こんばんは。
弘前パークホテルフロントの蔦川と申します<(_ _)>
先日
とある居酒屋の店長さんに
年齢を聞かれたので、28歳と明かしたら(別に隠してないですけど)
「もっと若いと思ってた」って。
少し嬉しかった。
若く見られる事、なかなか無いんですよね
老け顔なんですかね?
今回も現場に行って撮ってきました標柱。
第7話 「大浦町(ooura-machi)」
なぜ大浦町を選んだかって
それは、
まぁ特に選んだ理由はなくて
前回「亀甲町」の標柱を撮った帰りに
「あっ」 って、たまたま見つけて撮影。

藩祖為信が「津軽」と改称する前の苗字が「大浦」でした。
築城当初、城内の一画に大浦町を町割りしていたが、
その後、城外のこの地を大浦町と定め、
藩政時代末期まで重臣たちが住んでいました。
標柱の場所 文化センター~ねぷた村間(弘前公園側)中央高校を過ぎた辺り
昭和56年3月設置
●大浦町の標柱がある、堀沿いのこの通り(文化センター~ねぷた村間)
外堀沿いの道の中で、ここが一番好きですね。なんとなく
ここに限らず公園の周りはみんな、のんびり歩けて気持ちが良いです。
観光拠点にバッチシ。ご宿泊は弘前パークホテルへ
●お得な宿泊プラン
<飛行機をご利用のお客様>
<JRをご利用のお客様>
●日本ブログ村 ランキングに参加中
皆さまの清きワンクリックを・・・
よろしくお願いします。