起床3時25分 めざましは28分に設定しています。9時すぎより眠る努力をしましたが、10時11時12時1時2時3時とことごとく正確に1時間ごとに目をさまして部屋の時計を確認し朝食へ
昨夜は前夜祭で、たらふく食べました。そのあとさらにホテルの夕食7時バイキングです。そんなこんなの腹ごしらえでスタートを迎えました。
緊張するスタートの一瞬です。
太鼓の音と荘厳な音楽が流れていました。
いよいよスタート100キロへのゴールに向かいます。
本日は真っ暗な5時半スタート後サーチライトやろうそくの明かりの中をスータトは感動いたしました。走って行くうちに明かりが6時すぎくらいから太陽がのぼり、初めの難所21キロ地点までの峠でありました。
32キロ地点から四万十川に合流する形のコースでしたが、それまでは峠の難所と野の川でありました。いよいよ四万十川はこれかと見ながら、いつも良く見ている加古川とは違いを感じながら楽しみました。
50キロ手前までの峠を越えてからの下りで膝が、ガクガクとなり、今回購入した靴の中敷がズレだすというアクシデントがありました。
そのなこんなで、沈下橋にさしかかり私も含めて初めて走る人にとっては、まず 写真では良く見る四万十川の走るうれしいコースのシーンでありました。
まずは目標は62キロ地点のレストステーションによる着替えでありましたが、なかなか そこまで行きません。50キロ前後から急速に
スタミナの消耗とバテバテの症状がでて、乳首のバンドエイドがはがれて、またずれという
フルマラソンでは、全然問題のなかったことが62キロまでに起こり戦意喪失してしまったのが事実です。レストステーションに到着して、本当に目の前のバスにのれば楽になると何度も頭をかすめましたが、必死のパッチで到着したレストステーションにて、着替えして準備した
着替えをすませて、おにぎりを2コいただき味噌汁をのんでの再度出発で、跡で時計換算しますと17分間の休憩でしたが、私にとってこれも完走する貴重な時間でありました。
62キロのレストステーションにて着替えをすませて、70キロ手前の岩間沈下橋を走り抜けました。すごいすごい四万十川の川と山並みが美しく調和しています。
身体はボコボコですが、カメラだけは写真を撮りたいと結構シャッターを切りました。
関門は結構こまめにありまして、スピードがどんどん落ちてきます。これでは14時間の制限時間にまにあうのであろうかという葛藤で、いっしょに走っているまわりのランナーも気にしながら、経験者に聞くしかできないと思いはありますが、給水所での情報をたよりに完走できるのかという不安も後半持ちながらのレースでした。
70キロをすぎてから、ペースがどんどん落ちてくるので関門の時間が次第に気になりました。走っても走っても1キロごとの間隔が、キロ7分から8分へ9分と長く長く感じてきます。
うれしえbし80キロ~90キロのところで、村岡出身の女性ランナーと遭遇して、先日村岡で44キロの挑戦してからの初めてのウルトラ完走の未知の距離を走っていますと話していますと、彼女は村岡出身で88キロにでられていたそうで、来年は村岡88キロに出てねと誘われて、このペースなら12時間台が出るよとほめられて
必死に喜びながら回復基調で走り続けました。
必死のパッチの90キロ地点です。これからが大変です。5時半を過ぎてくると夜がだんだん近づいてきます。
チヨット ハリーさん
からも、遅くなると夜のライトのようなものを配られて、それをもって走るとお聞きしていました。ついにエイドでいただきました。どんどん暗くなってきます。スタートのときは、ローソクの道を荘厳な思いでたいこなど聞きながら余裕を持って走っていましたが、今は違います余裕もなくただ足のひざ関節のダメージをこらえながらのヒタヒタと足をすすめるといった感じでした。
最後のラスト1キロ あと1キロです。かみ締めて走りました。ゴールの姿を夢見てゴールの感激に向けて楽しみました。
感激のゴールでした。
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