一即多、多即一

一即多、多即一

植物の不思議な力



 実際の実験は、次のようにして行います。まずサンプルとなる対象物(純金の板)をバイオセンサーに接続します。次に被対象物となる純金の板を入れたつぼを地中に埋めて、写真を撮ります。その写真にバイオセンサーを接続して電源を入れると、ランプが点灯して、その場所に純金の板があることを示します。

 次に、そのつぼを掘り出してしまってから、同様の作業をします。するとその写真からは、純金の板が存在することを示す反応が無くなります。つまり、ランプが点灯しないのです。
 同じ写真を使うのですから、本来であればランプはつかなければいけません。ところが、ランプが点かない。そして、再度、掘り出したつぼを元の場所に埋め戻すと、今度は、ランプが点きます。何度繰り返しても同じ事が起きます。

 このことから氏は、古くから言われている『万物はみなつながっている』というのは、抽象的な文学表現ではなく、現実の問題であると言います。そして、
 「地球上のあらゆる物質、動植物、文字通り一木一草にいたるまで、みなつながっているのである。宇宙の果てまでつながているのである。しかも、それは物理的にである。」と言っています。
(以上、『知られざる植物の超能力』たま出版 三上晃 第二章 植物は人間の眼に見えないものを写真から探し出す)

 この事例では、写真と現地・現物とが見えない糸でつながっていることにより、そうした実験結果が生じると考えられます。つまり写真に写っている景色は、現地・現物と何ら変わらないということです。それ故にセンサーに、純金の板の存在が反応として現われるわけです。

 そして、このバイオセンサーによる探索は、地図を使っても可能であるということです。つまり等高線という数本の線でかたどった地形図が、現地とつながっているというのです。これは「形状や形態の類似性、相似性」によるつながりです。それによって、そうしたことが実際に可能になっているわけです。

 またこの事例は、かなり重要な示唆を与えてくれます。等高線という線でかたどったものが、現地とのつながりを保っているということは、かなり簡略化されたものでもそれが何を表すかが、正確に認識されているということになるからです。

 従って、一筆書きの似顔絵のようなものでも、本人とのつながりが生じていることになります。またデザイン化されたものや、抽象化されたものでも、それが何を表すかが正確に認識されるということです。つまり、あちら側(次元を超えた)の世界には、そうしたわずかな類似性・相似性でも相互に結びつける機能があるということです。

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