【11】~【14】










「今日、午後から入っていた仕事が明日に

延期になったから、ドライブにでも行こう。」


と急に携帯に連絡が入ったのがことのはじまり。


「えーっ!午後から…

もう、いつも、急なんだから。


あたしにも予定があんのよ。


(今日、山下さんは休みだから…画廊には行かなくていいけど)


当たり前でしょう。今、学校よ!


授業は大丈夫。…(今日、全然、おしゃれしてないし…)


午後からは空いてるけど…(髪型も決まってないし)…」



「2時半ね。うん、わかった。」と電話を切ったものの、


いつもは、うれしくて表情がくずれるのが


自分でもわかるくらいなのに


今日はなんだか、そう、なれない。



このところの自分の将来についての思いを


司に伝えられないというイライラに加えて、


今日は朝寝坊のせいで、

服も、

顔も、

髪型も

決まらないまま、学校に来てしまったのだ。


今、つくしにできることは友達から、

リップを借りる事くらい。


トイレに駆け込み、髪を必死にセットし直す。


せっかく、会えるのだから司のため、

少しでもおしゃれしたい

と思う気持ちとうらはらに

司が入れてきた急な予定に

腹を立てる自分がいた。


待ち合わせの時間が近づく。


せっかく、デートに誘ってくれたんだから楽しもう。


あたしの笑顔が一番好きだと言う恋人のため

とびっきりの作り笑いをしてみる…。


大学近くのいつもの待ち合わせ場所に着いて、まもなく

高級外車がつくしの横に止まる。


シ二ョンヘアーに花柄のチュニックブラウスがそれに乗りこんだ。






【12】その顔もかわいい









「今日はどこにいくの?  先に言っとくけど、

この前みたいに、泊まりはなしよ。

明日、午前中から、予定が入っているんだから。」


つくしは、司に釘を刺した。


そして急に思い出したように


「そう言えば、箱根のこと、滋さんに話したでしょう?

ベラベラ喋らないでよね。みんなの前でばれちゃたんだから!」


「あー、あれ、あれは滋からカマかけられたんだ。

あいつがまるで、つくしから話しを聞いたようなこというもんだから、

ただ、場所を教えてくれなかったっていうから、

箱根の別荘に行ったって…。 

そんな、怖い顔すんなって!

悪かったよ。」


膨れっ面をするつくしを横目で見ながら、

つくしの複雑な胸の内も知る由もない司は

「その顔もかわいい」と思うのだった。



「心配するなって!今日は遠出は無理だ。

俺も明日、朝1番に抜けられない打ち合わせが入っているし、

日付が変わる前には必ず、送って行くよ。

両親には電話しといたから……。」


司は律儀にもつくしを連れ出す時は

必ず、両親に一言ことわりを入れている。



あの、もう、5年近くも前になるフロムの日の引越しから

ずっと、あたしは両親と弟と同居している。


細々と貧しいながら、やっぱり、親子4人で

生活できるってことはいいことだと思う。



司を待った4年間を何とか耐えていけたのも

いっしょにいてくれた家族のおかげだと思っている。



もちろん、両親も今か、今かと

結婚するのをひたすら、待っているみたいだが、

口にはあまり出さないので助かっている。



司のことをもともと気に入っている両親と進は

たまに夕食を食べに来る司を迎えるのが

今や、イベントと化している。


今度はいつ来るのかと心待ちにして、

ママは家庭料理に腕を振るう。


そんな時、司はみんなの期待を決して裏切らない。


ママの料理をなんでも、残さず、食べてくれるし、

誉め言葉も忘れない。


だから、あたしの家族にはウケが本当にいいのだ。




「ずっと、忙しいかったみたいだね?

もう、仕事のメドは立った?

ママが、このごろ、司が家に来ないの残念がっていたよ。

進なんか、「道明寺さんが来ないとうちは粗食だ。」って嘆てんのよ。」






【13】無理しなくていいから










この1ヶ月間、ホテルの新館の工事が

大詰めを迎えて忙しくて司は思うように動けないでいた。


「あぁ、あとはもう内装と備品の打ち合わせが残っているだけだな・・・・

それは専属のインテリアコーディネーターに任せてあるし、

そこまで関わってたら体がいくつあっても足りない…

もう、ほとんど、その仕事は俺の手から離れている。

明日が最終の打ち合わせで終わりってわけ。」


「ふーん、そうなんだ。  順調にいってよかったね。」


「あぁ、いつまでも、一つの仕事に目を向けていられねぇからな。

1つが終ったら、すぐ、次が待ってる。

いつまでそうやってればいいんだか…。」


「司が仕事の愚痴を言うなんてめずらしいね。

やっぱ、大変なんだね。」


「言ってもどうしようもない・・・・のはわかってる。

 ただ、お前に会える時間が取れないのはつらいな……」


「あたしと会ったって何にも出ないよ!

無理しないでいいから…ね。」


「それは違うな。お前に会う時間作るために、

仕事がんばってこなしてるとこあるから・…

俺は無理してでも、会いたいんだ。」



今のあたしには司のその気持ちが重くのしかかってくる。



あたしは司のなんなの?



どんな存在なの?




楽しい会話をしようとするが、思うように行かなかった。






【14】台無しになった夏の日のデート











司は去年の夏に行った海辺の町に連れて行ってくれた。



堤防が長く伸びて続いている。

堤防と冬の海の間にはテトラポットが無数横たわっている。


夏に来た時、あたしが

「この海の冬の風景が見てみたい。」

と言ったのを覚えていてくれたんだ。


「海の色が全然違うね。飲み込まれそうな色。」



飲み込まれそうなのはあたしの気持ちだったけど……



「ねぇ、司、覚えてる?

夏に来た時、人がたくさんいて、騒動しかったね。」


「あぁ、あん時はひどい目にあったな。

ガキの一人が親がいなくなったって

泣いてお前にしがみついて

結局、親探しに付き合わされて、

なかなか見つからなくて…」


「親は呑気に海産物を売ってるお店で買い物してたよね。」


あの時、司はお礼の言葉の一つも

言わないその子の親に向かって


「親なら自分の子供を迷子にさせないように

ちゃんと見とけ!」って真剣に怒ってた。


あの時、あたしはもう一回、

司に恋したような気がしたんだよ。


台無しになった夏の日のデートも


今考えるといい思い出になってるかも。


「ありがとう。連れて来てくれて…。」

あたしは感謝のことばを口にした。


この時のあたしのようにいつも素直な気持ちで

司に接していれば、本当は一番良かったのかもしれないね。



ごめんね。・・・・・それができなくて。




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