森村 泰昌







名画の中の人物や女優に扮したセルフポートレートを制作している

アーティストです。(自称、シンディー・シャーマンの兄)

もちろん、それはシンディーからも公認済みです。

私はいつ、なにをきっかけに、彼のことを知ったのか、記憶にありません。



NHKの人気番組「ようこそ、先輩!」課外授業に何年か前に出演しました。

その前にスタジオパークにも出ていました。

ついでに、徹子の部屋にも出演した事もあります。

意外と露出度の高いアーティストです。






森村さんは6年前、はじめて役者として舞台に上がりました。

野田秀樹作、蜷川幸雄演出の芝居「パンドラの鐘」で、

大竹しのぶ、勝村政信ら実力派俳優に混じって物語のキーパーソンとなる

ピンカートン夫人を熱演したのです。




つづいて辻仁成監督の映画「フィラメント」(2002年春公開)に出演し、

大沢たかお、井川遥の父親である写真館主人を好演して

観客の涙を誘いました。


このふたつの俳優体験をユーモアたっぷりに

つづったのが『女優家M 演技の花道』です。



笑いにあふれた裏話満載のエッセイであると同時に、

森村さんという独特の視点から観察された、演劇界、映画界の

貴重なレポートにもなっています。




私は1998年7月10日に行われた彼のライブで初めて直に会いました。

昼夜2回、行われたライブでしたが、ハガキで申し込んだら、

どちらも当たりまして、両方とも、参加できました。



場所は京都国立近代美術館です。



北九州よりはるばる、朝一の新幹線に乗って、行ってきました。

そのころ、ちょうど、京都駅が改装されて間もない頃で

いろいろ、探索してまいりました。



ライブと聞いて、皆さんは「えっ、音楽するの?」

と思われるかもしれませんが、一応、しました。



そのライブのタイトル

「河内音頭で美術をKILL」

森村 泰昌+多田 正美(太鼓パフォ-マー)



さわりです


美術、美術というけれど、教科書どおりの美術史は

あんまりあたりまえの、ありきたり

そこでわたしが考えた

河内音頭の一節で美術を語ったならば、

楽しく 愉快に お勉強

できるのではないかいな

そういう私のアイデアに

あきれ返る人もいる

しっかり 地道に おとなしく

作品作っているほうが

芸術やってるプロみたい

偉い人にみえるから

へたなエンターティメント

しないでいるほうが

作品ねだんも高くなり、

尊敬される芸術家

こんなコンサバティブ

くそくらえ 芸術いうたら

自由が売りもんでっせ

自分の垣根をつくって

どうすんのん




この後にレンブラント編とゴッホ編が延々と続きました。



当然、会場内、みんなで踊りました。

「なぜ、わたしは踊ってんの?」と思いつつ、踊ってました。

















森村泰昌(もりむら・やすまさ)
1951年生まれ。美術家。1985年みずからがゴッホの自画像になる写真作品を発表。以後、セルフポートレート作品を作り続け、国内外で活躍する。三宅一生とのコラボレーションや、舞台や映画に役者として登場するなど、活動領域を拡大させている。著書に『美術の解剖学講義』、『芸術家Mのできるまで』、『踏みはずす美術史』、『空想主義的芸術家宣言』、『「まあ、ええがな」のこころ』などがある。



上はありきたりなプロフィールです。


ぽぽの製作(森村さんのこと)

1952年  大阪のお茶やさんの一人っ子として生まれる

1967年  大阪府立高津高校で美術クラブに入部し、本格的に絵に取り組む

1971年  一浪後、京都市立芸術大学美術部工芸科デザインコースに入学

1975年  松下電工株式会社に入社

     3日後、退職

     母校高津高校非常勤講師になる

1976年  大学のデザイン専攻に再入学

     奈良芸術短期大学デザイン科の非常勤講師

1980年  母校の美術学部構想設計・映像設計の非常勤講師に

1983年  京都のギャラリーで初の個展を開く

     作品はシルクスクリーンの版画だった

1984年  中学の数学の教科書や参考書の表紙デザインを手がける

     また、ポスターも製作、デザイナーの道を模索中



疲れたので、後は後日





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