表情までは読み取れないはずだった。
「お前がどうするのか、あそこの駐車場から見てた。待たせて悪かった」
私の一挙手一投足を、チーフに見られていた……?
顔が火照り出す。変な素振りはしなかったハズだけど、断言は出来ない。
手持無沙汰だったのでカバンの持ち手を意味もなくクルクルと回した覚えもあるし、通路を行ったり来たりもした。
買いもしない自動販売機の商品を眺めてもいた。チーフの目には、落ち着きのない女だと映ったに違いない。
「どうしてそんなことするんですか? 私、逃げたりなんかしません」
「今日はどうするかなと思ったんだ」
「逃げません。……もう二度と」
「そう願いたいものだ」
口先だけなら何とだって言える。ことごとく期待を裏切り続けた私だからこそ、青柳チーフに信頼して貰うためには態度で示すしかないのだ。
自らが蒔いた種とはいえ、つい項垂れていると、チーフが言った。
「移動するぞ」
短い指示は、仕事の延長のようで。私は反射的に「はい」と答えてチーフに付き従う。
でも顔を上げれば辺りは当然暗くて、『仕事場じゃない、この出来事はプライベートなのだ』と思い知らされる。
逃げない宣言をかましたばかりなのに、早速怖気付く私。チーフを追う足も1歩2歩と間隔が空き出した。
靴音で異変を察知したのだろう。青柳チーフは私を振り返る。どうしたと尋ねられ、返答に窮した私にチーフは近付いて来た。
「帰りたいか?」
部下として答えるならばイエスだし、女性として答えるならノーだった。
でも私に退路はないから、首を横に振る。振ってから気付く。今のチーフの質問は、何気に際どいんじゃないのかと。だからつい、
「話を終えたら帰ります」
などと余計な一言をのたまってしまった。
(馬鹿ね。チーフは『そんな意味』で言ったんじゃないわよ。早合点も甚だしいってば)
まずい。軽くテンパりかけてる。アガってる。早鐘のように鳴り響く心臓。手に滲み始める汗。
カラカラに乾いた咽喉なのに、ムリヤリ唾を飲み込んだ私の視線は、シルバーメタリックの車体に釘付けだった。
月明かりに照らされるボディが妙に艶めかしい。リモコンキーのセンサーで解錠すると、チーフは助手席側に回り込み、ドアを開けて私に乗るよう促した。
躊躇っていると背中を押され、あれよあれよと言う間に着席してしまった。と同時にドアが閉まる。
あたふたという表現がピッタリの私をよそに、チーフはさっさと運転席に乗り込んでエンジンを掛けた。
「シートベルト」
またもや短い指示が飛んでくる。私は素直に道交法とチーフに従った。
チーフは何も言わず発車する。一体どんな事になるのか見通しも立たないまま、私は隣りで小さく身を寄せるしかなかった。
[5]
街灯が浮き彫りにする青柳チーフの横顔。ステアリングを握るチーフのそれは険しい。
無言の重圧に耐えかね、早くも降参の白旗をあげつつ「ここで車から降ろして下さい」と口走りそうだ。
そうしないのは、既に車が駅から遠い道を走っていて、帰る手段に困るから。
これでも一応、頭を働かせているのだ。パニック寸前だけれども。
「降りないのか」
ビクッとした。私、「降ろして」なんてまだ言ってないよね!?
思わず「こんな所に置き去りにするつもりですか!?」と鬼畜ぶりを非難しかけた私の目に飛び込んで着たのはコンビニエンスストアだった。
何台ものトラックが悠々と置ける、広い駐車場。車はそこに止まっていた。いつの間に?
きょとんとしている私を残し、チーフはさっさと歩き出し、明るい店内へと吸い込まれて行く。慌てて後を追うと、チーフは弁当コーナーにいた。
「あの……?」
「今日の晩ご飯。好きなの選べ」
「晩ご飯?」
鸚鵡返す私をまた置いて、今度は飲み物を調達するべく方向転換。わけが分からないが、どうやらここで揃えなければならないらしい。
私は弁当に視線を走らせると、僅かに逡巡したのち、おにぎりと菓子パン、小さめの紙パック飲料を掴んでレジに向かった。
「いらっしゃいませ。お会計は……?」
チーフと私にちらっと視線を投げ掛けた店員に、「一緒で」とチーフ。あたふたとレジ台におにぎりなどを置いた。1つの袋に2人分の食料が収まった。
「あの……私の分、550円でしたよね」
車に戻る道すがら、バッグから財布を取り出すためにがそごそ手を動かしながら自分の購入金額を告げると、呆れたような、それでいて冷やかな声が返って来た。
「やめろ。貰えるか。いいから……」
奢り、だろうか。申し訳ないので謝ると、煩わしそうに手を振った。この話はこれで終わり、という合図なのだろう。
車は再度、いずこかへ向けて走り出す。
[6]
どうやら北へ向かっているらしい。山の上の方へ。
車は長いこと斜面を上がり、細い道の途中、何台もの車とすれ違う。
なんという山なんだろう? 標高は、それほどないように思えたけれど。
「チーフは私と同じ、西三河地方の出身ですよね? よく岐阜の山道を御存知ですね」
私は碧南市。チーフは、抹茶で有名な西尾市の出だったはずだ。西三河地方から岐阜県までは遠い。間に尾張地方を挟んでいるからだ。
「岐阜店にいたからな。それに、不破の実家がこの近くだ。夏の花火が有名で、ここを教えて貰った。穴場なんだ」
そうだった。チーフの前身をすこーんと、見事なまでに失念していた。ネオナゴヤの前は、岐阜店で不破君に教えていたんだっけ……。
やっと会話らしい会話になり、胸を撫で下ろしていると、駐車場へと行き着いた。
パッと見、30~40台ほどは置けそうなスペース。20時過ぎのそこは、車の数もまばらだった。
チーフが下車する。私もそれに倣った。先行くチーフの手には、コンビニのレジ袋。……ここで食べるのだろうか?
階段を上がると、やや広い原っぱらしき景色が現れた。前面には物見櫓のような物体がある。例えるなら、歩道橋のようなものか。
「金華山ドライブウェイ展望台だ。上に行くぞ。足元に注意しろよ」
言われた通り、慎重に階段を上る。
感嘆めいたものが口から零れた。眼下には、パノラマのように市内の夜景が広がっていた。
「すごい……綺麗!」
首の位置にある手摺に手を掛け、身を乗り出すように煌びやかな世界を堪能する。
「午前中に雨が降ったからな。多分、綺麗に見えると思ったんだ」
すぐ隣りにチーフがいて、思わず顔を見つめてしまった。私の視線に気付いたのか、チーフも私の顔を見る。ち……。
近いってば!!!!
ヤバい。これはかなりヤバい。
奇しくも告白に失敗したばかり。なのにこんな夜景に連れて来たりして、はっきり言ってチーフの神経を疑う。
それなのに、私ったら喜んでる。今にも心臓の音がチーフまで聴こえてしまうんじゃないかってほどバクバクと脈打ってる。
慌てて目を背ける。今まで気付かなかったけど、周りはカップルだらけ。多分、デートスポットに違いない。ロマンチックなところだから――。
「どうして、ここに……?」
「何がだ」
「目的は話ですよね。ここに来る必要があったんですか?」
「込み入った話だからな。居酒屋の個室を考えたんだが、車を運転するからには酒は飲めない。それでは俺がつまらないから却下した。
ファミレスでは騒がしくて聞き辛いだろうから、これも却下した」
「社宅マンションだったら込み入った話も出来るし、お酒も飲めたじゃないですか」
「……あらぬ噂を立てられては迷惑だ」
冷水を浴びせられた。浮かれていた気持ちは一気に萎え、今度は別の意味で自分が恥ずかしくなった。
一喜一憂なんかして、見っともないったらありゃしない。目も当てられないとは正にこのことだ。
何を浮かれていたんだろう? 何を期待していたんだろう? まさかだなんて思ったの? もしかして、ひょっとして、だなんて期待したの?
振られたじゃない。あんなにもハッキリと。
柾チーフに語っていたじゃない。志貴迦琳を女性として見たことは一度もない。そもそも職場恋愛はしない主義だって。
「21時には道路が閉鎖される。……話を聞こうか」
そう言うと、チーフは階段を下りて行った。
余りに一方的。私は振り回されてばかり――。
ここで愚図っていても仕方がない。私も階段を下りる。
とてもつもなく惨めな思いを抱えながら。
[7]
青柳チーフが展望台の階段から下りて向かったのは、草木1つ飛び越えた先、数100メートルほど移動した地点だった。
人の気配がないのは、誰も行きたがらないからに他ならない。
空き地は僅かな敷地面積だったし、生い茂った雑草と、危なっかしい崖があるだけだ。
拍子抜けしたものの、眼下には相変わらず非日常的な夜の帳が降りていて、まだ夜景が楽しめるのかと思うと胸が高鳴った。
あらぬ噂を立てられては迷惑だと断言しておきながら、このチョイス。残酷すぎる。
それにしても、なぜチーフはこの空間の存在を知っていたのだろう? まさか以前『恋人』と……。
「座れそうか?」
不意に尋ねられ、私は地面を見た。芝生の上に座れるかと訊いているのだろう。
午前中には雨が降っていた。恐らくそのまま座れば、布越しに水が浸み出してくるに違いない。
「ダメです。きっと」
「だと思った」
さもあらんと頷くと、チーフはコンビニの袋からレジャーシートを取り出し、敷いてしまった。
「……」
「そこで引くな。用意周到だと褒めるならともかく」
「引きますよそりゃ……。寒い。初夏なのに寒い。どうしてかしら」
「いいから座れ」
怒気を含んだ声音で脅され、大人しく従った。
チーフは早々にお手拭きで手を清潔にすると、おにぎりを四口で平らげてしまった。早い。
「食べないのか?」
「いただきます」
自分からは切り出しにくい雰囲気。脈略のない普段話など出来ようもなく、黙っておにぎりを頬張った。
2つ目のおにぎりを平らげたチーフが口火を切る。
「ボイコットするつもりだったのか」
「はい」と素直に肯定する。
「どうして」
「それは――」
チーフは、返答に窮した私をじっと見詰める。
「言えないんだろう」
チーフが笑った。まるで自分が仕掛けた罠に獲物が引っ掛かったのを楽しむように、満足気な様子で。
「何故ならウソだから。……違うか?」
見破られた――こんなにも早く。
「ボイコットするつもりなんて、お前にはなかった。だが関わってしまった。或いは巻き込まれた」
「……そこまでお見通しなら、いちいちこんなまだるっこしいやり方で問い質さないで下さい」
本当、腹が立つ。
「この期に及んでまだ嘘を吐くのか。本当に呆れたヤツだな。どこまで逆らう気だ? 本当のことを言うまで帰さないと言っただろう」
「それだけ言いたくなかったと思って下されば結構です。それに、これが正真正銘、最後の悪足掻きでした」
「無駄だったな」
「それは認めます」
「何があった」
「……2週間前に、一部のパートとアルバイトが喧嘩を……。意見の衝突があったんです。
バイトの子たち、『ボイコットしてやる』なんて言い出して。『パートを困らせてやる。そうしないと気が済まない!』って。
私、とにかく止めなきゃと思って……穏便に済ませるつもりでした。火が燻る前に阻止するつもりでした。というか、したつもりでした。
水面下で頑張っていたんですけど……どうも漏れてしまったみたいですね。最悪なことにこじれて、まるで私がプランナーだと言う話に」
「1人で解決しようとするからだ。俺に言うべき案件だろう」
「チーフに言えば、誰が悪いだとか、辞めろだとか、責任の追及が発生すると思ったんです。私が黙っていれば、誰も傷付かずに済みました」
「それで? 揉め事がなかったかのように振る舞った挙句、巻き込まれたうえ悪者に仕立て上げられ、今となっては罪をも背負う、か。本当に愚かだな」
「私は……ただよかれと思って……」
「お前のことだ、どうせ両方にいい顔をしたんだろう。『まぁまぁ落ち着いて』だの何だの。
そういう八方美人が過ぎるとな、どちらからも信頼されなくなる。
結局は双方の恨みを買って、無駄な諍いを生むだけなんだよ。お前は土足で踏み入って、しっちゃかめっちゃかに掻き回したピエロだ!」
鼻につんと痛みを感じた。泣いちゃいけない、涙など見せてなるものか。
耐えて、堪えて、我慢して。それでも容赦ない叱責は飛んでくる。嗚咽を漏らすまいと唇を噛み締めた。
「どうして半人前で未熟者のお前が、そんな大切な話を上司に相談することなく纏め上げようとする!
自分のこともままならないのに、パートやアルバイトを軽んじるからそうなるんだ。
ボイコットがどんなものか本当に分かっているのか? 1人でも欠ければ大勢に迷惑がかかる。
1つの塊でそれを行使されたら店、しいてはお客様にまで迷惑を被るんだ!
お前が身勝手な判断を下した所為で、ネオナゴヤ全体が危険に曝されるところだった。そんなことも分からないのか!」
青柳チーフは立ち上がり、私の胸倉を掴みかからんとしていた。もし私が男なら、間違いなく彼はそうしていただろう。
いっそのこと、そこまでして欲しかった。
恋愛対象として見て貰えない。いち社員としても認めて貰えない。
全ては自分の愚かな行動に責任があり、そう分かってはいるものの、ヒトとして認めて貰えないのはつらすぎた。
ごめんなさいと謝っても、薄っぺらい気がした。色んなことで散々チーフを振り回し、怒らせた。
謝罪がどれだけ意味を持つのだろう?
だからと言って、言わないわけにはいかない。謝罪ありきの社会人だから。
「……申し訳ありませんでした」
身体が戦慄く。視界が歪む。それでも泣きたくない。チーフを真っ直ぐ見据えていたい。
「二度とこんな馬鹿な真似はしません。誓います……!」
すっくと立ち上がり、90度に腰を折った。
見放されたくない。嫌われたくない。尊敬する上司にしがみ付きたい。敬い、崇めていたい。
改善しようと思った。これからは従うつもりだ。反発しない。認めてもらうために。成長するために。
でもそれを決めるのは青柳チーフだ。ここでクビを宣告するのも、突き放すのも。
「志貴」
「……はい」
「顔を上げろ、志貴」
「チーフがいいと言うまでは、上げません」
「じゃあ上げろ」
「……上げません」
「矛盾してるじゃないか。……じゃあそのままで聞け。さっき、『私が黙っていれば、誰も傷付かずに済みました』と言ったな」
「言いました」
「お前は傷付かないのか? お前は傷を負っても平気なのか? こんな結果になって、お前が誰よりツラい思いをしている。違うか?」
「仕方ない、です……。私が招いた結果です」
「誰が一番損をした? お前だろう。それでもまだ平気だと言い張るのか」
平気? 平気なワケない。査問会にかけられ、槍玉にあげられ、恐怖を味わった。しこたま怒られ、思いっきり凹まされた。
でも誰も恨めない。自分が一番悪いから。仕事に対する姿勢が、成っていなかったから。
「……」
「よく耐えた。もう泣いていい。説教は終わりだ。明日から頑張れ」
結局、私は顔を上げることが出来なかった。90度の角度で、顔をぐちゃぐちゃにして泣いてしまっては、顔なんて見せられない。
「うくっ……えっ……ぐっ……」
しゃくり上げる頻度、抑えたいのに。あぁ、どこまで弱いんだろう。
「こら、泣きやめ。早く」
「チーフ……泣いてもいいって言った……」
「もういいだろう。道が閉鎖される。行くぞほら」
そう言えば、21時に道路が封鎖される決まりだった。チーフの焦り具合から察するに、時間が差し迫っているのだろう。
「……志貴!」
いつまでも愚図り続ける私に疲弊したのか、チーフは私の手首を掴むと、ぐいっと引っ張った。
「ひぇ……」
「走るぞ」
見るからに運動神経のよさそうな青柳チーフは、案の定、期待を裏切らない俊足の持ち主だった。
駐車場まで引き摺られ――ときに何度も躓きそうになった――助手席に私を押し込むと、シートベルトを付ける頃には発車させていた。
スピードが上がるにつれ、夜景が見えなくなる。
怒涛の1日だった。その1日も、じきに終わる。
明日は変えられる。性根を入れ替え、今度こそ頑張ろうと思った。
2012.01.11
2020.02.14 改稿
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