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窓を半分だけ開けて生成のカーテンを閉めた放課後の教室にふたりだけ。机をくっつけて、白い中厚紙を広げます。「大まかに下書きを。来夢・・こんな感じで。」2Bの鉛筆でさらさらと、空間を分けていきます。天井の点・床の点・奥行きを掴みために点を打って、線でつなげます。分けた空間におおまかな塊がみえました。「うん・。」来夢は見本の<誕生日>を見ながら、鉛筆の描く線を追いかけます。「いいね、」「・・じゃあ来夢、こっちから細かい線を入れてくれる?」「うん。」章の隣で同じく2Bの鉛筆を動かします。すらすらと台所を写し取ります。「・・うまいね来夢。」「好きだから・。」何気ないその言葉にも どきっとしてしまいます。忘れようとしても、つい。なにかのきっかけで意識してしまいます。「うん、そうだったね。シャガール・。」「だけじゃないよ。」「え・・?」章は聞き返してしまいました。「どう言ったらわかってくれるのかな・。昨日からずっと章のことばかり考えて。」「えっ。」「シャガールを描くだけの相手なんて、寂しい。」鉛筆を中厚紙の上で寝かせました。「この絵を描き終わっても同じクラスで。友人で。変わらないんじゃない?」章はどきどきしながら、表面の冷静さを装いました。「寂しいんだってば。」絵に集中できていません。台所から、全くすすんでいない来夢の絵。鉛筆を寝かせたままです。これでは期限に間に合わなくなります。「来夢。絵に集中してよ。」思わず声が低くなりました。「集中させてよ。」意外な答えが返ってきました。「は?」章は苛立ちを隠せませんでした。「何をいってるの?」「章が、集中してないんだよ。だから俺もかけない。だから・・楽にさせてあげる。」
2006/06/11
来夢の中で吹き上げてきた激情が正しくないと言われ、否定されたようでした。まさか受け容れてもらえないとは予想もしなかったのでしょう。はっと見開いたまま、瞳は水をたたえてきました。「もう帰ろうよ、」そうは言うものの、章の気持ちも体も来夢から離れられません。突き放さないとおぼれそう。章の中でも葛藤しています、絵を描かないと、来夢としたいのは絵を描くこと。自分の頭に言い聞かせて。しかし理性で落ち着かせられるほどに未熟な体は訓練されていません。どきどき・と。銀の鎖の腕時計の秒針よりも重く響くこの脈が悟られないとどうして思うでしょう。脈の響きを感じているのに、どうしてだろう、キスしたくないなんて。来夢は納得できません。単純に熱に浮かされたのかもしれません。唇が触れたときに。もっと・と本能から聞こえた気がしたのです。「帰るよ、来夢。」章の低い声がしました。付いていくのは足が重く感じられました。翌日の朝、同じ教室で顔を合わせましたが二人とも普通を装っていました。お互いの態度が、腑に落ちないと感じながら。「おはよう章くん。俺、覚えてる?」美術部のすこし変わった趣味をもっていそうな先輩が尋ねてきました。「はい、おはようございます。」「きみたちのコンビ以外の絵、聞いていた?」「・・いえ、聞いていたかもしれませんが・・耳を通り抜けました・・。」「だろうねーー。コンビ組まされてから2人ともしらけていたもんね。で、どうよ、少しは話でもした?」「・・ええ、まあ。」「ならいいんだけど。あ、それでさ、他のコンビの絵。」先輩の大きな声に、すこし離れた所にいた来夢も反応しました。「クリムトの<接吻> と ダリの<燃えるキリン>」「クリムト・・。」昨日の夜の出来事が急激に思い出されました、来夢の声も、唇も。黄色い色に囲まれた至福のひとときをあらわしたクリムトの代表作。そっとキスをする幸せなふたりの姿、どうしてこのキスをせがんだのか・・。「クリムト組はどうやらクレヨンで再現するらしい。ダリ組は無謀に油絵。きみたちは?」「・・水彩です。」声が震えそうでした。「・・シャガールを?・・すごいな、見てみたいな!・・ああ来夢くんだ!頑張れよ!」先輩は水彩と聞いて嬉しそうです。「その発想が個性的でいい。どんな解釈をするんだろう、楽しみだ。」放課後に章は来夢に「今日、何時までのこれそう?」と聞きました。「何時でもいいよ。描こうよ。」まっすぐ見つめてくる来夢に負けそうです。
2006/06/10
その黒い瞳に。白い肌に。クリムゾンの色の形のいい唇に。目がさらわれてしまいます。逃げようとまばたきを繰り返しても、眼鏡の向こうにある来夢の深い黒はひるみません。<絶対。意味もなにもわかっていない。こんなに近くに寄ってしまうのは・。>章は自分に必死で言い聞かせようとします。目をきつく閉じました。見ては負ける。と思ったのです。どきどきする胸の鼓動が悟られないかな。どうしよう、手に汗もかいてきてしまいました。「・・章?」自分の顔を見て、と懐に飛び込んだのに目を閉じられて来夢は、きょとんとしています。「どうしたの?」さらに覗きこもうとして章の胸にくっつくように体を寄せました。「!来夢、離れてくれる?」目を閉じていたくせに、密着してきた来夢の動きがかなり章を動揺させました。「どうして・」まだ何も知らない声が章の気持ちを湧き上がらせそうです。「いたっ」章が体を離れさせようとして強引に掴んだ来夢の指から筆が落ちました。・・あ。と拾おうとしたふたりの唇が重なりました。章が耐えれなかったのか。それとも来夢が筆の行方よりも章の顔をみていたせいなのか。びっくりしてふたりともすぐに体を離しました。どきどきと・・胸の鼓動が耳にまで響いてきました。膝もがくがくします。力が抜けそうです。あんなにこらえたのに。なにかが・・一気に噴出しそうです。このまま2人でいてはいけない。自分を抑えられない。章が必死にこころと格闘しているのに来夢は「あった・・。」と筆を拾っていました。「・・よく見えたね。目が悪いのに。」努めて冷静に、章が声をかけました。「この・・筆の先が白いから・・。ぼやっとしていて。見えたんだ。」「そっか。・・ごめんね。帰ろう。」「謝らないで。俺が・・。」俺が?「章の顔を。見たくて離れなくて・・。どうしよう。」語尾が震えています。なにを言っているのか章には理解しがたい言葉です。伝わってしまったのかな、まさか。ショック・・だよね、そうだよね。章はふう。と息を吐いて、「今のは・・事故で。キスとしてカウントしないで。」やさしく声をかけたつもりでした。でも来夢は意思のこもった瞳で見つめてきました。「・・どうしよう。俺はカウントしたいのに。」握っている筆も震えています。細い指がやがて力をなくして、ぱらぱらと糸がほどけるように宙を舞い、再び筆は落ちました。からん・・とアスファルトで音がかすかにしました。「<誕生日>みたいなキスじゃなくていいから。俺に・・クリムトの<接吻>のようなキスをしてほしい。」何を言い出してしまったのでしょう・・。藍色の幕はやがて漆黒の闇に変わります。街灯の白い明かりも心細くなります。ふたりは帰る道を忘れたネコのように、見つめあってしまいました。「お願い。」かかとをぐっと上げて、つまさき立ちで深い黒色の瞳が章に懇願します。細い指が居場所を決めかねて空を弄びます。やがて瞳に水がたたえられました。「・・絵を。シャガールを描くんだよ、俺たちは。」今にもついばみそうな赤い唇は拒絶されて動けなくなりました。
2006/06/09
<頑張れなんて言われても・・。表現したい色がある。試してみたい技法がある。 失敗するかもしれないから紙を余分に買って。 どうしてどきどきするんだろう。 いつも絵を描くときのようなわくわくした気持ちじゃないのは、 今から描くシャガールのせいなの? 来夢も好きなシャガールを来夢と描くからなの・・?>章は、買った中厚紙を丸めてもらいながら落ち着かない気持ちでいます。自分の中で急速に来夢の存在が大きくなっていくのがわかります。でもそれを押し込んで努めて冷静なそぶりをしています。そんな努力も知らない来夢は隣で平筆を2本買いました。「筆もたくさんあったほうがいいよね。」細い筆を握った指。筆の柄の濃い緑色に映える白い肌。「そうだね・。」そんなに白い肌なんだ。と感じながら適当な返事をしていました。店から出ると藍色の幕が町をすっかり包み込んでいます。「来夢、家はどのあたり?」送っていこうか迷いながら聞きます。近かったらいいな、と思いながら。「木之元のあたり。」「え。・・近いんだ?」「章は?」藍色の空に負けない黒くて深い瞳が見つめています。クリムゾンの色をした唇はうっすらと影を落としたように輪郭を読ませます。自分の名前を呼ばれても、今は余裕がありません。「その隣の町。・・一緒に帰ろう。」「うん。近いんだね。じゃあ・・どこかで会っていたのかもしれないね、今まで。」「そうだね、全然気がつかなかった・・。同じクラスでも今日までわからなかったし・・。」来夢の明るい口調とは逆に、疲れたのかすこし低い声の章。「・・章の声が変。」「変?かな。」「・・あのさ。俺でいいの?シャガールを一緒に描くの・・。ずっと考えていたんだけど・・。」「先輩が決めたんだから。いいじゃない?」「章はいいの?」「いいも悪いも。やるしかないでしょ?」黙って隣を歩く来夢の表情がわかりません。来夢は章が自分と組むのが嫌なのでは?と考えていたのですが・・。「来夢の好きなシャガールを俺も描く。それでいいじゃない。」夜空にちいさな星が瞬いています。ちかちかと輝くあの星を見ながら歩いているのかな。すこし気にかかります。「章は美術部でやりたいことがあるっていったじゃん。・・入部できないと困るんだよね・。 きれいにきちんとできないといけないんだよね。」やっと口を開いたと思ったら思考が迷宮にはまり込んでいました。なにを今更言い始めたのやら、章は不安そうな来夢の声に驚きます。「きれいとかきちんととかは・・期限内に出来る範囲ででしょ。やれるだけやる。 俺も来夢も入部できるから、きっと。やる前から自信ないこと言わないの。」「うん。・・そうだね。俺も水彩で表現してみたいし。」だんだん声が明るさを取り戻したような気がします。「今。笑ってる?」「なんで。」「顔がよく見えないから。」「章は目が悪いの?」「眼鏡かけてるでしょ・・。」ふわりと何かが頬にあたりました。「え?な。なに?」それは筆・・を握ったままの来夢の指でした。「え?」「俺の顔はここ。・・笑ってるか見て?」かかとを上げて章の頬を手で包み込んだ来夢の顔が、すぐ傍にありました。
2006/06/09
触れた指を見つめて「色がつくかと思った・・。」と。「何も塗っていないよ。つくわけない。」来夢は動じません。唇に触れられても、その指が求めかけたものが伝わらなかったのです。章は唇の柔らかさに激しく動揺しました。体温も感じました。心臓が少しづつ動きを早めていくのがわかります。「来夢、ごめん。ほんとに離れてくれる?」目を伏せて手首に絡まる来夢の指を外そうとします。直視できないのです。一見、女の子のような顔。もう息がかかるところにその顔がある。まともじゃなくなる。「早く行こうか、紙を買わなくちゃ。」むくむくとわきあがりそうな興味を押さえ込んで、章は来夢に目を伏せたまま声をかけました。「・・うん。」様子がおかしいな。来夢は変化を感じましたが問い詰めません、時間がたつにつれて章の指の感触がハンコでも押したかのようにしとっと残ります。その感じに気をとられています。触れたというよりそっと押されたような感じ。なんでしょうかこの感触。「置いて行っちゃうよ来夢。」廊下から章の声がしました。「あ。」鞄を提げて追いかけました。画材屋さんですすめられたのは一般的な中厚紙。これを5枚買い求めました。「失敗するといけないから。」章が笑いながら言います。3枚は絵を描くように。残りは絵の具の色の出具合を確かめるために使う試し紙。「絵の具はどうする?足りないものはなかったかい? まあ、うちは夜の8時までやっているから学校帰りでも間にあうだろうけどな。」店員さんが絵の具を見ながら言いました。きれいに並べられた水彩絵の具。ちいさなチューブを見ているとそっと触れたくなります。「章くん、シャガールを水彩でやるなんて、また逆な発想だね。完成したら見せてくれよ。 <誕生日>か・・きみの好きな赤が使える絵だね。」「床のじゅうたん・・あれはぼかした青を下地にしてみたいんです。」「そうだね。ぼかすなら普段使わない色を試すのが一番だ。かえって味が出る。」「上に・・・・クリムゾンを。」「ほう・・。今あの子が持ってるよ?」呼ばれたかのように振り返ると来夢がクリムゾンを持っていました。「・・きれいな赤。」声も、仕草も・絵の具のチューブに溶け込んでしまうように見えます。「ああ。一番の赤だ。章くんの好きな色だ。」店員さんがにこにこ微笑んでいます。「章くんはクリムゾンを切らさないよね。いつも買うから。」「・・ええ。」章は生返事です。来夢の唇と見比べてしまいそうです。「女性のどんな口紅の色よりも赤い色。自然界にあると信じたい色。 あの強い赤に惹かれる画家は多いよ。」胸のうちを指された気がしました。店員さんは来夢の傍に行くと肩をぽんぽんと叩いて。「章くんはあまり妥協しない子だから大変だろうけど。 きみたちの解釈したシャガールが見てみたい。がんばってな!」
2006/06/08
期限は7日。学校の授業が終ってからすすめる作業では、油絵での再現は難しいです。とても7日では完成しないでしょう。学校に泊り込むなら別ですが・・。来夢は教室に入って自分の鞄を下げながら考えていました。「俺の家にイーゼル(キャンパスを掛けるもの)と油絵の具24色・・パレットもあるけど。」「7日じゃ無理だよ。筆だって何本も一気に使えないから洗いながらの作業になるし。 そんな切羽詰った精神状態で、あの油絵の具と溶き油の独特の臭い嗅いでいたら発狂するよ。」章が遮ります。そして来夢をなだめるように見ながら、「水彩でやろうと思うんだ。」「え・・?」「シャガールの独特の雰囲気を再現するなら油絵の具かクレヨンだろうけど。 時間に間に合わないんだから水彩にしたいんだ。 ぼかしてみたらいいんじゃないかなーと思って。 ぼかしたら、あの雰囲気が水彩でも近づけるような気がするんだ・・。」「・・ぼかす?」来夢はシャガールの絵を思い浮かべます。<誕生日>の絵だけだと ぼかす ことが最良の手段とは思えませんが、ピカソのはっきりした色使いと比べれば水彩での表現も悪くなさそうです。かえって絵に隠れている繊細な感じが生まれそう。来夢はまばたきを忘れたように頭の中に広がった色彩に思いを馳せていました。色を作ってみたい。表現してみたい。「・・やってみたい!」「やろうか。」章が嬉しそうに微笑みました。「授業が終ってから・・2.3時間がいいところだもんね。今日は材料集めをしようかな。」鞄を提げて、腕時計で時間を確認しています。まるで銀の鎖のようなベルトです。フレームの変わった眼鏡といい。個性的なアイテムばかり身につけていますが、言っていることは普通なので来夢は安心しました。<このひととコンビで大好きなシャガールを描くんだ・・。>「紙を買いに行くの?」「うん。俺のうちのほうに画材屋さんがあるから。店のひとと相談しながら買っておくよ。」「俺も行きたい。」勢いで章の懐に飛び込んで手首をぎゅっと掴んでいます。すがりつくみたい。その腕は捕まえて離しません。<いくら目が悪いとはいえ、よくこんなに近付いちゃうな。>章はどきっとしながらも後ろにのけぞって。「・・じゃあ。一緒に行く?」「行きたい。」「わかった。まず・・手を離してくれる?これじゃ並んで歩けないから・」来夢の指に銀の鎖が当たりました。腕時計です。「わあ。見せてこれ。かっこいい。」ぎゅっと手首を掴んだまま顔を近づけます。「ねえ。どこの?ガボールじゃないよね。」もう鼻がぶつかりそうなくらいに近いんです。眼鏡をかけている章にはかなり厳しい近さでしょう。<そんな距離でじたばたしないで。跳ねないで。>章のほうが少し背が高いので自然に見上げるような首の傾げ方の来夢をじっと見て「・・・クリムゾン?」「え?」「来夢の唇・・クリムゾンだ。俺の好きな・赤い色・。」ゆっくりと。章の指が来夢の唇に触れました。
2006/06/07
シャガールの<誕生日>。 黒い服を着た女の人にのけぞるような姿勢でキスをする顔色の悪い男の人。 台所に敷かれた赤い絨毯。 何かを切り分けたテーブルの上。部室を出るとき、一緒にドアを閉めていました。ノブにかけた指で気がついて、お互いの顔を鏡でも見るように見つめていました。話したこともない相手と合作。引き受けていいものか、お互いの表情で気持ちを探ろうとしているようです。「・・シャガール好きなんだ?」章がようやく話しかけました。「うん・。」どう返事をしていいのかも困惑気味の来夢。少し警戒しすぎです。「じゃあ一緒に頑張ろうか。俺、美術部でやりたいことがあるから。」章のさっぱりしたものの言い方に驚いて。「でも。難しい絵だよ。」来夢のすがるような言い方に今度は章が驚きます。「難しいけど、俺もシャガール好きだから。あの絵は灰色と黒と赤の調和が好きなんだ。やってみたいな。下手なりに。俺はシャガールなら他の絵が好きなんだけど、それを指定されていたら・・来夢?みたいに迷ったと思う。」なんだか楽しそうに話します。さっきまでの話しかけにくい雰囲気とは違う親しみを感じて。その顔に来夢は見とれてしまいました。じーーーっと目がくっついてしまったかのように離れません。 あ。左の耳に穴が2つ開いてる・・ピアスの穴だ。 口元にちいさなほくろがあるんだ・・。 眼鏡は耳にかけるところが赤が濃くてレンズ周りは透明に近いんだ、すごいグラデーションだ。 プラスチックのフレームなのかな。「来夢・・?」章が声をかけなかったら、もっと顔を近づけていたかもしれません。「あ、ごめん。俺、目が悪くて。近付いちゃうんだ・・。」慌てて離れます。「これ。かけてみる?」章が自分の眼鏡を外して来夢にかけました。「髪が・・すこし邪魔かな。」そっと耳にかけてあげます。「俺が見える?」矯正は個人個人で違いますから。近すぎて、近くて見ていられません。「少し近すぎる・・。」「その距離でさっき俺に近付いたくせに。」ふふっと章が笑いました。「よろしくね来夢。クラスも同じでしょ・。」「うん・。」眼鏡を外して渡しながら返事をしたら、「俺の名前を覚えてる?」首をかしげて聞かれました。「章・・だよね、」「おりこーさん。教室に帰ろう。」来夢は急に距離がなくなったのを感じました。どちらが壁を壊したのやら。
2006/06/06
どうして美術部を選択したかと聞かれたら、帰宅部になれると思ったから。そんな甘い考えで通れるほど、部活の門は広くはありません。多分同じ考えで集った今年の1年生の行列を前にして、美術部の部長は難問を提示しました。「有名な絵画の模写をしてもらう。出来のいいものだけ入部を許可しよう。」とたんに ええーーーーーー とひいた声。もう帰ろうとするものはそのままに。少し悩んだそぶりを見せたものを捕まえて。「ふたり一組で描いて貰おう。期限は7日。絵画はこちらで指定する。」先に提出された<入部希望届け>をばばっと机の上に広げて、「コンビは・・はい、きみときみ。・・きみと・きみ・。で。のこりがきみときみ。」ぱぱっと指差しで決められてしまいました。最後に決められたのは偶然なのか同じクラス同士でした。でもお互い話したことがありません。顔を見て・・「あ。同じクラスの・・。」と感じた表情を互いに見せ合います。とりあえず自己紹介したらいいのに。お互い、むーと相手の出方を見ています。声を掛け合わないから、必然的に距離が生まれます・・。やりにくそうーな空気を自分たちで作り上げましたよ。「きみたちはうまが会いそうにないね。面白そうだな。」部長が気がついたようです。「ピカソを描かせたら?<ゲルニカ>。よさそうだよ部長。」他の先輩たちも興味を持ったようで。「あんなに暗いテーマは、この2人には似合わないよ。お人形さんみたいじゃないか。さすが1年生。かわいいもんだ。」美術にはまったというより、違うものにはまっていそうな先輩がにやにやしながら見ています。「かわいいのに惜しいなー。これで女の子だったら長いソックス履いてもらうのに。」その言葉に、はあ、と部長がため息をつきました。「すまないな。ああいうのもいるが基本、うちはまともに絵を描く部だから。」「はあ。」返事じゃないですよ、それ。「そうだな・・。<青いサーカス>。シャガールの。どうだろうか。」すると片方が「俺、青い色は嫌いです。」「あ。そうなの。じゃあ・・シャガールの<誕生日>でどうだ。」するともう片方が「どうしてもシャガールですか?」「嫌かい?」「いいえ。俺はシャガールが好きだから。好きすぎてうまく描けません。緊張します。」「っひゃー・・。かわいいー!」さっきの先輩が喜んでいます。怖いです・・。「・・決めた。シャガールの<誕生日>だ。期限は7日。ふたりで合作。」部長がびしっと言い渡しました。「こちらで記録するから。名前言って。」さっきの先輩が近寄ってきましたよ・・。「じゃあ。こっちの寝癖みたいな髪の子は?名前とクラスを言って。」寝癖。といわれて かっちーんときましたが我慢我慢の様子。「来夢(らいむ)です。1-Bです。」先輩はにこにこしながら見ています。どうやら長い靴下を履いて欲しいのはこちらですね。女の子のように黒目がちな瞳。ゆるいパーマでくしゃっとした少し茶色い髪。レイヤーいれているので空気感があります、細い体も手伝って。まるでお人形です。「シャガールが好き。と書いておこう。次、ベリーショートの眼鏡のきみ。」「章(しょう)です。1-Bです。」こちらは対照的にお殿様のように、目元涼しげなきりりとしたお顔立ち。ベリーショートの黒い髪にフレームが赤い眼鏡。校則が心配です。2人とも日焼けを知らない育ちかたをしたようで、白い肌がさらにお人形らしく見えてきます。「章くんが、青が嫌い。だったね。」「はい。」お互いの名前を初めて聞いて。・・いたかなあ。そんな名前。「さて・・この2人で期限は7日。早く打ち解けてよ?」
2006/06/06
遠く離れていても この水色の空をきみも見ている気がするんだきっちり背筋正して生きてる気がするんだだから私も負けられないよ握った手の感触は忘れちゃったけれどきみのこころは忘れないひとを大切にするきみのまっすぐさを私も抱えて生きていくのこの水色の空季節を映した白い雲ゆったり流れていく体温のこの風きみも同じものをかんじているかもしれないからみっともないまねはできないよまっすぐ歩いていきましょう
2006/06/06
花火を買ってみんなでやろうか 言い出した人が来なかったきみと立っていても時間だけが過ぎていくふたりでやりましょうか派手なものはできないけれど線香花火に火を点けて ちちち と飛ぶちいさな火花きみの顔がちいさな灯りに照らされてこんなに近くで見たのは初めてだな気がついて手が震えて 火が落ちたもう一回やってみてくださいきみが 夜空に姿を消してささやいた火が点いたら もう消せません
2006/06/01
朝田の目の前にいる咲楽は、鉄も溶かす炉の前に来ても表情が変わりませんでした。まるで今からどこか楽しい所に出かける。そんなそぶりでした。「なにか言っておきたいことがあるんじゃないの?」朝田が聞きました。「別に?」「どうして?私を試しているの、咲楽。」「試すって?なんですか?俺はほんとに、なにもないですよ。」咲楽は煮えたぎる炉の中を覗き込んでいます。「・・・・・直生に伝言は?」急かされる様に朝田の喉から言葉が出ました。「会えて嬉しかったです・・かな?朝田さんにも感謝してます。直生さんに会わせてくれたから。俺を拾ってくれたから。楽しかったですよ、ありがとうございました。」もうじきに、この炉で溶かされるのに、どうして微笑んでいられるのでしょうか。さすがに朝田も、見ていられなくなりました。「そんなことを言って、私の気が変わるとでも思った?」命ごいしていると思ったのでしょうか・・握りこぶしをぶるぶると震わせて。怖い顔のままの朝田とは反対に、咲楽は明るい表情が崩れないまま。「?なんのことですか?・・朝田さん?」朝田は工場のひとに声をかけました、そして咲楽から離れていきました。 「携帯・・?」 直生の持っている朝田の携帯が鳴りました。あわててとります。 <直生?なにか伝えたいことがあるかしら。> 「・・・・朝田さん!今どこにいるんですか?!咲楽は一緒ですか?」 <なんて大声をだすの。耳が痛いじゃないの。・・聞いているのはこっちよ。> 「・答えてください!咲楽は今どこにいるんですか!」 傍にいたバーテンも驚く大声で、直生が叫びました。 「直生、代わりなさい。・・それではまともに話ができない。」 直生の肩をぽん・と叩いて携帯を手にします。 「朝田さん。迷っておられるなら、引き返してきてください。咲楽をつれて。」 <あなた・・!どうしてそんなことを。> 「わかったでしょう?咲楽をつぶしたら、あなたは直生を失うんですよ?」 バーテンが淡々と話続けます。 「迷ったから電話してきたんでしょう。なら悪い事は言いません。 早くお戻りくださいよ。咲楽をつれて。店が忙しくてホストが足りないんですよ?」咲楽の足元に、しましま模様の野良猫が擦り寄ってきました。どこから入り込んだのでしょう、咲楽はあたりを見渡します。工場は頑丈な扉で閉められています。猫が入り込む隙間なんて・・。「やなぎさんの猫・・?」答えるように、にいいと小さく猫が鳴きました。朝田が再び炉の前に来ると咲楽が猫を抱いていました。「もうすぐ直生があなたを迎えにくるわ。」ぼそっと・・・言いました。「直生さんが?じゃあ。この子を渡してください。・・俺より暖かいから、傍においてあげてほしいんです。直生さんはいつもなんだか寂しそうだもん。」言い終わると咲楽は猫を足元に放しました。「これ以上。直生さんのこと思うとなんか・・なんだろう、この感じは。」「・・咲楽。その頬に流れるものがなにか知ってる・・?」朝田が聞きました・・。同じものが朝田の眼から溢れてきました。「さあ?聞かないほうがよさそうですね。」雫が落ちるまま。微笑む顔に・初めて朝田は後悔しました。思わず下を向いて嗚咽し始めました。「ありがとうございました。」からっとした言葉が耳に飛び込みました。「さくら、待って・・。」鉄を溶かす炉の中は真っ赤な塊がゆらいでいます。見つめるだけでもその熱さで咲楽の髪がゆらゆらと揺れます。咲楽のほほを何かが掠めました。それは炉の中に飛び込んでじゅわじゅわととけていきます。「なに・・。」「あなたのリモコンよ。・・・・もういい。たくさんよ。咲楽、どこへでもいきなさい。」「・・・え?」びっくりしている咲楽の足元に再び猫がじゃれつきます。「もうあなたの顔が見れないように。どこにでも行きなさい。」がっくりと肩を落とした朝田は、よろよろと工場から出て行きました。咲楽をのこして。車の発進音が聞こえました。猛スピードで去っていく音でした。 「どうしようか、これから。また捨てられちゃった・・。」猫を抱きかかえると、てくてくと歩き出しました。工場から外に出ると夜がもう明けてきています。星の輝きが小さくなり、白い空が広がっていました。「きれいだねえ・・。」猫が寒そうに咲楽の腕の中でじたばたします。「うわ。じっとしててよ・・って、やっぱり冷たいのかな俺・・。」やがて車の近付く音が聞こえてきました。暖かそうなライトがまっすぐに咲楽をめざして伸びてきました。 終わりです。長くなりましたが・・ありがとうございました。
2006/05/29
自宅で階段落ちして打った腰が・・痛くてとうとう学校も休んでしまった。ベッドの中で俺が考えていたのは。 小町は、ちゃんとひとりで学校に行けたのかな・・。その繰り返し。メールはした。<学校休む。ごめん。>って。でも返事が来ない。お昼になっても返事が来ない。横になっていても痛くて寝れない。メールが来ないから気になって寝れない。・・少しは心配してメールとかさあ・・。どうしてやさしくしてくれないかなあ。俺に興味ゼロだな小町・・。もう16時だ。そろそろ帰宅するのかな。そうしたらメールくれるかな。いや、期待するもんか・・。顔までかぶった布団に、はっとした。昨日ここで昼寝した小町の匂いが残っていた。ああ・・どうして今まで気がつかなかったんだろう、もったいない。くうううううんと鼻から息を吸い込んで。少し幸せな気分。「生きてる?」その声に驚いた!がばっとふとんから顔を出したら・・・小町がいた!!「こまち・・。」もう泣きそうな俺の声に、小町は怪訝そうに「ひかり。そんなに痛いの?病院は行ったの?」「行ってない・・。」小町からのメールを待ち続けて夕方だよ・・。なんて間抜けなんだろう。病院行くべきだった。「行かなきゃ治らないでしょ。・・立てる?」ん?なんだこのやさしい声は??「一緒に行ってあげるよ。」えーーーーーー??小町、どうしたの、本気でやさしい。やばい軽く泣きそうだ。俺の顔をじーっと見つめてくる小町の唇が気になる。今日もつやつや。なんだかなんだか・・手を伸ばしても許してくれるかな。「明日は学校につれてってくれないと困るからね。」は?「今日さー・・。遅刻しかけて母さんにタクシー呼んでもらっちゃって。」はあ?「大変だったんだからね。」はあああ?「早くたってよ。病院いくよ。」ぎゅっと手を握ってくれたから・・もうなんでもいい。腰が痛いけど・・ほんとは明日も休みたいけど。注射でもなんでも打って貰って、明日は小町を後ろに乗せて自転車を漕ぐよ。手を繋いでくれたから。俺はがんばるよ。もっと頼ってくれるようにがんばるよ。 「にほんばれ。」の続きのお話でした☆
2006/05/27
開いたままのゲートをいくつも抜けて。人影のない寂しい荒地にワゴン車が進んでいきます。「どこへ行くのか聞かないのね。」朝田が後部座席の咲楽にミラー越しに聞きました。「わかっていますから。聞きませんでした。」「・・なんですって?」「俺、ここに来るの2回目なんですよ。」思わず急ブレーキをかけました・・。「咲楽。ここがどこかわかっているの!なによ2回目って。」朝田はハンドルを握ったまま振り返りました。咲楽はいつものように明るい笑顔のままで淡々と話しました。「前の飼い主に連れられてきましたから。ここで、どろどろに溶かして機械の部品になるんだよって。そうしたらずっと一緒にいられるからって。俺も一緒にいられるならそれでもいいですよって言ったんです。そうしたら泣いちゃって。なんでしょうね。で。ここで捨てられたんです。溶かされないまま。だからここが何をするところか知ってますよ?」ワゴン車の進行方向には大きな煙突を備えた灰色の工場が建っていました。「あれ。」咲楽が指差します。「あそこにいくんでしょ?」「咲楽、よく平気でいられるわね。私はこのまま捨てないわよ。溶かすつもりで連れて来たのよ。」朝田は呆れて言いました。「もう直生に会わせないからね。」「直生さんが俺となんか関係あるの?」咲楽が拍子抜けしそうなくらい明るい声でたずねます。「あなたのせいで直生は変わったわ!迷惑なのよ。」「ふーん。じゃあ、直生さんのために。か。悪くない。」「・・なんていったの・・?」「俺は直生さんが好きです。あのひとのためになれるならうれしいです。」店から駆け出す直生をバーテンが止めました。「行き先もわからないだろう!」「でも探しに行きたいんです・・。」騒ぎに気がついたほかのホストが寄ってきました。「直生さん、そういえば今日咲楽は?あいつがいないといまいち盛り上がらないんですよね、」「けらけらとよく笑うからなあ。」その笑顔を守りたかった。直生は悔しくて唇を噛みます。「朝田さんが連れ出したって。俺、見たよ。出て行くところ。なーんか怖い顔してた朝田さん。」「どこへ?」ホストたちは事情を知っているのでしょうか。世間話のつもりなのか、憤りを抱えた直生の傍でわいわいと話を続けています。「あー。俺聞いちゃったよ直生さんと話してるの。・・・ネジにしちゃうんだよ。」「・・直生さん、どうしたんです?・・顔色悪いですよ・・。」ホストのひとりが触れようとした手をバーテンが制しました。 「次の季節も・・春も夏も秋も冬も・・全部一緒に過ごしたかったんだ!一緒にいたかったんだ!絶対寂しい思いはさせたくなくて、守るって決めてたんだ!」直生はその場に力なく倒れるように膝をつきました。「どうして・・・・!」「直生さん。昨日今日会った子だ・・。どうしてそんなに思いつめてるんですか?」ホストが慰めにもならない言葉をくちに出します。「それにあいつ機械ですよ。」ホストの悪気はない言葉に、バーテンが怒りあらわにしました。「機械だから、・・なんだ?機械だったらその命をどう扱ってもいいこともないだろう?おまえたちここはいいから。店に出ていなさい。」バーテンの気迫に押されて、ホストたちはばたばたと店内に戻っていきました。「・・日数じゃない。」直生が呟きます。「一緒にいた時間がすべてだよ。」 次でラストでございます。
2006/05/27
開店したお店は今日も盛況です。あちこちでシャンパンコールがかかります。ホストの笑顔、泡だって流れるお高いシャンパン。この華やかさとは真逆な表情を隠せずに直生はカウンターにもたれかかっています。バーテンが「いい加減にふっきってください。さもないとあなたも大変な目に遭いますよ。」そう呟いても。「・・・まだどうしたらいいのかわからないんです。」憂いをおびた瞳は床を見つめるだけでした。「直生。朝田さんに借りがあるのですか?」「・・職をあてがわれた恩はあります。」「でもそれを補ってあまるほどにあなたは貢献したと思いますよ。」バーテンは言いました。「咲楽のことを諦められないなら。ふたりでお逃げなさい。そしてもうこの5番街には近寄らない覚悟を決めてください。」直生は驚いて顔を上げました。「あなたの笑顔を見て思いました。本当は笑うことが出来たんですね。咲楽のおかげですか?」バーテンはやさしく微笑んでいます。「はい。」「ただ・・直生。咲楽は年をとりません。そしてあなたはいつかは死にます。そのことは忘れないでください。ちゃんと、あの子に・・教えてやってください。」「はい。ありがとうございます。」直生は店内を見渡して咲楽の姿を探しました。見つかりません、どこに行ったのでしょう。「・・・・・朝田さんは・・?」嫌な予感がします。「そういえば。・・どこにいるんだ・・?」バーテンもさっと顔色が変わりました。「まずい。直生、朝田さんに連絡してみなさい!携帯にでも。」バーテンがすすめましたが「・・だめです。朝田さんの携帯は俺がいつも持ってるんです。ゲートを開けるために!」朝田の運転するワゴン車が、どんどん5番街から離れていきます。「朝田さん。今日は仕事しなくていいって、どうして?」後部座席の咲楽が不思議そうにたずねます。「たまにはいいのよ。咲楽、それより、昨日誰と一緒だった?」「直生さん。」「・・・そう。電池も入れて貰ったのね?」「?知らない。」ハンドルを握る手がびきびきと痙攣しています。
2006/05/26
まさかリモコンの遠隔操作とは気づきません。電池・・電池がきれたのか?直生は咲楽のパジャマを脱がせて腰を見ました。「ここをどうやってあけたらいいんだ・・。」指で触れると異物感がします。「なに・・?」骨のようにあたるなにか。指で感触を確かめます。「ネジだ。」直生は慌ててドライバーを持ち出しました。・・しかしどうあてがっていいものか。見た目はひとの皮膚そのもの、感触でここにネジがあるとわかるのです。・・なんだかドライバーをあてたら・・傷つけそう。<でも。これしか思いつかない・・>「咲楽、」呼びかけても返事をしてくれません。「痛かったらごめんね、手当てもするから。」・・直生はドライバーをネジにあてました。ゆっくり・・まわします。するとネジだけがきれいに浮き上ってきました、急いで止められていた部分を外します。中には単三電池が3本。とても人型の機械が動く動力とは思えないちいさな力でした。直生は壁掛けの時計を乱暴に外して、電池を取り出しました。<買い置きしておくんだった、これではいつまで持つかわかんない!>焦ります。助けたくて焦ります。また声が聞きたくて。笑顔が見たくて。また自分の名前を呼んで欲しくて。ぱちん。とはめた電池に自分の気持ちもこめたように直生は眼を閉じました。お願い。「・・・・・・・さくら、」ちいさな声で呼びました。返事がありません。ああ。と落胆した直生の頬を、そっと触る手が。「直生さん?もう朝・・?」待ち望んだ声に眼を開けると、何も知らない寝ぼけた顔がありました。「・・朝だよ。おはよ。」そう言って微笑んで、咲楽の手をぎゅっと握りました。お店の開く時間に直生は咲楽と一緒に出勤しました。早速、朝田に呼ばれてバーカウンターに座ります。「ふたりそろって出勤したのね。」「はい。当分は仕事を教える立場ですから面倒みようと思います。」「・・関わらないでほしいのよ!」いきなりの怒鳴り声に、直生はびっくりしました。「直生は変わったわ。あの・・・咲楽のせいで。あなたのいいところがすべて塗り替えられたわ、それじゃ困るのよ!」「朝田さん?」「覚えておきなさい直生。・・私のこころひとつで、咲楽はつぶせるのよ?」直生は朝田の眼のしたのくまに、恐れを感じます。「つぶして・・・ゲートのネジにしてやるわ。」
2006/05/25
「手を繋いで寝ようか?」直生が恥ずかしいのをこらえながら咲楽に聞くと、満面の微笑で答えてくれました。手を繋ぎたかったのは自分なんだけど。喜んでくれるなんて。繋いだ手の冷たさに驚きました。「冷え性?」「?そうかな・・?」あ、機械だった。だから冷たいのかな・・直生は時々咲楽が機械と言うことを忘れています。それほどに、咲楽の存在は眼に見えて直生のなかで大きく・・こころをぎゅっとつかんでいました。「直生さんあったかいね。」そういうと、安心したのか・・すううと眠ってしまいました。機械だけど普通に寝るんだ。寝顔もあどけなくて。直生も眠かったのですが、見守っていたい気持ちが強くて。髪を触ったり。繋いだ手を確かめたり。そんなことをしていたら時間なんてすぐに過ぎます。ひとと手を繋いだ記憶がない。ひとと手を繋いでも、こんな感じかな。・・冷たい手のままなのかな。 「あの子の取り扱い説明書はどこにやったかしらね・・。」リモコンを片手に、自分の部屋でうろうろしている朝田は・・一晩中眠れなかったのか眼にくまができています。「遠隔操作でも・・・・電源がおとせるはずよね。」リモコンをくいいるように見つめます。「あーら。OFFってかいてあるじゃない・・!これなのよね・・!」がくん。寝ているはずの咲楽のからだが大きく2回揺れて、・・・・がくんと首を垂れました。「・・・咲楽?」呼んでも返事をしません。「さくら?どうしたの?・眼を覚まして?」繋いでいた手も・・・直生の手のひらから滑り落ちました。
2006/05/24
留守電に設定していない電話。いつまでも鳴り響く呼び出し音。いくら呼び出しても直生はでません・・・・・・。「なによ・・どこに行ったのよ・・。」プライベートまで管理したいのでしょうか。束縛も愛と信じたこの男は嫉妬と言う自分勝手な思いに取り付かれてしまいました。悔しそうに・・・・何十回も鳴らし続ける呼び出し音。朝田のつのる悪意を知らず・・・・直生は笑顔の咲楽を泡だらけのバスタブに入れています。「気持ちいい。」んーーーっと伸びをする咲楽を見ているとこちらまで笑顔になります。「わかるんだ?」直生は咲楽の鼻の先をちょん・と触りました。「ふふ・・直生さんも気持ちよくならない?」泡だらけの腕を伸ばしてきました。「二人は無理だよ咲楽。」断られて、じゃぼ・・とお湯の中に腕を引っ込めてむくれています。「でもそろそろ交代して。俺も寒くなった。」「はーい。」ざっとバスタブから上がりかけて、つるっと足をすべらせました。「!?」足が上に勢いよく上がりました。「さくら!」支えようとして直生がそのままバスタブに・・。二人じゃ狭いバスタブの中で、ずぶぬれで。身動きが取れなくなってしまいました。「ほんとに狭いね。直生さん・・。」「言ったでしょ・・。ああ。もう・・。」はあ。とため息つく直生の頬を咲楽が撫でて。「?どうしたの・・?」「ずっと。一緒にいたいなあ・・。」髪の毛に泡がついていて・・ふわふわのシャボン玉が時折目の前を飛んでいて。これは夢じゃないのかしら。今日まで生きてきた中で、こんなことを自分に言ってくれたひとはいなかった。「直生さんと。離れたくないなあ。」どうして、この子はこんなにまっすぐなんだろう。笑顔で自分にこんなに優しく暖かい言葉をくれるんだろう。でも次に咲楽のくちから出た言葉は直生を硬直させました。「お願い。・・捨てないでね。」・・・・捨てられたの・前の飼い主に?!直生は聞けませんでした。美人だった、そう話した咲楽。子猫と一緒に寝ていた咲楽。寂しかったんだろうに。・・捨てられたの?「・・捨てないよ。捨てるもんか。」そういうのがせいいっぱい。でも声が震えてしまいます。「どうしたの直生さん?・・どうして・・泣いてるの?」「泣いてないよ・・。」「泣かないで・・?」「大丈夫だよ咲楽、心配しないで。・・咲楽が傍にいてくれたらもう悲しくない。」
2006/05/23
いつもお世話になっている華月瑠依さんに読んでいただきたく(苦笑すこしコピーしてきました。問題のエロを!!本当に危険極まりないので・・・・ちらみせ。 「まけるもんか。つづき」です! 「いいよ。」 風雅はするりと世詩流の下半身をさらけ出しました。 熱にうかされた体がもう限界を訴えます。 「うえは・・してくれないんですか・?」 腰を浮かせて腕を伸ばして、さらなる刺激を求めます。 解放してとねだります。 「どこを?」 シャツの下を這うように手を滑らせていきました。 「あ・・そんな。いや・・ちゃんとしてください・・。」 「世詩流は我慢できない子なのかい?」 「いや・・そんなんじゃいや。」 もう下半身も反り返って震えています。 その腿の内側をさらりと撫でてじらします。 「んんん!・・はあ。ああ・風雅さ・・」 「いい反応だね世詩流。もう・・限界?」 世詩流の瞳から涙がひとすじ流れていきます。 首を振って、もうもたない・と訴えます。 風雅はその顔に導かれるように世詩流のシャツのボタンをちぎりました。「あ!」 乱暴にされて嬉しいのか、高い声が出ました。 「はやく・・早くきてください・・。」 誘う右手を風雅は絡めとり。 続きは 「きみといっしょ。」で・・・・もうこれだけでもひとが逃げていく(爆笑 みなさん見捨てないでー!
2006/05/23
「そんなに冷えていたら風邪ひくよ・・って咲楽は風邪ひかないのかな。」直生の部屋につれてきてもらって、咲楽は楽しそうです。きょろきょろと見て回っています。2LDKのマンションの一室。きれいに片付いていて生活感がありません。「さくらー?」返事がないので直生が探します。リビングにいなくて、洋服部屋にしている部屋にもいないみたい。・・・どどどどどと水の流れる音が聞こえました。「え?まさか。」バスルームを開けると咲楽がお湯を張っていました。「・・ああ、びっくりした。咲楽は機械なんだからさびちゃうでしょ?こっちにおいで?」「俺もお風呂に入りたいな。」湯気の中で咲楽がぼーっとしています。「え?・・入れるの?」直生はびっくりしました。携帯でも水につかれば動かなくなります。同じ
2006/05/23
いつもよりも執拗に責められたので汗をかいた体は重く感じられました。まとわりつくシーツもうっとうしく。直生はため息をつきました。「もう一度言っておくわよ直生。咲楽をかわいがり過ぎないこと。いいわね。」「はい。」返事をしながらも、何故そんなに咲楽に警戒しているのか直生はわかりません。本人は自覚がなくても確実に咲楽の影響は受けています、それが朝田は気にいらないのです。笑顔で接客する直生。その傍に咲楽。その光景は嫉妬深い朝田には耐えられないものでした。直生と咲楽は正反対の性格と見込んで、通じやしないと踏んでいたのに。厄介なものを直生にあわせてしまった。もう後悔していました。気にいって傍においていたものが姿を変えていくことが受け入れられません。よりによって機械の咲楽・・。辞めようと思いながら辞めれない煙草の煙をくゆらせます。煙の向こうのベッドから降りて服を着る直生の姿に朝田は驚きます。「このホテルに泊まっていきなさい。いつものように。」直生はつくり笑顔で首を振ります。「いえ。今日は・・家で眠りたいんです。」直生のはっきりとした物言いに、追いすがれないものを感じて朝田は諦めます。「・・そうなの?じゃあ・・タクシー呼ぶわ・・。」「運転手さん。寄って欲しいところがあるんです。」タクシーの車内で直生はホテルから遠ざかったころあいを見計らって言いました。「どちらに?」「5番街へ。」「・・?あそこは・・ゲートを開けれないと入れませんよ?」「開けます。だから行ってください。」上着のポケットから朝田の携帯を取り出すとゲート管理人に連絡します。「5番ゲート開けてください。」今は深夜の3時。店も閉めているし街全体が眠っています、そんなところになんの用事か?と運転手さんも不審そうです。それにこの連絡で本当にゲートが開くのかしら・・と思っていたら。遠くで地鳴りのような音がします。・・ゲートが開いた!「・・お客さん。5番街の..?」「十字路の向かいの店まで。」朝田の店です。なんの用事でしょうか・・。直生は窓から外を見つめています。胸騒ぎがしているのです、朝田に抱かれていたときからずっと。もしも・・もしもいたら。「・・運転手さん。もういい。止めて!」突然直生は叫びました。「は。はい!」驚くブレーキ音に、外で顔を上げた少年がいました・・。「おつりはいいから!」お札を多めに運転手さんに渡すと、慌ててタクシーを降りて走り出しました。「ま・・まいど・・。」運転手さんがびびりながら頭を下げる頃には、直生は少年を抱きしめていました。「・・・どうして。こんな寒いところにひとりでいたの!」「直生さん待っていたの。眠かったけどさ・。」咲楽の体は冷え切っていました。ずっと外で・ここに座っていたことがわかります。いくら機械とはいえ、人型。・・たまらない思いが直生にこみ上げてきます・・。「だから・・どうして?」「どうしてって?」抱きしめられながら咲楽はいつもどおり明るく問い返します。「どうして・・俺を待つの・・?」もう直生は涙声になっていました。「どうして俺を。帰って来なかったらとか考えなかったの?」「直生さんが好きだから。待ってたの。」まだ暗い空の下、直生の唇が触れる距離に輝き失わない笑顔がありました。
2006/05/22
「やすめません・・。」答えながらも瞳が潤んでいきました・・。「あ!」首筋をちゅう・・と吸われてのけぞります。「世詩流・・声をおさえて。本田に聞こえる。」耳元でそんなことをささやかれても困ります。はあ。はあ・・と息が荒く辛くなるだけ、どうにも落ち着きがないのです。指先も・ふるふると震えてしまいます。「世詩流・・寝室に戻って・・すぐだから、ね・・。」世詩流の耳を軽くかんでそんなことを言わないでください。もう、がくん。と力が抜けた世詩流。「・・ああ。」風雅はあわてて抱き上げてそのまま寝室へ連れて行きます。「や・・いやです・はなして?」「そんな息でよく抵抗できるね?」持ち上げた膝をゆするように。「ここでやめたらもっと辛いよ?言うことをききなさい。」「でも・・本田さんにきこえ・・。」「すぐにおわる。すぐに・・。」どさりと乱れたベッドの上におろされました。「すぐに。だなんて・・。」懇願するような顔に風雅もどきっとしてしまいます。「世詩流は初めてじゃないんだね?なんとなくそんな気はしてたけど。」「あ、あの・・。」もじもじと、我慢できないそぶりを始めます。「どこが・・苦しい?言ってごらん。」「そんな。」そんなことを言わせないで。「言わないと始めない。」「・・。」「どこ?世詩流・・。」世詩流はまだ恥らうように指を震わせます。「・・あっ・。」「そんな声を聞くと、こっちが耐えられなくなる・・。どうなんだ?」熱くなっているところに触れられて思わず目を瞑ります。「ここだろう・?ねえ。」服の上からでは本当の快感がじらされているようで、もっともっと熱くなります。腰をくねらせて・・中に、内に誘導していきますが相手は大人。見破られてじらされます。服にしみができるくらいに濡れたのがわかります。恥ずかしくて足を閉じたくても風雅の腕が許しません。「世詩流・・どうなんだ・・?」「ああ・・ん・・。あ・・」腰も少しづつ風雅の腕の体温に慣れていきます。絡まるように距離を縮めていきます。「脱がせて・・ください・・。」 ここから先は FC2ブログさんで連載させていただきますー。 ブックマークからいけるように設定しますので・・エロエロが読みたい!方は・・ぜひ(爆笑
2006/05/20
「直生さんて、あんなに笑うひとだったっけ?」ホストの噂話が朝田の耳に届きます。「咲楽のせいじゃないの?あいつさあ・・遠慮ってことを知らないよね?ひとのこころにずかずか入り込むような・・まあ機械だから、感情なんて持っちゃいないんだろうけどさ。」「俺たちも直生さんに遠慮してなければ・・ああやって仲良くなれるのかな?」「おまえ。怖いこと言うなよ・・朝田さんに聞かれたら俺たちどうなるか・・。」直生が店で笑い続けたのは今日が初めてでした。なんとも楽しい一日でした。「俺はどこに帰ればいいんだろ。」ちょこん・と店のソファに座ったまま、ぼーっとしている咲楽に、「行動は共にするっていったでしょ?帰るよ。さあ立った立った。」直生が咲楽の背中に触れたら。朝田がその手を奪い取りました。「直生。話があるの。」「・・はい。」直生はそのまま朝田についていきました。それを見ていたバーテンが咲楽に教えてあげます。「今日はうちに来るか?直生はうちに帰れないから。」「なんで?」「・・なんでって。咲楽、」「直生さんと行動を共にするんだもん。俺、待ってるよ。」「待ってても今日は無理だよ。」バーテンがいくら言っても咲楽は言うことを聞きません。いや、理解しません。「どうして直生をそんなに信じてるの?咲楽、いいことを教えてあげるよ。ここで生きたかったらひとを信じてはいけないよ。」「直生さんも?・・あなたも?信じちゃいけないの?」なんてまっすぐなんだろう。機械だから余計な感情を持ち合わせていないのかな。気を回すとか、余分なことは知らないのかな。バーテンは息が詰まりそうでした・・。
2006/05/20
今日初めて会ったひとのパンツを探しに寝室へ入るのは、どうかと普通は思いますが。世詩流は空腹のせいなのか、からかわれていることにイラッときていて。この勢いで初対面の裸の男のためにパンツを探すのでした。寝室はシーツまでめくれ上がっている有様。たしかにひとが使いました、という生々しい跡。それを横目にクローゼットをがらりと開けて。「・・なにこれ。」そこに入っていたのは新品の下着だけ。使用したと思われるものはありません。「普段からパンツをはかないんじゃないの?あの男。」また、からかわれた。そう思い込んだ世詩流は新品の黒いパンツをつかむとすたすたとキッチンに向かいました。投げつけてやろう。そう決めていました。「世詩流。怖い顔してどうした?」風雅が世詩流を呼び止めます。「・・ふたりしてからかってるんでしょう?」「どうして。」風雅が聞き返すので、むうううと世詩流はむくれてきました。「なになに、どうした?かわいい顔が台無しだ。本田のせいか?悪かったよ、あいつは誰に対しても・ああなんだ。世詩流を特別にからかっているんじゃないから。」「もういいです。俺、学校に・・。」・・突然、ぎゅううと抱きしめられました。「な、なんですか・・!」世詩流が聞いても風雅はなにも答えません。「はなして・・。」強い力で抱きしめられて。風雅の鼓動が伝わってきて。・・新品のパンツが手からぽろりと落ちました。「くるしい・・ちょっと!離してっ!」押しのけようと手に力をこめても大人の力にかないません。「なんなの、・・」もがいてももがいても動きを封じられるだけ、そのたびに自分の呼吸が荒くなります。吐く息が見えるような・・はあ、と息をついたとき。「・・むん?」顎を掴まれて強引に唇を奪われました。そして熱い舌の進入も許してしまいました。「ううん・・ん・」どうしてでしょう、体が痺れたようにまるっきり動きません。されるがままに受け入れてしまいます。体が熱くなってきます。強い力で絡めとられたからだが、だんだん・・風雅の体に溶けていくような錯覚を覚えます。なに・・なんで・・?くちゅっと音が聞こえます。自分の舌も先から痺れてきました。「ああ・・。」吐息がもれます。「世詩流・・今日学校休めるか?」
2006/05/20
開店したお店の中を回遊魚のようにホストたちがきらびやかに歩きます。満足げににんまりと微笑む客の顔を、少し離れたところからオーナーの朝田が確認します。「直生はいつもの社長さんのとこかしら?」バーテンが、そっと教えます。「あの咲楽と一緒に、一見さんのところに。」「まあ?どうして。」「直生さんは早く咲楽に客をつけたいみたいですよ。」「珍しい・・あの子が?」今までも新人の教育に直生をつけたことはありました。でも積極的に売り込んだり、ましてや一見さんの席に売り上げ1位の自分がつくこともありませんでした。接客業なのにどこかひいている。どこか冷めた態度が印象的、でも指名客は増えていく。売り込みばかりのホストたちを見てきた客には新鮮で、面白みが感じられたのです。指名すればその時間は丁寧に応対する。なによりも器量がいいので黙っていても許される。そんな直生が。今まで仲間はおろか・新人にもこころを砕かない。とにかく新人には放任主義的な教育でした。おかげで朝田以外のスタッフとは1つ線をひいた距離を保っていました。それが直生の存在価値を高めた結果にもなったのです。朝田は驚いて一見さんの席を眼で探しました。奥の席に陣取った上等のスーツを着た、いかにも会社の上役なおじさまがにやにやしています。隣に咲楽。ヘルプに直生がついています!「逆でしょう?」朝田は思わず口に出しました。「朝田さん。落ち着いてください。直生も考えあってのことでしょうから。」「でも直生は、うちのナンバーワンよ?なにやっているの・・あの子は。」「まあまあ・・。」バーテンがなだめますが朝田は憤慨しています。<こりゃあ、噂も本当かもね。>バーテンは密かに思いました。朝田と直生ができている、という噂。ひらたく言えば朝田には一応家族があるので直生は愛人ということになります。元よりスタッフとは線を引く直生。その生活ぶりを知るものはいません。朝田以外には。直生を気にいって愛人にした。愛人にするほど直生を溺愛している。<面白いことになりそうだな。あの機械のおかげで。>
2006/05/18
「いいじゃん。見慣れてるでしょ、男の子なんだから。」びしゃびしゃの髪をかきあげて、ふふ、と微笑む裸の男。少し焼けた小麦色の肌。くっきりとした二重の瞳が意地悪そうに世詩流を見つめています。24歳・・くらいでしょうか、やはり世詩流より年上のよう。濡れた茶色い髪が緩やかにウエーブして、その先から雫がぽたん・・と。「おいおい本田。世詩流をいじめるな。」「セシル?」裸の男がびっくりしています。「俺です。」「・・しかいないよね?ふーん。」裸の男は、やっとタオルを手にとりました。・・けど頭に巻きました。「女の子?」「違います。男です。」「ふーん。」次に腰にバスタオルを巻きつけました。下着ははかない主義でしょうか?「セシル。あんまり見ないでよ。恥ずかしいでしょ?」にやにやと楽しそうに裸の男が微笑みます。「・・・・・!」しまった・・ずっと見つめていましたよ。もう恥ずかしくて耳まで熱くなりました。「本田あ?」ちっとも作ろうとしない裸の男に、風雅の声が飛びました。「今作るよ。風雅も食べるの?」上半身は裸のままでキッチンに向かって、はだしでぺたぺた歩いていきました。世詩流は、ため息をつきます。「なに、その聞き方?俺も食べるよ。」「ふーん。セシルにだけか、と思った。」大きな冷蔵庫から、トマトとレタスを出すとお尻でドアを閉めました。パンを袋から出して手際よくバターを塗ります。その動きを見ながら風雅が声をかけます。「本田紫音(しおん)くん?」「はいなんでしょう?風雅くん?」「腰のタオルがずり落ちそうですよ?」「まあいいじゃない。」そのやりとりを横できいていた世詩流が、「服を持ってきますよ、どこにおいてあります?」「セシル。じゃあお願い。そこの寝室にパンツがあるから持ってきてよ。」「ぱ?」「下着のほうね。」にやにや笑います。「履かせてくれってのは、無しだぞ本田。」「それを先に言ったら面白くないだろう?風雅はつまんないな。」年上の大人にからかわれています。なんだか腹がたってきました。空腹のせいもあるのでしょうが・・。「履かせてあげますよ。待っててください。」「えっ。」本田のレタスをむしる手がとまり。風雅の視線もかたまって。寝室へのドアを勢いよくあけた世詩流の姿に、本田は、ふふと笑います。「セシルおもしろい。あの子ほしいな。」「あげないよ。今朝拾ったばかりだ。」
2006/05/17
「どうして俺の顔見てるんですか。」咲楽が不審そうに直生に聞きます。「きれいだなと思って。」息を吐くように、自然に答えました。「どうして俺が咲楽さんを見ていたってわかったんです?」「俺も直生さんを見ていたから。直生さんから離れなかったんですよ。俺の目が。」むぅっと。咲楽はいたずらがばれた子供のようにむくれています。「なんでだろう?」暫らく黙り込んだので、そのまま店にだそうと肩に触れたら。咲楽が直生の手をぎゅっとつかみました。「・・どうしました?」「・・わかんないけど。」「店に出ましょう。今日は俺のサポートしてください。いろいろ覚えてもらわないと。」「・・お願いがある。・・んです。」「なんでしょう?」「敬語はやめてください。俺は直生さんに教えてもらう機械ですよ。」「すみませんでした。俺は誰に対しても敬語なんです。」直生は目を伏せて言いました。<他人とは距離を持ちたいんだ>「でも。咲楽がそう言うなら。呼び捨てにして、好きに使おうかな、。」「そうして。俺も敬語は知らないから。・・って俺は使わないとまずいな。」「いいよ咲楽。おいで。」直生は右手を伸ばして咲楽の手を引き寄せました。「気にいっちゃいました。直生さんのこと。」さっきとは明らかに違う、親しみをこめた瞳に。直生も微笑みました。
2006/05/16
「ああ。怖がらなくていいよ、きみを食べようとは思っちゃいないから。」よかったーーー。安心したからか、世詩流は風雅と名乗ったスーツのひとをまじまじと見ました。 黒髪のショートヘア。レイヤーベースで毛先をはねさせてワックスで固めて。遊びこころのある髪型がとても普通のサラリーマンにはみえません。よく見ると眼鏡はクリアーなフレームで。ブルーかかったグレーが、気の利いたかんじです。すこしつり目な黒い瞳を際立たせて、とてもクールです。24.5歳くらいかな。世詩流が見ても、いい男です。もてるんだろうなあ。「誤解させたかな?この先に私の友人のやっているカフェがあるんだよ。」「あ、ああ。そうですか。」「サンドイッチくらいなら・・食べれるだろう世知流?」「あ・はい・・。」ホテル街を抜けると、たしかにカフェがありました。でも素通りです。「?ここじゃないんですか?」「ああ、この先。」この先は マンションしかありませんよー!「あ。俺、やっぱり・・。」逃げようとしましたが、またつかまりました。「もう着いたから。食べていきなさい。」ここはマンションですよーーー!「どうした世詩流?顔色が悪いな。やはり朝ごはんを食べていないからだな。さあここの8Fだから。」8Fにあるカフェって、なんだーーー?一般のひとの住む部屋と違うのかーー?エレベーターに押し込まれてそのままぐんぐん上昇します。「顔が真っ青だ。・・かわいそうに。かわいい顔が台無しだ。」あなたが離してくれたら俺の気分は回復するんですよ。そういいたくても、確かにおなかがすいているのか、力が入りません。すぐに8Fに着きました。ぶうんとエレベーターが開いて、すたすたとドアの前につれてこられました。がちゃん、とドアを開けます。「ここは・・?」「友人の部屋だよ。あいつになにか作らせようと思ったんだけど。留守かな。」いやいやいや、鍵がかかっていませんでしたよ。「おじゃましまーす・・。」もう消えそうな声で挨拶して、部屋に上がりました。リビングに向かう途中で浴室から声がしました。「風雅?会社はどうしたんだよ?」ぎょ。ここの部屋のひとですね。返事ができません。「おい風雅・・・・・・・・ありゃ?きみだあれ?」ずぶ濡れで裸の男の人が目の前に現れました。こっちも聞きたい・・。「おお本田!悪いな、サンドイッチ食べさせてよ。」リビングのほうから風雅さんの声がします。「それはかまわないけどさ。このかわいい子は?なに?」「かわいいだろ。拾っちゃったんだよー。」「へ?ひろった・・」髪から水滴をたらして、裸の男が世詩流を面白そうにじっと見てきます。「拾われていません。俺は・・。いや、とにかくタオルでも巻いてくれませんか・・。」
2006/05/16
スーツの男性に言われるままに降りた手前の駅で、駅員さんに話を聞かれました。「ここに名前と連絡先を書いてくれるかな。」世知流がボールペンで書き出したら、駅員さんが「豊田 世知流くんだね。今日は災難だったね。学校には連絡したのかな?」「いえ、まだ。」もう学校では1時間目が始まる時間でした。「なんだったら、私からも話して置こうか?・・世知流くん。」スーツの男性が世知流隣に腰掛けて、言いました。さっきは気づかなかったけれど・・柑橘系のとてもいい匂いがしてきました。「いえ、大丈夫です。」匂いにぼーっとしながら手をゆっくりとふりました。「じゃあ。俺はこれでいいですか?学校へ行きますので。」「ああ。気をつけてな。」駅員さんそういいましたが「世知流くん。ちょっと待ってくれるかい?」スーツの男性に肩をつかまれました。びっくりして身を硬くします。「・・あ。ああ、ごめんね。さっきあんな目にあったばかりなのに。悪かった。」「いえ、なんでしょうか。」「きみ。朝御飯食べていないだろう?そんなふらふらじゃあ倒れてしまうよ。少し食べてから学校へ行くといい。さあ、行こうか。」「は。あのう?」「気のきいたカフェでも開いているといいのだが。」ずんずんと先を歩きだす男性に駆け寄って、「俺、もう学校へ行きますから。大丈夫ですから。お気使いなく。」「・・・ほう。親御さんの躾の賜物だね。若いのにしっかりしている。でもね世知流くん。そんなふらふらじゃ、見ていられないんだよ。これもなにかの縁だ。せめて朝御飯くらい食べなさい。私も今日は食べていなかったから、私につきあうつもりで。」「はあ・・?」「すこし体にエネルギーを入れておけば、すぐに笑顔もでるさ。落ち着いてから学校に行けばいい。どうせ、もう遅刻なんだろう?」とんでもない大人がいるものだな。世知流は思いました。自分のお尻を触るひと、どうせ遅刻なら朝ごはんを食べようと誘うひと。できればどちらとも関わりたくないです。なんだか胡散臭い。助けてもらってなんですが・・。普通の大人なら、さっさと学校に行け と言うものじゃないかな。ここはダッシュで逃げてしまおう。向きを変えて、駅へ向かって走り出そうと気合をいれた一歩を踏み出したら「こっちだよ、世知流くん。」ぐわあっと、かなり強引な力で腕を引張られました。その反動で、ふらふら・・と体が踊るように風まかせ。「ほらごらんよ。そのままじゃ線路に落ちてしまうよ。さあさあ。あちらに確かおいしい店があったんだよ。」「あのう・・。」「ああ、ごめんね。私は 日山 風雅(ふうが)。みてのとおり、サラリーマンだ。安心したまえ。」安心できませんよ。「会社はいいんですか?」「やさしい子だね。私も遅刻だからいいんだよ。」「俺のせいで。」「人助けだ。世知流が気にすることじゃない。」さりげなく呼び捨てにされましたよ。「あのう!」「もう着くからね。何が食べたい?」ここはホテル街じゃないですか・・。
2006/05/16
月曜日の朝は起きたくないです。できれば病気になっていたいものです。でも健康なのだから、決められたように学校に行かねばなりません。もそーっと起きてきて、歯を磨くこの男子の姿は、とても今から学校に勉強に行きます。ではなくて。朝から、抜け殻のようですよ・・。「もっとしゃきんとせんか!!」お父さんが怒るの、ごもっとも。「そんなんじゃJRの中で、貧血起こしてたおれるわよ。」「母さん。女の子じゃないんだから。いくらなんでも倒れないさ。・・たぶん。」親御さんが心配しているこの子は 世知流(せしる)。この春からJRで2つ向こうの駅近くの男子高の2年生になりました。真っ黒い髪は襟足長めのウルフカット。前髪も長くて、折角の黒い瞳が隠れがち。小麦色の肌は、すべすべで。ロックを愛するキッズです。「・・いってきまーーーす。」今にも倒れそうな、か細い声を出すと、もそもそとNIKEのスニーカーを履いて駅に向かいました。駅までの道のりは500Mくらい。よろよろと歩く世知流は自転車にぶつかりながら歩きます。よく怪我をしないものですね。そしてようやく着いた駅でJRに乗り込みますが今日も満員。ぎゅうぎゅうです。何も食べていないのに。吐きそう。うんざりな顔つきの世知流のお尻を・・・誰かがもぞっと触りました。「??」偶然か?と思いながらもこの衝撃で目が覚めました。え?と動揺していると、さらに手がもぞもぞと世知流のお尻をなでます。 ええーーー・俺が痴漢にあっているの??どうしましょう。こんなことは初めてです。でも気持ちが悪いので、退治しなくちゃ。手を後ろにまわして腕を掴もうとしますが、ぎゅうぎゅうの満員電車。なかなか思うように届きません。そうしているうちに、誰かの手は世知流のお尻を撫でて撫でて・・。 ぎいーーーー。気持ち悪い。「やめなさい!いい大人がみっともないですよ!」大人の声がしました。隣に立っていたスーツの男性が知らない誰かの腕を掴みあげています。「いてて。すみません。」「次の駅で降りなさい。駅員にひき渡します。」世知流の周りで。おお・・と安堵の声が漏れます。「大丈夫?」眼鏡をかけた、そのスーツの男性が声をかけてきました。「あ。はい。ありがとうございます。」ぺこ。と頭を下げると、スーツの男性は優しい目で微笑みます。「きみみたいに可愛い子を辱めるなんて許せないな。」なんでしょうか。その台詞は。・・・かーっと顔が赤くなっていくのが自分でもわかりました。なんだか恥ずかしい。「きみ、学生だね?次の駅で降りたら遅刻になるね・・。でもいいかな?駅員に事実を話してほしいんだ。」 新連載でございます。米 の次は 車 でございます。 世知流なんてバイクぶんぶん鳴らす人のような名前ですが・・。 ばたばたのエロです。疲れたこころにぴったりです(爆笑
2006/05/15
明日は服を買いに行きたいから予定を入れないで、と小町に言われていたけど。家の中ですっ転んで。階段から落ちて。腰を打ったなんて。かっこ悪すぎて小町にいえない。でも痛いし・どうしようかな。「母さん。サロンパスとかない?」「あるけど。貼ると匂うものしかないわよ。」最悪じゃん。今、匂うものはそうそう売っていないでしょう。「痛いなら貼りなさいよ。」「やだ。匂うなんてかっこ悪い。」時間が経てば痛みがひくと思ったら、お風呂で温まったせいなのか・・じんじんしてきた・・。もうやだ。なんで今日なんだ。明日は前からの約束なんだよ?ひどいよ神様。ドタキャンしたら小町になんていわれるか。最近知ったんだ、あいつ怒ると怖いんだ。普段は、ぼーっとして。黙っていたらお人形みたいに可愛いのにさ。あーあ・・。「ひかり。いつまで寝てるの。今日は出かけるって言ってなかった?」朝だ。なんてことだ。あのまま寝てしまったんだ!立ち上がろうとしたら腰が重い・・?・・腰・・痛いかも・・・。うわー・・どうしましょう。ベッドから這い出て、恐る恐る携帯をかけてみる。<もしもーし。ひかりくん?>どうして小町のお母さんが出るのよ・・。<珍しいわね。寝坊した?あははははは。>「これ小町の携帯ですよね・・?」<小町が携帯持たずに、そっちに行ったのよ。もう着くんじゃない?あはははは。>げーーーー。どうして小町がこっちに来るの?怒っているの?もしかして。<約束の時間に来ないからって。めっずらしいわよねえ。>「ひかりーーー!小町くんよ?」とたとたとたと足音が。「おはよ。ひかり。」走ってきたのか、少し声が上ずっている。SUPRIMEのTシャツを着て、まさに出かけるつもりだったんだろうな。「小町わるい、寝坊してさ、」「おばさんに聞いた。階段からころがり落ちたんだって?」・・・・・・・・母さんに怒りを覚えた。「湿布貼ってる?」「いや・・」「あ。そう。」・・・・・もうすこし気にしてくれよ・・。「出かけれないんでしょ?なら寝てなよ。」ええーーーー?!冷たいじゃん・・。「俺も眠いから。」すたすたと俺のベッドの中に入り込んで布団をかぶってしまった・・。「ちょっと小町。俺・・寝れないじゃん。」布団からすこーし顔をだしてこの悪魔は言った。「腰痛には固い床の上で寝るといいらしいよ、ひかり。」「つめたいじゃん!」「なら。ここにはいる?」ふわりと布団をめくって。じっと俺を、大きな目で見つめてくる。そこにいるのは普段どおりの小町だけど・・・・・なぜかどきどきする。とても近寄れないのは自制心が働くから?「あのさ、小町・。」「おやすみなさい。」気がかわったらしく、向きを変えて寝てしまった・・。もうすこし・・・なにか言ってよ。と願ってしまうのは・・。根性なし?
2006/05/12
咲楽は意外そうな顔をしました。その顔が直生には妙に引っかかりました。朝田が他のホストたちに仕事の指示を出して散らしている間、所在なげに立っている咲楽に直生が話しかけました。「どうしてびっくりしてたんですか?」「直生さんが断ると思っていましたから。」まっすぐに見つめてくる目に、直生はどうとりあっていいのかわからなくなりました。「咲楽さんが望んだから。断る理由はありません。」「俺が望んだから管理してくれるんですか。へえ・・。」「なんですか?」「ううん。言ってみるもんだな、と思いました。」丸め込まれているのかな。そう感じながらも、直生は咲楽に興味を持ちました。「・・じゃあ俺でいいんですか?管理するの。」「あなたがいい。あなたに管理されたいんです。」そんな言われ方されたのは初めてでした。でも動揺を見せずに、咲楽に答えます。「わかりました。暫らくは行動も共にしてください。」「あんたたち。こっちにいらっしゃい。お店を開けるんだから。」朝田が咲楽の手を引張ってキッチンのほうへ向かいます。「咲楽はお酒はのめるわよね?」「飲めません。」「まーーー。困るわよホストなんだから。直生、教えてあげなさいよ、飲み方を。」「あ。はい・。」「煙草は教えなくていいわ。点け方は仕込んでね。」「はい。わかりました。」いろいろ教えなきゃいけないな。直生は少し負担も感じましたが、お店のオレンジ色のライトに照らされた咲楽の顔に。吸い込まれそうな錯覚を覚えました。 <なんだろう。このひとには不思議な魅力がある。人工のものは皆こうなのかな。>直生は機械と話したのは初めてです。<普通の人間みたいだけど。でもなにか違うんだ・・。>
2006/05/11
駅を抜けて自転車でゆっくり走り出した夜の街駅がものすごく明るかったんだな と気がつく夜の道仕事で疲れたお父さんの背中靴音鳴らして歩くOLさんの横顔うろうろしている帰宅しない高校生の笑い声空は真っ黒 星がちかちかと光って コンビニの光のほうが明るいけれどあのちかちか光る星に今日も一日ありがとね明日もよろしくねいつまでも話せる自分でありたいと思うよ今日もみなさんお疲れ様明日も頑張ろうねおいしいごはんを食べて ゆっくり寝ましょうきっと明日も素敵なことがあるからさ疲れてたくせに 軽快にペダル漕いだ夜の道
2006/05/11
「ああ黒木くん。こっち。」真夏のお父さんが歩いている冬至を見つけました。ああ。とにこりと笑って、冬至は近くに来ました。「黒木君、わるかったねえ。本当に。」「いえいえ。たいしたことないですから。」「その手じゃ普通に生活できないだろ?きみは一人暮らしだったよね。暫らくうちに来ないか?」「え」冬至がびっくりしています。「大丈夫ですよ、俺は。」手を振りますが、真夏のお父さんはにこにこしています。「うちは広くないけど、賑やかだから。うちの母さんの作る御飯もうまい。な!今日から暫らく!はい。きまりだ!!真夏。さあ帰るぞ!」「いや、俺は春菊の傍に。」真夏は本気で泊り込む気でした。「真夏ちゃん・?」冬至が真夏の前にしゃがみこみます。「どうした?真夏ちゃん。」冬至に、にこっと微笑まれると真夏は我慢していたものが噴出しそうでした。「真夏。今日は引き上げよう。お嬢さんなんだから、お前が傍にいていいときと悪いときがある。」お父さんの声に、真夏は はっとしました。「いいな真夏。間違うんじゃない。」冬至もお父さんの声にうなずきました。 青い。青い地図帳を知らない?どこにあるか知らない?だいじなの。 宮元君にもらっただいじな地図帳なの。おとうさんどこにあるのかおしえて。 宮元くんはどこにいるの どうしてわたしは宮本君にあえないの わたしにはみやもとくんしかいないのに!!!包帯だらけの春菊が目を覚ましたのは、真夏たちが車で病院をあとにした頃でした。春菊がゆっくりと集中治療室の天井を見ていると看護士がなにやら話しかけてきました。「良かったわね。生きているのよ。もう死のうとしちゃだめよ。」 なんてかなしいんだろう。みやもとくんじゃない。 わたしがいきていたからなの?みやもとくんがそばにいてくれない しんでいたらずっとここにいてくれてたのに ずっとずっと 泣いてくれてたのに春菊の目から涙がこぼれました。頬を伝って、白い包帯に吸い込まれていきました。 「もうお嬢さん気がつかれましたから。大丈夫ですよ。」看護士の声と靴の音が聞こえます。本当に 生きているのです。「春菊!」お父さんの声がします。包帯でぐるぐる巻いた腕を伸ばそうとして気がつきました。ーーーーーー拘束具がつけられていました。真夏のお父さんが運転で。後ろに真夏と冬至が並んで座っています。 「真夏ちゃんのお部屋で寝させてね。」冬至がぼそっと言いました。「ああ。そうして黒木くん。まさか妹の鞠香と同じではいけないからな。あははは。」聞こえていたようでお父さんが楽しそうに笑います。ミラー越しに、外をぼーっと見ている息子に話しかけます。「真夏。買い物して帰ろうか。黒木くんは夕御飯になにを食べたい?」「真夏ちゃんは?」「くーろきくん。真夏はいいんだよ。どうせまたお茶漬けだ。」「真夏ちゃん。しっかり食べなきゃ。」「くーろきくん。真夏はいいんだってば。ほっておいて。ささ、なにがいいかなあ。」お父さんは今回の件で、真夏の友人の冬至をいたくお気に入りの様子です。初対面では、ピアスをしていたので「親にもらった体に穴をあけておる!」と。かなり印象悪かったのですが。「黒木君も細いからなあ。しっかり食べなきゃな!じゃあ今日はすき焼きにしよう!」「・・・結局親父の好物じゃん。」「何だと真夏。今の今まで黙り込んでいたくせに。」むっとするお父さんですが、笑い出した冬至につられて笑顔になりました。「真夏ちゃんち面白いねえ。ふふ。」さっきまで張り詰めていた空気はすううっと抜けていきました。
2006/05/10
手を繋いで歩いたの。宮元君と。 どうしたらあの月に手が届くかって聞いたわ。 ほんとうは ちがうの そんなことじゃなくて わたしはみやもとくんとずっといっしょにいたかったの病院の待合室はいつでもこんなに騒がしいものなんでしょうね。お年寄りやちいさな赤ちゃんをつれた若いお母さん、走り出す子供。そんな人々を鏡越しに見るように、ぼおーっと座っている男性4人。うち学生2人。「黒木君。本当にすまなかったね・・。」「いえ、良かったです。お嬢さんが助かって。」手首に湿布を貼られて。唇の端が赤黒くなっているのに平気そうに冬至は微笑みます。「あの車は誰のだい?お父さんの?」「バイト先のオーナーの車です。だから大丈夫です。」「え!それも大変じゃないか。連絡先を教えてくれないか?」冬至と春菊のお父さんのやり取りをぼーっと見ている真夏に、真夏のお父さんが。「悪いな真夏。ちょっとこっちで話をしようか。」自販機の前で「何飲むんだ・真夏は。」「・・コーヒーがいい。」「お嬢さんは命をとりとめたから。もう泣くな。真夏は男の子なんだからな。」「・・・もう泣いてないよ。」お父さんはため息をつきました。紙コップの暖かいコーヒーを真夏に渡しました。自分も湯気のたつコーヒーをすすりながら。「お嬢さん。うつ病なんだ。もう何年も、そうなんだ。」「え・・?」「お嬢さんの病の原因ははっきりしない。少しづつストレスが蓄積されて、限界になったところで ・・何か引き金になることが起きたんだろうよ。昔はよく笑う子だったのに、表情が動かなくなって。外に出なくなって。人に会うのを極端に嫌がる。御飯も食べない。深夜眠れなくて家の中を徘徊する。・・自殺未遂は今日が初めてらしいけど・。いや、あれは自殺か。」「それで、どうして俺たちは。挨拶にきたのかな。」真夏は病のことがよくわかりません、そんな状態の子に会うのは初めてなので。これからどうしていいのか。ましてや・・目の前で自殺しかけた昔のお友達です。「呼ばれたからな・・。事情は全部聴いた上で。高月さんは、真夏に会えば変わるだろうとおっしゃった。あのお嬢さんは、10年過ぎた今でも真夏のことを覚えているのだから。」「強行手段・・と言ってた。」「ああ。すまなかったな。真夏も・・黒木君も。彼が偶然通りかかってくれて助かったよ・。怪我をさせてしまったが・・。」 「ぼっちゃん。すみませんね。旦那さんの愛車が廃車になりました。」 病院の中では携帯は使えないので、外に出て連絡します。 「あー・・。すみません。配達先には連絡してもらえました?」 冬至は手首も指も痺れているようで、使いにくそう。 話終わって切ろうとしたら落してしまいました。 「・・あーあ・・。ま・仕方ないね。」 ひょいと拾って、また病院に入っていきました。「俺。たかちゃんに何をしてあげたらいいの?」真夏はお父さんに尋ねます。「お嬢さんが・・真夏に何を望むか。だなあ。」お父さんもお手上げのようでした。「・・もう会えるかな?」「?ああ、会えるだろうけど・・。お前大丈夫か?」「親父。今日は俺ここにとまるわ。」「真夏がそこまでする必要はないんじゃないか?お嬢さんの親御さんも付き添うだろうし。」「わかんないからさ。傍にいようかな。」真夏はすっかりさめたコーヒーを見つめながら。この色に、この水に。溶けてしまいそうなほどの疲労感を感じてはいましたが、二度とあんな思いはごめんだ。と気持ちを奮い立たせました。
2006/05/10
確実に死に近い行為をしているんだよねと冷めた気持ちになってみたり。黒のローファーが踏み続けるアクセルに叫びだすエンジン音。住宅街の四つ角も切り返す手首の動きのよさときたら。きっとこの子は運転なれしています。免許がないけど。それでも確実にいえるのは今、何かが飛び出してきたらそれの命を奪うということです。 ああ死ぬかも。俺も。目的の建物が視界に入りました。途端に。ばしっとフロントで何かをたたきつけた音がしました。「は?」 ため息と同じに声を吐きます。咄嗟に急ブレーキをかけて車の異常を見ようと、無免許の高校生が車から足を下ろしたときに。車体が大きく揺れて上からの圧力にぐしゃんとつぶれそうな感覚が。フロントガラスに何かがめり込んできて、くもの巣のような網目の模様がびっしりと発生しました。巨大な力でフロントを押し込んだように車が一瞬前のめりになり。高校生もシートから浮いて半開きのドアから外に放り出されて、アスファルトにたたきつけられました。「いだ・・」無免許高校生が顔を上げたら、フロントのつぶれた車と自分の前方に白いワンピースを着た黒い髪の子がうつぶせに倒れていました。アスファルトにめりこんだ自分の手のひらの痛みもきついけれど、力をこめて、体を起こします。<はねてしまったのかな・・>でも姿は見えなかった。最初の音はなんだったんだろう、とオレンジベージュの短い髪を思わずかきあげます。額のあせも手の甲でぬぐいます。指も痺れていましたが、曲がった車内から携帯を探して取り出すと救急車の手配をしました。唇から血が流れているせいか・うまく話せなくて手こずりました。やがて人の足音が響いてきました。 「大丈夫か?」傍に駆け寄ってくるおじさんたちの声がします。手をひらひらさせて、「俺は大丈夫ですから、そこの子を。」と声をかけます。それだけ言うとその場に座り込みました。「おいきみ!大丈夫か?きみのおかげでうちの子は助かったんだ!」「・・・は?」「ありがとう!本当にありがとう!」おなかの出たおじさんが目に涙を浮かべています。白いワンピースの子は目を開けているのが見えました。口も動いています。<ああ・命があったんだ。助かったんだ。あーーーよかった・。>この高校生のアシメントリーに切った前髪にも汗の雫がついています。短い襟足も汗で濡れて。猫のような大きな瞳は軽い疲労感で、今にも閉じそうでした。「きみは・・!真夏のお友達じゃないか?黒木君だ!そうだろう!?どうしてここに!」聞いたことのあるおじさんの声。そして、真夏・・?「あ!冬至!おまえ・・!」真夏が駆け寄ってきました、そして「親父、早く病院に!冬至、唇切ってる!」もう今にも泣き出しそうな真夏が冬至をささえてゆっくりと立ち上がらせます。「・・真夏ちゃん?」「待って、口に血が入るだろう。」ハンカチで冬至の唇を押さえると頭を下げました。「ありがとね冬至。春菊を助けてくれて。」「は?なんのこと・・?俺がひいちゃったんじゃないの・・?」真夏が驚いて冬至を見ます。「上から落ちてきただろ?春菊が。」「しゅん・・あの子のこと?ちょっと待ってよ・・上からって・・。」冬至の顔が固まります。「俺はここの部屋に注文のケーキを大至急届けるように言われて飛ばしていたからさ、 なにがなんだか・。」真夏のおさえるハンカチにも血がうっすらとにじんできました。「冬至がここを走ってくれていて良かった・・。冬至も怪我をしちゃって本当に申し訳ないけど・ 春菊の命はとりとめたんだ・・。」ぽたぽた・と真夏の目から雫が落ちます。「真夏ちゃん?泣かないでよ・。」「ごめんね。俺が止めれなくて。」「なんのことかわからないから謝らないで。」「俺が・・。おれが。」怪我をした冬至と命をとりとめたけどやはり怪我をした春菊。自分のせいだと思い込んだ真夏も、やはり怪我をしました。目に見えないこころのほうを、すぱーんと何かに切られていました・・。
2006/05/08
「朝田さんが新しい子を連れてきたって!」「機械らしいじゃん。面倒くさそうーー。電池交換とか誰がやるの。」ホストたちの声をよそに、直生は回転準備を急がせていました。あとはドアを開けるだけ・のところで。「んー。じゃあ、一度抜けます。」「え?直生さんどこに行くの?」「お迎えですよ。朝田さんの。」「大丈夫よ直生。連れてきたから。」朝田がドアを開けて入ってきました。後ろに直生と同じ背丈の男子がつまらなそうーな顔をしてついてきています。「おはようございます朝田さん。・・その子が?」「届いた荷物よ。今日からここで働かせるから。名は・さくら。」「さくら?」直生が顔をじっと見ながら聞きます。さくら・・なら女の子の名でしょう?と言いたげに。「咲くのが・楽しい と書いて。さくら。」つまらなそうに答える男子ですが、むっとする表情でも顔立ちの見栄えのよさに。直生は驚きました。他のホストは聞きにくそうでしたが。直生はさっと近くに寄って。「直生です。よろしくお願いします。」と笑顔で挨拶をしました。そして、「機械と聞きましたが。よく出来ています。ひとにしか見えませんね。」朝田は満足そうにうなずきます。「見かけはいいのだけど。生意気な話し方なのよ。直生が教育係をやってくれるかしら。」「かまいませんよ。」「この子の電源はあとで教えるわ。」「朝田さんが俺のリモコンを持っているの?」咲楽が聞きました。「そうよー。当たり前じゃない。あなたの飼い主よ。」「直生さんが持っていて欲しいんですけど。」「は?」朝田も直生も顔を見合わせます。「だって。俺の教育係でしょ?」「ああ・・だけどね。すべてを管理するわけにもいかないの。直生も仕事をするから。」「俺はかまいませんよ朝田さん・。」直生はにこりと微笑んで言いました。「咲楽さんの管理もできますよ。」
2006/05/08
「俺の字だ。」<と言うことは俺の本。>「学校の教科書じゃないの?」<・・誰かにあげた気がする・・。ああ。誕生日に欲しいって。あ。> 「明後日が私のお誕生日なの。」 髪の長い女の子が微笑んでいる。 リボンのついたワンピースを着ている。 「なにか欲しいものがある?」 なにも用意できないはずの小学生の俺が聞く。 「世界地図が欲しい。」 「はあ?なんで?」 「ねえ。エベレストって世界1の高さの山。どこにあるか知ってる?」「ねえ。その教科書って。」 「ありがとう。大事にするね。」 青い教科書を抱えて女の子が笑ってくれた。「俺の教科書。」 リボンのついたワンピースを着た女の子が俺の教科書を貰って喜んでくれたーーーーー「高月・・・・・・たかちゃん。たかちゃんだ。」真夏は何かに導かれるように、はっとしました。「ねえ。たかちゃんでしょう。」「宮元くん・・。」女の子の手からずるっと地図帳が抜け落ちて、放心した顔が見えました。やがて大きな目が潤んで、真夏を見つめます。「約束を覚えている?」「約束?ごめん、覚えてない・・。」申し訳なさそうに真夏は細い声です。「こうしたら思い出してくれるかなあ。」ゆらりと立ち上がって、ベランダの窓を開けました。ベランダは思ったとおりに、蔦が這い回っています。「なに・・なにするの?」風が出ています。頬にあたります。「宮元くんに会ったら。約束を果たしてくれると思って。」風に流されて、泡を詰め込んだスーパーボールがころころと床を流れて真夏の足元こつんとノックします。「たかちゃん?」風より軽いからだなんてあるものでしょうか。歩くたびに女の子は浮いたように見えました。「たかちゃん?ちょっと・そっちに行かないで!」真夏は危険を察知しました。1歩踏み出します。ころん・とスーパーボールが転がっていきます。「思い出してね。もう私には宮元くんしか。」ベランダの手すりにひょいと座ると・そのまま後ろに倒れていきました。「たかちゃ・・春菊!!」真夏が走りこむのと同時に大きな風が春菊をさらいました。真夏が手を伸ばしても伸ばしても、落ちていく細い足首にすら届かなくて。「春菊、待って!なんなのこれは!!」足元でざわつく蔦の感触と落ちていく春菊が。「あ・・ああ!」なんて速さで落下するの。どうしてどうして。見ていられない真夏は蔦の床の上に力なくぺたんとすわりました。 春菊の目指す下に・・1台の車が走りこんできました。 猛スピードで、きゅきゅきゅと音をたてて。 「もう。スピード違反で捕まるでしょう!」 <17歳で無免許で携帯かけながら車を運転したら誰でも捕まりますよ。> 電話の向こうは冷静な声がします。 運転しているのは高校生の男の子。 真夏と同じ制服を着ています。
2006/05/07
まっすぐに飛んでくるものを真夏は体をずらしてよけました。が。それはドアにあたって跳ね返り、真夏の左肩にぶつかってきました。「いた!」むっとして振り返ると、再び大きくはねているそれを捕まえました。それは炭酸の泡を詰めたような・透明のスーパーボールでした。「なにこれ・・懐かしい・・。」思わず呟きます。「・誰?その声、誰?」また奥のほうから声がします。さっきよりは落ち着いた声ですが、またスーパーボールを投げられても困ります。真夏は何も答えないで、さっさと青い長暖簾をくぐりました。「えっ?」1枚くぐっても。結界のようにまた青い長暖簾が。2枚・3枚と重ねてくぐるうちに、真夏はイライラしてきました。「誰!!」近付く足音に気がついたのでしょう、女の子の叫び声が上がりました。<どうして俺が怖がられるんだよ。大体女の子にスーパーボールを投げつけられるのも初めてだし!>5枚目くらいの暖簾を抜ける頃にはイライラは頂点に。<一体なんなの!。>「来ないでよ!誰なのよ!」さっきよりも大きな透明のボールが飛んできました。「うわ」持ち上げた暖簾で跳ね返します。ぼふっと暖簾に力を取られて、ボールがぼろんと床に落ちました。ぼん・ぼん・・と床をはねます。「高月・春菊さん?」真夏はゆっくりと名前を呼びました。「俺は、宮元真夏。・・わかる?」「宮元くん?」<は・・?>妙に静かに声が響きました。そして、真夏の目の前には床にぺたんと座り込んだ、白いワンピースの女の子がいました。ゆるくウエーブのかかった黒い髪。おおきな瞳が濡れていて、赤いのは泣いていたのでしょう。 「宮元くん?」おそるおそる・・真夏を見上げます。その言い方をするこの声がちらりと記憶をよぎります。「当たっちゃったの、ごめんなさい、頭から血が・ごめんなさい。赤い血が。」自分の髪をみて肩を震わせてごめんなさい、と繰り返す姿が。何かに祈るように見えます。手のひらが雫で濡れています。「髪にうすく赤を入れただけだよ。血じゃないよ。」少し歩み寄ります。ひっ。と顔をこわばらせて女の子がのけぞりました。それを見て真夏も足を止めます。<なんだろう・・この感覚は。>真夏は女の子をじっと見ました。<・・見たことがある。昔。この顔。>唇を震わせて、動揺しています。「み・宮元くんなの?ほんとうに宮元くん?」見つめてはいけないみたい。<ここで俺にどうしろというのかな。>女の子がおそるおそる・・1冊の本を差し出しました。青いノート大の大きさの本。「世界地図帳」と白抜きの文字。そして震える手はゆっくりと裏を返します。 「なまえ:みやもと まなつ」黒いマジックで。子供の書いたようなたどたどしい自分の名前が書いてありました。
2006/05/06
真夏の言い方に、お父さんは困った顔をしました。「小学2年かな・・?同じ小学校だった高月さんちの春菊ってお嬢さん。」お父さんはぽつぽつ・・と話し始めました。いつもよりゆっくりとした話し方に、真夏は勢いを鎮めました。「真夏は忘れてるだろうけど、お嬢さんは今もお前のことを覚えていたんだ。 10年も過ぎたのにな。」「なに?・・どういうこと?」つられて真夏もゆっくりと聞きます。「お嬢さんは、病気にかかっているそうだ。」「治らない・・重い病気なの?」ふう・とため息をつきました。「治るはずなんだ。」お父さんの言い方も重くて、それっきり二人とも黙ってしまいました。 コンクリートをうちっぱなしの殺風景な灰色のマンションの前で車を止めました。「・・ここ?」真夏が車内の窓から、上を見上げます。8階立ての賃貸マンションのようです。よく見ると、上のほうの一部屋だけベランダに蔦のようなものが伸びて茂っています。その部屋だけ異様な雰囲気がしました。「その部屋だな。多分。」真夏はなんとなくだけど。その部屋に自分を覚えている女の子がいる気がしました。10年も過ぎたのに。その不思議な感覚が、蔦の伸びるベランダと奇妙に一致しました。<会ったら、なんていえばいいんだろう。>高月春菊。名前を聞いても・・・・まだ何も思い出せません。なのにこうして会いにきているなんて、申し訳ないのです。「親父は覚えているの?」「正直、高月さんから電話をもらってもすぐには思い出せなかった。 お前とよく遊んでいた、あのお嬢さんとはね。 髪の長い。よく笑っていた可愛いお嬢さんだったな。」「髪の長い・・。はあ。」もう少しヒントが欲しいみたいです。マンションの呼び鈴を押して、「宮元です。真夏を連れてきました。」と答えます。そのお父さんの横で真夏は今も浮かない顔です。<どんな子だったかな。>ドアが開くと、真夏のお父さんのようにおなかの出たおじさんが登場しました。「いらっしゃい。よく来てくれました、宮元さん!・・こちら真夏くん?」真夏は名前を呼ばれてびくっとしましたが、お辞儀をしました。「元気そうで良かった。さあ。入って。」<ええ?このおじさんも俺も知っているの?>お邪魔したらすぐに奥の部屋の前に連れられました。「真夏くん。・・・野良猫だと思って会ってみてくれないか。」「は?」「春菊がここにいるんだが。悪いんだが昔の春菊とは別人なんだよ・・。」昔の姿がいまだに思い出せませんから・・真夏的にはいいのですが。「強行手段なんだ。わかってくれないか。」おじさんは真夏の腕を掴むと、部屋のドアを開けて真夏を中に押し込めました。がちゃん。背中でドアの閉まる音を聞いて。目の前に広がる 大きな青い長暖簾が、まるで海のように見えました。「なにこれ・・。」真夏が呟くと、ばさっと何かが崩れる音がしました。「誰・・・?誰がいるの?」か細い声が長暖簾の向こうから聞こえます。「なに?誰がいるの?」だんだん悲鳴のように声が上ずります。いけない、と感じて、「た・高月春菊さん。だよね!俺がわかる?」自分だってわからないくせに・・。真夏は長暖簾の向こうに呼びかけました。返事の代わりに・・何かが真夏に投げつけられました。
2006/05/06
まっすぐに進もうとしている私の船すぐに いがいがした人の 突き刺す視線にあわや転覆胸が どきどきしたよ食べたものを戻してしまいそうどうしてかな どうして睨んだりするのかな私の船に落ち度があったのかしら暖かい珈琲の燃料をたしたら 進めそうな私の船遠ざかる さっき私の船を睨んだひとを見かけて 敬礼あなたが睨まなければ 私はきっと調子に乗っていたあなたがとがめてくれなければ 私はきっと無防備なままで航海したありがとう ありがとう私の船は 大事なことを記憶したごめんなさいそれでも 睨んだその損な顔を私はしないようにこの船を進めて生きたいのです勇気あるあなたに敬礼損を引き受けたあなたに敬礼私は この先をまっすぐに進みます波に乗りたい風を感じて私は大好きな人達と一緒に まっすぐに生きていきたいです
2006/05/05
世界一高いエベレストに登ったら、あの月に手が届くのかな? 届かないよエベレストでも。 じゃあ、手の届く場所をおしえて? 知らないけどさ。死んだら体が浮くって聞いたことがある。 死んだら手が届くんじゃないの?きっと。罪を感じない小学生のころのあなたの言葉は私のこころにずっと残っていたわ。 私が死んだら 白いマーガレットの花を棺に入れてね。 それから、泣いてね。 ずっとずっと、泣いてね。 忘れないで欲しいから。 約束よ。 夜空に銀色に光る三日月を見上げながら私は言った。 右手はあなたと手を繋いで。 左手にはあなたからもらった地図帳を持って。 あの頃のわたしは幸せだった。 きっと可愛い顔だった。 この鏡が嫌い。この部屋が嫌い。生きるのがわからない。 この顔が嫌い。この時代が嫌い。どうして今も生きているのかわからない。8畳くらいの広さの部屋で、真っ白いワンピースを着た女の子が膝を抱えています。ゆるくウエーブをかけたふわふわの黒い髪が、ひきつったように震えます。何かを怖がっています。何でしょうか、このお部屋にはこの女の子しかいないのに。なのに耳を塞ぎました。肩も震えています。「助けて。・・助けて、そんなことをいわないで。お願い助けて、」念仏を唱えるように声は細く細く続きます。何かが女の子には聞こえるのです。誰もいない部屋に、知らない誰かの声、それもこの女の子を叱る声。「助けて・・助けて、どこにいるの?宮元くん・。」桜の並木道を白い車が走っていきます。日の光の反射して、ぴかぴか光ります。新車ですね。「まさか新車を買って、一番に息子を乗せるとはな。」運転しているのはおなかがちょっぴり出た、おじさんです。助手席には彼の息子さんでしょうか・。ナチュラルブラウンベースにレッドをかけた髪の色。肩にかかる髪は顔の周り以外をゆったりウエーブにして、襟元はくるんとはねています。長い前髪で隠れ気味の二重の瞳のちいさな顔。下睫も確認できる、女の子のような顔立ちの・・男子です。学校帰りのようで、濃紺のブレザーの制服を着ています。白いシャツの襟が大きく開いて、顔立ちをより華やかに見せます。「親父。折角の新車でどこに行くの。」けだるそうに頬づえをついて、窓の外の流れる景色を見ています。「昔お世話になった人のところだよ。」「なんで俺も行くの?」「お世話になったのは、お前だからだ。真夏。」名前を言われてようやくお父さんのほうを見ました。「俺?昔っていつの話?」「お前が小学生のときだからなーー。10年前か?」「・・・・は?」ただでさえ大きな目が。さらに大きくなりました。「だれ・ねえ、10年前ってなに?」「騒ぐな真夏。気が散るだろう?」お父さんは騒ぎ始めた息子の真夏をたしなめます。「だって!わからないじゃん!誰のところに行くの?」「・・・・その馬鹿みたいな話方をまず改めなさい。真夏。 向こうに着いたら少し黙っていたほうがいいな・・。大体その髪の色だって お父さんは良しと思わないんだぞ!」「別にいいじゃないの。」「日本男児は黒髪だ。・・・今のお前は後姿が女の子にしか見えないからな。 なんだそのくるくるは。まったく・・。先方は驚くだろうなあ・・。」お父さんはため息をつきます。「だから。先方ってなに?だれ?」真夏はいらっときています。「大体。10年前なんて。何も覚えていないよ。」
2006/05/05
朝田の店で働くホストの出勤時間は16時頃。経営者の朝田と、店で1番人気のホストの直生はお店の開店19時ぎりぎりに出勤します。ところが今日は、まだ15時だというのに、お店に向かう直生の姿がありました。黒い髪は前下がりのボブ。白い肌に切れ長の瞳。ピアスやネックレスはつけません。ホストにしては地味ですが。白いコートを翻して、足早に地下歩道を抜けていきます。この界隈は1番街・2番街・・とそれぞれにゲートがあり、その街へ行くには決められた時間しか通行が許可されません。ゲートの開いていない街を抜けるには、わざわざ地下に降りて地下歩道と呼ばれるトンネルを歩いていくしかありません。ただし・特例があります。その街のお店の経営者はゲート管理人に連絡さえすればいつでも通行可能です。3番街のあたりを地下で抜けた頃に、直生は朝田の携帯でゲート管理人に連絡をとります。「5番ゲートを開放してください。」ぴ。と直生が携帯を閉じたら。地鳴りのように ごごごご と鉄の重い扉がゆっくりと開いていきます。「あら。珍しい。5番街がもう開くよ。」「まだ15時過ぎだろう?朝田さんかね?」地上では他の街で退屈を紛らわせていた人々が5番街のゲートの開く音に注目しています。「朝田さん?いや、直生だろうよ。」地下歩道の出口から出てきた直生の姿に、こころときめく者、手を振る者、さまざまですが。皆がお店の開店を今か今か・と待ち焦がれているのはよくわかります。直生はその人達に笑顔で会釈して、朝田の鍵を使ってお店に入りました。まだ真っ暗な店内で直生は再び携帯をかけます。「今、店に着きました。荷物はどこに置いたんですか?」あわただしく鞄の中から納品伝票を取り出します。「・・え?朝田さんが直接受け取った?」「その髪型では直生とかぶるのよね。」朝田は美容師にNO.02の髪を切らせていました。「そうね。トップを短めにして。前髪は長めに残してね。毛先をはねさせるとどう?」NO.02の髪を触りながらたずねます。「この髪は少し くせがありますから。自然にきまりますよ。」「あら。いいじゃない。」朝田はご満悦です。「うちは髪の長いホストしかいなかったから。新鮮よ。」「もともと・器量のいい子ですから。きっと何でも似合いますよ。」美容師が笑顔で しゃくしゃくと髪を切っていきます。子・・?気がついていないようですね。「あら。その子、機械よ?」朝田が告げると、本気で驚いて手を止めました。「えっ!!・・・・よく出来ていますね、最新型ですか!」「旧タイプだけどね。お値打ちだわ、この容姿は。」「美容師の兄さん。髪が目に入った。」機械が目をこすります。「あ・ああ。ごめんね。」「あなたが目を開けているからよ。この口の利き方だけは治さないとね。」「この機械に名前はついていますか、朝田さん。」美容師が興味をしめしたようです。「あら、なんで?」「このままでいいんじゃないかな?と思って。生意気な口の利き方が面白いから。 他のお客さんに宣伝してあげますよ。だから名前をきいておきたいんです。」「うーん?なにか書いてあったかしら?あの説明書に、」何も無かった気がします。説明にもならない紙でしたから。「俺は咲楽って言うんですよ。」機械がしゃべりだしました。「は・名前が さくら?」美容師もびっくりして聞き返します。「さくら なの?あなた。あの花の桜?」「やっぱり面白いですね、この子は。覚えやすいな。」「前の持ち主が俺につけた名前です。咲楽って、よんでください。」見上げた瞳の力は、普通の人間が強い決意をしたときの様子となにひとつ変わりませんでした。
2006/05/05
この声は きみに届いているの?ねえきみは 聞いていてくれるの?どうしたらいいの俺が思い出せないことを責めているの?でも思い出せないんだきみと過ごしたのは10年前なんだ 俺の頬に、炭酸の泡を詰め込んだようなスーパーボールを投げつけてきた。 よけやしないよ。 ねえ。俺を見れないの?ねえきみのこころは今 何を見ているの俺に何が出来るの俺は何をしたらいいの きみは顔を引きつらせて、瞳に涙をためている。 首を振るから、涙はぼたぼた 床に落ちる。 長い髪の毛が顔に張り付く。なにか言ってよどうしたらいいの きみは座り込んでしまった。 ひくひくと喉を鳴らして。 でも声を出さなくて。 俺を見ているはずの目は、くるくると回りだす。 天井。床。そして俺。「春菊。つらいなら、いくらでも聞くから。傍にいるから。お願いだから。何か言ってよ!」俺だって泣きそうだ。もう辛くて、喉がかれて。まっすぐにきみを見るのも辛い。でも諦めたくないんだ。死なせないから。絶対に。 次の書き物は、これです・。 昨日も「約束したなら」というタイトルで 出だしを書きましたがやっとタイトル決めました 「満月散歩」です。 ボーイミーツガールなのですが、今までと雰囲気の違うものです。本気です(笑 明日以降からUPしますが・・もう、文句ばんばん言ってください・。 ただし登場人物使い回しの件に関しては聞き流しさせて←なにそれ・・ 10年ぶりに再会した女の子は、心を閉ざした病にかかっていました。 強行手段で治せないか・と頑張ってしまう主人公の男の子 と 飛び降りようとするうつ病の女の子。 主人公とかれの友人は、帰ってきた3人組です。
2006/05/04
「ニュージーランドはどのあたりにある国でしょう?」「オーストラリアのしたでしょ。」「じゃあ。ヒマラヤ山脈はどこにあるでしょう?」「しらない。インド?」そう聞いたら、私も知らないの と笑った。なんだ、つまんないの。俺も確かに笑った記憶がある。よく笑う長い髪の女の子だった。小学生のときのクラスメートだった。俺はこの女の子と仲良しだった。よく話をした。星の話・月の話。世界の話。そして、誕生日に世界地図が欲しいと言われたんだ。小学生のときだったから、おこずかいでも買えなくて。使わなくなった、学校の地図帳をあげたんだ。俺の名前がひらがなで書いてある地図帳を。自分も同じものを持っているだろうに、やたら喜んでくれて。それを見たら罪悪感でいっぱいになった・。母さんにお願いしてでも世界地図を買ってもらえばよかったな、って。あの子のうちはお父さんが学校の校長先生していたはずだから、貧乏でもないんだけど。なんだか。やたら喜んでくれて。あの顔を最近になって思い出したのは、なにかの偶然なのかな。あの子には地図帳を渡してから、会っていないんだ。あの子のうちが急に引越ししたから。さようなら も言っていないんじゃないかな。あれからもう10年が過ぎようとしているのにね。なんだろう、と思っていたら。記憶のなかのきみとは まるで別人のきみに再会することになるなんて。そして きみと交わした約束を俺が忘れているなんて。
2006/05/03
<ロットNO.02 電源は腰の部分に直接アルカリ電池を組み込むか 付属のリモコンで遠隔操作での充電も可能です 浸水可能 旧タイプのNO.01よりも10KGの軽量に成功しました>1枚しか添付されていない説明書には、これだけしか書いていなくて。これでは商品説明であって、取り扱い説明書になっていません。「不良品。て、言うこと?」子豚が入りそうなくらいの大きなダンボールを、がさがさと開けながら朝田は若いセールスマンに尋ねました。「この時期に即納品が出来るのは、スクラップ寸前の旧タイプくらいですからね。」セールスマンは否定しません。しゃあしゃあと答えています。「あ、そう。旧タイプなんだ。」「だって、朝田さん。即戦力になるホストみたいな子って言われましたから。 このタイプで十分使えますよ。」「どんな顔をしているか見てからよ。」人間型の機械が生産されるこの時代。人に代わって仕事をさせることを目的とした開発は順調に進んで、1年過ぎると、もう次の新しいタイプが出回るようになりました。大量生産の仕組みが整わず、街の大型家電専門店ではまだ取り扱いができませんが。通信販売やネットでの取引。そして開発会社からの横流しによるブローカーまがいのセールスマンが需要者への窓口となっています。人間型の機械の使用目的は、人手不足の企業での仕事が主で。国としては一般家庭での介護の面で活躍させるべく大量生産を早急に実現させたいようです。その大量生産の試作がNO.02でした。「あら。・・・電源入っている?これ。」丸めたたくさんの新聞紙をどけると、ようやく機械がでてきました。まるで普通の人間の子供が眠っているよう。裸で横向きになっていて顔がよく見えません。何も着ていない腕をそっと触ってみます。その感触に、思わず声をあげました。「わ!本当の皮膚なの、これ!」「人工ですよ。本物は使えませんよ。」セールスマンは冷静に答えます。「電源なら、このリモコンで。どうぞ。」朝田がリモコンでONを送信しました。 黒い髪のトップの部分がかすかに揺れました。 あわせて、男の子にしては長めのまつげがひくひく・と動きます。 生気を失っていた唇の色は徐々に赤みをおびて。 瞳が ぱっと 開きました。 鏡のように深い黒の色。 そして唇がゆっくりと開きます。 「あなた誰?」 不審なものを見る目つき・・。「なにこの挨拶は。」「だから不良品なんですよ。言葉使いは悪いけど、見た目は保障しますよ。ほらね。」セールスマンが機械の顔をぐいいっと朝田に向けました。「なるほどね。」黒い髪でも前上がりのグラデーションボブで爽やかな印象に見えます。スライスにカットした前髪が真ん丸い黒目をすだれ越しに見せます。白い肌で細い顎。加えて今は生意気にも睨みつけていますから。「ホストね。これは。」「でしょう?」「面白いじゃないの。すぐに店に立たせましょう。」朝田は、5番街地区でいちばんのホストクラブを経営しています。5番街地区は。同性しか性の対象にできない性の人達が集まる場所。蛍光灯のような真っ白い輝きが店を照らす夜に、人が集まります。お目当てのお店は人それぞれですが、男性向けに若い男子を揃えた朝田の店は集客力がありました。
2006/05/03
この壁の向こうに あの子がいるよいま 挨拶に来ているよ会いたかったら 今しかないよそう言われても 行きたくなかったんだ多分もう あの子には会えないよ引っ越すって言ってたしここを辞めて引越しまでしたらもう あの子には会えないよそこまで言われても 行けなかったんだ周りに知られてしまったほどの恋でした内緒にしていたはずなのに周りがすぐに気がついて内緒にしていたはずの恋なのに大事にしていた恋なのにもう 握ったこの手を離れてくもう会えないから と背中を押されてもいま会ったら泣いてしまうよいま会ったら抱きしめてしまうよ内緒にしていた大事な恋なのに
2006/05/02
機械仕掛けの体だから ねじがひとつでも足りなければもう動けないの機械仕掛けの頭だから きみのことを忘れたくても忘れないよ動いている限りは僕にだってこころがあるから と言ったら知ってたよとやさしく笑った君のそばで僕は壊れるわけには いかなくて僕は体をすりへらして動いていたよきみと離れてしまったけれど機械仕掛けの体の中で こころだけは誰にも修理させないのきみのことは思い出だけど失くしたくない記憶だから機械仕掛けだけど 今日も動いているから そう伝えたい
2006/05/02
出会った時も女の子みたいな姿で。今も変わらず女の子みたいなのに。小町って、こんなに気が強かったんだ・・。生徒会の会長相手に、睨みきかせて言い返して。相手が大人だったから・・ひいてくれたから良かったけどさ。普通は男同士なら喧嘩になるところでしょ。 なんだか、今まで可愛がっていた子猫が実は子犬でした。と言われたほうが、きっと楽。 おいしいと思って食べていた母さん手作りハンバーグは、実は高島屋のお惣菜でしたー。 のほうが絶対に気楽。俺は小学校からずっと一緒にいたのに。なにもわかっていなかったんだ・・。女の子みたいにかわいいから、俺がずっと守ってやるんだって決めてたんだ・・。「ひかり。遅いよ。」かわいいかわいい・・小町の声がする。小町を乗せて自転車を漕ぐスピードは今じゃ俺のこころのなかの偶像が砕ける速度と反比例だ。「おなかすいたんだけど。」俺もだよ。こころに ぽっかり 穴が開いたよ。いつから偶像を育ててしまったんだ。「どうかしたの。」「・・どうもしないよ。」「ふうん。」もっと聞いてよ!小町の家に着いて、小町を降ろしたらさっさと帰ろうとした。「ごはんだよ。」あ。そうか。夕ごはんを食べるんだった・・。「あ、今日はいいよ。また今度。」「入って。」小町がちらっと・・いや・じろっと見てくる。「・・お邪魔しまーす・・。」「ひかりくん。たくさん食べてね!ほーら鶏のから揚げ!好きでしょ! 昔はよく食べにきたものね。」おばさんは元気だ。小町も普通だ。テーブルの上も、揚げたてのから揚げが山になってて。おいしそうなのに。なのに俺は・・目の前においてある卵焼きを食べるのが精一杯。もう食欲がなくて。・・あれ?甘い!「おばさん。味付け変えたんですか?前は塩味だった気がするけど。」「あーら!よくわかったわね。その卵焼きはね。」「俺が作ったの。」小町がまたじっと見ている。「えっ!こ・小町って卵焼き作れたの?」「さっき教えてもらって。作った。」「もうこの子は。卵焼きは塩味って言ってるのに、砂糖を入れたのよ。あははは。」いつのまに・・台所に立っていたんだろう。「今日のお礼。」「は?」「生徒会を断ったのって。俺のためでしょ? ありがとね。」・・ええーーーー!また心臓が・・ばくばくしてきたぞ。「小町?」「でしょ?」「うん・・。」「だからお礼。」小町が笑った。睨む顔よりずっといい。その顔を見たら、小町を好きでよかった・・。と思えてきた。小町の傍にいるんだ。これからだって。ずっと。言い方は強いけど、力が無いかもしれないじゃない。からまれたら困るもんね。こんなにかわいい女の子みたいな小町が。「毎朝連れてってくれないと遅刻するもんねー小町。」・・おばさん黙っててよ・・。俺、今ものすごく幸せを感じたんだけど。「そうね。それに傍にいたほうがいい。」「?傍にって・・?」「俺と 離れる気・ないでしょ?」小町にじっと見つめられるのは嫌じゃない・けど。俺もその顔をじっと見ていたいのだけど。うう・・まだこらえなきゃいけないかな。どきどきしている この思いは。伝わっていそうなこの気持ちは。傍にいたいから。根性なしかな。でも・・・傍にいたいんだ。 おわり。 ありがとうございました!いつも感謝しています。
2006/05/02
搬入口に空箱を捨てに来たら、店長が煙草を吸っていました。足元には赤く塗られた缶。水が入っています。これが灰皿なの・・?危ないなあ・・と顔をしかめました。「お。恭くんも煙草吸う?」「いえ。俺は。」「煙草は吸うと体力おちるから。あはは。」店長の煙草の煙からメンソールの匂いがします。煙草の匂いだったんだ。夏至くんも煙草を吸うんだな。「夏至くんも同じ煙草を吸うんですか?」「いや?あいつは吸わないよ?」なぜでしょう・・恭は・どきどきしてきました。「あいつはお酒も飲まない。煙草も吸わない。賭け事もしない。 あのまま育ったら・人生の半分以上、損してる気がするけどな。」「へえ・・。」でも夏至からメンソールの臭いがしたのですから・・。隠れて吸っていたのかな。でも隠れなくてもいいじゃないかな。店長も吸ってるんだし。悪い事でもないじゃない。あ。年が・・?年下って言っていたから、まだ未成年だ。「夏至のことが気になる?恭くん。」「はい。仕事を教えてもらってるから、どんな人かなーって。」「悪い奴ではないな。」そりゃあそうでしょう。「面倒見がいいなんて、今日。初めて知ったけどさ。」「人当たりよさそうですよね。」「まあ・・あの顔だし?・・整った顔してるだろ?きれい。と言うか。その。 きれい、だな。」なにやら言い方がおかしくなりましたよ。もう半分以上灰になった煙草を指に挟んだまま。店長は、遠くを見ています。「かっこいい・・ですよね?きれいって言うのは、女の人に対して使うんじゃないですか?」「うーん。でも。店に来るお客さん・・女の人より、 きれい・・と思ったりもするんだ。」「・・え?」恭は思わず聞き返しました。「何と言うか・・男にしては・・と言うのか・・。あ。いや。忘れてくれ。」「はあ・・。」なんとも後味の悪い会話になってしまいました。しどろもどろになる年上の男の姿を、恭は不快な気持ちで見ていました。
2006/05/02
若い女性の香水の匂いで充満する店内は、夜も深まったのにやたら元気でした。夏至と恭は、ふたりで並んでレジに立っています。まだ不慣れなレジを打つ恭の、フォローを夏至がやっています。「水商売の人がよく来てくれるんですよ。だからストッキングとかも売れ筋。」夏至がレジの袋を箱から出しながら言いました。予想外に客数が多くて、レジ袋の補充もやっとです。「凄いんだねー。」明らかにキャバ嬢のお姉さんが籠をさげて歩いていきます。髪の色素が抜け切っているんじゃないか?と心配したくなるような髪の色のひとや、赤く染められた長い髪のひと。蛍光灯のひかりで、ぴかぴか光るのは・・ラメでしょうか?髪の毛にもラメ。服も光沢のある素材。夜の街は、このお姉さんたちが輝く場所なのですね。長い髪をぐるぐるときつく巻いて止めていたり。お化粧も大変でしょうね。「大変だねー。」「まあ。あの人達もいろいろあるでしょうけどね・。 お店にとってはいいお客さまですよ。 たくさん買ってくれるから。」「確かに!」籠にかみそりやら・スプレーやら。とにかく大量にお買い上げのひとが多い。恭と夏至がレジに立っていると、ずっとお客さんが絶えなく続きます。まだ恭がレジになれていないせいもあるでしょうけど。夏至が横でフォローしてくれるので、数をこなすうちに作業はめきめき早くなります。「面白いねー!」「でしょ?楽しいですよ。この仕事。」夏至が商品棚をちらちら見ながら言いました。「?」「商品補充しないと。棚が空いていますね。レジ・ひとりでお願いしますね。」ああ。そうか。レジから見える特売の棚がすこんと空いています。そういえば、さっきからその特売の商品をレジに通し続けていました。・・いろいろ覚えなくちゃ。さっきまで横にいてくれた夏至がいなくて不安ですが。ここでしっかりやれるところをみせたい。恭は張り切りました。でも・・張り切ってもさすが初心者。すぐに難問が降りかかりました。「昨日買ったんだけど。ほら!穴があいてて液もれしてんのよ。」怖ーいおばさま登場です。「えっ。あ・あの。」しどろもどろです。どうしましょうか。「あ!いらっしゃいませ!どうかされました?」店長が笑顔で走ってきました。「あら店長さん。困ったわよーもう。これ!」「これは。申し訳ありませんでした。こちらへ。」棚のほうへおば様を誘導していきました。ほっと安心。「今みたいにクレームだったら店長呼べばいいですから。ね。」いつのまにか夏至が隣にいました。「びっくりしたよ・・。」「でしょうね。まあ・・なにごとも経験ですよ。恭さん。」ん?夏至からなにか爽やかな香りがします・・。歯磨き粉みたいな?「あのさ。なにか・・。」「ん?」「歯磨いた?」「磨いてないですよ?どうしてですか?」「メンソールの臭いが。」「・・あ。そう。・・ですか?なんでだろ?」夏至が言葉に詰まったのは、今が初めてでした。口を手でかくして。なんだか・・嘘をついている仕草に見えました。
2006/05/01
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