☆めぐマグの部屋☆

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兆候・病院巡り

【 兆候 】



1998年10月~
酸っぱい物・辛い物・お酒を飲むと鋭い耳痛がする。耳の穴に指を入れて凌いでいた。
最初、耳痛がするのに気付いたのは、会社でいつも飲んでいたヤクルト。
乳酸菌の酸っぱさに鋭い耳痛がきた。だんだんグレープフルーツを始め、酸っぱい果物にも耳痛がするのが分かる。
そのうちお酒でも耳痛がするが、お酒は神経を麻痺させる為、5口目位からは痛さが感じなくなる。
最後に辛い物で耳痛。カレーなど。辛い物は基本的に嫌いなので、カレーの時に耳痛があった。

風邪を引いた時、片耳が塞がった感じがして聞こえが悪くなる。
鼻風邪の度に水中にいるような感じがするので、しばしば近くのF耳鼻咽喉科医院に通院。



2000年12月26日
咳、熱の風邪が1ケ月続く。近くの内科に通院し、1週間分の薬でなんとか乗り切る。
年末年始は休養に使う。会社には行けるよう十分に休んだつもりだが…風邪がなかなか抜けない。
(頭頸科の患者は風邪が長引いて、癌発見に至る事が多いようだ。)



2001年
2月
1月とは違う吐き気の風邪が1ケ月続く。会社近くのいつも健康診断をしているBクリニックへ行き、相談する。
吐き気止めや風邪薬を処方してもらった時に、「あまり長引くようならT大病院で胃カメラをやってみてもいいかもしれませんよ。紹介できるから。」と言われたが、気持ちが悪い時に胃カメラは無理だと思い、その時は様子をみる事にした。


3月
風邪は良くなるが吐き気が続く。朝に吐き気が強く出る。
臭いにかなり敏感になる。タバコの臭いでとても気分が悪くなる。


6月
耳痛と吐き気がひどくなり、口を大きく開けても耳痛がする。欠伸にも耳痛がする。
1日中ではないがあの風邪以来、吐き気も続いている。
この頃から午前中だけ声が出にくくなる。唾液が飲み込みにくくなり、自分で嚥下をしないと入っていかない。


6月5日
Bクリニックで健康診断をする。と云っても名ばかりで、35歳未満の従業員は血液検査もしない簡単な健康診断。
(私が具合の悪くなる前、何度か本社の総務課に健康診断の件で文句を言った事がある。検査項目は総務課が決めているから…。)
胃カメラを勧めてくれたB先生に「実は…」と今までの経緯を話す。
B先生は「病悩期間(病気で悩む期間)は1ケ月。1ケ月で症状が改善されなければ、必ず病院へ行く事。」と言われる。
この言葉で私は気の進まない耳鼻咽喉科へ行く事にした。


6月8日
会社帰りにF耳鼻咽喉科医院へ行く。病院に着いたのはPM6:30。かなり待ち、診察に呼ばれたのがPM8:00。
風邪の時内科で舌を下げるあの棒で喉の奥を診ようとするが、反射(吐き気)しっぱなし。
そして首の触診の時も、先に舌を下げた時の反射の影響で、これまた反射しっぱなし。
F先生(女医)は「耳と喉を繋ぐ管に石ができて耳痛がする疑いがあります。あとは精神的なものかも…顔の神経痛の疑いですね。とりあえず口腔外科のある病院へ行って下さい。K病院とC大病院は口腔外科がありますよ。」と言われる。
私は、以前父が胃癌でお世話になったR病院に口腔外科があるかを尋ねると、「分かりませんね。K病院とC大病院なら口腔外科があります。」との一点張りだった。きっとF先生はC大繋がりなのだろう。普通、耳鼻咽喉科医であれば口腔外科とは密接な関係であるから、どこの病院に口腔外科があるかはちょっと調べれば分かると思ったし、”紹介状を書きます”とも言わなかった。
帰宅してからネットでR病院に口腔外科がある事を知り、11日の月曜に会社を休んで病院へ行く事にした。


6月11日
R病院には受付30分前に着く。診察で反射して吐くといけないから、朝食は抜く。
受付で口腔外科受診の旨を話すと「口腔外科では新患は扱いません。紹介状があればいいのですが。」と言われる。何とか粘って「耳鼻咽喉科なら以前掛かった事があります」と話すと、「耳鼻咽喉科から口腔外科に回す事はできます。」と言われ、耳鼻咽喉科に予約をして診察してもらえる事になった。
診察は案の定、反射しっぱなしで喉の奥を診る事ができない。触診もやはり反射する。触診で以前からあるしこりを触られるが、「何も見つからない。」と言うT先生(女医)。反射しっぱなしの私に「これじゃあ、診られないでしょ!」とまで怒る始末。私も好きで反射している訳ではないのに…。
今までの経緯を話すと、聴力検査をした。
F耳鼻咽喉科医院では石の事を言われたので、「CTやレントゲンでは石は写らないのですか?」と尋ねると、「石があるかないかの検査は頬に穴を開けて検査するしかない。やりますか?」と言われたので諦めた。
特定の食べ物でしか耳痛が起きない事が、「異常なし。」の結果だったのだろう。
そして、ここでも精神的におかしいんじゃないの?って感じに言われた。腹立たしい!
今だから言えるが、逆にこのT先生には言ってやりたい!
【癌を見落とすな!】と。
【若いから癌の疑いを持たない、という考え方はやめろ!】と。


6月29日
朝起きてトイレに行き喉の奥が変なので、口の中の唾液をペッと出したら血痰が出た。しかも鮮やかな色。これまでに、オレンジがかった痰らしいものは出ていたが、血だとは分からなかった。
会社に行ったが、朝の血痰が気になり、ちょっと会社を抜けてMRI検査を簡単にしてくれるK脳神経外科を受診。CTの設備もあるが、脳神経外科なので喉のCTは撮ってもらえない。(後から知ったのだが、喉のCTを撮るのは難しいらしい。)
MRIの結果、耳の神経は問題なし。顔の神経痛の疑いという事でビタミンBを処方される。
K先生は「耳痛の事はMRI画像を貸しますから、R病院へ行ってみたらどうですか?担当はS先生(これも女医)でしたか?」と聞かれた。私は「T先生です。画像は借りたい時にまた来ます。」と答えた。どうしてもまたR病院へ行くのが、嫌だった。また同じT先生に当たって、同じ事を言われそうだと思ったからだ。

ビタミンBを1週間服用して声が治ったので、市販のサプリメントを服用するようになる。耳痛や吐き気、飲み込みにくさ、口を大きく開けられないのは変わらない。
この頃から、夕方に吐き気がするパターンとなり、市販の胃腸薬を吐き気のある時に服用し始める。


10月
朝、2回目の血痰が出た。今度は朝食後の歯磨きをしていた時。これまた鮮やかな色の血痰だった。
この頃、歯周病で歯茎が腫れて出血を起こしたり、免疫力が落ちて婦人科にも通院していたので、これらの治療を終えてから耳鼻咽喉科に行こうと決めた。耳鼻咽喉科に通院し始めると、長くなるのが分かっていたからだ。


12月
自分で嚥下しないと食物が飲み込めない。好きな物なら入りやすい。昼食はいつもお弁当だったが、入りづらいので、コンビニでインスタントラーメンとサンドイッチの毎日が続く。


12月10日
首にしこりがあるのを見つけた。正直なところ “終わった…” と思った。
このしこりは2センチ大。しかも、顔を上に向けて首を伸ばさないと分からないしこりだった。自分で見つけるのが遅すぎた。


12月15日
会社優先だったので、やっと土曜日に耳鼻咽喉科へ行く。今度は新しく開業した、CT設備が整ったI耳鼻咽喉科へ。今まで行った耳鼻咽喉科にはもう信頼関係はなかった。
触診、ファイバースコープ、採血をする。
反射が激しい事を伝えると、触診を先にやってくれて、ファイバーの時はうがいの喉麻酔(キシロカインビスカス)を10分させてくれた。今までの病院とは比べ物にならない患者に合った診察をしてくれた。
触診では自分で見つけた首のしこり以外に小さなしこりが沢山ある事が分かる。
サワシリンカプセル、ムコダイン、ブルフェンを処方される。
I先生が「この薬でしこりがなくならなければ、CTと細胞の検査をします。風邪は絶対に引かないで。」と言われた。
とうとう崖っぷちに立たされた。


12月22日
I耳鼻咽喉科受診。
採血結果は白血球が2600と低く、肝臓の値が高い(γ-GTPは163 ALTは少し高くて47 LAPは91)。貧血は問題ない。
首のしこり以外の小さなしこりはなくなる。小さなしこりは炎症だったという事で、もう一度首のしこりを治療するのにバリダーゼバッカルを処方される。

バリダーゼバッカルを服用して4時間後、発疹とかゆみの副作用が出たので中止し、連休明けに副作用の事でI耳鼻咽喉科に再び受診。

しこりが気になってからは、自分の掌をよく見るようになった。指先まで悪いもの(癌)が回っているのかどうか…と考えるようになる。



2002年
1月6日
造影剤なしのCT検査をする。食道部に炎症ありという事で、首のしこりの細胞診をする。細胞診の注射器が大きくてとても不安になり、針も当然太くて、思わず痛さと恐怖で涙がこぼれる。顔の間近というのが一番の恐怖に繋がった。I先生と看護婦さんは私を励ましながら細胞診をしてくれた。細胞診は2回やり、2回目の時に液体が採れていた。膿なのか、リンパ液なのか、I先生も不思議がる。


1月16日
サラダのトマトの皮が飲み込めなくて、四苦八苦する。喉にへばりついているようで、水を何度飲んでもなかなか入らない。


1月20日
細胞診の結果が出たが、癌細胞は見つからず、再びR病院に紹介される。I先生には、半年前に総合病院であるR病院へ行っても原因が分からなかったという事を話しているので、復讐という意味で紹介してくれた。紹介状とCT画像を持たされた。


1月21日
再びR病院へ。母が心配して付いてきてくれた。受付1時間前には着いたが、診察は11時。まず、CT画像とにらめっこの、あのT先生。私は「6月に来たんですが…今度は食道の方に何かあるらしいです。首にしこりもあります。」と言ってやった。T先生は「(しこり)よく見つけたね。」と言った。T先生は1度しか目を合わさない。何か会話を少しはしたが、あまり覚えていない。とりあえず、ファイバーをする事になったので、「喉麻酔をしっかりかけて下さい。」と希望した。R病院の耳鼻咽喉科は仕切りがなく、他の患者の診察が丸見え。ファイバー後、会社でお世話になっている下請業者の社長が来ているのが、分かった。社長は耳垢が詰まって耳の聞こえが悪くなり、耳垢の掃除をしてもらっていた。「(クソ~!人がヤバイ状態だっていうのに、耳クソごときで病院に来るな!だから混むんだよ!)」と心底思った(失礼!)。T先生には「また後で呼びます。」と言われて、中待合で待機。
名前を呼ばれて中に入ると、今度はS先生がCT画像とにらめっこ。そして、またファイバーをやらされる。で、また中待合で待機。
また名前を呼ばれて中に入ると、S部長先生の診察。S部長はかなり焦っていた。半年前に受診しているのにも驚いていた。目の前でどこかに「早く!」と電話をしたり、大きな声で怒鳴っていた。バタバタしている中、またファイバーをやらされる。そして、今度は細胞診ができるファイバーのある椅子に座らされて、またまたファイバー。で、細胞診をするが、S先生「チッ、はずした!もう1回するね。」と5回目のファイバーをされる…。下手くそ、いい加減にしてくれ!診察のファイバーは患者にとって大変なんだから1回で3人の医者が診てくれよ。個別に診るなよ!
その後、S先生の診察は「悪いものかどうかを検査に出して、24日に結果が出ます。23日はCT検査をしましょう。ご結婚はしていますか?今日、どなたか一緒に来ましたか?」と聞かれた。「結婚していません。母が来ています。」と答えると、母だけ診察室に入るようにと指示された。ドラマでよくあるパターンだ。
私は外の待合室で母が出てくるのを待つ。出てきた母の目は真っ赤だった。これで、何も聞かなくても事態の悪さが分かった。

夜、お風呂に入っていると、両親が居間で泣き叫んでいる声が聞こえた…。申し訳ない気持ちでいっぱいになった…。


1月22日
これが最後の出勤となった。とにかく仕事を終わらせて、みんなに分からないように荷物をまとめた。この時はまだ仕事復帰ができると思っていたから、上司にも病気の事を話さなかった。まだ、検査結果が出ていなかったし。


1月23日
R病院で造影剤ありのCT検査。初めて点滴をした。造影剤は血管を駆け巡るので、体がすごく熱くなる。尿漏れしたかと思ったほど、焦る。
CT後、S先生の診察。S先生「悪いものが見つかりました。甲状腺癌です。手術、放射線、化学療法の全ての治療をしないといけません。かなり辛い治療になると思います。覚悟して、頑張って下さい。Gセンターが放射線の設備が整っているので、そちらで治療しましょう。Gセンターは明日診察日で、H先生(今の主治医)と連絡が取れています。H先生は明日学会で出掛けますが、朝9:00に行けば診てくれます。必ず9:00に行って下さい。必ず行って下さい。」と言われた。
紹介状とCT画像を持たされた。





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