道の駅 0
夫婦の旅 0
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白菊会というのは 大学病院内にある献体の団体名(でいいのかな…)2年3ヶ月前亡くなった姑さんは 大学病院の検体に数十年も前に申し込んでいたので亡くなると直ぐに白菊会へ連絡を入れました。そして葬儀屋さんの車で 大学病院へ行ってしまったのですが今にして思うと 直葬よりすごいかもしれません亡くなってから2時間後には 病室のベッドから棺に入り大学病院へ行ってしまったので夫とその兄、私の3人だけで 病院の駐車場から 見送ってお終い・・・あっと言う間の出来事でした本当に亡くなったのか まるで失踪しちゃったような気持ちが何とも変な感じで落ち着かなかったのですが、当時は粛々と相続問題をこなすことで心は落ち着いていった記憶です。やはり葬儀は必要なのかもしれませんね、もしくはお別れの会でもいいので 火葬も 心の整理には 必要なのかもしれません。白菊会からは 献体は長くて3年かかると聞いていたのですが 2年ちょっとで連絡が来ました。遺骨返還式には 夫と2人で出席してきました。兄夫婦は仕事のため出席できず・・・ 夫の兄は8年もの間一度も施設を訪れることのなかったので仕方ないのです。その辺は諦めです。面倒な事には関わりたくない性格なのです。結局、最後まで夫と私で姑さんのお世話をした事になりますが、お墓の件は兄夫婦に完全にお任せしてあります。返還式では 大きなホールのステージに白菊が飾られ たくさんの遺骨が並んでいました。合同葬のような、卒業式のような、そんな感じでした 遺骨を受け取りに来た方々は葬儀に参列するような感じで 一族でいらしてる方々、数人でいらした方 それぞれの様子でした。代表一名がステージに上がりました。ステージの椅子に座ることになった夫は 何となく緊張気味でしたが1時間半くらいだったかな・・・式は滞りなく終了、そして姑さんは我が家に一緒に帰宅しました。生前は一度だけ我家に上がったことがあるのですが それ以来ですね色々な事情で 親族のお位牌がある我が家なのですが 隣に並べて遺骨を置いてみました。一週間、お位牌と遺骨を並べていたのですが 不思議な事に遺骨を夫の兄宅に届けに行った日の夜、お位牌までもが一斉に帰ってしまいました。数年ぶりに甥っ子がやって来て お位牌を持って行ってくれました。何年もの間、誰も引き取らないお位牌をどうしようかと思い 我が家のリビングに置いていたのですが、まさか一斉に本来あるべき所に戻って行くとは思いませんでした。遺骨として戻ってきた姑さんと ご先祖様が話し合ったかのようでした。甥っ子が引き取ってくれるとは思ってもいなかったので何があったのか、まさか同じ日にご先祖様全員が出て行ってしまうとは・・・何度思い出しても不思議な日でした。これで白菊会とのお付き合いもお終いです。今のところ 私も夫も献体を希望していません。でも、もしかすると将来はどうなるか分かりませんね姑さんのおかげで いろいろ勉強になりました。
2016/03/21
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寒いです~、今朝はカーテンを開けると吹雪いてて隣の家も見えないほどでした一日中、雪、雪、雪で 家から一歩も出ないでしまいましたよ流石に明日は雪かきしないと 車が埋もっているので 掘り起こさないと…姑さんの残務処理は それほど多くもなく 淡々と終わっていきます実は葬儀をやっていないのです亡くなってからの事、葬儀の件だけは 全て主人の兄にお任せでした。前々から兄弟二人で話し合っていたようなのですが私は ちょっとしたお別れの会でもやるのかな? 密葬にするのかな?と想像していたのですが姑さんは、昭和50年代には検体に申し込んでいまして亡くなられてから 検体事務局へ連絡を入れると お迎えが来てくれまして病院から 大学病院へ行ってしまいました。落ち着いたら 何かしようか…という事になっていますそんなこんなでしたので亡くなられた次の日には 何事もなかったかのように手続を進められるわけで介護保険、後期高齢者保健、年金・・・成年後見人の手続も 着々と進んでいますそれにしても、葬儀をしない家はあるのかな?と思っていましたので まさか我家が…と思いました。兄の奥さんや親戚は どう思っているのかしら?私の母はびっくりしていましたが、お金の心配がなくて ちょっぴり羨ましいとも言っていました確かに、今のところは何一つかかってないのです、亡くなった病院から 検体される大学病院は かなり遠いのですが大学病院から依頼された 葬儀屋さんが来てくれましたので 車代はかかりませんでしたし葬儀代、ゼロ、 お寺さんにも ゼロ騒ぎ立てる親戚も ほとんどいないのですが 親戚には兄が1週間以上経ってから「密葬にしました」と報告 親戚からは 長かったね、大変だったねと…ずいぶんと声をかけられ葬儀の事をあれこれ言う人もいなかったのでした後で内々にやるという事にも理由はあるのですが、一番は兄の奥さんが体調を崩し入院していたという事他にも諸々ありますが 落ち着きそうな新盆の時にでも何かやるのかな? という感じです。主人の血の繋がった兄弟は二人だけなのですが、その上に姑の前妻さんの子供が6人今後 その義兄弟とのお墓、お寺問題が残っていますこちらの方が問題山積みかな~何せ、お墓には入るけど お位牌はいらない仏壇もいらないと 訳の分からない事を言う義兄がいるので…頭痛いですね~ドロドロです~ ワイドショーやドラマに出てくる家みたいです笑うしかないですね~
2014/01/31
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介護、看護は まだまだ続く… そう勝手に勘違いしていたのだけど義母はあっという間に旅立ってしまいました数日前の早朝 病院からの電話が入り 主人と二人で 慌てて駆けつけるも顔色も呼吸も あれ? 何事もなく大丈夫???と思ったのですが手足を見たときに これはよくないな…と思いましたでも義母さんはがんばったのですよね それなのに結局、主人は夕方に帰ってしまい、連絡を入れても義兄は来ず・・・私、一人で看取りました友達に、看取る人がいただけでもいいんだよと言われましたが子供達に散々な事をやらかした義母は 子供達に看取ってもらえなかったのでしたその後はバタバタと、さすがの兄も駆けつけて主人と二人兄弟仲良く 手続や色々な事を済ませて 落ち着いたところです。過ぎてしまえばあっという間、かもしれないけどいろいろな事があり過ぎて ちょっとぼんやり気味の私ですこのブログも 最初はダイエットブログで始めたはずなのに気付いたらすっかり 日々の出来事をだらだらと記録していました。成年後見の記録にもなってしまってるし・・・落ち着いたら また後見事務の最後を記録したいと思います。自分自身で よかったと思える事は あんなにも憎たらしくて大嫌いだった義母に対して最後に優しい声をかけてあげれるほどになれた事自分で成長したな~ 私、と思ってしまいました。昔、ほんの数週間、同居した時には ものすごいケンカをした私と義母です。義母のいじめは「ごちそうさん」のお姉さんそれどころではないくらい酷かった・・・それでもアルツハイマーになり 私や主人、そして兄夫婦によって施設に放り込まれ 8年も経つと 少々変わるものですね8年の間、兄夫婦は一度も会わなかったようで、亡くなり 8年ぶりに顔を見たようでした。義母さん さようなら
2014/01/23
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姑さんの病院へ支払いに行ってきました。去年から半月の入院で6万円からおつり少々、そしてグループホームへも支払いへこちらは10万ほどあぁ~頭痛いけど、仕方ないですね~入院するとお金かかるんだな~ 分かっていたけど現実のこの状態がどれくらい続くのかあまり考えたくない事です元のホームに戻れる可能性を諦めてしまうと ホームへの支払いも無くなりその方がいいのかもしれないけど 入院した当日、食事を食べさせてもらってる姑の姿を見ていたらとても可哀想で ホームの様に丁寧に食べさせてはくれないのですよね病院だから仕方ないのかな…それで早くホームに戻れると良いのにと思いはじめホームを解約する事はできなかったです。でもね、理由は他にもいろいろと・・・肝心の姑の息子二人、旦那とその兄ですが 相変わらず 関わりを持ちたがらず 姑の事は私に一任のままですホーム側が待ってくれる限り もう数ヶ月 色々な事をホームにお願いする予定ですその方が 私がいろいろと楽だからという理由もあるのですが…兄のところは 受験生を二人抱えているので 姑の問題を持ち込まれたくないだろうし センター試験も目の前ですしね我家も来月、再来月は 子供達の引越しと卒業式が二人分あるわけで…ここに姑さんの移動が絡んでくると ・・・ ということで姑さんには 少々このままでお願いしようと思ったのでした。ホームを出る事になると 少ないながらも小さな引越しがありますし病院には洗濯物を取りに行ったり 雑用が少々あるのですがそういったこと 全てホームの方がやってくれるのがありがたい私は雪で身動きとりにくいし…いろいろな事のせいにして、数ヶ月このままになるのかな早く ちゃんと食べれるようになると良いのにな~もう無理なのかな…
2014/01/11
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姑さん、とうとう入院となりました。手続きが なかなかしんどかった… 入院に関して 担当の看護師から 説明に説明、更に説明…書類に署名すること…5枚だったかな…私の署名でいいのかい? と思いながら署名してきましたが入院3日目で 元気になってる姑さん、もしかして1週間後には退院かも?そういう事もあるらしいのですが 今まで長く入所していた施設の方は退所扱いにはならずしばらくは退院を待っててくれるのでありがたいです。年賀状の購入を考えていた所に 思わぬ入院だったので購入をやめてしまった私、元気そうだから やっぱり購入しようと 帰り道に思ったのでした。やれやれ・・・
2013/12/16
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もう6月ですか~、5月があっという間で 気が付いたら6月? という感じです5月半ば 姑さんが いよいよ危ないかも…という事で 慌てて主人と義兄で葬儀屋どうする?そんな話までしていたのに 姑さんは何事もなかったように施設に戻り 今まで通りの生活に戻っていますそれでも 終末期に入ったと思われるのでいつでも準備をしておいてほしいと施設からは言われました食べれなくなってきてるのですよね・・・こんな時にですが、前もって兄弟で話し合う事が出来よかったと思いました姑さんは後妻だったので 家のお墓に入るのか お寺もどうなるのか気になっていたのでしたお寺のことなど どうしていいものやら・・・地方なのでややこしいのですよね、姑さん、落ち着いてきたよかったなと思っていた今日、義兄から葬儀屋さん決めて来たよ~と連絡が…いやいや、まだ早いから…と思いましたが葬儀屋さんもたくさんありますし 多分小さな葬儀になる事でしょうし前もって少し調べておいた方が その時慌てなくていいのでしょうねそれにしても いろいろあった5月でした6月はどうなることやら・・・
2013/06/01
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1月分の請求が来たので 支払のため姑さんの施設へ訪問してきました何か食べれそうなもの…と思い 今回はソフトタイプのチョコレートそれとカステラを持っていったのですが何と完全流動食になっていまして カステラは牛乳で溶かして食べれるかな~?と言われてしまいましたチョコレートも溶かしておやつタイムに出してくれるそうです先月は いちごを持って行ったのですが それも潰してトロミをつけてあげてくれたようです去年の秋くらいは やわらかめの煎餅を 自分で口の中でゆっくり溶かして食べていたようなのですがこの冬くらいから 無理になってきたようですでも 家族としては好きなものが食べれないなんてかわいそうだから与えてもいいと 何があっても仕方ないと言っていたのですが飲み込む時に 毎回大騒ぎになるのはしんどいからと 施設に止められてしまいました去年から2週間おきくらいに 発熱し病院に通院してる姑さんですがこのところ回数が増えてきています 肺炎の症状が時々悪化してるようなのですが食欲だけはあるようで 熱がおさまるとゆっくりながらも自分で食べるようです今月に入ってからは リビングで椅子に座る事が益々出来ずベッドで過ごす時間がほとんどのようでした1時間と座っていられないそうで 自分で体を支えられずどんどん椅子からずり落ちてくるようですそうやって寝たきりになっていくのかな~と思いました本人もベッドの方が楽でいいのでしょうね普段着も パジャマのような楽な洋服に切り替えていかないとまぁ徐々にですが・・・今怖いのは入院かな、寝たきりになる可能性大だろうし本人も慣れた施設にいる方が楽でしょう長く入院してしまうと 慣れた施設には戻れなくなるだろうしとりあえず今の状況のまま 見守りが続くようです
2013/02/11
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友達が週末小旅行に行ってきて 土産話を聞いていたら何だかとっても羨ましい気持ちになっていいなぁ~私も 近場でもいいから どこかに出かけたいな~と思っていたら友達の土産話を遮るように 姑さんの施設から電話が…このところ気にかけていた 痰絡みと 食事の飲み込みが悪い事病院で診察を受けた結果 心臓に水がたまってるのだそうな…もしかすると 近々入院かもしれませんと…緊急入院ではないらしのですが 内臓が弱ってきてるらしいです入院が長引けば 今のグループホームは退所手続きになる事でしょう何だか先行きが不安定な状態になってきました小旅行の計画立ててる場合じゃない感じに、やれやれ・・・施設のかかり付けの病院に 入院予約してくださいと言われたのですが 体調が悪くなったら いつでも入院できるように という準備だそうな、知らなかった、こんな事もあるのですね
2012/07/25
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毎月のお仕事、姑の施設へ支払いです。お土産はゼリーと水ようかん 姑さんはとろみを付けた物しか食べれなくなってるようです毎回 日々の記録を見てくるのですが 痰が絡んでる事と便いじりの毎日今回 契約書の更新手続きがあり 新しい契約書を渡されました内容が変った所の確認作業があり その後保証人の主人の兄の署名をもらいに兄の自宅まで行って来たのですが何だかな~… 義兄は全く母親に興味なしなのですよね相変わらずでした玄関先で はいはいと快く署名捺印してくれて ハイお終い、ではさようなら一言も母親の事を聞かれませんでした弟である主人も 全く説明なしですこの二人、母親の事はもう忘れたいとでも思っているのか…面倒な事には関わりたくない性格なのでしょうね姑の子育ては そんな人間を育てたと言う事だと思います母親の愛情が薄く育っても 自分達は間違った家庭で育っていると自覚しているので 義兄も主人も 自分の家庭は大切にしてくれています反面教師かな・・・そのまま同じ家庭を作ってしまう人もいるのでしょうが必ずしもそうではないようですそれにしても、可哀相な姑さんです
2012/07/16
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先日、姑のグループホームへ施設への支払いと一緒に衣替えをして来ました。我家の押し入れの下が姑スペースなのですが クリアケースに衣類をまとめています押し入れを開ける度に このペースが空くのはいつなんだろうか?なんて思ってしまいます今回の衣替えは 衣類をほとんどを買い替えましたというのも 体重が減り体がすっかり小さくなり 今まで着ていたMサイズが ダボダボで 見ていてもみっともない感じに・・・洗濯でヨレヨレ感も一杯出ていましたそれでも下のズボン類は 紙おむつ着用なので M~Lサイズのまませめて上だけでも 体に合うサイズを…と思ったのですがなかなかこれが 探すのが面倒でした自分の服を探すのは楽しいのにね~、これがさっぱり楽しくない姑は結構汚すので 着替え回数が多い日もあるし12枚 Tシャツやら何やら… もしかして足りないかな~?と思いましたが取りあえずいいかとまた来月にも2~3枚買い足す予定で 今回はお終いにしましたよ下着類、外出時の上着も買い替え そしてパジャマもかなりの出費でした 買い物って楽しいはずなのに 全く楽しくないし疲れ果てました~姑の様子は… まだ痰が絡んで時々大変そうになるのだとか便いじりも時々、会話は少なく、日々ただひたすらボーッとしてるようです何だかなぁ・・・施設に入所して丸6年が過ぎ 7年目に突入しました長いです~その間、我家の変化は子供達が中学生から高校、大学と進み成長主人の脳梗塞、会社の規模縮小、いろいろあったなぁ~まだ続くのでしょうか?終わると言う事は亡くなると言う事なのでなかなか口に出しにくい言葉ですそれにしても・・・
2012/06/23
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姑の施設訪問時に 最近 痰が絡むようになりましたと報告がありました。このところ安定してていいな~と思っていたけど 徐々にそんな事も起こって来るのですね・・・仕方ないな~姑のグループホームには看護士さんが常駐していないので痰の吸引が必要になってしまうと 施設を変えなければいけないという現実が見え隠れしてしまいます そうなった時に考えてもいいのですがとりあえず ちょこっとだけ探してみました我家から車で40分くらいでしょうか… 多分ここなら大丈夫かな?と思われる老健がありましたが料金が高そう・・・調べてみると 施設で違うようですが 一月20万~30万くらいかかるらしいお願いだから 今のグループホームにいてほしい!と願いました最高額かかったとして 年間360万だなんて あり得ませんから~これでは姑の貯蓄もあっという間になくなり 生活保護を受けるしかない?特養だったら何とかなるのかな…あ…でも 扶養義務のある子供の収入で賄えって事をニュースでやっていたようなTVで生活保護のニュースやっていたから気になっていたけどね先々を考えて暗くなってしまいました、もう考えるの止めよう~
2012/05/26
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ホームへ支払いに行ってきましたが 姑は相変わらずでした私の顔は分かるのか 一応ニコニコしてくれます。今月はイチゴを持って行きました。果物好きの姑は イチゴを見て更にニコニコ、以前は施設に手土産を持って行くことに どうなのか?と悩むところがあったのですが 今は姑が喜ぶので 毎回持って行くようになりました。小さい施設なので 量も多くなくていいし・・・あまり深く考えずに 姑が喜んでくれればそれでいいです 先月亡くなったおばあちゃんの部屋には 新しいおばあちゃんが入所されていましたそしてちょっぴり残念なことに 施設ではケアマネさんが変わる事になりました。入所後、これで3回目になるのかな~・・・初めのケアマネさんは結婚退職でしたそして次々とは50歳くらい?の方で 急な家庭の事情で替わられています。仕方ないですね寒い冬でしたが 姑は風邪も引かず乗り越えてくれましたね・・・帰り道、姑の春物の服を2枚買いました次回 施設訪問の時に持って行こうと思いますいつもながらに 帰り道 どんよりとした気分になるのは何でだろう、最近 成年後見制度の最後の事務手続きに関する資料をネット検索で読むようになりました早く終わりにしたい気持ちが 強くなってるのかもしれません・・・でもいつ終わるのかなんて 誰にも分からない事なのですよねあまり先の事を考えず 楽しい事を考えなくちゃ
2012/02/22
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今年に入って初めての施設訪問、先月分の請求書が届いたので支払いに行ってきたのだけど 昼過ぎだったので義母はお昼寝中でしたお正月も相変わらず元気に過ごせたらしく 取りあえず安心…?施設への途中道、葬儀の案内看板が立っていたのですがどこかで見た事のある名前、義母の隣の部屋の方と同姓同名?まさか本人?ふと義母の隣の部屋を見ると 部屋の前のお名前がなく、職員さんに聞くと数日前に突然亡くなったそうで、ホームでの夕食中、突然倒れられて救急搬送されたとか医者からは 多分倒れた時には心臓が止まっていたのでは?という話だったと・・・倒れる寸前まで いつもと変わらない様子、食欲だったのだそうで人それぞれ どんな形でお迎えが来るのか分からないものなのですね98歳のおばあちゃん 義母が入所の時にはすでにいました何年施設にいらしのか?となると この施設での一番の古株が義母かも…まさか義母が98歳まで生きれるとは思えないのですが(いつ寝たきりになってもおかしくない状況なので)でも分からないですよね~今年も施設通いが始まったのだな~と思いましたやれやれ・・・
2012/01/13
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今日は義母の施設へ支払いに行ってきました。毎回、何かしらの手土産を持っていくのですが 今日は初めて「萩の月」を持って行きました支払いを済ませているうちに 車椅子で義母が登場「今日は萩の月を持ってきたよ~」と手提げを見せると なんと大喜びするじゃぁないですかびっくりしました、いつも ぼんやりしてるか ニコニコしてるか、表情はあっても声は滅多に聞いた事がないのにねこんなに好きだったなんて知らなかったな~義母が好きな食べ物は果物しか知らなかったのですがこんなに喜んでくれるなら 次回も萩の月にしようかな、なんて思いました。そういえば、「萩の月」は 宮城県の代表的な土産品だけど住んでる人は案外 食べないのですよね~ 頂き物で食べるくらいかな~ということで 私と主人も数年振りに萩の月を頂きました美味しかった~
2011/11/07
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昨日までせっせと頑張っていた 後見事務報告書、収支が合わないけど まぁいいか・・・と思っていたら旦那に「おれが説明することになったら何て言えばいいんだ」と言われ今日の午前中一杯かかって やっぱり直しました。後見人は私ではない 旦那なのですよね、ここ数カ月 義母の様子は変わらずですが (昨日 便遊びの事を書きましたが これもここ数カ月続いてるようで ちょっと憂鬱になる事です)義母は 何故かお喋りするようになりました。これって良くなってるのでしょうか?「こんな服じゃなくて もっといいのが着たい」とか嫁が買ってくる洋服のデザインが不満なのかしら?「そろそろ仕事を辞めたいと思います」とか「学校に行く時間になりました、行ってきます」「そろそろ家に帰ろうかと思います」笑っちゃうけど 20代後半から看護学校の先生をやっていたらしいので多分その当時に戻っているのかなと思います出来るようになった事はいろいろあって以前は 施設の皆さんと一緒に歌を歌えなかったのに今は歌ってるのですよね~ 何故かしら?義母の病気アルツハイマーは どうも進行がゆっくりのようです。もっと早く進む人もいると聞いていたけど やはり人それぞれ大好きだったと聞いたので 五木ひろしのDVDを買ってあげたのですがさっぱり興味はない様子・・・ せっかくなので 違うDVDも買ってあげました昭和の歴史を感じる物、 でもね、ちゃんと見てるのか分かってるのか?ただ流れてるだけって感じですねそして時々 歩いて移動してるらしいです。歩きたくない様子で車いす利用なのですが 時々気が付くと驚く場所に腰掛けているのだとか全く無理かと思っていたけど 十数歩は歩けるようです食欲はしっかりあって 完食、果物が大好きだったので 毎回いろいろな果物を持って行ってあげますそれとゼリー、水ようかん、まんじゅう、カステラなどなど飲み込が悪くなっていますから 買える物は限られてきます毎回、今日は何を買おうか…となるわけですが 義母のお金ですから私の財布が痛むわけではないと思うと 気楽なものですそういえば、入所前までの義母は 服をシーズン毎に大量に入れ替えていたらしく 恐ろしいほどの服の量を持っていました入所当時は 私が持って行った服を「こんな服なんか着れない」「もっと違う服が欲しい」と言ってましたでも施設の職員さんからは「毎日同じ服を着たがって洗濯したいのに出来なくて困ってる」と言われていました本人は毎日違う物を着てるつもりだったのでしょうね、これも病気の症状でしょう季節ごとに義母の姉妹が訪問してくれてるのですがその時に着てる服にチェックが入るのですよね叔母さんが訪問すると 夕方 我が家に電話が入りさりげなくあこれこれと言われますピミーさんが月に数回訪問してくれてるようなので安心した とかちゃんとした服を着ていたので よかった とかこんな程度なのだけどね どうも洋服は重要項目らしいので施設の方にも 叔母さんが訪問する時はいつもより服に気を付けてくれるようお願いしてしまいました気にかけて訪問してくれる方がいるのは 幸せな事ですね以前、知り合いの方のお母様が違う施設に入所された時高級なお洋服が気が付くと無くなっていて 悲しいと言っていました。聞くと デパートで購入のブランド品の数々、お母様は体が不自由になっただけで 他はしっかりして理解できるらしく肌触りの悪い物は着ないという話、また好きなブランドもあるようでした施設からは 紛失しても困るので 手ごろな安い洋服に変えてくれと言われたとがっかりしていましたお金があると 違う悩みが出てくるものだと思いました義母の洋服は、ジャス〇辺りで購入です 高くはありませんが多分本人はいろいろ着たいと思ってるので 量は多めかもしれません季節毎に 結構入れ替えています。私の着せ替え人形状態です私がイライラすると ちょっと派手な服を買って施設に置いてきますストレス解消になってるかも今日は どうでもいい話をあれこれ書いてしまいました~
2011/10/31
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まだまだ暑いのだけど 義母の片付け作業を始めています週に数回ですが 嫌な作業です カビ臭くて…ほとんどが処分なのですが、中には取っておこうかと思う品々も出てきますこの判断が難しい、以前見付けたアクセサリーも・・・義母は 旅行好きでアクセサリー好きだったらしく 旅先で買ったネックレスが箱から大量に出てきて どう判断すればいいのか分からず 知り合いの専門の方に鑑定してもらいました高価な物か 安物か、さっぱり分からないので助かりましたすると 売っても100円~200円の品が50本近く残り50本は10円程度にしかならないかも~と言われ旅先の土産品なんて そんな物かと思うとがっくりですね、昔のおばあちゃん好み?みたいな 私から見ると趣味の悪そうなネックレスの山だったのですが友達のお母さんが教会のバザーに使ってくれて 全額寄付しちゃいましたバザーでは1本300円で 100本以上もあって大人気だったらしくあっという間に完売だったとか、喜んでもらえてなによりでしたこの作業をしていると 子育てがほぼ終わりかけている我家も断捨離を考えて 処分する事が多くなっています震災後はかなりの量を処分しましたし 寄付もしましたそんな中、隣に住む義兄夫婦は捨てられない性格なのですがお金持ちの親戚が処分する高価な家具やブランド物の洋服全て頂いてきては溜めこんでいます、昨日はたいそう立派な机が運ばれていました子育てはとっくに終わっていますので子供部屋は倉庫となり 箪笥も10棹近くあり 子供たちから「このゴミ 誰が処分するの? 私は嫌だからね、処分してから死んでよね」なんて言われています子供の立場からすれば 気持ちは分かりますよ~義兄夫婦は親のゴミ屋敷を片付けた経験が全くないのですから気持ちが分からないのかもしれませんもったいないが口癖、確かにそうだけどね 生きてる間にそんなに大量の洋服は必要なのか? リサイクルショップに持っていけばいいのにブランド品を誰にも譲りたくないのかもしれません震災で 必要な物は何なのか 分かった人も多いと思うけどそうじゃない人もやっぱり多いもかもしれないそれとも半年経ったら忘れたのかな・・・子供には何を残せばいいのか 考えさせられる作業です
2011/09/14
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今日は義母の施設へ支払いへ行ってきましたこのところ暑い日々が続いていますので、途中涼しい服を3着購入、そして下着も涼しいものを購入、お土産に 水ようかんとゼリーも買って行きました私の顔を見るとニコニコとするものの もう言葉は出てきませんケアマネさんからの話では1週間に1度くらいしか言葉が出てこないらしく、先月から新しくなったケアマネさんは まだ数回しか声を聞いた事が無いらしい施設に入所する前は とにかくお喋りだったのに、アルツハイマーの義母は言葉を忘れてしまったようでしたいくら話しかけても 時々頷く程度、分かっているとは思えないし、先月は 義母にとって妹が訪問してくれたのに 1時間近く一言も言葉が出てこず、「あんなにしっかりしていた姉がこんないなってしまって」と 落胆して帰ったとか、去年は妹の話に頷いていた義母だったらしいが やはり病状は徐々に進んでる様子それでも去年の暑さを乗り越えたのだから 今年も乗り越えそうな義母です。食欲は旺盛らしい…私の方がバテバテ気味だわ~
2011/07/12
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義母入所のグループホームからお便りが届きました震災後、ホームの様子はチラホラと聞いていたもの 文章で読むと大変だった様子が伝わってきます緊急に一時帰宅をしていただいた入所者の方もいらしたようで、我家は施設からも遠く 介護度も高かったから?そのような事にもならず ホッとしていたのですがもし一時帰宅なんて事になっていたら… そう思うと どうしようか途方に暮れた事でしょう義母は一人暮らしから ドライブに行こうと誘われてそのままグループホームに送り込まれています当時の事を思い出すと もう・・・義母と同居した事もないし 介護の経験もほとんどない私です震災では多くの施設も被害に遭い そうなると入所者は他の施設や病院に移るしかなく 家族も被災してると 受け入れる事なんて無理なのですよねあれこれ考えて 複雑な気持ちになりましたよかったと思ったこと2つ 去年 義母所有の土地とマンションを処分したこと石巻の海岸沿いの高台にある土地、マンションは築30年以上、あの土地は浸水してないと思うので 必要な人が所有してくれる方がいいでしょうマンションはどうなってることやら・・・住む事もないのに 年金から共益費を支払い続ける事が疑問だったこうなると必要なものって お金なのかしら~
2011/05/07
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今日は、ようやく姑の住む地域でも電気が開通したようで 電話もつながり現状を聞く事が出来ホッとしました姑の施設では震災の日 近くの被害の少なかった施設に一晩お世話になったそうなのですが次の日からは施設に戻り 水や電気のない中で生活してたとのこと介護度の低い 自宅が近い数人の方に 水が出るまで一時帰宅してもらったそうですが要介護4の姑は帰宅する事もなく大丈夫でした。我家は遠いので ガソリンの心配もあり 一時帰宅はどうにも無理それにしても施設にいてもらえるだけで とても助かりました。姑は 世間は震災で大変だってこと 分かってないような…姑の実家は福島で 大変な事態になってるというのに…何とも複雑な気持ちになりました
2011/03/20
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夫婦で旅行に出かけるとき 一番の気がかりは施設にいる姑でした。義姉が大丈夫だからと後押ししてくれたので 思い切って出かける事ができたのですが、私たちの旅行中は 姑も体調を崩す事もなく施設から一度も電話がなく ほっと一安心していたのですが、落ち着いたらやっぱり電話が来ました。何なのでしょうかね~・・・便秘気味で お腹がちょっと大変な事になってるようですいつ何があってもおかしくない状態と言われて半年以上が過ぎ施設からは一月に数回の電話が入ります体調を崩すたびに病院の診察を受けてる姑まだまだこの状態は続くのでしょうねそれにしても医療費はバカにならないし・・・これが税金でまかなわれている事も分かっています確かに命は大切だけど 税金の使われ方に疑問が残るばかりです。かといって これ以上の負担が増えたら病院に通うことも出来ないと思うし施設の支払いだけでも結構大変ですし・・・介護はいつまで続くのだろう・・・、我家よりもっと不安に感じてる家は多いんだろうなこれから 高齢者がもっと増える日本は どうなってしまうのかしら?何より不安なのは 自分達が高齢になった時かもしれない
2010/07/09
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先週末、施設から電話が入ったときは どうなることかと思ったのですが、今回もしっかり治った?義母でした。レントゲンやCTの画像の説明で 素人の私にも様子が違うお腹の状態でこれではちょっと先行き怪しいかも?と思い主人の兄にも連絡を入れたのですが・・・だいぶ回復し今朝はいつもの食事をたいらげて 顔色もよくなりました。すごい生命力だな~と感心してしまいます。病院では点滴治療中に拘束してくれず 家族が2時間ずっと腕を押さえていなければならないのが大変で私にはちょっとしたストレスに・・・付き添いが終わると イライラしてる私は夕方、板チョコを食べながら運転して帰るのでした~失敗したな~、と思いながら 夜は旦那とウォーキングさっぱり痩せないよ~
2010/05/17
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ここ数ヶ月 落ち着いて生活してる様子の義母でしたがこのまま もうしばらく何事も無ければいいなぁ~と思っていたら施設からの電話今朝、調子が悪くなり かかりつけ医で受診したところ腸閉塞と言われたとのこと 落ち着いたので今日のところは施設に戻ったが明日の朝、再度病院へ行くので家族も一緒に来てください・・・家族で出向くのは私だけ、まぁ仕方ないんだけどね・・・明後日は高校の同窓会があり楽しみにしているので 明日だけで済むのかな~・・・気になる気になる明後日も病院付き添いになると それだけはちょっと困ったところです。腸閉塞とは・・・高齢ですし 今後どのような治療となるのか心配ですがとりあえず医師の指示に従うしかないのですよね・・・入院となった場合、退院後に今までの施設に戻れるかが一番の気掛かりです入院が長引いた場合、同じ施設に戻れる事は出来なくなるしまた新たな施設を探す事を思うと 気分はどんより・・・まぁ先を考えても仕方ないですね、とりあえず明日病院へ行ってみないことには始まりませんね
2010/05/14
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12月分の支払いに 義母のグループホームへ行ってきました。12月分は12万円ほどでした義母はこの半年安定しています。ケアマネさんに手を引かれ 少しずつしか歩けませんが 食欲は旺盛だそうで 元旦は食べ過ぎてしまい調子を崩し病院へ行ったようです。特に変化も無く これでいいのか・・・認知症になった姿を見てると 長生きしてくれて嬉しいのか悲しいのかよく分からなくなります。特に義母の場合、たくさんの人に迷惑をかけたので家族からも誰からも見放されています。何かお話しされたら?とケアマネさんから言われたのですが私は話す言葉も無く・・・ もちろん義母は何を言ってるのか分からない状態だしコーヒーを頂いて さようならをしてきました。とりあえず 今年も私のホーム通いが始まったのだと思っただけの一日でした。
2010/01/08
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このところ、義母の施設には 月に2回の訪問をしています。去年までの冬は 雪が多くて行けなかったりしていたのですが、今年は暖冬、雪も少なく 生活に余裕が出てきたこともあり少し訪問回数が増えました。義母は去年の秋ごろから歩行が更に大変になり暴れることもなくなり 精神科の薬をやめていました。歩けないし 暴力も落ち着いたしもう飲む必要もなくなった、ということで精神科通いは終わり私の仕事も一つ減り よかったのですが、薬をやめて半年、なんと、徐々に歩けるようになり、少しだけ活動的になり・・・勝手に庭に出て、道路に向かって歩いている姿を 施設の職員さんが発見ゆっくりしか歩けませんから すぐに捕まって家の中に戻されたようです。施設側は またヒッチハイクを始めるんじゃないかと みなさん焦ったそうです入所当時は家に帰りたくて毎日ヒッチハイクしていましたから・・・義母の施設は 10人ほどしか入所していない 小さなグループホームで畑と住宅に囲まれた どこから見ても ごく普通の家で気軽に外に出る事ができちゃうのですよね、どうしたものか・・・ ちょっと考えてしまいます。何かあったら施設に迷惑をかけてしまうんじゃないかな・・・と思うのです。施設の方には 何か事故があっても これだけ一生懸命にやっていただいているので 何も文句は言いませんから、本人の自由で構いませんと何度も話してはいますが、施設側からすれば 何か落ち度があれば訴えられる事もあるのでしょうこの施設で大丈夫なのか、何度も確認されます。もちろん何かあっても大丈夫、書面でも 誓約書として提出しています。しっかり管理され 自由に一歩も外に出る事ができない施設が良いのか自由に庭や畑で過ごせる施設が良いのか我家は義母に自由を選びましたが リスクは必ず伴います。何かあっても それは義母と我家の責任であって 他の誰にも責任がいかないのか?どうなるのでしょう・・・以前、父が入所した施設では入所者さんの通院中に交通事故があり入所者さんが怪我をしたことがあるのですが、車椅子用の車に乗っていて、走行中に事故にあったのでした。その時は施設側が 入所者の家族から訴えられていたのでした。裁判になったところまでは聞いていましたが、その後は知りません。いくら誓約書を書いても 結局は訴える方はいて裁判にまで発展してしまうこともあり施設側は いくら一生懸命に介護の仕事をしていても 事故が全くないことはありえませんし、世の中 いろんな方がいるのでしょうが、どこか変だと思ってしまいます。結局、父がいた施設では この裁判まで発展した事故が原因でちょっとした通院までも家族が付き添う事になり何かと言うとすぐに家族に連絡が入り 「家族が来れないと病院に行けません」と施設から言われてしまうほどになりました。これが一番大変だったことです。眼科に行くにも、月に一度の検診に行くにも全て呼ばれるのです。義母の施設は施設側が連れて行ってくれるので 家族が呼ばれる事は滅多にありません。今のところ 義母の施設と我家とは信頼関係がとれていると思っています。この関係が壊れないよう、これからも安心して義母を預けられますよう、お互いに気を付けて行かなければいけないと思っています。
2009/03/25
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このところ 弁護士事務所、裁判所、施設訪問、家庭裁判所など義母の用事が続きました。いつもの私だったら これだけ続くと精神的に疲れ果ててしまうのですが今回はちょっと気持ちが楽でした。一つだけお終いの方向に向かいはじめ ちょっとホッとしています。お終いというのは よい事で終わるのか 悪い事で終わるのか、更に違う方向に進むのか 全く検討がつきませんが裁判が一つ区切りがつきそうなのでした。よかった・・・・でもね、相手が悪かったのでしょうね~、更に次々と怪しい事件を繰り返しているようで どうも違う事件に続きそうなのでした。義母の様子は相変わらずなのですが、施設から血液の検査などで数値があまりよろしくないと報告がありました。徐々に終末期に入ってると思われるとの事、仕方ないことですね。それでも寝たきりにはならず、職員さんに手を引かれ ちょこちょこと歩いてる様子でした。最近親戚から 義母が「五木ひろし」が好きだったことを教えられクリスマスプレゼントではありませんが DVDを購入しました~プレーヤーは義母に買ってもらいましたが、(さすがに両方は高くて買えませんでしたよ)来週あたり 施設に持って行く予定です。皆さんと見てもらえれば ちょっとでも刺激になればいいのですけどね。
2008/12/02
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先日、義母が急に発熱、むくみがひどく心音も異常、入院する事になったので病院まで来て欲しいと グループホームから電話がありました。息子の練習試合中、えぇぇ?と思いつつ、仕方ないですよね、病院に駆けつけました。 義母は痩せて小さくなってシワだらけの顔だったのに、パンパン、丸々にむくんでいました。その日から病院付き添いが始まり、このままずっと続くのかしら…どのくらい続くのかしら?不安に思いましたが一週間で体調が元に戻り退院となりホッとしました。 義母は点滴を自分で抜いてしまうので、その時間帯だけでも付き添いが必要なのでした。そんな事が無ければ完全看護なので付き添う必要はそれほどなかったかもしれません。それにしても今回感じた事は、自分の体力の無さでした。5年前、父親が倒れた時の私は数ヶ月毎日のように片道1時間半かけて病院へ通いました。義母の病院は片道1時間ちょっと、これが5日続いただけで疲れ果てました。 父の時よりも数倍のストレスを感じ、お菓子を食べ過ぎ気分が悪くなってしまうほどでした。情けない・・・ 多分、大好きだった実父と かつては憎しみの塊だった義母との 私の気持ちの違いなのだと思うのですが、この付添いのストレスは…たまりませんでした。グループホームに訪問した時の義母とは 無口で会話も無い義母なので 私のほうから何か語りかける事がほとんどなく 担当職員さんから最近の様子を聞く程度で楽なものでした。それが病院の付添いとなると、グループホームの担当職員はもちろんいませんし、私と義母の世界…これがとにかく耐えられなかった…唯一の救いは 同室だった数人のお婆さん方との会話でした。そうそう、私のおばあちゃんもこんな感じで話していたよな~、 すっかり忘れかけていたおばあちゃんとの会話を思い出し、漬物の話、孫の話、遠くはなれた友達の話し、ご近所さんの話、昔話、どの話も私にはサッパリわからない事が多いのですが、それでも語り方が祖母に似ていたりしてホッとするものがありました。この次に同じような事があったら、付き添いが長く続くようだったら、付き添いのヘルパーさんを別に頼もうと思いました。1日1~2万近くする場合もあるようですが、こんな時の為に主人が成年後見人になったのですから 義母の貯金から出してもらおうと思いました。何でもお金がかかる世の中です。私がストレスを感じる事無く付き添えれば問題無いのでしょうが…長年つもり積もった義母とのことを思い出してしまい、二人きりはとても耐えられません。義母には、私以外の親戚も付添い拒否ですし、仕方ないのですよね、これから体調を崩す事も増えてくるのでしょう、そして電話がくるんだろうな~携帯電話は便利なようで 縛られてるような感じがします。書きながら溜め息が出てきました。さぁ、気持ちを切り替えて 今日は何をしようかな~久々にフリーデーです
2008/04/14
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義母宛の年金特別便がやって来ました~。中身を見てもこれでいいのかどうか?分かるはずがありませんよ、本人に聞いてもアルツハイマーですから、字は読めないし、言葉もほとんど理解できませんし、仕方ないので 今のところ眺めているだけです。どうしましょうか?と思いながらね・・・社会保険庁には呆れるばかり…、さてさてどうしたらいいのか…やはり眺めて終わりになるのかな…合っているのか合ってないのか分からないんですものね。 新しく問題になっている75歳以上の保険証は無事にホームに届きホッとしました、去年、大切な書類は転送されない事を知り、郵便局に届けていた転送扱いを止めていたので良かったようです。義母の郵便物は 「重要」と書かれている物のみ ホームから宅急便で送ってもらっています。いろいろややこしいものですね・・・
2008/04/11
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義母の2月分請求書が届いていましたが、施設の担当者から今月も振込みでOKと言われていましたので 振込み手続きを済ませて来ました。支払額は12万円ほどでした。 請求書の内訳に、粉ミルクと書かれ気になったので電話で確認しました。食事が上手く食べれない事が多いので 栄養バランスを考えて赤ちゃん用の粉ミルクを1日1~2回飲んでるとの事でした。活発に歩けなくなったようで 転ぶ事も無くなり穏やかに生活してると聞き、 衣類など足りない物も無く、生活に支障無く過ごしてる様子、 とりあえず まだしばらく通わなくても大丈夫と言われ 悪いな・・・と思ったもののホッとしてる私でした。今月末から義母の裁判が忙しくなりそうな気配なので、できたら施設に行って義母と顔を合わせたくない・・・そんな気分でした。こんな時に施設に行くと 余計に気が滅入ってしまいストレスが溜まりそうです。 PTA行事と義母の用事が重なってしまい 役員さんに欠席の電話を入れたのですが、 家族介護の経験がない看護婦さんに 「施設に入ったら家族は楽になるはずなのに、何か大変なことがあるの?」といろいろ聞かれて、何となくがっかりしました。 明日は何か気分転換しよう♪
2008/03/10
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今日は義母の大物家具を処分しました。ありがたいことに 鉄くず屋さんがゴミ処理場に運んでくれる事になったのでした。数年前までは 鉄くずを捨てるにもお金がかかったのに今は捨て時なのですね、古い電化製品と鉄くずの収集業者が こんな田舎にも毎日トラックで回ってくるのです。田舎の家は大きな倉庫に眠る古くなった農機具、電化製品などなど出てくるものですね~、我家も相当な量のゴミを出しましたが 他所もなかなかすごい様です。回収業者のおかげで 義母のタンス3竿を運んでもらいました。実はまだ8竿もあるのです。恐るべし義母…どれほど洋服に執着し捨てずにいたのでしょうか、タンスに入りきらない洋服もすごい量でした。施設にいる義母は 自分が買い集めた服は着ていません。買い集めた服はサイズが合わないことと黴臭く ねずみの巣になっていたので処分しました。それに服の趣味が悪過ぎ…80近いおばあさんが高校生のような?小学生のような?昔のキャバレーで踊るのか?そんな服ばかりだったのです。何で着れそうも無い洋服ばかり買ったのかしら???今、施設で着ている服は 私が買ったもの義母のお金で 私がおばあさんらしい服を購入、年相応じゃないとね。来週はまた施設に行かねば…支払いとインフルエンザの申し込みがあります。
2007/11/01
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義母の保険証を受け取りに 隣町の役場まで行って来ました。実は義母の保険証は9月一杯で期限切れとなっていたのでした。役場から、新しい保険証を送ったが不在だったため役場で保管してると通知が来たのは今月10日、グループホームでは義母を含む数人の保険証が期限切れとなってる事にかかりつけ医に行って初めて気が付いたとか焦ったそうです・・・でも、どう考えてもおかしいのです。グループホームが不在になる事はありえない我家と同じ 365日24時間営業、人の命を預かってる家です。もし我家に送ったとしても 365日24時間営業のお店が不在になることはありえません。保険証を取に行きながら、役場の窓口で担当者に聞いたのですが、 郵便局の対応を監視してるわけではないので分からないと言われました。確かにそうなのですよね・・・郵便局は郵送せず 不在者として役場に戻したのでしょうか?でもそうとしか考えられない状況でした。施設側もこんな事は初めて、数人分の郵便物が不在者扱いで戻されてしまうなんて・・・誰もいないなんてありえないし・・・と義母の担当者と話したのでした。民営化になって気を付けないといけないのかな、でも配達するのが面倒だからと 郵便物を捨ててしまった配達員もいましたし、何が起こるか分からないものですね。そんなこんな、その後病院へ精神科で無事に薬をもらいホームに戻ると義母が私を見つけて、「あら~来てくれたんですか、待っていましたよ」と言うではないですか!びっくり!!職員さんに私を紹介し始めました。私のことが分かるなんて 何ヶ月ぶりでしょうか・・・一緒に帰ると言い出すかな、と心配しましたが私はここに居るわ・・・と言ってくれたのでホッとしました。突然戻る事があるのですね。恐るべしアルツハイマーです。帰り道、やっぱり今日も疲れたな~と思っているところに弁護士さんからの電話が・・・自宅に帰ってからゆっくり電話しました。ここしばらく弁護士さんからは連絡がないので忘れていたけれど実は裁判になっていたんですよね自分の事じゃないけど いろいろ以前の義母のことを聞かれると精神的に落ち込みます。もうやってらんないよ~!心の悲鳴をあげたくなる一日でした。
2007/10/17
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息子の新人戦と、私の風邪で一時中断していた片付け作業を再開しています。義母がためたゴミの山…今日は軽トラ3台分のゴミを捨ててきました。お茶箱、10数箱に入っていた衣類を気持ちよく捨て昔のお膳、50客程も捨てました。ねずみにかじられて ぼろぼろ状態だったので 思い切り処分、編み物が好きだった義母の作品も 野良猫の寝床となっていましたので全部捨てました。ダンボール10箱以上はあったと思います。昔のこいのぼりも捨てました。多分、65歳になる義兄が生まれた時に購入したもののようです。もうぼろぼろ…軍服も出てきました。マント?も出てきました。50代の義兄、義姉達の教科書、ノート様々なものも出てきました。もちろんボロボロ、ねずみさんにかじられていますので処分、処分!!大量の座布団、布団も出てきました。新しいものを購入しても 古いものを捨てなかった…なぜか畳、ゴザ山積みの部屋がありました。畳も捨てなかったらしい…一升瓶で一杯の押入れを発見…開けた時はしばし呆然としました。よく割れずに 山積みされていたと思います。明日も天気がいいらしい、雪が降る前に作業を終わらせたい頑張るぞ~!
2007/10/10
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風邪がだいぶよくなったところで 義母の支払いに行って来ました。今回は施設で使ってもらおうと思い義母の部屋から大量に出た 昔昔に頂いたシーツ、布団カバー、タオルケット、バスタオルなどなどを大き目のダンボール2箱 持って行きました。あまりにも古いので 1度洗濯したら布が裂けてしまうのではないか?と思うほどの物でしたが捨てるよりは 雑巾にもでもしていただけたらと思ったのでした。義母の様子は相変わらず この数ヶ月アルツハイマーの進行はゆっくりな様子です。息子の名前を聞いても 「顔を見れば思い出す…」と小さな声で呟く程度、ぼーっと遠くを見つめていますが じっとしていられず時々立ち上がろうとしますが 立ち上がることはありません。この動作は 他の方でもあるようです。職員さんから 最近の様子を聞きながらいつもの訪問者名簿に記入したのですが・・・入所者9人の小さなホームに この数ヶ月の訪問者は9割が関係のところに「嫁」と書かれていました。息子、孫、娘…と書かれているのは8月のみたまたまなのかもしれませんが これが今の入所者の現状なのだと思いました。数年前に亡くなった祖母の施設でも訪問者名簿の記入欄で 一番多かったのは嫁でした。祖母のところに 週に2度も通ってくれたのは、やはりお嫁さんである おばさんでした。祖母の子供達である7人兄弟はそれぞれが一月に2~3回も行けば良い方だったと思います。もちろん、誰も訪問に来ない方もいると聞きましたし家族、家庭によって様々なのでしょう。今月は中旬に精神科の通院がありそうです。そろそろ冬物の準備もしなくてはいけません。過ぎてしまえば 一年はあっという間なのですね。
2007/10/07
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お盆が過ぎてから週に4、5日は、義母が収集したごみを捨てています。もう一月頑張っていると言うのに減った感じがしないんです。軽トラで処理場に運んだ回数は18回、でもまだまだあるのですよ…世間でもごみ屋敷がTVで騒がれる事がありますが、ごみを集めてしまう人は やはり病気なのですよね?いったい何と言う病名なのでしょう、どうしてこんな事をしてしまうのでしょう、集めたごみのせいで 畳、床は腐り床が抜け家は傾きかけてる状態です。親戚から借りてる家ですが 家の今後について親戚から解体して欲しいと言われました。ゴミを処分したところで この家に住む事は不可能だし物置に利用することも不可能です。余計な税金だけが圧し掛かってきます。ぼろぼろにしたのは義母なので 解体費用も義母が出すのが筋でしょう、もし元通りに戻して欲しいと言われたら 修理費等はいくらかかるのか見当も付きません。困ることに この家は家主さんの家と渡り廊下で繋がってる部分があり義母の家が崩れたら 家主さんの家にも被害が及ぶのでは?と心配してるのでした。義母が借りていた家は、親戚同士の貸し借りで、契約書を取り交わしてることもないようです、雪が降ったら 重みで潰れそうだし…雪が降る前にゴミを捨てて 家の解体を何とかしなければいけないし…今ブログしてる場合じゃないのに 心身ともに疲れちゃってるし…何が何だか訳が分からない状態でした。どこか遠くに逃げてしまいたい~
2007/09/21
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介護認定更新手続きの調査があり ホームに行ってきました。町からやって来た担当職員さんは 去年と同じ方で義母の去年の事をよく覚えていてくれましたので調査はスムーズに進みました。義母の様子は去年と比べると明らかに違いが分かります。歩行はすり足で、少しづつしか前に進みません。話に頷く事はあっても 自分から話す事がほとんどありません。返事すら出来ないときがほとんどでした。自分の年齢、今何月か、息子の名前、どこから来たのか、今住んでいる所は、などなど、何一つ答えられず、頷くばかりでした。最近は入れ歯が合わなくなり 噛む事が出来ず 食事はおかゆになり一人で食べれず介助されてるとのこと、食事以外にも トイレ、入浴、着替えなど全てにおいて介助が必要なのでした。義母は、こんなに迷惑かけ放題で過ごしているんだ…そう思うと がっかりしました。それでも施設の職員の方からは喋れなくなったので 文句を言わなくなり素直に行動しようとするのだそうで、楽なのだそうです。確かに、仕事とはいえ 文句ばかり言われているとがっかり来ることもあるでしょう、素直に大人しい方が 介護する側も気分が違うのでしょうね。今日の結果は一ヵ月後くらいに出るそうです。もしかすると1ランク上に行くかもしれないかな…それはそれで仕方の無いことです。やはり施設に行くと疲れ果てる私です。
2007/09/14
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施設からの電話に また怪我したのかな?と思っていたら、食欲の秋も目の前だというのに 義母は食欲が急に落ちて1/3の量も食べれない状態だという。そういえば半年くらい前にも同じような症状がありました。その時に見付かったのが胆石、そして今回も原因は胆石だろうということで 数日点滴を受けてるようです。どうするのかな?このまま様子を見るのかな?それとも手術?そう思っていたのですが、やはり80歳、アルツハイマーの義母は手術はしない方向だそうです。確かにね、今更手術しても 病院のベッドに寝てること自体が本人は苦痛でしょう、俳諧が趣味なのですから 同じところでじっとできるはすも無いでしょう、8月に怪我をして20数針縫ったところを何度も引っ掻き回し痛くない、痛くないと口走る義母、痛みの感覚もどの程度なのか分かりません。食べれなくなると一気に体力が衰えて大変だろうな~と思いつつも施設の方々に感謝です。
2007/09/07
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この1週間、施設からの電話が毎日のようにあります。毎日のように義母が怪我をしてるからなのですが、外科医に転びやすいから精神科の薬を止めたほうがいいと言われ薬を止めるとすぐに徘徊がひどくなり 昼夜問わず施設中を歩き回り 大声で家に帰りたいと騒ぎたてる始末そこでやっぱり精神科の薬を飲むと落ち着くのですがすぐにふらふらと歩き回り 転んでは大怪我。そして外科医に薬を止めたほうがいいとまた言われ…この繰り返しなのです。精神科の薬は 1年以上あれこれ試しながら続けてきたもので数ヶ月前までは安定していました。それが突然、転びだして義母にちょうどいい量が定まらないのか???分かりません。施設からの電話は、いつも私が対応するのですがここ数日は旦那が出ていました。自分の親なのに 話を聞いただけで嫌になった様子。まぁ、仕方ないですね。このところ 義母が集めまくった物の片付けに終われ主人も時々気がおかしくなるのでしょう、時々一人で怒り爆発していますから…自分の親がしでかしたこととはいえ その怒りの感情をどこに持って行けばいいか 分からなくなるんだろうな・・・かわいそうに思うときがあります。今日出てきた不思議なものは、車のドア…かなり古いです。どうしようとしたのかしら?アルツハイマーになる前から義母の行動は疑問です。
2007/08/29
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昨夜、施設からの電話でドキッとしました。義母がまた転倒、肩からひじにかけて擦り剥き30針縫ったのだとか…自力ですたこら歩けるので 車椅子に座らせる事も出来ず元気でいいんだけど、簡単に皮膚が破けてしまうらしい…骨折が無いのがなによりだけど この調子では近い将来骨折しそうな感じです。お盆に親族訪問がなかったので 是非訪問してくださいと言われたけど月曜からの義母の片付けで 気持ちはすっかり冷め切っていました。今回はお台所の片付けをしていましたが、40年も何かを漬け込んだ? 樽とかめの数50は軽く超えているようで…、恐ろしいものがあります。処理に頭を悩ませる日々です。しばらく義母の顔も見たくない気分です。古い台所の奥に味噌蔵があるのですが・・・これも恐怖です。今日は午後から片付けに行きます。行きたくないよ~
2007/08/23
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先週末、義母のホームへ支払いも兼ねて訪問してました。7月分の支払いはこんな感じです。介護保険利用 要介護3 26,815円食材費 30,000円家賃 21,000円水道光熱費 15,000円介護用品 20,490円 合 計 113,305円(その他) 施設会費 1,000円病院立替え 3,110円その他立替え 315円 その他合計 4,225円毎月、だいたいこんな感じで支払いです。多分安い方ではないかと思っています。義母の様子は 時々施設から足早に逃げようとする時があるらしいのですが、それ以外は落ち着いているようでした。義母は汗をかくことがあまりなかったのですが、今はものすごい汗かきになり、アルツハイマーになり体の変化がみられたようです。激しかった性格は もうどこかに行ってしまったかのように何を考えているか分からないほど ぼーーっと遠くを見つめ、職員さんから言われた作業を思い出し、思い出しに手を動かす程度です。あぁ~、それにしても この日から私の車は調子が悪くなり整備工場行きとなったのでした義母の訪問では いつもぐったり疲れるのですがこの日の疲れはいつもの3倍以上に…明日は車購入のためお店に行ってきます。とりあえず前向きにネ
2007/08/08
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施設から請求書が届いていたので支払いに行ってきました。先月、夏物の洋服を買い足したのですが汗かきで まだまだ足りないとか…多分15枚くらいはあると思うけど更にTシャツ5枚買っていきました。先日、転んで20数針縫った腕は 痛々しい感じで包帯グルグル巻でした。更に自分で自分の指を痛めつけまた数針縫われ、その後傷口を自分でほじくったのだとか…アルツハイマーになると 痛みとか感じなくなるのかしら?包帯を自分で取ろうとするので とにかく見守りが大変な様子でした。先月は 私の顔を見て嬉しかったのかニコニコと微笑んでくれたのですが、今日の義母は 一瞬ニコニコしたものの 次の瞬間には ボケーーーッと口が半開きに 何処を見てるのか分からない表情になっていました。だんだん笑う事もなくなるのかな…と思いながら職員さんの話を聞き いつものごとくグッタリと疲れて帰宅…義母の所に行くと どうしてこんなに疲れるのかしら?来週、精神科に薬をもらいに行かなくては…考えただけで更に疲れそう…何か楽しい事考えなくちゃ~
2007/07/10
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今朝、ホームから電話が入りました。義母が昨夜転倒し 腕、ひじなど 20数針縫ったとか…今まで打撲ですんでいたけれど とうとう外科にお世話になってしまいました。骨折はなかったそうで ホッと一安心。この年齢で骨折したら もう寝たきりになってしまう事でしょう、何だか それもかわいそう、歩けるうちは もう少し元気に過ごして欲しいと思う。そう思ってみたり、まぁどうでもいいや…と思ってみたり、冷たい嫁ですね。しばらく消毒などで通院となるようですがホームで連れて行ってくれるので安心です。すみませんと何度も電話で謝られました。でも、しょうがないのです、自宅では看れないからホームに預けてるのです。義母がどんな状態なのか、十分に分かっているつもりです。ホームの職員さんを責めようなんて気持ちは全くありません。でも色んなホームがあるでしょうし、家族側も色んな方がいるでしょう…すぐに責め立てる家族もいるようですし…複雑ですね…以前、父が入所していたホームでは些細な事でも大騒ぎする家族がいました。たまたま訪問した時に一緒になり その場を見てしまったときだったらホームに入れないで 自分で看ればいいのに…と思ったことがありました。電話で何度も謝られ、その事を思い出してしまいました。
2007/06/30
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義母の土地に放置されていた アスファルトの山を処分し業者から「マニフェスト」なるものを渡されました。義母の名前と土地の住所を書き業者に提出、産業廃棄物の処理の流れが少しですが分かりました。まだ数回、処理のためダンプが入るとの事…産廃業者に数万円の支出、更にダンプ代などなどの支払いがあるらしい…アスファルト…いったい何に使おうとしていたのか?それとも 処分場として提供したのか?アルツハイマーになる以前に義母がやっていた事…私には理解できないな~
2007/06/08
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今日は施設料支払いの日、義母のホームへと行って来ました。支払いを済ませ、夏物の洋服、下着を確認し、義母の記録に目を通し、最近の様子を担当職員さんから聞きそして義母とお喋りするのですが…最近の私、だいぶ変化がありました。以前は 義母がニコニコ笑っても とても笑顔を返す事が出来ませんでした。結婚してから ずっと義母の嫌がらせに耐えてきたことを思い出すととてもニッコリなんて 出来なかったのです。多分、義母の前での私は むすっと怒ってる顔だったと思います。施設に入所して7~8ヶ月 落ち着くまでにはいろいろな事があり呼び出しもあり…大変でした。それが今は 自分の家の電話番号を忘れ 子供の名前も忘れ50年近く住んだ町も忘れ とにかく何もかも忘れてるような状態で穏やかにニッコリ微笑むようになった義母の姿…アルツハイマーになると 人はこうも変わるものなのですね…息子の名前も出てこない義母が 施設の方々に「この人は私の息子の嫁なんですよ…名前が思い出せないんですけどね…」と紹介され、一緒になって微笑んでしまいました。自分で自分に驚いてしまった…義母を許してはいないと思うけど…思わず一緒に微笑んでしまった私…自分自身も変化しつつあると感じた日でした。
2007/06/05
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数ヶ月ぶりに 義母の精神科通院日でした。ホームの職員さんは 我家のことを理解してくれ当日は一緒に病院へ行ってくれました。でも、その方が先生に直接日々の状態を説明できますから適切な対処法、お薬も処方され安心なのですよね。1年前、義母を病院に連れて行くのは至難の業でした。あの日の事は 今でも鮮明に覚えています。それが1年経ち 義母の様子はだいぶ落ち着き徘徊がなければ 精神科に通う必要もないのでは?と思うほどになりました。暴れて暴言を吐き 男性入所者に噛み付いたり叩いたりする事も無くなり今は女性入所者を誘い 一緒に逃亡を試みて失敗の日々だそうです。薬で落ち着いたのだと思うので 薬を一気に減らす事は出来ませんが少し量は減りました。お医者さんにいろいろ質問され義母の今の頭の中は 自分がホームの社長だと思い込み生活してる状態だとか…施設の認識は全くなく 自分が経営するお店だと思ってる様子ホームに訪問に来る方を お店に来たお客さんだと思って対応してるそうです。シャカシャカと歩き回り「はい、お客さんが来ましたよ~」と職員を呼びこそこそと逃げようとする義母…アルツハイマーで行動はおかしいけど、その他の部分は まぁ元気でなによりでした。義母を施設に送り届け 家に帰ると疲れがドドドドド~っとでてきましたよ…施設に行くと ものすごーーーーーく疲れるんです。
2007/05/14
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今朝は娘の練習会場が義母の施設に近いことが分かり義母の施設に行ってきました。最近、口数は減ったものの 歩き回るようになり施設を脱走 ヒッチハイクをし始めた義母、脱走するなんて なかなかの知能犯、いつもこっそり玄関脇に隠れているそうで、玄関周辺が 隠れるところも無いほどに 妙にさっぱり片付いていました。本当にアルツハイマーなのかしら?と思うような義母の姿、病気の進みが早い場合は あっという間に寝たきりになるのですが義母は 快方に向かってるようにしか見えませんそれでもトイレの方はまるっきりダメで自分でやってしまった事に全然気が付かないのだとか…口数は減ったけど 「今日はお迎えが着たから帰りますね」と職員に話している…ということは私の事が分かるらしい、だけど名前は出てこない…請求書が来ていたので 支払いを済ませ帰り道、義母の洋服と帽子、靴を購入しました。 母の日が近いので 店員にプレゼントですか?と聞かれましたが「いえ!違います!」とハッキリ答えた私、しっかり義母の口座から頂きますよ~、お金の無い人なら仕方ないでしょうが、口座にお金があるうちは 使わせていただきます。介護は長いのです。いつまで続くか分かりません、義母の物は義母の口座から支出、そして無くなったら次は我家にも降りかかってきます。お金は大事に使わないとね~!
2007/05/06
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今週の水曜日、義母の施設に行ってきました。用事を済ませ 職員さんから最近の様子を伺います。購入して欲しい物があると言われ、何だろう?と思うと外反母趾用のサポーター更に 整形外科に一度行った方がいいのではないかと言われちょっと頭を抱えてしまった…かかりつけ以外の病院に通うとき、 初診のときだけは同伴しなくてはならないのです。どうしようかと、悩み始めてすぐに思い出しましたよ、お義兄さんは整形外科の医者だった~、これは早速、と思い 携帯のカメラで 義母の足を撮影、早速メールで送り 診断してもらいました。義母も息子に見てもらったんだから いいでしょう、お義兄さんは 施設に一度も訪問に来てくれた事がないのです。義母の事を聞かれた事も一度も無い…何だか寂しいね、本当に息子なのかしら…でもま、助かりましたよ、ありがとさん。結局、サポーターを付けても 仕方がない事が分かり放っておく事になりました。外反母趾、義母の場合は重度だそうです。どんな靴を履いていたかで 足がとんでもない事になってしまうのですね。気をつけなくてはいけません、足に合う靴を履く事が大事です。
2007/04/20
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先月、義母の住む町役場から「老人高額医療費の支給申請」はがきが届いていましたが、もう少し 時間のあるときに行こう…と先延ばしにしていた私でした。娘の学校が始まってから 一日のサイクルが全く違ってしまい朝の8時頃には 家事も完了主人の会社の手伝いや義母の家の掃除も順調に進みだけど昼食後は昼寝をしないと夜まで体がもたない…もしかして 時間を有効に使ってるのかもしれませんすご~い、なんて嬉しいことでしょうか~ということで 昨日は午前中の用事が終わってから義母を訪問しながら 役場の手続きに出掛けてきました。先日 義母の異常行動が気になっていたし丁度よかったかもしれません。義母の様子は…腰が曲がり チョコチョコと小さくしか歩けなくなってしました。去年から少し曲がってきたな…と感じていましたがもう完璧に曲がっていたのには驚きました。重労働したわけでもないのに どうしたのかしら…?足の親指が人差し指の上に重なり 上手く歩けない様子…外反母趾変形がひどい状態になってるのだと思います。ケチな義母は拾ってきた小さい靴を無理に履いていましたが結局病気になったのですね、何とかしなければいけません…やれやれ…私を見ても素通り…やはり忘れてしまったのでしょうね。ここ数ヶ月の間に書いたものを見せられたのですが自分の年齢、名前は書けるようでした。でも、息子の名前は書けなくなり 時々名前を忘れてしまうようです。それなのに、実家の住所は書いていました。驚きですね~、18歳で看護婦になるため上京してから実家を訪れたのは10回もないのでは?と親戚から聞いていたのですが、60年前の住所を書くとはそんなこんなの義母でした。
2007/04/13
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久しぶりに義母から電話がかかってきました。去年の5月、施設に入所してから 毎日「家に電話をかけてちょうだい、番号は○○-△△○○よ」と一日中、職員を追いかけては 電話!電話!と電話攻撃だった去年その攻撃は8ヶ月で終わり ここ数ヶ月は薬が効いて落ち着いていました。なのに何故?春だから?5分以上ベルが鳴り続け 私は電話を無視し続けさすがに気になって施設に携帯から電話をかけたら突然番号を思い出して かけて頂戴と騒ぐのでかけさせたのだとか…出なくていいですよ、本人は電話をかけただけで満足していますから、と言われました。精神科の薬はアルツハイマーにどのように効いてるのでしょうかね?それにしても不思議です。3ヶ月一言も電話と言わず、職員が番号を聞いても思い出せなくなったと聞いていたのに突然思い出して 電話をかけろ~!と 騒ぎ立てるなんて…そろそろ義母の施設に行ってみようかと思っていますが帰り際に追いかけられそうで ちょっとコワイな~
2007/04/11
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日曜日、義母の居る施設に義母の姉と妹が訪問してくれ今日は報告の電話が入りました。妹さんは 2回目の訪問で相変わらずだったとのことだけど 初めて行ったお姉さんさんはショックだったらしく何度も何度も どうしてこんな状態になってしまったの?を連呼、お姉さんはガン治療のため しばらく会う事も出来ず1年半振りで会った妹の姿に驚いたらしいのだけどね・・・最後は息子の自宅で面倒を見てあげられないのか?と言われたけどね、どうにもならないから 施設に入所したわけであって義母が自宅に居たのでは 家族崩壊するだろうな~と思うのでした。あれこれ言われても とりあえず電話なので聞き流して終わりました。面と向かって言われたら やっぱり嫌だったと思います。義母がアルツハイマーとなったのは だいたい平成12年、一般的にアルツハイマーの寿命が8年と言われているけどまだまだ長生きしそうな感じです。良いのか悪いのか、大変な事だけは続くんだろうな~、そろそろ施設&精神科へ行こうと思いました。春だからね~
2007/04/02
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娘の受験や雪道の道路事情、仕事など 様々な理由で義母の施設訪問は1月初旬以来行っていません。他の施設はどうなのでしょうね???以前、父や祖母が入所した施設は これだけの間身内が訪問しないと 訪問して欲しい!と言われる事が多々ありましたが義母の施設はありがたいことに 家族に対して何一つクレームは有りません。だからといって 身内や家族に知らん顔ではありません。ちゃんと定期的に電話連絡が入ります。一月に3~4回程度でした。昨日、連絡が入りました。義母の現状と薬のこと などなど連絡事項がちょっとです。衣類など 必要になっても家族が持って行けない場合は施設で勝手に準備してくれ 施設料と一緒に請求書が送られてくるだけありがたいのは 近所の安価なお店で準備してくれる事、5月には病院に行く事になってるので 是非来て欲しいがそれまでは忙しいでしょうから 緊急時以外 無理に来なくてもいいと言われました。我家にとってはありがたい施設、感謝ですね。
2007/03/08
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お正月、施設に入所した義母に 数枚の年賀状が届いていましたがどういう関係かも分からず そのまま放置してしまった我家です。ちゃんとお付き合いのある方でしたら もしかして再度お手紙でも来るかも?その時は ちゃんとお返事しましょう・・・そう思っていました。2月に入り 年賀状が届かなかった事を気にして連絡が入ったのは 遠い親戚の方でした。そして、早速 義母の施設へ訪問してくれました。義母の訪問者は いつも私だけです。義母の場合 ご近所に友達もいませんでしたので仕方ないのですが寂しい入所者の方も結構多い様子…数年ぶりに会いに来てくれた 親戚の方に 義母は大喜びで「泊まっていけ!」の連発で 施設から出るのが大変だったそうです。訪問ありがとうございました。
2007/02/11
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