「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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ぴかろんの日常
リレー企画 193
千の想い 30 ぴかろん
ヨンナムさんちの居間になだれ込んだ俺達は口々になんだかんだと喋っていた
ソクが懐かしそうに辺りを見回す
「久しぶりだなぁ」
「ほんっとここんとこ帰ってこなかったよね、ソクさん」
「あははー寂しかったですかぁ?ヨンナムさん」
「だぁれも寄り付かなくなっちゃって寂しくて寂しくて…イナにも邪険にされるし…」
「テジュンは?」
「相変わらず仕事仕事でろくに話もできない」
「そりゃ寂しいですねぇへへ」
「ずっとスヒョク君ちに?」
「ええ…てへへ…」
「幸せそうだな」
「ええ」
居間に座り込んでジジイトークをかます同じ顔の二人を置いて、スヒョクと俺は台所でチェミさん作のゼリーを出した
「へぇ~これをあのチェミさんが?」
「うまそうだろ?」
「ラッキーだなぁ…俺達これ食えるんだぁ」
スヒョクはキラキラと微笑んでゼリーを見つめていた
居間にゼリーを運んでいくとジジイ二人がヘラヘラ笑っている
スヒョクはソクの隣に嬉しそうに腰を降ろす
俺達はようやく三層のゼリーにありついた
『お前ら三人みたいだろ?』
今朝のチェミさんの言葉が甦る
三人って…
「あーん」
「んっ美味しい!」
「…でへへへじゃ、こんどはここ、あーん」
「あーん」
「あ…でへへへ」
ソクはスヒョクにあーんと口を開けさせて、一層ずつそのゼリーを掬い、スヒョクの口に運んでいる
それだけででれでれしているおっさんには、初めて会った時のキリっとした面影などどこにもない
でへでへ笑うその口元は厭らしく歪んでいるし…
俺は呆れてもう一つの『テジュンと同じ顔』を見つめた
「ソクさん幸せそうだなぁいいなぁ…僕もしよっと」
「は?」
羨ましそうな声でヨンナムさんが言った
「はい。イナ。あーん」
「…」
「あーん!」
「…。馬鹿馬鹿しい!」
「あっ!ちっと付き合えよ!やなやつ!」
なんでヨンナムさんに『あーん』してもらわなきゃいけないんだよ!全く…
「ふんっやっぱし小鳥の名前は『イナ』だ!僕が菜っ葉やっても全然寄ってこないんだもんあいつ!」
ブツブツ言いながらゼリーを口に運ぶヨンナムさん
美味しいなぁと呟いて嬉しそうに笑う
本当はラブとテジュンとヨンナムさんと俺で食うはずだったのにな…
甘酸っぱくてぷるぷるしたゼリー
この三層、ぐちゃぐちゃに混ぜたらどんな味になるんだろう
テジュンもヨンナムさんも俺もごっちゃになっちまったら…
「美味しかったぁ。イナ、せっかくだから皆で飲もうか」
にこにことヨンナムさんが言った
「おお。いいですねぇ」
ソクが答える
「決まり。じゃ、なんか作ります。イナ、酒の用意して」
「なんで俺が…」
「手伝えよ」
「だからなんで俺が…」
反抗して動かないでいたらスヒョクが気を利かせてヨンナムさんの後について行った
「イナ、お前も手伝えよ。僕のスヒョクに気を遣わせるなよ」
「なんだよソクまでっ!」
「…お前とヨンナムさん、仲いいんだな」
「へっ」
「いい感じ」
「…」
「テジュン、気が気じゃないだろうなぁふふん」
「…仲…よさそうに見える?」
「『見える』じゃなくて『仲いい』んだよお前たちは」
「…」
「ひょっとしてお前…」
「イナぁ、ちょっとこれ持ってってぇ」
ソクの目がキラっと光った時、台所からヨンナムさんの声がした
何が『ひょっとして』?
ヨンナムさんが素早く作ったつまみを取りに行った
スヒョクがヨンナムさんと親しげに話していた
見ろよソク
ヨンナムさんは
誰とでもこんな風に
仲良く話ができるんだぞ
つまみをテーブルに運び、スヒョクが酒を用意し、4人で飲んだ
最近のソクとスヒョクのあれこれを、ソクが面白おかしく話してくれた
スヒョクは時々ソクを睨んだり小突いたりしながらも楽しそうにソクに寄り添っていた
夜中の2時近くになって、そろそろ寝ようということになった
「じゃ、僕はスヒョクと二人でえっへっへっ」
「イナはテジュンの部屋で寝ろよ」
「ええっやだなぁ…」
「何さ。何で嫌なの?一人だから?じゃ僕と寝る?」
「「「えええっ」」」
「…僕変なこと言った?」
「きひひ…やだなぁヨンナムさんったら…。テジュンがいない間にイナをものにしようとか思ってない?」
ソクがクヒクヒ笑ってヨンナムさんを突いた
「なっ!何言ってるんだよソクさん!イナはテジュンの恋人だよっ!なんでテジュンの恋人に手出ししなきゃいけないのさっ!」
「あれ…。怒った?」
「怒るよ!そんな事しない!第一イナは僕なんかになびかない」
「…そう…かなぁ…」
「ソク!何言ってんだよ、アンタ酔っ払ったの?」
「…ん?…いやぁ…。そもそもお前がテジュンの部屋で寝るのを嫌がるから」
「だってお前らが隣の部屋なんだろ?!たまんねぇよ、ヘンな声が聞こえてきたら俺、眠れないじゃんか!」
「そりゃ仕方ないよ、僕とスヒョクは愛し合ってるんだから触れ合いは大切だし」
「ソクさんっ!変なこと口走らないでよ!」
「だってほんとのことだろぉ?」
「ソクさんっ!」
またデレデレとスヒョクに甘えた顔を見せるソク
あーわかったよ
お前らが幸せだって事はよぉぉくわかったから!全く…
「んじゃここで雑魚寝するか?みんなで」
ヨンナムさんがくすくす笑いながら提案した
「あっそれいいですね。そうしましょう♪」
スヒョクが賛成し、ソクはちょっぴり不満顔になった
みんなで雑魚寝ならしゃびしくないし安心だし安全…だよな…
俺もそっと賛成の意を示した
というわけで、居間の座卓を隅にやり、布団を運んで雑魚寝することになった
「僕スヒョクとイナの真ん中がいいなっ」
「何言ってるんですかっソクさんはっ!」
「そうだよお前バカなんじゃない?!」
「イナさん!それは言いすぎですっ!」
キリキリしたスヒョクに怒られた
だってバカなんだもんソクったらさぁ…
「イナは僕の隣で寝ればいいじゃん」
「「「えええっ?!」」」
シレッとそういう発言をしたヨンナムさんに俺達は注目した
「…なによ…僕また変なこと言った?」
「言った言った!やっぱしイナに気があるんだっ!」
「ソクっ!」
そんな揉め事を繰り返しながら、結局『ヨンナムさん・ソク・スヒョク・俺』と並んで寝転がった
ああよかった…これでぐっすり眠れる
横になった途端睡魔に襲われた
そう言えば今日はよく歩いたんだった
俺の心もアップダウンを繰り返してて
疲れた…
疲れたけど…
一日の締めくくりに穏やかな気持ちになれてよかった…
ふと目をやるとソクの横顔が見えた
テジュン…
おやすみ…
仕事、頑張れよな…
『おやすみ、イナ』
同じ顔と同じ声の三人が、ユニゾンで俺におやすみを言った
千の想い 31 ぴかろん
ヨンナムさんの家をこっそり抜け出し、ギョンジンに電話をかけ終えて、俺は鼻歌を歌いながら歩いていた
表通りに出て暫くフラフラしていたとき、俺の横に車が止まった
「…テジュン!」
「送るよ」
「…え…あ…」
「乗って」
「あ…うん…」
どこから現れたのかしらないけどテジュンは俺を助手席に乗せ、車を動かした
俺はRRHまで送ってくれと頼んだ
「明日から泊まりだって?」
「ぅん…」
「あ…よかったのかな…送ってもらって…。イナさんヨンナムさんちにいるんだ」
そうだった…テジュンはイナさんに一刻も早く会いたいだろうに…
「俺歩いて帰るからやっぱ下ろして」
「いいよ」
「いいの?」
「ぅん…」
それで俺は御言葉に甘えてそのまま助手席に居座った
歩くと結構時間かかるけど、車なら15分もかからないもんな…
テジュンは道路事情に詳しいと見えて、裏道をどんどん行く
俺は今朝、チェミさんのパンを食べた事や、思いがけずギンちゃんに会えた事などを一人で喋り捲っていた
だってさ…なんでイナさんを一人残してきたのかとか突っ込まれたら…ヤバいじゃん…
漢江にかかる橋を渡り、川沿いの大きな道路を走る
そこからまた細い道に入った
RRHが見える
ギョンジンから電話がかかり、俺はいそいそと出る
「今漢江沿い走ってる」
『走ってる?』
「ああ…テジュンが車で送ってくれてるの。道で偶然会った」
『なんだって?!危険じゃないのか!』
「ばっかだなぁもぉ…。結構RRHに近いよ。窓から見えるんじゃない?テジュンの車」
『なにっ』バタバタガンドドンキイッごそっ『あった!』バタバタバタバタゴン☆
このゴンはきっと窓にデコをぶつけた音だ…
『クソジジイの車はアクターだよな、ジジイ色だよな』
「ジジイ色って…」
『見つけた!』
「は?」
『おお。お前の顔が見える』
「嘘付け!」
『ふっ…。元スパイをなめるなよ。高性能赤外線スコープでよく見えるんだ』
「不毛な使い方」
『平和利用だ!そこからなら後三分で到着かな?』
「テジュン、三分ぐらいで着く?」
俺はテジュンを振り返って聞いた
テジュンはニヤッと笑って川原の方へ車を向けた
「あは…どこ行くの?」
「休憩」
「休憩って…」
道から逸れた車は川原の駐車スペースに止まった
テジュンは車のエンジンを切った
『なんだラブ!ジジイが変な行動してるじゃないか!なんでそんな川原に行く!』
「しらないよ。休憩だって」
『危ないから降りて歩いて帰っておいで!』
「テジュン、ギョンジン苛め?」
「…ふふ…」
テジュンは可笑しそうにクスクス笑っている
「ギョンジン苛めらしいよ」
『むきーっ!早く降りて帰ってらっしゃい』
「くふふ…はいはい。じゃね」
俺がそう返事をしたすぐ後に、テジュンは俺の腕を掴んだ
「…どしたの?」
「…頭が…ガンガンする…」
「…え…」
テジュンの手に力が入り、俺は持っていた携帯を足元に落としてしまった
「テジュン…大丈夫?寝不足?」
ハンドルに突っ伏してしまったテジュンの髪をかきあげた
横顔が苦しそうだ
どうしたんだろう…今まで笑ってたのに…
仕事、無理しすぎた?
テジュンの息遣いが急に荒くなり、俺は怖くなった
え…テジュンって何か持病あったっけ…
聞いてないし…
突然?
「…テジュン…、医者に行く?大丈夫?」
背中を擦った瞬間、俺は物凄い勢いでドアの方に突き飛ばされた
何がなんだか解らなかった
テジュンの唇が俺の唇を塞いでいる
テジュンの腕が俺の体を押さえつけている
何が起こっているのか、理解するまで長い事かかった
テジュンの指が俺のシャツのボタンを外している
やめてと叫ぼうとしても唇が塞がれている
圧し掛かられてもがく事もできない
テジュンの指が俺の…ジーンズのファスナーにかかった…
俺は怖くなってテジュンの舌を噛んだ
強く噛んだつもりだったがそれほどでもなかったようだ
けれど唇が自由になり、俺は叫ぼうとした
俺の喉から出てきたのは弱々しく震えた声だった
金縛りにあったことがある
体を動かしたくても
声を出したくても
どうにもならなかった
俺は
突然
テジュンの金縛りにあっている
なぜ?
何をしてるの?
落ち着け
これは夢か?
何がどうなっているの?
テジュンの歯が俺の鎖骨に噛み付いた
俺はようやく声をあげることが出来た
いやだ…やめて…助けて…ギョンジン助けて…
電話はとうに切れている
ギョンジンを呼んだって聞こえるはずがない
いやだ…どうしたのテジュン、テジュンやめて!
テジュンはジーンズを引き剥がそうとした
俺は必死でその腕を掴んだ
テジュン、俺を見てテジュン、どうしたんだよ!頭おかしいのか?やめろよやめ!
胸に歯を立てるテジュン
痛みで声が出なくなる
夢だ…いやだ…なんで?
これはテジュンなの?
テジュンだと思ってたけど別の人なの?
誰?誰だよ…助けて…
ギョンジンはすぐ近くにいるのに
呼んでも聞こえるはずがない…
「どうして…イナ…」
俺の胸を強く吸った後、テジュンが戦慄いた
なに?
…なに?
「テジュン?…イナさんが…どうしたって?」
必死で問いかけると、テジュンの強張っていた体がふうっと柔らかくなった
「…どうして…イナ…」
「…テジュン?」
俺の体はまだ震え続けていたけれど、なんとか動く事ができた
そっと頭を上げた時、運転席側のドアが勢いよく開き、テジュンが車から引きずり出された
「貴様よくもラブを!」
怖ろしい形相のギョンジンが、肩で息を切らしながら拳を振り上げてテジュンの顔を殴りつけた
「ギョンジン!」
「許さない!この野郎許さない!」
テジュンの上着を鷲掴み、もう一度拳を振り上げるギョンジン
「やめて!ギョンジン!やめて!テジュン変なんだ。変なんだ!」
「ラブに何をした!」
「ギョンジン!大丈夫だから…俺大丈夫だからもう殴らないでお願い」
助手席から這いずりだしてギョンジンの背中に絡みついた
ギョンジンはテジュンを乱暴に放し、俺を抱きしめた
地べたに放り出されたテジュンは何も見ていなかった
ただ「どうして…イナ…」と呟くだけだった
ダーリンに電話した
ダーリンはクソジジイの車でRRHに向かっているという
漢江沿いを走っていて、RRHが見えると言うので僕は慌てて高性能赤外線スコープを取り出し、川沿いを探した
僕って凄いのね、ダーリンのこととなると見境がない…じゃなくてピンときちゃう
クソジジイの車はすぐに見つかった
その車は真っ直ぐこちらへ来ずに川原へと曲がっていった
ダーリンに早く降りて帰っておいでと言って、電話を切るつもりだった
僕はいつもダーリンが電話を切ってからオフボタンを押す
ツーツーという音が聞こえるのを待っていた
いつまでたってもそんな音は聞こえず、代わりに「あたまがガンガンする」だの「大丈夫?」だのいう声が聞こえた
そしてガサガサゴソンという音と何かがぶつかる音、そして軋む音がした
僕は携帯を耳に当てたまま必死でクソジジイの車を見た
何かが起こったのだ
ダーリンの身に危険が降りかかったのだ…
僕は音を聞き、車の位置を確かめながら、ここからの距離をざっと計算した
車で行くより走ったほうが速い
川原まで1kmもない
方向は…。即座に目印のビルを決め、僕はエレベーターに飛び乗った
携帯を耳から離さずにいたが声は聞こえない
時折ううっという呻き声がする
最悪の事態を考えた
テジュンさんがラブを…
そんなはずは…そんなはずはない…でも…
道路を渡り、必死で走る僕の耳に「痛いっやめてっ」というラブの叫び声が聞こえた
助けて…ギョンジン…助けて…
震える声で僕に助けを求めている
頭に血が上った
何をしている!
あの男はラブに何をしているんだ!
待ってろ!助けてやる!頑張れ!
祈りながら走った
信じられない程の速さで僕は川原に着いた
人影がないのに車が揺れている…
まさか…まさか…
僕は運転席側に周りドアを開けた
ラブに覆い被さるその男を引きずり出し、殴り付けた
許せなかった
なぜこんな事をするのか
何度も殴ってやりたかった
なのにラブが僕を止めた
その男を地面に投げ捨てラブを見た
シャツがはだけて胸と鎖骨に歯型と赤い印が刻まれている
涙が溢れた
なぜ…
なぜこんな事をする…
アンタはラブを愛していたんじゃないのか…
許せなくて涙が出た
ラブは「大丈夫だから…」と呟いて僕に抱きついた
体が震えていた
「どうして…イナ…」
ゆっくりとテジュンさんの顔を見た
虚ろな瞳
イナ…
お前…何をした…
千の想い 32 ぴかろん
俺達は呆けたテジュンをRRHに運んだ
トンプソンさんをうまく誤魔化し、テジュンをギョンジンの部屋に連れて行った
ベッドに座らせて水を飲ませた
テジュンはどうして…どうして…と繰り返し、泣いていた
震えの止まった俺は、テジュンの傍に行って肩を抱いた
ギョンジンは怖ろしい顔をしてテジュンを睨んでいた
「何があったの?テジュン…イナさんがどうしたの?」
「イナ…。イナ…いやだ…」
「…何が…イヤなの?」
「見たろ?」
「…何を?」
「お前も見てたじゃないか…」
「だから…」
まさかイナさんとヨンナムさんが抱き合ってたとこ見たの?
「何を?」
テジュンはぽつりぽつりと話し始めた
僕は先輩の家から車をすっ飛ばしてヨンナムの家に帰ってきた
イナはもう来てるかな…もし来てたら驚かせてやろうかな…なんて考えながら、いつもより静かに車を止めて裏口に行った
来てるなら居間にいるだろう…
玄関から入っていくのはつまらない
なんでそんな事思いついたんだろう
裏口に回って中に入ろうとした
戸が開いていた
そっと中を見たら、ラブが台所を覗き込んでいた
何をしているのだろう…
裏口から台所のある辺りまで、土間になっている
僕は忍び足でラブに気付かれないように台所へと近づいた
物陰に隠れてもう一度ラブの顔を見た
真剣な顔をして何を見てるの?
台所からは水の流れる音がしていた
ラブはふっと笑って居間へと向かった
ラブの姿が見えなくなった後、僕は姿勢を低くしてそっと台所を覗いた
イナとヨンナムが一つの塊になっていた
ヨンナムの背中が小刻みに揺れている
僕はゆっくりとイナの顔を見た
そしてわけが解らなくなった
イナは辛そうな顔をしていた
ヨンナムの体を、支えるように抱いて
震えているヨンナムの髪に
まるでくちづけをするようにイナの頬が触れていた
どうしてそんな…辛そうな顔をしているんだ…
閉じられていたイナの目が薄く開いた
僕は見つからないように身を引いた
イナの瞳は腕の中にいるヨンナムに注がれている
僕が隠れている事に気付かない
イナの神経は腕の中にいるヨンナムに集中している
イナの感情が全て腕の中に抱えた男に向かっている
僕には解る
イナの想いが解る
イナは…ヨンナムが…好きなのだ…
躊躇いながら体中で
愛おしいと
好きだと
発している
イナ…
頭の中が白くなった
息をすることも忘れて僕は蹲っていた
居間からラブが出て行く
引き戸を開けてラブが外へ出て行く
石のような僕は虚ろな目でその後姿を見送った
真っ白な頭にほつりほつりと棘が落ちてきて
チクチクと僕の体を刺激する
僕は石から這いずり出して
するすると来た道を戻る
無意識に車に乗りエンジンをかける
アクセルをゆっくりと踏み込む
車が動き出し、ふぅっと道に出る
ファンファーンと走ってきた車がクラクションを鳴らし
僕は驚いてブレーキを踏む
意識が降りてくる
何があった?
何を見た?
僕は何をしようとしていた?
…
ああ…そうだ…
先輩のうちに荷物を置きに行くんじゃなかったか?
急いで帰ってこなくちゃ
イナが来る
イナが来るんだ
イナを僕は
抱くんだ
抱くんだ
僕のイナを思いっきり抱いて
明日からまた仕事で
寂しい思いをさせてしまうから
思いっきり愛して
先輩のうちに行かなくちゃ
早く帰ってこなくちゃ
車をそろそろと動かし大通りに出た
ラブが歩いている
なんでラブがこんなところにいるのだろう…
散歩かな…
僕は車をラブの横につけ、送ると言った
ラブは車に乗り込んだ
これぐらいの回り道はいいだろう
道を走らせているとラブが話し出した
「…イナさん…ヨンナムさんちにいるんだ…」
え?
なに?
何言ってるの?
夢でも見たんじゃないの?
僕は今、ヨンナムんちから出てきたんだぞ…
あれ…
そうだよな…
ヨンナムんちから出てきたんだよな
少し混乱した
僕はラブの話を聞いた
イナと一緒にマンションを出て、どこかで朝ご飯を食べて
そしてヨンナムんちまでイナを送り届けて帰る途中だという
あれ?
…あれ…
何言ってるんだラブ
ラブが引き戸を開けて出て行く後姿が浮んだ
ラブがヨンナムの家の台所を覗いている姿が浮んだ
ふっと笑って居間に行った姿を思い出した
いたんだ
ラブ
ヨンナムの家にいたんだ…
なんでだろう…
イナを送ってきたんだ
そうだったね
あれ?
イナは?
いた?
僕が出てきた時にはヨンナムしかいなかったのにな
ヨンナム
イナ
イナの
切ない顔が
ドンっという音とともに
僕の頭の中に広がった
どくんどくんどくんどくん
突然大きな音を立てて僕の心臓暴れだした
見た
そう
見たんだ
なにを
イナの切ない顔
見たんだ
僕は
どこで
そうだ
ラブが離れた台所に
その切ない顔があったんだ
塊に顔があって
それがイナの顔で
切なく歪んでいたんだ
塊に腕があって
躊躇いながら
何かを支えていたんだ
塊が
ふるふると揺れていたんだ
その髪に
イナは口付けをしようとしていたんだ
躊躇いながら
躊躇いながら
想いを
その髪に流し込みたい想いを引き止めて
腕の中の男にだけ知られぬように
腕の中の男を守るように
発した想いの矢を全て自分の身で受け止めて
辛そうな顔をしていた
イナは…
ヨンナムに…
恋をしている…
『彼女は…
ヨンナムに…
恋をしている…』
どんっ
どくんどくんどくん
どんっ
どくんどくんどくん
心臓が不規則に暴れまわる
ラブが誰かと電話している
僕はどこを走っているのか
僕の横にいるのはなぜこの子なんだろう
ああ…
そうだ…
今から帰るんだ
そうだ僕は
この子と
恋人の時間を楽しんだ
本当に愛した
何度も抱いたんだ
何度も愛し合ったんだ
その帰り道じゃないか
「テジュン、三分ぐらいで着く?」
もう着くの?
そんなの…寂しいな
どんっ
どくんどくんどくん
最後にもう一度愛し合おうよ
どんっ
どくんどくんどくん
だって帰ってしまえば僕達はもう二度と愛し合えないじゃない
「ギョンジン虐め?」
「…ふふ…」
そうだね
君を苛めたあいつを
苛めちゃおうか…ふふ…
どんっ
どくんどくんどくん
道を逸れたんだ
もう一回ぐらい逸れちゃえ
僕は川原に車を止めた
頭が痛くなってきて
少し休憩したかった
どんどんどん
どくんどくんどくん
どうしたんだろう僕は
頭がガンガンする
大丈夫?と可愛い男が聞く
なんだっけ…
何か
何か
何を見たんだっけ
そうだイナだ
イナの切ない
辛そうな顔を
ラブの後姿を
ラブはイナをヨンナムの家に連れて行って
イナのあんな顔を見て
出て行った
辛くて?
違う
笑っていた
笑う?
優しい顔で笑っていた
なんで?
イナが
あんな顔をして
何か
塊を抱いていたのに
どうして
優しい顔で
笑った?
こいつは
知っていたのか?
知っていて何も言わずに
僕の車の中で
一番大事な
一番知りたい事を言わずにこいつは
どんっ
どくんどくんどくん
ダァン
可愛い
愛している
愛し合った男を突き飛ばした
そうだよ
帰ったらもうこんな事はできないのだから
ここで愛し合おうよ
何故言わない
イナのあの顔見たんだろ?
どうして言わない
柔らかい唇を塞ぐ
うっとおしい腕を押さえる
シャツのボタンを外す
愛してあげるからね
さっきまで何度も愛し合ったもの
うっとおしいな
なんで逆らう
僕が触れただけで溶けてしまいそうだったのにお前
そんなに逆らうと少し痛くするよ
「いやだ…やめて…助けて…ギョンジン助けて…」
喚く男の体に吸い付く
噛み付く
何をしているのだ僕は…
もがき続ける男を力ずくで僕は…
何やってるんだ僕は!
イナの顔が
あの切ない顔が
また浮んだ
彼女の揺れる瞳が
イナの顔と重なった
また
愛する人が
ヨンナムのもとへ
行ってしまう…
「どうして…イナ…」
もがいていた男が僕に何か話しかける
聞こえない
ふっと力が抜けていく
「どうして…イナ…」
僕の体が強烈な力で後ろに引っ張られ、明るい陽射しの中に放り出される
太陽が僕を打ち据える
衝撃を受けても痛みは感じない
夢の中にいるようだ…
僕を打ち据えた鬼のような男がその拳をもう一度僕に向けている
ああ…
打ってくれ
なにがなんだかわからない
現実に引き戻してくれ
殴ってくれ
僕を
それからどうなったのか解らなかった
ぼんやりと視界が開け、誰かの部屋に僕はいた
見たことのある顔が2つ、僕の前にあった
その顔はイナとそっくりで
…イナ…いやだ…いやだイナ…
そうして僕は、僕の見たことを思い出した
千の想い 33 ぴかろん
僕の目に写るイナと同じ顔をした二人を見つめた
ああ…ラブだ…
ラブとギョンジンじゃないか…
なんでここにいるの?
イナは?イナはどこ?
「しっかりしろよジイさん!」
「ギョンジン!」
「なに呆けてるんだよ!」
二人の声が耳に届く
「テジュン。イナさんとヨンナムさんが抱き合ってたって言ったよね。あの二人、その前にすっごいケンカしててさ、それは知らないだろ?だから…あれは仲直りのハグだよ」
「…。見てないの?イナがどんな顔してたか…。僕には解る…イナは…イナはヨンナムの事…」
「テジュン。何言ってるのさ」
「いやだ…いやだいやだ!いやだイナ!いやだ」
テジュンは狂ったように叫び続けた
「テジュン…どこで見たの?」
俺は探るように聞いてみた
「ヨンナムのうちで…台所で…。お前が覗いてた。笑って出て行った…」
「…」
「イナは…。あ…ああ…」
「テジュン」
「いやだいやだいやだっイナっ」
「ラブ。本当の事を言ってやれよ」
「でも…」
「嘘ついたって仕方ないだろ?このおっさんはもう解ってるんだから」
「…ギョンジン…」
ギョンジンは冷たい目でテジュンを見ていた
俺は唾を飲み込んで口を開いた
「テジュン、聞いて…俺の知ってること全部言うから…」
ごめんイナさん…。嘘を重ねたらもっと歪んじゃう…
俺は心の中でイナさんに謝って、それからテジュンに向き直った
「テジュンと俺って…イナさんとギョンジンを裏切って寝たよね?愛し合ったよね?」
「…」
「俺達そんなことしたよね?だから…だからイナさんの気持ち、わかるだろ?俺達お互いに好きな人がいたのに愛し合った…
好きな人がいるのに別の人に惹かれるって気持ち、テジュンならわかるだろ?イナさん苦しんでたんだ。わかってやってよ」
「いやだ!」
「テジュン」
「いやだ!ヨンナムはだめだ!ヨンナムは…ヨンナムは…」
「…テジュン、どういう事?ヨンナムさんはどうしてダメなの?」
「…ヨンナムじゃなきゃいい!ソクでもギョンジンでもいい!でも…ヨンナムは…ヨンナムは…。どうしてイナ!」
イナさんが前に呟いたことを思い出した
『二人ともダメになる』
なんでダメになるの?従兄弟同志だから?
言葉に詰まった俺の代わりにギョンジンが口を開いた
「テジュンさん…イナはヨンナムさんと『本当の友達になる』って、そう気持ちを切り替えようとして頑張ってたよ」
「いやだ…いやだ…イナ…イナ」
取り付く島がなかった
テジュンが落ち着くまで待つしかないだろうか…
ひとしきり泣いたあと、テジュンはひっくひっくとしゃくりあげながら話し始めた
ヨンナムさんとテジュンの過去の話
亡くなった恋人の話
彼女が最後に選んだ人がヨンナムさんだった話
その事を最近までヨンナムさんに言えずにいた話
そして俺達とヨンナムさんとイナさんが飲んだ日の翌朝の光景…
そんな事が…あったのか…
「いつも…ヨンナムには負けるんだ、僕…。勝てやしない…今度は大丈夫だと思ってたのに…」
「…テジュン…」
「まさかイナが…イナまでが…」
「…」
「あの時…手放せばよかったのかな…」
「あの…時?」
「お前と二人で帰ってきた時…。イナは僕を『受け止められない』って言った。『別れよう』って…。別れていたら…イナは苦しまずに…」
「イナさんが貴方と別れられるはずないよ!」
「…いやだ…行かないで…いやだいやだいやだ…イナ…」
テジュンはまた突っ伏して泣き出した
じっと睨んでいたギョンジンがテジュンの肩を掴んだ
「あんた…なんであの朝、二人のキスを見たときに、その場で奴等に言わなかったんだ」
一言告げるたびにテジュンの肩を揺さぶるギョンジン
「現実だって認めたくなかったんだな?それをそのまま隠してた?」
テジュンは視線を泳がせただけでギョンジンの問いには答えなかった
「…イナはあんたに戻りたいって言った」
「…」
「あいつはあんたとヨンナムさんを傷つけたくないと言った。二人の幸せを壊したくないと言った」
「…気持ちはヨンナムにある…僕に戻るなんて…無理じゃないか」
「それでも戻りたいと言った!」
「…そんなの…。イナの心はヨンナムにあるのに、そんな…」
「あいつはアンタの事もヨンナムさんの事も両方大切なんだ。解るだろう?あんただってラブとそうなった時イナもラブも大切に思っただろう?」
「…」
「僕はあいつに言ったよ、ヨンナムさんに気持ちを打ち明けろって。打ち明けてすっきりさせて、それからアンタに戻ればいいって
でもアイツはそうしなかった。絶対にできないって言った。アイツは何も言わなかったけど、きっとあんた達に亡くなった恋人との事を思い出させたくなかったからだろうな」
「…ふ…」
「完璧にやり遂げるって頑張っていた。今までどおりのアイツでいるって…。あいつらしくない…自分の気持ちを殺してあんた達に接していた」
「ふは…なんでそんな事…」
「あんたがこんな風に呆けちまうって、あいつには解ってたからだろう!」
「…イナ…」
俺はギョンジンの言葉に続けて言った
「テジュン…人を好きになる瞬間っていつ降ってくるか解んないよね。俺達もそうだっただろ?違う?」
「…」
「イナさんはヨンナムさんを好きだっていう気持ちに気づいてうろたえてた。気付かれちゃいけないって本当に…頑張ってた…。テジュンに悲しい思いさせたくないって…」
テジュンはまたポロリと涙を零した
暫くの沈黙の後、テジュンは言った
「…ヨンナムには…ヨンナムには言わないで…ヨンナムがイナの気持ちに気づいたらあいつ…また閉じこもってしまう…」
「ならなんでヨンナムさんとイナを会わせるような事ばかりするんだ!」
「…ヨンナムが…イナを…友達だって…大事な友達だからって…」
「ヨンナムさんのために、イナを捧げたのか?!」
「…ちがう…」
「違わない!全てあんたのせいだ!あんた何のためにホテルを辞めてここに来たんだ?!イナと一緒にいたいからじゃなかったのか?!」
「…そうだよ…イナと一緒に生きて行きたいと思って」
「どうしてイナをほったらかしにする!どうしてアイツを寂しがらせる?!アイツが悲しむ事ばかりして、イナがあんたの気持ちにそぐわない事をしたら泣いて喚いてこんな風に取り乱して…。勝手すぎる!」
「…」
「僕が一番許せないのは、どうしてそのとばっちりをラブが受けなきゃなんないのかだ!ラブを傷つけるな!ラブをなんだと思ってるんだ!」
「…」
「こうなったのは自業自得だよ、あんたには嘆く資格もない!」
「…自業…自得…ほんとだ…ははは…」
虚ろな瞳でテジュンは自分を嘲笑っているようだった
千の想い 34 ぴかろん
そうだ
僕はずっと不安だった
初めてイナをヨンナムに会わせた時からずっと不安だった
彼女だけじゃない…他の恋人たちもヨンナムを好きになって僕から離れていった
ヨンナムと僕と、どこがどう違う?
僕は仕事が好きだ
仕事をしてなけりゃ『僕』じゃないもの…
恋人達は皆理解してくれなかった
イナは…
イナだけは僕のそんな部分を受け止めてくれてたのに…
なのにヨンナムに惹かれたなんて
やっぱり
優しい男が好きか?
いつもお前を気にかけてくれる男が好きか?
仕事にかまけてお前をほったらかしにしている男は、愛想をつかされて当然か?
お前だけはそうじゃないと信じていたのに…
解ってるよ
『好きになろう』と思って好きになったんじゃないって事
ヨンナムは…心の隙間にいつの間にか入り込んでくるんだよな…
でもイナ…
ヨンナムのヤツ、お前の事を『ともだち』としか見てないんだぞ…
そんな辛い…辛い想いを…
僕がさせた?…イナ…
…ごめん…イナ…ごめんね…
僕が覗き見たあの朝の哀しげなキスは…
僕が聞いたお前の小さな叫びは…
ヨンナムに自分を見てほしかったその叫びだったんだね…
『俺…俺、イナだよ…』
耳に焼き付いている
『とても…楽しかった…。テジュン、ありがとな、イナと飲みに行かせてくれて…』
ヨンナムの嬉しそうな顔を思い出す
あいつは…あいつは…
ずっと心を閉ざしていたから、本当に久しぶりに『友達』をみつけてはしゃいでいた
そう…はしゃぎ続けているだけなんだ…
そう言えばどうして急に彼女の事を聞きたがったんだろう…
あれはいつだった?
僕が忙しい研修をこなした直後だったよな…
あの研修の前に僕は強い不安を感じていた
イナはあの時『俺はここにいるから』と力強く言ってくれた
研修が終わって…そうだ…ヨンナムは『彼女の最期を聞かせてくれ』と言ったんだ
…あの頃か…
…イナが…ヨンナムの心を…
「テジュンさん、明日からの仕事、大丈夫なのか?」
ギョンジンはまだきつい目をしていた
初めて会った時を思い出した
「イナは…」
「ん?」
「ギョンジン、君を…君の心を…解したよね…」
「…ああ…」
「…ソクも…そうだった…」
そうだった…
イナもいつの間にか人の荒んだ心に入り込んで解きほぐす
じゃあヨンナムも…
「イナに解きほぐされたってことか…」
「え?」
「…ヨンナム…。イナが…解したんだ…ヨンナムを…」
「そう…だろうな…」
…イナに…彼女の事、話したんだな、ヨンナム…
だからお前、僕に話を聞こうとして…
…それでイナは彼女の話を聞きたくないと言ったんだ…また聞くのが辛くて…
日の出を見に行ったあの旅行…
僕達を固く結びつけると信じて無理矢理お前を連れて行ったあの海辺…
イナ…お前の気持ちに気づきもせずに僕は…
なんでいつもこうなんだろう
どうして逆の選択をしてしまうのだろう…
そうやって恋人たちを失ってきたというのに…
一つ大きく深呼吸をして、きつい目をした男に聞いた
「…ギョンジン…」
「ん?」
「イナを…好きか?」
「…。好き…だよ」
「愛してるか?」
「…ああ…愛してる…」
「なら…ヨンナムもきっとそうだ…」
「…」
「単純な『友情』じゃない…ヨンナム自身が気付いてないだけだ…ヨンナムもイナを愛して…」
いやだ…
いやだいやだ…イナ…ヨンナム…
「…ヨンナムさんは友達として『愛してる』んじゃないのか?僕が見る限りではそうだと思う。僕自身もそうだもの…。恋人としてじゃない」
「…」
「イナの片思いだよ」
「…いつかヨンナムがイナに気持ちを向けるようになるかもしれない…」
「…それは…解らないけど…」
「僕はどうすればいいだろう…イナから離れたくない…」
「イナはあんたに戻ってくる。戻ってきたら受け入れてやればいい。そこからまたやり直せばいい…ちがうか?」
「…戻ってくる…」
「イナがそう言っていた…信じてやってよ」
それは本当にイナのためになるのだろうか…
僕のところへ戻ってきてイナは幸せだろうか…
もう一度大きく息を吸った
目を閉じてイナの笑顔を思い浮かべた
どうしたらあの笑顔を消さずにいられるだろう…
僕は今まで自分の幸せばかりを優先していた…
ごめんねイナ…
息を吐いて目を開けた
「先輩のうちに行くよ。明日から遠くで仕事だ…」
「遠く?どこだよ」
「…済州島…」
「済州島って…イナのいたとこ?」
「ああ…」
「…イナ…知らないんじゃないのか?!」
「知らない…今日言おうと思ってた。でも言わないで…」
「…」
「電話するから…」
「会わずに行くのか?!」
「…今こんな僕に会ったら…あいつの努力が台無しだろ?」
「…努力って…」
「ヨンナムと僕に知られちゃいけないって頑張ってたあいつの気持ちがさ…」
「そうだろうか…気付いたって言ってやればイナは楽になると思うけどな」
「…かもしれない…でも…僕がまだそんな気持ちになれない…あっちで気持ちを落ち着けてから…だな…」
「気持ちが落ち着けば…イナと向き合えるか?」
「わからない…考えてみる…どうすればいいのか…」
「どうすればって…お互いに受け止めあえばいいんじゃないか!」
「それだけでいいのかな…」
「それでいいだろう?!受け止める事だって大変な事だよ!」
「…いいのかな…。わかんないよ…。受け止めてやって、僕の傍にイナを置いといていいのかな…」
「イナは…そうしたいと言っていた」
「気持ちが…揺れてるのに?それでまたイナに嘘をつかせることになるのに?」
「…」
「縛り付ける事にならないか?」
「…僕は…イナには貴方が必要だと思う」
「こんな男が必要?自分勝手で思いやりがなくてこんな…」
「貴方は…」
「ん?」
「済州島で自分の事を考えるべきだ」
「…」
「イナの事は考えなくていい!自分自身の気持ちを見つめなおすべきだ!これからどうしたいのか。それが解ればイナと向き合える。イナの気持ちを受け止められる。そう思う」
「…ギョンジン…」
「イナが好きなら手を離すなよ…」
「…」
テジュンさんは落ち着いた顔で笑みを浮かべた
それから会社の先輩のところへ向かうと言って立ち上がった
ラブが心配して、送って行くと言い、僕達二人はテジュンさんの運転する車の後についていった
僕は少し切り込みすぎたのかもしれない
偉そうな事を言ってしまった…
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