「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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ぴかろんの日常
リレー企画 178
波紋 足バンさん
ハリョンをランチに誘った
ひとりで食事する気にはなれなかった
「お疲れさま、今日は調子良かったわね、何かいいことでもあった?」
ギスのオフィスで打合せしてる間、映画のことは忘れていられた
どういうわけかいつもより頭の回転もよかったな
「君こそ冴えてたじゃない」
「ふふ…やる気になってるの」
「株主はどう出るかな」
「あなたの腕次第よ、でもギスが筆頭だからとにかく彼を説き伏せなくちゃね」
「ありがと…ハリョン」
「あらたまって変なの…何か困ったことでもあった?」
「何だよどっちに見えるんだよ」
「さぁね、あなたって頑張り過ぎてわからない時があるから」
目の前のピザがうまそうに見えない
ひとつため息をつく度に朝のサンドイッチの味が蘇る
「ね、あの人のどこがいいの?」
「へっ?」
「あなたの大切な人」
「何だよいきなり…動揺するじゃない」
「この仕事応援してくれてるんでしょ?」
「うん…一応」
「前に言われたのよね…あなたを傷つけたら許さないって」
「スヒョンに?」
「ちょっと釘刺しに行っちゃった時にね」
「…」
「僕にとって重要なのは彼の…彼ってあなたよ、彼の充実した人生だ
その中に僕がいるかどうかは問題じゃない、だから僕を脅しても無駄だって
すごい台詞よね、思わずメモっちゃった」
その中に…いるに決まってるじゃない…
いるからこんなに…
「そういう人が側にいるならちょっと安心」
「うん?」
「これからの私たち想像以上に大変だからよ…」
「あ…うん…」
僕は味のしないピザ(彼女はおいしいと絶賛してたけど)を食べて
店に出るまでギスの会社の資料室にこもることにた
午後遅くになってドンジュンから電話がはいった
調べものがあるからぎりぎりまで仕事をして直接店に行くという
「おまえ大丈夫?」
「何が?」
「何がって…あの…朝の件だけど」
「あああれね…もう決まった?」
「いや…まだ何も連絡ないけど」
「ふぅん…まぁなるようにしかなんないでしょ、じゃ」
「ドンジュン、晩メシは?」
「う…ん…わかんない仕事次第、じゃ」
「ドンジュン?」
「何?」
「いや…じゃあ店で」
「じゃぁね~」
ばか…また変なテンションになりやがって…
僕はその日で一番大きなため息をついて携帯を切った
ミンチョルからも監督からも何の連絡のないまま時間が過ぎ
いつもより早く店に出て事務処理をこなす
正直言ってミンチョルの件は諦めかけていた
あいつがOKするとは思えないし
冷静に考えれば考えるほど無茶な気がしてきた
ミンチョルとヒョンジュが重なったというのも
父の愛情に恵まれなかったヒョンジュの生い立ちと
ミンチョルのプライベートな部分が重なったに過ぎないのかもしれない
監督たちの言葉に少しのぼせただけだ
ミンチョルが断った場合
今度は僕が違った意味で監督を説得しなくては
音楽の仕事に支障をきたさぬようにうまく立ち回らなくては
そんなことばかりを考えていた
だから
やはり早目に店に現れたミンチョルの口から
OKしたと聞かされた時は耳を疑った
「ほんとに?」
「ああ」
「やらないと音楽やらせないとか脅されたのか?」
思わずそんなことを口走った
「そんな事ないよ、ちょっと芝居がかったふりされたけど」
「本当にいいのか」
「自信はないけど、やってみる」
僕は立ち上がってミンチョルを覗き込み肩を掴んだ
抱きしめようかと思ったけれどちょっと自制心が働いた
そしてギョンビンが快く受け止めてくれたことを聞いて再び驚いた
「いい物を作るのがおまえに対して恩返しになるだろうって」
「そんな事を・・」
「てっきり目を吊り上げると思ってけど、優しかった」
「思ったよりあいつ大人だな」
「ふふ・・そうなんだ。頼りになる」
「のろけるな、ばか」
思っていたよりもミンチョルはずっとさばさばとしていた
ギョンビンに後押しされて気持ちが決まったのだろうか
その笑顔につられて僕も何となく気が軽くなる
受けてくれたことは心から嬉しく思ったが
その分自動的に別の心配事も増える
ギスの所から直行し開店ギリギリに店に入った
ロッカー室から出ようとすると
ミンチョルさんが事務室から出て店内に入るところだった
その流れるメッシュの髪に心臓がどきんと音を立てる
そっと事務室のドアを開けるとスヒョンは後ろ向きに座っていた
黒いシャツのその背中が今日は遠く感じる
今…
何考えてるの?
そう思った瞬間スヒョンは突然椅子を回転して振り返り…僕の口は勝手に動いた
「あの…今夜僕仕事入っちゃったんだ」
嘘ばっか…
「だから遅くなるから寮に帰る」
「そう…」
「じゃ店に出るわ、予約入ってる?」
「ドンジュン」
また心臓が音を立てた…
微笑んでるスヒョンの目が…ちゃんと笑ってない
「ミンチョルが…引き受けたそうだ…」
「…」
「つまり…」
「そう…けっこうすんなり決まったんだ」
「ああ…」
「そっか」
「ギョンビンも…応援してくれたらしい」
「え…?」
「絶対できるから頑張れって言われたって」
「ホント?」
「そう言ってた」
マジで…?
「ドンジュン…もう一度ちゃんと話…」
席を立とうとしたスヒョンを止めた
「ごめん」
「ドンジュン…」
「あの…やっぱちっと頭が追いつかない」
「…」
「ごめん…ギョンビンみたいに言えなくて…」
「…」
「思いきりシミュレーションしてきたんだけど」
「何を?」
「にっこりドンジュン」
「…」
「ひと晩考えてみるから」
「考えるって…何を?」
「だから…何かを…」
「…」
「ごめん…」
スヒョンはそれ以上何も言わなかった
その日は指名がなくてもひたすら誰かのヘルプについて
やたらと喋っていたような気がする
閉店後は仕事を口実にすぐに店を出た
スヒョンが風邪ひくなよと言って道路まで見送ってくれた
RRHの近くまで行って
何度もギョンビンに電話をかけようとして思い留まり
寮に帰ってふとんを被って丸まった
ジンとヒョンジュ…
愛し合いながら想いが叶わなかったふたり
「狂う程ヒョンジュが愛しかった」
いきなり思い出したジンの台詞が身体を突き抜けて
また心臓がめちゃくちゃに騒ぎ出す
僕の頭のどこがそんな言葉を憶えていたんだろう
はっきりしてきた…何てことはない…単純なことだ…
ベッドシーンがどうのじゃない
あのふたりがあのふたりになるってことが恐いんだ
スヒョンがジンになってヒョンジュにのめり込む
あのミンチョルさんにのめり込む
仕事だってわかっててもめちゃくちゃ恐い
どうしよう…情けない…
スヒョンがあんなに一生懸命創ろうとしてるのに
どうしよう…
何で…僕はこんななんだろ
スヒョンには堂々としてろなんて偉そうなこと言っておいて…
自分は肝心な時にこのザマだ…
眠れぬ朝を迎えて
僕は散々迷って携帯を手にとった
「どうしたんですか…ひどい声ですよ」
「うん…あんま寝られなかった」
「大丈夫ですか?」
「ん…ね…ギョンビン…おまえさ…どうやってそんな吹っ切ったの?」
「え?」
「映画のこと」
「映画って…」
「ミンチョルさんのこと」
「ああ…だって彼すごく頑張ってたから」
「…マジ?」
「は?」
「おまえって…すごいんだな…」
「え?」
「僕は…だめ…情けないけど…整理できない…」
「どうしたんです今頃」
「今頃って…」
「ドンジュンさん…何言ってるの?」
「ミンチョルさんのことに決まってるじゃない」
「だから…音楽のことでしょ?」
「そんなのはどうでもいいよ…ヒョンジュの話だよ」
「ヒョ?」
「だからミンチョルさんのヒョンジュのこと」
「…」
「はぁ…それ以外ないじゃない…」
「…」
「ひと晩考えたけど…ホント情けないけど…」
「…」
「ものを創る気持ち…理解したいんだけど…」
「…」
「ね…どうしたらいい?」
「え…あ…?」
「ごめん…やっぱおまえにしか話せなくて…」
「いえ…あの…ドンジュンさん…」
「ん…」
「どういうこと?」
「何が?」
「ヒョンジュって…どういうこと?」
「…」
「…」
「…え?」
「…え?」
stay 2 ぴかろん
僕はとうとう閉店まで『オールイン』にいてしまった
チュニルさんに礼を言ってお金を払おうとしたら、私が無理にお誘いしたのですからと受け取ってもらえなかった
水の空ボトルをかついでトラックに戻った
仕事中だったのにな…
すっかり冷え切った車内が暖まるまで、僕は運転席に座って『オールイン』の裏口を見つめていた
一人、二人と『オールイン』の従業員が裏口から出てくる
イナが背の高い耳の尖った人と一緒に出てきた
何か談笑しながらこちらの方に向かってくる
路地を抜ける手前で、イナと耳の尖った背の高い人はがっつりと抱き合っていた
「誰とでもハグするなぁ…」
僕は独り言を言いながらフッと笑った
イナは耳の尖った人に手を振り、くるりと向きを変えて歩き出そうとした
そして僕をみつけた
なんで…まだいるの?…
目が合ってしまった…
無視するのはおかしいよな…
一言挨拶すればいいか…
俺はヨンナムさんのトラックに近づいて窓をコンコンとノックした
「誰かと待ち合わせ?」
「寒くてさ、車あっためてたらお前が出てきたの…」
「ふーん。もうあったまったんでしょ?…じゃあね」
「送るよ」
「…いいよ…歩いて帰る」
「送る」
「…」
「乗って」
ヨンナムさんの笑顔に逆らえなくて、俺は誘われるまま助手席に乗り込んだ
「すみません」
「テジュンに怒られるかな…」
「うん」
「黙ってるんだよ」
「…。ヨンナムさん…」
「ん?」
「俺、テジュンにこれ以上内緒事を増やしたくない」
「…」
「だから…」
「…そんなにテジュンに遠慮する事ないだろ?」
「遠慮じゃないよ」
「あいつだって好き勝手してるんだよ。僕が君を家まで送ることぐらい」
「遠慮してるんじゃないよ…。送ってもらえるって嬉しいしラッキーだけどさ、もしテジュンが知ったら後からグチグチ言われるの、俺なんだもん…」
「…」
「テジュンのオーケーが出てるなら、あいつが何言ってきても対抗できるけどさ…」
「…。解った。テジュンには僕から話す。途中で見かけたからイナを乗せて送ったってさ、それでいいだろ?」
「…」
「友達に会うのになんで一々アイツの許可なんか…」
「そんなに…」
「ん?」
「会う必要ないじゃん、ヨンナムさんと俺…」
「…」
「でもせっかくだから今日は送って…」
「…」
ヨンナムさんは黙り込んでしまった
怒らせただろうか…
そのまま無言でヨンナムさんはRRHまで送ってくれた
ありがとうと礼を言って車を降りると、ヨンナムさんはすぐに車を発進させた
怒っちゃったみたい…
だって…
貴方と二人きりでなんて居たくないよ、ヨンナムさん…
トンプソンさんにただいまと言ってエレベーターで40階に上がる
ギョンジンはまだ帰ってないみたいだ
ミンチョルたちはいるんだろうか?
リビングを抜けて部屋に直行する
暗い部屋の窓から、キラキラした夜景が見える
俺はタバコを咥えて窓辺でそれを眺める
火をつけたとき電話が鳴った
テジュンかな…
「ヨボセヨ」
『イナ』
ヨンナムさん…
『ヨンナムだ』
「…」
『テジュンに許可を貰えばいいんだろ?そしたら君に会いにいってもいいんだろ?』
「ヨンナムさん…」
『友達ってだけなのになんで変に意識しなきゃいけないのさ!テジュンのバカが異常にジェラシー感じてるだけじゃないか!』
「ヨンナムさん…」
だってそれは…
『せっかく…素直な気持ちで話せる友達ができたのに…自由に会えないなんて…そんなのいやだよイナ』
「テジュンは」
彼女が貴方の方を向いてしまった事がずっと…
『何もかもアイツの思うとおりになんてさせない!君ももっと言ってやれよアイツにさぁ!』
「アイツは…」
ずっと心に張り付いてて、だから俺も貴方の方に行っちゃうんじゃないかって不安でそれで…
「バカだからさ…なおんないんだ、死んでも…」
『…』
「そういうバカを好きになっちゃった俺の宿命だよ」
何だこの言い訳…
『…。僕、お前を困らせてる?』
「ううん…そんなじゃなくて…」
ヨンナムさん…
『…わかった…。めんどくさくてもテジュンに一々断るよ…。なら安心だろ?』
「…」
『お前になら色んな事素直に話せるんだもの…。友達でいてくれるって言ったよね?』
「ヨンナムさん」
『約束だよ…イナ』
そう言って電話を一方的に切ってしまった
あの手の顔はきっとみんな、優しくて暖かくて思いやりがあって…自分を隠して人のために動いて…そして強引で…結局自分の思い通りにうまくやるんだ…
ベッドに電話を放り出してまた夜景を見つめた
俺はどうしたいんだった?
あの人とアイツを守るんだったよな…
これでよかったのか?
いいんだよな…これで…
吸っているというより、ただ火を点けただけのタバコは、その長さの半分ぐらい灰になっている
その灰の中に赤々と燃えている火が覗く
まるで俺かな…
灰を灰皿に落として、短くなったタバコを吸った
暗闇のシルエット れいんさん
店がはねた後、いつもと同じ様に帰路に着く俺たち
俺はドンヒが、何事もなかったように
「今日はどこに帰る?」って話しかけてくれるのを期待していた
「ヨンナムさんちのメシが食いてえ」
答えだってちゃんと準備していた
でもその日のドンヒは、俺に背中を向けたまま
口も利かず、振り返りもせず
寮までの道のりを淡々と歩いていた
心はあるんだ、僕にだって・・
そう言って俺の手を振り解いたドンヒ
苦しげに歪んでいたあいつの横顔・・
そんな事は今まで一度だってなかった
あいつが俺を拒絶するなんて考えた事もなかった
あいつがどこか遠くへ行ってしまいそうな・・
もう取り返しがつかないような・・
いや、そんなの考えすぎだ
そんな事・・あるはずない・・
あいつの袖をちょんと引っ張り、ぶっきら棒に
「さっきは悪かったな」
そう言いいさえすれば、いつもみたいに
「馬鹿、しょうがない奴だな」って
あいつが俺を羽交い絞めにして、二人で笑い合って・・
それから、あいつが、俺の頭をくしゃっとして
俺はあいつの胸めがけて、げんこで軽く反撃パンチ
そんな風になれる気がして・・
だから何度も言おうと思った
悪かったって・・その一言を・・
でも・・言えなかった・・
今回ばかりはそう簡単にはいかないんじゃないかって、そんな気がした
ドンヒの背中がそう物語ってた
手を振り解いたあの時の、あいつの横顔が瞼に焼き付いてる
今、拒絶されたら・・俺・・また・・心にひびが入ってしまう
何か言葉をかけたら、それが現実だと認めなきゃいけなくなる
こんな時、どうしたらいいんだよ
こんな時、どうしたらいいかなんて、誰も教えてくれなかったんだ
俺、学がないから、んなの分かんねえから・・
俺・・俺・・不器用で馬鹿だから・・
誰か俺に教えてくれよ・・
昔から俺は孤独に慣れてた
厄介者扱いされてた事だってある
とんでもない奴だって、恐れられてた事だってある
でもそんな俺を愛してくれた人もいた
俺を愛してくれた人は、いつだって、心の準備もないままに、俺の前から突然いなくなる
俺を連れて行くと約束したのに、ハス兄貴は俺の手の中で帰らぬ人になった
どん底の生活から抜け出し、兄貴と一緒にやり直すつもりだった
だけど、そんなささやかな希望も、その時に砕け散った
そしてあの時もまた・・
あいつを自由にする為に、方々まわって金を工面した
今度こそ誰にも邪魔させない
あいつと二人で幸せになる
そう思ってあいつの元へと急いだが、もう遅かった
あいつは冷たくなっていた
たった一人で背負い込んで・・
哀しみだけを俺に残して・・
あの時俺は、人目もはばからず泣いた
なぜ待っててくれなかった・・
なぜ逝ってしまったんだ・・
天を仰いで、神を呪って、世の無常を嘆いて
俺は・・声をあげて泣いた
今度もまた・・そうなのか・・?
すぐ傍にある時には気づかずに、いや、気づかない振りをして・・
いつの間にか傷つけて・・
遠ざかってしまってから手を伸ばしても、もう届かない
体中が音をたてて軋みだし、心の中のあちこちがひび割れる
声を上げて泣いたって、もうそこには誰もいない
あの時のように・・
ふっ・・
何を感傷的になってるんだ
昔の事なんか思い出して・・
ドンヒとはまるで関係ない事だ
そうさ、もうどうだっていい事だ
ドンヒが離れていったって、それがどうした
そっちの方が気楽でいいさ
面倒な事は何もないし、好きな様に生きていける
ドンヒの奴だって、勝手にすりゃいいんだ
独りぼっちだって俺は平気だ
そうさ・・平気だ
その日の夜、俺達はほとんど会話らしい会話もないまま
灯りを消し、眠りにつく
気まずいままここにいるより、自分の部屋に戻ろうかとも思った
だけど俺の部屋は空っぽ同然で、荷物もほとんどこの部屋に持ち込んでいる
それに・・「部屋に戻る」・・その言葉さえ、かけられずにいた
ドンヒはソファに寝そべり、上掛けに身体をすっぽりと包み込んでいる
俺にベッドを明け渡して
もう・・寝ちまったのか?
俺はベッドに胡坐をかき、枕をぎゅっと抱きしめた
微かにドンヒの匂いがした
暗闇に浮かび上がる青い光が二つ見えた
暗闇に同化したブルーは、瞳だけが青いビー玉みたいに光を放っていた
チリンと鈴の音が聞こえた
そしてそれはドンヒの上にしなやかに飛び移り、夜の闇に溶けた
俺は上掛け越しのなだらかなシルエットをちらちらと盗み見た
「眠れるか?」
「寒くないか?」
心のどこかであいつの言葉を待っていた
だけどソファの上のシルエットはぴくりとも動かなかった
俺は諦めて、枕を抱いたままごろりとベッドに転がった
俺・・ずっとドンヒに甘えていたのかな
家族みたいに、傍にいるのが当たり前になっていた
愛だとか恋だとか・・そんなもの、俺には分からない
おまえが必要だ・・
それじゃダメなのかよ
そっぽ向いたりすんなよ。
寂しいじゃねえかよ・・
それだけじゃ・・ダメなのかよ・・
変な夢にうなされながら、迎えた最悪な朝
もしかしたら何もかもがただの夢だったのじゃないかと思った
上掛けから首だけ出してそっと辺りを覗う
ドンヒの姿はない
ブルーもいない
冷めた朝食がテーブルに並んでいる
誰もいない部屋
一人取り残された俺
やっぱり夢じゃなかった
俺は一人ぼっちだ・・
そう確信した俺は、もう何一つやる気になれず、またベッドの中で丸くなった
hit ぴかろん
しばらくぼんやりと夜景を眺めていた
また電話が鳴った
テジュンだろう…多分…
『イナさん?ウシクです』
「…あ…ああ」
『あの…明日空いてます?』
「うん…。引越し?」
『少しずつ荷物運ぼうと思って…』
「解った。じゃあ俺の荷物、まとめに行くわ」
『…ほんとにいいんですか?』
「うん。どうして?」
『…いや…何となく…悪いような気がして…』
「ウシク」
『はい?』
「…嬉しい?」
『…』
「ん?」
『嬉しいけど…ちょっと不安…かな』
「へええ…ラブラブのお前達でも不安に思うの?」
『ラブラブだなんて…えへへ…あは…うふ。なによ先生!今イナさんと喋ってんだから…。え?うんうん…ああもう!へったくそ!僕が後でちゃんとたたむから!
…ごめんイナさん…』
「…なに?イヌ先生、不器用?」
『家事はね…ダメだね…』
「じゃあ何ならいいの?」
『んと…講義とか授業とか…』
「…」
『かっこいいんだ…』
「…。ウシク、家で講義だの授業だのやってるの?」
『あ…ん…と…。いつ現場に復帰してもいいようにさ…、練習…』
「…現場復帰…。先生に戻るっての?」
『戻る場合もあるかも…』
「ホ○トやってんのに?!」
『…ありえないか…』
「うーん…くふふ…ホ○トだった教師…進学校には就職できねぇな、ふふ。…おい…ウシク、まさか色っぽい講義受けてるんじゃないだろうな」
『…』
「ん?…そうなの?!」
『いや…まぁその…いろんな疑問点を解決するためにさ、ディスカッションはやってるけど…。議論が白熱してくると先生がミニ・ホワイトボードをだしてきてさぁ…
ぅふん…で…眼鏡をね…くふん…かけてくふ…。まず右から左にラインをすーっと…』
「…」
『そこでもう僕はノックダウンされるんだけどさ…でも倒れてると先生のいいように話が進んじゃうからぁ、僕は頑張って講義についていく』
「…。ウシク…。何の講義?」
『同性における役割分担並びに専門技術施行交替のタイミング…』
「…なにそれ…」
『僕達には大問題なのよ…』
『ウシク!ベラベラ喋るんじゃない!』
『うっさいなぁ今日はディスカッションやる暇ないでしょ?!昨日決めたとおり片付け終わったら【僕】だからねっ!』
『ウシク!』
「あの…ウシク?」
『あ…ごめんね、あのだから明日…』
「いいよ。何時?」
『10時頃にイナさんのあっちのマンションに行くつもり…』
「オッケ…じゃそれぐらいに俺も行くから…」
『はい。よろしくお願いします』
「ウシク」
『ん?』
「今日は【お前】なんだな?」
『…』
「きひひ。おやすみ」
『おやすみっ!』☆
電話を切ってから俺はイヌ先生とウシクのカップルを思い、ニヤニヤしてしまった…
よかったなぁウシクも先生も…幸せそうで…
…荷物って…冬物ぐらいだよなぁ…残ってるの…
またタバコを取り出して夜景を見つめながら店の仲間の事を考えた
俺の一番居心地のいい場所…
一番楽しい場所…
風呂に入ろうかと思い、準備していた時、また電話が鳴った
今度こそ…テジュンだろう…
『イナ!僕だ!無事か?』
やっぱり…
「無事って何が?」
『朝、ヨンナムに送ってもらったんだろ?んで?無事か?何もなかったか?』
「ないよ何にも…。さっき店にヨンナムさんが来たよ」
『店?…配達か?それなら仕方がない』
「ううん…客席にいた…」
『なんだって?!そんな事一言も言わなかったぞあいつ!昨日に続いて今日まであの野郎、営業妨害じゃないか!僕が厳重に注意しておく!』
「テジュン…」
『なんだっ!』
「あんまりヤキモチ妬かないでよ…」
『…』
「俺とヨンナムさんはただの友達だよ。テジュンがそやって嫉妬すると、俺、変に意識しちゃうじゃない…」
『…』
「何もないのにさぁ…疑わないでよ…」
『…おんなじ事…ヨンナムに言われた…今…』
「ヨンナムさんが?」
『…帰りも送ってもらったんだって?』
「うん」
『…何も…』
「なんにもないよ!しつこいな!心配しすぎだよ!」
『…ごめん…』
「俺はお前の事、裏切ったりしないよテジュン」
『…』
「だからお前、俺の事しっかり掴まえておいてよね…」
『イナ…』
「…テジュン。今度休み、いつだ?」
『え…』
「前もって休み貰うからさ…」
『あ…イナ…』
「休み取るなら自分でちゃんと取りたいからさ…」
『…うん…。明日聞いてくる…』
「その日はずーっと…その前の晩からずぅっと一緒にいようね」
『…イナ…』
「二人っきりでずっと…。旅行なんかしなくていいから…二人で一緒にいるだけでいいから…ね…」
『…わかった…』
俺達は、互いに『愛してる』を言い合って電話を切った
ふっと息を吐いてまたタバコに火をつけた
このまま、この調子で…形から入っていけば必ず気持ちはついてくる…
モヤモヤはタバコの煙と一緒に吐き出して…
コンコン☆
誰かがノックする
返事をする前にドアが開いた
ラブだった
「なによ、お前毎日こっちに帰って来てるの?」
「うん…今はね…気になって…」
「ギョンジンとこにいればいいだろ?」
ラブはまた俺を背中から抱きしめた
そして呟いた
「ヨンナムさん…なんだろ?」
俺の心臓がぎゅんっと痛んだ
「…なに…が…」
「…イナさんの好きな人…言えばいいのに…あの人なら…」
「…」
「あの人、今日BHCに配達に来た時ね、店を覗いてイナさんのこと探してた…。あの人もきっとイナさんの事好きなんだよ…」
「…友達としてな」
「そうだとしても…イナさんが気持ちを伝えたらきっとちゃんと受け止めてくれ」
「お前もう出てけよ!」
「…」
「…もう…突かないでくれよ…」
「イナさん…」
「ギョンジンが首長くして待ってるだろ?早く行ってやれよ!俺の事なんか心配しなくていい!俺はテジュンと仲良くやっていくんだから!」
「イナさん…。キスしたんだろ?」
「…」
「あの人とキス」
「ラブ」
「イナさん!」
「やめてくれ…」
「だって」
「…普通のキスじゃない…」
「…キスはキスだよ!」
「どういう状況だったか知らないくせに…」
「じゃあどういう状況だったか教えてよ!分析してやる!」
「…説明する気はない。…口出ししないでくれないか…」
「…」
「突かないでくれよ…頼む…」
「…」
ラブは押し黙ったまま俺を抱きしめる腕に力を入れた
「今日は…泣かなくていいの?」
「…ん…」
「うまくやれたの?」
「…ラブ…。俺がヨンナムさんの事好きだって…バレバレか?」
「ううん…解んないよ。たまたま俺がヨンナムさんの様子にピピっと来ただけだよ…」
「…じゃあ俺、このまんまでうまくやれるかな…」
「…」
「なぁ…」
「…。うん…。うまく…行くよ…」
腕をすっと離してラブは静かにギョンジンのところへ戻って行った
ベッドに寝転がって天井を見つめる
何も考えたくないし何も感じたくない
とても…とても疲れてしまった…
「ウシクと喋っていい気分で眠れそうだったのに…ばか…」
誰にというわけでもなく悪態をつく
うまく気持ちを切り替えられない…
『友達でいてくれるって言ったよね?』
はぁ…
ため息をついて目を閉じた
衝突 オリーさん
昨夜僕らは愛し合った
イギリスから戻ってきてはじめて彼は僕を求め僕はそれに応えた
僕は懐かしい彼の香りに包まれてとても幸せだった
そして・・その余韻と共に彼の腕の中で眠りについた
とても穏やかで安らかな時間・・
朝ドンジュンさんからの電話を受けるまでは
とんでもない勘違いをしていた
考えてみると、彼は何も言わなかった
ただできるだろうか、と僕に聞いただけだ
とても不安そうな顔で
おかしいと思った
あんなに自信たっぷりでプレゼンに行ったのに
だから何かあったんだと思った
だから励ましてあげたいと思った
でもそれが・・ヒョンジュの役だなんて
それまで弱気な事を言っていたドンジュンさんが
僕が勘違いをしていたと知って、しばらく電話の向こうで押し黙った
そして次に口を開いてからは怒涛の連発
お前本読んでないだろ、え?読んだ、じゃ話は早いわ
いいか、ジンとヒョンジュをあの二人がやるんだ
おい、大丈夫か?
落ち着けよ
気をしっかり持つんだ
おい、聞いてるのか?
何か心配だったら僕に言えよ
同じ境遇だから、愚痴ならいつでも聞いてやる
いいか、変なこと考えるなよ
あの二人がジンとヒョンジュをやるからって、あれは映画だからな
スヒョンとミンチョルさんが、あの・・その・・どうこうなるって訳じゃないんだ
わかってるよな、いいな?
僕は大丈夫
うん、全然平気
だからお前もさ、元気出せよ
いいか、くれぐれも変なこと考えるなよ
映画なんだから、いいな?
くどいほど念を押して、電話は切れた
僕は携帯を握りしめてしばらくぼうっとしていた
それから立ち上がって彼のデスクの上の本を手に取った
そしてベッドにもたれてもう一度読み直し始めた
彼がヒョンジュをやることを前提に・・
『狂う程ヒョンジュが愛おしかった・・』
心臓を鷲掴みにされるようなこの台詞にぶち当たった時、彼の気だるそうな声が聞こえた
「どうした、何してる?」
一気に頭に血がのぼったまま、僕はベッドの淵から彼を振り返った
「ヒョンジュをやるんだって?」
彼はかすかに首をかしげた
「そうだよ。できるって言ってくれただろ」
「違うよ」
「え・・」
「一言も言わなかったじゃないか。ヒョンジュをやるなんて」
「そうだったか」
「僕は映画音楽のことで悩んでいるのかと思った」
「じゃあ昨日できるって言ってくれたのは」
「音楽のことだよ」
「・・・」
「ヒョンジュ役を引き受けたなんて聞いてないからね」
「やっぱり・・」
「僕は聞いてないから」
「無理だと思うのか」
「え?」
「やっぱりできないと思う?」
「それとこれとは話が違う」
「でも、無理だと思うのか」
「そういう意味じゃないよ」
押し問答の末、彼は小さいため息をついた
それを見た僕は大きな声を出した
「僕の言ってるのはそういう事じゃないっ」
彼は目を開いて僕の顔をじっと見つめた
「できるとかできないとか、そんな事じゃないっ」
彼はゆっくりと上半身を起こした
「じゃあどんな事なんだ?」
「わからない?スヒョンさんがジンをやるんだろ」
「そうだ」
「狂おしいほどヒョンジュを愛してるジンを」
「ミン・・」
「これでもわからない?」
「僕とスヒョンの事を心配してるのか」
「心配?それどころじゃない、こっちがどうにかなりそうだよっ」
話すほどに僕は止まらなくなって、手に持っていた本を彼の方へ投げつけた
本は起き上がった彼の胸のあたりに当たって落ちた
彼はそれでも動かず、僕をじっと見つめていた
彼の視線に耐え切れず僕はさらに続けた
「わざとでしょ」
「何?」
「僕が誤解するように、わざとはっきり言わなかったんだ」
「そんなつもりはなかった」
「どうかな。スヒョンさんが絡んでるからはっきり言わなかったじゃないの」
「スヒョンは、ミンが応援してくれると言ったら喜んでた」
「そりゃそうでしょ。ベッドシーンまである映画だもんね。僕公認だったらやりたい放題でしょ」
「下品な言い方はやめろ」
「紛らわしいやり方したのはそっちでしょっ」
それからしばらく沈黙が続いた
興奮している僕は彼の目から何も読み取れず、彼は僕をまっすぐ見つめていた
彼の手がつと動いて彼の脇に落ちた本を拾い上げ、低い抑揚のない声で言った
「ミンの気持ちはわかった。反対なら仕方がない。でももう決めたんだ。
僕はヒョンジュをやる。ミンがどう思おうとヒョンジュをやる」
そして本を持ったまま僕と反対側のベッドに降り立った
「これは僕がスヒョンから預かった本だ。乱暴に扱わないでくれ」
そう言って本をデスクの上に戻すと、彼は出口へ向かった
「決めてたなら、ヒョンジュをやるって決めてたなら、何で僕に聞いたの?
勝手に決めて勝手にやるのなら、僕に聞かなくてもいいじゃないか」
僕は彼の背中に思いついた言葉を投げつけた
彼は振り向いてきっぱりと言った
「昨日は本当に迷っていた。僕にできるかどうか、真剣に悩んでいた。
でも今は違う。ミンがどう言おうと僕はヒョンジュをやる。」
そしてドアを開けて出て行った
残された僕はただ事の成り行きに呆然としていた
彼は怒った
静かに激しく怒った
僕は地雷を踏んづけ、地雷は大きな音を立てて爆発したのだ
あんな言い方をするはずじゃなかったのに
もっと落ち着いて聞いてみればよかったのに
でも・・
どっちにしたってやるんじゃないか、ヒョンジュを・・
スヒョンさんと一緒にやるんじゃないか
あの人がジンで彼がヒョンジュ・・
あんまりじゃないか
ジンとヒョンジュの映像が僕の瞼の裏にちらちらと浮かんだ
どれくらいベッドのへりに座り込んでいたかわからなかった
突然ドアが開いた
スーツを着た彼がすっと入ってきた
デスクの上の書類とあの本を手際よく取り上げると言った
「出かける。夕食はいらないから。先に休んでくれてもいい」
そして出口のところで振り返った
「それから・・ドンジュンとミンのデビュー曲を映画に使おうと思っていた。
でも嫌ならやめてくれていい。できないならできないと早めに教えてくれ。
代わりを見つけるのは簡単じゃないから」
事務的な口調でそう言うとすぐに出て行った
僕とドンジュンさんの歌をあの映画に使う・・
スヒョンさんの映画に、みんなで関わりましょうって事?
そんな事、もうどうでもいい
僕はただ興奮して混乱していた
一緒に暮らしても、何度愛し合っても
やっぱり僕は
あの人にかなわないのだろうか・・
スヒョンさんが頭の中で微笑んだ
落ち着きのある、人を包み込むようなあの柔らかい笑顔で
替え歌 「楽園のDoor」 ロージーさん
陽だまりの 窓辺から 凍える街並見下ろせば
淋しさも 憎しみも ガラスの向うの物語
そうさ 世界中が 他人事なら
傷つかずに過ごせるけど
俯かず生きてゆきたくて
楽園のDoorから…ひとり
冷ややかな 階段を ざわめきの海へ降りてゆく
あこがれと とまどいが ぶつかってもつれる街角
そうさ つまずいて傷ついても
遠回りでも かまわないさ
一歩ずつ 夢見た景色に
近づいてゆきたい…いつも
青空の まぶしさに こころが小さく震えてる
だけど 人の波に 流されないで
まっすぐ前に 歩けたなら
いつの日か煌く未来を この手で抱きしめたい
新しい靴は 少しぎこちなくて かすかな痛み
ひきずるけど
一歩ずつ 履き慣らしてくよ
明日を踏みしめるために
(来生たかお『
楽園のDoor
』)
観察する人々 ぴかろん
僕達の夜は最近大人しい
あの、ダーリンの大変なアレ以来、ちっとご無沙汰である
精神的な面は、イナや僕のフォローがあって(腐ってもクソジジイの名前は口にしたくない)ダーリンも日常に戻れたけど
大事な部分がちっとまだ…ナニがアレなんで「やだ!」と拒否される…
僕の方は準備万端なのだがなぁ…うん…
そんなわけでダーリンを胸に抱いて静かにぐっすりと眠る毎日だ
いつもより僕に甘えているように思う
だっていつも僕に乗っかった状態だし(時々うなされる僕…)、僕の腕は枕だったり襟巻きだったりする
そして「ここがさむぅいくふん」なんて甘えてくるから、仕方なく…くふふんけひん…その寒い部分をさわさわと触りながら
そしてペチ☆なんてされながら…しっかり巻いてあげるのである
俺達の夜は最近平和だ
俺の過去の話をして以来ちょっとご無沙汰である
心の方はイナさんやテジュンのおかげで幸い修復できたけど
でもやっぱり『そういう事』をすると、引きずり戻されそうな気がして怖い
能天気なエロ男はくふんくふん発情してるけど、俺は「やだ!」と拒否している
能天気なエロ男は俺の傷が治ってないんだと了解してはいるが、その傷が『心の傷』だって事は了解していないようだ
バカ!
あんまりバカなんで何も言う気になれず、敷布団がわりに下に敷いてぐっすり眠っている
枕のかわりにもなるし首も寒くない
ここが寒いぃぃん…と鼻にかかった声を出すとくふんくふん言いながらその部分に巻きついてくれるので便利だ
僕達の危機を救ってくれたイナは、それから二、三日たって様子がおかしくなった
普段吸わないタバコを咥え、火を貸してくれと虚ろな瞳で控え室に来た
僕はライターの火をイナに貸したが、僕だと認識していないようで、虚ろに礼を言って外に出て行った
ダーリンにその事を言い、もしイナが寂しさのあまり僕にくちづけなどを求めてくるようであれば、僕はいつでも応える準備があると伝えた
ダーリンは口を尖がらかして(くうっ!むしゃぶりつきたいっ!)多少の文句を言い、僕の口にその愛らしい指をつっこんで僕の唇は自分のもの!とでも言うようにぎゅううっと引っ張った
爪が食い込んでとても痛かった…
そして心配をしなくてもイナは僕にくちづけなど求めてこない、自分がケアするからと言うのだ
ケア?
僕は少し気になったが、それよりも唇の痛みが激しくなってきたのでそろそろ離してくださいとお願いした
ダーリンは僕の蜜を僕のゼニアのスーツにねじくり、きったない!と叫んだ
酷い…でも…くふん…あはん…
イナさんが変だった…
バカがキスでケアするようなことをほざいたので爪を立てておいた
不注意でバカの唾がついてしまい、つい、バカの高級スーツに唾をねじくってしまった
ソクさんもイナさんがおかしいと気付いたようで、やっぱりスヒョクが心配そうに(ダブルで心配なんだよ、俺達の場合…イナさんの事でしょ?バカの勘違い過剰ケアの事でしょ?…はぁ…一度スヒョクととことん飲みたいな…)ソクさんの側についていた
詰め寄った俺達に、イナさんはただ「てじゅがいなくてしゃびしいだけ」と答えた
嘘つき…
そんなんじゃないくせに…
気にしてくれてありがとうと言うイナさんに、なおも「キスが・慰めが・必要ならこの僕を」と迫るジジイ二人をスヒョクと俺でシメあげた
イナさんは笑っていたけど変だった
翌日のイナも相変わらず変だった
店が終わってRRHに帰り、ダーリンと甘い夜を予定していたのだが、やはりイナが気になる
部屋に行こうとしていたイナをダーリンと二人で引きとめ、少し飲もうと誘った
ミンチョルさんは弟のお熱の看病があるからとお部屋にお戻りになられ、僕的にはちっと残念で、くふんくふんと寂しがるとダーリンが頭を叩いた
痛かった…
その後イナに「話す気があるなら聞こうじゃないか」と言ってみたがイナから出てきた言葉は意外なものだった
「想いを終わらせる方法?」
…
そうだな…祭の時の僕はミンチョルさんから弟を取り戻そうと必死になっていた
弟を自分のものにしようと苦しみもがいていた(今では考えられな~いくふん…)
よかった…あの時弟とヤらなくて…
くふ…今はくふん…けへん…
ああゲホッ…ダーリンのことはくふん…いいとしてあはん…
イナだ!
イナの悩みに僕もダーリンも真剣に答えた
想いを吐き出させればいいのだと…
僕もダーリンもイナのお陰で随分楽になれた
イナが今、想いを吐き出させたい相手とは一体誰なのだろう…
「俺…なんでこんな苦しいんだろう…」
そう呟くイナは色っぽかった…
いや…そうではなくて…
苦しそうで力になってやりたいのにどうすればいいのか解らなかった…
あんなに助けて貰ったのに…悔しい…
虚ろなイナさんは狡いぐらい色気があった…
バカが一瞬目の色を変えたので、俺はもう一度殴ってやろうかと思ったぐらいだ
でもバカも流石に雰囲気を読み取ったようで大人しくなった
イナさんは二人で飲んでてと言って部屋に消えた
俺はバカと二人で飲んでてもつまらないので早々にバカの部屋に消えた
バカは何事か期待してたようだけど、俺はもう少ししたら任されるはずの仕事の勉強しとかないと…と思って買ってきた時計雑誌を広げて読んだ
ちらちらとイナさんの寂しそうな顔が思い浮かんだ
ダーリンはその日からお勉強モードに突入…
お勉強するなら自分のマンションに帰ればいいのに僕のところに来る
イナが気になるというのだ…
僕は、もうそろそろダーリンの傷も癒えているだろうとお誘いしてみるのだが、依然としてお返事は「No」である…
イナが店を休み、あのクソジジイに拉致監禁…いや…一泊旅行に連れ出された日も僕の部屋にやってきてお勉強だった…
「クソジジイに一泊旅行に連れ去られたイナ、さあ果たして何事もなく帰って来るでしょうか否か!」
…イナにひっかけてシャレたクイズを出したのだがダーリンはチラッと僕を見て、すぐにお勉強モードに戻った…
つまんない…
僕は先に眠った
バカが俺にクイズを出した
テジュンに旅行に連れてかれたイナさんが何事もなく帰って来るかって?
しかも「帰って来るか否か!」と駄洒落を入れて問題を出した
「何事も」とはどういう意味か?!アンタの言う「事」とはなんの事か?!
質問は百個ぐらい思いつくけど馬鹿馬鹿しいので無視…
テジュンなんだぞ!
あの…えっちの塊みたいな…くふ…テジュンと一緒なのにあのバカの言う「事」が無しで帰って来るはずないじゃん!
イナさんだぞ!
テジュンにぞっこんで寂しがりで『攻められ上手』のイナさんだぞ!
ヤってるに決まってるだろ!ぶぁか!
答える気にもなれず、俺は時計の本に目を落とした
バカはけひんけひん悲しがりながらいつの間にかスースー寝息を立てていた
平和なヤツ…
俺は時計の事が頭に入らず、イナさんが気になっていた
沈黙と嗚咽 れいんさん
今日は新人研修の日
緊張した面持ちの、基本的には同じ顔の新人が3人
チーフが、華麗にスマートに、そして魅惑的に、熱い指導をしている
あんな風に見つめられたら新人じゃなくたって、ガチガチになるだろう
あの3人が頬を赤く染めるのだって無理もない
僕達がこの店にやって来たのも、ついこの間のでき事の様だ
新人研修・・僕とホンピョとソヌさんとギョンビンさん・・
ふふっ・・そんな事もあったな・・
あの時の光景が懐かしく思い起こされ、僕の口元が少し綻んだ
「よお、ドンヒ。お前もとうとう先輩ホ○トになっちまったな。俺を見習って後輩達に慕われる先輩になれよな」
「あ、テプンさん・・」
「俺はなんてったって売り上げNo1のホ○トだしな、あのギョンビンだって俺には一目置いている
オーナーにも厚い信頼を寄せられちゃって参っちゃうよなぁ、チーフを差し置いてさぁ」
「ついでにつらのかわもあついです」
「ん?何か言ったか?ジュンホ」
「あ、いえ」
「それによ、宴会なんかあった日にゃ、そりゃもう俺がいないと、てんで話になりゃしない。なんつーか、自然とその場を盛り上げちゃうっての?
気がついたら俺の周りには人が集まってるっていうかさぁ、つまり、人望が厚いってわけだよな。まぁ、自慢じゃねえが先輩ホ○トのかがみってなもんだ」
「テプンさんのばあい、にぎやかなまんげきょうってとこですね」
「お?そりゃどういう意味だ?・・まぁ、いいや、ところでさ、ジュンホは今回の研修には声かからなかったか?」
「はい、それが『たいないどけい』のけんしゅうはいいですか?ってチーフにきいたら、こんかいは、にっていてきにきびしいからって」
「何だ、おまえもか。俺も、『旨そうに食べるコツ』や『フリフリ歩き』や『ダンボールの正しい被り方』やろうかって言ったんだけどさ
『また次の機会に』なんてさらっと言われちゃってよ。ドンヒだってそれ興味あるよなぁ?」
「・・そうですね・・」
「あん?何だよ。やけにテンション低いじゃねえか。おーい、ホンピョ、お前の相棒今日はどうした?腹の具合でも悪いのか?」
テプンさんは、離れた場所に立っていたホンピョに向かって言葉をかけた
ふいに声をかけられたホンピョはびくりと肩を揺らした
僕とホンピョの目が合った
あの日からほとんど会話をしていない
気まずい時間が長くなればなるほど
互いの事を意識すればするほどに
この状態を、修復するきっかけが見つからずにいた
「なんだ、なんだ、どうしたんだよ、二人とも。いつもだったらボケやツッコミの応酬だろうが。何でだんまりしてるんだ?」
テプンさんが僕とホンピョを交互に見比べて、不思議そうな顔をしている
あいつの目をまともに見るのは久しぶりだ
ホンピョは覗う様な表情で恐る恐る僕を見た
あいつの瞳の奥が、少しずつ、哀しみと諦めの色を帯びていく
胸が痛くて苦しくて、どうしようもなかった
そんな目をして僕を見ないでくれ
僕にどうしろと言うんだ
どうしてほしいんだ・・ホンピョ・・
僕の心をかき乱すのはもうやめてくれ・・
口がカラカラに渇いて声を出す事もできなかった
ホンピョは視線を床に落とし、それからフイッと部屋を出て行った
「おいおい、お前ら、いったいどうしちゃったんだ」
頭を掻きながら困惑するテプンさんに
「いえ、たいした事ではありませんから」
そう答えるのが精一杯だった
俺はたまらず部屋を出た
通路の壁に寄りかかり、煙草を咥え火を点けた
ひょっとしたら、何か言葉をかけてくれるんじゃないかと
心のどこかでまだ期待している自分に腹が立った
俺って馬鹿だな・・
もうあいつと俺は何の関係もないんだ
俺はひとりでもやっていけるって、そう思ったはずだろ・・
淡々と俺を見据えたまま、押し黙ったきりだったあいつ
何を考えているのか、その表情からは何ひとつ読み取れなかった
深く吸い込んだ後、ふうっと煙草の煙を吐きだす
ゆらゆらとした白いもやが、俺の周りをぐるりと取り巻きやがて消えていった
燻らせた煙草の煙のせいで涙が滲んだ
「灰が落ちてしまいますよ」
ぼんやりと煙草を咥えていた俺は、その声にはっと振り向いた
その途端、煙草の先に積もっていた灰が、スローモーションの様に落ちていく
差し出された灰皿が、丁度いいタイミングでそれを受け止めた
「スハ先生・・」
「どうしました?そんな顔して。いつもの元気なホンピョ君らしくないですよ」
「あ・・」
「何か心配事でも?」
「いや・・別に・・」
「差し出がましいかもしれませんが・・ドンヒ君と何かあったのではないですか?」
「・・」
「僕では・・相談相手は務まりませんか?」
「そんなんじゃ・・」
「無理に話す必要はありませんが・・誰かに聞いてもらうだけでも、少しは心が軽くなるかもしれませんよ」
「スハ先生・・」
「はい?」
「スハ先生は誰かに何かを教えるのは得意だよな。そうだよな。先生だもんな。出来の悪い奴にだって根気強く教えてくれるよな」
「出来の悪い人なんてこの世には一人だっていませんよ」
「俺・・俺・・今わかんねぇ事だらけなんだ。教えてくれよ、先生ならよ。俺に・・どうすればいいかって・・」
いつの間にか涙がポロポロ零れていた
きまりが悪くて、シャツの袖でゴシゴシ拭いた
スハ先生が綺麗に折りたたんだ白いハンカチを差し出した
俺はそのハンカチをぎゅっと握り締めて俯いた
スハ先生の手が俺の両肩に乗せられて、そのまま俺はすうっと抱き寄せられた
やっと止まりそうだった涙がまた溢れてきた
嗚咽が漏れそうになるのを必死で堪えた
そんな俺をスハ先生は優しく抱きしめ、何度も何度も背中を撫でてくれた
「僕では役にたてませんか?僕に話してみませんか?
ああ、そうだ。・・どうです?よかったら今夜うちに泊まりに来ませんか?
一人で考え込んだっていい考えは浮かびません。行き止まりにぶつかった時は環境を変えてみるのもいいものです。
難問から少し距離を置いて気分転換するのもまた、有効な解決方法なんです
テジンさんもきっと喜ぶと思います
今夜は3人で食事しましょう
食事が嫌なら・・そうだ・・ホンピョ君の気持ちが落ち着くまで、僕が一晩中だってこうしてましょう
もちろん、ドンヒ君が心配しない様に、今夜はうちで預かりますと、僕から伝えておきますよ」
スハ先生の胸はとても温かで、スハ先生の言葉はとても優しくて
雨が乾いた大地を潤す様に、俺の心にじんわりと沁み込んだ
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