ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 159

video letter びょんきちさん

ジホ監督、お元気ですか。チョンマンです
今、僕はロス郊外のパサデナという町に住んでいます
しばらくはチニのアパートに居候してたんですが、大学でも顔を会わせることが多いし、新鮮味がなくなるので、別々に暮らそうってことになりました

大きな一軒家を4人でルームシェアして住んでるんですが、かなり快適です
ロスは家賃が高いけど、ここは、家主の海外赴任の間、家を管理するという条件付きなので超格安なんです
残念ながらルームメイトは野郎ばっかり。国籍はバラバラ、職業もバラバラ…。それでね、ゴミ当番とか、掃除当番とかあるの。ヨンナムさんの家みたいでしょ!

で、ここが僕の部屋です。どう?なかなかいいアングルで撮れてるでしょ!
いままでは、カメラ据え付けで自分を撮ってたけど、あれつまらないからやめました
おもちゃの鉄道模型利用して、ベッド周りににレールを引きました。これで360°移動撮影可能
天井にもカメラを設置してリモコンで角度を調整できます。ほらっ、こんな感じで動かすの…
これで、僕のモノローグ映像もかなり凝ったもの作れるし、彼女との無修正ベッドシ-ンもパッチリです。残念ながら撮影許可はおりませんけど…

旅立ちの前夜のこと、ジホ監督との空港での別れが、今でも鮮明に僕の心に焼き付いています
なぜ、監督が僕みたいな者に心の内を吐露したのか、あの時はとても不思議でした
今思うと、監督と僕の同じ映画人としてのDNAがお互いを呼び合ったんじゃないかって…
生意気言ってごめんなさい。でも、監督に出会えて本当に幸せでした

監督にちょっかい出されたおかげで、出発が遅くなっちゃったけど…
今ではそれで良かったと思っています
あの日、チニは、空港まで迎えに来てくれました
彼女をハグしよう思って両手を広げて近づいたら、いきなり頬を叩かれました

「なんでこんなに遅くなったのよ。私がどんな思いで待ってたと思うの?」
そして、びっくりして目を真ん丸にしている僕に抱きつき、いきなりキスしたんです
到着ロビーの雑踏の中でですよ。アメリカに来て、彼女大胆になったみたい
ま、結果的には彼女を待たせたことで恋も燃え上がったわけで。監督に感謝、感謝です

僕は今、 UCLA TFT(school of theater film and television) に籍を置いています
TFTは、 劇場、フィルム、テレビ、ディジタル・メディアを総合的に学べるところです
卒業生には、オスカー、エミー、トニー賞などの受賞者が大勢いて、授業は徹底した現場主義で選択プログラムは500もあります。ダスティン・ホフマンやマーチン・スコセッシの講議だってあるんですよ!

ああ、憧れのハリウッドに一歩近づいたって感じ。毎日わくわくな気分…
ここには、世界から多くのアクター、監督が勉強に来ています。ハリウッドでは作る人、演じる人が人種、言語、年齢などお構いなしに、いいものはいいと認めてくれる風潮があるんですね
とりあえず、今日の報告はここまで。また、ビデオレター送りますね!


あたたかな一日  ぴかろん

夢を見ていたようだ
朝の光の中、僕の唇を包む柔らかい感触で僕の意識は覚醒する
目を開けるとそこにいつもの笑顔がある

「おはよう先生。コーヒー淹れたよ。起きて」
「…んぁ…おはようウシク…」

僕はパジャマ姿でベッドに身を起こし、ぼんやりしている
ウシクはパジャマ代わりのTシャツと、僕のパジャマのズボンを履いて朝食を準備している
いつもの光景だ…

「ジジイは朝が早いっていうのに、先生はねぼすけですね?どうしてですか?」

僕がぼんやりしたままでいると、ウシクは僕の方に歩み寄ってベッドの脇の床に膝をつき、僕を見上げて質問した

「それは…」
「先生がまだ若いって証拠です。へへ、トッショリだ~ジジイだ~つってへボヘボしなくていいんだよっ」
「…そんな事思ってないけど…」
「じゃ、先生の答えは何なの?」
「それは…」

ウシクの耳に唇を寄せて囁く
ウシクは真っ赤になって僕の方を振り向く

「もうっ!早く起きて着替えなよっ!洗濯機回すからっ!」
「くふふ…」


昨日頑張ったから…
先生はそう言った…確かに…頑張ってた…
僕の顔はユデダコみたいになってたろう…
僕は毎日先生の部屋に泊っている
お義父さんのところへ行くまでは、不安で堪らなくて、先生に抱きしめていてほしかったからだったけど
今はただ、先生と一緒に過ごしていたいから…
だから毎日来てしまう…

昨日…確かに…先生は…頑張った…
でも…毎日じゃない…
数日置きってわけでもない…

つまり…げほっ…

めったに…ない…

らから…たまにらから…はげし…げほっごほっ…

「ウシク?どうした?風邪ひいた?」
「あういえっ…大丈夫…」

ああもう…
こんな事を考えるのは…やめよう…

僕達は遅い朝食をとり、いつものようにそれぞれの時間を楽しむ
僕はつい、どうしても、掃除や洗濯、お片付けなどに時間を遣ってしまう
小さい頃からの習慣は抜けない…
先生には、毎日掃除しなくてもいいよと言われているけれど、やらないと気持ちが悪い…
ああ…僕の寮の部屋…どうなってるだろう…

二人で散歩したり映画を見に行ったりもする
遅めのランチを軽く取って、僕は店に行く
先生はついてくる時とこない時がある…
だってついてきても僕はまた店の掃除をするからさ…
先生は控え室で読書してるだけだもん…
でも一緒に店に行くのは大好き…
ほんとは毎日一緒に行きたい
そういうわけにはいかないよね
先生は自分の時間を大事にする人だもの…

「今日は僕、早めに行って大掃除する」
「なんでウシクばかりが掃除するの?」
「そう思うなら手伝ってくれてもいいよ」
「…」
「そんな暇があったら本が読みたいんですね?ん?」
「だって…僕は君より十も年上なんだよ」
「はいはい」
「ってことはもし、寿命が同じならだよ」
「ほいほい」
「残された時間は僕の方が短いってことだろ?」
「ふんふん」
「…10年短いんだよ…。残された時間、掃除に使いたくない…僕は…」
「へーほー」


頬杖をついて僕の言い訳を聞いていたウシクは、相槌を打つたびにだらだらと体を倒し、最後にテーブルに突っ伏した

「こらっ!行儀悪い!」
「要するに、掃除したくないんでしょ?」
「うんっ」
「…そんな時だけ可愛い子ぶるんだから!」

ぷいっと横を向いてブツブツ文句をいうウシクが可愛い

「今日は一緒に行こうかな」
「え?ほんと?じゃ、掃除手伝ってくれるんだ」
「ううん、手伝わない」
「ぶー」
「でも一緒に行きたい」
「えへへ」
「昨日一緒にイケなかったから…」
「センセイっ!」

そんな軽口を叩くと、それはラブの影響か?と目くじらを立てて怒るウシクが可愛い
ラブ君が店でのショーの演出をしてくれて以来、ウシクは不必要な嫉妬心にかられている…らしい…
そんなギョンジンさんが言いそうな冗談は言わないでと怒る
イメージが崩れる…と…

「え?ギョンジン君が言いそうな冗談?どういう意味?」
「…そりゃ…昨日は…その…僕が先にイっちゃって…、意識朦朧としてる時に先生がイったから…なんか…ちょっと寂しかったけど…」
「ん?ウシク…何の話してるの?」
「…だから昨日…」
「昨日、君、先に『店に』行ったじゃない」
「…」

また真っ赤になるウシクが…とても可愛い…
涙を浮かべてプンスカしているウシクを捉まえて抱きしめる

「ごめんごめん、言い方が変だった?」
「…わざとでしょ…」
「…。うふふ…」
「僕をからかうのが面白いんでしょ?!」
「…。うん…」

まだ拗ねているウシクにキスをして仲直りする
今日は本当に一緒に店に行く…
天気もいいし、街中を歩いていても気持ちがいい…
ウシクは僕の腕に自分の腕を絡めて、ほわんとした笑顔で歩いている
僕はその笑顔を見つめて温かい気持ちになる

「この顔が…ああなるんだもの…」
「え?なんか言った?」
「あ…いや…へへ…」
「…」

ウシクをからかうのは…楽しい…
でもあんまりからかいすぎると、眼鏡を隠してしまうから…
今日はこの辺でやめておかなくてはね…

ゆっくりと歩いたつもりだったのに、もう店に着いてしまった
ウシクの腕が僕から離れていく
ウシクの体が僕から離れる時、僕は針の先ほどの痛みと不安を感じる
それはほとんど感じないも同じなのだけれど
それでも僕の心は寂しくて痛い…

君に触れていたいけれど離れる時が辛い…

そんな言葉が浮んでくる
僕はすぐにその言葉を掻き消す
僕達は…やっと始まったばかりなのだから…


Dimension  オリーさん

イケメンと僕は病院のカフェでお茶を飲んでいた
「ずいぶん良さそうじゃないか」
「おかげさまで」
「彼氏に会った?」
「会いました。迎えに行ってくださったそうで」
「僕を顎で使うなんて大した兄弟だよ」
「すみません」
「で、ゴージャスな彼氏はどうしたの?」
「帰りました」
「帰った?」
「今日の便で帰るんだと思います」
「看病しにきたんじゃないの?」
「そんなんじゃありません」
「ふうん、時差ぼけになってるヒマないねえ」
「そうですね」
僕は窓の外を見た
きついスケジュールだったね、ごめん
「で君はこれからどうするの?」
「どうするって?」
「ゆっくり養生してからご帰還?」
「まだ仕事がありますから」
「仕事?」
「先生と…」
「あれ?連絡来てないの?」
「何のです?」
「教授との仕事、あれキャンセルだよ」
「キャンセル?」

パディントン駅に着いた
駅構内には例の熊さんのショップがある
僕は思わず足を止め、小さなぬいぐるみを手に取った
スヒョンにひとつ、どうだろう…
湧き上がってくる笑みを抑えることができなかった
『お前ね、この僕にパディントンベア?』
買いだ
レジに進もうとしてフグの顔を思い出した
「スヒョンにだけ?どういうことよ!」
もう一つ手に取った
そこで5歳児の顔も
「俺には何もなしかよっ!」
わかった、もう一つ
ちょっと待った
テジュンさん、まさか…欲しい?
あ、お兄さん…ラブ
他は…
思わず指を折って数を数えた

カップルは二人で一つにしてもらおう
ジュンホ君とテプンのとこは子供の分も…
「このぬいぐるみを…ください」
売り子がその数を聞いて、何度も僕に確認した

「ウチのボスとおたくのボスとで話がついた
MI6がテロ対策に協力するかわりにそっちは一切教授から手を引く」
「どうして?」
「さあね。詳しくはわからん。ただ教授は例のテロリストとの関係を
調べないといけないし、テロ対策は一国だけじゃ難しい部分があるから
よりグローバルな展開が必要とされてるって感じ?」
「…」
「そっちはウチの情報やノウハウが入れば助かるだろ。ウチもアジアの情勢がわかれば助かる
日本、台湾、韓国…色々ね。タイやマレーシアはちょっときな臭いし」
「じゃあ」
「君はお役御免ってわけ」
僕の心臓は早鐘のように鳴り始めた
「ちょっと失礼します」
僕はカフェの入り口の電話に飛びついて支部の仲間に電話した
「お前か。ちょうど話があったんだ」
「例の仕事キャンセルって話?」
「何だ、もう知ってるのか」
「もう知ってるのかじゃないよ。どうして早く連絡くれないんだ」
「こっちだって今さっき知らされたとこだぜ」
「僕は帰れるって事だね」
「そうね。あ、例の拳銃だけど」
「あ、あれは…」
「MI6に没収されてて検査が終わったら返してくれるそうだ」
「わかった…じゃ、僕は帰るから」
「帰る?怪我はいいのか?」
「こんなの怪我のうちに入らないよ」
「痛がってたくせに。切れ味よかったんだろ?」
「とにかく帰るから」
「何焦ってるんだよ」
「急ぐんだ。退院して夜の便に乗る」
「退院って、お前まだ…」
僕は途中で電話を切った
「ちょっと気が早くない?」
振り返るとイケメンが立っていた

駅の近くのインターネットカフェでスヒョンにメールを打った
『今日夜の便で帰る、僕一人だ
でもミンには会えた、元気そうで安心した
色々ありがとう
p.s.素敵な土産を買ったぞ』
こんなところでよかったかな
メールだけではさすがのスヒョンも読めないだろう

それから歩いてハイドパークに入った
ぬいぐるみの入った袋を抱えて
メンバー全員のパディントンベア
小さいぬいぐるみを選んだつもりだが
一足早いサンタクロースの気分だ
公園のベンチに座って、ゆったり散歩する人たちを眺めた
目の前のベンチではフェルト帽をかぶりトレンチの襟をたてた老婦人が
足を組んで座り、読書をしている
イギリスは不思議な国だ
古い伝統がそこかしこに息づいているが
一方では革新的なアーティストが数多く生まれ文化の先端を担う
何年か前までは低迷していたロンドンも
世界各地の文化の集合地点としてにわかに再生した
新しいものを取り入れ伝統を守り続ける国
新しいエネルギーは伝統に反発することで生まれるのだろうか
伝統は新しいものを認めることで生き返るのだろうか

目の前のドクターは思い切り渋い顔をしている
「今日退院ですか」
「はい」
「あと3日はここで安静に過ごすことを提案します」
「もう歩けるし、さっきは運動してきました」
「私、許可しました?」
「あ、いえ」
「できるだけ安静に。感染症の心配もないわけじゃない」
「抗生剤を出してください」
「君が決めることではありません」
「あ、はい」
「とにかくもう一度見せて」
「はあ」
僕はパジャマのボタンをはずそうとしたが、片手なので手間取った
それを見たドクターはしっかりと首を横に振った
運がいいのか悪いのか、とても責任感の強いドクターだ
僕の申し出を聞く気はないらしい
「ちょっと失礼」
後ろから声がした

イケメンが診察室に入ってきてコホンと咳払いした
「ドクターのおっしゃることはわかりますが、次の仕事が押してまして」
「仕事先で傷口が開いてもいいんですか」
「開かないように、そろりとやらせますから」
「怪我より大事な仕事?」
「機密事項で申し上げられないが、大変重要な任務です」
「だったら怪我人より、丈夫な人を使えばいいでしょ。人手不足かな」
「韓国語をしゃべれるスタッフがこいつしかいなくて」
「ふん」
「何があってもドクターの責任は問いません」
「当然です。無理を言われたあげくに私の落ち度だなんて冗談じゃない」

そう言えばこの国の王室も時として大胆な行動をとっている
ヘンリー8世はローマカトリック教会に盾をついた人物として有名だ
婚姻解消して再婚するために、英国国教会を作ってしまった多情な王
けれど違う見方もある
王が離婚を申し出たのは男子の世継ぎがいなかったため
それを認めないローマカトリック教会を脱退し英国国教会を作りその首長となる
そして修道院を廃止しその財産をジェントリーに分け与えた
富を蓄え巨大な力を持つ修道院を合法的に解体させた
施政者としてはバランスの取れた見事なやり方である
しかしこれもまた修道院の方から見れば別の見解があるに違いない
それぞれの立場でさまざまな見方が…

僕はなぜそんなことを考えているのか
考えているふりをしてるのか
わかっている
気になることがあってそのことを考えたくないだけなのだ
ヘンリー8世の世継ぎなんかどうでもいい
結局メアリー1世を経てあのエリザベス1世へと続くのだから
ローマカトリック教会も修道院も関係ない
僕が早々にオックスフォードから引き上げてきたのは
たぶん知りたくないから
決して認めたくないから
ミンとあの紳士はどんな風に…
仕事と言う名の下で…

僕は心の底から湧き上がる感情に気づかないふりを
そして気づいてからはそれを抑えようと、格闘していた
秋のハイドパークの風景はそんな僕の心に限りなく美しく映った
目の前のご婦人はまだ静かに読書をしている

「ありがとうございますっ!」
イケメンにこづかれて、僕は丁寧に頭を下げた
ドクターが念入りに傷の検査をし丁寧に処置をした
そして渋々OKを出してくれた
渋面のドクターに二人でもう一度礼をすると診察室から退散した
「この貸しは…」
「大きいです、わかってます」
「よろしい」
イケメンは満足そうにうなづいた
「で、これから?」
「宿に帰ります」
「カーネルのとこね」
「はい」
「彼氏の宿もそこだよ」
「え」
「兄貴が警護をつけろとかうるさく言うから、カーネルのとこへ突っ込んだ」
「そうだったんですか」
「送ろうか?」
イケメンがまたにやにや笑った


あたたかな一日 2 ぴかろん

店に着いて、僕は早速掃除を始めた
厨房の中はあまり弄くるとテソンに迷惑かけるから、床をさっとひと拭きだけしておく
あとはmayoさんに任せる
控え室も毎日床だけはきれいにしてる
床掃除をしてから先生に、控え室終わりましたと声をかけた
どうせここに篭って読書するんだもん、先生は…

トイレは念入りに…特に今日は大掃除(のつもり)だから念入りにキレイにする
そして客席…
あれ?隅っこに先生がいる
こんなとこで本読んでる…
珍しいな

僕は掃除機をガーガー鳴らしながら、端から順に掃除していく
音が気にならないのかな…
うん…気にならない…っていうか、僕が掃除してる事に気づいてない
全く…集中力のある人だなぁ…
僕も集中して掃除しよう…
先生の座っている部分は最後に残して、掃除機かけたり床をモップで磨いたりした


ウシクが客席の掃除を始めた
ガーガーと音を立てる掃除機
普通はうるさいと思うだろう
僕には心地よい雑音だ
ウシクが生み出すものはなんでも心地よい

ウシクが店内に入ってきたとき、僕は目の端に映るウシクの姿にときめいた
本に熱中するふりをして一瞬だけ、昨日の夜のウシクを思い浮かべた
口元が緩むのを俯いて隠した
ウシクは気づいていない


後は先生のいる場所のみ…
でも集中してるからな…先にテーブルを拭こう…

他は全部拭き終わった
後は先生の…
ああ…ちっとも気づいてくれない…
僕は先生の横に立って先生を見下ろした


ウシクがすぐ側に居る
早く声をかけてくれないかな…
さっきから同じページの文字を追っている
本の内容が頭に入らない
なんで突っ立ってるの?
早く『邪魔だよ』って言ってよ…


「センセ…掃除したいんだけど…」

キタ!

「…ん…」
「あっちに移るか控え室に行くか…ねぇってば先生!」
「…足…上げてる…」
「…」

ウシクはムッとした顔で、僕の足の下の床に掃除機をかけ、その後モップで丁寧にそこを拭いた
わざと丁寧にしてるだろ…
口の端が上がってるの、知らないとでも思ってるの?


先生の上がった足が段々プルプル震えてくる
くふふ…
ジジイなのに頑張っちゃって…
僕は意地悪くゆっくりとモップで先生の足の下を拭いた
でもあんまりかわいそうなので、いい加減で意地悪をやめた

「どうぞ。足、降ろしていいよ」
「…ん…」


『…ん…』の声が震えてた
さてとテーブル拭かなくちゃ
僕は先生の前に立って丁寧にテーブルを拭いた
やっぱり邪魔だなぁ…

「センセー…邪魔なんだけどぉ」
「…ん…」
「…なんで今日はここにいるのさ…」
「…」
「センセー」

本に没頭して返事しない…
全くもう…ジジイのくせに子供みたいだ…


「なんでここにいるのさ」

ウシクが言った
だってウシクの側にいたいんだもの…
答えようとしたけれど、その言葉を呑み込んだ

「はぁ…寮の部屋…掃除しなくちゃなぁ…」

ウシクが呟いた
僕は何気なく言った

「じゃ、今日は寮に帰りなさい」

ウシクがびっくりした顔で僕を見つめた

「なに?」
「…聞こえてたの?」
「…あ…。うん…」
「…」

ウシクは真面目な顔をして黙り込んだ

「ん?どうしたの?」
「…わかった…。帰るよ…」

うっすらと涙まで溜めている

「ウシク?」
「…ごめんね…毎日押しかけて…」
「…え?」
「…先生、一人になりたいんだよね…。僕ずーっと先生のとこに行ってたから…ごめんね…」
「…あ…。あの…」

ウシクはぷいっと顔を背けて掃除道具を片付けに行った

まずい事を言ったのかな…
だって部屋の掃除の事、気にしてたから…
いけなかったのかな…

ウシクが戻ってくるのを待っていた
中々帰ってこないので、僕は店から裏へ回った
戸口の横でウシクが静かに泣いている

「どっ…どうしたのウシク」
「…せんせい…」
「なんで泣いてるの?」
「…先生と一緒に…住んじゃだめ?」
「え」
「先生の部屋に…荷物もってっちゃだめ?」
「ウシク…」

ウシクが僕と一緒に住んでくれるって?
本当に?
いいの?
僕はとても嬉しかった
けどあの部屋にウシクの荷物が入るとなると…
狭すぎないだろうか…うーん…
ウシクの肩を抱き寄せながら考えた
それに…

いいのかな…ウシクは…
いいのかな…僕なんかと一緒に暮らしても…

「ウシク…ダメだよ…」
「…」
「あの部屋は…」
「だめ…だよね…ごめんなさい…。我儘言ってごめん…」
「あの…あの部屋だと…狭いだろ?」
「え?」
「二人でホントに住むなら…一つずつ部屋が欲しいでしょ?」
「…」
「…んと…その…。新しい部屋、探してみようか…」
「ほんとに?」
「…ん…」

ウシクの顔が輝いた
喜んでくれている
僕も嬉しい…
でも…

「じゃあ今日は荷造りしに帰る!」
「荷造り?」
「うん!いつでも引っ越せるように!」
「…部屋を探してから荷造りしなよ…」
「じゃ、部屋探しに行こうよ!今からでもどう?」
「…そんな…今日はそんな気分じゃないなぁ…」
「…」
「それに…そんなに簡単に僕と暮らす事…決めていいの?」
「え?」
「…。よく考えて…」


先生、何言ってるのさ…
毎日泊まりに行ってるのに…
一緒に住んでいるのも同然でしょ?

やっぱり僕が邪魔?
ううん、そんな事ない…よ…ね…

「考えるって…何を?」
「…。いろいろ…」
「何をだよっ!…先生…。イヤならイヤってはっきり言ってよ!」
「…イヤじゃないよ…でも…」
「…でも何さ!もういい!」

ウシクは怒って外に出て行ってしまった
僕は…
君の夢を邪魔しているのに…
僕と一緒に暮らしてしまっていいの?
それは僕にとっては幸せなことだけど
君は本当にそれでいいの?

目の前のドアが開いて、ウシクが唇を噛みしめて立っている
そして静かに僕の首に腕を回した

「せんせぇといっしょにいたい…。邪魔しないから…一緒に居させて…お願いだから…」
「ウシク…」

堪らなくなってウシクに接吻した
深く、唇を求めてしまった…
この場で抱きたくなった…
抑えるのに必死だった…

「先生…先生…」
「…部屋…探してみる…」
「…ごめんなさい…僕…」
「ウシク…、僕は…僕は嬉しいんだよ」
「…」
「だけど、君はそれで本当にいいのかなって…」
「どういう事?」
「…僕なんかと一緒にいて…いいのかなって思う…」
「何言ってるのさ!こんなに先生の事が好きなのに!」
「…」

ウシクからキスを仕掛けてきた
僕はこの子が好きだ…
堪らなく好きだ…
でも僕はこの子の夢を…
僕と一緒にいたら…この子の夢が…叶わない…
それを口にすると…この子が離れて行ってしまいそうで怖い…
僕はやっぱり臆病者なんだウシク…


そんな朝  足バンさん

夢をみて目を覚ました

ミンチョルの夢だった
灰色の空の下、コートの襟も立てずに大きな樹に寄りかかっている
その濡れた睫毛は舞い散る枯れ葉の中で僅かに震えていた

暗い天井を見ながら僕はギョンジンが抱えていた不安を思い出す
もし何かあったとしたら…あいつは耐えられるだろうか…
いや、耐えられるはずなんだ
あいつにとってギョンビンはもう自分の一部なんだから…

でも…泣くの?
やっぱり泣くの?
僕の手の届かないところで…ひとりで泣くの?
僕の心の中に後悔というものが泥のように責めてきた


明け方
スヒョンが僕を起こさぬようにそっとベッドを出た

閉じたブラインドを指でほんの少し押し広げてまだうす暗い庭を見る
蒼い光がほんのりとスヒョンの目元を照らし
照らされた瞳はブルーグレーの影にうっすらと潤んでみえる

遥か英国の誰かさんに飛んで行っちゃってる目

せっかく知らんぷりして目を閉じてやろうとしたのに
スヒョンが「起こしちゃった?」と声をかけてきた
上掛けから目だけ出して覗くと
スヒョンはゆっくりとベッドに腰をおろしてため息をつく

「夢をみた…」
「ミンチョルさんのでしょ」
「うん…」
「R指定じゃないでしょうね」
「泣いてた…」
「…」
「落ち葉の中に立ってた」
「すごい美化映像…ちっとむかつく」

スヒョンはふふっと微笑み僕の横に身体を滑り込ませた
僕は同時にばふんとうつ伏せになり腕に頭を乗せてやつの顔を覗く

夕べスヒョンは言葉少なに話してくれた
ギョンジン兄貴から聞いたっていう彼らの任務ってものの意味することや
今回のギョンビンの危惧はテロだけじゃないってこと

はっきりした根拠は無いってことだけど
当の本人に会ってきた僕には現実にそんな話があったんだろうって感じた
ギョンビンのあの寂しげな笑顔…迷ってるような目…
全てが一本の意味あるものとして繋がった

「今頃すんごく後悔してるんでしょ、ミンチョルさんを行かせたこと」
「ん…」
「やっぱ状況がわかるまで側に置いておくんだったチクショーとか思ってるんでしょ」
「ん…」

スヒョンは片腕を額に乗せて天井をうつろに見ている
いつになく自信のなさそうな目
そんな顔してちゃ誰かさんだって頑張り甲斐ないじゃない

「そんな弱気でどうするのさ!ずっと見守るって言ったでしょあの人のこと!」

スヒョンが驚いた目で僕を見つめる

「もっと自信を持ってやってくんないと困るんだけど!」
「ドンジュン…」
「一番いいと思ってそうしたんでしょ?ふたりを信じてやれって兄貴に言ったんでしょ?」
「うん…」
「じゃあイジイジしないで待っててやんなよ、帰ってきたら思いきりハグしてやればいいじゃない
 僕は中途半端は嫌いだからね、あの人を見守るっていうなら完璧にやって!」
「ドンジュン…」

暫くふくれていたドンジュンはいきなりベッドから飛び降りると
小さな書斎でごそごそとやって僕の映画の台本を持って戻り
上掛けの上から遠慮無しに僕の腹の上にまたがった

「ほら…こういう時にこれ使わなくちゃ勿体ないじゃない」
「おまえってば…重いよ」
「いいから、ちょっと聞いてて」

ドンジュンは台本の最後の方のページを探し出すと咳払いをした

「ここの…主人公のおっさんの独白ってとこね…
 んと…
 ー僕の手はもう君には届かない 
 初めから届いてなどいなかったのだろうか」
「…」
「でも今君をこんなに近く感じる 
 この腕に抱きしめていた時よりもずっと」

へたくそな棒読み
でもそれがいきなり今の自分に重なって
何度も読み返したはずの台本の文字がさざ波のように胸に押しよせた

「ここからが肝心なとこね…
 ー僕は舞い降りてきた大切な命と共に生きていく
 その命は君のすべてを受け入れてくれる」
「ドンジュン…」
「いいから黙っててよ…
 ー君が宿る僕のすべてを
 君への思い出も何もかもすべてを…
 そして僕は…また歩き出す」

ドンジュンは台本を床にぽいと投げ捨て僕の顔の両脇に手をついた
見下ろすその目には柔らかいがどこか挑むような光が宿っている

「わかる?僕の気持ち」
「ドンジュン…」
「嫉妬なんてなまやさしいもんじゃないんだからね、本当は」
「…」
「でもあのひとへの気持ちも全部積み重ねてきて今のスヒョンがいるんでしょ
 だから僕はまるごと引き受けなくちゃなんない」
「…」
「だから迷ったりしないでよね…あのひとを想う時はいつも堂々としてて」
「ドンジュン…」
「最高にカッコよく、だよ、いいね?」

僕の目の奥底まで見通すような澄んだ視線が間近で息づく
僕は返事の代わりに下りてきた唇に応えた

ーおまえの励まし方って回りくどいけどちょっと感動的
ーわがままな恋人もつと苦労すんの

そのくちづけは僕を深い安堵へと導く
心痛む夢はじきに夜明けの霧のように消えるのだろう


gatta & gattina_1   妄想省家政婦mayoさん

Cherokeeにボリュームを落としたヴォーカル♪が流れる

後部座席で首を傾げている...黒い雌猫と白い雌子猫

黒雌猫...@_@...後部座席に深く身体を埋め..伏し目で思案中
白雌子猫..@@..小難しい黒雌猫の顔を覗いている..

やがて黒雌猫が顔を上げミラー越しに俺を見る
眉を顰める視線の奥を俺は読み取る..自ずと俺の声音がぐっと低くなる

「調査だな..」
「ぅん..」
「ん..どっち方面だ?」
闇夜が軽く握った拳の両手首の内側を付けた状態で腕を前に突き出す..
[お縄頂戴]..のスタイル..警察方面の調査ってことだ..

「続けろ..」
「ぅん..」
闇夜はリュルの事務所で見つけたブックの人物の事を話した..

「思わぬ処で見つけた..ちょっとビックリした..」
「明日中には状況がわかるだろう..」
「サンキュ.」
「ん..」

「オルシンの話..例のやつ?」
「ん..元×金の件だ」
「そ..やっぱし..」
「な..両方潰す気なのか..奴は..」
「どうだろう...ハッキングも今回はキツイかも..」
「ぃゃ..ヨンジュンなら大丈夫だろう..」
「頼んだ?」
「オルシン邸出てすぐ連絡を入れた..」
「早っ..」
「阿呆..俺を誰だと思ってる#」
「こりゃ失礼..オルシンは何て?」
「『わしはドンパチは嫌じゃ..何とかせぃ』..っとな..」
「ぁぃぅ~~..困ったじ~じですねぇ~..はるみぃ~?」

みゃんみゃん↑^o^..とはるみが闇夜に戯れつく..
闇夜がはるみに頬ずりし..はるみが闇夜にほっぺちゅをする..
ミラー越しにちらり眺めながら..俺は白雌仔猫なりたいなぁ..っと..ちと邪に思った..

「リュルは疲れるだろう..」
「ん~~ちょっと..でも [傾向と対策-りゅるビジネス編] レクチャーされてたし..」
「ぷっ...多少は役に立ったか」
「ぅん..でもあの"意地悪問題&質問攻め"は参る.."くっそぉ~~"っと思う..」
「はは..んまぁ..お前なら何とかなるとは思ったがな..どうだ?」
「ぉん..何とかね..最後は[お見事]だってっさ#」
「ぷっ..今頃まぁた考えてるかもしれんな..あいつ..」
「はぁ..勘弁してほしい..」
「だがあれはあれで..たまには面白い事が解るもんだぞ?..これからの仕事には役に立つかもしれん」
「ぅん..まぁねぇ..」

ミラーの中の闇夜は苦笑していた..

「ぁ..テスシに[傾向と対策-りゅる恋愛編] レクチャーした方がいいかもょ?..」
「『僕は大丈夫ぅぅ~~』だから何も言っとらんが..」
「ぇ~~ぃ...会ったらわからんょぉ?.意外と優しいかもしれない..どう?はるみ..」
「みゃっみゃ↑^o^..」
「ぉ..ぉぃ~...」

心なしかはるみの鳴き声が↑↑になってる気がするが..

「ちっとは慣れたか..リュルの『↑?』」
「ぅん..真似して語尾上げたらさ..睨まれちった..」
「ぷっ..いきなりコマしたらそりゃ怒るわな..」
「やっぱし?..」
「ん..俺も最初お前にコマされた時は"こんのやろうぉぉ"と思ったしな..」
「ふっ..んなこともあったね..」
「ん..」

フツと俺と闇夜の互いの言葉が途切れる..
♪がBrianの Love Me, Hold Me/Brian McKnight 4. Love Me, Hold Me に変わった..俺は少しボリュームを上げた

狭い車内で無言になり..ミラーの中で視線が交錯すると..互いに少し息苦しさを感じる...
俺は漢江に沿って走る江北の江辺北路に車を止めた..

「闇夜..風に当たろう..」
「ぅん..」

車を降り..車のサイドに闇夜と並んで寄りかかった..
闇夜の肩が微かに触れる俺の上腕の一部だけが妙に脈打つのに気づかされる..

目線を上げると右に漢江大橋を見..その先に汝矣島(ヨイド)にそびえ立つ63(ヨクサム)シティ..
江南の対岸は漢江に沿って走るオリンピック大路だ
漢江大橋とオリンピック大路の青色の ライトアップ が水面を揺らす
闇夜とはるみは空を見上げた..

「ぁ~ぁ..今日は☆が全然見えないゃ..」
「みゃぉん>_<..」
「ん..ガスも多いようだな..」
「ね..迎えに来るようにちぇみに言ったの..テスシ?..テソン?」
「テスが促してテソンが俺に頼んだ..」
「ふっ..そっか..」
「ん..」

闇夜がぷるっ#っと肩を震わせた..
俺は寄りかかっていた運転席のドアを開けた
後部座席から闇夜が膝掛けにしている小さめの毛布を取り..黒雌猫と白雌仔猫を毛布にくるんだ
闇夜は俯いてくすっっと笑い..もぞもぞと闇夜の胸から顔を出したはるみが「みゃ↑^o^」と鳴いた
俺が煙草に火を付け煙をひとつゆっくりと吐き出すのを闇夜は待っていた..

「テソン..あれから何か言ってる?」
「父親の事か?」
「ぅん..朝ベンチで話してるんでしょ?」
「ぷっ..ん..テスに父親がどんな人物だったか と尋ねたそうだ..これはテスに聞いた」
「そぅ..あとは?」
「親子3人で砂浜で戯れているのが頭に浮かぶらしいが..」
「ぅん..」
「父親の顔がな?..まだ.."のっぺら"..だそうだ..」
「ぁぅ..そぅ..」
「前は海が頭に浮かぶだけで身体が震えたそうだが..」
「そぅ..アタシにはなぁ~んも言わない..」
「焦るな..」
「ぅん..もう少しかな..」
「ん?..ん..」
「...??..何か..気になる..その..”ん”..」
「んん?..んなことは無い..いつもの”ん”だ..」
「違ぅっ..何っ#..」
「そぅ怒るな..」
「だって..」
「な..ちょいと背中押してやったらどうだ?..」
「って?..」
「ん~~..何かきっかけを与えろ..テソンはかなり足踏みしてる」
「そっ?」
「ん..お前にしか”きっかけ”が解らんし..お前にしか出来ない..」
「わかった..」
「ん..」

指を立てた手を闇夜の肩にそっと乗せ..トン..トトン...と5本の指で軽く叩いて指を肩から離した..
闇夜は俯いて頷き微笑んだ.
ポケットの携帯が震えた..ランプの色はオレンジ..テスだ..
今日は店を早く閉めたらしい..
飯が出来たから早く帰って来い..と電話口でテスとテソンの声がハモっていた..

「闇夜....俺等の"カミさん等"が待ってる..」
「ぷふっ..ぅん..」

俺と闇夜は互いに頷き笑い..車に乗り込み..帰路に着いた


いとこ同士  ぴかろん

イナと二人でラブのマンションからドライブした

「どこ行くのさ」
「ヨンナムんち」
「ドライブじゃないじゃん!」
「いいじゃんか、僕と一緒なら満足だろ?」
「…そういやお前、ヨンナムさんとこに帰ってないね」
「うん…大騒動に巻き込まれてねぇ…」
「…ごめん…」
「はは。今ならまだ朝飯が残ってるはずだからな!腹へった」
「うん」

可愛らしく返事するイナの頭をチョンチョンと触り、僕達はヨンナムの家に向かった
家に入っていくと、ヨンナムが一人で飯を食っていた
僕の顔を見て少ししかめっ面をした

「なんだお前、予定では二日前に帰って来るはずじゃなかったっけ?」
「いやぁトラブルら巻き込まれてさぁ」
「いつも言ってるだろっ連絡ぐらいしろって!」
「ははは」
「はははじゃない!で?なんだ」
「朝飯…」
「ない!」
「あるじゃんか」
「昨日の残りご飯だ。今全部食べました!」
「あれ?いつも多目に作るお前がなんで…」
「ふんっ!ここんとこ僕は一人っきりで寂しくこの家にいましたっ!」
「…ソクは?」
「どっか行きました!でもちゃんと連絡は入ってます!」
「あの二人は?ドンヒ君とホンピョ君」
「彼らはここに住んでいるわけではありませんっ!」
「…なに怒ってるんだよ…」
「ふんっ!」
「あの…おはようございます…」

イナが僕の後ろから可愛らしく挨拶した

「あ…イナさん…イナさんもいらしたんですか…」
「すみません、俺、気づかなくて…。ヨンナムさんに連絡入れること…」

けっ!こいつったらヨンナムの前だと可愛い子ぶりやがってっけっ!
でも…くふふん…かわいい…

「…テジュン…顔…だらしない!」
「げほっ」
「イナさんは何も悪くないですよぉ、こいつが僕をないがしろにしてるだけだから…」
「でも…」
「待ってて。パンでもよければ今持ってきます」
「あっそんな…。じゃ、俺手伝います!」
「おい、イナ…」

イナはヨンナムの後についていった
なんだよぉ…ヨンナムに気なんか遣うなよぉ…
僕が帰って来る事はすっかり忘れてたくせにぃ…
それに昨日だって…ラブとギョンジンのこと気にして何にもさせてくれなかったくせにぃ…
ぶー…

「イナさん、昨日近所の方がパンを焼いて持ってきてくれたんです。美味しいんですよ。用意しますから向こうで待っててください」
「いや、俺が…」
「コーヒーがいいですか?」
「あ…じゃ俺…」
「いいから向こうであの大馬鹿の相手してやってくださいよ」
「…いや…」
「目玉焼きとハムぐらいしかできませんけど、いいですか?」
「じゃ、それ、俺が…」
「いいですって」
「何かさせてください」
「…そうですか?じゃあ…ハムエッグでも…お願いしようかな…」
「すみません…お世話かけます…」
「ふ…」
「…」
「可愛らしいな、イナさんは…」
「…」
「…。何か…僕に話でもあるの?」

今まで丁寧に喋っていたヨンナムさんが急にくだけた口調になった
聞きたいことはいっぱいあったけど、何を聞いていいのか解らなかった

「あ…あの…」
「テジュンが帰ってこなかった時『接近したこと』は黙ってるよ」
「あ…。はぁ…」
「それとも…テジュンの仕事のことが気になる?」
「…はい…」
「ん?何か言われたの?」
「…。BHCを辞めてついてこないかって…」
「ふぅん…。ヤな奴だねぇ」
「…ヤな奴って…」
「だってイナさん、BHCの仕事、好きなんでしょ?」
「あ…はい…」
「自分勝手なヤな奴だよな、あいつ…」
「…」
「自分は好きな仕事思いっきりやってるのに、恋人の好きな仕事は辞めさせようだなんてさ」
「…。本気なんでしょうか…テジュン…」
「…。本気だと思う?」
「…」
「あいつはヤな奴だからね。惑わせてどうするつもりだろう…」
「惑わせて…」
「きっと君の口からはっきりと君の気持ちを聞きたいんだろうねぇ」
「…」

「ねぇイナさん」
「はい」
「テジュンが今度の仕事を本格的に始めるとしたら、しょっちゅう出張があると思う」
「…はい…」
「その度に君が寂しがって…僕に縋ってきたら…」
「は…」
「そしたら僕はいつか君の寂しさを埋めてあげようとするかもしれない…」
「…」
「それをね、阻止したいんでしょ、あいつは」
「…」
「僕の性格をよく知ってるから…」
「は…」
「僕は…あいつが振り回す人に同情して、それが擬似愛情に変わっちゃうトコがあるからな…」
「え」
「そうなったら君、どうする?」
「…え…」
「あはは。ああ焦げちゃうよ」
「あっああっ。熱っ!」

慌ててフライパンの端に指が当たった
ひっくり返りそうになったフライパンをナイスキャッチしたヨンナムさんは、落ち着いてガスの火を止め、俺の指を掴んで水道の水にさらした
俺はテジュンにそっくりの、ヨンナムさんの横顔をじっと見つめた

「…貴方も…テジュンの性格よく解ってるんでしょ?」
「うん」
「…」
「今頃あっちでやきもきしてるよ…。もう少ししたらこっちに来るだろう…。来たらちょっと…抱き合っとく?」
「え?」

次の瞬間、俺はヨンナムさんに抱きしめられていた

「この野郎!」
「なんだよ」
「なんでイナに手を出す!」
「可愛いから」
「この…。この野郎…」
「取られたくなかったらしっかり守っとけ!」
「お前…お前まさかイナを…」
「ふ…ばぁか!お前と修羅場を演じるのはこりごりだよ」
「…イナ…」

俺は何がなんだか解らずその場に突っ立っていた

「はい、朝飯。持ってけ」
「…」
「食わないの?」
「…大っ嫌いだお前なんか!」
「はん!じゃ、出てけば?」
「…」
「イナさんと一緒に住めばいいだろ?変な奴」
「…僕が出てったらお前一人になるじゃないか」
「は?…ソクさんもいるし、ドンヒ君やホンピョ君も時々泊まりにくるし、お前なんかここに住んでるって言えますかねぇ。配達の仕事だってあてにしてたのに全くあてになんない」
「…」
「イナさんほったらかしにしてると…ほんとに頂くぞ」
「お前…」
「惑わすの、やめろよ。悪い癖だぞ」
「…ほっといてくれ。僕には僕の考えがあるんだ!お前が絡むとややこしくなる!」
「だったらここに連れてくるな!もっとしっかりイナさんの心を掴んどけ!変なこと言って不安にさせるな!僕はもうイヤだぞ!お前の都合に振り回される人を見るのは!」
「…」
「僕を…お前の事情に巻き込むのはやめてくれ」
「ヨンナム…」
「マジメな話だ…」
「…」

ヨンナムさんとテジュンの話は一体なんのことだかよく解らなかった…
この二人は仲がいいのか悪いのか…それもよく解らない…
もしかしたら俺とミンチョルみたいなものだろうか…
ううん…ちょっと違うか…


いとこ同士 2 ぴかろん

「イナさん…ハムエッグ、持って行って」
「あ…は…はい…」

ヨンナムさんは俺には優しい笑顔を向けてくれる
でもテジュンには厳しい顔ばかりしている
…テジュンって…どういう奴だったんだろ…
マジメそうに見えるのに…

俺はテジュンと二人でヨンナム家では珍しいらしいパンの朝食を食べた
ヨンナムさんはコーヒーを淹れるのもうまい
俺の作った焦げ焦げのハムエッグは、腹が減っているので食えた
それが苦いのかどうなのか解らないけど、テジュンが渋い顔をして俺に言った

「アイツに近づくなよイナ…」
「…別に…近づいてなんか…」
「…アイツは…僕にないもの持ってるから危険なんだよ」
「…は?」
「限りない優しさ…」
「…」
「誤解すんなよ…アイツは誰にでも優しいから」
「…お前だって誰にでも優しい…」
「僕のは営業入ってる」
「…」
「アイツのは…違う…。アイツはまだ本気で人を好きになれない…」
「は?」
「だからもし…アイツが言い寄ってきても…本気にするな…」
「言い寄る?!ヨンナムさんが?!」
「有り得ない事もない…」
「…?…」

要するに、テジュンが居ない時にはここに来なきゃいいわけだろ?
俺はミンチョルんとこにいるし、そこにいればミソチョルが居てくれるから…寂しくないぞ…

イナはちょっとふてくされてそう言った
ご飯を終えて、イナと僕は部屋に入った
ヨンナムが後ろから、いやらしい真似はするな!と怒鳴っていた
そんな事を言われると返ってそういう真似をしたくなる
特にアイツに言われると無性にしたくなる!
だから部屋に入った途端、僕はイナにキスしながらシャツの下に手を入れた

イナは目を白黒させて抵抗している
イナの滑らかな肌がてのひらに吸い付く
ギョンジンとラブの裸体が頭に浮ぶ
今朝のヤツの素っ裸は…
参ったな…自分がどういう状態でいるのかさえも解らないぐらいラブを思ってるってことか…
あの二人は裸で修羅場を抜けたんだ
二人の心の葛藤を思うより、二人の裸体が絡み合う映像が頭の中を占領している
離れようともがくイナを床に確り押さえつけて素肌を弄った

「やめろよっ…」
「ジタバタするとヨンナムが飛んでくる…」
「じゃ、ジタバタする!」
「お前が欲しい」
「やだっヨンナムさんに聞こえる」
「聞かせてやる」
「やめろよテジュン!どうしたんだよ!」

イナは器用に僕を避ける…
逃げられると追いかけたくなるだろ?イナ…
イナは急に静かになり、僕の瞳をじっと見つめて言った

「なんでヨンナムさんを刺激するような事ばかりするの?」
「…」
「…二人の間に何があるの?」
「血の繋がり」
「そんなんじゃなくて…。仲いいの?悪いの?どっち?」
「…」

きっとね…仲が良すぎてイヤなとこばかり目に付くんだお互いに…
ヨンナムの真剣な瞳が甦る
ヨンナムの目に光っていた涙を思い出す
あの時殴られた頬と、あの時感じた胸の痛みが突然降ってくる
ヨンナムの顔に重なってさっきの言葉が僕に圧し掛かる

『惑わせるなよ!』

イナを押さえていた腕の力が抜けた…
イナの瞳を見つめ返して聞いてみた

「イナ…。僕はお前を惑わせてる?」

イナの瞳が僕に問いかけている

『惑わせてるの?』

イナを求める事をやめた
ヨンナムの顔を思い出すと気持ちが萎える
それに加えてイナの疑問顔…

「惑わせてるか?」
「…」

イナは何も答えない
イナに聞いてるんじゃない…僕自身への問いかけだ…
…惑わせてるつもりは…ないんだヨンナム…
僕が決めることじゃないだろ?
僕は長いため息をついてイナの上から退いた

「…あーもうっ余計な事言いやがる!あの馬鹿野郎…早く恋人見つけて結婚すりゃぁいいんだ!」
「…テジュン?」

困惑しているイナの頬をするっと撫でてあお向けに寝っ転がり、僕は部屋の天井を見上げた


テジュンは何が聞きたいんだろう…

『BHCを辞めて僕と一緒に来る?』

無表情な笑顔で俺にそう聞いた事がずっと頭にある
BHCを辞める?俺が?なんで?
その『なんで?』が聞けずにいる…
俺にはBHCを辞めるなんていう選択肢は存在しないから?
あまりにも唐突すぎて、テジュンの考えてることが解んないから?
天井を見つめているヨンナムさんそっくりのテジュンの顔を見つめる

貴方の方が優しい?
『…そう言われるよ…』
恋人を待たせたり、秘密を持ったりしない?
『しないな…』
浮気もしない?
『しない…。どう?今の間なら…試せるよ』

大泣きして妖怪顔になった日の、ヨンナムさんとの会話を思い出した
ヨンナムさんは誰にでも優しい…
誰にでも限りなく…優しい…

『アイツはまだ本気で人を好きになれない』

本気で好きな人がいないから…その分誰にでも…
そんなのって…
寂しいな…

テジュンとヨンナムさんの言い争いの中に、苦さと切なさと…お互いへの思いやりが感じ取れた

「俺、羨ましいな」
「…ん?何が…」
「ヨンナムさんみたいなイトコがいてさ…」
「は!あんなカチンコチンの石頭男…うっとおしいだけだよ!はっ!」
「誠実なんだよヨンナムさんは…」
「なんだよ!じゃ、僕が不誠実だっていうの?!」
「…てじゅのやしゃししゃはえいぎょうなんだろ…」
「…」
「おれにたいしてもえいぎょうなのか?」
「…ひらがな喋りで鋭い事言うな」
「…えいぎょうらったのかっ?!」
「違うよ馬鹿野郎!」

テジュンは軽く怒鳴って俺に背を向けた
いつものテジュンと違う…
俺達は少し距離をあけて暫く黙ってそれぞれの場所にいた


「はぁぁつまんない!イナ、デートしよう!今日店休めよ。どっかのホテルにしけこんで、一日中お前を抱きたい」
「…」
「なぁんだよぉ…帰ってきてからまともにヤってねぇもん!」
「…まともに話してもいない…」
「は?しただろうが!研修の話も先輩の話もっ!」
「…ほんとにこの仕事、やる事にしたの?」
「…」
「ほら…黙り込む…」
「考えてるの!」
「何を考える事があるの?楽しかったんでしょ?」
「…」
「もう決めてるんだろ?会社行かなくていいの?」
「明日まで休みだ…」
「…。何だよ…もう決めてきたんじゃん…、休み貰ってんじゃん…」
「…あさって、事務手続きに行く…」
「…」
「お前もついてきて」
「は?」
「先輩に会わせる」
「…は…」
「先輩が僕の恋人に会いたいって…」
「…」

テジュンは、ゆっくりと話し始めた
本格的にこの仕事を始めたらどうなるか
先輩がどういう条件を出してくれたか
その先輩が『テジュンの就職に反対している俺』に会って、俺を説き伏せようとしている(なんで?!反対なんかしてねぇよ!)
ただし先輩は、テジュンの恋人が女だと思い込んでる…(そりゃ普通はそうだろう…)

「俺の事、隠しときゃいいじゃん…」
「そんな事、したくない…」

俺達はまた黙り込んだ

「はぁ…。だめだ…。頭がまわんない…ヨンナムのせいだっ!」
「テジュン…」
「はぁ…こんなとこにいても辛気臭いだけだし退屈だ。なぁって、今日店休めよぉ」



※160に続く







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