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万雑559_大伴 家持の娘子の歌1首と秋の歌3首 ( 大伴家持_49)
次は、大伴家持の娘子の歌(
1596
)と秋の歌(1597、1598、1599)4首
です。
家持が娘子の家の門まで来て作った歌;
1596_ 「妹が家の門田を見むとうち出来し心も著く照る月夜かも 」
※_
「あなたの
家の門前の田を見ようと出かけて来た心の甲斐があって、月が明るく照っているよ
」
と歌っています。
天
平十五年(743年)秋8月
1597_
「秋の野に咲ける秋萩秋風になびける上に秋の露置けり
」
※_
「
秋の野に咲いている秋萩が、秋風に靡いている上に秋の露が降りている
」
と歌っています。
1598_ 「さ雄鹿の朝立つ野辺の秋萩に玉と見るまで置ける白露 」
※_
「
雄鹿が朝に立つ野辺の秋萩に、まるで玉かと見あやまるばかりに置いている白露だ
」
と歌っています。
1599_
「さ雄鹿の胸分けにかも秋萩の散り過ぎにける盛りかも去ぬる
」
※_
「
雄鹿が胸で野を分けて行くせいか、秋萩が散ってしまった。盛りが過ぎたせいなのだろうか
」
と歌っています。
備考;大伴家持の経歴と関連する出来事
養老2年(718年)ころに生まれた
天平8年(736年)家持が19か20歳で秋の歌4首(1566~1569)あり
天平10年(738年)内舎人としてお目見え
天平11年(739年)6月;家持の妾が死去
※_天平12年8月29日藤原博嗣が政府批判、9月3日挙兵、藤原博嗣の乱
天平12年(740年)に聖武天皇の伊勢行幸に従駕
※_聖武天皇伊勢行幸;10月29日に立って、11月2日から11日まで滞在
※_天平12年12月15日、聖武天皇の勅命により平城京より久迩京に遷都
天平12年から天平15年ころ、家持は坂上大嬢を娶ったようですが?
天平15年(743年)秋8月;秋の歌3首(1597,1598,1599)あり
※_天平16年(744年)2月、難波京に遷都
天平16年(744年)2月;安積皇子(享年17歳)が死去
※_天平17年(745年)5月、都を平城京に戻す
天平18年(749年)に越中守として越中国に赴任
※_越中国在住中の歌が223首ある
天平勝宝3年(751年)に帰京
天平勝宝7年(755年)に難波で防人の検校に関わる
天平宝字2年(758年)に因幡守として因幡国に赴任
※_万葉集の末尾(巻20_4516)は家持が天平宝字3年に作った歌です
天平宝字6年(762年)に帰京
天平宝字8年(764年)に薩摩守として九州へ
神護景雲元年(767年)に太宰少弐に転じて大宰府へ
神護景雲4年(770年)に帰京(民部少輔)
延暦4年(785年)_8月28日死去
家持の作った歌の掲載巻別の歌数;
巻第三;21首(長歌3首、短歌18首)_済
巻第四;64首(長歌0首、短歌64首)_済
巻第六;9首(長歌0首、短歌9首)_済
巻第八;51首(長歌2首、短歌49首)
巻第十六;2首(長歌0首、短歌2首)
巻第十七;76首(長歌9首、短歌67首)
巻第十八;69首(長歌10首、短歌59首)
巻第十九;103首(長歌17首、短歌86首)
巻第二十;78首(長歌4首、短歌74首)
以上
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