おこの小部屋

おこの小部屋

略式


人格の年齢より3歳頃から虐待が始まっていたと思われる。
詳細はまだ思い出せない物事の方が多い。
断片的な記憶の枠だけ作ってみた。

3歳
妹が生まれ父はそれ以降あまりかまってくれなくなった。

5歳
私が寝てしまうと荷物になるため父は私のことをいつも蹴り飛ばして起こしていたようだ。
詳細はそれ以上つっこんでも未だに教えてくれない。
お仕置きと称して手足を後ろ手に縛られ猿ぐつわをかまされて押入れの二階に閉じ込められることが多くなった。


小さい頃から特に落ち着きのない子供だった。
当時の様子を医師に伝えたところADHD疑いと言われた。
疑いのまま放置。
ドクターショッピングで次の医者へ。
忘れ物は激しいし人の言うことが聞けない。
落ち着いて座っていられないETC。
他に何を言ったのか診察の記録がないため忘れてしまったが。。
同じことを何度も話すのが面倒くさいので放置のままのことが多い。


8歳(小3)
初めての自殺願望
この頃から母の虐待がエスカレートしてくる。
角の部屋に行き雨戸を閉めて掃除機の柄や竹のものさしで殴られるようになる。

9歳(小4)
自殺願望は続く
いい子、おりこうさんになろうと決心する。
小器用な子供になっていった。
反面とても冷静な子供だった。
母にヒステリックに当たられて
「喧嘩(ではないけれど)はあつくなったほうが負けなんだよ」
そんなことを言っていたのを思い出す。
当然殴られた。

10歳(小5)
塾に通いだす。
委員会やクラブなどで何でも<長>のつくものになるようになる。
母の期待に答えるためだったと思われる。
初めての家出。
家に帰りたくなくなってくる。
学校の器具で自傷行為の一種をするようになる。
例えば鎖に首を入れてつるしてみたり。

11歳(小6)
小5とほぼ同じ。
電車を乗り継いで家出を繰り返す。
中堅の私立の女子校に受かる。

12歳(中1)
まだ塾に通っていた。
特待生になり授業料免除になっていたのだがなぜか母に無理やり塾をやめさせられた。
この頃から鬱特有のじっとしていられない状態が激しくなった。
常に体のどこかが動いている状態。
一番酷かったのが自分の髪の毛をひたすら抜いていたこと。
授業が終わるたびに私の机の周辺は抜いた髪の毛だらけになっていた。

13歳(中2)
バイトを始める。
毎週土、日はバイトの関係で家に帰らないことが多くなっていった。
バンドをはじめる(シンセ)

14歳(中3)
家に帰りたくないためバイトの日以外でも友人宅に泊り込むようになっていった。
学校は友人宅から通うようになる。
進学についてもめる。
寮つきの学校に進学を希望していたのだが私立エスカレーター式の学校だったため外部の学校を受けることを許されなかった。

15歳(高1)
学校は休みがちになり朝6時から夜11時頃までバイト掛け持ち3つで過ごしていた。
前々から進みたい学校があったため学年の末日で退学することを希望していたので学校にいても特に意味がなかったと思っていたので。


中・高時代は友達もたくさんいたしそれなりに楽しかったのだがいかんせんやる気のない状態だった。
心身症が一番酷く現れていたのはこの頃。
首がおかしくなりコルセットを巻いて登校していた記憶が強い。
当時肩こりからくるものと言われていたが朝起きると息ができないと言うような状況がかなり続いた。
うつも結構酷かったように記憶している。
何もしたくない、そんな状態がかなり続いた。
学校に着いてみてもいつも保健室に直行。
熱があるため帰らされること、保健室で寝かされることが多かった。
電車で約一時間の距離だったが電車に乗れなくなったり学校駅で降りられなくなって自宅に戻っていたこともしばしば。
睡眠障害、摂食障害、解離、PD、鬱などが現れ始める。


16歳~17歳
相変わらず恋愛とバイト三昧の日々。
肉体的自傷行為の始まり。
母の虐待がさらにエスカレートする。
包丁を持って追い掛け回されるのは日常茶飯事。
花瓶や皿で殴られることもしばしば。
自分の中に別人格がいることを理解する。
幻覚、幻聴が一番激しかった時期。
睡眠障害、摂食障害がさらに酷くなる。
BDになったのはこの頃かと思われる(医師談。

18歳2ヶ月
元夫に捕まる

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