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たからくんが大人になるまで生きていたい日記
タイトル「ポケットティッシュ」
「ポケットティッシュ」
しばらく入院することになった。こんなとき、一人暮らしの特徴に少し自覚的になる。私が居なければ、アパート空間に生活という営みがない。
アルバイトを辞め、お稽古ごとを休み、新聞を止める。広げていた生活という荷物をくるくると風呂敷に包み込んで、小さなアパートを冷凍保存した。
病院では大部屋で過ごした。ここでカーテンの発揮する威力は絶大だ。
ベッドの周りを隙なく囲って、下着を取り替える。隣の人から顔が見えない程度に大きく開けて、部屋を開放的な雰囲気に保つ。
他者の存在自体を消滅させることはできなくても、自分の意志を何らかの形に反映させることさえできれば、たった一枚のカーテンで、少しは凌ぎやすくなる。
退院したとき、アパートを自然解凍した。留守番電話を聞き、溜まっていたメールを数日かけてぼつぼつ読んだ。持ち帰った荷物を洗濯した。片づけた。しばらくは、静かなテンポで暮らしたかった。
番組表のように空白のない会社でのスケジュールや、大きな事件があってもなくても規則正しく運ばれてくる新聞紙が、まだ負担に感じられた。
入院前までお世話になっていた新聞屋さんが四度目に訪ねてこられた日は、雨が小さく降ったり止んだり雪になったり、不安定なお天気だった。
「短期間でも」「来年の契約でも」「ビール券、洗剤たくさん持ってきます」
そのうち小雨がまた降り始め、彼は濡れながら要求を続けた。そしてやっと「もういいです」と大きな息をして帰っていった。
とても不快だった。寒い中、雨に濡れながらなんて、反則だと思った。罪悪感を感じさせるなんて意地悪だ。無性に腹が立った。売り上げを上げられなかったのは彼なのに。雨に濡れたのも、寒かったのも彼なのに。私は自分の何かが奪われたように感じられた。
私は、私の主体性が尊重されなかったことに傷ついていたのだ。私が敷いた境界線を、破ろうとするその失礼さに怒っていた。
病院の大部屋のように、隣の人の歯ぎしりを止めることはできない。ポータブル便器を必要とする人に「臭い」と怒鳴ったところで、自分を含めた誰も幸せにはできないだろう。そして、私のいびきを私は止められなかった。
与えられた関係性を破壊することなく共存するために、自分でカーテンを引く。境界線を敷く。
新聞を取りたくなる日まで、ドアを開けない。「取りません」と一言答えて部屋の奥へと遠ざかる。それが私に出来ること。
通院するとき、よく見かける駅前でのポケットティッシュ配り。小分けされてビニールで包まれたティッシュを人の流れにただ差し出して、受け取るか受け取らないかは、相手次第。そんな関わり方がどこか心地よく思えて、淡々とポケットティッシュを配っている人たちの様子を、バスの窓から見ていた。帰りには「ティッシュ、ちょうだいっ」と、こちらから声をかけてみようかなんて、ふと心が弾んだ。
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