おしゃれ手紙

持統天皇物語・天上の虹1・2

持統天皇物語・天上の虹

皇極4年(紀元645年)の初夏。
時の女帝・皇極天皇の長子・中大兄皇子には、寵愛する夫人・蘇我遠智娘との間に第2子となる女児が誕生した。
彼女の名は「鵜野讃良皇女(うののさらら)」。
後の「持統天皇」である。
讃良が誕生してからすぐの、6月19日。
中大兄によるクーデターが発生した。大化の改新である。

遠智(さららの母)は第3子となる男児(建皇子)を産むも、正気に戻ることなくこの世を去った。
祖父を自害に追い込み、母が正気に戻ることなく亡くなったことで讃良は父への怒りと憎しみを抱き、母の亡骸にこう誓った。
「あたしは…きっと…お父様より偉くなってみせる!」この時、讃良(さらら)5歳。
これが彼女の波乱に満ちた人生の始まりであった。


中大兄皇子(後の天智天皇)の娘として生まれた鸕野讃良皇女は、父の同母弟である大海人皇子(後の天武天皇)に嫁ぐ。
夫と父の確執や、自分の持つ優れた政治的資質と一人の女性としての葛藤の間で、悩み苦しみながらも懸命に生きていく。

『天上の虹』(てんじょうのにじ)は、里中満智子による日本の漫画。
副題に「持統天皇物語」とあるように、日本の第41代天皇で女帝である持統天皇を主人公とした作品。
1983年(昭和58年)に連載を開始し、その後描き下ろしへ移行して2015年(平成27年)に完結した。
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★主人公★鵜野讃良(うののさらら)皇女
この物語の主人公。
後の持統天皇。作品を通じて讃良(さらら)と呼ばれることが多い。
大化の改新が起こった年に、生まれる。
母は蘇我氏の出身・遠智娘。
4歳の頃、祖父・蘇我倉山田石川麻呂が、謀反の疑いをかけられ自害。
その翌年、母は弟・建皇子を生んですぐ亡くなる。
祖父を亡くし、母親が正気に戻ることなく息を引き取ったことで父・中大兄皇子を恨み、いつの日か父を超える存在になると母の亡骸に誓い、波乱に満ちた人生を歩むことに。
長じて、叔父である大海人皇子の元に嫁ぐ。

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■天上の虹■(1)
第1章 大化の改新(たいかのかいしん)
第2章 有間皇子(ありまのみこ)
第3章 額田王(ぬかたのおおきみ)
第4章 建皇子(たけるのみこ)
第5章 別れの歌(わかれのうた)
第6章 星宿(せいしゅく)
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歴史は好きだけど、紀元645年って平安時代よりもずーーーと前。
持統天皇、大海人皇子(後の天武天皇)、中大兄皇子(なかのおおえのおおじ)など名前はよく聞くが、関係性がよく分からない。
この漫画を読んで勉強しようくらいの気持ちで読んでいる。
●メモ●  ◎私のコメント
★中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)
★間人皇女(はしひとのひめみこ)
★大海人皇子(おおあまのおうじ)の3人は、父親と母親が同じのきょうだい。

ゆえに、結婚ができない。

きょうだいであっても、母親が違えば結婚できる!!!!
◎究極の近親婚だ!!!
★額田王(ぬかたのおおきみ)
鏡王の娘で大海人皇子(天武天皇)に嫁し十市皇女を生むとある。
十市皇女の出生後、天武天皇の兄である中大兄皇子(天智天皇)に寵愛されたという話は根強いが確証はない。
状況証拠は『万葉集』に収められた歌のみである。

大海人皇子(おおあまのおうじ)は、妻である額田王を差し出すように兄に言われて、悩むも兄のいうことを聞く。
中大兄皇子は、額田王の代わりに、娘二人を、弟・大海人皇子(おおあまのおうじ)の妻に差し出す。
その娘のひとりが、主人公のさららで後の持統天皇。

春すぎて夏來にけらし白妙の 衣ほすてふ天の香具山
       ■ 持統天皇
■歴史もの知り講座:■

当時の言葉はF音やヲ・ゑ音があったし・・・
基本は関西弁だし・・・。

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持統天皇物語・天上の虹

中大兄皇子(後の天智天皇)の娘として生まれた鸕野讃良(うののさらら)皇女は、父の同母弟である大海人皇子(おおあまのおおじ)(後の天武天皇)に嫁ぐ。
夫と父の確執や、自分の持つ優れた政治的資質と一人の女性としての葛藤の間で、悩み苦しみながらも懸命に生きていく。

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◆天上の虹◆(2)

◆第7章 船出(ふなで)

●朝鮮半島に行くにあったっては、まず熟田津(にきたつ)(愛媛県・松山・道後温泉あたり)に寄り、それから那の津(九州・博多湾)へ。
熟田津から出発の際に詠んだ額田王(ぬかたのおおきみ)の歌が有名な歌。

熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな
          額田王

熟田津で船に乗ろうと月が出るのを待っていると、潮の流れも(船出の条件と)合致した。
さぁ、今こそ漕ぎ出そう。

この歌が詠まれたのは、白村江の戦いと呼ばれる戦いの時期です。
この戦いは朝鮮半島で当時勢力を持っていた国々の争いです。
高句麗、百済、新羅、任那の4カ国がありました。
日本は任那を通して朝鮮半島で一定の力をもっていたのですが、この戦いのために日本からわざわざ出兵をしました。
熟田津でちょっと旅の疲れをいやして、「さぁ出発だ!」というときに詠まれたのがこの歌です。

日本の新羅征討


◎額田王の歌は、神のお告げのような感さえする歌だ。

●さららの姉で夫が、さららと同じ大海人皇子(おおあまのおうじ)の太田(おおた)が出産。
さらら姉妹の父、★中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)にとっては、孫となる。
時に、中大兄皇子は、35歳!!!
◆第8章 大田皇女(おおたのひめみこ)

●殯(もがり)
高い身分の者が亡くなるとすぐには埋葬せずに「殯(もがり)」が行われる。
死者の生命がよみがえることを祈った。
殯(もがり)とは、日本の古代に行われていた葬送儀礼。

死者を埋葬するまでの長い期間、遺体を納棺して仮安置し、別れを惜しみ、死者の霊魂を畏れ、かつ慰め、死者の復活を願いつつも遺体の腐敗・白骨化などの物理的変化を確認することにより、死者の最終的な「死」を確認すること。
その柩を安置する場所をも指すことがある。
殯の期間に遺体を安置した建物を「殯宮」(「もがりのみや」、『万葉集』では「あらきのみや」)という。

現在では、天皇・皇后・太皇太后・皇太后の大喪儀の一つとして行われる。
●皇族の出身でないと皇后になれない。

◎「美智子さんは平民」という言葉を何度も聞いたが、元はここにあったか!!

●当時皇族の妻はその妻自身の身分によって呼び方が違った。
皇族出身の妻は「妃(ひ)」とよばれ
中央貴族出身の妻は「夫人」とよばれ
地方豪族出身の妻は「嬪(ひん)」とよばれた。


◆第9章 白村江の戦い(はくすきのえのたたかい)
●日本軍は3万の兵をなくし大敗。
国を追われた百済の人々も日本に逃げ、この時期、一挙に百済系の亡命者が増え、日本に定住することになる。

●対馬と筑紫に防人(さきもり)を置く。
防人は全国から強制的に集められた兵士。
命令が下ると自費で任地におもむく。

◆第10章 間人皇女(はしひとのひめみこ)
★中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)・・・主人公、きらら(後の持統天皇)の父
★間人皇女(はしひとのひめみこ)
★大海人皇子(おおあまのおうじ)の3人は、父親と母親が同じのきょうだい。
大海人皇子は、叔父(父の弟)であり、夫であり姉の夫。

きょうだい3人とも天皇になった。

◆第11章 近江大津宮(おうみおおつのみや)
●667年3月19日、都は近江へと移された。
琵琶湖の水路が便利、唐が攻めてくるにしても難波からに限られているという理由。

◆第12章 天智天皇(てんじてんのう)

●百済が滅んで亡命してきた学者や僧を集めて大学を建てたが、教えるのは、「唐の文化」。
◆第13章 蒲生野(がもうの)

●668年5月5日(旧暦)
近江大津京の宮廷をあげての薬狩(くすりがり)が蒲生野(今の滋賀県蒲生郡)で繰り広げられた。
皇族、貴族、役人がこぞって泊りがけの華やかな旅行だった。
男たちは、薬の原料となる鹿の若角を手に入れるために狩りをする。
女たちは、染料の材料や薬草を摘む。

この地は、土地は皇室のものだ。
●この蒲生野で生まれた歌が、有名な下記の歌。

あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
          額田王(ぬかたのおおきみ)

(現代語訳)
紫草の生えた野を行き、標野を行きながら(標野の)見張りが見やしないか、いや、見てしまうでしょう。
あなたが(あっちへ行きこっちへ行きながら私に)袖を振るのを。
♥返歌♥

紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも

      大海人皇子(おおあまのおうじ)

紫草のように色美しく映えているあなたのことをいやだと思うなら、人妻なのに(どうしてあなたのことを)恋い慕いましょうか、いや、恋い慕ったりはしません。
(嫌ではないからこそ恋い慕うのです)
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◆天上の虹◆(1)
◆第1章 大化の改新(たいかのかいしん)
◆第2章 有間皇子(ありまのみこ)
◆第3章 額田王(ぬかたのおおきみ)
◆第4章 建皇子(たけるのみこ)
◆第5章 別れの歌(わかれのうた)
◆第6章 星宿(せいしゅく)
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歴史は好きだけど、紀元645年って平安時代よりもずーーーと前。
持統天皇、大海人皇子(後の天武天皇)、中大兄皇子(なかのおおえのおおじ)など名前はよく聞くが、関係性がよく分からない。
この漫画を読んで勉強しようくらいの気持ちで読んでいる。
★主人公★鵜野讃良皇女
この物語の主人公。
後の持統天皇。作品を通じて讃良(さらら)と呼ばれることが多い。
大化の改新が起こった年に、生まれる。
母は蘇我氏の出身・遠智娘。
4歳の頃、祖父・蘇我倉山田石川麻呂が、謀反の疑いをかけられ自害。
その翌年、母は弟・建皇子を生んですぐ亡くなる。
祖父を亡くし、母親が正気に戻ることなく息を引き取ったことで父・中大兄皇子を恨み、いつの日か父を超える存在になると母の亡骸に誓い、波乱に満ちた人生を歩むことに。
長じて、叔父である大海人皇子の元に嫁ぐ。

「春すぎて夏來にけらし白妙の 衣ほすてふ天の香具山」
持統天皇


●「天上の虹」は掲載していた雑誌が2度にわたりなくなったという。
『天上の虹』(てんじょうのにじ)は、里中満智子による日本の漫画。
副題に「持統天皇物語」とあるように、日本の第41代天皇で女帝である持統天皇を主人公とした作品。
1983年(昭和58年)に連載を開始し、その後描き下ろしへ移行して2015年(平成27年)に完結した。


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