「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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ぴかろんの日常
リレー企画 312 シャッフル7
シャッフル7 ぴかろん
「ところでラブちゃん、ギョンジンちゃんはどうだった?」
「あーん…いなかった」
「へ?!」
「どっか行ってて会えなかった」
「なんだって?!」
ラブはおっちゃんにギョンジンのことやミンチョル達のことを話し始めた
今いた金髪のハンサムさんがギョンジンを連れ出してたんだ、とラブが言うと
「あのゴリラが?!なんて疫病神なんだ!ラブちゃん!絶対あいつと接触しちゃだめ!いいね!」
とおっちゃんは声を荒げた
ラブはピーちゃんの誤解を解こうと一生懸命だった
俺は手持ち無沙汰になり窓の外の景色を眺めていた
何気なく反対車線の方を見ていたら、歩道で体を二つ折りにして苦しそうにしているオッサンを見つけた
丁度信号が赤になり、おっちゃんのタクシーは停止した
体を折り曲げたオッサンは苦しげな顔を上げ、信号を見た
あの顔は…
「げ!ギョンジン!」
「え?」
「ほら!あっち!あそこで体曲げてるオッサン!」
「あ!ほんとだ!」
俺は慌ててウインドウを開け、ギョンジンの名前を呼んだ
おっちゃんも自分の側の窓を開け、ほらラブちゃんも呼ばなきゃ、イナちゃんに負けちゃうよ!とラブの腕を掴んだ
ギョンジンは少し振り返っただけでまた信号に集中した
「ラブちゃん!叫んで!」
「…」
「ラブっ!」
「信号変わっちゃったら車発車しちゃうよ!いいの?!」
「っ…」
「早く!」
ラブは助手席のドアを開け、少しだけ身を乗り出した
そうして息を大きく吸い込むと思いっきり叫んだ
「こんのバカヤロー!俺が来るって解ってんのに何でどっか行くんだよぶぁか!」
ギョンジンはハッとしてキョロキョロ辺りを見回し、ようやくこっちを見た
「明日また見舞いに行くから、絶対出かけるなよな!あばよ!」
ラブは車に乗り込みドアを閉めた
「あースッキリした」
「…」
「ったくあのジジイは…」
「ラブ…名前呼んだほうがよかったんじゃないの?お前って気づいたか?」
「俺の声がわかんないならもう別れる!」
別れるっておい…
俺はギョンジンを見た
呆然と突っ立っている
信号が青になり、おっちゃんは車をゆっくりと進めた
ギョンジンは口に手を添えて何か叫んでいる
「なんか言ってる…ラブの名前叫んでる」
「ふん!」
「この車だってわかってるかな、手、振ってやれよ」
「やだ!」
「あ、追っかけてくる。ほら、あっちの歩道走ってるよラブ」
「ふん!」
「おっちゃん、車、端に寄せて止まってやってよぉ」
「おっちゃん!止まらなくていい!」
「ラブちゃん…」
「止まったらややこしくなるからいい!」
「ややこしくなるって…ラブちゃん」
「ギョンジン走り続けてるぞ、ヘロヘロなのに」
「ふん!」
ラブは前を見たまま口を尖がらせて腕組みしている
俺は堪らず開けた窓からギョンジンに向かって叫んだ
「ギョンジ~ンギョンジ~ン」
「ちょっとイナさんやめてよ!」
「だってお前」
「いいの!おっちゃん、加速して」
「え…でも…」
「他の車に迷惑かかる!行って」
「…わかった」
「おっちゃん、ラブ、待てよ、あいつ可哀想じゃねえか!」
「可哀想くない!バカなだけ!行って」
「…あい…」
おっちゃんはラブに言われるままアクセルを踏んだ
反対側の歩道を走っているギョンジンの姿は見る見る小さくなっていく
ああ可哀想なヤツ
俺は窓から身を乗り出してもう一度ギョンジンの名前を叫んだ
「なに?!イナさんそんなにアイツが好き?!」
ラブがイライラした声で言った
「だってあんなに走って…」
「イナさん何でアイツを見つけンの?!」
「え…だって目立ってたから…」
「もう!見つけなきゃ心穏やかに帰れるのにっ」
「だって…」
「名前大声で呼んだりしてっ!余計な事しないでよ!」
「…」
そんなに悪い事をしたのだろうか…
ラブの勢いに何も言えず、そっと窓を閉めた後、俺は俯いて黙り込んだ
*****
5キロだって?!まだ着かないじゃないか!
くそうまたポールに騙された!
あいつの言う事を信用した僕が馬鹿だったハアハアハア
既に5キロの距離は走ったと思われる地点で、僕は信号待ちの間、身を折り曲げて呼吸を整えていた
その時、どこかで聞いたような子供の声がした
低いがよく響く、僕に似た、でも子供の声だ
まさかチフン?そんなはずはない
あまりに必死で走ったから幻聴が聞こえたのだろうか…
少し間があって、また幻聴が聞こえた
「こんのバカヤロー!何で俺が来るって解ってんのにどっか行くんだよぶぁか!」
ダーリンの声に似ている…
ん?
これは…幻聴ではない!
僕は辺りを見回した
それから反対車線を見てみた
一台のタクシーの横に人の体と顔がある
身を半分乗り出してこっちに向かって何か言っている
ダーリン…
だーりんぢゃないかっ!
僕は遠くにいるダーリンの姿に釘付けになった
ダーリンの声が耳に届く
「明日また見舞いに行くから、絶対出かけるなよな!あばよ!」
そう言ってダーリンはタクシーの中に消えた
ダーリンだよね?今のってダーリンだよね?
僕は短時間に自問自答を繰り返した
ダーリンを吸い込んだタクシーがスウッと動き出した
僕の体は条件反射のようにその車と同じ進行方向に動き出した
ああ、もう一度お顔を見せてダーリン!
叫びながら走る僕
息が乱れて声が通らない
待って、待って、止まってお願いっ!
何度もラブの名前を呼びながら走る
タクシーは止まってくれない
僕は足をもつれさせながら走り、叫び続けた
するとまた子供の声が聞こえた
僕の名前を呼んでいる
ダーリンの声ではない
目を凝らしてよく見ると、それはイナだった
ああ
イナの顔ははっきり見える
イナ、可愛いよ
でも今はイナよりダーリンだ…
タクシーは止まらない
僕は走り続ける
やがてタクシーはスピードを上げ、イナが僕を呼ぶ声だけを残して走り去った
あう…ハアハアハア…ヒイヒイヒイ…ゼロッゼロゼロゼロッ…
限界だ…あう…
ダーリンは帰っちゃった
ヒイヒイゼロゼロ
じゃ、もう走らなくてもいいやゼロ
じゃ…あれだ…
僕は新しい携帯電話を取り出した
「もしもしゼロ僕だゼロ、今どこだゼロ」
『病院から出たとこ~』
「なに?!先に着いていたのかゼロッ?!じゃ、お前、必死で走ってる僕を追い抜かしたのかゼロっ?!」
『そういうコトになるかなぁアハっ』
「アハじゃない!とっとと迎えに来いゼロ」
『あれ?二度と僕に会わないんじゃなかったっけ?』
「ゼロッ…僕を殺す気か?」
『殺しても死なないだろ?』
「ポール、それはお前だ」
『僕は普通の人間だから殺されたら死ぬよ』
「いーや、お前は胴体真っ二つに割られても死なない男だ!」
『僕ァそぉんなイリュージョニストじゃないよぉアハっ』
「とにかく…迎えに来てくれゼロ…、このままでは僕は行き倒れになってしまうゼロ…」
『大丈夫だよミン・ギョンジン、もう少しで病院なんだろ?頑張って走れ。僕は用事がある。ああそう言えばさっきラブちゃんと出くわした』
「なにいっ?!」
『ミンチョルさん達の見舞い帰りだった。相変わらずアノコは可愛いな、グフ。抱き締めたら柔らかかった』
「ななな…なにいいいっ?!」
『僕の車に乗ってたら会えたのに』
「…」
『明日また見舞いに来るってさ。今日のヘロヘロのお前には会いたくないとも言ってた』
「…そう…ゼロ…わがっだゼロ…じゃあな…」
『あれ?迎えに行かなくていいの?』
「…いい…お前の顔なんか見たくない…」☆
ポールはダーリンに会っただと?
そして抱き締めただと?!
ゼロ…
ああゼロ…
一気に気持ちが萎えていく
この場で大の字になりたい
ちょっと休もうゼロ…ぞじでダグジーをびろっでがえろうゼロああ…
僕は歩道の脇に座り込んで目を閉じた
*****
店に着いた俺達は、おっちゃんに礼を言って車を見送った
笑顔で手を振っていたラブは、おっちゃんの車が見えなくなると同時に無表情になった
話しかけようとすると、くるりと体を翻して店の裏口に向かった
「ラブ、ラブってば、ちょっと、おい」
俺の呼びかけに、全く答えず、ラブは控え室に直行した
ヤツの腕を捉えた俺は、返事ぐらいしろよ!と声を張ったが、ラブはぶんむくれたままドアを開け
俺は奴に引きずられたまま二人一緒に控え室に入った
スヒョクがまん丸い目で俺達を見る
「どうしたの?」
ラブは俺の腕を振りほどくと、スヒョクに抱きついた
「…すひょくぅ…」
「…会えなかったの?」
「…見た」
「見た?どういうこと?」
ラブはスヒョクにくっついたまま、小声であれこれ報告している
暫くするとスヒョクが俺をキツい目で睨んできた
「…なんだよ…」
「イナさん酷い!」
「え?」
「デリカシーに欠ける」
「へっ?」
「どーしてラブより先に…」
「スヒョク、もういいよ。イナさん、お子ちゃまだから解んないんだよ」
「でもさあ、ラブを差し置いて…」
差し置いて?
え?もしかして俺がラブより先にギョンジンに声かけたから怒ってるの?
そんな理由?
俺はラブに文句を言おうとしたが、誰かに後ろから羽交い絞めにされ、悲鳴をあげた
「なぁにやってんだぁ?ごさいじぃ」
「ひゃは…ひゃはは、やめっやめい!」
脇腹までくすぐられ、俺はひゃあひゃあ叫んだ
「いつも可愛らしいなぁお前は、わははわはは」
「そ…ソクっ…やめっ」
「イナさん酷い!」
ラブの尖った声が俺を責めた
「よくもそんなことができるね!」
「お…俺は何にも…」
「スヒョクを差し置いてっ!」
「だから俺は何にも…」
スヒョクは項垂れてラブに寄りかかり、ラブは恐ろしい顔で俺を睨んでいる
なんで?俺は何にもしてないぞ
「なんだぁ?ラブ君もスヒョクも随分シリアスな顔しちゃって。どうしたの?イナが何かしでかした?」
「ソクさんも酷い!なんでイナさんを抱きしめたりするのさ!ほんっとどいつもこいつもデリカシーに欠けてるよね、スヒョク」
「…仕方ないよラブ、イナさんは五歳児だしソクさんはモウロクジジイだもん。俺達みたいな硝子の青年の繊細な心情なんてわかりゃしない…」
「…ほんとにそうだよね、スヒョク。俺達の心がわかるのはテジュンとイヌ先生ぐらいだよね」
「うん…。ラブ、イヌセンセんとこ行こう…。さっきウシクさんと喧嘩してたからチャンスだよ」
「よし!行こう」
「ちょちょちょっとスヒョク。イヌセンセんとこ?」
「そ。センセを慰めてくる」
「ダメダメダメ!お前さっき必要以上にイヌセンセに擦り寄ってたろ。それでウシク君を怒らせたんじゃないか」
「別に擦り寄ってないもん」
「ウソつけ!2人でコソコソ耳打ちしてくすくす笑って!ウシク君と僕は舞台の上でヤキモキしてたんだぞ!」
「ヤキモキ?」
「ああ」
「ふん!俺だってここ二、三日ずーっと…ずっとずっとずーっと!ヤキモキしてたんだからねっ!」
「え?なんで?」
「…自覚ないの?!」
「自覚?僕が原因か?」
「…」
「僕が何をした?」
「…もういい…。ラブ、行こ」
「あ…うん…」
「おい!スヒョク!どういうことだ!僕が何したってんだおい!」
スヒョクとラブは控え室から出て行った
「何なんだ!態度が悪いぞ!」
「…。お前ホントにわかんないの?ここ二、三日の事…」
「は?二、三日って何なんだ!別にお前にキスしたわけじゃないし、そりゃ、今お前を抱きしめたのはまずかったかもしれないけど」
「うん、それもまずかった」
「…イナ…」
「はい」
「お前にはわかってるのか?」
「スヒョクがプリプリしてる原因?」
「ああ」
「わかってるさ。ある意味俺も当事者…いや、被害者だもん」
「被害者?!何の?」
「ここんとこのお前の行動の…」
「僕の行動の?!」
「…わかんないの?」
「非難されるようなことは何もしてないぞ」
「…。まぁ…そうだけど…」
「何なんだ一体!スヒョクもラブ君も、お前まで…。僕とお前達の世代にはそんなに隔たりがあるのか!わかりあえないとでも言うのか!」
「え…いや…そういうんじゃなくて」
「じゃあどういうものなんだ!」
「え…いや…あの…」
「説明できないならわかったような口聞くな!」
ソクは俺を怒鳴ると、シャワー室に入って行った
えーっと…俺がいけないの?
なんで皆に当り散らされなきゃなんないの?
その後、控え室にやってきたメンバーにも、何故だか非難され続けた
ホンピョは俺と目を合わそうとしなかったので、くっついて脇腹をくすぐると、やめろと叫びながら暴れた
抵抗されるとムキになってしまう俺は、奴をがっちり抱き締めてやった
すると間の悪いことにドンヒがドアを開け、俺達を見て凍りついた
俺はわざと明るい声でドンヒに声をかけたのだが、ホンピョの野郎はオタオタしながら、これは違うんだ、誤解するなよな、なんて言い訳めいたことを言う
別に誤解なんかしてないよ、お前とイナさんがどうなろうと僕の知ったこっちゃない
ドンヒが硬く冷たい声で吐き棄てると、ホンピョは俺の腕を振りほどき、また何か言いかけた
それを制したドンヒは俺に鋭い視線を向け、僕、明日もカフェ・フェアのお手伝いに行くんです、と言った
へえ、そう、と軽く答えると、ドンヒはあきらかにムッとした様子で、イナさんはいらないそうです、と突き放すように言った
ふーん…そっか、と頷いていると、僕は今日、一人、見捨てられたような気分になりました、イナさんもラブさんもさっさといなくなっちゃうし、開店までまだまだ時間があったのに…僕、何してりゃいいのかわかんなくて…手伝おうとするとチェミさんがドスの効いた声で手伝わなくていい!って言うし、テソンさんは料理の仕込みに専念してるし、mayoさんも料理の盛り付け方がどーのこーのって夢中だし…なんて愚痴りだした
確かにドンヒはcasaに馴染んでいるとは言えない
ちょっと冷たかったかなと反省し謝ろうとしたら、でも、ときた
「でも、テスさんがとってもとっても親切で、すっごくすっごぉぉぉく優しくて…。それで一生懸命ウエイターやってたら、Casaのみなさん、僕のこと、めちゃくちゃ誉めてくれて…仕事が終わった後、テソンさんが肩揉んでくれて、mayoさんは僕にオレンジ色のバンダナくれたし、チェミさんも特別にスウィーツ作ってくれたしっ…。それにはるみちゃんも僕にべったりくっついて僕のこと気に入ってくれたしっ。僕、僕、とっても嬉しかった…」
だよな。あそこの連中、ほったらかしてるようでさりげなく包んでくれるもん。一日居りゃあ馴染むよな
はるみちゃんのニャ~ゴ顔を思い浮かべると頬が緩む。ドンヒも癒されたろう
俺はホッとした気持ちになり、微笑んで言った
「んふ。よかったな」
ところが、これがお気に召さなかったらしく、ドンヒは能面のような顔をして言った
「あそこは気まぐれパン屋ってふれこみだけど、casaの人たちはみんな暖かくて優しいです。イナさんみたいに気まぐれじゃありません!僕は一瞬でもイナさんを信用したことを後悔しています!」
え?
「…お前…怒ってる?相当怒ってる?…俺がとっとと帰ったから?」
「どうせ僕なんかイナさんにとってはどうだっていい後輩なんです!」
「ちが…なんでそんなこと言う…」
「違いません。ふん!」
ドンヒは俺の言葉を遮り、強張った顔のままシャワー室に行ってしまった
「なんで?俺ってそんなに悪いことした?お前どう思うよ」
ホンピョに聞いてみた
「キム・イナは罪作りな男だってヨンナムの兄貴が言ってた。その通りだ」
「え?え?」
俺が悪いの?なんで?確かにドンヒ一人だけほっぽって帰ってきたのは冷たかったかもしんないけど、ドンヒだっていい大人なんだし、ましてやcasaの連中は仲間なんだし、あんなに怒る必要あるかよ?
ホンピョに何度も問い質したが、奴は答えてくれなかった
そこにチョンマン、シチュン、テプンの3人がやって来た
チョンマンの元気がないのでどうしたのか聞くと、昨日電話でチニさんと喧嘩したと言うのだ
シチュンが、電話して謝ればいいだろ、と言うと、何度もしてるけど出てくれないとメソメソしだした
チェリムに言ってチニさんに連絡取れるようにしてやる、とテプンが電話すると、チェリムさんはテジ君と御両親と食事中だった
ちょっと電話するぐらいいいじゃねぇか、え?…あ…うん…いや…あの…でも…あ…はい…はい…すみません…
テプンはいつものようにチェリムさんに責められているようだ
何やってんだよテプンさん、俺に代われよ、俺があいつにビシッと言いきかせてやるよ、とシチュンが口を出し、それに対してテプンは、なんの権利があってお前がチェリムに意見するんだ、と言った意味のことを口汚く罵った
「お前らが喧嘩してどうすんだよ。チョンマンもさ、チニさんのキツい性格わかってるだろ?ちっと時間おけば仲直りできるだろ?」
「…。イナさんはチニさんの性格をどれほど知ってるってんですか!そりゃイナさんはチニさんと知り合って長いけど、僕の方が深くお付き合いしてるんです!イナさんにアドバイスなんかしてもらいたくない!大体、イナさん、チニさんをふってテジュンさんに走ったくせに!」
「そうだよイナ!お前は知ったような口聞くんじゃねぇ!チェリムが怒るのもお前のせいだ!」
「は?何言ってんだよ。チェリムさんはお前がふがいないから…」
「イナさんって何にでも頭突っ込むんですね~。俺とメイとのことはノータッチでお願いしますよ、揉めるのヤだから」
「は?なに?俺はただ仲間の事を心配してるだけで…」
「それはわかる」
「だろ?やっぱホンピョはわかってくれてる」
「けどキム・イナはガキだから心配してる途中から遊びだす」
「は?」
「なんかかんかちょっかい出す」
「あ!そうそう!そういうトコあるよな、こいつ」
「は?へ?」
「首突っ込みすぎてアヤしい関係になるんだ」
「うわ、やだやだ。イナさん絶対メイに近寄らないでよね」
「シチュン、メイちゃんより自分の心配した方がいいぞ。イナはMKB顔系だけじゃなくギョンジンにも手を出してるからな」
「んなこと言ったらBHCの皆が危機に晒されてるんじゃん」
「そうだ。イナはラブとだってアヤシイしスヒョクの話だとドンヒにもちょっかい出してるらしい。な、ホンピョ」
「…俺もちっとかまわれた…」
「「「え?!ホンピョにまで?!」」」
「ちが…」
「…なんだか祭の時のイナさん再来ってカンジ」
「あん時ゃ節操がなかったよな、イナって」
「今もだよ」
「なっ」
「おやどうしたの?みんなでワイワイ楽しそうだね」
反論しようとした瞬間、テジンとスハがにこやかに控え室に入ってきた
「ん?イナ、どうしたの?涙目だね」
「てじん~みんながいじめる~」
「ちょっとイナさんやめてくださいよ可愛い子ぶるの!」
スハが前髪を揺らしながらテジンの前に立った
「さすがスハ先生だ、危機察知能力に長けてる」
「テジンさんもアブナいもんな~」
「シチュンさん、なんですか!テジンさんのどこがアブナいんですか!」
「あは、ごめん、聞こえてた?だってテジンさんって色っぽいもん」
「やだなシチュン。僕は真面目だよ。だから真面目なスハを選んだ」
「僕は真面目ですけどテジンさんは真面目だかどうだか!」
「スハ?何を怒ってるの?」
「怒ってません」
「でもツンケンしてる」
「そうですか」
「ほら、その言い方、いつものスハじゃない。いつものスハならもっと柔らかく微笑んで…」
「おはよーございます。あ、テジンさんおはよーございます。スハ先生おはよーございます。スハ先生、前髪が少し乱れてます。約十度右に上がってますよ。どうしたんですか?」
「やあソグ君、相変わらず正確な角度判定だね」
「ありがとうございます、テジンさん」
「君も真面目ないい子だ…」
「はい。真面目が取り柄です」
「…テジンさん」
「ん?スハ、なんだい?」
「ソグ君は真面目でいい子でそして若いですね」
「ああ、若々しくていい子だ」
「…若い子が好きなんですね、テジンさん」
「あ…え?」
「今『ああ』って言いかけましたね」
「えあ?いやだなぁスハ、何言ってるんだよ」
「テジンさんがこんなに不真面目なのは全てイナさんのせいですっ!ふんっ!」
「ス…スハ…ちょっとスハ…」
「なんで俺のせいなんだよっ」
「あー、スハったら怒ってどっか行っちゃったぁ…」
「テジンさん、僕、探してきます」
「いや、ソグ君、いいよ、僕が行く。君が行くとややこしくなる」
「ややこしく?」
「テジンが不真面目なのは俺のせいなのか?」
「違うよイナ、心配しなくていい」
「心配してない!怒ってる!」
「イナさんも怒ってるんですか?イナさんは怒っても目が吊り上りませんね。そのかわり頬が膨らんで唇が尖る。ラブさんもこの傾向がありますよ」
「なんでみんな何もかも俺のせいにするんだよ!なんなんだよスハまで!スハの管理はテジンの管轄だろ?」
「管轄って…スハをモノみたいに言うんじゃないよ。大体君が涙目で僕に甘えたりするから…」
「テジンさんは怒ると眉間に皺が寄るんですね。ふむ」
「ソグ!」
「はい、イナさん、何ですか?」
「お前ごちゃごちゃうるさい!」
「…」
「イナ!ソグ君に当り散らすな」
「だってわけわかんないことうるさいもん!」
「やっぱりテジンさんはソグ君を狙ってるんですね!もういいです!ふんっ」
「あっ!スハ、そんなところに隠れてたなんて」
「すぐに追いかけてきてくれないなんて、僕のこと愛してないんだ!」
「違うよスハ!僕は君だけを」
「…僕は…うるさいんですか?」
「ああ、ソグ君、五歳児の言うことなんか気にしなくていいんだよ」
「…テジンさん…優しい…」
「ソグ君…」
「テジンさん!やっぱり!証拠を掴みましたからね!ふんっ」
「あ、スハ、これはただ慰めているだけで…。ねっ、ソグ君。イナ、何とかしろ!」
「しらない!」
「…イナさんは僕が嫌いですか?」
「は?」
「…そうなんですね…最初見たときからチンピラ風で怖い人かなとは思ってたけど…やっばり怖い人なんですね…ぐすん…」
「なんだよそれ!俺、別にお前のこと嫌いじゃないし、確かに俺はチンピラだけど、俺のこと怖がる奴なんていないし」
「イナ!ソグ君に冷たすぎるぞ!」
「テジンさんはソグ君に優しすぎです。いっそのことソグ君と付き合ったらいかがです?!」
「スハ!だから…」
「イナさん、本当に僕のこと、嫌いじゃないですか?」
「嫌いじゃねぇよ!」
「よかった。テジンさん、イナさん僕のこと嫌いじゃないって」
「よかったね、ソグ君は可愛くてかっこいいもの、嫌われたりしないさ」
「どうせ僕はダサくて可愛くないですよ!ふん」
「スハ、スハは一番可愛いに決まってるよ、なぁイナ」
「一番可愛いのはテジュンだ」
「なんですって?テジンさんが一番?!イナさんやっぱりテジンさんを狙ってたんだ!ひどい!許せない!」
「は?俺はテジュンって」
「僕もテジンさんって聞こえました」
「は?ソグ、何言ってる…」
「なんだ、イナ、そうだったのか、なら早く言ってくれれば…」
「テジンさんの馬鹿!イナさんの馬鹿!ソグ君の馬鹿!」
「僕、馬鹿じゃありませんっ!」
「まあまあ、みんな僕のことで喧嘩しないで、仲良く…ねっ」
「俺はテジュン一筋らっ!きいっ!」
「…イナさん、はっきり喋らないから…」
「そうだよ、イナさんが甘えた口調で喋るから!」
「イナは甘えっこだからなぁ、みんなが誤解するじゃないか」
「俺はちゃんとはっきり喋って…」
「「「イナ」さん「が悪い!」」」
「…なんでっ!」
理不尽だ!
っていうか、わけがわからない!
俺は何にもしてないのにどーして俺が悪いって言われなきゃなんないのさっ!ひぃぃん…
「うるさいんだけど…」
突如低い声が響いた
厨房の二階で着替えるソヌさんが控え室に入ってきたのだ
「…どしたの?ソヌさん…珍しくない?ここに来るなんて」
「ちょっと尋ねたいことがあるのょ」
「なに?」
「このゴミ、落としたの誰?」
ソヌさんは紙切れをヒラヒラとさせて俺をじっと見つめた
「なにそれ」
「うん。メモ書きみたいょ。こう書いてある『てじゅにでんわ。こんやこそてじゅときめる』」
「え…」
「誰だろうね、『てじゅ』と『きめる』予定の人は」
「え…あ…」
「『てじゅ』ってことはテジュンさんだょね?」
「あう…それは…」
「『きめる』ってこは、やっぱりそういったことをヤる…んだょね?」
「う…た…多分…」
「多分?ふぅん…多分かぁ…イナ、知らないんだ。じゃ、ラブ君のかな?このメモ」
「ちがうっ!俺の書いたメモだ!」
ヒラヒラ揺れていた紙切れがピタリと止まる
それの向こうのソヌさんの瞳が真っ黒な光を放つ
「僕ねぇ」
「…はい…」
「そこら中にゴミするヒトって、許せないのょね」
「…」
「キミのょね?」
「…あ…それは俺のだけどゴミじゃなくてその…」
「ゴミじゃない?」
「落っことしただけで…その…」
「くしゃくしゃに丸めてあったけどゴミじゃない?」
「えと…ゴミ箱に入れたつもりだったんだけど…」
「キミ、ゴミじゃない、落っことしただけだって言ったょね?」
「あいや、えと…」
「僕ねぇ」
「…は…はい…」
「嘘つくヒトって一番許せないのょね」
「う…嘘じゃなくてそのっ」
「言い訳するヒトも嫌い」
「あうっ…ごめんなさい…」
「…。今回は一度目だから許してあげるょ」
ふぁぁ…よかった…
「二度目は無いょ」
「あ…はい…」
「go to hellね」
「…。ぁぃ…」
「イナは悪いコね」
「ぐ…」
威厳あるオーラを放ちながらソヌさんが控え室から去った
その途端、周りにいた連中がニヤニヤしながら悪いコ悪いコと囁きだした
「悪いコ~悪いコ~」
「誰がだよ!何言ってンだよ!」
「悪いコ~悪いコ~」
「うるせぇっ!」
皆にからかわれ、俺はムキになった
そうすると皆面白がって、余計にはやし立てる
こーゆートコからいじめってものが始まるんだぞ!ぶぁか野郎!、と怒鳴ったら、あはは、か~わい~いと言う声が上がった
くそっ!ぶぁかにしてっ!
「ちょっと!何してんのさ!え?イナさんをからかってる?くっだらない!みんな、早く店に集まってよ!」
いつもよりピリピリしたウシクがやって来て皆を追いたて、シャワールームにいるドンヒとソクにも早く準備しろと怒鳴りつけた
その日は本とはラブと組むはずだったんだけど、ラブは当然のようにスヒョクとつるんでいたので、
俺は、ビョンウとジョンドゥとじゅの君の新人トリオと一緒に接客した
「イナさん、よろしくご指導お願いします」
キラキラと輝く笑顔で可愛らしいじゅの君が頭を下げる
「今日のイナさんは拗ね顔ですね」
「テジュンさんとうまくいってない?」
「そういう時はこのサプリメントをどうぞ!」
「マムシ粉カプセルです!」
「甘くハゲしい夜をお約束します!」
「明日はこの体力回復系ドリンクを!」
「これで毎日甘くハゲしい夜を過ごせます!」
「「いかがですか?!定期購入ならお安くしときますよっ」」
「…。いらない。テジュンと俺は…仲良しだ」
「おや?診たてが違ったようですな、ビョンウ先生?」
「この手の顔は診たてが難しくてねぇジョンドゥ君」
「確かに。フクザツなお年頃の五歳児ですからねぇ」
「そうなんだよジョンドゥ君」
「…。新作のコントか?」
「「違いますよ、イナさんの体調を心配してるんです!」」
「あそ。ありがと」
メガネズは普段の会話がコントだ
じゅの君は楽しそうに微笑んでいる
ああ…和むなぁ
じゅの君の笑顔は…とっても…とっても…なごむぅ…
「い…いなさん…あの…ぼくっ…」
ん?どしたんだじゅの君、突然涙目になって…
さっきまで微笑んでいたのに
ぽろりとじゅの君の瞳から零れた涙を、俺はミンチョルばりの親指ハンカチで拭ってあげた
「悩みがあるなら言ってごらん。相談にのるぞ」
「は…は…離れてくださいっ」
「ん?」
「ジョンドゥ君、写真撮れ!」
「ああ今、手もとにカメラも携帯もありませんっ」
「じゃ、しっかり記憶するんだ!」
「ビョンウ先生もお願いしますよ!」
「「イナさん、浮気発覚」」
「え?」
自覚のないまま俺は癒しのじゅの君をしっかり抱きしめていた
どうりで顔が近くにあると思った…
「…泣くことないだろ?」
「だってだって…ひっくひっく」
「じゅの君、気を緩めるな!イナさんは隙あらば唇を奪おうとする人だ」
「唇だけじゃないでしょ?舌もでしょ?」
「ああ、そうだった」
「抱きつくのも素早かったもんね」
「早業だよね」
「お前等、何言ってんだよ!」
「イナさんっ!は…放してくださいっ」
「あ…ああ、ごめんごめん。じゅの君の笑顔が可愛くて癒されたもんだからつい」
「「新たなターゲットはじゅの君だっ!危険~危険~」」
「違うってば!」
「お願いですから襲わないでくださいっ」
「襲わねーよ!」
ああ…なんでこうなる?
じゅの君に誤解されたまま俺達4人は指名客についた
接客は順調だった
珍しい取り合わせだとお客様には喜ばれた
ビョンウとジョンドゥのメガネズコンビは話芸に磨きがかかったと言われ、イナちゃんは危なっかしさが増したようだと言われた
じゅの君は4人の中で一番モテモテだった
もうすぐパパになるからだ
マダム達からパパとしての心得や、積極的に家事・育児に関わり、奥さんを助けるようにといったアドバイスを貰っている
じゅの君は素直に、ハイ、そうするつもりです!と答えていた
「そう言えばイクキュウはどうなってるの?」
ビョンウが俺に尋ねる
イクキュウ?なにそれ?と呟くと
「育児休業ですよ、じゅの君、どれぐらい育休取るつもり?」
「え?僕、休みませんよ」
「まあっ!だめよじゅの君!奥さんを手伝ってあげなきゃ!」
「そうよ!それにね、赤ちゃんの成長は早いのよ!せっかくの機会、ちゃんと見てなきゃ損よ!」
「あう…でも…」
「じゅの君、育休は取るべきです!」
「でも休むとお給料が減りますし…生活費稼がなきゃ…」
「あら、まあっ!イナちゃん、なんとかしてあげてよ」
「えっ?俺そんな権限ないし」
「そんなことわかってるわよ。違うの、あなたからオーナーに進言してあげてってことよ」
「そうよそうよ」
「イナちゃんオーナーのお気に入りなんでしょ?」
「え…オーナーのお気に入りはテプンで…」
「テプンさんはオーナーの親友だって言ってましたよ、自分で」
「…なら余計テプンに頼んだ方が…」
「だめですよ。テプンさんはどちらかっていうとオーナー側の人間だから」
「そうなの?」
「最初のBHCイベントとかミンチョルさんのダンス修行の衛星中継だとか、オーナーの意向を実現するために動き回ったって聞きました」
「そうだった…あいつ、オーナーとつるんで面白がってたんだった…」
「やっぱりイナさんが進言しないとダメですよね、マダム」
「そうよ。イナちゃん交渉の腕があるし」
「そうそう。勝負強いし」
「え…でも何をどう言えばいいかわかんないし…」
「…ぼ…僕ホントにいいです、休みませんから…」
「じゅの君もこう言ってることだし…」
「だめだよじゅの君、絶対に取らなきゃ!」
「そうだよ!君が育休を取ることで僕たちパパ予備軍も育休を取れるようになるんだから!」
パパ予備軍?
「そう!ビョンウは夢のまた夢だろうけど、僕なんかホント切実だよ。小説が売れたらジュヨンと結婚するし、そしたらすぐに子供が生まれるだろうし…」
「ちょっとジョンドゥ君、夢のまた夢ってのはキミの方だろう?パパになるのは僕のが先さ」
「へええ、アンタ、彼女できたの?」
「募集中だよ!」
「一生?」
「…。僕の子供が10歳ぐらいになった頃かな?君の小説が完成するのは!」
「…」
「「むきぃっこの野郎この野郎」」
「とにかくイナちゃん、可愛い後輩のために一肌脱がなくちゃ、ね」
「…あ…おん…」
営業が終わり、後片付けをしようとしていた時、メガネズが俺に駆け寄り、早くチーフ代理にイクキュウの事言ってきて早く!と小突き回した
俺は仕方なく事務室のドアをノックした
どうぞ、と低い声が聞こえたので、俺はドアを開け、中に入った
デスクに肘をつき、メガネを外して目頭を押さえているイヌ先生は落ち着きのある魅力的な男性だと思う
目を閉じたまま、軽く首を左右に振り、それからゆっくり目を開けて、先生は俺を見た
「イナ?どうしたの?」
「あ…あの…あのさ…」
「ん?何か悪いことでもしでかした?」
なんでだよ!
「してないよ。そうじゃなくてあの…実は、じゅの君の事で…」
「じゅの君?」
「うん、じゅの君ってもうすぐパパになるじゃん?」
「ああ…そうだったね」
「それでね、あの…育児休業をね…取らせてあげてほしいんだけど」
「育児休業?」
「うん。奥さん一人じゃ大変だろうし」
「…どうしてイナが頼みに来るの?じゅの君本人が来るべきことでしょう?」
先生は少し硬い口調で言った
「あ…うん…あの…じゅの君は遠慮して、休みなんていらないっちったんだけどさ、みんながそのぉ…取らなきゃだめって…、それで俺が代表してそのぉ、チーフ代理に言ってこいって言われて…。んで、先生からオーナーに頼んでもらえたらなぁって…」
「オーナーに頼むのなら本人が直接行かないと。僕の方から話があったことは伝えておくけど」
「ありがとセンセ。じゅの君にそう言っておくよ」
「…時代だな…」
「え?」
「僕の頃には夫が育児のために休みを取るなんてなかった」
「あ…」
「いい事だ。赤ん坊は毎日大きくなっていくからね。父親も成長を見つめられるし赤ん坊の世話をすることで母親の大変さがわかるだろうし」
「うん…お客様もそう言ってた」
「僕も…取りたかったな…。そしたらもう少し…」
呟いた先生はそのまま押し黙った
まずった、余計な事を思い出させてしまったかもしれない…
もうすぐ娘さんの誕生日だってウシク言ってたよな…しまった…絶対ヤバい
先生は頬杖をついて、じっと一点をみつめている
「えと…センセ…あの…」
「イナは仲間思いだね」
「あ、いや、あは…」
「いい子だ」
先生の潤んだ瞳が俺に向いた
その瞳の焦点が徐々にぼやけ始め、妖艶な光を放ちだした
なんだかわからないけど、絶対ヤバい!俺は焦った
「せ…せんせ、オーナーに電話しといてね」
「…」
「せんせ?」
先生は、再び俺に焦点を合わせると微笑みながら片手を俺の頬に伸ばした
「いい子だ。可愛い」
頬に触れた手を首に滑らせ、俺を引き寄せる先生
どきん…どきんどきん
俺はからだを突っ張り精一杯の抵抗した
「あの…せ…せん…」
先生がゆっくり立ち上がり、俺に顔を近づけた
潤んだ瞳とほんの少しぼやけた焦点
不安定な先生
逃げたいのに体が動かない
先生の唇が俺の唇にそっと重なった
それから俺の唇をこじ開け、舌を這わせた
頭ではわかっている、どういう理由でこうなったのか、今、俺はどうするべきなのかを
けど俺の体は起きている事を実感できずに固まったままだった
キスは深くなったり軽くなったりして長く続いている
先生の香りが鼻をくすぐり、俺はますますぼんやりと先生の唇を受け入れていた
先生の感情が流れ込んできたような気がして切なかった
*****
店の掃除を終え、事務室の前にいると、厨房からmayoさんが出てきてこっそりチョコをくれた
美味しいでしょ?と聞くmayoさんに、微笑みで答えた
Mayoさんは満足そうに頷き、事務処理が終わったら先生にもあげるって言っといて…と囁いた
事務室のドアを勢いよく開けて、先生に声をかけるつもりだった
ドアは開けたけれど、飛び込んできた光景に驚き、慌ててドアを閉めた
まだ廊下にいたmayoさんがあれっ?という顔をした
ソクさんとスヒョクとラブが揉めながらこっちに歩いて来た
後ろにドンヒもいる
四人は、フリーズしている僕の前で立ち止まった
「どうしたの?ウシクさん」
「何か食べ過ぎた?顔色悪いよ」
「あ…や…うん…キムパプがのどに詰まって…」
「え?!大変じゃん、大丈夫なの?」
「うん…もう…へ…」
平気だよ、と笑おうとしたのに笑えなくて涙がこぼれた
「…ど…どうしたのさ、全然大丈夫じゃないじゃんウシクさん」
「だいじょ…ぶだも…」
「…何かあった?」
「ないも…」
「…先生が変とか?」
違う、と答える前にスヒョクが事務室のドアを開けた
先生とイナさんは、まだキスを続けていて、ラブとスヒョクがぎゃあぎゃあ騒ぎ、ソクさんは、またビョーキが出たな、と呟いた
僕は恐ろしくドキドキして、その場から逃げ出した
センセのばか!なんでイナさんに吸い付くのさ…
イナさんのばか!僕、イナさんに言ったじゃないか、センセが不安定だって…
わかってる、センセの妖しい雰囲気には抵抗できないってことぐらい
でも、でも、イナさんには言ってあったのに…
逃げ出した僕の背中の方で、イナさん、酷い!って声が聞こえた
そうだよ、酷いよイナさんは…
店の中を突っ切り、入り口近くの、テジンさんの小物が展示してある場所にしゃがみこんだ
店の裏からは絶対に見えないところ…僕の緊急・臨時避難場所だ
僕は、自分の苦しさをイナさんのせいにして、ぐしぐし泣いた
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