ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 242

千の想い 199   ぴかろん

*****

ヨンナムさんの家を出てcasaに向かった
パン作りには大遅刻だ
怒られるだろうな…連絡もなしにコレだから…

神妙な顔で工房のドアを叩いた
バタンとドアが開いて、テスが飛びついてきた

「イナシ、よかったぁぁ♪二人揃ってきてくれたぁぁ♪」
「…テス…心配かけてごめんね…」
「いーのいーの♪結果よければ全ておっけー!」

テスはポチャポチャの手で、俺のほっぺをスリスリしてくれた
その後、チェミさんがくふふんと笑って俺を…いや、俺とテジュンを迎えてくれた…

「やっと来たな、濃顔さんよ」
「…チェミさん…」

オッサンとオッサンはがっつりハグった
俺はテスと抱き合ったまま、その濃い抱擁を眺めた

「濃顔さんよ、昨日のイナパンの話は聞いたかな?」
「え?」
「なんだ、イナよ、まだ話しとらんのか!」

俺はうんうんと頷き、それ以外のことを話すのに夢中だったと言ってやった

「ん?なんだって?話に夢中でそれ以外の事はしてない?」
「そう」
「ん?…なんだって?!…じゃ、まだ再会のナニはアレか?おあずけ…」
「…なんでみんなそっちの方に話がいくの?」
「…らって気になるらろう…ぶふふ」
「チェミさんもかよぉぉ…」

当たり前だコノ、心配させやがってコノ、今日はパンはいいから、タップリいちゃついてこいコノと
グリグリと拳で脳天を攻撃され、テジュンと俺は早々にcasaを追い出された

テジュンの車に乗り込んで、俺達は顔を見合わせた

「テジュン、お前どこ行きたい?お前のホテルか?」
「…あそこは…」
「ラブ抱いたからダメか」
「…う…」
「…っていうとなぁんか…その事しか頭にないと思われそうだ」
「公園…いかないか?」
「公園?」
「ヨンナムの…」
「ああ…」
「ヨンナムも…来てるような気がする…」
「テジュンもそう思った?俺も…」
「行こうか」
「うん」
「僕ね、ヨンナムだけじゃなくて…スヒョク君とソクも来てるような気がしてさぁ…」
「くふふ…うんうん」
「…記念写真でも撮るか、5人で…」
「いいね!公園の写真屋さん掴まえてさ、取って貰おうぜ」
「あいつらが来てたらね」
「来てるって!」

俺達は、はしゃぎながらヨンナムさんの公園を目指した
こんな風にテジュンとふざけあえるってことだけでも…嬉しいと思った

*****

公園にはヨンナムさんたちは来てなかった
うーん、あいつら、気を利かせたか…なんてテジュンは言ってたけど
俺もテジュンも心の底であの三人に頼ってたんだと思う
あいつらが来てくれてたら、もっと空気が和んでいたんじゃないかな
二人っきりだとどうしていいのかわかんなくなってる
心にあった壁はさらさらと崩れていったけれど
俺達はお互いに差し伸べた手を繋ぎあえたけれど
まだ『がっつりハグ』ができずにいる…そんな気分だ

テジュンの隣に座るとドキドキする
ふとテジュンに小指の先が触れたりなんかすると、テジュンがどう思ったかを考えてしまう
…わざと触ったって思ってないかとか、物欲しそうに思われなかったかとかそれから…それから…

昼間の光の中で、テジュンをまともに見ることができない
これは本当にテジュンなのか、本当にここに居るのか、夢じゃないんだろうかと不安になる
その度に昨日の夜からの出来事を思い起こす
そうしてようやくテジュンが俺の傍にいる事を確信する

「イナ?…僕…なにか悪いことした?」
「…え…」
「…いやなこと言った?」
「…え?いや…」
「なんで沈んでるの?…やっぱりヨンナムが気になる?」
「…いや…別に…」

気にならないわけじゃないけど…
お前がここに居ることの方が気になる…

「あ、テジュン、会社に電話したのか?!」
「したよ。ホテルから朝電話かけたじゃん。お前見てたじゃん」
「…あ…そうだっけ…」

窓辺で電話しているテジュンのシルエットがかっこよくて、電話の内容なんか耳に入らなかったんだもん…

「そうだ!」

テジュンは芝生から立ち上がって車に向かった
俺は慌ててテジュンの後を追った
数歩離れてテジュンの背中を見る
柔らかな髪を見る
幾度も頭に浮んできたその姿を眺める
テジュンが浮ぶたびに砂を被せていた
胸がとても痛かったのに、そのまんま埋めようとしていた
それで忘れられるのだと、無理にそう考えていた
どんなに隠しても埋めても
お前がいっぱいになった俺の心はあちこちで顔を出していた
俺は俺の心から目を逸らしていた
ちゃんと見つめろとみんなが教えてくれた
ねえ、俺、今、ちゃんと自分の心を見つめてるんだ
なのにどうしてこんなにギクシャクしてるんだろう…

「ちょっと寒いけどさ、これで勝負だ。どう?」

テジュンはトランクからフリスビーを出して、久しぶりに運動しようと言った

「昼飯、賭けようか」
「…」
「…」

テジュンの笑顔を真っ直ぐ見つめる
テジュンは困ったような顔をして俺を見る

「どうしたの?」
「えっと…」
「…。まだ僕を…許せない?」
「え?」

首を傾げて口を真一文字に結ぶテジュン

「許すって?」
「…ラブの…」
「…」
「…ごめん…」

顔を背けて俯く姿に俺はドキンとした

「…お…」
「ん?」
「…おとこのあいしゅうってやつか?」
「は?」
「いやだなてじゅん…おとこのあいしゅうなんかただよわせて…」
「…は?…」
「俺…どきどきしてしまう…」
「…」

テジュンは目を丸くして俺を見つめた
その目とぶつかり合わないように、今度は俺が顔を背けた

「あの…イナ…、怒ってないの?」
「なんでおこる?」
「許してくれるの?」
「なんだよそれ…」
「…なんかよそよそしい…」
「…」
「こっち向いてよイナ」
「…」
「ねぇイナ」

テジュンが顔を覗き込もうとする
俺は顔を逸らす
なんでだろう
飛び込みたいのに飛び込めない
辛いとか苦しいとかじゃなくてただ…恥ずかしい

テジュンが俺の腕を捉まえて身動きできなくする

「僕を見てよイナ」
「…」
「…二人でいるの、イヤ?」
「イヤじゃねぇよ…」
「じゃ、なんで僕の方を見てくれないの?」
「ま…つげが」
「ん?睫毛が目に入ったのか?ん?取ってやろうか?」
「ながすぎるから…おまえ…」
「は?」
「はずかしい…」
「…」

心臓が破裂しそうだ
テジュンは掴んでいた腕を離し、俺の背中をそっと抱き寄せた
途端に香りに包まれる

「香水…つけた?」
「ううん…なんで?」
「…気のせいかな…いつもの香りがするのは…」
「…お前…熱ないか?」
「え?」
「なんか心臓えらく煽ってるぞ!大丈夫か?!」
「…」

テジュンは的外れな事を言って俺の顔を両手で包み込み、俺の目をじっと『観察』した

「…目が充血してるし潤んでる!熱があるんじゃないのか?」

そしておでことおでこをガツンとくっつけた

「熱は…ないみたいだし…」

そう言いながら首筋にも掌を当てた
心臓が爆発しそうなくらい暴れまわっている

「なんでこんなに動悸が激しいんだ!大丈夫か?お前昨日から無理してたんじゃないのか?ん?」
「…大丈夫だよ…」
「でもこんなどきどき」

ジャケットの中に滑り込んだ長い指を掴んだ

「コロす気か?」
「え?」
「お前が…」

こんな近くにいるから俺は…

「かっこいいからドキドキしてるんだ…」
「…」
「こい」
「え?」
「こい…」
「…」
「やっぱりこれは『こい』…」
「僕だってイナ!」

俺の話を全部聞かずにテジュンは俺をきつく抱きしめた

「僕だってお前にまた恋してるんだ、イナ。イナっイナぁぁ」

抱きしめられて左右に揺さぶりまくられ、挙句の果てに濃厚なキスをされた
俺が言うのは『濃い』であって『恋』ではない…なんてのは誤魔化しだ…
昨日から何度もキスしてるのに、まだ実感が湧かない
これは間違いなくテジュンの唇なのに、本当にテジュンがここにいるのか解らない
それでも抱きしめられているうちに、俺の動悸はおさまった
ようやくテジュンの顔を見ることができた

「…イナ…好きだよ…」
「…お…れも…てじゅが好きだ…」

テジュンがにやけた

「なに…」
「『てじゅ』って言って…」
「…」
「言ってよもう一回」
「…てじゅ…」

にやけたまま、また俺を抱きしめた
それから暫く動かなかった
雲が風に流されていく
日の光の下で俺は大好きな人の腕の中にいる
…もう、それだけでいい…

「「ありがとう…」」

俺達は同時にそう言った
顔を見合わせて笑った

「なにがありがとうなんだよ…」
「お前がここにいてくれる事をね…感謝してるよ、イナ」
「…お…れもだ…」
「ほんと?」
「…ずるい…おまえいつも俺が言おうとすること、先に言う…」
「…」
「ここにいてくれてありがとうテジュン…大好きだよ…」
「イナ…」

微笑み合い、そっと抱きしめ合う
それだけでいい…

ありがと…ヨンナムさん
ありがと…ソク
ありがと…スヒョク、ギョンジン、ラブ、チェミさん…
みんな…ありがと…
俺が俺でいられることに感謝します…


それから俺達は少し運動をして飯を食って、ヨンナムさんの聖地に行った
空を見上げて彼女に伝えた

貴方にもありがとね
俺達、元気だよ
ヨンナムさんに早く貴方みたいな素敵な恋人が見つかるといいな
巡り会わせてあげてね…

テジュンも何かしら彼女に伝えてたみたい
顔を見合わせてニッコリ笑い、手を繋いで木立の中を散歩した

「ここ…怖かったのにな…」
「そうだったな…」
「不思議だ。普通の公園なのに…」
「やっと『普通の公園』になったのさ、僕達にもヨンナムにもさ」
「…うん…」
「イナ、今度三人でカムジャタン食いに行こう」
「うん」
「でもヨンナム、僻むかな?」
「なんで?」
「僕達がイチャつくと…」
「大丈夫。俺、ヨンナムさんとイチャつくから」
「え…」
「お前がたっぷり僻め!」
「…」
「俺だってそれぐらいしても、いいよなぁ?」
「…う…、許してくれてなかったのか…」

マジな顔で俯いたテジュンの頬を人差し指で突いた
ああ…。こんなささいな事もしあわせだ…
俺はもう一度空を見上げて『ありがとう』と言った


千の想い 200  ぴかろん

*****

時間になったので引き戸の鍵を閉めて外に出た
雨が降っていた
結構な降り方だったけど、トラックまで傘もささずに走った
エンジンをかけてワイパーで雨滴を払い、出発しようとしてハッとした

もう…迎えに行かなくてもよかったんだ…

心の隅っこに置いてあった小さな薄いびいどろ細工が
ぺしゃんと潰れたみたいに、僕は少しだけ寂しくなった
お気に入りっていうより、なんだか気になるものだったんだ
別に無くても生きていける
けど…無いと寂しい…
そんなふうなものだったんだ…

トラックから降りて胸ポケットからタバコを出した
ライターで火を点けたと思ったら
ぷしゅんと音を立ててタバコの火が消えた
ああ、雨が降ってたんだ…
ついさっき知ったことをすぐに忘れるなんて…どうかしてる
もう僕の迎えが必要ないってこと…忘れるなんて…
タバコの箱を握りつぶして空を見上げた

ねえ…タバコ、やめようかな…。その方がいいよね…。君もそう思うだろ?

墨色の空から落ちてくる雨が僕を濡らす
腕を広げて雨粒を体に受け、僕はトラックのフロントガラスに凭れた
近づくヘッドライトの輪の中に浮ぶ雨粒
その光の中に僕が立っている
エンジン音が止まり、車からソクさんとスヒョク君が降りてきた

「…どうしたんです?ヨンナムさん…。水垢離ですか?」
「…ええ…まぁ…」

ソクさんが傘をさしかけてくれた

「雨、強くなってきましたよ。家に入りましょう」
「あ…夜の配達もお世話になっちゃって…。すみませんでした…ありがとうね」
「いえ、ついでですから」
「…風呂、沸いてますよ、どうぞ…」

僕は今しがた鍵をかけた玄関に向かった
もうイナはここへは帰ってこないんだな…
鍵を開けながらふと思った
じわりと目の縁が熱くなった

「開きましたよ、さぁどうぞ」

雨を払うふりをして、二人を先に中に入れ、僕はその後に続いた

「ひやぁ…濡れちゃったなぁ…」
「ヨンナムさん、早く拭かないと」
「ああ…大丈夫で…」

返事をしかけた僕の頬を、スヒョク君が親指で拭ってくれた

「ヨンナムさん、お風呂、入ってください」
「…いや僕は後で…」
「風邪ひくよ。早く入って…」
「…」
「そうだよヨンナムさん、風邪ひかれちゃ僕達困っちゃうから。明日の配達はヨンナムさん、ちゃんとやってくださいよね」
「…あ…はい…」

二人に言われて僕はそのまま風呂場に向かった


お湯に浸かり、切り替えの下手な自分を嗤った
テジュンにあんなに偉そうなこと言っててなんてザマだろう…
だってさ…なんだかさ…

「…つまんないな…」

呟いてみた
そうだよ、つまんないんだ…イナがいないと…

「つまんないよ…ちきしょー…」

寂しかった
胸が詰まった
僕は釜の中でつまんなさと寂しさを十分に味わった


風呂から上がるとヨンナムさんとスヒョク君の声が居間から聞こえてきた

「なにごと…ですか?」
「宴会に決まってるでしょう」
「…今日もやるの?」
「当たり前です」
「…。今日は…やめませんか?」
「やめませんよ、ね?スヒョク」
「ヨンナムさん、宴会です。やりますよ!」
「だって僕、二人のイチャイチャを見せつけられるんでしょ?そんなのイヤですよぉ…」
「もちろん見せつけますけど。ね?スヒョク」
「そんな事しないよヨンナムさん。とにかく俺、ヨンナムさんと一緒に飲みたい気分らから付き合ってよ、ね?」

スヒョク君に可愛い顔でそう言われ、僕はコクッと頷いてしまった

「今日は紹興酒のお燗にしました。温まるよ」
「…紹興酒?」
「飲んだことない?」
「うん」
「衝撃の味だよ」
「…」

スヒョク君が注いだその酒を一口飲んでみた

「ぶぐ…」
「どうです?」
「し…げき…てき…」
「でしょ?」
「…へんなあじ…」
「美味しいでしょ?」
「なんか…樟脳飲んでるみたいな…」
「それは紹興酒に失礼れしょ!」

優しい顔をしていたスヒョク君が少し目を吊り上げてピシリと言った

「…はぁ…」
「飲むうちに美味しくなりますってひっく」

よおく見るとスヒョク君はすでに『出来上がって』いるではないか…
ソクさんは心配そうな顔でスヒョク君を見守っている

「ソクさん…何かあったんですか?」
「あ…いや…」
「だいたいれすねヨンナムさん、いっくらイナさんがソクさんのさいしょのおとこらとしても」
「あのスヒョク、それは語弊が…」
「さいしょのおとこりゃないれすかひっく!…イナさんはソクさんの唇を…きしゅを奪ったさいしょのおとこらからって…らから気になるって言ってたじゃないれしゅかひっく」

唇を奪った最初の『男』…か…
今朝の騒ぎを思い出して可笑しくなった
ギャーギャー騒いでたスヒョク君が廊下に飛び出したら土下座したソクさんがいたんだったなぁ…

「ソクさん…もしかして朝からずっと責められっぱなし?」
「ちみちみとね…(;_;)」
「じごーじろくでひょ?ひくっぶぁか!すけべ!ふんっ」
「ソクさん、スヒョク君、何飲んだんですか?」
「えと…店でかなり…ちゃんぽんして…」
「なぁんでそこで『スヒョクったら僕を飲みました』ぐらいの『せくはらじょーく』が言えないかなぁ、この『純情すけべジジイ』めっ!ひっく」
「…すひょくぅぅ…」
「えへへん、ヨンナムさん、さぁ紹興酒飲みねぇ飲みねぇ」
「…あ…はい…」
「紹興酒ってなぁ飲みなれてくっとこの、たまんねぇ美味されねっひっく。ね?!ソクひゃん、そうなんれしょ?アレと一緒で慣れれば慣れるほど『タマんなくなる』んれしょ?ぅいっく…」
「スヒョク(;_;)」
「あなたこないだそう言ったれしょ?ん?さっきお客しゃんにそう言ったのれしたか?ひくっ」
「…」
「あれ?…お客さんが言ったんだっけ?ま、いいやひくっ。さ、ヨンナムさん、飲んで」
「…あの…スヒョク君、イナは今日、どうだった?」
「どう?」
「店で…元気そうだった?」
「げぇぇぇええんきに決まってます!ひくっ。てじゅんさんの熱い愛情に包まれて心身ともに充実…『からら』は…まだかなひくっ…」
「…そう…よかった」
「げひっひひひん…。気になる?ひひん。やっぱイナさんとテジュンさんのクヒンは気になる?」
「…ずびょぐぅぅ(;_;)」
「あの…いや…イナが元気かどうかが気になるってだけで…」

別に…
別に僕は…
僕にはできなかったんだし…

「ヨンナムさぁぁぁぁん」
「な…なによスヒョク君…」
「すぅぅぅうああああびしいいいいっ!」
「え?」
「っでしょ?!」
「…は?ソ…ソクさん、スヒョク君は今なんて言ったの?」
「通訳しますと『寂しいでしょ』って」
「…」

さびしい…
うん
寂しいかな…やっぱり…

「俺がぁ」
「はい」
「なぐしゃめてあげましゅ」
「スヒョクっ!だめぇぇっ」
「え?あ!す!」

ぶちゅうううはむはむはむはむ

スヒョク君は僕に『口だけセクハラ怪人直伝・電撃キッス』をぶちかました
ソクさんは悲鳴をあげ、スヒョク君を引き剥がそうとやっきになっている
スヒョク君の短い髪と伏せた睫毛がぼやけて見える
柔らかな唇…
似ているけど…違うんだ…

イナ…
お前、こんなこと感じながら僕にキスしてたんだね…

目を閉じたと同時にポロリと涙が零れた
寂しさと切なさが流れて行く
そして、今夜ここに帰って来てくれたこの二人の気持ちをとてもありがく思った

*****

仕事中上の空だった
昨日とは違った意味で誰が誰なのか判別できなかった
俺の仲間はホントにみんないい奴だと、誰を見ても思った
お客様の話をちゃんと聞いているつもりでも
話の端っこにテジュンを見つけてニヤけている自分を感じた
ダメだな…落ち込んでも浮ついても俺はまだまだ『プロ』を名乗れない…

店が終わると同時に俺は裏口から飛び出した
テジュンが外で待っていてくれた
雨がぱらつく中、両手を広げて俺を迎えてくれる

…王子様みたいだ

俺はその胸に飛び込む
昼間より確実にテジュンに近づいている
昨日までシクシク痛んでいた心が、今はウキウキ弾んでる

ゲンキンなもんだな、俺って…俺達って
テジュンが俺にキスをして、どこへ行くかと尋ねた
俺はRRHに帰りたいと言ってみた
テジュンはキスしながら、オッケーだよと答えた

テジュンの車でRRHに帰った
トンプソンさんがテジュンを見て、パッと明るく微笑んだ
会釈だけの挨拶
それでも『よろしゅうございましたね』って声が聞こえるような気がした

こないだここから逃げ出した
エレベーターに乗るのも怖かった
二人で箱に入り、上へと向かう
キスしたいな…
でも…

またこんな事があったら俺、今度こそこの箱の中で狂ってしまう…

「ん?」

とテジュンが微笑んで唇を近づけた
俺は掌でそれを遮った

「んー?」

と不思議そうな顔でテジュンは俺を見る
俺はプイっと顔を背けて40階に到着するのを待つ
テジュンは俺の後ろにぴったりとくっついた
俺はまっすぐ前を見る

なんで避けるのさ…

俺の首筋に息を吹きかけながら問うテジュン
首を竦めて俺はピシリと言う

「箱の思い出は俺を苦しめる!」
「は?」
「今度離れ離れになったら…俺…」
「やだっ!」

テジュンは後ろから俺を抱きしめた

「もうぜったいはなれないんだから!もうぜったいお前を離さないんだから!」

箱の扉が開いて、誰もいないフロアに出る

「ここでもキスしちゃダメなんだ!こんなとこの思い出も俺を苦しめる!」
「なんだよそれぇ」
「…って事は…俺の部屋でもキスしちゃだめ…ん…」

テジュンが俺の唇を塞いだ
俺はテジュンから逃れようともがいた
逃れられずにまた俺は、窓の外の夜景を見る
少し霞んでいるのは雨のせいかもしれない

「できるか!ばか!」

唇を外してテジュンは滑舌よく言った

「…」
「我慢できるか!」

テジュンは俺の腕を引っ張り、俺を部屋まで引きずって行った
何日ぶりかな…自分の部屋に戻るのって…

カチャリと扉を開け、電気をつける
逃げ出した部屋
散らかったままの部屋
テジュンがまた後ろから俺を抱きしめる

「なんなんだこの部屋…」
「…あの…そ…の…」
「『思い出が苦しめた』ってことか?」
「…だって…」
「『苦しめない思い出』、作っていっていいか?」
「…」
「抱きたい」

急に恥ずかしくなって俺は騒いだ

「テテテテジュン!ミンチョルからのお土産あずかってるんだ!」
「…え?」
「ロロロロンドンのクマだ!ほらっ!これ」

俺はテーブルに並んでいるクマの縫いぐるみを一個テジュンに押し付けた

「パディントン?僕にお土産?」
「うん…。もう渡せないかと思ってた」
「…。ありがと…」

テジュンはクマの鼻先をチョンとつついて、ちょっとここにいなさい、お兄さんは用事があるからと言った
だれがお兄さん?!

「…イナ…風呂から…夜景見ようよ…一緒に…」
「…」
「な?」
「…」

もう?早すぎないか?っていう気持ちと、早くテジュンに触れたい気持ちとが入り混じって、俺は返事できなかった
躊躇っているうちに身ぐるみ剥がされた俺は、気がついたらバスタブのお湯の中でテジュンに包まれていた
夜景を見ながらテジュンと入るお風呂はサイコーでしゅ…くふふん…

「な…イナ…」
「うん…」
「僕達、みんなに感謝しような」
「うん」
「これから先、ずっと仲良くしような…」
「うん…」
「僕、お前を本当に大切にするよ…」
「うん…」
「大好きだよ、イナ」
「俺も…テジュンが大好き」

ゆっくりお風呂に浸かって、普通に体を洗った
テジュンももしかすると『口だけセクハラ怪人』になっちゃったかもしれない…
そんな風に思ったのは間違いだった…
テジュンはやっぱり『正統派ナントカ』だった…
部屋に戻った途端、テジュンは俺を組み敷いて、隙間なくキスの雨を降らせた

「あ…ん…ああ…てじゅ…まままっ…まって…。なんか…見られてる気がする…」
「なにっ?!おお!鍵をかけるのを忘れていた!」

テジュンは立ち上がってドアの鍵を閉めた
それからふとテーブルのクマたちを見て

「お前らには刺激が強すぎるから!おやすみ!」

と言ってくるりと裏にした

「これでよし!」

そう言ってテジュンは俺を本格的に攻めだしたあうう…


千の想い 201   ぴかろん

*****

お前に触れることは難しくないと思っていた
突然遮られたお前との時間
僕は心の中でいつもお前に触れていた

けど
指先から、唇から、肌から感じるお前と
心で感じるお前とは随分違う
僕達、四六時中くっついてはいられないけれど
そんな時は『お前が僕の心にいる』と強く思うけれど
やっぱり時々は、そこにいるお前に触れたい
お前が目の前にいることを
僕の全てで感じたい

僕はお前に簡単に触れていた
僕の全てをお前にぶつけていた
お前の全てを受け止めるなんて言葉と引き換えに
僕の全てを受け止めてくれと
遠慮なくお前を抉り傷つけた
我儘な自分を抑えることができなかった

もしこの先お前に触れられなくなったとしても
お前がそこにいてくれるだけでいい
お前が幸せでいてくれればそれでいい
ほんとだよ
今ほんとにそう思ってるんだ
でも僕は欲張りで
やっぱりそこにいるお前に触れたいんだ

昨日久しぶりにお前に触れた
お前の身体が柔らかくなっていった
お前にも僕が必要?
僕の大好きな笑顔
やっと見せてくれたその顔
僕にしかできないんだって胸を張ってもいい?
お前を幸せにできるのは、僕だけだって…

それからね、イナ…
僕を幸せにできるのはお前だけなんだ
だからイナ…
もっと甘えてくれないか?
僕を信じてくれないか?
僕は未熟な男だけれど、お前と一緒に歩いていきたい
辛い時は一緒に辛さを感じたい
楽しい時は一緒に楽しみたい

離れてみて初めて解った
ううん…きっと最初から解ってたんだ
お前が必要なこと
お前が大切なこと
どうしてもお前じゃなきゃダメなこと…

もう後悔したくない
ずっとお前に寄り添っていたい

*****

テジュンの左手を握り締め
俺は彼と一つになった
切り裂かれそうな痛みを感じながら
俺は彼の上に腰を降ろした
痛みが治まった後、息を整えて瞼を開ける
下になったテジュンの顔を見る

「てじゅ…な…に泣いてる…の。…ばか…」
「喋らないでっ!」

…え…

「だめ…ああっ…」
「くふ…」

お前も感じてるの?
少し笑ったその揺れが、自分自身に響く

「イナ!お願い!」

テジュンにも響いたのかな…
顔を顰めて懇願するテジュンに俺は微笑みかけた
…そのつもりだった…
余裕なんてなかった
少しでも動くとどうにかなりそうで
動くなと言われてホッとした
息をするだけでも電流が走るのに

「…い…イナ…」

動くなと言った本人が、俺に右手を差し伸べてきた
その僅かな動きで俺は堪らず背を逸らす

「だめ、イナ!動かないで…」
「あ…う…」
「…僕を見て…」
「う…」
「僕を…見つめて、イナ」

身体に響く声に耐えながら俺はテジュンを見つめた
繋がっているだけなのに
どうしてこんなに身体が震えるのだろう

「イナ…イナ…。僕、今、最高に幸せだよ…。心にも身体にもお前が溢れてる…。ああ…イナ…」

声の振動でさえ堪らない
俺は少しだけ身を捩る

「だめ!お願い!もう少しだけこのまま…」
「…つらいよ…」
「痛い?」
「気が…狂いそう…どうにかして…」
「痛いの?」

違う…と息を吐きながら伝えた
テジュンは少し口元を緩めてうふふと笑った

「響くからっ!やめて!」
「…感じる?」
「…はやく…」
「イナ…」
「…なに…」

なんでこんなに感じるんだ
ただ繋がっただけなのに
目を閉じてテジュンの言葉を待った

「…愛してる…」

目を開けてテジュンを見つめた

「イナ…。この瞬間は…もう二度と来ないんだよね。もしかしたら今が『幸せの頂点』かもしれない。これから…あ…ああ…、これ…から…落っこちるだけの…人生かもしれない…。そうであっても…僕、今を…今…絶対…ああ…あ…絶対に忘れないから…イナ…あ…」
「お…れも…忘れない…」
「イナ…」
「てじゅ…」

テジュンは起き上がり、俺を抱きしめた
急な動きに対応できなくて、俺は仰け反って首を振った
なんで…こんなに…

向かい合わせに座る形で俺達は繋がっていた
テジュンは俺の背中を抱き寄せて腰を揺らす
俺はテジュンに縋りたくて両手を伸ばす
掴めない
空を切る
肘がテジュンの肩に乗り
そのまま腕も身体も揺れている
テジュンが俺の名前を呼ぶ
俺も彼を呼びたいのに名前が出てこない
火柱が身体を貫く
頭を左右に振り、耐える

イナ…イナ…
テジュンの唇が耳に触れて響く
顔を見たい…
目を開けたい…
なのにできない…
歯を食いしばり目を開ける
テジュンの髪が揺れている

「か…お…みせ…」
「え?」

振り向いたテジュンの顔を見る
よく見えない

「て…ああ…てじゅ…うう…」
「イナ…」

テジュンの唇が俺の頬から睫毛に滑り、俺の涙を掬い取る
鼻筋を通って上唇を軽く噛む

「てじゅ…もう…」

だめだと動く唇をテジュンが吸う
俺の手が漸くテジュンの背中に辿り着き抱きしめる
俺の中にテジュンがいっぱい詰まってる
心にも身体にもテジュンが…

『この瞬間はもう二度と来ない。もしかしたら今が『幸せの頂点』かもしれない。これから落っこちるだけの人生かもしれない
そうであっても、今を絶対に忘れないから…』

俺も…この時を忘れない
なにがあっても埋めたりしない
できないんだもんそんなこと…
お前を封じ込めるなんて
できないんだもん…俺…

揺れながら、口づけながら、俺達は同時に果てた
二度と来ないこの時を同時に感じた
俺達は確かに一つになった
余韻の中で俺は呟いた

愛してる…テジュン愛してる…

テジュンは俺の唇を捉えながら応えた

愛してるよ、イナ…ずっと…

ぼんやりした視線の先で
クマのぬいぐるみがコトリと動いた
俺はテジュンに身体を預けて目を閉じた


訪問者8  オリーさん

陽射しが柔らかく差し込むカフェテリアの窓際に
その姿を見つけた
君は俯いている
少し近づいてみる
俯いていたのはカップを見つめているのだとわかった
伏し目がちの睫毛が
かすかに震えているような錯覚を覚えた
カーキ色のタートルネックのセーターと淡いミントのブレザー
抑えた色調は君の性格をよく現している

私が声をかけると君はすっと顔を上げ
それまで思い悩んでいた顔を消し去り微笑んだ
何の話なのか見当がつかないが
あまり楽しい話題ではないのだろうか

私が紅茶を頼み、それを待ちながら
当たり障りのない話題で間をつないだ
今日は講義がない日で時間を持て余していたことを告げると
君は安堵したようにふっとため息をついた

紅茶が運ばれきたので、私はそれにミルクをたっぷりと入れ
スプーンでかき回した
それを見ていた君は、
大佐の奥様の紅茶を思い出します、と懐かしそうに言った
そう言えば彼女の紅茶は絶品だったね
一度だけご馳走になったことがある
私の言葉に君はまた微笑みを浮かべた

それから君は覚悟を決めたように口元を引き締めると
胸ポケットに手を入れ、何かを取り出しテーブルの上に置いた
写真だった

「これは?」
「写真です、僕と・・彼の・・」
「それは見ればわかるが」

たぶんマンションを出たところだろう
彼が少し横を向き、やや後ろにいる君に何かを話しかけ、
君はそれに応えるように俯きながら笑っている
ふたりの関係が一目でわかる、そんな一枚の写真
振り返る彼の顔の角度
完全に振り向く必要はない
そして、君もその視線を受ける必要はない
完璧なる調和
そう思うのは私だけだろうか

「盗撮されたものです」

そんなことを考えていた私の耳に
君の刺激的な言葉が飛び込んできた

「盗撮?」
「先日大学にお邪魔した時にファン・ミンスという学生に会いましたね」

美しいがどこか影のあるあの青年は
あれからも時折私の講義にもぐりこんでいるが、
特に問題もなく静かに授業を受けていた
好奇心旺盛な瞳を輝かせて・・
だから私もそのまま見過ごしていた

留学の相談もあれ以来やってこないので
どこかに決めたのか、それともあきらめたのか
忘かけていたところだった

そんな私の回想を吹き飛ばすような話を
君は淡々と始めた
あの学生が、君と私との仲を疑い身辺調査をしている
私が君の店を訪ねたことも調べ上げている
しかも、それを人を雇ってやらせている
私は衝撃を受けた

「僕たちのこんな写真を撮っているくらいですから、
先生の方には、もっと何かやっているかもしれません。
もしかしたら、今この瞬間も撮られているかもしれない」
視線を外に飛ばそうとした私の瞳を、君は力をこめて覗き込んだ
「撮られてるとしても、ここでは特定するのが困難です。
知らんふりしていた方が。とにかくあの学生には用心してください。
時折エキセントリックになります。普通と違う」

普通と違う?
「偏執的です。下手に刺激すると何をするかわかりません。
単に先生に憧れているという範疇からは飛び出ていると思います
そのあたりを十分考慮してかからないと」
君の話を聞きながら
私は徐々に理解していた
私の衝撃の本当の理由を

なぜ、あの学生に私の心がわかった?

単なる友人として接していたはずだ
表向きには
私が無意識に君に何かを示していたのか?
そんなへまを私がしていたのか?

あの修羅場を潜り抜けた戦友として
私と君は普通の知り合い以上の物を共有している
それが誤解を生んだ?
誤解・・ではないが

今、私の目の前で
私を心配している君は、あくまで友人だ
それ以上でも以下でもない・・はずだ
なぜわかった・・

「先生?」
ふと我に返ると、再び君が私を覗き込んでいる
「大丈夫ですか?」
「ああ」
「驚かれたと思いますが、店に来た時の様子は今話したとおりです」
「迷惑をかけたね」
「先生のせいではありません」
「だが・・」
「店のことなら心配いりません。凄腕のメンバーが揃っていますから」
君は明るく笑った、がすぐ真顔になった

「それよりも、これからどうなさいます?」
「これから?」
「僕が調べてみましょうか。
そうすれば動きを封じる手が見つかるかもしれません」
「いや、そこまでする必要はないだろう」
「そうでしょうか?」
「うちの学生だ。一度私から話してみよう」
「いい結果が出るとは思えません」

「これでも教壇には長いこと立っている。今まで色々な学生を見てきた。
とにかく一度話をしてみよう」
「同席しましょうか?」
君が心底心配しているのがわかる
「それには及ばない」
「でもひとりでは・・」
「いいんだ、ほおっておいてくれ」
やや激しくなってしまった私の口調に君は敏感に反応した

「いや、心配してくれてありがとう。だが大丈夫だ」
君の不安な視線を避けるように
私はカップを持ち上げて残りの紅茶を飲んだ
君も残りのコーヒーに口をつけた

私たちはしばらく無言でカップを握り締めていた
目の前では、少し強くなった日差しが小躍りしている
ソーサーの縁を飾るゴールドが光りに反射して美しい
君とこんな風にお茶を飲んでいるその時に
私は大事な決断をしなくてはいけない
明るい窓の外を眺めながら私はゆっくりと切り出した

「わざわざ知らせてくれてありがとう」
君が顔を上げて私を見る気配感じた
けれど私はその視線を避けて続けた

「いろいろと迷惑をかけた。あの人にも謝っておいてほしい」
「いいんです、彼は気にしていません。それより・・」
「あの学生と話して、これ以上君たちに迷惑をかけないようにしよう」
「・・・」
「私たちも、もう気軽に会わない方がいいだろう」
「え・・」

避けていた君の視線を掴まえた
君の直線的な視線が私をまともに貫いた

「君と会うのはもうこれきりにしよう」
「それはどういう意味ですか?」
「異国の地で知り合いに会えて嬉しかった。
だがお互いの近況もわかった。それで十分だろう」
「先生・・」
「いろいろとすまなかったね。わざわざ来てくれてありがとう」

私は席を立った
君の眼差しが私にからみつくような気がした
一呼吸おいて言葉を搾り出した
「もう君に会いには行かない。君もそうしてくれたまえ」
「先生・・」
「街で偶然出会うのは、まあよしとしよう。じゃあ元気で」

私は踵を返し早足で歩き出した
私を呼ぶ君の声がカフェテリアに響いた
まわりの視線が私と、たぶん君にも注がれているに違いない
だが振り向いても止まってもいけない
私はエレベーターを目指し突き進んだ

あの学生に・・
はったりか、まぐれか、
それとも本当に私の気持ちがわかったというのか・・
いずれにせよ
あんな学生にまで疑いを持たれるようでは
到底この先のことは知れている
潮時だ

目を閉じるとあの場面が蘇る
いきなり戦闘の場と化した寝室
黒い影が入ってくると同時に発射された銃弾
振り返ってバランスを崩す君
大佐と君が交錯し、再び銃口が君たちを捕らようとする
それを操っているのは・・

決断をするにはあまりに短い瞬間
けれど人間の本能は
そんな時にこそ発揮されるのかもしれない
私はその時すでに照準を合わせていたのだから

選択は一瞬でなされた
私の本能は正しく機能し、正しく標的を捉えた
お前を撃ったことは
一生背負っていかなくてはいけない
けれど
間違いではなかった・・

部屋に戻りソファに横になってはじめて疲労感を自覚した
今朝君から電話をもらい、講義がなかったことを感謝し
そして待ち合わせのカフェに降りていった
ほんの1時間前のことだ
それが最後になるとは・・

終わった

目を閉じた私の耳に突然ドアチャイムが響いた
私は身体を起こした
チャイムは何度も鳴り響き私の心を乱したが
何とかそれを無視した
次にドアが叩かれた

ドアの向こうで君が私を呼んでいる
君がドアを叩き私を呼んでいる
どうすればいい・・

ドアを叩いている君の姿を思い描いた瞬間
私は考えることをやめ立ち上がった

ドアを開けると、蒼白な顔をした君がいた

君の瞳からは今にも涙がこぼれ落ちそうだった
それをこらえて君は私に謝った

自分があまりに無神経であったこと
私が君を見るたびにあの事で苦しんでいるのだと
わかっていたのに
自分の存在が私にとっては苦痛そのものなのだと
わかっていたつもりだったのに
それでも、何かの役に立てると思い上がっていたと
君は言葉を詰まらせながら私に謝った

そんな君を見ているうちに
私の中で熱いものが臨点に達し、
思わず君の腕を取り部屋に引き入れた

そんな顔をする必要はないのだ
あのことは仕方のないこと
君がそんな顔をする必要はないのだ
そう言って安心させてあげたい

君のせいではない
君が責めを負う必要はない、と

かわりに私は君の頬をゆっくりと撫でた
涙をこらえている君の頬を
それから
君を抱き寄せ・・・
唇を求めた

いつかのように
そう、ストーンヘンジでの最初の時のように
唇と唇が触れた瞬間
君の身体は小さく震えた


替え歌 EROTICA SEVEN ロージーさん

夢の中身は風まかせ
現実(まこと)しやかな貌(かお)を外せば
生温(ぬる)い自分を脱ぎ捨てて
妄想(おもい)の儘に空を飛ぶ

惚れたはれたの真ん中で
電気ショックを味わいながら
焦れた欲望(のぞみ)は妖しげに
五臓六腑を駆けてゆく

恋人同士だから飲む
ロマンティックなあのジュース
いつでも燃えるような愛が欲しいだけさ

抱きしめて 昨日も今日も喉がカラカラ 
こんな今こそすべて
男と男 愛もギリギリ 
我はエロティカ・セブン

黒い悪魔がやって来て
ハード・コアな気持ちにさせる
一度極(き)めたら止(や)められぬ
中途半端なエロじゃない

もう一度 嗚呼 初めから
ヘヴィな遊戯(ゲーム)のフル・コース
呼吸(いき)まで止まるような景色(いろ)を見たいだけさ

この先は戻り道さえ生命(いのち)カラガラ
愛の嵐の中で
二人はやがて変身(ばけ)てギラギラ
君もエロティカ・セブン

恋人同士鬩(せめ)ぎ合う
期待通りのデキ・レース
骨まで蕩(と)かすような瞬間(とき)が欲しいだけさ

魅せられて地獄の果ては恋路の都
堕ちる闇こそ棲み処(すみか)
刃(やいば)を剥いた 夜の淫獣(けだもの)
真面(まじ)と狂気のヘブン

抱きしめて 昨日も今日も喉がカラカラ 
そんな愛こそ好きさ Monster
明日は明日 今はギリギリ
我はエロティカ・セブン

(サザン・オールスターズ『 エロティカ・セブン 』)


千の想い 202   ぴかろん

朝、目覚めた時、となりに誰もいなかった
夢だったのかとメソメソしていたらクスクス笑う声がした
先にシャワーを浴びたと言って優しい顔で微笑んでいるテジュンを見つけた
窓の外の空が眩しかった

テジュンは会社に行き、俺はcasaに向かった
チェミさんがニヤニヤしながら、くちびるパン復活だな、と背中を叩いた
工房の外ではるみちゃんがにゃーにゃー啼いていたので、ガレージに出て抱っこしてやった
はるみちゃんはじっと俺を見つめて、それから両前足で顔を覆ってにゃぁぁ~ん~とシナをつくった

「今日はだな、お前が作ってあげたいなと思う人のためのパンをだな」
「作ってあげたいと思う人のためのパン?」
「ま、昨日のヨンナムパンみたいにな、その人を思い浮かべながら作ってみろ…ひっひっひっ」
「…。チェミさん、俺がテジュンパン作ると思ってるんだろ」
「お?ちがうのか?アマアマのパンになるんじゃないのかぁ?おぉ?」
「ふん!」

とにかく俺は師匠だから、師匠の言うとおりにしろ…とチェミさんは俺の後ろ頭ををペッタンスリスリした
作ってあげたいなって思う人…か…

「あの…チェミさん…」
「お?」
「ひとりじゃなくてもいいよね?」
「おお。誰と誰に作るんだ?」
「…BHCのメンバーだろ?casaのみんなだろ?『オールイン』にも渡せるかなぁ…トンプソンさんにてじゅにジャンスさんに…えっとそれから…ヨンナムさん…」
「なんだなんだ!みんなに作る気なのか!じゃあ粉をふやさんと!ほれ!」
「あは…」

小さなパンをたくさん作った
一人に二個は配れるかな…
いつも見守ってくれてありがとう
いつも助けてくれてありがとう
これからも俺の大切な仲間でいてくれよな
みんな大好きだよ
それと、みんなが幸せになりますように…
そんな気持ちを込めて作った
焼きあがったパンを見て、チェミさんはまた俺の後ろ頭をぺったんすりすりした

「その気持ち、忘れるなよ」
「はい」

チェミさんの笑顔は可愛い
普段のムスっとした顔からは想像できないぐらい優しそうで可愛い
その笑顔につられて俺も笑う

「ほれ。師匠のしあわせパンだ。味わってみろ」

できたてのロールパンを一個渡された
齧ってみる
甘くて柔らかくて温かい

「んふ。おいしい…」
「だろ」
「…チェミさんの気持ち…穏やかなんだな…いつも」
「カミさんのおかげでな。ふふ。お前ももう大丈夫だろう?」
「…ん…そうだね…」

テジュンの笑顔を思い浮かべる

「で?爽顔さんは?そろそろ『お迎え』の時間じゃないのか?」
「…え…と…」

迎えに…来るだろうか…

「ん?」
「…約束…してないや…」
「くぉら!」
「…」
「お前まさか爽顔さんを切り捨てるってんじゃないだろうな!」
「そんなこと!するわけないじゃん…でも…友達としてって…どんな風に接すればいいんだろう…」
「何言ってるんだ!『いつも通り』に決まってるだろう。かわいそうに…お前のために身を引いたのに…」
「チェミさん…テジュンとヨンナムさんとどっちの味方なのさ!」
「俺は正義の味方だ!ふぬ」
「…は…」
「コドモはしょうがないなぁ…」
「…どうしたらいい?」
「お前らしく接すればいいだろう。お前が正直になれば、テキも正直に自分の気持ちを言うだろう」
「…。そんな…うまくいくかな…」
「一番イカンのは、ほったらかしにしとくこった。爽顔さんは孤独に生きてた人だぞ。そこにお前がズケズケ入り込んで孤独じゃなくしたんだぞ。ほったらかされたら寂しいだろうなぁ~」
「…一人にしないでって…言ってた」
「だろう。ならズケズケいってやれ。BHCの奴等と同じようにな。テキはお前の鏡だ。お前が隠せばテキも隠す。お前が見せればテキも見せる。お前次第で相手も変わる。違うか?」
「…うん…」
「お前らしく正直に。それでいいんじゃないのか?気遣いは無用だ」
「…」
「大丈夫だ。信じろ」
「誰を」
「む!くぉの!」

グリグリグリグリィ

脳天にグリグリされながら、自分も他人も信じろ馬鹿者めがっ!と怒鳴られた
パンを作り終わり、夕方店に運ぶからと言って、俺は近くの公園に行った
ヨンナムさんが来るかもしれないなんて思いながら

気になるのなら電話すればいいんだよな…
もし俺がヨンナムさんの立場なら…
チェミさんの言うようにいつも通り接して貰うほうがいいのかな…
多少のモヤモヤがあったとしても、そのうち消えてしまうだろうか…

ヨンナムさんに電話してみた
長くコール音が響き、ヨンナムさんの声がした
『イナ?どうしたの?まさか早速ケンカ?』
「…お昼…一緒に食べない?」
『…』
「いや?」
『ひとり…なのか?』
「うん」
『…。あー…もう少し早けりゃなぁ…。今さっき食い終わった。ごめんな、また今度。じゃ』
「ヨンナムさん」
『なんだよ』
「夕べ…眠れた?…寂しくなかった?」
『…』
「ヨンナムさん?」

*****

寂しいに決まってるだろう…馬鹿野郎

「ソクさんとスヒョク君と宴会して雑魚寝だよ」
『え?また?』
「楽しかったぜぇ。お前がソクさんにキスなんかするからスヒョク君ずーっと怒っちゃってさ」
『…』
「ソクさんオロオロしてた。それでスヒョク君酔っ払って僕にキスしたんだ。すげぇの。ふふふ」
『スヒョクが?!』
「のーこーなの。楽しかったよふふふ」
『…』
「ってことで僕は元気だから」
『明日は?』
「え?」
『明日、昼飯一緒に食える?』
「…」
『casaに…迎えに来てくれる?』
「テジュンがいるでしょ?」
『…』
「ああ…会社か」
『ヨンナムさん…俺…』
「ノロケ話聞かされるのはゴメンだ。じゃあな」

一方的に電話を切った
僕に同情してるの?

午前中の配達を終えて家に戻り、お湯を沸かしてカップラーメンを作った

食ってないよ!食うことなんか忘れてたよ!

居間に座ってラーメンを啜った
イナのカバンが部屋の片隅に置いてあった

「馬鹿野郎!馬鹿野郎!お前はテジュンとイチャついてりゃいいんだ!それで幸せな顔してりゃ…いいんだよ馬鹿野郎」

カバンに怒鳴り散らして残りのラーメンを食べた

「こん畜生!」

イナのカバンを何度も蹴飛ばした

「…こんちくしょう…」

寝っ転がって大きく溜息をついた










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