こだわり農園

こだわり農園

日本への来歴

日本におけるオリーブ生産の歴史

■日本に始めてオリーブオイルが持ち込まれたのは、
約400年前の安土・桃山時代だったようである。

当時、キリスト教伝道のため来日したフランシスコ派の
ポルトガル人神父が携えてきたものである。
そのため、当時はオリーブオイルのことをポルトガルの油、
訛ってホルトの油を呼んでいた。

■江戸時代の鎖国政策により、人々がオリーブに接する機会は
再び閉ざされた。ただ、オランダの医師およびオランダの医学を
学んだ一部の蘭方医が医薬として、オリーブオイルを使用していた程度である。

また、本県出身の学者平賀源内は日本に導入されていなかったオリーブの木と
モガシを間違えて、モガシにホルト(オリーブ)の木と名付けていた。

■我が国へのオリーブの伝来は文久2年、及び慶応3年に医師林洞海が
フランスから輸入した苗木を横須賀に植えたのが最初とされている。

明治になって、赤十字社を興した佐野常民、後に総理大臣になった松方正義、
産業振興に功績があった前田正名などの先覚者の尽力により、イタリア、
フランスから苗木が取り寄せられた。

■明治12年にフランスから輸入した苗木は、歓農局三田育種場及び
神戸の同場付属植物園にも植えられた。その後、神戸の付属植物園は
神戸オリーブ園と改称されて農商務省直轄となり、福羽逸人による管理が
好成績を収めて、明治15年には果実が収穫され、
我が国で始めてオリーブオイルの採取及びテーブルオリーブス加工が行われた。
しかし、いずれも長続きはしなかった。

■明治41年、農商務省が三重、香川、鹿児島の3県を指定して
アメリカから輸入した苗木で試作を始めたなかで、香川(小豆島)だけが
栽培に成功した。以後、試験研究が続けられ、農家に普及するとともに
小豆島を中心に香川、岡山、広島などにも栽培が拡がった。

■昭和34年の輸入自由化により安価な外国産のオリーブオイル、
テーブルオリーブスが大量に輸入されるようになり、
国内の栽培は急速に減少し、現在では小豆島を中心とした
香川県と岡山県の一部に地方の特産物として生産が見られるにすぎない。

■最近では樹姿のもつ鑑賞性が見直され、東京以南の温暖地では
庭園樹や街路樹等の緑化木として植えられている。


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