ボクの音盤武者修行

ボクの音盤武者修行

トゥランガリラ交響曲(メシアン)


録音年月:1967年12月7~9日
録音場所:マッシー・ホール




若き小澤の天才を証明した記念碑的な録音である。
曲はフランス現代音楽の巨星オリヴィエ・メシアンの代表作であり、20世紀交響曲のなかでも成功した例のひとつだ。
小澤はこの曲を1962年7月4日(26歳!)にN響で作曲者立会いのもと、実に15日にわたるリハーサルののち日本初演に臨んだ。(このときメシアンたっての希望で全曲録音されたらしい。いずれ陽の目を見るときが来て欲しいものだ)

 それから5年後、この年9月にトロント響の音楽監督に就任した小澤はカナダ建国100年祭記念委員会からの助成を受けて、トゥランガリラと武満徹のノヴェンバー・ステップスのアルバムを作成した。レコーディング直前には両曲のカナダ初演を行い、リハーサル時間を省くという用意周到さだ。
 LPでのライナー執筆陣は録音現場の取材を林光、演奏評を黛敏郎、音楽評論家の秋山邦彦、横溝亮一らと豪華な顔ぶれ。しかも25ページの贅沢なライナーノーツだ。もっとも黛以外は専らノヴェンバーの解説で、ページの半分以上は武満関係だった。
 ここではメシアンに話題を絞る。

 最近ではサロネン、シャイー、ラトル、ケント・ナガノなど若手指揮者がこぞって録音しているが、67年当時はまだバリバリのゲンダイ音楽だった。超難曲(今でもそうだけど)であり、当時独奏ピアノパートを弾けるのがメシアン夫人のイヴォンヌ・ロリオしかいないんだから、この曲を録音するってだけでも話題になるのは当然。売り出し中の指揮者としてはこれで世間の注目を集めたいところ。だがヘタすれば自滅する恐れもあり、かなりリスキーな賭けだったろう。

 演奏は黛をして「整い過ぎている」と言わしめるほどの緻密なアンサンブルにより、端正ですっきりとして見通しがよい。確かにときどきオケのほころびも聴かれるが、小澤の棒テクのおかげで破綻を免れている。ほとんど呪文みたいな弦の動きも金管の咆哮に埋もれず聞こえるし、音色的には何の魅力もない木管も時にふくよかでエロティックな表情を見せる。金管の苦しそうな音さえも官能の呻きに聞こえてくると、どこまでが音楽的要求なのか技術の限界なのかわからないぐらいだ。
 この曲のポイントはベルリオーズ的循環主題が4つ登場することだ。これら主題が出てくることで一聴バラバラな全10楽章にまとまりを持たせる効果があるのだが、それぞれの性格をきちんと描ききらないとさっぱり訳がわからなくなる。
 小澤はここで非常に丹念に4主題を扱う。決して重くならずしかも威容を誇る「彫像の主題」。まるで花びらが震えているように繊細な「花の主題」。淡い官能で描く「愛の主題」。主題というより塊と言ったほうがいい「和音の主題」。

 私自身、この曲が好きで11種類のCDを持っているが、小澤の演奏は今でもなお、新盤に充分対抗できるのではないか。オルガン的な肉厚な響きで官能を描くプレヴィン盤、鮮やかな色彩とスマートさで新時代を感じさせるサロネン盤は好きで良く聴くが、小澤盤にはこれらに無い魅力がある。例えば第5楽章の狂乱するオケと官能を表すオンドマルトノとピアノの絡む部分。決してうまくないトロント響は崩壊寸前だがそれでも小澤は手綱を緩めない。果敢に難敵に立ち向かうその様から、異常な集中力と途方も無いエネルギーが放射され、聴く者に一種の快感をもたらしてくれる。

 小澤は現代音楽のスペシャリストとされているが、どんな曲であっても常に全力でしかも情熱を振り絞って指揮してくれる同年代の大家が他にいるだろうか。現在まで続く小澤の姿勢を、このアルバム完成後の作曲者はこう評価している。「彼は本物の天才だ。トロントの市民は無二の宝を持っている!」。

 そう、小澤はこの賭けに勝ったのだ。



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