たからくんが大人になるまで生きていたい日記

たからくんが大人になるまで生きていたい日記

タイトル「居場所がない」




川柳集「居場所がない」    (100句+自注8)    太田とねり






居場所なき故郷フーガが鳴りやまぬ



寵愛の比重が変わる風の辻



酸欠の胸を夕陽に潰される



私代理の猫がよく泣く四畳半



かろうじて輪郭はあるスカスカのハート



飼い猫を保健所へやる死に支度



美はいらぬピアス刺青自傷なり



善意正義の御旗で愛を殺すまじ



母が去ったあの夏の日から喰らう



愛の手が欲しい素直に媚を売る

母猿が死んだ猿山の子猿は、嫌らしいまでに他の雌猿に媚を売った。それぞれに子猿を抱いた雌たちから、おこぼれをもらって生き延びるために。母に会いたいと思うこともなかった。そんなことは命取りだった。



無防備という贅沢が欲し喉ひりり



生まれなければよかったカニバリズムの家だ

「どれどれ(奴隷奴隷)」と呼ばれる、家の中の最下層民である私。学校で居場所を確保しようとして、結局いじめの首謀者になってしまった、小学生時代。生き延びようとすると他者を私よりも最下層民にしてしまう。こんな私が生きていることはギルティーではないか。



生き抜いて申し訳ない蜘蛛の糸



組む 合わす いや天仰ぐ手で祈る



溜め込んだ怒り対象見失う



どいつから殺そう昼の遊園地



迷惑ですか迷惑ですねうずくまる



脈よりも大きな音のテレビ刺す



向日葵の首に取り憑く昼の闇



狐火を追うて六畳間の無限



十二分な「エゴ愛」を注いで憎まれる

利他的であれば、私は生きていてもいいのか。尽くした人たちに「ストーカー」「あんたに死んで欲しいのよ」と言われてしまった。どうやっても私は加害者になってしまう。傷つけながら傷つけられてイーブンと言い聞かせてはみるものの、ナイフを持ち出し皮膚を少しずつ傷つけて過ごす。



ざわざわと脈打ちシャドーボクシング



「お母さん、幸せって何?」幸子より

友人に子供ができた。子供の名前を付けるにあたって、その子の将来を願って苦労していた。私の名前が「幸子」なら、親は私の幸せを願ってくれたのだろう。だけど、あなたの後ろ姿から学んで生きていると苦しいばかり。どうしてなんだろう。



スケルトンブルー窒息しそうなのメダカ



男より男らしくて美人たれ



お下がりの男を狙う母殺し



父殺さねば魔法が解けぬ眠り姫



空ペットボトルが脳に繁殖す



ハツカネズミのびっしり埋めてある手帳



酔っぱらいが描く自画像 誰騙す



破片握りしめ犠牲者になりたがる拳



「ここに居ていい?」と氷像消えていく



母さんが私を喰らう夕餉の図

夢を見た。私が死んだらしい。やりくり上手な母と祖母が、火葬場を使わずに広場で灯油をかけて自分たちで焼こうと相談している。私はもう「まだ生きている」と主張して分かってもらうことは諦めた。ただ、今はまだ感覚が残っているので、火を放つのを少し待って欲しいとすがっていた。



嬉しい日ただ親バカが欲しかった



取り消せる約束婚姻届書く



ラブホテル巡り夫婦の今の趣味

「あの嫁とはやっていけない。出ていく」と姑がキレた。婚家の理解も実家の理解も得られず、アパートの保証人もない。二人で日常の時間を共有するには泊まり歩くしかない。この際、温泉巡りならぬラブホテル巡りをするかと、暮らしてみた。預金通帳を見るのが怖かった。小心者なんだ。



写真好きの家族よ愛は貪欲に



分からないまま良しとする 夫にする



陽を浴びてから肥満の腹は緑の丘



むだ毛そる必要のない妻である



樹に抱きついて耳を澄ませば夫の声



空という一つ屋根の下夫婦です



窓曇るへのへのもへじで乗り切ろう



液化した怒り もうすぐだゴールは



アロンアルファー剥がす痛みぞ家を出る



怒と哀に点火荒海進水す



出会った猫と人へ放置という別れ



反抗の狼煙に眉をキッと描く



もともと他人 橋は架けたりはずしたり



歩くんだ両手ぶんぶん振り払い



ことわりにかなってるから在る小石



キスできる近さに削るハリネズミ



独りではないと思える浄土かな



サグラダファミリア無数の落ち葉舞い上がる



雨を乞う西瓜 待つとは愛すこと



これも恋なんだ真っ直ぐ見上げる樹



路地スミレ此処に生きよう肩寄せて



病院の廊下に落とし物の耳



陽光がぶ飲みおでき手術を決心す

その部屋は一面が窓だ。先生や聴衆、発言者が揃うのを何人もの人が座って待っている。逆光で顔が見えず、眩しすぎるので、始まるとブラインドが降ろされる。だが、その場に座っているだけでもう一度やってみようという気になる。陽光に満ちた部屋。誰という個人ではなく、そんな部屋。



両の手で目に見えぬもの丸く持ち



オセロ盤から逃げ出せ白黒の私



潮干狩思い出たちに砂吐かす



悔し涙が押し流す皮脂腺の膿



母罵倒 線香花火ぽたり泣く



白昼も怖くなりだす孵化直後



寂しさの底なし沼に浮いていよ



外国語覚えるように生き直す



私の笑顔よ象の花子の芸に似る



真心は実は氷のようなもの



腕差し出され私も伸ばす人の橋



相部屋の方がくださる石を積む



君も君も逝くな 天に唾吐く



一期一会 祈ることだけ許される

仲間が自殺していく。自分が傷つけてしまった人の顔をしばらく見かけないと、もしやと不安になる。その人の人生はその人だけが判断できるもの。私には何もできない。善意の侵入で人を傷つけてきた私に、許され残されていることは、ただ祈ることだけだった、と思い知らされる。



西向きのアパート五時をきいている



もう赦すと自分で言えたシジフォス



地に溶けてきっと水になる石榴



人の目にどう映ろうと海鼠生き



あの頃の母が欲しくて掴む砂



象には象の時間賜る靴の裏



戦わぬことは難し帯の位置



エスカレーター一段下に立つ地平



猫が笑うと私も笑う それでいい



吾亦紅バラ科 私も変われるよ



宇宙人の母をそのままそのまんま



玉葱の発芽トラウマしぼませて



少しだけ重ね鱗の個人主義



好きですと真っ直ぐ言えるのが自立



大の字に私の部屋を彩ろう



瞼越しの太陽 身の内のげんげ田



医者も服もイヤになったら買い替える



三回休み 豊かな双六のあがり



忘れ傘思う程度に父母のこと



四次元の声が聞こえるまで踊る



そう言えば優しかったと やっと過去



風よ私はねじ伏せられぬほてい草



自分のために祈れるときが出獄日



わたくしが愛した事実だけで春



ゴミ袋コロコロ春風のワルツ



吹雪吹雪琴奏で合う地下の部屋



旅の果て茶碗汁椀だけ残す










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