ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 211

千の想い 91   ぴかろん

ホテルの部屋に入ると、ダーリンは積極的に僕の唇を求めてきた
それはいつもは僕の役目なのにな…
ダーリン…餓えてる?
くふん…

僕達は濃厚なキスをたっぷり楽しんだ

「くは…」
「どうしたの?ラブ、珍しいな…お前からこんな濃いキス仕掛けてくるなんて」
「口が寂しいもん」
「え?」
「お腹空きすぎて…」
「…。今食べたばっかじゃない!」
「足りるかよ!あんなちっとの量!」
「…」
「でもダイエットしないとマズいからさぁ…」
「そうねそうね。お姫様ダッコできないもんね」

僕はダーリンが余計な事を考えたり言ったりしないように、機先を制して言葉を発した
ダーリンは僕の瞳をじいいっと見つめた
あん…可愛い…

「…」
「ん?」
「…。アンタがぁ」
「うん」
「このごろぉ」
「うん」
「俺に手出ししないのはぁ…」
「う…ん…」
「俺がデブだから?」
「ちっ…違うよぉ…」

ラブがデブ…もとい…太目っぽいのは今に始まった事ではない!
出会った頃から『ぱーん』としていた、ウシクさんじゃないけど…
ただ、僕も気をつけないと腹部にお肉がついてしまう
僕だけでなく、BHCのみんなは気をつけてないと『お腹周りにお肉がつく』んだっ!
だから僕は毎日腹筋を欠かさない
三百回ぐらいやっている
それなのに『腹王』にならないのはどうやらそれが『BH体質』らしいからだ…
胸筋とか上腕とか太腿とかには、美しく筋肉がつく(中にはフトすぎるとの声もある…)のだが、腹は割れない
腹の部分だけ、『霜降り』になっているんじゃないかという噂も聞く
だけれども『霜降り腹』はぽよぽよしててとても気持ちいいのだ
だから僕はラブが太目だろうとなんだろうと構わないのだ
可愛いから…

でもダーリン…そっか…僕が『最近控え目だ』ってこと、やっぱりバレてたのか…
しょしてくふん…ちっと『不満』らったのかきひひん(*^^*)
ああ…ダーリンを『調教』…違う!ずぅっと愛し続けた成果がでてきたなぁくふふん…
もう『僕なしではいられない』?くひーんけひひんけひ…

はぁぁ…
そんな状況になっているのに僕はどうしてこんなに元気がでないのだろう…
ごめんねダーリン…夏バテかしらん…
でもダーリン、僕はどーでもいいけろも、ダーリンだけは『満足』させてあげるからっ♪

それで僕はダーリンをベッドに寝かせて、『腹部マッサージ』を始めた

…うむむ…うむむむ…たしかに…大変な『霜降り』状態に思える…

「いったぁい!もっと優しくマッサージしてよっ」
「だって脂肪分解しようと思ったらこれぐらい強く揉まないと」
「…」

ふ…黙った…
そんなに『あの垂れ目馬』に『乗り』たいのだろうか(@_@;)
むむぅ…そんな気持ちにさせないように、僕、ダーリンを『大満足』させてあげるからっ(@_@;)

本当の腹部マッサージから、段々と『おいろけまっさーじ』に変化させていく
ダーリンの表情も『しかめっ面』から徐々に『よーえん面』へと変化していく
ああ…可愛い…
僕は腹部だけでなく、ダーリンの全身をまっさーじしてあげたくふふん…

「あ…ギョン…ジン…キス…て…」

途切れ途切れにキスのおねだりをするダーリンを覗き込みながら、僕は執拗になでなでするだけら…くふん…
らって切ないお顔がたまんないんらもんくふん…

「ギョンジ…あ…きす…」
「くふん…やだ…」
「や…きす…」

ああん可愛い…
仕方ないなぁもぅ…
僕はダーリンの可愛い唇をそっと塞ぐ
ダーリンは可愛い舌を僕の口に滑り込ませる
ダーリンはもう『まるはだか』なのに、僕はキチンと服を着ている
目を潤ませたダーリンが、キスしたまんま、僕の服を脱がせようともがいている
ううん…だめ!
僕はこのままでいいの…
ダーリンの両腕を片手でまとめて押さえ込み、空いている片手でサワサワサワーとマッサージの続きをする
くふ…眉根を寄せている
いろいろと『反応』が起きているな…くふ…
掌『等』でその『反応』を『過敏』にさせる
ダーリンは首を振って短く息を吐いた

「うで…はなし…はなして…あ…」
「まだだめ…」

僕は掌『等』でダーリンを刺激した後、ゆっくりと腕を解放した
ダーリンの腕が僕のシャツを剥ぎ取ろうとしていたけど、僕はどんどん下に潜り込んでやった
掌『等』で刺激していたダーリンを、口『等』で捉える

「は…」

ダーリンが仰け反る
楽しいな
可愛いな
気持ちいい?
待っててね、満足させてあげるから…

一生懸命『奉仕』していると、ダーリンは無理矢理身を起こして僕の髪を掴んだ
そしてはぁはぁと息をきらせながら言った

「あ…アンタずるい…」
「ん?…ろーして?」
「あんたも…」
「え?」
「あんたのも…ちょうだい…」
「え?」
「俺も…する…」
「…」
「…」
「え?」
「キスしたい…」
「え?唇?」
「違うよバカ…」
「…じゃろこに?」
「アンタの(ピー)」



僕はダーリンの発した言葉が信じられなくて、もう少しで『ダーリン』に歯を立てるところだった…

「え…え?ええ?」
「…時々してやってるだろ?だから…」

一瞬固まったのちに僕は空いている手をひゅんひゅん振り回し、首をぶんぶん横に振った

「あ・あ・あ・あ…く…咥えたまんま首振るなよっあ・あ…」
「はふ…ごみん…れも…えっそうおらい…ほんらころしらくていいれすおくには」
「…は?…ちょっと、ちゃんと喋ってよ!…あ…」
「えと…では」

僕は『ダーリン』を『手に持ち替え』て『軽く刺激』をしながら申し上げた

「めっそうもございません、そんな事、僕にはしてくれなくていいれす」
「…なん…でよあっ…」
「お前が満足してくれればそれでいい」
「そんな…あああっ…あ」

それから僕はもう一度『ダーリン』を口『等』で捉えた
ダーリンは、『あ』とか『は』とか『ぃや』とかいう声の合間に、「俺だってアンタを喜ばせたいのに!なんでくれないのさ!ばか!」などと僕を罵った
僕はダーリンのいう事を聞かなかった
今日は… 今は…
そんな事をしてほしくなかった…
だって『役に立たなかったら』と思うと…
…今日の僕はそんな可能性が『大』だったから…
だから僕はダーリンに一生懸命『奉仕』した
『ずるい』と『ばか』と『だいきらい』を繰り返しながら、ダーリンはようやく果てた



La mia casa_44  妄想省mayoさん

♪On a dark desert highway, cool wind in my hair
Warm smell of colitas, rising up through the air
Up ahead in the distance, I saw a shimmering light…♪

Welcome to the ほっ…てル かっ..りほぉル..っ..にゃッ#♪
Such a lovely place..
Such a lovely face..
Plenty of room at the…ほって

…はこぱこ..ぱっこん☆

腿にちょこんと座るはるみが♪歌う俺の腕を両前足で叩いた..

「ぅぉぃ#...ここは聴かせとこだに...お嬢#..お?..」
「@_@..(ひ~~ん..しょれはぁ..じぃぅ~~ゅびゅん!しょうちにょしゅけにゃのでしゅがぁ..)」
「ん..ならば..止めてくれるな..♪ほ…ってル かっ..り..」

「みゃぉん..」
「ぁぃぅ#..何だっ#..」
「<(_ _)>..(ひん!..あにょぉぉぉ...)..→..」

はるみが遠慮がちの俯き加減上目使いで..俺を見ながら..
徐に右前足で廊下の方を指した..

「っつ...お前の大好きな"お手々"が来たか..」
「〃@@〃..」
「ったぐぅ↓~↑~↓~↑...い~気分で歌ってたつーのな...♪.…..にゃッ#....」

(>▽<)〃〃...
はるみは躰を震わせ「ンッッケッケッケ...」笑いながら..するするする..と俺の腿から腕を伝う..
ジーンズの両ポケに親指だけを突っ込み..俺の肩へはるみが乗るのを待った後..
デスクの椅子から立ち上がった..

はるみ贔屓の"お手々"の主は中庭に現れた
両手に荷物をぶらさげた其奴の為に通常より重量のある廊下のガラス戸を開けた..
片手に携えたPCを俺が受け取ると"お手々"の主は掌をぱぁ~っと広げながら半弧を描いた..

「ハァ~イ#..」
「みゃぁ~ぃ(*^▽^*)〃」

はるみはそれに答え..前足でくるん@と半弧を描く..
ご挨拶の後..はるみのほっぺたをその"お手々"がするりするり〃と撫で回す..

「ひゃぁ~ん..」

はるみは俺の肩で身を捩る..
"お手々"の主は廊下からリビングに入るともう片方の手にある持つ紙袋を荷物を降ろし
俺の肩からはるみを抱き上げた..

「ふっひゃぁ~ん..ひゃい~ん(e▽e)/」

贔屓の"お手々"で胴をぷるぷるされ..その後..捏ねくり回されたはるみは"お手々"の主の胸に収まった..
久々の逢瀬を楽しむかの様にはるみは背を撫でる"お手々"に甘えた..

「ったく..ぺちん☆」
はるみのデコに軽めにぺちん☆をした..

「ひ~~ん#..この"お手々"はべつもにょでしゅ~..ンッケッケッケ..」
っとでも言ってるのだろう..はるみは俺のぺちん☆の痛さも感じない様である..怪猫めっ#..

「お前がここんと沙汰なもんでお嬢は寂しがってたぞ..」
「<愛の伝道師>は忙しいわけ..」
「ぷっ#..ぉ..飯食っていくだろ?..今日はテソンの和だ..」
「やった#..もちもち..よろしくぅ~(^^)..」

ヨンジュンはコイツ特有の無邪気とも言える笑顔を見せた..
ダイニングテーブルでヨンジュンのセットアップしたPCをチェックした..

「セットアップ..急がせたか?..」
「けんちぇなですよぉ..僕には朝飯前ですよ..」
「ぷっ..」
「PCも周辺機器も電気街で調達のタダ同然のもんだし..」
「だな..」
「それにさ...午後に電話で先輩に確認取った時..じゅの君の話..してましたからね..」
「ん..」
「例の企業の技術屋さんが使用しているソフトと同じもん..入れておきましたよ..」
「ぁぁ??..ギスの会社のか?..」
「はぃ..そういうこと..」

「っう..じゅのがドンジュン絡みで仕事するとはまだ決まっとらんぞ?..夕方依頼したばかりだ..」
「なぁに言ってるですかぁ.."あやかし"の依頼ですからねぇ..大方大丈夫だと..踏みましたよ..」
「ぷっはっは..ぁ~ったく..お前ってヤツは..抜け目のないヤツだ..」
「あはっ#..」
「ご苦労..実に大義であった..」
「(^_^)#..」

俺のオーバーな物言いにヨンジュンは軽く握った小節の親指と小指を立て..
ふるふると振り..はるみはヨンジュンの頭をすりすり〃..っと撫でた..
PCのチェックを終え..ヨンジュンに言った

「何か飲むか?..」
「何ありますぅ?..」
「ん~..ツァールスコエ・セロはどうだ?..」
「わぉ..いいですね..」

ツァールスコエ・セロはでその昔..暖炉の前でヨンジュンとグラスを交わした露産のウォッカだ..
ボトルとショットグラスを手にし..はるみを抱いているヨンジュンを頭でベランダへ促した..

「あれぇ?..先輩..ボトルん中身..半分減ってるけど..」
「たはっ..^^;;..」
「ちびちびっと..飲んでるわけ?..」
「ん..あいつ等が帰ってくる間にな..ちょいとな..」
「ったくぅ~..ぁ~~..わかった!..」
「何だ..」
「♪鼻歌まじりで..おまけに部屋暗くしてさぁ..ちびちび...ですかぁ?..」
「ぁぃぅ#..俺が唯一..ひとりになれる時間だ..悪いかっ#..」

ヨンジュンとはるみは「ぷひひ..」「ンッケッケ..」とわざと憮然とした俺を見て笑った..

そよ..と靡く風に当たりながら..ヨンジュンと2人..ちびちび..ウォッカを飲み始めた..
ヨンジュンはちびちび..っと口を付けていたグラスの中身を..くいっ..開けた後..
空のグラスを弄びながら俺に言葉をかけた..

「先輩..」
「ん..何だ..」
「今のヤマさ..」
「ん?..元(ウォン)×金(キム)@ソヌか?..」
「ぅん..そう..それ片づいたらさ..」
「ぉぅ..」
「ちょっとソウル..留守にしていいですかぁ?..」
「あんなぁ..俺はお前の雇い主ではないぞ?..いちいち断る必要はないだろう..」
「ぁひ..まぁ..そうですけど..」

「ヨンジュン..」
「ぅん?..」
「"姫"に会いに行くのか?..」
「ぷっ..お見通し?..先輩..」

俺は口端をちょいと上げ..ヨンジュンに視線を送った後..正面を向いて頷いた..
ゆっくりと紫煙を吐く俺の横顔を眺めているヨンジュンが視線の端に入ってきた..

"姫"とは..ヨンジュンの娘だ..


Behind the Scene1   オリーさん

「細かい仕上げは私がやりましょう」
そう言ってディレクターのカンさんが僕をうながした
「ポスター撮り、遅れますよ」
彼を振り仰いだ僕にさらに微笑んだ
「私の腕、信用できません?」
「すみません。じゃあお言葉に甘えて」
僕は彼の心遣いに感謝した

僕はその朝、マッキャンのスタジオにいた
さすがに二晩続いた徹夜明けはしんどいはずだった
だが思いのほかそれを感じないのは
久々に味わった現場の雰囲気に満足していたからだろう

「時間まで少し寝ていきます?」
カン氏は親切な申し出もしてくれた
だが少しでも横になれば、それで終わりだろう
丁寧にそれを断り、僕はスタジオを出た
「徹夜明けじゃあ、メイクのノリが悪いでしょうねえ」
最後にカン氏はからかうように僕に言った
僕は笑ってただ肩をすくめた

車の中でワイシャツを着替え、
途中スタバでカプチーノを調達し撮影現場に向かった

ポスター撮りを忘れていたとスヒョンには言えなかった
だがCMのことで頭がいっぱいだった僕は
すっかり忘れていたのだ
前の晩、スヒョンから電話をもらうまでは

「明日はそっちに回って拾って行くよ」
そう言ってスヒョンが僕の携帯に電話をくれたのは
昨夜店が引けた頃の時間だった
2日続けて店を休ませてもらっている僕は
まだスタジオでの作業が終わりそうもないと言えなかった

「いや、ちょっと一人で曲想を練りたいから一人で行くよ」
「一人で大丈夫か?逃げるなよ」
「逃げるわけないだろ」
「ほんとに一人で来る?」
「ああ」
「じゃあ明日現場で」
「わかった」

携帯を握りしめている僕に、カン氏が声をかけてくれた
「朝までには仕上がりますよ」
「ポスター撮りのこと、忘れてました」
「嬉しいな、集中してくれてる証拠ですね」
「うっかりしてた」
「他の俳優さんの都合もあるでしょうから、行ってください。
でも大丈夫、たぶん朝までにはできますよ」
「朝までね」
「そう、朝までには」
僕らは互いの顔を見つめ苦笑した

車の中で何曲かイメージしている曲を聴いて気分を変えた
教えられた現場に着くと、
僕の車にスヒョンが近づいてくるのが見えた
「おはよう」
僕は車から降りてスヒョンに声をかけた
スヒョンはしばらく僕の顔をまじまじと見つめ
おもむろに、これから大事なプレゼンか、と聞いた

何言ってるんだ、プレゼンはもうすんでる
そう答えようとしたが、
スヒョンの顔がいつになく真剣だったのでやめておいた
もうジンになっているのか
なら、映画の話にしよう
ちょっと2・3曲閃いたんだがと答えた
スヒョンはそれには答えず
硬い表情のまま、行くぞと言って僕の前を歩き出した
僕は黙ってその後についていった

現場に着くとすぐに着替えをさせられ、メイクを施された
化粧のノリが悪いでしょうねえ、
カンディレクターの言葉を思い出してつい笑ってしまった
「どうしました?」
メイクの女性が驚いて聞いた

「すみません。あの・・化粧のノリどうです?」
「あら、そんなこと気にしてたんですか」
「徹夜明けは化粧のノリが悪いって言われました」
「徹夜明けなんですか。確かにちょっと疲れてらっしゃるみたいだけど
でも大丈夫です。私が何とかします」
「そう・・」
「でもあまり血色いいと、ヒョンジュのイメージじゃないですから」
「なるほど。言われてみればそうか」
「そうですよ。はい、ちょっと目を閉じてください」
目を閉じた僕は軽い睡魔に襲われた

スタジオに入るとすでにウナさんが撮影に入っていた
先ほど挨拶したときのおっとりとした表情とはうってかわって
ソニの内面の強さが顔に表れている
プロの役者とはこういうものか
改めて感心した

その瞬間バックに流れる音楽に気いた
マーラー
監督に薦めた曲だ
交響曲第5番交響曲第5番, 嬰ハ短調, - 4. アダージェット
旋律を指で辿ってみる

「うまくいきそう?」
突然スヒョンの声が耳元に届いた
僕はゆっくりとその声の方を見て答えた
「撮影の時ジンとソニのテーマにどうかと監督に言ったんだ。
見えない部分にヒョンジュの気持ちもこめられているような気がしないか。
ほら、ここ・・バイオリンの旋律・・ラストの切れ方もなかなかいいだろ」
僕は音を辿りながら目を閉じてスヒョンに説明した

次はエルガー
エニグマ変奏曲オーパス36の9ニムロッド
ジンとソニの関係を表現するのには
ちょっと後半がドラマチックすぎるだろうか
スヒョンに聞いてみようと思い目を開けると
僕をじっと見つめていたらしいスヒョンの視線とぶつかった

「何だ」
「いや…」
「ここなんだ・・この次の旋律・・盛り上がりの後の静かな広がり・・」
劇的に盛り上がった後の静けさ・・
これが二人の絆をより強調できる
僕はまた目を閉じて音楽に集中した

しばらくするとスヒョンが監督に呼ばれフレームに入った
ウナさんを背後から抱きしめ、目線を僕に送る
いいんじゃないか
ジンの雰囲気が出てる
似合いのカップルだ
僕はそれを天国から見守る役だ
そう、天国から・・・

二人のショットが済むと入れ替わりに僕が呼ばれた
窓辺に立って何も考えず目をと閉じて深呼吸しろと
監督の支持があった
何も考えないのは無理だ
だが目を閉じて深呼吸はできる

CMの画像が甦った
ソファに体をあずけ目を閉じているスヒョン・・
いや、ジン・・
アヴェ・マリアが僕の頭の中で聞こえ出した

何度か同じ事を繰り返して意いたが、
ふいに外に出て行くスヒョンが目の端に飛び込んできた
と同時に僕の中のアヴェ・マリアも止んだ
なぜ見ていてくれない?
OKの合図をもらったのはその直後だった


室内の撮影が終わって、野外に移動した
移動中のバンの中でスヒョンに聞いてみた
「何で途中で出て行ったんだ」
スヒョンは意外そうな顔で答えた
「問題もなさそうだったから休憩に出ただけだ」
そうなのか
「僕がいないと困るようなことはないでしょ?」
確かにそうだ
「今日の選曲はよかった…お陰でかなりいい感じで入り込むことができた」
なら言う事はない・・か
今日のスヒョンはどこか昂ぶっている


野外の撮影現場、頭の上にはカメラのクレーンがある
とんでもない事態だが、
スヒョンと寝転んだ草のひんやりとした感触が心地よい
「さっき…よかったよ」
「え?」
「窓辺のヒョンジュ…かなりよかった」
見ていてくれたのか
「おまえ仕事モード全開でどうなるかと思ったけど」
仕方ないだろう、二日間徹夜した後の仕事帰りなんだ
だが僕はその言葉を口にしなかった
かわりに、今日はスチールだからいいがと言葉を濁した
本当にやっていけるのだろうか
スヒョンのテンションについていけるだろうか

「大丈夫だよ…僕がついてる」
そんな僕の心を読んだかのようにスヒョンが囁いた
「勝手に部屋を出ていったじゃないか」
「もしかしておまえ…側にいてほしかったの?」
スヒョンが僕を改めて見つめた

そうじゃない・・けど・・
「じゃ?」
何だろう・・
「ん?」
いつもいるものが急にいなくなられると・・驚く・・んだ
「おまえ…」
何だ?
「わがままだな…相変わらず」
スヒョンがいつもの柔らかい微笑みを浮かべた
それを見た僕は、今日初めて和やかな気持ちになった
暖かい空気に包まれ、また睡魔に襲われた

「白状すれば…わざとスタジオを出た」
そんな僕にまたスヒョンが話しかけた
わざと?
「おまえ…僕と目が合うとなぜかミンチョルの顔に戻るでしょ」
僕の顔?
「ドアの外でぼんやりしてた」
僕の顔ではまずいわけだ・・ヒョンジュの顔でないと

「ナンパして茶でも飲んでると思った?」
スヒョンはおどけたが、僕は軽い衝撃を受けていた
僕がスヒョンを見る時は常に僕だ
どうやってヒョンジュになればいいんだ
どうやって・・

恋人のためには死をも簡単に選択できる純粋な男・・
僕の中にはヒョンジュのかけらさえありはしない
どうすればいい・・


撮影が終わり再びバンでスタジオに戻った
車から降りようとすると、いきなりスヒョンに腕を掴まれた

「ひとつだけ言っておきたい」
どうした・・あらたまって
「僕はこの作品で真剣にジンを演るつもりだ」
そんなことは承知している
「おまえがミンチョルだってこともひっくるめてジンを演る」
僕が僕であること?
「今日一緒にいてわかったよ…何をすればいいのか」
何をすればいい・・

スヒョンはいつになく緊張した笑みを浮かべた
「僕が全部引き受ける」
全部って何を?
「おまえはおまえの中のヒョンジュと音楽に集中すればいい」
僕の中のヒョンジュ?
どういう事だ、そう聞き返そうとしたとたん
スヒョンの手が僕の頬をつまんだ

僕の中にヒョンジュがいる?
そう思うのか?
言葉に出して聞きたい衝動にかられた
だがスヒョンの方が先に口を開いた
「チェ・スヒョンを信頼してる?」
聞くまでもない、わかっているだろう
「じゃ問題ない」

僕の唇の端を親指でなぞるとスヒョンはバンから降りていった
最高の仕事をする…いいね?という言葉を残して・・

思わず力が抜け、眩暈に似た不思議な感覚に襲われた
これからどうすればいいのだろう・・
すでにジンになっているスヒョンに追いつけるのだろうか
僕の口から出たのは小さなため息だった

撮影したものの確認が終わり、開放されたのは夕方少し前だった
僕はRRHに戻り、店に出る時間までひたすら眠った
何をどうすればいいのか、答の出ない問いを抱えたまま・・


目を覚ますと苦労して僕を起こしたミンが目の前で苦笑していた
もう二度と目を開けないんじゃないかと思った、と・・


千の想い 91   ぴかろん

テジュンが朝早く出て行き、ラブの視線を浴びてから
俺はおかしくなってしまった
眠りたいのに眠れない
大丈夫だ、大丈夫だと呟いてみても不安で堪らない
笑えないと本当の気持ちを教えてくれたテジュンに
俺は…
不満を
感じている…

わかってる!
テジュンが苦しんでいることぐらい
それを乗越えようと闘ってることぐらい
わかってる!
だから俺も一緒に苦しみたいと思って
今は俺がテジュンを支える時で
俺が落っこちそうになった時にはきっとまた
テジュンが俺を支えてくれる
そう信じて俺は…俺は…

やめろよラブ
なんでそんな目で見るんだよ
こないだまでお前、俺を慰めてくれてたじゃないか
なんでだよ
なんでテジュンを『盗る』なんて言うんだ!

ずるいよ
お前もうテジュンと寝たじゃないか!
俺があの時どれほど苦しかったか
お前、わかんないだろ
わかるはずがない
テジュンがお前に取り込まれるのを
俺は何もできないまま
遠くでただ感じていた

そうだよ
その苦しみを今、テジュンが感じてるんだ!
目の前に俺がいて、ヨンナムさんがいて
今日何をしたか逐一報告されて

ああ俺は何をしたいんだっけ…
ヨンナムさんとテジュンが心から解りあえるように
ヨンナムさんが本当に望んでいるものを見つけられるように
助けたいんだ…助けたい…

見るなよ!
そう思ってるんだ!悪いか!
俺はテジュンを信じてる
きっと乗越えてくれる
きっとまた俺を捉まえてくれる
一緒に苦しんで、一緒に乗越えるんだ
お前が入る隙間なんてないんだ!来るなよ!

こわい
お前はテジュンを愛してると言った
テジュンもお前を愛しているのだろう
いびつなテジュンにお前が甘い声をかけたら
テジュンはきっとお前と…

どうして揺れるのさテジュン!
お前もう揺れないって言ったじゃないか!
それもわかってる!
どんなに強く決めた事だって
一瞬で揺らぐって
俺自身がそうだったじゃないか!
わかってる!わかってるのにどうして俺は…

お前が揺れて、ラブの瞳が俺を射抜いて
俺は『上辺だけの決意』を実感する
お前もそうなんだろ?テジュン
逃げ出したいんだろ?
俺なんか捨てて違う場所で
こんなわけのわからない想いに囚われないで
気楽に気ままに過ごしたいんだろ?!

ああ…
信じてるのに
なんでこんなこと…
思っちゃいけないのに
いけないと思えば思うほど
俺の中でテジュンへの不満が膨れ上がる
さっきまで抑えていたのに

ラブの瞳が俺を掻き回す
違う
ラブのせいじゃない
テジュンのせいでもない
俺の心の奥底にまだ
消えないで残ってる
ヨンナムさんへの想いが
違う
テジュンへの想いとは違う!違う!違う!
止めてしまいたい
考えるのも感じるのも愛するのも

ベッドに突っ伏していると
テジュンの残り香が纏わりつく
香りと一緒にテジュンの迷いも
俺の中へ流れ込む
俺は暫く唸り続けた
こんな風にテジュンも唸り続けていたのだと
その香りが俺に教えてくれた

唸り声と一緒に
突然
『いいのだ』という
声が聞こえた

俺は唸るのを止めた
そして
考える事も感じる事も愛する事も
止めないでおこうと思った

不思議な静けさが
さっきまで波打っていた心に訪れた
俺は
テジュンの態度に不満を持っていて
ラブに腹を立てていて
もう何も感じたくないと思っていた
不安で堪らなくて
頑張っていると解って貰えなくて
思い通りにいかないことに
焦りを感じていた
人を感動させる言葉を吐いて
その裏付けをとろうと取り繕っていた

思い通りになんていかないものなんだと
それはそれでいいのだと
声が聞こえた

テジュンも俺も
自分の中に
その声を持っている
漠然と知っている
それでも気持ちは思い通りに動かない
それも解っている

同じなんだ…
きっと…ラブも…

俺はテジュンの残り香にくちづけをして
ベッドから離れた

ここで留まっていても仕方ない
纏わりついた香りを払い
部屋を出て早めにcasaに行った

チェミさんは早くから生地を捏ねていた
俺の顔を見ても何も言わずに手を動かしていた
俺も作業に取り掛かった
何も考えないで粉を捏ねたかった
考えるな…考えるな…
そう思うたびに粉に俺のどろどろした気持ちが流れ込むような気がした
こんな時は反対に『考えた』ほうがいいのかな…
チェミさんに聞いてみたかったれけどやめた
自分なりの答えを出すべきなのだ
俺達はずっと黙りこくって作業をしていた
きっとチェミさんには何もかも解っているのだと感じた

一次発酵の間に、お茶でも飲んで来いと初めて声をかけられた
俺は口の端を上げてチェミさんに会釈をし、リビングに上がった
迎えでてくれたテスはいつものようにニッコリと笑い、ぽちゃぽちゃの手で俺の頬と肩を軽く叩いた
リビングのテーブルに無言で座るとmayoさんが甘い香りの紅茶を運んできてくれた

「何か食べる?」
「…いい…」
「食べてないんでしょ?」
「食べたくない」
「聞き捨てならないなぁ…」

そう言いながらmayoさんはキッチンに居るテソンの方に行った
テソンが俺の方に来てアヒルの口で呟いた

「朝飯は大事なんだぞ」
「…」
「なんか作るから食べて」
「いいよいらない…」
「食べないなら出入り禁止だってmayoが」
「あっテソン!なんで私のせいにする!」
「いいじゃん!mayoの言う事ならイナさんだって聞くじゃん!」

二人が言い争いになりそうだったので解った、食べるからと言ってため息をついた
暫くするとお粥が運ばれてきた
気が進まないまま口に運んだ
あったかくて優しい味がした
突っ張っていた心に染みるような味だった
俺はテソン達に礼を言ってまた工房に降りた
チェミさんがニヤニヤしながら俺を見た
俺もニヤっと笑って返した

「いいだろ?ここは」
「…。うん…」
「『あやかし』で『癒し』の空間だからな。ふむ」
「…うん…」

それからパンを成型して焼いた

「今日のパンなぁ…あんまりの出来だなぁ…」
「…うん…」
「なんだ。自覚してるのか?」
「…だめだな…気分が流れ込んじゃった…」
「だろ?」
「…。チェミさんもそういう時あるの?」
「出そうになる。でもな、プロだから気分で味が変わっちゃまずいだろう」
「うん…」
「だから俺はここに住んでるんだよ」
「ん?」
「癒してくれてあやかしいここにな。だから毎日『しあわせパン』が焼けるんだよ」
「…。うん…」
「まぁお前のパンは『こどもぱん』だからな。気分によって味が変わるってのは『ひとつの売り』だ」
「…そう?」
「そうそう。客寄せパンダだ。ふ…ふはははっ…は…」
「…。シャレ?」
「…」
「…。シャレなんだ…へぇ…」
「忘れてくれ」
「『客寄せパンだ』…で切るべきだったね」
「うるさい!」
「…。俺って…まだまだだな…ほんとに…」
「当たり前だ。俺だって『まだまだ』なんだからな」
「そう?」
「人間死ぬまで『まだまだ』だ!」
「揺れて当たり前?」
「あったり前だ!揺れなかったら『神様』になってるぞ!」
「…うん…」

ここに来れる様になってよかった…
ガチガチの心が柔らかくなる
俺はチェミさんに笑顔を向けた


千の想い 93   ぴかろん

ごんごんごん☆

腰高窓を誰かが叩いている
チェミさんがロールカーテンを上げて満面の笑みを浮かべ、口を少しだけ動かして俺に言った

「愛しい人が来たぞ」
「え?」

中を覗きこんでいる子供のような顔が、俺を見て微笑んだ
その笑顔に俺は一瞬引きつった

テジュンに
こんな風に
微笑んでいてほしいのに…

すぐに気持ちを入れ替えて俺も微笑み返した
テジュンとそっくりの顔が、もっと柔らかな微笑みを作った

「行って来い。今のお前にはこの人の笑顔が必要だぞ」
「…え…」
「苦しみ続けることが解決法とは限らない。なんでもやってみろ。ただし、ヤケにならないようにな」
「…あ…うん…」

焼きあがったパンを少しだけ持って、俺はヨンナムさんのいる路地に出た

「どうしたのさ。まだ電話してないのに」
「早く顔が見たかった」

またそんな発言をする!
当の本人はいたって無邪気だ
柔らかな微笑みを少しだけ引き締めて
ヨンナムさんは口を開いた

「今朝テジュンが着替えに帰ってきたよ」

ずきんと胸が痛んだ
もう一度柔らかく笑ったその顔が俺の痛みを散らした

「テジュン、ほんとにお前の事が好きなんだな…。辛そうだった…」
「…」
「でも僕、遠慮しない」
「…ヨンナムさん…」
「僕は僕だ。テジュンはテジュン。イナ、僕達がそっくりだからって取り違えないでよね」
「…うん…」
「…暫くの間だからってテジュンに言った…」
「うん…」
「ごめんね…僕、お前をリハビリに使ってるみたいだ」
「…いいよ…」

ふっと笑ってヨンナムさんは俺をトラックの助手席に乗せた
また公園に行ってパンを食べた
今日の、あんまり美味しくないと口をへの字に曲げてヨンナムさんが言った
『こどもぱん』だからいいんだと言うと、プロじゃないなぁと言われた
ほんとだな…俺はパン屋のプロにはなれないな…けどホ○トのプロではある
そう威張るとくすくす笑って俺の頭をヨシヨシと撫でてくれた
子供にそんな事されたくないと言うとたまには子供だって大人の頭を撫でてやりたくなるもんなんだ、もっともお前は『大人』じゃないけどね…と言った

「テジュンの頭も撫でてやれよ」

ヨンナムさんは優しい瞳でそう言った

パンを食べてから芝生に寝転んだ
ヨンナムさんは俺の髪に手を伸ばしてそっと引っ張った

「ん?なに?」
「お前さ、さっき僕の顔見て引きつったでしょ」
「…」
「テジュンを思い出したんでしょ?あの辛そうな顔…」
「…。テジュン、今は笑えないって言ったんだ…」
「僕の事で?」
「…貴方の事も俺の事もひっくるめて、整理がつかないんじゃないかな…」
「あいつも行きつ戻りつな奴だからな…。昔っからそうなんだ」
「…そう?」
「僕、あいつの感情に関しては敏感なんだぜ」
「…うそ…。人の気持ちに鈍感なんじゃなかったの?」
「だから、あいつの感情のみだよ」
「…なにそれ…」
「それだけ近い存在なのかな…。多分あいつも僕の感情に関しては…敏感なんじゃないかな…」
「そんな風に思えなかったけど」
「だってお互いに隠してたもん」
「…」
「僕にイライラしてるなぁとか、消えちまえって思ってるなとか、反対に頼りにしてるなとか…感じるよ」
「…じゃ…今は…」
「邪魔だって思ってる」
「…」
「だけど、そんな風に思っちゃいけないって自分の気持ちを否定してる」
「…」
「だから葛藤が起こるんだろ?誰でもそうじゃん」
「うん…、そうだな…」

俺も…俺もそうだ…

「あいつ、今頑張ってるよな」
「うん…」

俺も…頑張ってるもん…

「僕は今度は絶対手を緩めないよ」
「…」
「今までは逃げ出してたけど…今それやったらまた同じだろ?」
「うん…」
「お前も苦しそう…」
「…」
「僕に何かできることある?」
「…。ないよ…別に…」
「抱きしめてあげようか?それともキス?」

軽くいなすつもりだった
ヨンナムさんの顔を見たらできなくなった
真っ直ぐな瞳には、俺も真っ直ぐに返したかった

「…貴方には笑ってて欲しい。テジュンに対しても…」
「あいつ余計イライラするんじゃないかな、僕が笑ってたら…」
「ホントは俺が笑っていたいんだけどな…今朝まで頑張ってたのに…俺…弱っちい」
「なんかあった?」
「突かれた、ラブに…」

今日はヨンナムさんが俺を柔らかく包んでくれている気がする
俺はラブに感じた事をするすると話した
絡まっていた糸が解けていくような気持ちよさを感じた

盗られるかもしれないというと、ヨンナムさんは俺の横に転がってきてそっと抱きしめた

「こんな事しかできないかな…ヨシヨシ…」
「…ヨンナムさん」
「ん?」
「貴方の前でさ、俺、テジュンの事を考えてるんだよ」
「うん」
「平気なの?」
「…うーん…」
「昨日の夜はテジュンが迎えに来るって言ったら拗ねたじゃん…」
「はは。そうだった…。けど今は…平気。平気って言うよりちょっと嬉しいかな」
「…なんで?」
「お前の弱いところ、僕に見せてくれてるから。それってお前が僕を信頼してくれてるってことじゃないの?」
「…そかな…」
「そうだろぉ!」
「ヨンナムさん…秒速で『成長』してない?」
「なにそれ…」
「…してるよ…なんでかな、今日のヨンナムさんは…なんだか頼りがいがある」
「ふぅん。そう?」
「うん…」

安らぐよ、ヨンナムさん…

「…イナ…」
「ん?」
「大丈夫だよ。テジュンは必ず前を向く男だからさ」
「…うん…」

ヨンナムさんの長い指が俺の頭を撫で続けている
目を閉じてその感触を楽しむ
ふうっと意識が離れそうになり、慌てて目を開ける

寝てていいよとヨンナムさんが『大人』の顔で囁く
俺はにっこり笑ってそのまま彼の胸に頭を乗せた
疲れきっていたと初めて気付いた
そして、ヨンナムさんが俺を必要としなくなる日は、そう遠くなさそうだと思った


休息   足バンさん

その家はやはり花に囲まれていた

庭園のように綺麗に刈り込まれたものではないが
重なるように揺れる草花たちは呼吸しているかのようで美しい

僕はようやくテジンの奥さんのところにお邪魔した
いや、正確に言えば”奥さんのようだったひと”だろうか

クランクインまでに
僕は監督のアドバイスで様々な場所に顔を出し
心理学者や医学誌関係者などにも話を聞いていた

当初の設定ではジンはラストシーンで自分の子供を抱くことになっており
ウンスさんのところにもお邪魔してBaby体験をするはずだったのだが
最終的に本編での子供との映像はなくなり直接必要はなくなった

それでもお邪魔することにしたのは
そんな事情を連絡した際に彼女がとても残念がったことと
僕自身、テジンがここを出てからの彼女のことがずっと気になっていたから
そして何より自分の頭の空気を入れ替えたかった

映画にどっぷり浸かって
ジュンホ君やテプンたちには”チーフは最近ちっと恐い”などと言われ
ソヌ君やミンギ君にも”雰囲気が変わりましたね”と言われ
お客様にまで”コマシのテクにキレがない”などと言われる始末
そう…
いつものように器用にこなしていけない自分に疲れてもいた

ウンスさんは小さな坊やと一緒に出迎えてくれた

彼女は木のテーブルと椅子が置かれた風通る庭の一角に案内し
ちょっとこの子をお願いしますね、と言うと
腰掛けた僕にその小さな坊やをひょいと抱かせて飲み物を取りに行った

たちまち…冷や汗が出る
老若、男女、その中間…オールOKの僕でもさすがに乳児の扱いは慣れていない

落とさないようにしっかりと脇の下を支え顔を覗き込むと
思いがけずにっこりと笑ってくれてホッとした

テジンの子供を抱いているというのは何とも不思議な気分だった

坊やは僕のシャツの襟を引っ張り
丸いペンダントトップを興味深そうにいじり回して何やらあぶあぶと喋っている
腕の中のあまりの柔らかさに気が緩み
つい「これはたべられましぇんよぉ…くるまやのお兄さんにおこられましゅよぉ」
などと言ってしまう

こんな場面をメンバーに見られたら何と言われることやら

それでもその静かな時間にほっとする自分がいる
かわいらしい小さな小さな手が僕の唇に触れると
知らず知らずに顔がほころんだ

テーブルに冷たい飲み物や手作りらしい菓子を並べ
気を付けて下さいね、いきなり鼻先にパンチ入れたりしますから
などと目を細めるウンスさんはすっかり母親の顔だ
以前会った時とはずいぶん印象が変わったように思えた

彼女はちょっとした世間話をしながら
ここにはほとんど来客がないので嬉しいと言い
少し間をおいてーそれはほんの少しの間だったように思うがー
先日はスハさんが訪ねてくれたんですよと微笑んだ

彼女の口からスハの名が出たことは意外な気がした
黙って続きを待ったが
彼女はそれ以上その話題に触れるつもりはなさそうだったので
僕は坊やを抱いたまま促されるままに映画の話に切り替えた

彼女はあらすじに「その監督さんは絶対サドですね」などと笑ったりしながら
真剣に、時にはしんみりしたりして耳を傾け
しまいまで聞き終わると彼女なりの意見を言ってくれたりもした
女性の観点から話を聞いたのは初めてだったので
とても新鮮に感じられる

ソニの母の気持ちについては少し時間をかけて語ったように思う

「彼女は自分の愛情を揺るがさないことで自分を生かしてたんじゃないですか?」
「生かしてた?」
「そうやってソニの父を愛する自分を見せていくことが支えだったんですよ
 最後まで強くいた彼女も…きっとどこかで泣いてたでしょうけど」
「うん…」
「強くてかっこいいだけの女なんていませんもの」

彼女は顔を上げてようやく僕の目を見た

「私…フリーダの絵も嫌いじゃありません」
「ご存知でした?」
「ええ…でもソニのように遺作のことにはあまり関心なかったですね…
 どちらかと言えばあの自分をえぐるような絵の表現が羨ましかったんです」
「…」
「あそこまで自分をさらけ出せるってことが羨ましい」

彼女の目が遠くの花壇の先に彷徨い
その目線の向こうには名前も知らぬ白い花が揺れていた

ウンスさんが「ミルクの時間だったわ」と言って
家の中から哺乳瓶を持って出てくるのをのんびりと見ていた僕は
いきなり彼女がその哺乳瓶を渡してよこしたので面くらった

「俳優さんは何ごとも経験って言うじゃありませんか」

最近その台詞に弱い僕は仕方なく引き受け
また冷や汗をかきながら坊やの小さな口に哺乳瓶を突っ込んだ

片腕の中にすっぽりと収まる小さな身体
哺乳瓶と一緒に僕の指を握ろうとする綿のような指
僕は自分が…
そう…繭の中にでも浮かんでいるような優しい気分に包まれる

何気なくウンスさんに目を向けると
彼女はテーブルに頬づえをついてそんな僕たちをぼんやり見ている
その目は違う季節を見ているようにも思えた

もしかしてテジンを…想像してるの?
僕は何となくー余計なこととは知りつつーそんなことを考えた

風の音だけが通り過ぎる夏の庭
彼女の記憶の向こうにはどんな情景が見えているのだろうか

「ウンスさん…無理してない?」
「そう見えますか?」
「実はずっと気になってました…どうされているかと」
「従業員の家族のケアもチーフのお仕事なんですか?」
「そう考えていただいても構いませんよ」

彼女は観念したように涼やかに微笑んだ

「愛情なんてちょっとしたことで横道に逸れるんです」
「…」
「今までがそうだったようにこれからもわかりません」
「…」
「あの人の子供を授かったってこと…」
「え?」
「いいんです…それだけで」

僕を真っ直ぐ見る彼女の目が一瞬深い蒼白い色に染まった
その目は優しい母親のそれとは違う

今一緒にいるあの人にはできないでしょ?

そんな風に言っているように感じたのは気のせいだろうか
確かに見たのかさえよくわからない
強く鈍いひかりが宿ったのは本当に一瞬だったから

彼女の微笑みは直ぐに元に戻り
僕の腕の中の小さな命を愛しそうに見つめる

「この子がソニのように自分が生まれてきた理由を知りたくなったら…
 ちゃんと説明してあげるつもりです」
「…」
「どんなにあなたが望まれて生まれてきたか…少なくてもあなたを授かった瞬間だけは
 何にも代えられない愛情に包まれていたんだって」
「…」
「ソニの母親もそんな気持ちだったと思います」
「ええ…」

「でも…」
「…」
「でも…私は彼女のように死んだりしない」
「ウンスさん…」
「この子をおいて絶対死んだりしません」

僕は胸を突かれるような微かな痛みをおぼえ言葉を継げずにいた

なので彼女が母の顔でさっと立ち上がり
何ごともなかったように「飲み終わったらゲップをさせて下さい」と言った時は驚いた

「え?は?…ゲ、ゲップ?」
「はい…こうして肩にもたれかけさせてトントンして」
「こ…こう?」
「そうそう…お上手です」

僕はその日何度目かの冷や汗をかきながら
肩で小さな”けふっ”という声を聞くという初めての経験をした


帰り際ドンジュンから預かってきていた土産を渡した
何やらハイレベルな車のプラモー子供にも本物を与えるべきだとあいつは断固主張したーだったので
正直言って渡すのを思いきり躊躇したのだが
ウンスさんは喜んで受けとってくれた

そしてこれもまた躊躇して渡した僕の土産”Le petit prince"も喜んでくれた

「坊やにはちょっと早いけど」
「昔読んだきりで…私も楽しみながら読み聞かせます」
「今日はありがとう…ゆったりできました」
「いらした時はちょっと緊張してましたものね」
「今は少し違う?」
「優しい表情になったみたい」
「ゲップのお陰かな?」

彼女は笑いながら「映画、楽しみにしています」と言った

両側に花をたたえる小径でウンスさんと坊やは見送ってくれた

別れ際、僕は母に抱かれて笑っている坊やの頬にキスをした
疲れた僕を優しく抱きしめてくれたその笑顔に

ジンもヒョンジュも何もかも…スヒョンであることさえ忘れていられた束の間

思いがけない休息は
真夏のように眩しく晴れた日の午後の出来事だった


「ソレアード」 ロージーさん

やわらかな ぬくもりに
哀しみは 融けてゆく
涙色にうるんだ過去も
やさしく煌めいて

今はまだ 泣くことと
笑うことしか出来なくて
わたしの この愛が
あなたの宇宙でも

あなたが与えてくれる
勇気と 喜びが
わたしを育て励まし
明日をつれてくる

やわらかな ぬくもりに
守られて 生きている
胸の奥に隠す痛みも
靭さに変えてゆく

わたしに満ちてくる
勇気と 喜びが
わたしを育て励まし
明日をつれてくる

明日をつれてくる

(ダニエル・センタクルツ・アンサンブル 「SOLEADO」 ) 
日本語詞  ロージー










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