サヨコの土壇場日記

頼られる幸せ

頼られる幸せ





ずいぶんと地味な店に勤めたもんだ。

 美緒が勤めている店に、非番の日に行って、絵美はそう思った。客はオヤジが多く、まあいわば絵美の親の世代。年齢不詳のママ。四十前後の寡黙なバーテン。


 遅刻のくせに早帰りをするという由紀という名前のホステスに、ママがさじを投げて、美緒を重宝している。


「キャー、眉毛を書いてない! 絵美ちゃん」


「金にならない時には、化粧はしない主義。今日は非番」


カウンター席に座り、美緒とたわいもないやりとりをする。




 美緒は少し変わった。何かがふっきれたように以前より明るくなった。以前といっても、一年と少し前に、絵美の住むワンルームマンションの隣に越してきて以来だから、たいした付き合いではないのだけれど。心に人を入れないようにするのは相変わらずだが、それは絵美も同じこと。そうでなければ、ソープ嬢なんて勤まらない。いちいち感情を入れていたら、身が持たない。


 ソープに勤める前は、キャバクラで働いていた。時給は良かったのだけど、指名や売り上げのノルマがきつくて、かったるいから店を転々と変わって・・・・・・結構人気があったのに、出たり休んだりの気ままな出勤をしていたら指名変えされたりして大変だった。が、まあ適当な暮らしはしていた。一緒に遊んだり貢いだりしてくれる男に不自由しなかったし。


 十八から六年間、若いというだけで金になった。


 そして去年、半年付き合っていた男の借金の保証人になり、ヤツがトンズラしてから人生が狂ってしまった。やばい借金の保証人になるのだもの、ヤツには心底惚れていたんだ。だいたい水商売女じゃ、銀行だとかの借金じゃ、保証人になれないわけよ。私が保証人で通るのだから、相当に怪しいところから借りたに違いない。羽振りがよかったんだよ、ヤツ。ゼータクさせてくれたもん。泊まるのは、高級シティホテルのスィートだったしね。


「絵美を連れて行くのだから、超一流じゃなきゃな」って、箱根までハイヤー飛ばして遊びに行ったことがある。そういえば運転免許証も持ってなかったし、怪しい人だったのかも知れない。絵美を捨てて、逃げ出すヤツとは思わなかったけどねえ。男って経済に行き詰ると人格が変わるから、その辺かな。最後の電話が、


「もう、めちゃくちゃになってしまった・・・・・・」


 で、プツンと切れて、それから二度と繋がらない。


 絵美も心を入れ替えて、キャバクラで『ちゃんと』働きながら、ヤツと連絡が取れるのを待っていたのだけど。『ちゃんと』って、遅刻、欠勤しないでということよ。


店に女の子を入れると報奨金があるっていうから、隣に引っ越して来た美緒も巻き込んで稼いだわ。でも、それでも追いつかなくて、観念したの。一年だけソープで働けば、借金、チャラにしてくれるって言うのだもん。もう、疲れちゃって。性を経済に変換して、なぜ悪い?ヤツのように逃げ出して、いつ見つかるかドキドキして暮らす人生の方がまっぴらごめんだもの。


十四才の時は興味本位で、二十四才の今は金のために、いったい何人の男とかかわっただろう。数える気もしない。名前だって、思い出せないヤツもいる。ましてや仕事となると、『男』ではなくて『物体』だから。


今の仕事、キャバ嬢のときに、やらせもしないでビィトンを貢がせたよりはまだましだろう。


若いうちだけだろうなあ、こんなこと出来るのも。


一年でやめる、つうか借金チャラになったら、また考える。




カウンターで飲んでいると、天然のママが、


「絵美ちゃんも、うちで働かない? 貴女、スタイル良いし」


と言う。ふふふ、美緒は何にもしゃべってないんだ、私の仕事。


「ママだってスタイル良いじゃない。着物が似合うし」


「あらーっ、背が高くて痩せてるだけよ」


 そう言い置いて、奥のボックス席に呼ばれて行った。


 その後姿を目で追いながら美緒が言う。


「私ね、ママの足を見たことがないの。ママ、毎日着物なの」


「へえ、じゃあ棒だったりして。足首とかないやつ。上から下までズドーン」


けらけら笑う美緒。昔だったらしかめっつらした。冗談の通じない女だったのに。


「美緒が越してきたばかりの頃、アイロンを借りに行ったけど、使わなかったんだ」


「知ってる。ひと月して返してもらいに行ったとき、ホコリかぶってたもん」


「どんな奴が隣に越してきたか知りたかっただけ。顔見てやろうって」


 チャイム鳴らすと出てきた女は、泣きはらした目をして、あの時の空より暗くて寒かった。この世の絶望を全部一身に背負ってるって顔。よっぽど、オマエなんか必要ないって経験をしたんだろうね。灰色の空が落ちてくるかい? 


今、美緒はよっぽどママに頼られているんだね。生き生きと輝いているよ。何も変わりはしないのに、誰かに必要とされるのって気持ち良いだろ? 


だから、絵美は保証人になったヤツの借金のために、どこで働こうといとわないのさ。借金を返し終わったらヤツを探し出す。きっと。何で今、探さないかって? 馬鹿だね、今出て来たら、ヤツは金のために殺される。だから逃げて絵美にも連絡できないんだよ。やばいから。




親?いるよ、ふたり。私が高校一年生のときに離婚して、それぞれの家庭を持ってる。どちらも私と暮らしたいって言ってくれたけど、どちらも居心地が悪いんだ。で、飛び出して一人暮らし。どっちもそう遠くないとこに居る。高校生の頃まではお金をくれた。今は、お中元、お歳暮、年賀状をくれるよ。なんだかなあ。他人より始末が悪いや。


絵美はロックグラスの丸い氷をカラカラと揺する。


氷がきらきらときれいだねえ。今日は非番でさ、あったかくなったんで窓あけて空を見てたんだ。ネオン街のはずれでも少しは星だって見えるし。そしたら氷がきらきらするグラスで、お酒が飲みたくなってフラフラと来ちゃったってわけ。


何か、胸のスーってする曲、歌おうかな。声、はりあげると気持ちが良いんだ。




由紀がやっと出勤してきたと、ママが騒ぐ。


「おーさんがお待ちかねよ」


ふーん。ママが力を入れたがるのもわかる。


私と美緒との間くらいの年齢?


色白でこぼれるような色気。男好きのする顔ね。


美緒、あの色気は見習った方が良い。だけど、妙な部分で男性不信の美緒には無理か。


それなのにアンタを水商売に引きずり込んだのは私なわけだ。


アンタは真面目に働きな。それをママが必要としてっから。


由紀にはね、ちょっと危ないものがある。


何だかわかんないけど、私のカン。




美緒・・・・・・酔っ払ったから、先に帰るね。










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