ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 302

それからの俺 2 ぴかろん

逃げ出すんじゃなくて、ただ雰囲気を変えるだけだもん。自分に念を押す俺
バスルームへ向かいながら、奴に明るく声をかける

「一緒に入る?」

奴は身動きもしない。俺の声は届かないか…。ま、いいや。とにかく俺は『待つ』のだ!うん


必要以上に泡を立てた。石鹸で硬い泡を作るのは結構難しい。そういう事に集中する。一種の『修行』みたいなものだよな

「違うか!くははは」

独り言を呟いた後、は。とため息をつく

「やっぱ、髪の毛は石鹸じゃヤだな」

こんなこと言ってたら、『修行』なんかできないぞ、俺

「いいもん。修行なんかしないもん、俺」

自分のココロとのツッコミ合いにも飽きて、俺はシャンプーを始めた
カタンとバスルームのドアが開く
来たんだ
でも無言
急いで泡を流し振り返ると、視線を落としたままの奴が突っ立っていた

「髪と背中、洗ったげるね。他ンとこは自分でやんなよ」
「…ぅん…」

お。返事したぞ。さっきよりはマシかな
シャンプーと背中流しに集中する。奴は無言。俺も無言
余計な事、言わないほうがいいかもしれないもの

「はい、いっちょあがりぃ~。俺、先に出るから」
「…あ…うん…ありがと…」
「ん」

『無言からの脱出』だ
風呂に入ってきたってことは、ちっと回復したってことかなと気持ちが軽くなる
単純だ、俺って
脱衣所でバスタオルに包まりながら鼻歌を歌った
鏡の中の俺、結構キリっとした男前だよね~フフン

「… we both are falling in love again It'll be just like…」

お気に入りの歌を口ずさみながら、こめかみに人差し指の銃を突きつける
この歌を歌うとつい出てしまう仕種だ。かっこつけてる自分を見てふっと昔を思い出した

銃なんて…ろくなもんじゃない…

『銃』を解いて頭を掻く
ったく…ろくなもんじゃねぇよな…

落ちた目線が捉えたのは、奴が律儀に準備してくれた俺のピンク色のパジャマだった
…あの世話焼きジジイ…

「just like starting over…か…」

優しいな。性分なのかな…。てめぇが落ち込んでるってのにさ…

用意されたパジャマを着て(もちろん下着もね)部屋に戻った
ベランダの向こうに夜景が見える
キレイだな。今日はなんだか特別キレイだ

「…is so precious together we have grown  we have grown…」

奴の心配事はギョンビンのことだ。それはわかってる
でもギョンビンの何がそんなに心配なんだろう…
ミンチョルさんはゆったりとしていた。あんなに穏やかに微笑むミンチョルさんは見た事がない
心配しなくてもミンチョルさんはギョンビンの側を離れたりしないのにな…

窓に映る自分。いつもは気にならないのに
元気出せ。俺がショボショボしてたら奴の心配事が増えちゃうよ
笑顔を作ってみる
いつだったろう、ガラスの向こうにいた哀しい瞳
奴が『哀愁』を纏い始めたのって…

ああ…

「ボストン…」

そうだ。俺がピーちゃんといちゃついても、騒ぎもしなかった
ただ優しく俺を見つめていたあの瞳
あの時だ…

何かあったんだ、ボストンで…
それがきっとギョンビンに関する事…
つまりそれは…昔の仕事がらみであって…

「…言いたくても言えないわけだ…」

そっか…

バカだな、俺…。ほんと、まだまだだな…
昼間ちょっと『見守れた』からっていい気になってた
ごめん
結局俺はアンタの悩みごとを知りたかっただけなんだ

「もう聞かないね。ごめんね…」

熱いかたまりが喉の奥を昇ってきた
俺はそれを飲み下し、深呼吸をした
苦しいのはアイツだ
少しでも楽にしてやりたい
どうしたらいい?どうしたらいいのかな…



甘え飽きてかまわれ飽きたとしても、傷ついた弟は放っておけない
危うい方へ向かいそうな弟をただ見守っているなんてできない
僕のせいで知らなくてもいいことを知ってしまった
知られてはならないことなのに…
ギョンビンは誰にも助けを求めない、きっと…
ひとりきりで解決しようとするだろう、きっと…
僕が関わるとろくなことがない
ラブの言うとおり、見守っていればいい
ギョンビンの側にはミンチョルさんがいる
僕は彼にギョンビンを託したんだ
彼が弟を包み込み、癒してくれる、きっと…
だから僕はあいつのことを心配しなくていいんだ、きっと…

ダーリンが洗ってくれた髪を軽く拭いてパジャマを着る
鏡の中の自分は昨日より情けない顔をしている
ごめんねを言えば笑えると思っていたのに
どうして次から次へと不安が溢れてくるのか
僕が考えたからといって弟の心が安らぐわけではない
僕の不安そうな顔をみたらあいつは余計傷つくだろう
考えないでおこう
ダーリンがいるんだ
考えずにいよう
ダーリンがいるんだから…

部屋に戻るとダーリンはこちらに背を向けてベッドに寝転んでいた


「…ごめんね…ラブ…」

呟く声に振り返る俺。虚ろで情けない顔のあいつ。瞳が浮いている

「…ごめんね…」
「なぁにがぁ?」
「…ん…」
「んふ。入ンなよ」

ベッドの上掛けを捲り、笑顔で奴を誘う

「…」
「なぁに?ここでイナさんに乱暴したからヤなの?」

キュッと噛まれた唇の主に、イナさんはかなり先に進んじゃってるよと言うと、その唇は解放されて薄く開いた
瞳には疑問符。完全に迷子

「俺がここにいるのに怖い?」
「え?」
「俺がにっこり笑って寝転んでるのに、ここで眠るのが怖いの?」
「…」
「いいからおいで。横になりなよ。ここがアンタの眠る場所なんだからさ」

一瞬俯いたあと、意を決したような顔で奴はごそごそと俺の横に寝転んだ
俺は奴の首に巻きつき抱きしめた

「ん~久しぶりだぁ~」
「…ラブ…あの、僕…」
「んふふ。くっついて眠るの久しぶりだよね?違った?」
「…まだ僕…」

奴の唇に人差し指をあてて黙らせる。俺がどうもがいたって拭えそうもない哀しみは、こいつが自分でなんとかしなくちゃなんないんだ
ギョンビンを見守れなんて偉そうなこと言っちゃったから、俺もアンタを見守ることにするね

人差し指を離して唇で触れる。俺の好きな唇に
奴の、キッチリ留まったパジャマのボタンをそっと外して胸元に指を滑らせる
怯えたようにびくりとした奴の唇から離れる

「ラブ…ぼく…」
「Si」
「え?」
「黙って…」
「…」
「ここにね」

少しだけはだけさせた胸の、心臓寄りの場所を指差す

「『俺』という名の種を植えようと思うんだけど、どう?」
「え?」
「放っておいても育つし結構綺麗な花が咲くよ。踏まれても摘まれてもまた生えてくる。強いんだ。なんでかっていうとね、植えた途端に値を張るから
その根っこ、真っ直ぐ伸びてくんだよ。しかも細い根っこを横に伸ばしながら。つまり土の下に縦横無尽に根っこ張っちゃうんだ。だけど元からある木や花や草を枯れさせたりしないの。仲良く共生できるんだぜ。すごいだろ?」
「…」
「それは根っこの部分なのね。花とか葉っぱとか茎とかは派手な色だったりトゲがあったりバキバキ折れたりするんだけどさ、全然平気なの。だって根っこが丈夫だから」
「…」
「植えると楽しいよ。邪魔にはならないと思う。いい土なんだよ、ここ。一生に一度、巡り会うかどうかの…。『種』がね、ここを選んだらしい。水も養分もいらない。特別に愛情かけなくてもいいんだぜ。なんでかっつーと、土にそれが含まれてるから」
「…」
「この種は特別でね、そーゆーおいしい土を嗅ぎわける能力がすっごいの。んでさ、植えたら最後、その土が本気で、『この花だか草だかわかんないの、いらない』って思わない限り、ずーっと生き続けるの。そういう種をここに植えようと思うんだけど、どうかな?」
「…」
「土が強くなるよ。おなかすいたら食べられるし、日よけにもなります。外敵から本体を守ります」
「…なんの…話してるの?」
「種」
「…」
「たまに枯れるけどね。根っこはしぶとく生きてるからまた花が咲くし、こんなお得な種、植えない手はないだろ?」
「…なんのことかよくわからないけど、ラブがそうしたいのなら…」

わかんないだと?!こんなに優しく説明してるってのに
気持ちがぐちゃぐちゃなのは解ってたけど、きっと頭ン中も弱ってるんだ、こいつ…

「けほん。特にスゴいのはね」
「…うん…」
「コイツはとりたてて何にもしないんだけど、でも、貴方を守ります」
「…」
「とりあえず、植えてみる?イヤになったら本気で『もういらない』って思えばいいんだからさ」
「僕は…十分なものを与えられないのに…」

通じてる?その言葉は偶然?

「ああ。それは大丈夫。気まぐれだから勝手に摂取する」
「…意味がわかんないよ。なんのたとえ話なの?」

ちょっと会話に乗ってきたね?

「種」
「…。イナのたとえ話は幼稚だったけどわかりやすかった」

もうっ!
またイナさんと比べる!

膨れたつもりはないのに奴はごめんと小さく謝った

「ね。どうよ。植えちゃっても、いい?」
「ラブがそうしたいのなら…」
「俺はもちろんそうしたい。でもアンタが『いい』って言わないとなぁ…」

ほんとはどっちにしろ植えるつもりなんだけどね

「貴方さえよければここに植えたい」

それからかなり長いこと奴は考えていた
ああ。待つのは辛いことだ

「…種って…」
「ん?」
「元からある木って…」
「…」
「ラブ、ぼくは…ぼくは…」

脳が動き出したらしい。『種』の話、理解できたようだ。よし。流石はギョンジンだ。頭いいね
俺は奴の頭をヨシヨシと撫でた。それから奴の瞳を真っ直ぐ見つめて、言いそびれてる『決め台詞』を告げた

「俺、アンタが大切だよ。俺、どんなアンタも好きだよ。出会った時からずっとアンタの事が大好きだよ。知ってた?」
「ラブ…」
「植えてもいい?」

泣きそうな顔で、奴はウンと頷いた
俺は人差し指を心臓の近くに押し当てて『種』を植えた

「これでよし」

微笑んで奴の横に寝転ぶと、奴は潤んだ瞳を俺に向けた

「んふふ、もう根っこ、伸び始めてるよ」
「…もう?」

涙声の奴の頭をぐいっと引き寄せて俺の肩に乗せると、奴は力を抜いて俺にくっついた

「あのね。思いっきり心配してやんなよ、ギョンビンのこと」
「え?」
「無理に目を逸らす必要ないよね、アンタはお兄ちゃんなんだもん。今まで通りのアンタでいいよ。」
「…さっきと話が違う…」
「考え直した。気まぐれだから」
「…」
「『種』植えて安心した。これでアンタも大丈夫。いつだってここに俺がいるから」
「…ラブ…」
「忘れてていいよ。勝手に育つからね」
「…」

アンタの一番になりたいと思ってた。今は、俺が何番手にいるかなんてどうでもいい。だって、アンタは俺の一番だから

「俺、ジコチューだから、気にしないで。種、植えさせてくれてありがと」
「ぼく…」

開きかけた唇に軽くくちづけすると、奴は珍しく照れた顔を俺の肩に埋める。ちょっと気分がいい
安心して眠りなよ、俺がいるから…

「そだ!早寝しなきゃなんなかったんだ!」
「え?なんで?」
「明日、チェミさんのパン屋、開店じゃんか!並ばなくちゃ」
「…並ぶ?」
「目玉商品が買えなくなる!」
「…」
「よし。寝よう。おやすみ」
「…お…おやす…」

まだ弱々しい奴を抱きしめて目を閉じた。やっぱ気持ちいい、コイツ…


そんな出来事を夢と現の狭間で思い出していた…
もう少し眠ろう。まだ時間はある。朝、早く起きなきゃ…並ばなきゃ…ぱんをいっぱいかって…ぱんを…


しあわせなあさ  ぴかろん


ベルが遠くで鳴っている
あれはデスクに置いた渋い目覚まし時計の音
どことなくコンシェルジェを思い起こさせる形と音色が気に入り買い求め
僕は早起きだから必要ないと言い張るギョンジンを無視しデスクに置いた
俺が泊った時必要だから
目覚まし時計なのに控え目な、だけど厚みのあるベルの音
俺はそれを『トンプソン』と呼んでいる

…ラブ様、お時間でございます…ラブ様、お時間でございます…

「ん…もちょっと…」

『トンプソン』の音はじわじわと体の隅々に行き渡る
実際はベル音なのに、静かに俺の名前を呼んでいるような、
そうして俺の体をゆっくりと起こしてくれるような感じ
たまにその響きが眠気とマッチして、俺の意識は朧に漂うことがある
今朝はまさにその波長で、俺はふわふわと眠りの浅いところに留まった


電子音が耳から脳に切り込んでくる
選び抜いたものだから不快ではない
それでも『トンプソン』より刺激がある
浅い眠りにいる俺は覚醒に近づいて行く
スタイリッシュなデジタル目覚まし時計はスパイっぽくていいじゃない?アンタにぴったりだよ
と買い求め、ベッドサイドに備え付けた
こいつには『ピーちゃん』と名づけた
僕は絶対こんなの使わないんだからね!とアイツはぷんすかしていたけれど
俺が泊った時に必要だからとねじ伏せてやった
『トンプソン』があるじゃん!ぷんすか
あのね、優しいだけじゃ起きられない時もあるの。そーゆー時はちょっと遅れて激しく起こしてほしいの。だから必要
僕が優しく激しく起こしてあげるのに!ぷんすか
アンタの起こし方、ON AIRできないもん!
ケンカになりかけて奴が折れた。以来『ピーちゃん』はここにいる

ベッドサイドに手を伸ばしかけた時、電子音が止んだ
今日は音を止めるまでに珍しく20秒ほどかかった
『ピーちゃん』が鳴りだすとアイツはいつも早押しクイズ並みの素早さで『彼』を叩き止める
弱ってる今は鈍いようだ

「起きなきゃ…」
「まだ早いよ…」
「何時?」
「まだ5時50分だよ…」
「起きなきゃ…」
「あと10分…」
「だめ」
「もう少しだけ…」
「…」
「ね…」

眠そうに呟くアイツの顔が可愛かったので、じゃあもうちょっとだけね…と譲歩した
寝ちゃだめだ、寝ちゃだめだと思えば思うほど意識が遠のきそうになる
でも大丈夫
こんな事もあろうかと、目覚ましは三段階にわけて用意してある
できればラストコールが鳴る前に起きたいと思う。けど…
…アイツのぬくもりがまた俺を眠りに誘う…
…大丈夫。いざとなれば最後の目覚まし時計が起こしてくれるから…


柔らかいものが俺の唇に触れる
とても気持ちいい
触れるだけだったものがやがて俺を吸い始めた
それと同時に首筋や鎖骨にひやりとしたものが這う
体の、奥の奥にある細胞に小さな火が灯る
吸われていた唇が解放され、代わりに耳朶が占領される
細胞の火が大きくなり、与えられる快に体の熱が上がる
奴の唇と指が俺の肩や首筋で遊んでいる
覆いかぶさるからだにしがみつき、小さな声を漏らす
俺の唇は、なんとか奴の耳朶を捉え反撃を試みる
柔らかい。軽く歯を立てる。柔らかい…やわらかくて…あったかくて…あまいにおいの…おいしそうな…おいし…

がみゅっ

ぎゃーーーー

奴の耳朶に思いっきり噛みついて(わざとじゃないよ)跳ね起きた

「痛ぁい酷ぉい痛ぁいいい」
「ぱんっ!」
「ええんええん」
「ぱん!行かなきゃぱん!」
「いたいよぉ」
「並ばなきゃ!」
「ええん。まだ7時前だよぉ」
「なにっ?!7時?!『魔王』は鳴らなかったの?!6時にセットしといたのに!」

俺は、『ピーちゃん』の隣にある『魔王』と名づけた目覚まし時計を手に取った

『ただちに目覚めよ。目覚めぬのなら貴様に永遠の眠りを与えようか!フォッフォッフォッフォフォ~』

「わ!」

セット時刻を確認しようとした時、『魔王』は大音量で『笑い』始めた

べしん

『おだまり!『魔王』より『ラブ様』の方がえらいんだよ!』

ストップボタンを押すと流れるセリフ。どちらもギョンジンが(元気な時に)録音した。俺の趣味じゃない。ただ、音量が大きいので『保険』として採用しただけだ。買ったのもバカギョンジンだ

「アンタ、時間変えた?」
「だって…」
「だってじゃない!早く起きなきゃいけないのに!」
「…もうちょっと寝ようよ…」
「もう7時だよ?!アンタジジイだから早起きなんだろ?」
「…できそうなのにな…」
「は?」
「…ちっと…できそうな気配があるのにな…」
「…」

なにが『できそう』なのかは解ったけど、そしてちょっぴり惜しいって気もするけど、俺はベッドからすり抜け、無言でクローゼットを開けた
奴にカジュアルなシャツとジーンズを投げつけ、俺は置きっぱなしになっている俺の服に着替え始めた

「しなくていいの?久しぶりにできそうなのに…」
「…いいから着替えろよ」
「…なんか…いい感じなんだけどぉ…」
「問題解決してないのに『でき』るわけないだろ?却下!」

鋭い言葉を吐いて奴のパジャマを脱がせた

「あ…。もう。アマノジャクなんだから。口ではそんな事言いながらやっぱり…したいんだぁ…」

スケベ顔が『本物』じゃない。わかってる?アンタ、まだ本調子じゃないんだからね

「ジジイを着替えさせてるだけだよ。はやくこのシャツ着て」
「…ほんとに、しないの?」
「なにを!」
「…。反応したくせに…」
「置いてくよ!行かないの?」
「ああん。イクイクぅ」

ふざけ方が『本物』じゃない。無理すんなよな…バカ

身支度を整えてギョンジンと俺は部屋を出た。エレベーターを待つ間、ギョンジンはリビングをそっと覗いていた
箱に乗り込んだ奴は、なんでこんな早くに行くの?開店時間9時でしょ?と聞いた

「開店日だよ。早く行って並ばなきゃ大変だよ」
「…並ぶの?」
「そうだよ!ああ…何番目ぐらいかなぁ…」
「…そんなに人、並んでるかなぁ…」
「並んでなきゃ、一番乗りになれるじゃん!」
「ふーん…」

つまらなそうに尖らせた唇に、チュッとキスしてやると、奴はにっこり微笑んだ
ほら、爽やかに笑ってる。いつものアンタなら『微笑み』だけで済むはずないもの…

「ね。リビングに誰かいたの?」
「キッチンで音がしてた」
「ギョンビン?」
「いや。音がしてたから違うと思う」
「は?」
「うん…ギョンビン、食器ガチャガチャさせないから。聞こえたの、危なっかしい音だったし…」
「ミンチョルさん、朝食作ってたのかな」
「…」
「ん?どうしたのさ、沈んだ顔して」
「…ミンチョルさん、後で弟に怒られないかな…」
「なんで?」
「…後片付けとかしなさそうじゃない?ミンチョルさん…」
「…ああ…うん…しないだろうね」
「確実にこうなるね」

ギョンジンは目尻をクイッと上に上げた

「何度ぐらい吊り上がるかな、ギョンビンの目…」
「ふふ」
「ふ」

昨日より穏やかにギョンビンのことを話せるようになったみたい
よかった。それだけでいいよ。大丈夫。俺、待ってるから



「ちぇみぃ~焼きあがったよぉ~」
「よし。次、これだ」
「はあい」
「イナヤ~、こどもぱんの仕込みはどうだ?」
「順調。テジュンが手伝ってくれてるから。ね」
「ん」
「…。そろそろ焼きに入るぞ。大丈夫か?」
「あい」

Casaの工房は開店準備でピリピリしている。昨日の夜はcasaの離れに泊らせてもらった。テジュンも一緒。うふふ
寝る前にチェミさんから、くれぐれも夜更かしするなと言われ、テジュンと俺は大人しく眠った
今、テジュンは『プリティ・モード』だからくっついて眠っても色っぽいことにはならない
ちょっと残念だけど開店セールの3日間はやっぱ自粛しないと…
うーん。チャンスと言えばチャンスなのにな、『逆転』の…


朝、目覚めた時に横にいたテジュンの寝顔が可愛らしくて、そぉっとキスしてみた
クークー眠っててやっぱり可愛い。だからもっとキスした。…。反応アリ。これ以上は危険か?
とは思ったけど反応に反応を繰り返し、俺達は朝っぱらからノーコーなキスに浸っていた

「ンニャ」
「「ひえっ」」
「ケホンニャニャニャ。ンニャンニャニャォ~ン。ン?」
「…はるみ…。どこから入ったの」
「ンニャ?!」
「わかったよ…起きます…。4時には起きようと思ってたんだよ」
「ニャ?!…。ンニャムニャニャムニャ!」
「え?チェミさんたち3時前から働いてるって?」
「…起きなきゃ…」
「わかった。今すぐ行くから」
「ンニャ」

どこからか忍び込んだはるみにノーコーチューを妨げられ、諭され、俺は布団の上に正座して頭を掻いた

「僕も起きる」

潤んだ瞳で呟くテジュンがとっても可愛い

「お前はいいよ。寝てな」

キスしたいけど、そうするとまたノーコーになっちゃいそうなので我慢した

「起きる!」
「いいって。てじゅは起きたってすることないだろ?」
「イナの作業が見たいもん!」

くーっ。可愛いったらありゃしない。こうなるとどうしたってキスしないではいられない
で、もう一度キス。で、やっぱりノーコーになっちゃって。で…

「ンニャニャニャニャー!」
「「は…はいっ。起きます、すみません」」

はるみに叱られ完璧に起きた

工房に降りて行くとcasaの面々は張り切って作業をしていた
テスとチェミさんはパウンドケーキとパン作りに励み、闇夜とテソンはこどもぱんに入れ込む具材の用意をしてくれている
テジュンと俺はおそろいのバンダナを巻き、作業台に立つ

「ん?濃顔さんもパンを作るのか?ん?」

チェミさんが笑いながら言った

「僕は見学です」
「ほぉ~」
「お邪魔でしょうか…」
「いんや。イナのパンの味が良くなるでしょうから是非見守ってやってくださいくふふ」
「はい」

この3日間は9時から2時まで店を開けるらしい。でも普段は10時から品切れになるまでにするんだって

「きまぐれパン屋だからね」

闇夜がウインクしながら言った
俺は作業台の横に、スタッフだけが持つ『 こどもばんぷろじぇくと ・きかくしょ』と印刷された可愛いノートを置いた

「あ。こんなの見たことない。可愛い。これ、イナの顔だね?僕、このノート欲しいな」
「だめ」
「え?」
「これはスタッフだけの秘密の企画書だからだめ」
「…え…」
「たとえテジュンでもだめ!」

ぐふふ。ぐふふふ。ぐっふっふっふっ。たのしい
テジュンに意地悪するのって楽しい~。くふふくふふ。涙目になってるぅぅ。可愛いっ。ギュッてしたい~。でもできない。パン作らなきゃ

「…じゃ、中、見てもいい?」
「だめ!スタッフ以外見ちゃだめなの!秘密なんだから!」
「…」

くーひっひっひっ。泣きそうになってる。くーひっひっひっ。たのし~
俺は鼻歌を歌いながら粉を混ぜ始めた

「あ。テジュンシ、これ、言ってた企画書。渡しておくね」

闇夜がテジュンに新しい『こどもぱんぷろじぇくと・きかくしょノート』を手渡した

「なんで?!テジュンはスタッフじゃないじゃん!」
「あら?だってテジュンシ、この3日間、売り子さんやってくれるんだよ」
「へ?」
「ね、テジュンシ。昨日電話で頼んだんだもんね~」
「えへへ」
「だからテジュンシもスタッフ」
「(@_@;)てじゅ、しごとは?!」
「もうじき済州島に行かなきゃなんないでしょ?だから今のうちに休み取れって言われてさ。んで、休んだ」
「(@_@;)」

じゃ、俺の意地悪は何だったの?
テジュンの顔を見ると、狡賢い大人の顔でニヤッと笑った

「むきーっ。てじゅ。わざとだろ!わざと俺のきかくしょ、見せてとか欲しいとか言ったんだろ!」
「うん」
「むきーっ。わざと涙目になったんだろ」
「それは違うよ。イナがあんまり意地悪だから悲しくなったんだ…」

テジュンは本当に悲しそうな顔をして俯いた。…ごめん、疑って…と謝ると、クッククック笑い出した
ちくしょう!可愛いフリしてるだけなのか?

「…てじゅってタチが悪い…」

呟くと笑うのを止めた

「ごめん。怒るなよ…」
「ふん。可愛くない」
「…ごめん…。今から可愛くするから」

鼻にかかった声でそう言われると、騙されていようがいまいがどうでもよくなった
俺はテジュンが好き。可愛いテジュンもかっこいいテジュンもずるいテジュンも優しいテジュンも好き
こうやって側にいてくれることが嬉しい
俺は機嫌を直してパンを捏ね始めた

「何時だ?」
「7時半かな?」
「パウンドケーキの数、これでいい?」
「そうだな。それでいい。テス、スウィーツの準備をしておいてくれ」
「はぁい」
「テソン。サービスのスープはどうだ?」
「いい具合だよ。味見する?テソン特製朝のスープ」
「お。どれどれ。…ん。いい味だ」
「さっぱりとコンソメ仕立てにしました。野菜のエキスが溶け込んでる」
「おお。とても体によさそうだ」
「チェミ、喋ってないで次のパン」
「おおすまん」
「ねぇ、今日はカフェのオープン、無しなの?」
「3日遅らせる」
「この3日間はとにかくちぇみのパンを知ってもらおうって」
「それからカフェをオープンだ」
「オープンしたらテソン、忙しくなるね」
「大丈夫。いい塩梅にやるから」
「いいあんばい?…それって言い換えると『テキトー』ってことじゃねぇの?」
「テキトーじゃないよ。コンセプトに沿ってるだろ?『気まぐれパン屋』なんだから。でもやる時はやるよ、僕は」
「…」
「ん?イナシ、なんでmayoの方を見るんだよ?」
「…いや…、テソン、ヤる時はとことんヤりそうだから…さ…」
「けほん。否定はしない」
「…。てそん…」
「イナシ~こどもぱん、あがったよぉ~」
「あ。はいはーい」
「おおお。いい焼き加減だな。イナ、濃顔さんに最初に味見してもらえ」
「うん」

チェミさんがこどもぱんを一種類ずつトレイに乗せてくれた。俺はそれを、レジの前で闇夜と接客の打ち合わせをしているテジュンのところに持って行った

「チェミさんがテジュンに味見してもらえって。第1号こどもぱんだぜ」

はりきって差し出すとテジュンは困ったような顔をした

「ん?なによ。味見したくないの?」
「…ぼく…」
「ん?ん?ん?」
「ね、mayoさん」
「はいはいはい。どーぞどーぞ」
「ん?ん?なになになに?」

闇夜はニヤリと笑い、他の3人がいる工房の奥に去った

「…。なによ。なんか企んでるの?」
「ぼく…」

言葉を止めて上目遣いで俺を見るテジュン。うう…抱きしめてもいいか?!

「…なんだよ…」
「ぼく、イナの作ったこどもぱんのね」
「うん」
「最初の客になりたい」

くうっ。キュートすぎるぜテジュン

「だから、味見するんじゃなくて、ちゃんと買いたいの」
「てじゅ…」

抱きしめていいか?!抱きしめたいぞ!

「だから…ちょっと表に回って入ってくるね」
「へ?」
「お客さんだもん」

くううう。可愛いすぎる!
テジュンはニコッと笑って工房から裏口に出て行った


「ほぉぉぉ。『お店屋さんごっこ』か?」
「いいの?チェミのパン屋さんなのに」
「俺だけのパン屋じゃないさ。みんなが幸せになってくれればそれでいいんだから」
「そーそー。店の名前が『Forno felice (幸せパン屋)』ってぐらいだもんね」
「『こどもぱんの最初の客になりたい』だって~」
「可愛いじゃん、テジュンシ」
「『イナの最初のオトコになりたい』とかね」
「なってるしねぇ」
「『だから味見するんじゃなくて、ちゃんと買いたい』ってか」
「ちぇみ!それ、ダメ!」
「『だから味見するんじゃなくて、ちゃんと付き合いたい』ならどうだ?」
「前半ヤらしくて後半硬すぎる」
「くぉら!朝っぱらからンなこと言ってないで作業続行!」
「ボスがお怒りだ。よし。幸せパン屋、レッツゴーだな」
「僕も幸せになりたいな~。今夜あたりぃ」
「テソンシ~や~らしぃ」
「開店セール3日間はパンに集中!」
「「「…あーい…」」」
「ささ。準備準備♪ちぇみぃ~、スウィーツはこれでオッケー?」
「今日はちぇみぷりんだね。トッピングはどうする?」
「テソンに任せる。開店に相応しい飾りつけ、頼む」
「はーい」


ショーケースの上に、テジュンのために取り分けたこどもぱん (1 2) 10個を置く。大きく分けると7種類だけど中味の具材の違うものがあるから、今日は全種類で10個だ
開店セール中は特別。普段は一種類一味を出すつもり。同じパンでも毎日違った味が楽しめる。俺の気分で中味が変わる。気まぐれパン屋だからね
…テジュン、パンを買ってくれるんだったら ポイントシール 、つけなきゃいけないのかなぁ…


イナのこどもぱんは僕が一番最初に買いたい。Mayoさんに頼んだらくすくす笑ってOKしてくれた
―チェミさんに聞かなくてもいいの?
―いいよ。アタシの言う事にゃ逆らえないからね
姐御なmayoさんはやはりcasaのボスだと思う…

僕は裏口から表に回った。キチンとお客さんとして店の扉から店内に入って、そしてイナのパンを買いたかったから…
店の前に出るとデカい声で呼び止められた。振り向くとテジ君がいた

「テジ君?今僕を呼んだの、キミ?」

テジ君はフルフルと横に首を振り、僕の後ろの方を指さした

「よおよおテジュンさん。ズルしちゃいけねぇよ」
「テプンさん?ズル?」
「テジ、もっとぴったりドアんとこくっつかねぇと!このスケベおじさんみたく横から入ってくる人もいるから、ほれ!」
「スケベおじさん?」
「あああ重い…ったく、起きろよチェリム!」
「まだ眠いよぉ…」
「しょうがねぇ女だな…ほら!テジ!ガラスにくっついてろ」
「お父さんうるさいよ。テジュンさんはスケベおじさんじゃないし、ちゃんとおんぶしなきゃヒョンがずり落ちるよ」

背中にチェリムさんを背負ったテプンさんが、ずりずりとテジ君に近づいて来る

「あの…テプンさん、一家そろってどうしたんですか?」
「てへっ一家だなんてよぉ。まだ結婚したわけじゃねぇからよぉてへっ」
「…とにかく…どうしたんですか?朝っぱらから」
「今日、開店だろ?ここ」
「あ…はい…」
「だから並びに来た」
「…へえ…」
「テジが一番乗りなんだから、アンタ、後ろに行けよ。ずるいぞ」
「…えと…僕は店の手伝いで…」
「手伝い?なんでだ?イナがいるからか?」
「えと…接客の腕を買われて…」
「何言ってるんだ!接客なら俺達ホ○トに勝るものはいねぇ!…ははぁん、アンタそんな事言ってズルを正当化しようとしてるだろ」
「違いますよ。お言葉ですが僕は元ホテル総支配人だったんですよ。接客のプロです。今日は売り子をやるんです!」
「スケベ売り子か?ふぅん。でも手伝いなら中にいるはずだろう?なんでここにいるんだ?」
「…えと…だからその…ドアの開き具合を確かめに…」
「本当か?」
「あ…はい」
「嘘ついたら承知しねぇぞ」
「嘘じゃありませんよ、ほんとですから!では中に入りますので開店まで今しばらくお待ちください」
「ふむ。そっか。一応信じてやる」

テプンさんはチェリムさんをおんぶしたままテジ君と話し始めた。この隙に店に入…入…あ…

「開かないっ!」
「ん?」


テジュンってば遅いなあと戸口の方を見ていたら、ドンドンドンとドアを叩く音がした
あ!鍵がかかってるんだった!
俺は慌ててドアの前に走った
正面ドアの左右には、でっかいパネル状の飾りがあるんだけど、これが外からしか見られない
聞けばテスのためのものらしい。隙間から覗いてみてもよくわからない。早くロールカーテンを開けてほしい

どんどんどんどん
やっぱ嘘なんだろ!
嘘じゃありません!僕はお手伝いするんですからっ!
ドア開いてねぇじゃねぇか!
今から開けてもらうんです
どんどんどんどん!

ちょっとボーッとしていたら、外がえらく騒がしくなっている。俺は急いで鍵を開けた

「てじゅ、ごめん。お待たせ…」
「イナ、開店か?パンはあるのか?俺も入れろよ」
「だめです!開店は9時です。まだ準備できてないってば」
「お父さん、やめなよ」
「だってテジ、このスケベおじさんは嘘つきっぽい顔してるぞ」
「そんな事言わないでよ。お父さん、テジュンさんとぼくと似てるって言ってたじゃない!」
「あ…そうだった…」
「テプン?お前、何してるの?」
「おう、イナ。開店まだか?」
「9時からだよ」
「テジュンさんが手伝いするって本当か?」
「ほんとだよ。テジュン、早く入れ」
「あっ、ズルいぞ、俺も入れろ!」
「やめなよお父さん」
「閉めるな!中を見せろ!」
「おとーさんってば!」
「くそう。おい、テジ。カーテンの隙間から中を覗け!」
「…おとぉさん…」
「いいから覗いてろ!」

テプンがいてテジ君がいた。テプンは背中にでっかいオトコを背負っていたようだ

「…なんでテプンがいるの?男の人背負ってなかった?」
「あれはチェリムさんだよ。寝てるみたい。みんなで並んで待ってるんだって。一番乗りらしい」
「並ぶ?へぇぇすげぇ。開店待ちかぁ」
「テプンさん一家しかいないけどね」
「へえ…ふぅん。じゃ、あんまりすごくはないか…」
「鍵、かけとく?」
「ああ。あいつ、突っ込んできそうだしな」

テジュンはドアに鍵をかけ、俺はショーケースに戻る。いらっしゃいませと言うとなんだか照れくさくなった
テジュンも少しモジモジしている。抱きしめていいか?!

…あの、こどもぱんをください
…はい。こちらでございます。いくつ差し上げましょうか
…全部
…全部ですか?
…おいくらですか?
…え…いいよ、タダで…
…ダメだよ。ちゃんと買いたいんだもん。いくら?
…んと…1個500ウォン
…え?そんなに安いの?
…だって『こどもぱん』だもん…
…そんなで採算取れるの?
…しらない…。いいじゃん
…ほんとに500ウォンなの?!いいの?!
…しらないってば!

「こどもぱん、1個800ウォンね」

工房から闇夜が声をかけてくれた

「だってさ」
「それでも安いよ」
「俺が作ったんだから安くていいよ」
「…じゃ、8000ウォンね」
「ありがとうございます」

パンを袋に入れ、ポイントシールを2枚つける。こどもぱんを5個買えば1枚。ポイントを貯めるとこどもぱんぐっずと引き換えだ

「はい、どうぞ」
「ありがと。うれしいな」
「ポイントシール、集めてね」
「うん」
「どうもありがとうございました」
「…」

テジュンは俺をじっと見つめている

「ん?」
「ありがとうのチューは?」
「…。みんなが見てるし…」
「してくれないの?いっぱい買ったのに?第1号のお客なのに?」
「…わかったよ…」

ちゅ

やっぱし、今日のテジュンはとっても可愛いくふふ

ちゅ…ちゅううう…

「くぉら!お店屋さんごっこが終わったらとっとと仕込みに戻れ!」
「ん。はぁぁい」

奥からチェミさんの怒号が聞こえ、テジュンと俺はでへでへしながら工房に戻った


「イナさんとテジュンさん、チューしてたよ、お父さん」
「もういい。見るなテジ!」
「お父さん、さっきはよく観察しろって言ったじゃないか」
「けっ。イナとスケベおじさんのチューなんか見てたってしかたないだろ」
「でも見ちゃったもん。ロマンチックだったよ。お父さんもヒョンにあれぐらい濃いチューすれば?」
「…。そのうちな…」
「ひゃ~。そのうちするんだね?」
「げほ。チェリムが起きたらどうする!それよりパンは並べてあるか?」
「まだ」
「まだなのか!」
「ねぇ。もう見なくていい?飽きちゃった」
「もうちっと覗いてろ」
「自分で覗けば?」
「俺はチェリムをおぶってるから無理だ」





外でそんなテプン一家の攻防?があったとも知らず、俺達はパン作りに熱中していた
店のロールカーテンは降りたまま。パンと格闘する俺達に、外の様子を窺う暇などなかった…

******

【『Forno felice (幸せパン屋)』前】
「テジくん」
「あ、ジュンホさん」
「きみもならんでるのですか?」
「ジュンホさんも並びに来たの?」
「はい。おいしいぱんをこどもたちにたべさせたくて」
「テジ君おはよう」
「おはようジュンくんウォンちゃん」
「ねぇ、9時開店なんでしょ?」
「うん…」
「テジ君、幼稚園どうするの?」
「君達は?」
「…休むかもしれない…」
「君達も?」
「ってことは君も?」
「うん…いいのかな…」
「お父さんが言うには、『かぞくのだいじなぎょうじだからかまわない』って…。でも…ねぇ」
「うん…パンを買うために幼稚園を休むなんて…ねぇ…」
「後ろめたいわよねぇ」
「うん…」

「あ。ジュンホさんとテプンさんがいる…」
「だからもっと早くに出てこようっちったのに!ドンヒのバカ!おめぇがぐずぐずしてっからぁ!」
「僕のせいなのか?昨日酔っ払って夜更かししたのは誰だ?大体朝っぱらからヨンナムさんにデレデレ懐いたりして!そんな事してるから遅くなったんじゃないか!」
「デレデレなんかしてねぇよ!ヒョンに口説きのテクニック教わってただけだよ!」
「そんなもの、僕が教えてやるからあの人には聞くな!」
「お前のテクニックなんて一夜限りのモンじゃねぇか」
「なにぃ?」
「はいはい。ケンカしないの、若者達」
「あ。ジホさん。チョンマンさんも…。どうしてお二人一緒なんですか?」
「怪しいな。二人でなんかしてたのか?」
「やだな~ホンピョ君。妬いてるのかな?くふ」
「監督、誤解を招くような発言はやめてくださいよ!偶然そこで会っただけです」
「ほんとかよぉ~」
「くふ。チョンマンったら照れちゃって。くふふ」
「監督!」

「ジホ君、なんで先に来てるのょ」
「あらソヌっち、遅かったじゃない」
「遅くないょ。ボクは時間通りに待ち合わせ場所に来たのょ」
「ウッソォ~ン。いなかったいなかった」
「いたょ。BHCの路地ンとこでしょ?30分待ったけど」
「僕、アナタにBHCの隣の路地って言ったでしょ?」
「…。ボクが間違ってたってぇの?」
「そう」
「…。ふぅん」
「ソヌっち、最近『酷い目』にあってないから感覚とか記憶力とか鈍ったんじゃなぁい?」
「む」
「監督があやふやな約束したんじゃないですか?僕、昨日聞いてましたよ、監督がソヌさんにヘラヘラと『BHCの路地ンとこね~』って言ってたの」
「あら?そう?」
「悪いのはジホ君だょね?じゃ、チェミさん作スウィーツ、アンタのおごりね」
「あは~んいや~ん」

「わわわわ。なんか一杯同じ顔がいる!」
「店の連中ばっかりだ」
「やだやだやだ。センセ、トッショリなんだからもっと早起きしてくれなきゃ!」
「…」
「もうもうもう。くりいむぱんが買えなかったらセンセのせいなんだからね!」
「…」
「スウィーツだって数量限定かもしれない…。テス君のパウンドケーキも買えないかもしれないっ」
「…ウシク…」
「なによ!」
「食べることばっか」
「…なんだよ…」
「今日買えなくてもこの店はずっとあるんだよ」
「…だけど…初日にいろんな味を味わいたいじゃん…」
「まさか今日買ったパンを全部、今日中に味わうつもり?!」
「…センセと半分こするんじゃん…」
「ふう。はぁ…」
「なんだよぉため息なんかつかないでよぉ」
「キミの半分こは『1対9の割合』だよね?キミが9」
「…ち…違うもん!」
「違わない。僕の物差は正確だ!」
「違うもん…ちが…ぐすっぐすっ…」

「やや?イヌ先生がウシクさんを泣かせてるぞ」
「ほんとだ!…ということは昨夜はイヌ先生が攻撃側?」
「ふむふむ。メモメモ。今日のドリンク、体力回復系でいいかな?」
「そだね。それよりさ、ジョンドゥさん」
「なんだいビョンウ君」
「ウシクさんが僕達より前にいるってことはさ」
「うんうん」
「僕達が美味しいパンにありつける確率が減るってことじゃないかな?」
「…。言えてる!それに前の方にテプンさん一家がいるし…。まずいな、こどもぱん、買えるかな。僕はポイントを集めてグッズを蒐集したいんだ!」
「買い占められないように祈ろう。どうか美味しいパンにありつけますように…」
「パンのカミサマ、ヨロシクお願いしますぅ…」

【ますます騒がしくなる30分後の『Forno felice (幸せパン屋)』前】
「ぎゃー!こんなに並んでる」
「すごい人気だね」
「ばか!アンタがバカだからこんなに遅くなっちゃったんじゃんか!バカ」
「…」
「あああ…一番乗りするつもりだったのにぃ。何番目よ。あああ…『オールイン』の人たちもちらほら来てるじゃない!なんでアンタ今日に限って車じゃないのさ!」
「だってラブが昨日の帰り、歩こうって…。僕、お酒飲んでたし…」
「バカ!きらい!」
「…ええんラブゥ…」
「ケンカするほど仲がいいってね」
「あ…スヒョク…」
「おはよ、ラブ」ちゅ
「おはよ」んちゅぅ
「「何してんのよ、アンタタチは朝っぱらから(@_@;)」」
「「おはようのキス」」
「「こんな道端でっ!」」
「いいじゃん。ねぇスヒョク」
「ねっラブ」
「スヒョク!あちこちでキャーキャー嬌声が上がってる!近所迷惑だろう!」
「あは。スヒョク。ソクさんやきもち妬いてるよ」
「…だといいけど!」
「ん?…ケンカでもしたの?」
「別に」
「…スヒョク、素直になんなきゃ」
「素直だもん!」
「昨日、ソクさんとずっと一緒だったんだろ?」
「一緒だった」
「ならなんで怒ってるの?」
「怒ってない」
「唇、尖がってるよ」
「ふん」
「ホテル行ったの?それともお前の寮?」
「…ヨンナムさんち…」
「え?二人っきりで過ごしたんじゃないの?」
「だってさ…ヨンナムさんから電話があってさ…テジュンさん帰ってこないし一人じゃ寂しいから帰ってきてくれって…それでヨンナムさんちに行ったら…」
「行ったら?」
「ホンピョとドンヒがいるんだもん。騙された」
「…」
「それで俺、今からでも寮に行こうって言ったのに、ソクさんたら『ここまで来てそれは気まずいだろ』って…。キスもハグもできなかった」
「雑魚寝か」
「…」
「ま、焦るなよ」

「ヨンナムさんには参ったよ」
「スヒョク君、怒ってますね」
「うん…。僕もねぇ、昨日の晩は二人きりで過ごしたかったんだけどさ、ヨンナムさんが電話口で泣くんだよ。僕は孤独な男だ。友達もいない、恋人もそばにいない、いや、まだ恋人って確定してるわけじゃない、だってキメてないも~んって…」
「…あのスケベジジイ…」
「仕方ないからぶんむくれたスヒョクを宥めすかしてヨンナムさんちに行ったらホンピョ君とがっつり肩組んで出てきた」
「…ホンピョ…」
「ホンピョ君、酔っ払ってて、ヨンナムさんに『あにきぃあにきぃ』なんてゴロゴロ懐きまくってて。傍らでドンヒ君がオロオロするわ、当のヨンナムさんはうわははうわはは大声で笑ってるわ…。さっき泣いてたんじゃないの?って聞いたら、僕の電話切ったすぐ後にチョンエさんから電話があったとかで、もぉ…」
「…タチが悪いですね。MKB系で二番目にタチが悪い」
「二番目?一番だろ?」
「いーえ!誰がなんと言おうと、一番タチが悪いのはもう一人のスケベジジイです!」
「テジュン?」
「そう!」
「はは(^^;;)」

「隊長~おはよ~」
「おお、メイ、久しぶりだな。やぁシチュン君、おはよう」
「隊長、相変わらずいい男ねぇ」
「やだなぁメイ、そんなわかりきったこと」
「ギョンジン。このジジイ、どっかに連れてってよ!」
「まぁまぁシチュンさん。ソクさんはタチの悪いMKB系の中では一番話のわかるイイ人ですから」
「ん?ギョンジン、なんか言った?」
「いえ。ソクさんはいい人だって言っただけです」
「メイ!こっち来い」
「あぁん、久しぶりに隊長とお話しした~い」
「めいっ!」
「ははは。メイ、幸せそうだな」
「え~。そうでもないよ~。結構体力ないのよ、コイツ。隊長ぐらいタフだと満足できるのにさ~」
「はははは。メイは相変わらず…イテテテ。なんだスヒョク。ラブ君と話してたんじゃないのか?耳を引っ張るなよ、痛いよ」
「ソクさん!ソクさんはメイさんとそういう…そういう…オトコとオンナの…」
「は?」
「あらスヒョク君、般若みたいな顔になってるわよぉ~。隊長はキツい顔、好きじゃないのよぉ~可愛い顔しなきゃ~」
「…」
「す…スヒョク?何か誤解してないか?メイ!お前が変なこと口走るから…」
「やぁねぇスヒョクくぅん、心配しないで。キスだけよ」
「(@_@;)」
「メイっ!」
「めめめめ。うそうそ嘘をつけっ!」
「(@_@;)そくさん、メイさんとそういう仲だったなんて…おれ、しらなかった(@_@;)」
「めめ。(@_@;)。すすすスヒョク、僕は何も知らない。メイはただの部下で…。きききキスなんて、僕の知らない間の出来事で、そんな…あうあう…(@_@;)」
「嘘だろ?メイ」
「嘘じゃないも~ん。アタシ、昔、隊長が好きだったも~ん。でもさ、隊長ったらさ、アタシには見向きもしてくンなくてさ。だからぁ、隊長が寝てる隙に唇奪っちゃった。うふ」
「メイ」
「くふふ~シチュン~、妬けるぅ?」
「お前がキスだけで終わるはずがない。他に何した?ソクさんに何をしたんだ!」
「なっ!ひどい!アタシをどーゆー女だと思ってンのよっ!」
「正直に言ってみろ。過去のことだ。怒らないから」
「だからキスだけよ」
「メイ!」
「…。んと…、ちょっと○○をサワっと…」
「「(@_@;)」」
「ズボンの上からか?」
「もちろんよ!流石にじかには…」
「…。どうだった?」
「うん。かなり…」
「…。そうか…」
「(@_@;)なな…どこ見てるんだ、シチュン君っ」
「いやぁぁぁ。ソクさんのバカああ」
「す…スヒョクぅぅ(@_@;)」
「あっこらスヒョク!ずるいぞ、順番抜かすな!」

「なんだか騒がしいね、スハ」
「パン、買えるかなぁ」
「大丈夫だよ。チェミさん、張り切って大量に作るって言ってたからさ」
「それにしてもみんな早くから並んですごいですね。ほとんどBHCと『オールイン』のメンバーですねぇ。一般客、少ないなぁ」
「…ほんとだ…」
「テジンさん、どんなパンが食べたいですか?」
「僕は、ほんわかしててふんわりしててにこやかでおだやかで…前髪がそろってる」
「パンに前髪なんてありませんよ」
「…スハ…わかってるんだろ?僕が食べたいもの…」
「…。やだな。もぉ」
「「おはようございます、スハさんテジンさん」」
「やぁ、じゅの君とソグ君。どうしたの?二人が一緒なんて珍しくない?」
「そこの角を直角に曲がったらじゅの君がいたんです。それで一緒に真っ直ぐに歩いてきました」
「すごい列になってますねぇ。50人ぐらいいるのかな」
「正確には68人ですね」
「ソグさん、数えるの、早いですね。すごいなぁ」
「じゅの君。BHCの人間たるもの、いつもキビキビと行動しなきゃ」
「はい。勉強になります、ソグさん」
「ふふ。二人とも可愛いですね、テジンさん」
「…」
「テジンさん?」
「…。んあ?あ、なにかなスハ」
「…。二人とも、可愛いですねって言っただけです」
「あ…ああ。ああうん…。…。うん。…。かわいい…」
「…」
「ん?スハ、どうしたの?どうして僕を睨んでるの?」
「…テジンさん、なにが可愛いんですか?」
「え?」
「二人とも、可愛いでしょ?」
「え?あ…新人君だろ?ああ。二人とも…二人…」
「…『どっちかと言うと、僕はじゅの君が好みだな』っていう心の声が聞こえました」
「え?は?」
「『ほんわかしててふんわりしててにこやかでおだやかで…前髪はそろってないけど初々しくて…』って顔ですね」
「な…なにを…スハ…」
「…。テジンさんの浮気者!」
「す…すは?ご…誤解だよスハ」

「あの…ソグさん、テジンさんとスハさんが揉めてます。飽きたとか誤解だとか…どうしたんでしょう、突然…」
「五階建てのビルに空きがあるんだよ」
「え?」
「そこにアトリエでも構えるつもりなのかもしれないねぇ。室内の設計、任せてくれるといいなぁ」
「…えっと…」
「ところで食パンはあるかなぁ」
「は?」
「四角い食パン」
「…」
「きっちり90度だといいな♪」
「は。はぁ…」


※リレー303に続く



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