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カテゴリ: スピリチュアル
おはようございます みなさん





人物伝 ヒルティ──
「社会主義の本質は嫉妬と憎しみにある」と見抜いた洞察力/
神はその人に背負えないほどの荷物を背負わせない

https://the-liberty.com/article/23002 ​/






スイスの聖人・ヒルティ(1833~1909年)は
内村鑑三
新渡戸稲造
夏目漱石
西田幾多郎
渡部昇一など
数多くの日本の知識人に影響を与えた


大川隆法・幸福の科学総裁も
「私が最初に影響を受けた方」
(『ヒルティの語る幸福論』)とするが
総裁は
ヒルティの先見性についてこう評している


「マルキシズムが広がりつつあった時代
マルクスと同時代に生きたヒルティが
『社会主義の本質は嫉妬と憎しみにある』
と見抜いたのです

これは
けっこうな洞察だと思います」(前掲書)



本誌7月号
「スイスの聖人 カール・ヒルティ 未来に向けて語られた
『幸福論』の真意を探る──」(関連記事参照)でも
社会主義国ができる前に
ヒルティは
社会主義の動機が「嫉妬」にあると見抜いたことを紹介した



◎大衆が「キリスト教」よりも
「社会主義」に救済を期待したことに
ヒルティは憂慮していた

ここで注目したいのは
当時の大衆が「キリスト教」ではなく
「社会主義」に救済を期待していることについて
すでにヒルティが憂慮していたことだ


「現代の最悪の現象の一つは
すべての文明国において下層の階級の大衆がキリスト教から
またおよそ宗教的なものから全く離れ去り
ひたすら社会主義の未来国家に
彼らの状況の改善を期持していることである

この点で彼らがやがて失望するであろうことは
彼らにとってもう一つの不幸である」
(『眠られぬ夜のために 第二部』)


その憂慮は
ヒルティが自著『幸福論』などで信仰の優位を説き
「神のそば近くにある者の幸福」を
明かしたことにもつながっている

純粋な信仰が持つ「救済力」をよみがえらせることで
大衆に希望を与えようとしたのだ



◎もっと高次な幸福は
「神のそば近くにあること」

では
ヒルティが現代人に示した「真の幸福」とは何か


大川総裁による霊言で
ヒルティの霊は
その真意を
この世的な自己実現の上にある
「もっと高次な幸福」として
次のように語っている


「もっと高次な幸福は
やはり
『神のそば近くにあること』だと思うんだよね

だから
本当の幸福は
『神のそば近くにあること』だ

これは一種の悟りかもしれないけれども
そこまでの境地に達することができれば
この世のさまざまな瑣末事は乗り越えていけるんだよ

いろいろな『不幸と思われること』があってもね


たいていの人が人生相談をし
悩み苦しんでいるようなことは
『神のそば近くにあることが真の幸福なのだ』という
定義を持ってこられると
みんな遠ざかっていくんだよ
そういう
すべてのこの世的な不幸は
実は
神のそば近くに至るための材料
本人の自覚を促すための材料にしかすぎないんだよね」



◎信仰なくば
「真実の幸福」はありえない

そして
「だから
信仰なくば、
『真実の幸福』はありえないと思います」と語り
イエスが
いばらの冠を被せられ
釘を打ち込まれ
十字架に磔にされて亡くなった例を挙げ
「普通の人にとっては
捕まって死刑にならないことが幸福ですよね」
と前置きした上で
こう続ける


「信仰がない人にとっては
『この世的に快適で快楽であることが幸福』
ということになりましょうが
信仰心のある人にとっては
やはり
『神のそばに行ける』ということが
幸福なんだよねえ
これを知らせなければ
やはり幸福論を説いたことにならないと思う」


その後
イエスは復活を遂げることによって
「信仰の勝利」を世に知らせ
信じる者に最大の勇気を与えたと
ヒルティは記す


「復活という最も明白な歴史的事実──
はじめある人数の人が
いや
五百人以上の者が同時に
肉眼で見たと主張する事実
(中略)
この歴史的事実が本来キリスト教のすべてであった

もし使徒たちにとって
キリストが十字架にかけられ
墓に葬られたままで終ったならば
キリスト教を世に伝える勇気を
彼らは持たなかったであろう」
(以下
出典はいずれも『幸福論』第三部)


こうした信仰に基づくヒルティの幸福論は
「自分に利益を与えてくれるなら信じるが
与えてくれないのであれば信じない」
という「御利益信仰」とは真逆だ

信仰を力として苦しみを乗り越える時
人間の偉大性が現れ
真の幸福を得られるという
高次な幸福であった



◎神はその人に背負えないほどの荷物を背負わせない

ヒルティは『幸福論』において
人生において苦しみが現れた時
どう対処すべきかを論じている


「苦しみが自分の罪から生じたものならば
何ものをおいても
その原因となった罪を遠ざける必要がある

さもなければ
得られるはずの助けと慰めとを
見いだしえないからである」


しかし
善良な人間にも
「試練」が現れてくる

「信仰の試し」に直面した時
人は
どのように考えればよいのか


「苦しみが神からおくられたものである場合
それは間違いなく
次ぎのような良い特性を持っている

まず
その苦しみは
こちらの力に応じた耐えられるものである

なおその上に
その苦しみが有益なものだという
確信に基づく一種のこころよい気分をさえ伴うことがある
次に
そういう苦しみは
決意(すなわち実行や帰依の決意)によって
克服されるものであって
この正しい決意がなされるやいなや
苦しみは退散し始める」


ヒルティは
「神はその人に背負えないほどの荷物を背負わせない」と述べている

そして
勇気をもって
その荷を背負った時
今までにない智慧と勇気が現れてくるとした」


「苦しみは精神に対して
前には閉ざされていた洞見を新しく開き
また
前には持たなかった力を新しく与えてくれる」
「征服された苦しみは
この方向において将来与えられるべき幸福の最も確かな保証であり
その真の確約である」
「いかなる苦しみ
、たとえば自分の罪によるものでも
それを神の御手から出た正当な報いだと認めることによって
以上述べたような良い特性をのこらずそなえた
『神に授かった』苦しみに
変えることができる」



◎苦しみは
神から与えられた「積載力試験」

また
人間には苦しみの中から幸福を生み出す力がある

そう説いたヒルティは
苦しみは
神から与えられた「積載力試験」だと表現した


「苦しみ"Leiden"とは
この言葉の本来の意味
(それはもう今はまったく失われてしまったが)では
『試すこと』
すなわち
積載力試験ということである

これによって
ためされる者の真の内的価値が示され
もっと段階を進めてよいかどうか
その力が明らかになる」


勇気をもって人生の試練に挑む時
人は謙虚さに目覚め
心から神を愛することができるようになる

その時
人は
苦しみの中に
神から与えられた宝が隠されていたことを
悟ることができるとヒルティは考えた


(試練の時に)
「堅く立て
そうすれば大きな宝が与えられるが
さもなければ与えられない」
「ほんとうにすぐれた人の生涯は試練の連続であり
その最後の試練は
復活への信仰をいだきながら
死にうち勝つことである

ものを考える人にとっては
このような系統的な人間教育以上に
神の存在を証しするものは何もない」


さらにヒルティは
「実生活は
ひとに教える力
さらに神の召命とその身分証明とが
授けられるための学校である」とも語った

苦しみを越えて信仰を証した者の言葉は
パウロの宣教のように
人の心を揺さぶり
世界に響く

この「身分証明」を経ているかどうかで
様々な思想が
地域を越え
時代を越えて残るかが分かれるのだ


「この身分証明は
どんな人間的宣伝にも打ち勝つものである

また
なぜある書物は宣伝もしないのに多くの人の心に入ってゆき
ほかの書物はあらゆる宣伝の方法を講じても
そうならないかということの理由もそこにある
さらには
弁舌さわやかな説教者が少しも成果をあげないのに
往々
ごく単純な説教者が大きな働きをすることの理由でもある」


ヒルティの『幸福論』は
この言葉通り
国や地域を越え
時代を越えて読み継がれ
その真価を証明している


現代では
「こうすれば幸福になれる」という
短時間で手軽に読め
即効性があるハウツー本が求められがちだが
一度立ち止まり
長い年月を経ても色あせない普遍的な真理が説かれた
「古典」に学んでみてはいかがだろうか

(ザ・リバティーweb)




神から与えられた「積載力試験」

うんちくのある言葉ですね

人生は四苦八苦の世界説いたのは釈尊です

日々毎日が「積載力試験」の連続だということです

神が期待している魂には厳しい積載力試験が待っている

また人生は一冊の問題集でもある

次から次へと問題が問いかけられてくるのです

しかし解けない問題はないのです





いつか必ずてけるようになっています

何故ならばすべての課題は

自らが生れる前に用意しておいたものだからです




今日の光の言霊は 【世の中に光を還元する】 です

仏法真理 を学んだならば

その光を拡散していくことが使命です

仏の本願は光を限りなく増やしていくこと

仏から学んだ以上それを伝えていくことが大事です

法を説くは師にあり

法を伝えるは弟子にありです








【世の中に光を還元する】







私たちが目指しているものは
「どこででも通用する人材の育成」
です




「仏法真理の空間だけで通用して
それ以外では通用しない」
というような人を
いくらつくっても

世の中は変わりません




仏法真理を学んで
心が変わり

そして

その光を世の中にも
還元できるような
みなさんであって初めて

修行が生きていると
言えるのです















HS

『真説・八正道』 P.237






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Last updated  2026.07.23 09:56:39
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