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本当は昨夜寝る前に風呂に入りながら考えたことである。 十一月になるな…と考えたら、退院してから二年が過ぎようとしているのか?と改めて感じた。二年前の今頃は退院の日を自分で決め、退院する日を指折り数えながらも退院後の生活に一抹の不安を覚えて居たな…。 昨年の今頃は、実家の山葡萄の豊作を喜び親父の兄弟の収穫に出かけていたことを覚えている。それでも退院時より体は動かすことに苦を感じては居なかった。 で、今年なのだが正直な話退院直後と似たような体力しか無いのではあるまいか?。しかも左半身の動きに制限がかかってしまって…こうなってしまった今となっては一番不安だった一昨年の退院時よりも現状の方が厳しい状況ではあるまいか?と言えそうな予感。 ただね、一昨年と違うのは漠然とした不安だった一昨年とは変わってやらなきゃならないよね。動かなきゃね。と自分で考えていると言う事だろうか?。 明日から十一月通院のリズムも変え益々自分で動く事を念頭に置いて動かなくては…と考えている。 朝親父に起こされて何事かとしばし頭をひねった後で弁当を作らねばいけないことを思い出し慌てて台所に行き弁当作りを行う。その後は着替えて病院に通院のため車で出ようと車に乗ろうとすると運転席にブルーベリーの袋が置いてあったので、何も親父から聞いては居なかったけど、姉の家に届けろとの事だと考え通院の前に姉の家に届けた。 他にあげるのでは無いのか?と怪訝そうな顔をしていたのだが、何も言わずに運転席に置いておいたら姉の家に届けて欲しいって事だと思うよと姉に言うと何でそう伝わるかな?と不思議そうな顔をしていた。だが、つい今し方運転席に置いてあったブルーベリーをどうしたか?と親父に尋ねられ姉貴の所に届けておいたよと告げるとそれなら良かったと親父が言ったので間違いではなかった。 どうやら?親父のそんな性格?癖?を僕は引き継いでいるらしくて、言わずに判って欲しいと考えている事は少なくない。だけどそれじゃ言葉が少ないか?と言うとそうでは無く、言わなくても良い一言を言ってしまっての失敗が有るところも親父に似ているのだ。 子供の頃は親父よりもおふくろに似ているのでは?と考えていたが、最近では親父に似ている事が結構あるようだ。 姉の家に届けた後は病院に行き診察を受けリハビリ&物療と病院ですることに変化は無し。 病院を後にし、吉野家で昼食を食べ帰り際食材を買って帰宅。帰宅後は小屋の冷凍庫から肉を持って台所へ行き何となく鶏肉を使ったスープ作りをしながら夕食までを過ごし、テーブルに夕食の準備を行ったところで自室にて晩酌。 そういや、山から帰ってきた親父がいきなり金を渡すから何事かと思って「何?」と尋ねると小遣いが無いだろうと言ってくるりと背を向けた。とっさのことでありがとうと言えなかったが親父には頭が上がらないよな。 晩酌後はNHKで放送されたハルとナツを見て過ごし夜を迎えていた。そういや、姉からブルーベリーのジャムを貰ったのだが、さて誰かに送ろうかな?。
2005/10/31
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朝起きてまずは洗濯をしながら風呂を洗って夜に備え、昼食にはうどんを作ると言ってみたのだがスルーされたのでそのまま洗濯物を干し、親父の妹の息子から電話が入っていたのでパソのメンテをしに出かけた。 メンテと言っても実際に家に到着してみると、会話で判ったのはどうやらADSLが不調で数日ネットに繋げなかったとか。だけど、昨日までは出来なかったらしいが僕が到着する本の数分前になって回線が復旧したようで使えるようになっていた。 使えるならば、僕がすることは何も無いはずだったのだが、何となくそのままヤフーの申し込みを手伝ったりして夕方まで過ごして帰宅。一応ネットは出来るようだが従兄弟よりも従兄弟の嫁の方が便利に使っているみたいだ。 家に戻って着替えてから夕食の準備。最初は八宝菜のつもりだったのだが、昼にうどんにしなかったからうどんにした。案の定?婆の分は少なめにしたのだがそれでも多いと文句を言っていた。 自室で晩酌後風呂に給湯しようとしたら給湯できなかったと言って水を入れて追い炊きしようとしていたので水を捨て給湯開始。お湯の蛇口をひねることすら出来ないのか?と暗澹たる気分になってしまった。
2005/10/30
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東京(日) 10R 馬 単 16→15 100円 東京(日) 10R 馬 単 16→14 100円 合計 200円 単純に銀行に残高が無かったから残っているだけの購入となった。 思えば秋の天皇賞と言えば勝負し馬が骨折予後不良になったことも何度かあるし、某有名評論家が引退を表明した馬が来るわけがない!と言いはなったのに二着を死守した事もある。 てか、馬券を二十年以上も買っていたらそんな事も一度や二度は誰にでも経験することでは無いだろうか?。 実績だけからするとゼンノロブロイ断然で、二番手にはタップダンスシチーや他のG1馬達と言えるのだろうが僕の指名した軸は後藤騎手の乗るサンライズペガサスだ。そして二着候補には府中巧者のテレグノシス、牝馬で牡馬と互して戦うスイープトウショウだ。 天皇賞(秋)結果 1 ヘヴンリーロマンス 松永 2:00.1 2 ゼンノロブロイ 3 ダンスインザムード 4アサクサデンエン 5スイープトウショウ 6ハーツクライ 7ハットトリック 8ストーミーカフェ 9タップダンスシチー 10ホオキパウェーブ 11バランスオブゲーム 12サンライズペガサス 13スズカマンボ 14テレグノシス 15リンカーン 16キングストレイル 17アドマイヤグルーヴ 18メイショウカイドウ 馬連1-13 12340 馬単1-13 47290 3連複1-12-13 141100 3連単1-13-12 1226130 例年に無くスローな展開に流れた天皇賞で平均ペースに流れたらもっと違った結果になったのではあるまいか?勝った馬にけちを付ける気は無い…とは言い難いが、同じメンバーで再戦したら何度やっても同じ結果にはならないと思う。そんな結果だった。
2005/10/30
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口を開けば年を取ったからもう何も出来ない、と愚痴愚痴言うのが口癖の婆だが、何かすると食べないか?とか言ってくる。以前なら食事の世話をして貰っている頃ならそのまま食べていたのだが、最近では食べないか?徳地にはしても用意するのは自分で…となると煩わしいことこの上ない。 食べないか?と言うなら用意までしてくれれば良いのに言うだけなら何も口出ししないで欲しいと言うのが僕の気持ちだ。だけど、これを口にしたら婆虐めなってしまうよなと考えると口にこそしないが煩いと思う気持ちはつのるばかり…。 今夜だって親父と婆は部落の集会でそこで夕飯も食べるから夜は自分の分だけで良いな…と考えていたら、婆が気を遣ってのことだとは思うが持ってきて貰った煮物が多いから僕にもどうか?と言ってきた。 昨日の煮物があるから今夜はそれを温めて…と考えていたから余計なお世話としか言いようが無い。そりゃ確かに食べたい気持ちは有るのだが、じゃあ自分で作った煮物を明日まで置いたら婆が口を付けるかと言ったら手は出さないのは明白で、それを考えるとやはり今夜は自分の作った物で…となってしまう。 正直、イライラしたり怒ったりしたくないのに声をかけられるとイライラっとしてしまう。僕が何故自室で晩酌するようになったのか婆は解っちゃ居ないのだな。 今日は朝からボランティアに出かけ終日PCルームに隠って本を読んだりネット巡回をしたりして過ごし、夜は自室でのんびりというつもりだったが婆の一言でちとリズムが狂ってしまった。 お願いだから言われたことは極力するから僕のやることには一切構わないではくれまいか?。そりゃ話し相手が欲しいというのは解らないでも無いが、僕がこうして自室で過ごすように為った原因は婆にあるのだから判れよな!!!。
2005/10/29
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今朝も起きるとすぐに弁当のおかず作り。今日も鮭を焼いて、昨日作った煮物を温め、ネギ入り卵焼きを作っておかず入れに詰め込み出来上がり。部屋で休んでいると親父がやってきてお金を下ろすようにと言って通帳と印鑑を預かってまずは貯金を下ろすために出かけ、お金を下ろした後で病院へと向かった。 病院へは午前中に到着。午前中に診察を受けることが出来たので午後には全部終えて帰ることが出来た。診察の際に今後の予定は?と担当医に話を向けると、今すぐにとは言わないけども症状固定は近いことを感じさせるニュアンスだった。後遺障害の認定の話も出たから神経症状…に該当するのだろう。 帰る途中で吉野家にて昼食を食べ、買い物をして帰宅。着替えてから買ってきた秋刀魚を煮た。本当は焼き魚で食べたいという気持ちが強かったのだが、婆が脂っこい秋刀魚は嫌いだから煮てごまかしたのだが…。 作った物をテーブルに並べ、僕はと言えば何時もの様に自室で晩酌。秋刀魚と煮物少しじゃ足りなかったかも。さて今宵ものほほんと夜を過ごすとしようかね。
2005/10/28
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今までは事故後ほぼ毎日のように通院してきたわけだが、一つの保険が打ち切られることが決定したと言うこともあるが、今後に向けての事もあるから来週からは隔日の通院に切り替えるつもりである。 ま、自車が加入していた保険と言っても無制限に面倒を見てくれるわけも無いから目安となる日数が来たら打ち切られるのは当然なんだけどね。 けど、色々ネットを散見していると事故後の通院も半年以上というと揉めてる場合が多いのだが、僕の場合はと言うと加害者サイドと揉めている訳でもないし加害者保険会社と揉めている訳でもないからその辺は安心?をしている。 とは言え、半年を超えて担当医からは何時症状固定を言われても不思議ではないと自分でも考えているからその覚悟はしているつもり。 そういや、担当医が僕の精神的な脆さを指摘したことがあったが、自分ではそんなに脆いつもりは無いのだが、話を色々聞いている担当医は僕の精神的な脆さに気づいて居るのだろうか?。 本音で言うと来年春前には東京へ行って…と考えると、一月か二月には都内で住む場所を決めなくてはいけない訳で、そう予定を組むとしたら症状固定は来月早々にでも為らないと症状固定後の後遺障害の認定とか、その後の示談の話とかで一二ヶ月はかかるだろうから…。 症状固定がずれ込んだら、それはそのまま東京へ…が遅くなるだけで、予定はあくまでも予定でしかないのだな…と言う所だろうか。 通院予定を変更するのは来週からで、時期的にも丁度良い?のかな。 朝起きると台所に行き台所が開いていたらすぐに弁当作りのつもりで居たのだが、婆がみそ汁を作っていたので時間を少しずらして作り始めた。今日は鮭を焼きネギ入りの厚焼き卵、昨日作ったおひたしと煮物、御新香を入れて弁当のおかずは完成、その後は自室で軽く休憩し風呂を洗ってから病院へと向かった。 予定通り?午前中の診察には間に合わず午後の診察の前にマッサージを受けてから診察。担当医が居ないようで他の先生に見て貰うことに。毎日行っていると言うこと何かほぼ同じ。 帰る途中で食材を買い求めて帰宅。そのまま着替えて夕食のおかず用の八宝菜擬きを作る前に不思議な煮物を作って味見もせずに放置し夕食のおかずを作りテーブルに並べた後は自室で晩酌。 晩酌しながら食べたおかずの出来は60点?かな。問題は味見もせずに放置した煮物の方で明日朝加熱して味見が良ければ弁当のおかずに入れるつもり…。 話は百八十度変わるが、今年は自分用の山葡萄の果実酒は作らないつもり。てか昨年の手間を考えると手を出す気には慣れない。昨年作って味見してこれなら来年も作りたいと思ったのはカリンだけだから山葡萄の果実酒を焼酎が入っていたペットボトルに中身を移してから作ろうと目論んでいる。 ただ、問題は山葡萄で作った果実酒の量で片方は八リットル入りに目一杯、もう片方は六リットルに目一杯だからそこから果実酒だけ取り分ける事は結構難しいと思うのだが…。取り分けたら味見をしてみたいと考えている。
2005/10/27
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数年前は悪名高き2ちゃんえるだったが、昨今の電車男でイメージ一新した感のある所であるが、春先に交通事故を起こして以来その後の成り行きを色々考え2ちゃんねるの書き込みを参考にしている。 もっとも、参考にしているのは対処方法では無く、心構え的な物だけなんだけどね。 はっきり言ってしまえば、我こそは被害者なり!加害者は全面的にひれ伏せよ的な発言が見られるが、僕的には加害者が悪いのは当然だけど、被害者にだって過失が有る場合が少なくないと考えているからね。 相談に来たのは良いが、己の非を糾弾され相談の書き込みのみでフェードアウトする人とかも珍しくないから事故に対する認識の甘さを考える事に関してはとても役立っている。 過去に単車で何度か事故にあったのだけど、今なら自賠責請求を間違いなくしてると思うけど、そんな知識が無かったから全て自腹で病院代を払ったことを考えるとあの頃に知っていたなら…と考えることも少なくない。 ま、知って良かった面、見たくなかった被害者の横暴な面と色々あるが色んな事を考えさせられる2ちゃんねるだった。 朝起きると親父の弁当作り、鮭を焼いて昨日作った煮物に火を通して豚肉とピーマンの炒め物を作って弁当に詰めて出来上がりとした。その後自室で少し休んでから着替えて毎度の通院のため出かけることに…。一応今月一杯は今までの様にほぼ毎日通うつもりで居るが、月が変わったら隔日程度に頻度は減らす方向でと考えている。 病院は午前中に間に合ったので午後には帰路に付き、途中吉野家で昼食を食べてから帰宅。 帰ると叔母と姪が来ていたので軽く話をして自室に入って休憩。外が暗くなってきたので夕食用に昨日作った煮物に糸蒟蒻&エノキを加えて煮込み、姪が作ってきてくれた炊き込みご飯で取り敢えず夕夕食の用意は出来たのだが、僕が支度をする前に台所に立っていたはずの婆は一体何をしていたのか?てっきりみそ汁でも作っていたか?と思ったのだがみそ汁もなかったからね。 作った物と貰い物を持って自室で晩酌。 さて今夜ものんびり録画でも見ながら過ごすとしようかね。
2005/10/26
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岩鷲山が初冠雪だったらしいが、生憎の雲に包まれて冠雪の様子はうかがい知ることが出来なかった。 そういや、晩秋と言うか初冬が似合いそうな感じなのだが、最近見渡す山々が色づき始めているのを感じ初霜もそお遠くないのかな?と思わせる季節になっている。 今朝は起きてすぐに山葡萄の出荷のお供をし、一旦帰ってきて積み残した山葡萄を積んで再度出荷に出向いた。途中何気に苺の話をしたところハウス苺を作ってはどうか?と親父が言い出したのには驚かされた。 そりゃ、遙か昔ではあるが、高校の頃専攻作物として苺を選んで作ったことはあったが、来年にも家を出ると言ってあったのに苺を作ったらどうか?と言われてもね…。 帰宅後、風呂を洗って夜の給湯に備え着替えて親戚の家に行き、頼まれていたワークシートを作った後で病院へと向かった。ワークシートなんか小一時間もあれば…と考えていたのだけれど、実際には修正箇所が多くて二時間弱かかってしまいその後の予定が圧してしまった。 しかも、今日は病院が防災訓練だとかで病院も圧していて予定が狂いまくった一日だった。 診察の際に担当医から冬場は無理をしない方が?と言われたのだけど、裏を考えたら症状固定は春先と言っているのかな?と思ってしまった。症状固定が春先だとしたら示談の話は初夏の頃になってしまうかも知れない。 病院の後は簡単な買い物をして帰宅。帰宅後は肉ニンニクを明日のおかずに…と考え作り始め夕飯用に作ったのは鍋焼きうどん。鍋焼きをテーブルに出して風呂の給湯を始めたところで、自室に戻って晩酌。晩酌のおかずとしては買ってあった出来合いで済ませることに。 こうして今日も終えるのか…。
2005/10/25
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山葡萄の今年の収穫が済んだらしい。今日で終わったとの事だったけど、最後というのに僕と言えば収穫の手伝いにも行けず仕舞い。昨年は毎日のように手伝っていたことを思えば今年は病院へ通院していたから仕方が無いかも…。 それでも、去年の体の動きと比べても今年の方が遙かに動きに制限があったのには自分自身で凹んでしまう。つい三年前までは普通の体をしていた筈なのに、二年前の脳出血に始まり、今年の春先のむち打ちと来たからね。脳出血から復帰か?と言う矢先にむち打ちしちゃって一歩進んで二歩下がると歌のような感じかな。 脳出血の時に厄じゃ無いの?と最初の嫁に言われたのだが、気にしないで居たのがいけなかったのかな?。取り敢えずこの後は何事も無く過ごしたいな…と心から願っている。 ま、収穫も済んで時間に余裕が出来るのだから部屋の整理もしなきゃいけないし、中途半端になっては…と考えていたリハビリも本格的に始動する体制は確実に整いつつある。 朝起きて友人に山葡萄を宅急便で送ってから取り敢えずは歯医者に行きその後で何時もの通院。 病院では午前中の診察に間に合ったので午後一で帰路に付き、途中叔母の家にリンゴを届けてから帰宅。どういう訳か帰りの途中で強烈な睡魔に襲われていたし、収穫の手伝いに行くのは半端過ぎる時間だったのでベッドに横になったらすぐにお昼寝となった。 んで、夕飯のおかず作りは八宝菜擬きを作ってテーブルに並べ、風呂の追い炊きの用意をしてから自室で晩酌。 昨晩何となく書いた物に意外な友人からのレスが付いたのがとても嬉しかった。そういや話す度に叱られていたような記憶があるな…。けど、叱ってくれる人が居ないから、叱られるとそれが嬉しくてね。
2005/10/24
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ふと考えてみた、僕が常々好きだと考えている女の子?の事だが、好い加減好きだ!復縁したい!と忘れかけた頃になっては再び言うことを止めた方が良いのではあるまいか?と。 僕がそういう度に私も嫌いじゃないと彼女は答えるのだが、それはそれ以上でも無ければそれ以下でもないと言うだけで、前にも進まない変わり後退もしないらしい。 けどね、僕は時々どちらにも進まない状況に我慢が出来なくなることが有る。我慢が出来ないと言うのとは少し違うかも知れないけれど変化が無いことに耐えられなくなると言うかね…。 僕が彼女に対し誰かと幸せになって欲しいと告げたら何か変わるかも知れない…などと想像してみたりする。出来るかどうかは自信は無いが、僕がそうすることで何かが変化するならそれも有りかな?と考えている。 本音で言うなら復縁を望む気持ちが大きいのだが、それは出来ないという彼女の気持ちも理解できない事では無い。この夏、彼女と会ったときに何気ない会話の中に感じた物は、僕は無意識で発した言葉で深く彼女を傷つける言葉があったらしい。もう何年も前の話なのだろうが彼女はとても傷ついた一言で未だに拘ってしまうらしいと言うことは短な会話のニュアンスで感じられたからね。 このURLをこの前会った後でメールして教えたのだが読んだという返事も無いから読んでいるかどうかは判らない。 読んだら怒ってしまう可能性も無いとは言えない。 けど、気持ちを伝えたいと考えてる気持ちが僕の中にはまだ有るのだろう。 もう止めたと言いたい気持ちが有る反面、何処かに復縁できるのでは?と言う望みも捨て切れていない…そんな僕が此処に居る。
2005/10/24
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朝目が覚めると外は雨、何となく昨日の芋煮の残りを暖め食べた後でまた一眠りしたら昼になっていた。そのまま午後もゴロリと横になって凄そうかな?と考えていると親父から明日の一服の買い出しを頼まれたので買い出しに出かけ、ついでに数日分の食材を買って帰宅。 帰宅後は風呂を洗って風呂の準備をし、何となく鱈の味噌スープを作り、椎茸と豚肉の炒め物で二品として夕食のおかずを完成させ何時もの様に自室で晩酌を楽しんだ。 このところ、ついつい汁物まで作ってしまうのだが、家を俺が出た後は婆が再び作るのかどうか?そう考えると気が重くなってしまう。 けどね、人は前に向かって歩くしか無いのだからたとえ茨の道でも歩くときは歩かなきゃいけないよね?と自分に問いかけてみたりもする。 それにしても再び家を出るとなったら、取り敢えずの着替えの服とパソコン一式は持って出るにしてもそれ以外は残してゆくしか無いよね。と考えてみたりするのだが、要らない物や部屋に不要な品などはそろそろ少しずつ処分を始めなくてはならないよね。
2005/10/23
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京都(日) 11R 3連複 軸1頭ながし 軸馬:07 相手:01,02,08,12,15 各100円(計1,000円) 京都(日) 11R 3連単 1・2着ながし 1着:07 2着:11 相手:01,02,08,10,12,15 各100円(計600円) 合計 1,600円 取り敢えずネット投票で上記のように購入してみた。 三連複の購入と、三連単の購入の目が違うのは三連複は希望を込めて、三連単では二着まで人気薄が入る可能性は低いかな?と考えてこういう投票となった。 強い馬が強い勝ち方をする場合もあれば、強い馬がより適性に勝った馬が登場してコロリと負けてしまうのも競馬であるから今年は一体どういう競馬になるのやら?。 先週の秋華賞などは強くてもより適性に勝った馬に勝たれたと言う結果であったが今週はどのようなドラマが有るのだろう?。 結果はTV中継を見た後にでも書き込みたい。 菊花賞結果 1ディープインパクト 武豊 3:04.6 2アドマイヤジャパン 3ローゼンクロイツ 4シックスセンス 5フサイチアウステル 6アドマイヤフジ 7コンラッド 8マルブツライト 9エイシンサリヴァン 10ミツワスカイハイ 11ピサノパテック 12ヤマトスプリンター 13マルカジーク 14ディーエスハリアー 15シャドウゲイト 16レットバトラー 馬連6-7 1290 馬単7-6 1320 3連複4-6-7 2730 3連単7-6-4 7090 まだレースの録画は見ていないが着差とレース展開をJRAのHPで見たところ、二着の馬は上手くレースを運んだようだから三着以下に四馬身も差を付けたようだが、その二着の馬に二馬身も差を付けて勝った一番人気のディープインパクトの強さばかりが目立った競馬と言えるのでは無いだろうか?。 それにしてもディープの強さが目立ってしまうが、この馬の全兄はこの馬ほどの強さを発揮できなかった事を考えると競馬は血統だけでは語れる物でも無いし騎手や厩舎だけで語れる物でも無いと言うことが良く判る。全てのバランスが上手くかみ合ってこそのこの結果なのだろう。
2005/10/23
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決意と言うほどの事では無いと思うのだが、こうして日記に書かないと先に日延ばしてしまうのでは無いかと考えるから、自分に発破をかける意味でも書こうと思う。 リハの担当から禁止を言われていた筋トレの再開を行いたいと考えている。事故後リハを行い始めてから筋トレは筋肉の使い方の悪い癖が付きやすいから望ましくないと言われてきて居たのだけれど、症状固定が近いのでは?と考えると、症状固定と決まっても実際に動き出せるのはそれから数ヶ月後になってしまっては…と考え徐々にでも始めたいと考えている。 そういや事故を起こす三ヶ月以上前から社会復帰を目指し筋トレをしていた事を懐かしく思い出すが、事故前と同じような動きは望むべくも無いのは判っては居ても、じゃあ明日からと言われても躊躇う自分が居るから何とか出来るかな?レベルまで再び戻したいと考えている。 まあ、取り敢えずは一日一時間の散歩と軽い筋トレから始めたい。んで、その先には春先のように隣町のジムを使っての筋トレという風にしてゆくことを考えている。 と考えては居るのだが、現実的には寒くなって左上半身の動きが悪くなってきているので滑り出しは無理のない程度から始めたい。 今朝は起きると着替えてボランティアに出かけた。丁度良いから?と思って外付けHDを持って行ったのだが、またしても認識不能に陥ったため収集活動は自粛し持って行った本を読むことに…。 さすがにこの季節暖房の止めてある部屋で過ごすのはとても寒く、その寒さが左半身にはかなり辛かった。が、暖房を付けることを小学生に提案したが提案を拒否されたのでじっと我慢で過ごした。小学生は子供だから体温が高いのかな?。そんな事で自分の歳を考えさせられた一コマだった。 午後になっても読書は続いていたのだが、途中から中学生とお姉さんの組み合わせがやってきて、中学生の学校での生活が漏れ聞こえてきたのだが、会話の内容はと言うと???と私にはとても理解できない内容で、ここでもまた自分の年齢を考えさせられてしまった。 時間が来たのでボランティアを終了させ帰宅。帰宅後は風呂の追い炊き&夕食のおかず作り。今夜は芋煮もどきと旅行のおみやげで貰った秋刀魚の明太子漬け。 作るだけ作ってテーブルに並べ調理に使った物は洗ってから自室にて晩酌。そしてこうしてのんびりと夜を過ごしている。でも、じっとしていてもじんわりと左半身に鈍い痛みがあるから気にしないようにと考えてもついつい考えてしまう。
2005/10/22
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一度は駄目かと諦めかけていた通信環境だが、再度のNTTとの話の後で、NTT側がコマンドを叩いた事によって、アクセス傷害は解消され取り敢えず?傷害が起きる以前とほぼ同じようにネットが出来るようになった。 本日原因は何処にあったのかを尋ねてみると電話を繋げて居ない環境なのに何故かコール音がしていたとか?呼び出しできる機器が付いていないのに呼び出し音が…とは回線の何らかの傷害があったのだろう。 それにしてもサポートを一番最初に話した人間は、そちらに伺ってみないと使えないか使えるかの判断はしかねますの一点張りだったのに対し、二度目に電話に出たサポートの人間は手元の操作だけで使うのに支障が無い状況にしてくれ、つくづくサポートする側のスキルが万全と思って話をしても受ける側のスキルによって最初はもう使えないか?と考えていたのに対し、二度目では不具合は解消し一応元通りになるとサポート次第で結果は雲泥の差が出てしまうと言う事が解りサポートの在り方という物を考えさせられた一コマだったかも知れない。 怒りにまかせて最初の人間で話を止めてしまっていたらこうして日記を書くことはしばらくは出来なかったかも知れないが、もう一度連絡を入れ、別の人間と話すことが出来たからこそこうして日記を書き続けることが出来ているのだ。 朝起きると風呂場の掃除と洗濯をしながら夕食用のおかずを作り、洗濯物を干した後で着替えて病院へと向かった。 病院ではリハビリの後物療を行い、午後の診察時間の始まるのを待って診察。そろそろ半年を超えるから症状固定の話が出るかな?と今後の見通し?について軽く尋ねてみたのだが、今しばらく続けましょうとの事だった。だが、半年を超えたら症状固定と言っていたから言い出す可能性は有ると思う。てか、半年はすでに超えてしまって居るのだけどね。 そのまま家に戻り朝作ったおかずを暖め卵を落として完成させ、風呂の給湯を行いながら自室で晩酌。 部屋で寛ぐ途中で台所で食べた食器を洗いに行くと婆が寂しそうに一人でこたつに入っていた。そんな姿を見て可哀想かな?と考えないでも無かったが、僕にはかける言葉も無かった。結果はいきなりそうなる事は無く、必ずそこに至る過程がある。 晩酌後自室で寛いで居ると友人から電話が入り山葡萄が到着したとの事、無事について良かったと思う反面、今年は僕は断念した山葡萄を使った加工品を作るのかと考えると手間をかけさせてごめんねと言う気がした。
2005/10/21
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朝起きると友人に山葡萄を発送する準備を済ませた後で、山葡萄の出荷に行き出荷の手続きを済ませてから帰宅。帰宅後は宅急便の集荷所に宅急便の発送の手配をしに出かけ、そのまま盛岡に向かった。 盛岡では真っ直ぐネカフェニ向かい。数週ぶりのネカフェで収集家集活動に勤しむもたいした収集も出来なかったので頃合いを見て病院に行きマッサージと診察を受けて帰路に付き、親父が今夜は泊まりだから出来合いの品を買って帰宅。 出来合の品で晩酌をし、こうしてごろごろと過ごすことに…。 一応予定としては、保険の兼ね合いでまめに病院に通院するのは今週までで、来週からは適当に間隔を開けての通院に切り替える予定となっている。 ここ、数週で肩の違和感は倍増し今まで無かった痛みのような感覚すら生まれつつある。厳しい寒さが来る前でこれなのだから本格的な寒さが訪れたらどのような症状になってしまうのか?考えると怖い気がしてならない。
2005/10/20
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結論から書くと言えなかった。てか言い出す事が出来なかった。ま、当初の考えに沿って医師の判断待ちであると言えるかも。 どうなるのかな?と言う不安が有るが出たとこ勝負であるのに変わりは無し。 今朝も起きると山葡萄の出荷に行き、帰ると着替えて病院へと向かった。今日はまずは歯医者に行きその後で昼食を食べてから病院へと向かいリハ>マッサージの後で診察を受け、軽く一服用のパンを買って帰宅。 家に帰ってきたのは五時を過ぎていたから今日は収穫の手伝いに裏山に入る事はしなかったのでそのまま夕食のおかず作りを行った。今夜は小屋の冷凍庫に入っていた鶏肉を出がけに台所に出して置いた物が解凍できていたのでそれを使って照り焼き風の照り煮とロールキャベツでおかずとした。 何時もの様に自室で晩酌、その後昨日連絡を入れた友人?にもう一度連絡を入れてみると山葡萄が欲しいと言うので送ることを約束した。 思えば僕が山葡萄を送った大半の人はネットで知り合った人達が殆どでその多くが家まで遊びに行ったことのある人が多く。ネットはバーチャルとか言われる事が多いけど、僕にとっては現実の友人が多い。 僕はネットを通して友人が持てたし、お付き合いを願っている人の殆どはネット関係なのだが友人と呼んで良いかどうかは僕的にはよく判らない。てか友人と呼ぶのは相手に対し失礼なのでは?と考えている。ま、この辺は僕の友人という物に対しての考え方が一風変わっている事に起因しているのかも知れない。 年に一二度電話してみる…そんな関係?を友人と呼ぶかどうかは難しいが、ネットを通して得た貴重な僕の財産だと思っている。
2005/10/18
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三ヶ月過ぎたら…半年経過したら…と言われ続け半年経過してしまったのだが、担当医からの症状固定の話が来ない。てか、つい一月ほど前までは症状固定の話があったらリハの担当の話もあるから今少し様子を見て欲しいと言おうと思っていたのだが…。 今日来るか、明日は来るか?と待ち続ける日々を送るうちに何となく待ちきれなくなったかな?と言うのが正直なところだ。 明日にでも今後の見通しについて担当医の診察だったら相談してみようと思う。 症状固定の話が出たら、後遺障害の診断?となって診断書を作成して貰ったら保険会社に渡し、今度は保険会社から自賠責へ渡って審査という流れになり、その後審査の結果次第で後遺障害が認定されたらそこから保険会社は示談の計算に入り示談交渉という風になるのだろうが、そこまで行くのにいったいどの程度の時間がかかることか…。 それに僕の症状が後遺障害に認知されるかどうか?は検査して貰わなくては解らないわけで、検査と言っても神経障害は自己申告がほとんどと聞くから今までの会話が印象づけられることになるのでは無かろうか?。 色々思い悩んで見る物の結果は出たわけでもないから悩んでみても始まらないのだが、それでも今後どうなるのか?がとても心配では有る。 ま、色々悩んでみても前に進まないことには話も進まない訳で結局は話を進めてみるしか手は無いのだけどね。 とか何とか言っては見ても、医師の判断に任せている訳であるから医者次第かな…。 今朝も山葡萄の出荷に出かけ、出荷の作業が済んだ後は病院へと向かった。今朝は何時もの病院とは違って月一の脳外の有る病院に行き簡単な診察の後で薬を処方して貰い、支払いが解る間に三階に上がって親戚の見舞いと親父の知り合いへの見舞いを済ませた。 親父の知り合いはお袋の友人でもあった女性なのだが気性が何処と無く亡くなった母に似ているから好印象を持っていた所為かむち打ちの治療が済んだら東京に戻るつもりであることを言ってしまった。複雑な顔を見せたものの、親父や叔母さん姉とは違って僕の行動に理解は示す物のそれでも他の選択肢は無いのか?と言われ少し母に言われたかのように嬉しかった。 祖父の弟の奥さんは怪我の治療と言うのに不安げな様子で泣き言を言っていたから、病気でなく怪我で治療すれば治るのだから良かったじゃない!と言ってきたのだが、年齢による不安が大きいのかも知れないと感じた。 その後何時もの病院へと移動診察を受けマッサージをして帰路に付き、途中幾つかの食材を買って帰宅。買ってきた食材を冷蔵庫に仕舞い、着替えて裏山に入り山葡萄の収穫を手伝った。 取りやすいところは良いのだが大半は取った後の除去作業が面倒でとても手間取る作業ばかりなのは昨日までと同じだった。箱の数だけなら昨年の半分は超えたか?と言うことだがキロ数を考えるとまだ半分には満たないだろう。
2005/10/17
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朝起きると一服のパンを買いに出かけた後は、着替えて裏山に入り収穫の手伝いをすることに…。 昼時まで収穫した後で一度家に帰ってきたので、チャンスとばかりにネットで馬券を購入しようと試みたのだが、どうにも回線状況が悪いようでネットにはかろうじて接続は出来ている様であるが、肝心の馬券の帳票は出来なかった。 そのまま諦め、午後からも収穫作業を行い、本当は地元の歴史研究会で江戸時代の地方視察の際の料理を再現した物を試食という話があったのだが、作業を抜けるのは不味いと考え、連絡を入れるからと言われていたのだが携帯の電源を切って暗くなるまで収穫を続けた。 その後家に戻り風呂の追い炊き&夕食のおかず作りを行い。自室で晩酌しながら競馬の結果を録画鑑賞。狙った馬は二着になったが、押さえにも考えてなかった馬が勝ったので買わずに正解だったかも…。 それにしても夜九時を過ぎるまでどうにもネットが不調であったが原因は何処にあったのか。当たり前のように常時ネットに繋ぐ生活の僕にとってネットに繋がらない環境は本当に考えずらいと今更ながらに感じた。
2005/10/16
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朝晩がとても肌寒くなった所為かこのところ安眠を貪れるようになったのは眠りが浅い僕にとっては嬉しい事なのだが、冷え込みが益に従って左半身の動きが一段とぎこちなさを増してきている。 暖かな土地で暮らしたらこんな事は無いのかな?と考えると寒い場所から引っ越ししたい気分である。 この体のぎこちなさを早く解消したいものであるが先の見込みは暗中模索としか言いようが無い。けど、半年も経って居るのだから、治らない物なら治らないなりの生活を…しなくてはいけないだろうし、治るなら早く治したい。 今朝も朝起きると親父と共に山葡萄の出荷に出向き、その足でボランティアに行き午前中はボンヤリと小説を読んで過ごし、午後からは小学校低学年が大量にゲームをしにやってきたのでとても慌ただしい午後だった。 家に帰り茸と白菜の煮物を作り、知人が送ってくれた下町の月島名物?のレバーフライ&薯蕷で夕食のおかずとした。 晩酌は何時もの通り自室でのんびりと過ごし気がつけばもう九時だから、そろそろ風呂に入って寝る用意でもするかね。ぼーっとして部屋で体を冷やした所為か左半身が一段とぎこち無いから暖めてからでないと眠れないかも…。
2005/10/15
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二十代から三十代になった頃までは子供が欲しい(血脈を残そう)という思いが少なからず異性を見るときには考えていたように思う。今考えるととても馬鹿な考えだとは思うが二十代の頃に子供が出来ないという女性と付き合った事があったのだけど、子供が作れないと言った女の子の言葉だけで、その女の子を恋愛の対象としては見れなくなっていた自分が居た。 振り返って考えると、僕は女の子を生殖器としか考えていなかった頃が確かにあったのだな…と反省。 さすがに三十路も越えてしまうと若かった頃の考え方を反省することはあっても良いこととは間違っても思えないやね。 若いからこそ突っ走れた事は多々有ったかも知れないけれど種の本能に負けての行動だったとは言いたくない。 朝起きると今日も出荷に行き帰宅。帰宅後は着替えて病院に通院のために出発。病院では診察の後リハ>マッサージとこなして帰路に付き昨日より一時間ほど遅れて帰宅。帰宅後は着替えて裏山に入り収穫を終了までで手伝い家に戻り今度は夕飯のおかず作り&風呂の追い炊き。今日は夕飯のおかずは八宝菜擬きにしたのだが、作り終えて考えたのは汁物が無い!だった。最初から判っていれば芋の子汁を作る用意は冷蔵庫にしてあっただけに何だかね…。 婆の台所放棄が規定の路線であるのなら、今のうちに親父を少しは仕込んだ方が良いのかも知れないと思った。てか、半端に手を出すなら全く手は出さずにいて欲しい。その方が今後の指針となりやすいのにね。 とは言え、親父には言った言葉は婆にはどうにも言えない。言わなきゃいけないのは明白なのに…。 ゆうはんのおかずを作った後で親父の兄の家に行き、従兄弟に借りていた本を返して来た。
2005/10/14
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県内で早くも朝の最低気温が氷点下を記録したとかラジオからニュースが流されていた。確かに昨年の山葡萄の収穫の終了間近の頃には霜が降ったこともあったからそういう季節が近づいているのだろう。 緑に包まれた山々も少しずつ緑のベールを脱ぎ始めているように秋が過ぎて冬が訪れようとしているのだろう。 今朝も親父と一緒に出荷に出かけ、下ろす作業を手伝ってくれた人の家の出荷を手伝ったのだが、親父の顔があるから手伝ったような物で、俺一人なら手伝ったかどうか怪しいところ。 けど、何気に手伝う自分の姿に親父に似ているところがあるのかな?とふと思った。今まで親父に似ているところなぞ一つも無いと思ってきていただけに親父に似ている?と思えたことが嬉しいような恥ずかしいような気がした。 出荷の後で家に戻り風呂場を洗ってから着替えて病院へと出発、途中姉の家に栗を届け「欲しいのならもっと前に言うように」と告げると欲しいなんて言ってないけどありがとうと言っていた。 必要以上に口に出さないところなど親父に似ているのだろう。姉のそんな姿を見て、姉も俺も親父の子供なんだな…と考えた一コマだった。 病院では診察をしてからマッサージをして近くの弁当屋でおにぎりを買い、駐車場の車の車内で食べて帰宅。帰宅後は着替えて裏山に入り山葡萄の収穫の手伝いを…。 暗くなるまで収穫を手伝い帰宅。帰宅後は風呂の給湯を始め今夜の夕飯のおかずを用意。昨日から考えていたように揚げ物を揚げておかずを用意した後は自室に入って晩酌を…。 ふと考えたのは何も作れないと作らぬ婆は置いておいても俺が家を出た後の食事の支度や風呂の用意は誰が…と考えると憂鬱になってしまった。僕が一抜けしたら後は親父がやるしか無いわけで、親父に押しつけてしまうのか…と考えると気分が重い。
2005/10/13
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最近欠かさず毎日見ているのが2チャンネルの交通事故関連の話。事故加害者が酷いとか、加害者側保険会社の対応は…とか言う物が結構多く、被害者の過剰請求なのでは?と思える相談も少なくない。 自賠責がどのような物であるか?運転を始めて二十年以上になって加入してきたわけだが事故の時に自賠責請求出来ると言うことを知るはずも無かった若い頃の事故を思い出すと、今なら自身で請求した案件だな…などとは考える物の、事故から二十年近く過ぎた今ではすでに時効が成立しているだろうからあの時自賠責の利用法を知っていたなら…と思うと交通行政のあり方に多少の疑問を感じてしまう。 もしあの事故の時に知っていたなら一月入院して入院代はもちろんその間は仕事が出来ずに無収入で苦しい生活を送ったのだが、自賠責に請求出来るとしっていたなら、きちんとリハビリを受けていたと思う。てか、すべて自腹と考えリハに支払うお金惜しさに骨折が直っただけで自分で良しととして通院しなかった事が悔やまれて仕方がない。あの時、もう少しちゃんと治療を受けていたら右手の手首がこんな事になっていなかったのに…。 ま、一番悪かったのは事故を起こした自分なのだから悔しいと言うのはお門違いなのだろうけどね。 朝起きると山葡萄の出荷に出かけ、出荷の後は箱を積んで帰ってきた。んで、叔母さんに電話を入れ山葡萄が欲しいというので車に積んで通院の途中で届けることに…。 届けに行くと叔母さんが二人でいたので少し驚いたが、旦那を亡くした叔母さんは人恋しくてもう一人の叔母さんの所に出入りしてるのかも知れないと考え家に隠っているのでないから良い傾向か?と思った。 その後病院へと行きマッサージを受けた後で診察して貰って帰路に付き途中ラーメンと餃子で昼食を食べてから夕飯の買い物をして帰宅。 帰宅後は買ってきた物を冷蔵庫に仕舞い着替えて裏山に入り山葡萄の収穫の手伝いをしたのだが、山葡萄がまばらすぎてどうにも面倒くさかった。 暗くなるまで収穫を続け、収穫した物を軽トラックに積んで帰宅。それから風呂の追い炊きを始め、夕飯の準備を始めた。本日はガーリックライス(鮭&茸)と昨日作った茸の煮物にしたのだが、珍しい事に少し多めかな?と思った不出来なガーリックライスを婆がぺろりと食べたのには驚かされた。お腹が空いてたから…と言ってたけれど、それじゃあ何時もは何か食べてたのかよ!と言いたかった…。 残りのガーリックライスと茸の煮物&発泡酒を持って自室で晩酌。晩酌の後は午後の収穫の疲れが出たので休息しながらこうして日記を書いたり、親戚に頼まれたワークシートを仕上げたり…。 そういや一昨日あたりから、このシーズン初めての暖房を入れ始めている。関東にいる頃なら暖房を入れるのは十一月に入ってからか十二月になってからだったが、この土地では来月には暖房無しでは考えられないだろう。今朝の気温で十度を切ってたから霜が降る季節までもう少しでなってしまう。
2005/10/12
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昨日今日と体に疲れが溜まりつつある所為か?寝たらぐっすりという感じなのだが、朝になっても左半身の疲れは抜けやしない。右と左を比べて特に左側だけ使っている訳では無く同じように体を動かして居るにも関わらずどうしても左だけに疲労が残ってしまうようだ。 右半身がどうとも無いのに左半身だけに疲れが集中しているのはちとしんどい。左肩から左腕にかけての疲労で一時は改善できた?と考えた手首から手全体にかけての痺れが一段と増したかのような感覚だ。 それでも、病院にいく前に親父と一緒に山葡萄の出荷所に出荷しに出かけ空き箱を積んで家に帰り親父はそのまま山に集荷作業に出かけ、僕といえば風呂を洗って夜に備え、台所にあった舞茸を使って昆布を加えて酒と出汁で煮込んで今夜のサイドメニュー作り合間に洗濯をしてから病院に向かって出発。 途中、姉の家に立ち寄り昨日自宅に持って帰った新米を二袋届け、ついでにむち打ちの治療が済んで示談が終えたら再び家を出るつもりだと告げた。すると、さすがに複雑な表情を見せて居たが反対をしなかっただけでも良かったかも。 その後病院に移動し、リハ>マッサージを受けてから診察となった。本当は注射は今日受けるはずであったが週末にずらそうかとも考えたのだが、左半身の体の辛さを考えると少しでも楽になるなら…と売って貰うことに。毎回体を硬直させながらの注射だが、今回も例外では無くとても痛かった。 帰る途中で一服のジュースやパンを買って帰宅。もう少し早めに帰れたら裏山に登って手伝いに行こうかな?とも考えたのだが時間は四時半を回っていたのでそのまま夕食の準備をすることにした。 朝作った舞茸の煮物に刻んだ揚げを加えさらに出汁ととろみを付けるために片栗を加えて一品とし、冷凍庫に入っていた烏賊を出して刻んでキャベツと炒めて一品とした。 その頃には外はもう暗くなっていたので自室に持って入って晩酌。晩酌後はのんびり取り貯めたTV録画の鑑賞。そろそろ風呂に入って寝ちゃおうかな?と言う感じかな?。従姉妹に頼まれたエクセルのワークシートだが水曜以降とのことだから明日あたりから取りかからなくてはいけないかもね…。
2005/10/11
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何時もなら七時前には一度は目覚め七時ごろに再度起きだすというパターンが多いのだけど起き出したのは七時を回って親父から集荷所に持っていくぞ!と声がかかってからだった。 慌てて着替えて親父の運転の助手席に移動、僕が乗ると共に軽トラックは山葡萄を積んで集荷所に向けて走りだした。出掛けには曇天で今にも振り出しそうな雲行きだったが集荷所に到着する頃には霧雨が振り出し山葡萄を荷台から下ろす頃には今日の収穫は中止かな?と言い始めていたのだが、帰路になると曇天に薄明かりが見え始めたので収穫は中止にならず開始となった。 雲行きが怪しいから手伝いの人も来てないのでは?と思ったのも到着するまで、到着してみると手伝いの人数は六人ほどすでに手を動かしていた。本日の収穫のペースは昨日とは打って変わってスローダウン。まあ色々除去するものが多いだけに仕方が無いかな?というところか。 昨日と違って収穫の箱を持ち運ぶのは足腰に良いリハビリになると感じたのは最初だけで、午後になる頃には午前中に勢いは何処へやらすっかりヘロへロになりながら何とか作業を終えていったん自宅に戻ったのだが、そこで収穫した山葡萄を下ろしてから今度は業者に頼んだ米の収穫されたものを受け取るためにまたしても暗い夜道を親父と一緒に移動し今度は米の入った袋の積み下ろしそしてまた家まで帰って積み下ろし。 作業が終了したところで、急いで家に入って夕飯の準備を始めながら風呂の追い炊きをしつつ夕食のおかずを作りそのまま自室にて晩酌。さすがに晩酌の後はお疲れモード全開でベッドでぐったり。 しばし休憩の後風呂に入って疲れを癒し今秋の予定を色々考えた。通院は平日は今まで通りに通うつもりでいるのだが、少し通う時間帯を前倒しして午後遅めではあっても収穫作業を手伝うことを考えた。 それと、予定では明日ブロック注射を行うつもりでいたのだが、明日打つと週末の作業の時には役に立たなくなってしまうので、打ってもらうのは週末の金曜にしてもらうことを考えた。 明日今日貰って来た精米したての新米を姉のところに届けに行くのだけれど、その際に鞭打ちの通院が終わり、無事示談が済んだら東京に戻るつもりで居ることを伝えておこうと思う。いくらなんでもぎりぎりに言うのじゃね。
2005/10/10
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楽天で「一撃落札しました!」と落札した物の、振込先の明記が無く「ご落札後、10日間ご連絡いただけないようでしたら代金引換便にて発送させていただきます。」となっていたので、十日経ったら代引きにて送ってくるだろうと思ってそのままじっと待っているのだが。二週間以上も過ぎたまま代引きが届くこともなく、出品者から再度の連絡もないままの状態が続いている。 楽天で今まで一撃落札しました!と言う場合は振込先が書き込まれていたら振り込みをすぐに済ませて品物を送って貰うことが多いのだけど、今回のようにそのまま知らんぷり…というのも初めての経験で困ってしまう。 てか、こちらから問い合わせのメールでもしたほうが良かったのだろうか?。欲しかった物だけに何だかな…と考えてしまう出来事だった。 今日は朝起きると山葡萄の収穫の際に出す一服の買い物に出かけ、帰って来てから裏山に入り山葡萄の収穫の手伝いを行うことに…。 昨年は脳出血の後遺症か疲れやすい体を抱えての炎天下の作業は結構体に応えてしまっていたけれど、今年は曇り空で凌ぎやすい気候で収穫には丁度良い天候であったが、今年はむち打ちで局部的な痺れというか麻痺が残っている状態での作業は結構辛い物が有った。 午前中には十七箱、午後からは二十二箱の収穫が出来たので時期を過ぎかかっての収穫と言えど快調と言えたのかも知れない。親父の予想では周囲の葡萄の採れてる量が昨年と比較して半分程度と言うことを鑑みて、家の収穫予想は去年の半分程度の二百箱程度では無いかな?という予想と聞いていたから、今日一日の収量を考えると一週間程で取り終えるかも…という予想らしい。 一応本日の昼には集荷所に午前中に取れた山葡萄を置きに出かけて、空き箱を五十箱ほど持ってきているから、明日の朝今日の午後に取れた山葡萄を置きに行ったら帰りにはまた五十箱は持って帰って来たいと思っている。昨日以前に三十箱持ってきていたので明日五十箱持ってきたら半分程度は終わる見通しが出来ると言うことになるのかどうかは明日の午前中の収穫で目安が立てられるかも知れない。 ま、僕としては今月は二十日頃までは通院を休むつもりは無いから早めに終えるのも良いと思っているし、天気予報では雨がぱらつくみたいだから病院に行くときは雨天になれば収穫とのバッティングが無くなるから嬉しいのだが、そう上手くタイミングが重なってくれるかどうかはね…。 それにしても軽作業である収穫作業で体のバランスを保ちながらの収穫の作業はそれなりに辛い物がある。健康であったなら何気にこなしてしまえる程度で辛いとも感じずに行えるのだろうが、こんな軽作業で辛いと思うのでは就職に対して自信が失せてしまうかも…。 とは言え、一人で暮らすのなら働かなきゃ食べていけないのだから、多少のつらさも当たり前と感じるかも知れないからやはり前進あるのみ!!!だね。 夕方薄暗くなるまで収穫作業。それから家に帰り夕飯のおかず作り開始。本日は豚肉とキクラゲの卵炒め。町の中華の店だとそれなりに油に味が染みて美味しいと感じるのだが、油っぽさもなく不味くも無いおかずが出来上がった。 晩酌には発泡酒を飲みながら作ったおかずを食べては少し反省。次回はもっと美味しく作りたい。のんびりぼーっと夜を過ごしているのだが、収穫作業で体が疲れてしまったのか節々は痛むしとても眠い。適当に風呂に入って寝ることにしよう。
2005/10/09
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東京(日) 11R 3連複 BOX 01,03,04,05,08,10 各100円(計2,000円) 京都(日) 11R 3連複 BOX 01,02,03,05,08,10 各100円(計2,000円) 合計 4,000円 初心に戻ってまずは連複から…。
2005/10/09
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今朝は天気予報の予報通り雨、昨日書いたように一転して山葡萄が出荷できると言うことで晴れたら収穫と言っていた親父もこの雨では出鼻を挫かれた様。例年なら早めに取れる大粒の山葡萄はもうとっくに終わっていても良い頃と言うことは早く取らなきゃ腐って落ちてしまうことも考えられるのだろう。 とは言え雨天では収穫しようも無いから順延。僕と言えば週末のボランティアに行く傍ら、山葡萄の出荷用の用紙を取りに出かけていた。ボランティアには何時ものギリギリとは打って変わって時間前には軽食を買って到着。門を開ける事務の女の子が来るのを待ちながら食べる時間まであったほどだった。 到着したので中に入り頼まれたパソのセットアップを行うことにしたのは良いが可なり旧式のマシンだったので手間取りながらも一日がかりでOSのアップデートが出来た!と喜んだのも束の間OSを組み込む前からキーボードの不調に悩まされていたように暗証番号を勝手にキーが打たれて暗証番号が不明となってインストールまでは出来た物の立ち上げることさえ出来ない有様となった。 他では従姉妹から頼まれて帳簿付け用の簡単なワークシートを作ったのは良いが公民館の旧式なマシンでは保存までうまく行かずに結局家に持ち帰って作ることに決定した。色々あってとても疲れたボランティアの一日だった。 家に戻り風呂を洗って給湯の準備をしたり、ネットで見つけた美味しそうな揚げ物の詰め合わせを買って冷凍庫に保存していた物を揚げたり焼いたりして夕食のおかずとしたのは良いけれどフライパンで焦がすほど焼いたハンバーグの中が生焼けだったのにはがっかりしてしまった。 以前にも冷凍でない生のハンバーグを焼いたときでさえ生焼けさせてしまって居たから、つくづくハンバーグを上手に焼けない男だな…と自分で情けなく感じた。ま、取り敢えず揚げ物は食べれたから良いには良かったのだけどね。 晩酌の後はのんびりベッドでごろごろ寛いで過ごす。今日は昨日山葡萄を送った何人かからメールが届いて無事に付いたことが判ったから良かった。今回送らなかった人に次回送ると電話を入れたが繋がらなかったからどこかに出かけて居るのかもね。 さて、明日は山葡萄の収穫の手伝いが待っているのだが、昨年並みの収穫のペースだと親父が持ってきている箱は明日一日で終わってしまうかも…無くなってしまったら取って入れることが出来ないから数日休まなくてはいけないことになる。収穫時期を過ぎかかってからの収穫だから時間との戦いに成るかもしれない。 昨年で収穫は一ヶ月間だったが、今年は去年の半分程度という親父の予想通りだとしたら、去年と収穫の終わりの時期はほぼ同じになるのかも?。と言うことは遅いと思った収穫も対して遅くないのかも知れない。
2005/10/08
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去年の売買金額から二割の買い戻しを求められ、今年の夏にはさらに一割の買い戻しを求められその一割の商品が届けられた後から今年は山葡萄の買い取りはしないと言われていたのだが、町村合併の後、新たな市長選挙の後で新市長が交渉に身を入れた結果?。昨年と同じ金額で買い取って貰うことが決定したとか…。 良かったとほっとする気持ちの反面、何処かで裏取引があったのでは?との疑問を強く感じた出来事だった。だって、一時は本当に買い取り拒否という姿勢だった物が一転して買い取りが決まったなんて普通に考えても何らかの取引が有ったと考えて当然だと思うのだが…。 いずれにせよはっきりしたのは農協の悪しき体質だろう。僕は親父からの又聞きでしか無いのだが、一連の不手際を生産者に対し詫びたと言う話は聞かなかったし、買い取り拒否の時ですらその後どうするのかを何も言わなかったと言うのだから、農協に頼った今のままの姿勢では先は決して明るくない事だけは理解できた一幕だった。 今朝はのんびり起き出して親父に頼まれて山葡萄を二箱盛岡の叔母さんの所に病院に行くついでに届けることに…。そのついでに友人のところにも山葡萄を宅急便で幾つか送ったのだが、今回送らなかった人には次回送ることにしよう。 今回送った人達は皆女性ばかりで、改めて僕の友人には同性より異性の方が多いのかも知れないと気づいた。同性の友人が居ないと言う訳では無く、より異性の友人の方が多いのだ。 宅配便の手配を済ませ叔母さんの家に行き山葡萄のケースを下ろした後で、この叔母さんには言わなきゃいけないと考えていたから、むち打ちの治療が終えたら東京に戻る考えである事を伝えた。案の定良い顔はしなかったが、反対もしなかった。 これで、後伝える人は…と考えると姉と祖父の弟、親父の兄弟位かな?。今のままでも良いのでは?と親父は言うが今のままで良いと言う人は話した中では親父くらいで後は大抵は仕方が無い選択だな…と言う感じかもね。 叔母さんの家の後はネカフェ行って収集活動。だが折角の収集活動も新規の人とは皆無だったので欲しい物を見つけることは難しく、やむなく取り敢えず…的な物を収集するに留まった。 適当な時間で病院に移動、半年過ぎたと言うことで今か今かとそわそわしていたのだが担当医は不在で普通にリハをしてマッサージをして診察を受けて終了。 そのまま帰宅し冷蔵庫の食材を確認し今夜は卵料理と烏賊大根を暖め夕食のおかずを用意し何時もの如く自室にて晩酌。だが、今日は何となく肉が食べたくなったので晩酌のおかずを食べてしまった後で台所に行き肉を焼いて再度晩酌を楽しむことに…。
2005/10/07
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楽天に日記を載せ始めてから一年経過。時折日記以外のテーマを挟むことは有ったが、最終的には何年も書き続けている日記に戻ってきたのだな…という感じ。 ま、時折テーマに分けて書きたいかな…とも思うが基本はやはり日記だよね。 一年前から載せ始めた日記を振り返って考えると、昨年の今頃は山葡萄の収穫の手伝いに追われていたのだが、一年経った今では売る当ての無くなった山葡萄をどう消化するかが親父の最大の悩みかも…。 僕にどう?と話を振られる事が有ったときは無駄な出費が無いようにするのが最優先では?と答えて置いた。業者に頼んでジュースに加工するという意見も有るようだが、加工料金の支払いは確実だけれど、加工した品をどう処分するか?が決まってない現状では加工するだけ出費が増えたという事になるかも知れないからね。 去年の今頃は国からお金を貰って療養を続けていたのだが、昨年の状況と今の状況を比べたら確実に去年の方が状況は良かった。そう思い出すと何やらげんなりしてしまう。 ま、兎にも角にもあれやこれやと日記を書いてきたわけだが、一応はこのままで続けるのか?>自分。 今朝は起きてから出かける前に烏賊と大根の煮物を作って夕飯に備えてから病院へと車で向かった。途中ラジオから人生相談が流れて来て、何処かで聞いたことのあるような…と思ったのは楽天でSubscribe Linkに入れてるamiciさんの所の話に似ているな…と思いながら話に耳を傾けた。 年老いた老婆がこれからの身の上の不満を慰めて欲しいような話であったが、回答者は相談者にそれは貴女が悪いとズバリと言ったのには笑えた。回答者の言葉に判りましたと相談者は答えては居たが、ラジオ向けにそう答えただけで実際は自分の見方をしてくれない!と憤慨してるのでは無いだろうか?。 今日は午前の診察に間に合わないかな?と思って向かった病院であるが、今日もギリギリ午前中の診察に間に合ったのでそのまま、マッサージまでして一時前には帰路に付いていた。 そのまま帰宅。帰宅後はしばし部屋で休憩し、それから台所に行き烏賊大根を暖め始め、一緒にみそ汁を作ったり薯蕷の用意をしたりして本日のおかずを完成させ、風呂の給湯の準備をしてから自室で晩酌。 そうそう、今日病院で気づいたのだが、数日前まで肘が局部的に良化してるのでは?と思っていたところが今朝の寒さで痺れは肘全面へと戻っていた。それと共に肩の動きも寒さと共に一段と渋みが増している。 症状固定は近いのか?と考え始めた矢先に症状悪化?が進なんて何だかだよね。こんなんだとまた注射をして貰おうかな?と言う気になってしまう。ま、この件については明日担当医と話せたら話してみるつもり。
2005/10/06
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今日で事故発生から半年が経過した。事故直後から何かとネットを調べてはその後の応対ばかり考えていたから、事故後半年経過というと三ヶ月に次ぐ区切りと言えるだろう。 そんな日だったから、いよいよ症状固定を申し渡されるか?と思っていたのだが、以外?にもそんな事は無く普段の通院の時と何も変化は無かった。僕の中では三ヶ月、半年で区切りと考えて良いと他の先生達から言われていただけに、症状固定と言われたならリハの事を話し一月位は様子を見て…と話そうかな?と考えていただけに肩すかしを食らった気分。 まあ、症状固定と言われても実際にはそれだけで終わりと言うわけでは無く、そこが後遺障害の認定の始まりにも成るわけで、後遺障害の認定が決まったら今度はそこから初めて示談の提示…という風な流れになると思われるからそこまで行くのに早くて二月はかかるのでは…。 年内に終えたら来年には…というつもりで一応の予定は建てて見たのだが、果たしてどのように流れてゆくやら…。 医師の判断に任せているのだから医師から言われるまでは待ちの姿勢で居るしか無いやね。 医師の判断の後、自賠責の申請、自賠責の判定がなされ、そこから保険会社が示談の提示をしてくる事になるとは思うが、ネットで見てる限り納得?の解答を初回から貰えたと言う話は聞いたことが無いから示談の判子を着くまでは揉めることに成るのかも知れない。 が、反面ネットの情報は保険会社を悪く言う人たちの発言が多く、妥当と思われる数字の提示であったなら判子を付いて即示談という話になると思う。 しかし、納得できない数字だったら…そこからは相談できる人に相談という形を取るかそういった資格のある人間に話をして…となるのだろう。 現状では症状固定にも成って居ないのだから、いくら気にしてみても始まらないのだ。 とは言え、事故後半年経過したのだから後は医師がどのように判断するか…だけなんだよね。 今日も朝から親父の朝食の準備から始まった。朝食用に…考えたのは薯蕷を用意して…と言うことと、昨日作ったみそ汁を温める事で今朝の用意は終わったが、明日の朝は…と考えみそ汁の具材を買ってこなくちゃ…と考えた。 軽く休んで…居たつもりが気づけば時計の針は十時を回っていたので着替えて病院へと車を走らせた。昨日と違って午前中の診察には間に合わないかな?と考えたが、昨日と違って有料駐車場へと止めずに済むかな?。 病院に到着したのは十二時に五分前。駐車場は予定通り空きスペースが有ったので駐車し病院内に入りギリギリ午前中の診察に間に合うことが出来た。本日の診察は苦手としていた院長だったが一月ほど前まではあれほど嫌だと感じていた院長の診察もこのところ全然気にならなくなっているから人の考えというのは不思議な物だ。 診察の後には物療でマッサージをして帰路に付き、途中汁物の具材を買って帰宅。食材を台所に運んでゆくとテーブルには出来合の品が並べられ婆が帰ってきていた。 しばし自室で休んだ後で婆がテーブルに並べた物を無視して冷蔵庫から買ってあった食材を取り出し秋刀魚の酢煮を作り始め後はみそ汁と肉ニンニクを暖めテーブルに並べ、風呂の追い炊きを始めたところで自分の分を持って自室で晩酌を楽しんだ。
2005/10/05
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東京に戻ると決めたは良いが何時になるかは今の通院が終了しないと何とも言えない。それに加えて東京に出る費用の目算は慰謝料を充てようと考えてのことだから病院が終えるまで示談交渉はしないから早くて年内?遅くても来年の春までには…という風に考えている。 まず東京に戻ると決めたら…考えるのは何をするでは無く、何処に住むか?が先決であるからまずは住む場所を決めるのが先だよね。 そこで友人に電話をして相談を持ちかけてみたところ、もし困ったら取り敢えずうちの会社に在籍していると言うことにして部屋を見つけると良いと言って貰えて取り敢えず一安心。持つべき物は友達だよね。 治療が終了したら部屋探しに出かけて、部屋が決まったら引っ越しをして、仕事探しはそれから…という風になるのかな?。以前の職場に…と考えない訳では無いがあまり気乗りがしない…。 取り敢えずは安価でも良いから仕事を見つけ、その上で何とか独りで暮らして行く目処を…と考えているのだが、足を踏み出して見ないと無理かどうかはやってみなくちゃわかりゃしないよね。 此処に踏みとどまって…よりは一歩歩み始める方が良い!と自分的には考えているのだが周囲からは年老いた家族を置いて…と言われるのは目に見えているから、そこんところがネックだよね。 朝起きると親父の朝食に汁気が無いと食べずらいだろうと起きて親父の朝食の汁物作り。しばし部屋に戻って休息後、今度は着替えて台所に行き親父の昼食のおかず作り。 作ったところで病院に行くために家を出たのだが立ち寄ったのは公民館でパソを触ろうとしたが、先週末に頼まれてのことだったはずなのだが、誰かが来て駄目だったと言うのでそれじゃあ…と言って公民館を後にし病院へと車を走らせた。 予定外に病院に早く到着出来たのは良かったのだが早すぎて駐車場は満車。仕方がないから隣の有料駐車場に車を止めて病院に入り受付を済ませ診察、リハ、マッサージとこなした。 病院を後にしそのまま帰路に付き途中親父の食事の時には知るものが必要と考え材料を買って帰宅。少し休んだ後で肉ニンニクの汁を半分捨て日本酒を加えて煮込み、キャベツを切ってシーチキンを加え山葵ドレッシングで和え、最後に汁物を作って夕食の準備は完成。 風呂の給湯をしながら部屋に戻って休憩。適当な時間で居間に戻ると風呂場のお湯は溢れていた。親父が帰ってきたところで夕食の盛りつけをして親父の夕食と一緒に晩酌。肉ニンニクは大量のニンニクがやや臭いものの体には良いかもね。 食事の後は後片付けをしてから、自室で寛ぎタイム。後数時間したら風呂に入ってのんびりと寝ることにするかね。明日朝の予想気温は十度以下との予想であるから布団をかけてぐっすりと眠る事が出来そう。
2005/10/04
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このところ思い返したように京極夏彦を読んでいる。読んでいるときは引き込まれるように読んでいるのだが、普段何気に思い出してみると暗い気持ちになってしまう本であるとしか思えない。だけど、読み始めるとついついページが進んで…。 著者は確か僕と同い年であるはずなのだが、その文体は戦争直後の古い文体で著者が如何に勉強しているのかが解る様である。本の中身にしてもこれでもか!これでもか!と言うほど緻密に描き込まれているのも僕が惹かれて読む一因かも知れない。 そういや、この夏著作が映画化されたと聞くが評判はどうだったのであろう?。機会を見つけて見て見なきゃね。 昨日から婆が泊まりがけで娘の所に出かけているので、朝起きて親父の朝食の汁を温めに台所へ、その後しばし休憩した後で着替えて病院へと向かった。途中朝食件昼食の蕎麦を食べてから病院に到着したのだが、何とか午前中の診察に間に合うことが出来たからそのままマッサージを受けて帰路に付いた。 途中買い物をして帰宅。少し部屋で休んだ後は夕食のおかずに…と秋刀魚を焼くことに。他では昨日作ったロールキャベツを暖めたりやはり昨日の豚汁を温めたところで親父が帰ってきたので夕食となった。 何時もなら自室で晩酌…とするのだが、婆さんが居ないと言うことを考え台所のテーブルで親父の夕飯に付き合って晩酌。晩酌が済んで後片付けの後は明日の夕飯用の肉じゃがのじゃがの代わりにニンニクを使った煮物を作ることに。それだけじゃ…とゆで卵まで加えて煮込んで作ったのは良いが香りがさすがにニンニク臭い。けど、味はそれなりに美味しいから明日の晩までには味が染み込んでくれるのを期待することに。 夕食後、親父は風呂に入った後で昨日の選挙の始末を手伝いに隣町に出かけて行った。俺と言えば煮物にさらに蒟蒻を加えたりして取り敢えずの完成をさせた後は自室に戻ってこうして日記を書くことに…。 そして読みかけの本を読んで上記の件を考えたり、友人が誕生日であることをネットからのメールで偶然知ったので初めておめでとうメールを出してみた。
2005/10/03
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朝起きて着替えて早々に選挙の投票に出かけた。僕の考えでは両候補者とも五十歩百歩と考えているから、数日前のアンケートではそれなりに考えて…と答えて置いたのだが、実際には親が指示する候補者に投票することにした。 僕の一票に重みは無いと思うから、それなら一度くらいは親父の為に…と考えての結論だった。帰宅後何となく夜の煮物を作り、着替えて自分用の弁当を買いに出かけ弁当の他には秋刀魚が安かった晩のおかず用にと買って帰宅。 昼間ではあったが朝昼兼用の昼食を食べながら発泡酒で乾杯。しばし寛いだ後で洗濯しに居間に行くと叔母が来ていて婆さんを連れて行くところだった。思わず、親父に話した内容を叔母に言おうかな?とも考えたが今少し話すのは先延ばしにすることにしようと思った。 ネットで馬券を買ったので結果が気になったので見てみると見事な惨敗軸に押した馬が勝っているだけに何だかだよね。ゴルフは宮里葵が十勝目をあげたとか…二十歳になったばかりと言うのにこの違い(俺との)は何だろう?。 夕飯の時俺は汁物は要らないけれど、親父は無いとご飯が進まないだろうと思って俺に出来る物は…と考え豚汁を作ろうと思い立ち材料を買い出しに出かける。 家に帰って早速作り始め俺が作るとどうしても具が多くなるな…と考えながら完成させ、親父が帰ってきたので婆さんも居ないから台所で親父と一緒に晩飯。と言っても俺は晩酌なんだけどね。 用意している合間に風呂の用意もして置いたので親父に風呂を勧め俺は自室で晩酌の続きを行いながら土曜に頼まれたノートのメンテを行おうと思ったのだが数字のキーが打てなかったのでバージョンアップは断念。 今週ボランティアの時にキーボードを借りて再度試みるつもり…。てか自前のパソのキーボードを取り外して…というのは面倒なんだよね。よって今週末のボランティアの時には持参して出かけ、その場で取り組むつもりで居る。
2005/10/02
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中山(日) 11R 3連複 BOX 01,02,05,06,13,14 各100円(計2,000円) 中山(日) 11R 3連単 BOX 01,02,05,06,13,14 各100円(計12,000円) 阪神(日) 11R 3連複 軸1頭ながし 軸馬:13 相手:02,03,06,09,10 各100円(計1,000円) 阪神(日) 11R 3連単 フォーメーション 1着:13 2着:02,03,06,09,10,13 3着:02,03,06,09,10 各100円(計2,000円) 合計 17,000円 久しぶりに馬券で一万円を超える金額を購入してみることにした。ここ十年ほどは一万円を超える金額を購入するなんて無かったのだが、二十代の頃には毎回このくらいの金額は買っていたのだから…と思い返してみると流れ去った月日をえらく感じてしまった。 かつては、暮れの頃と言うイメージだったスプリンターSも今では秋競馬の開幕戦となったのか…。 一番人気は香港からの遠征馬だが、勝のは何処の国の馬となるやら…。 中山11R 馬連4-13 430 馬単13-4 660 3連複4-12-13 1180 3連単13-4-12 3320 と言う結果阪神は一二着は当たった物の三着が外れてパー中山に至っては一着は当てた物の人気通りだった二着三着を当てることが出来なくあえなく撃沈となった。
2005/10/02
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毎週土曜はボランティアの日と言うことで、朝起きると着替えてボランティアに出かけた。公民館に到着したのは門を開ける前だったので、門が開くまでコンビニで買ったおにぎりを食べながらスポーツ新聞に目を通し、門が開いたところで中に入りボランティア開始。 とは言っても誰も来ないPCルームは僕の自由時間。競馬の投票をしたり動画の収集に精をを出し、利用者が来たところで大人しく門番よろしく見守っていた。 小学生と言えども男の子なら女の裸に興味があるのだろう。けど、過激なエロサイトを探し出した訳じゃ無く普通のグラビアを見て喜ぶ姿は微笑ましいと僕は感じていたのだが、その事を事務の人に笑って話したらそういうことは無いように見てて欲しいとのお達しを受けることに…。 見ていたと言っても、僕が後ろを通ったら慌ててブラウザを閉じていた位で、裸と言っても裏本のような裸じゃ無く普通の雑誌とかに載ってるような裸なんだが、そんなに駄目駄目と言っていたら余計見たい気持ちに油を注ぐことになるのでは?と僕は思うのだけどね。 とは思いつつも基本的な考えが違うのだろうからどうしても話の論点がずれてしまうと考え適当なところでその話はスルーした。 ボランティアが終えたところで家に帰り夕飯のおかず作りを始めたら親父が急に出かけると言い出し、結局親父の夕飯には間に合わせることが出来なかった。それならそうと事前に言ってくれたら俺だって対応のしようが有るのにね。
2005/10/01
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