ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 313 シャッフル8

シャッフル 8  ぴかろん


*****

「何やってんのさ、先生もイナさんもっ!」
「ウシクさん、真っ青だったんだよ!」
「いい加減に離れなよ!いつまでくっついてンだよ!」


一度ドアが開いて閉まって、それからまたドアが開いて、俺はスヒョクとラブに罵倒され、我に返った
先生を押し戻そうとしたのだが、濃いキスはなかなか終わらない
先生の頬を何度も軽く叩いて、俺はようやく先生の唇から解放された

「スヒョク、仕方ないよ、イナはビョーキなんだから」
「ソクさん、落ち着いてる場合じゃないでしょ?!俺がセンセとこうなってたら、どう思う?!」
「…どうって…あはは、スヒョクに限ってそんな事あるわけないし、考えたこともないよ。なぁラブ君」
「ソクさんの馬鹿!あっち行け」

スヒョクはソクを怒鳴りつけた後、俺に向き直ってキリキリ言った

「ほんっとに祭ン時を思い出す!イナさん、何なの?!真面目になったんじゃないの?」
「そうだぞイナ。お前がキス魔だってのは皆知ってるが、こんなんじゃテジュンが可哀相だ」
「ソクさん、何とんちんかんな事言ってるの!今、可哀相なのはウシクさんだよ!」
「ああそうか…ついテジュンの事が気になって…」
「ソクさんはあっちに行けって言っただろ!」
「邪険にするなよ、スヒョク」
「ソクさんウザい!」
「スヒョク…」
「あのぉ、ソクさん、ここはひとまず外に出たほうがいいんじゃない?」
「…ラブくん…」
「俺がなんとかするから、外で待ってて」
「…わかった…」

ソクは不満そうな顔で事務室から出て行った

「喧嘩ですか?」

先生が何事も無かったような顔でスヒョクに話しかけた
スヒョクは不思議そうな顔をして先生を見つめる
ラブは俺と先生を交互に観察し、首を傾げた

「仲がいいほど喧嘩するんだよね。僕とウシクもよく喧嘩するよ。ところでウシクは?」
「…え…」
「ウシク。どこかな?」
「あ…んと…どっか行きました」
「どっか?どこ?」
「…えと…わ…かりません…」
「厨房かな、おやつでも摘んでるかもね」

先生はにこにこしながら事務室から出て行った
さっきの出来事は見事に削除されてるようだ
公園でドンヒにキスした時みたいに先生は不安定だ
それに気づいたらしいラブが俺に近寄り、どういうこと?と聞いた

「ど…どういうことって…」
「今のキス、イナさんから?」
「ちがっ」
「先生、何かあったの?」
「…さ…さあ…」
「変だな、先生、イナさんと何してたかわかってない…ってか何もなかったって感じだよね?」
「そ…そう?」
「…。イナさん、何か知ってるんだろ」
「え?いや…」
「先生、どうしたの?」
「だから知らないってば…」


「失礼します。イナさん」

事務室に硬い顔のドンヒが入ってきた
真っ直ぐ俺のところに来ると、ラブやスヒョクに聞こえない声でこう言った

「さっきのキス、ドアの隙間から見えましたけど、イナさんが仕掛けたんでしょ?」
「ち、違うってば!」
「イナさん、先生が僕にキスした時の事、覚えてます?」
「え?…ああうん」
「あの時イナさん、僕から先生に迫ったって思ったでしょ?」
「へ?い…いや…」
「僕を見る目つきがそう言ってました」
「あ…」

バレてたのか…

「そ…それが?」
「今僕に疑われてどう感じましたか?」
「え…」
「誤解されるってことの辛さ、わかりましたか?」
「あ、や…」
「僕の苦しみがわかったかって聞いてるんです!」

声を荒げたドンヒを、ラブとスヒョクが振り返る
ドンヒは、失礼しました、と頭を下げ、事務室から出て行った

「…ドンヒ、どうしたの?」
「え…っと…」
「イナさん、ドンヒにまた何かしたの?」
「またってどういう…」

執拗に責めるスヒョクとたじろぐ俺を、ラブはじっと観察している

「ほんとにイナさんは酷い!みんなの心を傷つけてる!」
「そんな…俺は…」
「顔見るだけで腹が立つ!」
「スヒョク、それはちょっとヒドくない?」
「なんだよ、ラブだって嫌な気分にさせられたんじゃないか!」
「俺のは…俺が一人で騒いでたってトコもあるし…」
「ラブの裏切り者!」

スヒョクは俺を庇ったラブに八つ当たりして、事務所から出て行った
ラブは、フッと短いため息をついた後、デスクにもたれながらこう言った

「イナさんはさぁ、何か行動すると皆を掻き回して皆から責められちゃうんだよね」
「俺、そんなつもりないし…」
「そんなつもりがなくても、引っ掻き回しちゃうんだよ、動くだけで」
「じゃ、何もせずに寝てろっての?俺、どうすればいいんだよ」
「ふ。しょうがないよ、イナさんってそういう運命の人なんだもん。皆の気持ちがおさまるのを待つしかないね~」
「…お前の気持ちはおさまったってわけ?」
「ん。まぁね。俺はぁ、一応、イナさんの事、いっちばぁんわかってるツモリ」
「…一番?」
「うん。憎ったらしいし腹が立つし何かと俺に対抗するしめちゃくちゃ不愉快で大嫌いって思うことしょっちゅうなんだけど、でもね…」
「…」

随分な言われように俺はヘコんだ
さっきスヒョクが「顔見るだけで腹が立つ」って言った時、庇ってくれたのに…ぐすん…

「でもイナさんってさ、まぁ…なんていうか…わかってくれてるのかなぁって…信頼してっからさ…」
「…ん?」
「そういうコト!」
「…どういう…こと?」
「だからさぁ…。…。…ま、いいじゃん」

ラブはニコッと笑って俺を見た
俺もつられて少し笑ったが、つまりは八つ当たりの対象ってことなんだろうか…

「俺って嫌われてるの?」

とラブに尋ねたその時、勢いよくドアが開き、顔を引き攣らせた先生が事務室に飛び込んできた

*****

秘密の場所でぐしぐし泣いていた
店の片づけが終わった後は、ここには誰も来ない
前はよくここで泣いた
お義父さんのことで不安定だった頃だ
もう一人で泣くようなことはないと思ってたのに

先生が僕に遠慮してるのが悲しい
イナさんは先生が不安定だとわかっているのに無防備すぎる!
心の中の不安を、イナさんのせいにする僕がイヤだ

いつもなら明るく乗り切れるのに
今日はそれができない
少し泣きたいだけなんだ
泣き止んだらいつものウシクにもどるから…

「…ウシク君…」

頭の上で声がした
低くて落ち着きのある声…

「大丈夫か?…気にするな、イナのあれはビョーキだぞ」

ソクさんだった
僕は涙を拭い、大丈夫です、ちょっと面食らっただけで…と答えながら立ち上がった
無理に作った笑顔を覗き込み、ソクさんは黙って僕の頭を抱きしめた
とても優しい香りがした

「ウシク君はいつもそうやって突っ張る。いくら相撲が得意だからって突っ張らなくていい」
「…得意じゃ…ありません…」
「あはは、反応した」
「…すみません、ご心配かけちゃって…もう大丈夫です」

僕はソクさんから離れようとしたが、ソクさんは離してくれなかった

「そ…ソクさん…」
「もっと泣いていいんだぞ。君、すぐ我慢しちゃうから…。愚痴でも何でも聞くぞ、ん?」
「そくさ…ん」

いつもなら絶対しないのに、僕はソクさんに抱きついてしまった
だってソクさん…タイプなんだもん…
ソクさんが僕に優しくしてくれるなんて、二度とないかもしれない
さっきまで塞ぎこんでた気持ちが緩み、僕はくすんくすん泣いた

「悩み事も聞くぞ?ん?」
「…いいです…こうしていてくれるだけで僕…」
「そう?じゃ、君の気の済むまでこうしてるよ」

先生とは違う人の腕の中で、僕は甘い気持ちになった
…いいよね…先生だってあんなことしてるんだから…無自覚だけど…

ソクさんは、ヨシヨシと言いながら僕の頭と背中を撫でてくれた
しばらくして落ち着いた僕は、そっとソクさんの胸を押し、お礼を言おうと顔を上げた
ソクさんは、とても暖かい笑顔で僕を見つめた

「大丈夫?」
「ありがとうございます、気持ちが落ち着きました」
「ほんとに?」
「はい」
「自分の中に溜め込まずに、たまには皆に甘えたほうがいいよ」

そんな優しい言葉に、喉の奥がクッと締まり、止まったはずの涙が、またじんわり湧いてきた

「もぉ…やだな…そんな優しくしないでよ…えへへ…」

顔を背けて涙を拭こうとしたら、ソクさんの掌が僕の頬を包んだ…

「ほらやっぱり涙がまだ残ってた」

ニコッと笑って僕の頬をそっと拭うソクさん
なんだかお父さんみたい…

「えへ…今度はホントに大丈夫です」

そういって微笑むと、僕の瞳をじっと見つめ、ソクさんはまたニッコリ笑った

「ん。これならOK。また僕が必要になったらいつでも声かけてね」
「あは…スヒョクに怒られちゃう…」
「ああ、スヒョクには内緒で…ね。じゃ、僕行くよ」
「うん、ありがと、ソクさん」

ソクさんは僕に軽く手を振って控え室の方へ歩いていった
彼の背中を見つめる僕の目の端を、ゆっくり動く影が過ぎった…

*****

厨房に入ってウシクがいるかどうか聞くと、テソンとmayoさんは変な顔をして、ここにはいないと答えた
ありがとうと言って、出ようとすると、テソンが僕を呼び止めた

「…先生…事務室でなんかあったでしょ?騒がしかったけど…」
「なんかって?…ああ、スヒョク君がソクさんと喧嘩してた」
「…それだけ?」
「うん、ソクさんが部屋から出てって…スヒョクがイナに怒ってたな」
「…どうして?」
「え?知らない。イナがソクさんに何かしたんじゃないかな」

そう答えるとテソンとmayoさんは顔を見合わせた
テソンは僕に、あーんして、と言い、口の中に何かを入れた

「ん…チョコレートだ。美味しい」
「どんな味がする?」
「…甘くて…ほろ苦くて…ん!中がまた…絶妙だね、夢心地」
「…舌は鈍ってないみたいだなぁ」
「ん?」
「あ、いや、なんでもないです」
「ご馳走様、ウシク呼んでくるから彼にもあげてね」
「え?…あ…はい…」

テソンは困惑顔になり、mayoさんは僕を鋭く睨んだ
高級チョコだったのかな、選ばれしものだけが食べられるってテソンのコレクションの…

くすくす笑いながら店内に行き、舞台のほうへ向かった
すると、入り口近くで何か音がした
ウシクかもしれないと思い、そちらへ進んだ
壁の向こうにソクさんの背中があり、その背中に誰かの手が回されていた
スヒョク君かな?…いや…スヒョク君は事務室だ…
じゃあ誰?ソクさん、浮気はいけないよ、と心の中で呟きながら、僕はその手に見覚えがあると感じた

背中にあった手がするすると引っ込み、ソクさんの胸のあたりから頭が一つ、むっくり起き上がる
よく知った顔が、微笑みながらソクさんを見つめた…

ウシク…

どうしていいかわからず、僕はソファの陰に身を隠した
ソクさんはウシクから離れて行き、ウシクは穏やかに微笑んでいた
僕はごくりと唾を飲み込み、そっと立ち上がった

*****

mayoが慌てて厨房に戻ってきて、大変なの!イナシとセンセがキスしてたの!と僕に告げた
ふ、イナシ、またビョーキが出たんだね、と言うと、そうじゃなくて、とmayoが打ち消した

「そうじゃないってどういう事?」
「イナシ、ラブちんやスヒョクに責められてたのね」
「うん、当然だ」
「でもイナシ、何も言わないのね」
「センセのキスを堪能したからかな」
「そのセンセがね、ちっとも悪びれてないの」
「へ?」
「なんていうのかな…まるで…」

Mayoがぴったり当て嵌まる言葉を探している最中に、厨房のドアが開き、当の先生が入ってきた
ここにウシク、いる?とにこやかに聞く先生
イナシとキスした事、なんとも思ってないのかな…
僕とmayoは、怪訝な顔で、ウシクはここにはいないよ、と答えた
出て行こうとする先生を呼びとめ、事務所で何かあったでしょ?と聞いてみた
先生は、イナシとのキスの一件など無かったかのように喋っている

あやういな…

Mayoの目が語っていた
それで僕は、ウシクにあげたと同じチョコを先生の口の中に放り込んだ
先生の味覚は狂ってない
でも何かおかしい
どうして?
Mayoは軽く先生を睨んだ
先生はくったくのない笑顔で厨房から出て行った

「デリートされてるでしょ?」
「うん…見事に…」
「なんかあるんだね…」
「…あるね…なんだろう…」
「ウシク、大丈夫かな…」

僕らは心配しながらも、さりげなく見守ることしかできないのだった…

*****

影が僕に近づいてくる
怖い顔をしている
ソクさんとの一件を見ていた?

「ふぅん…そういう事か」

なにが?と言おうとしたけど声が出なかった

「君、ソクさんとデキてたんだ…だから僕にあんな事…」

あんな事?

「ソクさんじゃないって言われたらどう思うって、君、僕に言ったよね?こういう事だったんだ…ふぅん…」

違う、誤解だよ、ソクさんは偶然ここに来て、僕が泣いてたから僕を慰めてくれたんだ…

説明ならちゃんとできる、でも僕は何も言えなかった
どうして泣いたのか、突き詰めれば先生の痛みに辿り着く
先生には自分で気づいてほしいんだもん…だから隠れてたのに…

「わかったよ、君が本当は誰を好きなのか…。悪かったね、今まで気遣いさせて」

先生はそう言うと、静かに僕の前から消えた
誤解を解かなきゃいけないのはわかってる
でも、どんな風に言えばいいのかわからない
とにかく…追いかけて行って、僕が好きなのは先生なのだと、それだけでも伝えなければ…
僕は焦って言葉を探していた

「…どうして?」

顔を上げると先生が悲しそうな顔をしてそこにいた

「どうして黙ってる?追いかけても来ないし言い訳さえもしない。いつから?いつからソクさんとこんな…」

先生の顔が歪み、また僕の前から消えていった
僕の体は凍りついて動かない
どうしよう…やっぱり僕から話さなきゃいけないんだろうか…


*****

事務室の前に戻ってきたらちょうどスヒョクが廊下に出てきたところだった
スヒョクはプリプリ怒っていて、僕を見ても顔を背ける
帰らないの?と聞くと怒りが鎮まってから!と答え、控え室に行ってしまった
スヒョクは時々コワい
でもそんなところがまた可愛くもある
スヒョクの後姿を眺めていたら、店の方からイヌ先生がやって来た
僕を見ると一瞬立ち止まり、それから笑みを浮かべて僕に近づいてきた

「先生、ウシク君が」

と言いかけた時、いきなり先生の拳が僕の頬を捉えた
意外にも重いパンチで僕は床に倒れこんだ
見てたのか?ウシク君を慰めてたところを…
僕は頬を押さえながら立ち上がった

「…いきなり殴るとは酷…」

言葉が終わらないうちに、また、先生は僕に殴りかかった
そうそうやられてばかりいるものか!
僕は先生の腕を掴み、何か誤解してませんか?と静かに言った
先生は僕を睨みつけ、無言で腕を振りほどき、荒々しく事務室の中に消えた
…喧嘩したかな?…
他人の事情に首を突っ込んじゃいけないって、さっきイナが身をもって教えてくれてたのに…

「…あの手の顔はややこしいぜ…チッ」

唇を舐めると血の味がした
指で血を拭っていたら、事務室のドアからイナとラブ君が押し出されてきた
乱暴に閉められたドアに向かい、イナは、先生、先生、と二度叫んだ
ラブ君は僕を見つめ、ゆっくり近づいてきた

「ソクさん…どしたの?」
「静かな狂犬に殴られた」
「イヌ先生?」

小さく頷いた僕の頬に、ラブ君は手を伸ばした

「痛そう…大丈夫?」
「ああ、これぐらい平気」
「…かっこいい…」
「テジュンと間違えてない?」

目を細めて彼を見ると、彼はほんの少し唇を尖らせて、間違えてない、ときっぱり言った
それからくすっと笑って、でもかっこいい…、ともう一度呟いた

「バカラブ!何やってんだよ!センセがめちゃくちゃ変だ!」

五歳児のイナが喚くと、ラブ君は小さく舌打ちしてイナの方に振り返った

「それが?」
「それがってお前…」

口元にお手々を持っていく五歳児ポーズで、イナは困った顔をした

「先生、やっぱり変なのか?」
「うん、変。ソクさん殴ったしイナさんにキスしたし」
「キスはイナから仕掛けたんだろ?」
「ちげーよ!」
「じゃ先生から?…なんでまた…」
「…イナさん、センセが変な理由知ってるんでしょ?」
「…いや…し…しらない…」

おどおど答えるイナをじっと見つめ、ふーん、そ、とラブ君は突き放すように言った
ケヘン、と咳払いした後、ラブ君はスタスタとイナに近づき、イナの胸倉を掴んだ

「あーもー腹が立つ!ヒトには抱え込むなとか言うくせに自分は全部抱え込もうとするっ!何なのさ!俺達仲間なんだろ?もちっと信用してくれてもいいんじゃねぇの?!」
「げほ…ぐるじい…」
「まあまあラブ君、イナは五歳児だからうまく説明できないんだよ、な?イナ?」
「お…おれはその…」
「どうしたんですか?」

揉めている僕達のところに、赤い目をしたウシク君がやってきた
なるほど、僕達の抱擁を目撃した先生が、僕達の仲を誤解し、ウシク君を泣かせてこうなった…ってトコだろう
ラブ君から事情を聞いたウシク君は、僕達に、すみません、ご迷惑かけました、と頭を下げ、事務室に入っていった
先生の怒鳴り声とウシク君の冷静な声がし、それから何か喚き散らす声が続き、そして静かになった
カチャリとドアが開き、顔を覗かせたウシク君は、イナを手招きした

「ちぇっ!またイナさんだ!」

ラブ君が頬を膨らませる
何かと首を突っ込むイナは、BHCの様々な事情をよく知っている
イナの性格とか信条とかいうものと五歳児の表現力の限界とが混じり合い、複雑な秘密等は流出が少なくなる
結果、イナは結構信用されるってわけだ
ラブ君は不服そうに頬を膨らませている
感情の起伏が激しい子だな。ギョンジンは大変だ
ま、あいつは『ドえむ』だから全然平気なんだろうけど…
そんな事を考えてくすくす笑っていたら、何がおかしいのさ!だいたいソクさん、なんでセンセに殴られたのさ、殴られるようなコトしたんだろ!
あ~ヤダヤダ、MKBはこれだからもう!と刺々しく言った

「殴られるような…ね、平手打ち程度で済むと思ったんだけどなぁ」
「な…、ホントに何かしたの?ってことはウシクさんに手ぇ出したってこと?!」
「慰めただけだよ」
「…」
「何よ」
「…。MKBの慰め方ってフツーじゃないからな~」
「は」
「手ぇ出すならスヒョクにしてよ」
「なんだそれ」
「もっとスヒョクをかまってやってってコト!」
「かまってるつもりだけどな。スヒョクが避けるんだもん、僕を」
「そーじゃないでしょ?ソクさんがもっと…。…。ま、いいや…」
「なんだよ気になるなぁ。僕がもっと、何?」
「…も、いい。察しの悪いジジイめ」
「ふ。口の悪いガキめ」
「な!…も、いい!知らない!」

ラブ君と親しくなってからスヒョクは気ままになったような気がする
出会った頃を思うと随分な変わりようだ

「ラブ君、ずっとスヒョクのいい友達でいてやってよね」
「ソクさんこそいい加減スヒョクをなんとか…。…。あ~、も、いい」
「何がもういいんだよ。さっきから言いかけては口ごもる。ラブ君らしくないなぁ」
「もぉいいってば。しつこいんだからMKB」

軽い口喧嘩をしながらも、ラブ君の目はイナに釘付けだ
口元のお手々が下ろされ、イナの表情が和らいだ

「そか…よかった…」

イナはウシク君と微笑み合い、ドアを閉めた
途端にラブ君がイナに駆け寄る
面白い子だ、突き放しているようでおせっかい
仲間思いなんだなぁと思う

「僕だって仲間思いだぞ」

そう呟き、僕はミルキー仲間の顔を思い浮かべた

「ちょっと、どうなったのさ!」

噛み付きそうな勢いでラブ君がイナに迫る

「えっと…センセ、落ち着いたって」
「何がどう落ち着いたのさ!」
「んと…悪かったって謝ったって」
「誰に!」
「んとんと、みんなに…」
「あーもーイナさんの説明、わかりにくい!時々大人になってガンガン説得とかするくせに、都合の悪いときは五歳児なんだからっ!」
「…んと…」
「なによっ!」
「あとでせつめいする…」
「…」

困った顔をしているイナを見つめてラブ君はフゥ~、とため息をつき、わかった…と呟いた
一呼吸置いてイナが、先生はウシクに任せときゃ大丈夫だよ、と言った

「ややこしい事になったのはイナさんのせいなんだからね!わかってんの?無自覚なんだからもう」

ケンケンとラブ君がイナを叱る
わかったから気をつけるからごめんなしゃい、と五歳児は小さくなる

何をどう気をつけるの!え?!
だからその…
イナさんはボーッとしてちゃダメなの、わかってる?!
え…
ボーッとしてるだけで誘うの、あなたは!
え…しょんな…
無自覚!ほら!すぐに涙目になって可愛い子ぶる!あ~イライラするっ!
べ…別に可愛い子ぶってなんか…
ぶってる!むかつく!ばかっ!
…わ…わがっだ…ぼーっとしないし涙目にならないようにしゅるから怒らないでよ…こわいよ、らぶ…
こわいだって?!むきーっ!

放っておくといつまでも喧嘩してそうだったので、その辺にしといて帰ろう、と声をかけた
そうだよ、帰ろうよ、とイナが言った時、裏口の木戸が開いて、嬉しそうなテジュンの顔が見えた

*****

ラブが執拗に、何か知ってるだろうとツッコんでくる
好奇心もあるだろうが、先生の事を本気で心配してるってのは、目を見ればわかった
センセのややこしい問題については、少しずつみんなに説明した方がいいのかもしれない
どうせ今夜もヨンナムさんちで宴会だろうから、その時に話そうと思い、後で話す、と答えた
それでもラブはイライラ顔で俺を責めた

天邪鬼め
怖かったり優しかったり…いつものことだけど…
早くギョンジンが帰ってきてくんないと、俺、もたない
あいつは偉いな、こんな気性の荒いヤツと一緒にいるんだもん

ゲシゲシ責められ続けてるのをソクが助けてくれた
ソク、いい奴。テジュンに固執してるのはヤだけど…

ソクに促され、帰ろうとした時、裏口からテジュンが顔を覗かせた
満面の笑みで俺の方を見ている
ああ可愛い…
俺もテジュンに笑みを返し、てじゅ…、と声を出した瞬間、俺よりもデカい声でソクが叫んだ

「テジュン!迎えに来てくれたのか?」

そして俺よりも先にテジュンのところに走り寄り、テジュンの頭をグリグリと撫でている
テジュンも嬉しそうにソクと何か話している

「ねぇ、あれも変だよ。いいの?ミルキーとミルキーがくっついちゃうよ、何とかしなよイナさん!」
「あ…うん…」

ラブにつつかれ、テジュンを呼ぼうとした時、ソクがニコニコ顔でこう言った

「僕達先に車に行ってるから、イナ、スヒョクとドンヒ君呼んできてくれ」

え?何で俺が?

「ホンピョ君はもうヨンナムさんのトラックに乗ってるそうだ。じゃ、よろしく」

ソクとテジュンは仲良くドアの向こうに消えた

「どういうことよ!何でテジュンまで嬉しそうにソクさんとくっついてンのさ!」

ラブが俺以上にいきり立っている

「…わかんない…なぞだ…」
「落ち着いてる場合じゃないでしょ?俺、ヤだからね!ミルキーがくっつくなんて!」
「おれだってヤだ…」
「だったらぐずぐずすんなよ!ああもう、イナさん、スヒョクのためにも何とかしてよ!」
「…あ…スヒョク呼んでこなきゃ…ドンヒも…」
「…スヒョク、この事知ったら絶対荒れる…」
「…そだな…。ラブ、一緒に来てよ」
「やだ!」
「おまえっ!俺一人じゃあの二人宥めるのツラいよ、頼むよぉなっなっ?」
「…」
「わかった!こうしよう。俺はスヒョクを連れてくからラブはその…ドンヒを頼む…なっ?」
「…わかった…」

よかった…荒れてるスヒョクのがドンヒより…俺としては扱いやすい…と思う…
天邪鬼ラブはスヒョクの扱いに困ってるし、ちょうどいい
ああでも…いけないな、ドンヒに対する苦手意識が随分大きくなってる…

ラブと2人で控え室に向かった
途中ラブは俺に、今のミルキーな2人のコト、絶対スヒョクに話しちゃだめだよ、わかってる?と念を押した
わかってる、言わない、と答えたものの、ずっと黙ってられるか心配だ…
ラブめ、俺には遠慮なしなのにスヒョクにはめちゃくちゃ気を遣ってやがる

控え室のドアをノックし中に入る
ドンヒとスヒョクの2人しかいない
他のみんなは俺達の揉め事を横目で見ながら帰ったのだろう
いや、厨房組は残ってるか…
ぼんやりしてたらラブが俺の背中をぐいっと押した
振り向くと、キリキリした顔のラブが、早くスヒョクに声をかけろ!と口をパクパクさせていた。あ~怖い

「げほん…スヒョク、ヨンナムさんちに行こうぜ」

俺がそう言い終らないうちに、ラブはドンヒに、早く行こうよ、と声をかけた
スヒョクはラブの方をじっと見ている
ドンヒはラブに声をかけられ不思議そうな顔をしたが、ラブはおかまいなしに、早く早く、と奴の着替えを手伝い始めた
スヒョクの視線が鋭くなる…ああ…

「スヒョク…あの…帰ろうよ…」

しばらくラブとドンヒを睨みつけていたスヒョクは、乱暴にロッカーのドアを閉めると俺の方に振り返った

「あは…じゃ…行こうか…」

ビビる必要もないのに、俺はビクビクした声で誘った

「なんでイナさん?」
「え…あの…えと…ソクは先に…」
「違う!なんでラブじゃなくてイナさんなの?!」
「え?」
「俺のパートナーはラブなのにっ!」
「あ…」

そっちを怒ってるのか…

「よっしゃ、着替え終わりぃ、行こッ。お先に~」

ラブはスヒョクの怒りを察したのか、ドンヒを急かし、奴の腕を引っ張って控え室から逃げて行った
じっとその様子を睨みつけていたスヒョクは、低い声で吐き捨てた

「なによあれ!ムカつく!」
「あ…いや…ラブはその、俺のために…あの…俺ちょっと今日ドンヒが苦手…」
「わざとらしい!俺がヤキモチ妬くとでも思ってんの?ラブのばか!」
「いやだからその…俺がラブに頼んでドンヒを…」
「なんなのさ!営業中は俺とラブラブだったのに!」

バシン!
ロッカーのドアに八つ当たりするスヒョク
どうやって宥めればいいかわからない
くそっ、今日の俺って『八つ当たられ運?』
スヒョクはムッとした顔を俺に向け、イナさんが悪い!と言い出した
また俺のせい?

「そんな困った顔して!イナさんがイヌセンセとキスなんかするから!」

えっと…それとラブとのことには、どういう関係があるんだろう…

「ボケてないで!行くよ!」

スヒョクはツンケンしながら控え室から出て行った
一歩遅れて俺も廊下に出た


*****

僕の腕を掴んで控え室を出たラブさんは、廊下を数歩進んで後ろを振り返り、フゥッとため息をついて手を離した
それから僕にニッコリ微笑み、ホンピョ、もうヨンナムさんのトラックに乗り込んでるらしいよ、と言った

「あの…どうして僕を…」
「何が?」
「ラブさん、スヒョクさんと仲いいんでしょ?なのにどうして僕を?」
「ん?僕を…なに?」
「どうして僕を連れ出すんですか?」
「んー、新鮮な空気が吸いたかったから」
「へ?」
「いいから早く行こうよ」

ラブさんはニコニコ笑って僕の肩に腕を回し、鼻歌を歌いながら歩き出した
スヒョクさんと喧嘩したのかな
…いや違う…
じゃ、ホントに新鮮な空気を吸いたかったから…つまり、親しくない僕に興味を持ったから?

僕はラブさんの横顔を見つめた

「なぁに?俺に見とれてる?」
「え?あ…は…はい…」
「プッ、やだぁドンヒったらぁ~。お前ホントによく気が回るね♪ホ○ト向きだぁ♪」

チュッ

ラブさんは上機嫌で僕の頬にキスをした
やっぱり僕に興味を持ったから?
…いや…違う…なんか違う…
裏戸口の近くまで来た時、後ろの方でドアが閉まる音がした
イナさん!ぐずぐずするなよ!と怒鳴るスヒョクさんの声が聞こえる
イナさんはどうしてスヒョクさんに声をかけたんだろう…僕じゃなくてスヒョクさんに…
薄々わかってた
さっきイナさんを責めたからだ…
僕を疎ましく思ったんだ…きっとそう…
だって正直になれって言ったじゃない…もっとぶつかってこいって言ったじゃない…
だから僕の気持ちぶつけたのに…
こんな風に避けるんだ…

「あれ?俺のキスでブルーになるヤツ、初めて見た。ショックぅ~」
「え?あ…や…」

テンションの高いラブさんと一緒に店の外に出た
肩を組まれたまま、ヨンナムさんのトラックの方に向かった
助手席にはホンピョがいる
まっすぐ前を見ているホンピョの顔が、いつもと違って大人っぽく見える
急にヨンナムさんがホンピョに覆いかぶさった

「え…」

小さく声を上げたのはラブさんだった

「やだ何あれ…」

何度か見たことがある光景だった…
なのにドクンドクン心音が脳に響く
ヨンナムさんがホンピョから離れた
ホンピョはシートベルトをグイッと伸ばした

「なぁんだぁ、シートベルト締めてあげてたのかぁ、誤解しちゃうよね~あの姿勢」

ラブさんは一人で騒いで一人で納得している
知ってるのにドキドキする
あいつは無防備だからいつ何時誰に襲われるかわからない、なんて思う
喧嘩は強いみたいだから襲われてもヘッチャラだろうけど…
それにしてもシートベルトぐらい自分で締めろよ、ヨンナムさんに気を遣わせて!
いつまでも世話のやける男だ、ホンピョは…

「んふ。やっぱ気になるぅ?」

ラブさんが僕の視線を遮った

「あ…いえ…別に…」
「さっきイナさんに何言ったの?」
「え?」
「事務室で。イヌセンセとイナさんのキスシーン見た後。ドンヒ、イナさんに何か言ってたじゃん?それから怖い顔して出てった」
「あ…」
「こないだはお前と仲良くしてたのに昨日はホンピョにつきまとって、今日はイヌセンセとキスなんかして…イナさんって浮気モノだよね~五歳児初心者は振り回されるよなぁ」
「…」
「でも五歳児の本命はテジュンなんだよね~。そこんとこ踏まえとかないと」
「そんなんじゃないです」
「そんなん?何がそんなん?」
「あの…僕はその…イナさんとどうにかなりたいとかそんなんじゃなくて…」
「じゃ、あれだ、イナさんの親友になりたいとか」
「そんな…僕なんか…」
「まぁねぇ、イナさんの親友はミンチョルさんだからねぇ」
「…」
「じゃ、俺達は何なのか…。何だと思う?」
「…え…」
「あのね、俺達は仲間なの。イナさんの仲間ってんじゃなくてぇ、BHCの皆は仲間なのね」
「…はい…」
「仕事仲間ってだけじゃないのね」
「…。はい?」
「俺達皆、なんていうか…自然に思い合ってる」
「…」
「そんなに親しくなくてもいつも気にしてる。俺はドンヒもホンピョも、あんまりじっくり話した事ないけど、いつも見てるし気にしてる。みんなそうなんだよね。違う?」
「…よく…わかりません…。僕は…自分の事で精一杯で…」
「あ~まだその段階かぁ」
「…あの…ラブさん…僕の事、気にしてくれてたんですか?」
「ん~、五歳児を通して、だけどね。あの五歳児ホントに腹立つんだよ、自分の事もちゃんとできてないくせに人のことあれこれ心配してさ」
「…」
「あの人と関わっちゃうと五歳児ウイルスに伝染しちゃうんだよね~」
「五歳児ウイルス?」
「みんな楽しく仕事できてるかな、何か悩んでないかなって、そういうアンテナがね、生えてくる」
「…」
「時間かかるけど自分の事だけじゃなくて皆の事考えるようになっちゃうんだよね~、まったく、関わるとやっかいだ」
「…それで僕を誘い出してくださったんですか?」
「んーまぁ…」
「…イナさんが僕を疎ましく思ったから、ラブさんが僕の方に来てくれたんでしょ?」
「ん?」
「僕の浮き沈みが激しくて扱い辛いから…」
「あ、バレてた?」

やっぱり…

「んでもそれだけじゃない。俺もちょっとスヒョクを持て余しててぇ。だからパートナー交換」
「…」
「ひどいでしょ?」

ひどい

「でもさ、こうやって相手が変わると気持ちが切り替わるじゃない?抱え込んでるコトとか客観的に話したりできるじゃん。俺だってスヒョクに、お前ちょっと不安定だとか俺にベタベタしすぎてない?とか、直接は言いにくいもんね」
「…ならほっとけばいい…」
「それができないんだよね~五歳児は。かといってくっついてても進歩ないからさぁ、空気の入れ替えみたいなもんかな?本能的にそういうの察知するのよ五歳児。それにのっかって俺は新鮮な空気吸ってるのね」
「…スヒョクさんよりも…やっかいでしょ?僕」
「全然。気ィ遣わなくていいからラク。言いたいことズケズケ言える」
「…ラブさん、誰に対してもいつも言いたいことズケズケ言ってるじゃないですか」
「そんな事ないよ、スヒョクには遠慮しちゃうしソヌさんの前じゃ緊張するし。あ、俺が一番怖がってるの誰か知ってる?」
「いえ、知りません」
「んふ。秘密だよ。あのね…」

ラブさんは僕にこしょこしょと耳打ちした
意外な人物の名前を言って、絶対内緒だからな!とかわいい顔で僕を睨んだ

「…イナさんは知ってるんですか?」
「ううん、知らない。ドンヒに初めて言った」
「どうして僕に?」
「なんでだろ…言いたくなったから」
「…」
「あ、ちょっと嬉しくなっただろ、口元が緩んだ」
「…べ…別に嬉しくなんて…」
「やん♪照れてるぅ~可愛いっ!」

ラブさんは急に僕を抱きしめた
そして、うーんちょうどいい胸板の厚さだなぁ、んふ、一回俺とどうよ?なんて軽口を叩いた
僕はどぎまぎしながらもなんだか心地よかった

『全然。気ィ遣わなくていいからラク。言いたいことズケズケ言える』

そんな事言いながら、随分気を遣ってくれてるんだなぁと、ラブさんの香りを嗅ぎながら思った

「なんかさ、俺さ、今日結構ジェットコースターな気分だったんだよね。ついイナさんに当り散らしちゃってさ…。まだまだだな、五歳児頼っちゃってダメだな」

ラブさんがボソボソと呟いた
僕だって…casaに一人取り残されたどん底の気分から、casaの皆さんに褒めちぎられてめちゃくちゃいい気分になって…
店でイナさんの姿見た時、一気に不満をぶつけちゃったし、営業中は気分良かったけどイナさんとイヌ先生のキスシーンでまたどん底気分になって、イナさんを責めたら底なし沼みたいにどんよりしちゃったし…

今、ラブさんに抱きしめられてようやく気持ちが落ち着いた
ラブさんもそうなんだ…いろんな事感じながら生きてるんだ…当たり前と言えば当たり前だけど…

「あ~、ドンヒがいてくれてよかった…。なんかホッとした」
「…僕もです…」
「え?」

ラブさんは体を離して僕の顔を見た
照れくさかったけど正直な気持ちを言った

「僕も…ラブさんの話を聞いて、とても…その…落ち着きました…あの…仲間…なんだって…その…実感できたっていうか…」
「ほんと?!」
「…はい…。イナさんに言われた時よりずっと…その…沁みてきたっていうか…」
「やぁん、ますます可愛いヤツっ♪」

ラブさんは、とっても嬉しそうな顔をしてもう一度僕を抱きしめた

*****

「ホンピョ、あの組み合わせは見たことないな」
「ん?」

ヨンナムの兄貴が、俺のシートベルトを引き伸ばしながらぼそっと呟いた
横目で外を見ると、色気小僧と一緒にドンヒが肩を組んで歩いてきた
兄貴は、これでよし、いい加減自分で締めろよ、シートベルト、と言って俺の頭を小突いた

「あれ?あの組み合わせでアレはアリなのか?」

兄貴のしゃくった顎の先に、がっつりくっついている色気小僧とドンヒの姿があった

「ん?悔しい?妬ける?」
「何が?」
「ドンヒ君とられちゃうぞ」
「とられる?」
「…。お前って…そうじゃないのか」
「は?」
「…いや、ごめん、誤解してた」
「誤解?」
「あーうん…。いや、あの光景見てどう思うよ」

兄貴はもう一度顎をしゃくった

「どうって…よかったなって…」
「よかった?」
「うん。あいつ、あんまり友達いなさそうだからさ」
「…ドンヒ君か?」
「キム・イナは気まぐれだしな」
「…イナは確かに気まぐれだが、ラブ君はイナ以上に気まぐれだと思うよ」
「…でも…キム・イナ以外に親しいヤツ見つけたみたいだし、よかったよ」
「…。よかったのか?」
「友達ができるのはいいことだろ?」
「まぁ、そうだな」
「あいつ中々本音言わないからさ、キム・イナとか色気小僧みたいな気まぐれで自分勝手な奴と付き合えば、ぽろぽろ自分を出すんじゃないかなと思って…」
「…。ホンピョ」
「ん?」
「…いいこだ」

兄貴は俺の頭をぐりぐりと撫でた

「あんだよ」
「ヨシヨシ」

兄貴の優しい笑顔が心地よかった
色気小僧とドンヒはずっとくっついたままだった

*****

「なんなのさ!」
「え?何が?」
「もうっ!」

裏口から外に出た途端、スヒョクはぷりぷり怒り、そして俺に抱きついてきた
何この展開?
俺は面食らって、すすすひょく…、とヤツの名前を呼んだ
スヒョクは俺の体をぎゅっと抱きしめ、そしてすぐに離れた

「こんな事しても仕方ないか…」

そう呟いてくるりと俺に背を向けた

「なにやってんだ!そんなことしちゃいけないんだぞ!」

車の方からソクの声がした
スヒョクは声の方を見る
後姿が柔らかくなる
ソクはスヒョクににっこりと笑いかける
柔らかくなったスヒョクは、ソクのもとへ歩いていく
ソクは車にもたれかかり、色っぽい顔でスヒョクを見つめている
反対側にはテジュンがいて、かわいい顔で俺を見ている
でへ…
俺はニヤニヤしながらテジュンのところへ駆け寄った

「なぁにしてんだ浮気者」
「だってスヒョクが突然抱きついてきたんだもん」
「相変わらず隙だらけ」
「てじゅがソクと先に行くから」
「僕のせい?」
「んー、てじゅじゃなくてソクのせいかな」
「ふふ」

ふふふん♪テジュンが可愛くて色っぽい
俺はテジュンに、なぁ、今から俺んちに行かないか?誰もいないぞ、と耳打ちした
テジュンは、今日はダメだろ?ラブが可哀想だもん、と答えた
わかってるけど…、ああ、2人きりになりたいっ!

「じゃあ、いつにする?」
「ん?なにが?」

俺はテジュンの耳元に、『勝負』と呟いた

「勝負?何の?」

あん?忘れたのか?

「あれだよ、俺がお前を可愛がる…ほら…えへへ…」
「ああ、僕がお前を可愛がるってあれかぁ」
「違うよ、俺がお前を…」
「ふーむ…どうしようかなぁ…」
「なんだよ、やなのかよ」
「…。お前、そんなにしたいの?」
「…や、俺は別に…全然平気だけどさ、てじゅがその…我慢できないんじゃないのかな~って」
「僕?僕も全然平気だなぁ」
「え?そうなの?」
「なんかね、今、そういうの、めんどくさい」
「え…。…。ふーん…。ならいいけど…」

ソクジジイのジジイ菌がうつったんだ!
だからこんなに枯れちゃって…
いや、枯れてはいない
なんというか、芽生えたばかりの初々しさっていうか…
なんだってこんなに可愛らしいんだ?俺よりオッサンなのに!

「やだな~イナったら、ギラギラして」
「い…お、俺がいつ…」
「目が潤んでる」
「え…そ…それはお前が可愛いからっ…」
「僕、可愛い?」

小首を傾げるテジュンに、俺は勢いよく頷いた
こんなテジュンって見たことない
別に勝負なんかしなくてもいいから、テジュンと2人っきりで過ごしたいっ

「ソクも僕のこと、可愛いって言う」
「あ…そ…」

なんでここでソクの名前を出す?



ほわほわしたテジュンは俺の気も知らず話し出した

「僕さぁ、今、すっごく居心地いいんだよね~」
「なんで?」
「不思議なんだよね。ずっとお前のお守りしてきたろ?そんな僕をソクが包み込んでくれるような…」
「うぉいっ!やめてくれよ、ミルキーでくっつきあうなんてそんな暑苦しいこと…」
「暑苦しいってなんだよ!」
「暑苦しいじゃねえか!考えただけで恐ろしい…ミルキー同士でアレコレ…うぇっ…ゾッとする!」
「僕がソクとそんな事するわけないだろ!そういうんじゃないよ、なんていうか、まるで…大好きな親戚の叔父さんといるみたいなさ…」

テジュンはウフフと可愛い顔で笑った
ヨンナムさんのおやじさんでも思い出してるんだろうか…
俺の知らない頃の、幼いテジュンの顔を見たような気がした

んふ
可愛いな~
やっぱミルキーボーイだけある…

「そのせいかなぁ、気持ちが穏やかでね」


それはいいけど

「そんじゃ、お前の大好きな…あんな事やそんな事、しなくてもいいってこと?」
「なんだよその言い方。まるで僕がドスケベ男みたいじゃないか!」
「だってスケベじゃん…」
「失礼な!」
「…こないだ、喚いてたくせに…」
「イナ…欲求不満か?」
「は?え?なな、何言ってんだよ!俺はただ…その…てじゅと全然一緒にいられないから…」
「一緒にいるじゃない、毎晩」
「でも2人っきりじゃねぇしソクが邪魔するしつまんねぇし…」
「くふふ。ま、近いうちに…ね?」
「ほ…ほんとか?じゃ明日!」
「明日?…お前ったらホントに…飢えてンなぁ」
「ちがう!デートするだけだっ!」
「僕、仕事あるけど」
「だから夜さぁ…」
「それはラブの状態によるなぁ」
「明日はきっと大丈夫だ!よしっ!絶対明日は俺がお前をああしてこうしてっ!決めてやる」
「話が違うじゃないか、デートだけだろ?」
「だってお前、夜にデートっちったら最後は」
「次の日も仕事だから、早めに帰らないと」
「じ…じゃあ早めに決めて…」
「やっぱ面倒だな、しばらく2人になるのはやめよう」
「ええっ?てじゅは俺がイヤになったのか?」
「ひっひっひっ。嘘だよ。明日かどうかはわかんないけど、近いうちに…お前を蕩けさせてやる」

「何言ってんだか!さっさと乗ってくださいよ!」

スヒョクが怖い顔で俺の腕を引っ張った
あうん、せっかくテジュンがその気になってきたのにぃ~邪魔しやがってスヒョクめ…

テジュンはニコニコしながら運転席に滑り込む
それを見ながら嬉しそうにソクも助手席に消えた
スヒョクは俺を後部座席に押し込んだ後、反対側のドアから不機嫌そうに俺の隣に座った

「お前ソクと話してたんじゃないのかよ!」
「話してましたよ!明日はソクさん、テジュンさんの仕事場についていくそうですっ!」
「なに?どういう事だ?」
「さぁ、何が何だかどういうつもりなのかジジイの考えなんてまるでさっぱりわかりません!」

スヒョクはえらい勢いで怒っている
どういうことだ…仕事場までついていくなんて…

「…なんでソクはテジュンと?」
「知りません!禁断のミルキーカップル誕生なんじゃないですか?」
「おい、冗談はやめてくれ」
「ふんっ!」

キリキリしたスヒョクと俺は、ふと前にいる2人を見て凍りついた
ソクがテジュンの頬に片手をあて、愛おしそうな顔をしているのだっ!

「おいっ!やめろよソクっ!俺のテジュンに触るな」

身を乗り出して叫ぶ俺に目もくれず、ソクはテジュンに何か話しかけている

「うぉいっ!無視するな!触るなってば!」

俺はソクの腕を掴んだ

「ん?なんだよイナ」
「テジュンに手を出すなっ!」
「は?」
「なんでテジュンの頬を触ってるんだ!」
「蚊がとまってたから」
「は?」
「蚊。そっと潰した。叩くのは可哀想だろ?痛いもん。それに勢いよく叩くより、そっと圧迫する方が確実に潰せる」
「…ふ…ふーん」

好々爺然としたソクの純粋な瞳に気圧され、俺はソクの腕から手を離し、掌をぱふぱふと閉じたり開いたりした
そんな俺の様子など気にもならないようなMKBの2人…
ざわつく…なんなんだ、この関係は…

「テジュン、明日は一緒だ、いいな?」
「ああわかった」
「うぉい!ソク!お前、明日テジュンの会社についてくんだって?」
「…うるさいな。そうだけど?」
「それ、どういうことだよ!」
「水の配達」
「え?水?」
「テジュンの会社でも水を置いてくれるんだ。機械の設置やら説明やらに僕が行くの」
「…。そか…」

ソクも仕事か…

「水の設置ならヨンナムさんが行けばいいじゃないですか!」

ぶんむくれたスヒョクが口を出した
そういえばそうだ
どうしてヨンナムさんが行かないんだ?

「ヨンナムさんも一緒だよ。でもヨンナムさんはチェジュドの研修の件でテジュンの会社に行くから、水の設置は僕がやることになったんだ。さっきそう説明したろ?だからスヒョクは別ルートの配達頼むって。な、テジュン」
「そうそう。僕の会社だから3人で一緒に行くんだよね、ソク。で、誰が荷台に乗る?」
「そりゃヨンナムさんに決まってるだろ」
「ヨンナム、怒るんじゃない?」
「大丈夫さ、チェジュ研修の事よりチョンエさんの事考えて浮かれてるだろうし。そんな浮かれた男に運転は任せられないだろ?」
「そだね。あ、でも、僕、軽トラの運転、苦手だな~」
「僕が運転するから大丈夫」
「ほんと?助かるなぁ、ありがと、ソク」

2人はお互いを見つめあい、仲良さそうに話している
ソクの手はテジュンの頬に置かれたまんまだ
俺は後部座席のシートに深く沈みこんだ

「なんでもっと抵抗しないんですか!ったく、頼りないな!」

ぶんむくれたままのスヒョクが低い声で俺に呟く

「お前、説明聞いたんだろ?仕事絡みだって」
「ほんとにそうだかわかんない!」
「お前はホンピョと一緒に別ルート回るのか?」
「…そうらしい…」
「こりゃますますシャッフルだなぁ…」
「はぁ~、もうどうでもいい!」
「…あ~、ホンピョ、いい奴だぞ」
「へぇ~そうですか…はぁぁ…興味ないです…ふぅ…」

にっこり微笑んでいたソクに、スヒョクは期待したんだろう…
それがどうだ、仕事の段取りを嬉しそうに話されて…
スヒョクがヨンナムさんちの配達を手伝うのは、ソクがいるからなのに
明日は別々で、しかもなじみの無いホンピョと一緒に、本業でもない配達頼まれて…
スヒョクの機嫌が急降下するのは当然だ
だけど…

「ホンピョは可愛くていい奴だから」

それはホントだ

「…。俺、ホンピョに興味ありませんから」
「…んでもアイツはああ見えて…」
「ちょっと、いつまでほっぺた触ってるんですか!ヨンナムさんのトラック、発車しましたよ!こっちもいい加減出発したらどうなんです?」

スヒョクは俺の言葉を遮り、いつまでも見詰め合っているミルキーな2人にきつく言った
ソクはテジュンににっこり微笑み、そうだな、そろそろ行こうか、なんて声をかけ、テジュンの頬からようやく手を離した

やっぱり何か変な感じ
恋愛的雰囲気ではないが、ミルキーな2人はいつもと違う
微笑ましくもあるが、見ようによっちゃ危なっかしい…

スヒョクは窓の外を見たまま黙り込んでいる
危なっかしいMKBは、くだらないことを仲良くくっちゃべっている
俺はスヒョクの肘をつっつき、俺達も仲良くしようぜ、と言った

「やだ」
「拗ねるなよ」
「俺はひとりぼっちでいい!」

うーめんどくせー奴だ
そのめくどくせースヒョクは小さな声で、ラブの裏切り者、と呟いた

「裏切り者?」
「ラブ、ドンヒとハグしてた」
「ふふん、ドンヒもスネオだからな」
「イナさんが悪いんでしょ?!ドンヒをほったらかすから!ラブは優しいからいじけたドンヒをほっとけないんだよ!」

また俺のせいかよ!
俺だって優しいだろーが!

「ラブは確かに優しいよ」

突然テジュンが口を挟んだ
ラブの名前に反応するって、なんなんだっ!

「そうだなテジュン、ラブ君は優しい、イナにはキツいけど。僕もスヒョクの事で色々諭された」

ならもっとかまってよ…とスヒョクは俺にしか聞こえないような声で言った
それからまたソクとテジュンは、2人だけで会話を始めた


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