【23】~【28】


【23】 俺は、どうすれば、いい?









「なんなんだよ!  あいつ!」



俺はその夜、ベッドに横になってもなかなか、寝付けず、

あいつの事をずっと、考えてた。




類を送りながら、聞いたつくしの就職の件




いや、それは今の俺にとってはたいした問題じゃあなかった。



それよりも気になったのは、


初めて具体的に聞いたかもしれないこと・・・・




結婚に対するあいつの不安や今まで口に出せなかった思いだった。



帰国して1年、普通に付き合っていて、


俺は、当然、気持ちは結婚に向かっていた。



去年、NYで、父親にも、紹介ずみだった。

4年間、NYでもがんばっていたから、


母親ももう、俺にもつくしには何も注文をつけてこない。




何の迷いもなく……



ただ、つくしがそんな風に考えていたことは正直思わなかった。



この1年間、幸せボケだった?



俺だけ?



でも、あいつは違ってた?




最初、カフェで、携帯電話を通じて就職の事を聞いたときは


ただ、単純に


『俺に何にも相談なしに、勝手に就職決めやがって』



と驚きと少し怒りに似たような感情に左右されたのも事実だが



反対する理由もなかったし、俺はあいつには確固たる思いがあった。


それは


いつだって、あいつのことだけ考えて、優先していきたい…と言う思い。

あいつがしたいと思うことに俺がダメだなんて言うか?

俺はいつだって…あいつの好きなようにさせてやりたかったということだった。




ただ、 残念ながら、つくしのあの性格上、そうしてあげる機会がなかったのだ。




あいつ、確か、レストランで

「言ってもどうしょうもないことだから、言わない」

とか、言ってたよな。



そんなことねぇ・・・・・


相談ぐらいしてくれたっていいじゃないか?



俺はそんなに信用されてないのか?




就職の件は俺が認めてやればいいだけの話で

簡単にケリがつくことだ。





問題は・……結婚のことだ。



不安や心配はどうやって取り除いてやったらいいんだ?



帰り際に車の中で類が言った一言、


「あのさ、牧野は結婚で色々と変化することが怖いんだと思うよ。

だから、不安で、就職することで、逃げているんだと思うよ。」



「どういう意味だ?」と真意を聞いてみた。



「その先にある道明寺家という巨大な怪物と戦うのが怖いんだよ。」



「戦うって…もう、ババアは何も言わないだろうし、

父親も認めてくれてんだ。

あとはなにがある? あいつ、なにが怖いんだ?」



今さら、あいつのために家を捨てる訳にはいかない。




それはあいつも良く分かっているはずだ。



あいつがもういいよって言うまで、1年でも、2年でも、


10年でも、待ってやれるのに・・・・・・

(いや、やっぱ、10年は長すぎる…が)



そんな不安を抱えていたにもかかわらず、



あいつ、この1年間、何にも言わないで・・・




司の運転する車が大きなお屋敷の前に止まった。



「司、送ってくれてありがとう。

俺がこんなこと言うのもなんだけど、

牧野のこと長い目で見てやって。


とりあえず、わかっているのは、

残念ながら、牧野は司が好きだってことだね。」



「残念ながらは……余計だな。そんなことお前に言われなくても・・・・」



「わかってんなら、それで十分だよ。

俺、牧野にご馳走様って言ったけど、

司に言ってなかったね。ご馳走様。ありがとう。」


ドアに手をかけ、車外へ出る類。


「俺の方こそ、あいつのことで、つき合わせて・・・・・遅くまで、悪かったな。」

と礼を言う。



自宅の門へ向かう、類のうしろ姿を見送りながら、




「長い目で見て・・・・か。  俺、1人でその気になってたのか?」

と、つい、俺の口から出てしまった独り言。




突然降りだした、


予期せぬ雨に打たれながら、


雨宿りする場所もなく、


その場を動けず、


雨が体中に染み込むように


不安が広がっていく。



あいつの事、考え始めたら、本当にどうしようもなくなる。


こんなに好きなのに、愛しているのに、


どうしていいかわからなくなる。


あいつの考えていることがわからなくて、

不安になってそれから押し潰されそうになる。


俺はお前のためなら、どんなことだって

望みどうりにしてあげたいのに・・・・・・



いつでも    



何度でも 



俺がこうやって眠れないでいることをあいつは知っているのか?




バカらしくてやってられない・・・


枕を壁にぶつけてみる




結局、一睡もできないまま、カーテンの隙間から見える

外の景色が白みかけてきた。



聞いてしまった俺は・・・・




俺は、どうすれば、いい?










【24】   首、しめるぞ!








頭、いてぇ・・・・・睡眠不足で・・・



あのバカ女のせいで、朝から、気分は最悪だった。



そして、また、輪をかけて俺の気分を悪くさせる男がいた。


秘書の藤田だ。


車の中で、秘書の藤田がバカ丁寧に今日の予定をつらつらと

読み上げているが全然頭に入ってこねぇ。



「おい、藤田、もういいから・・・

今日の午前中の打ち合わせの件だけ、

とりあえず、詳しく教えてくれ。」



「かしこまりました。副社長。先方様の人数ですが・・」


藤田はより詳しい内容を話し始めた。



「2時間くらいで終るのか?」



「はい、順調に行けば・・・の話しですが」



「順調に行かない事もあるのか?」



「はい、搬入の関係で、うまく、設置できれば問題はありませんが。」



「じゃあ、そうさせろよ。今日は頭がいてぇんだ・・・遅れさせるなよ。」



「それはもう、先方様も運送会社の手違いとはいえ、平謝りでして・・・

『打ち合わせを今日に伸ばしていただい事に感謝しております。』

と社長自ら、昨日、来られまして・・・・・・」



「わざわざ、来たのか?」



「はい、副社長が牧野様をお迎えに大学の方に

行かれてすぐに来られました。」




・・・牧野?  あぁ、そうだった。




この打ち合わせが延期にならなければ、

昨日、あいつに会う事はなかったんだ・・・




また。昨日のことを思い出してしまった。



さぁ、どうすっかな?  

全く、何にも思い浮かばない…



類の野郎、女の気持ちがどうとか、男にはわからないとか、

また、なぞなぞみたいなこと言いやがって、


そんなもん俺が、わかるか? 



わかりやすく言えよ。



類が昨日、言った言葉が頭の中で???マークと共にグルグルと回る。




「そう言えば、副社長、昨日は牧野様とのデートはいかがでしたか?

久しぶりでしたから、牧野様も喜ばれた事でしょう。」

と秘書の藤田がムカツク事を言ってきた。



藤田はNY時代からの司の個人秘書として

司の手と足となり手腕を発揮していた。



メープルの副社長付けの秘書は別に母親がつけてくれていたが、

あの、うんくさい父親ほど年の上の野郎とは気が合わなかったから、

勝手に藤田をどこにでも連れて行っていた。



年が近い事もあり、何でも話せる信用の置ける奴だった。

仕事は真面目で実力も十分で申し分のない秘書だったが、


問題が一つ。



なぜか、変なところで抜けていた。




そんな事、今日の俺に聞くなよ。



このタイミングの悪さは本当に超一流だ。



俺の顔見て判断しろよ!


うれしそうにしてるか? 


わかるだろう?


と言いたいところだが、・・・・・・気持ちを抑えつつ、



「あぁ、スケジュールの調整、感謝しているよ。」

と昨日、午後の予定の残りを全てキャンセルしてもらった事に礼を言う。




「牧野様は幸せですよ。副社長のような方から、大切にされて……」




お前、わかってるじゃねぇか。


そうだよな! 


普通の人間なら、そばで見ていてそう思うよな。  


俺もそうしてきたつもりだ。


でも、当の本人がそう思ってないんだからどうしようもないな。



藤田はつくしともう何度も会っており、食事も一緒にしたこともある。


つくしのこと、やたら気に入っていたが、

考えてみたら、こいつら2人よく似ている。



しっかりしているようで、


肝心なところで抜けていて、


本人は気付いていない。




少し前はいちいち、気に障っていたが、慣れとは恐ろしいもので、

周囲に同じようなのが2人いるとどうでもよくなってしまった。



「おい、ちょっと、ホテルに着くまで、黙っていてくれないか?

頭いてぇんだ。それ言ったよな。」



「副社長、それはいけません。お薬はお飲みになりますか?

ホテルに着きましたら、すぐにご用意させましょうか?」



「薬も何にもいらねぇから、黙っててくれ!」



それ以上言うと、「首しめるぞ!」と言いそうになる。



「はい、では、私、今から黙らせていただきます。」と藤田が最後に言う。





ホテルの新築現場に行く車の中で目は瞑ってみるものの、

昨日のつくしのパニックになった顔ばかりが思い出されてどうしようもなかった。









【25】  昨日の続きの夢は見たくない






つくしは、昨日のことが気になって、いつまでも寝られなかった。



また、やっちゃた・・・・・・。



なんでこうなっちゃうんだろう?



あたしのせいだ。 



司は全然、悪くない。



どうしてこんなに素直になれないんだろう?



司の最後に見た顔が目に焼き付いて離れない。




昨日は2回も司を置き去りにして、帰ってしまった。



いや、逃げたんだ。



本当は胸が苦しくなる位、好きなのに、愛しているのに・・・。



いつも、あんなに大事にしてくれているのに結局逃げてばかり・・・・



花沢類が言ったようにあたしはちゃんと向き合うべきなんだ。



就職のこともきちんと説明すれば、わかってくれると思う。



でも、避けてる。



そのさきにあるものが怖いから?




自分では全く、気付いていないつくしだったが、


頬に幾筋もの涙が流れていた。




あたしはどうすればいい?







「つくし、つくし、いつまで、寝てんの?

あんた、いい加減にしなさいよ。

今日は、朝から、画廊に行くんでしょう?

遅刻するわよ!」


アパート中に響き渡らんばかりのママの怒鳴り声が頭の上から聞こえる。



夜明け近くになって、やっと、寝ることができたつくしにとって、

今朝、すんなり、起きるのは困難を極めた。



「ふとん、剥ぎ取るわよ!」



「あと、10分、お願い!ママ」



「しょうがないわね・・・あと、5分よ!」


ママがブツブツ言いながら、台所に入っていった。



「ねえちゃん、昨日、道明寺さんと久しぶりに会ったから、

その続きの夢でも見てるんじゃない?」


弟の進の声がした。




「昨日の続きの夢は見たくないわ・・・」とつくしはつぶやく。



「つくしも道明寺様に愛されて世界一の幸せものだ!」


パパが口をモグモグ言わせながら、


一緒にテーブルで朝食を食べている進に言ってる。    





そうだよね……。




パパに言われなくてもわかってる。



あたしは世界一の幸せ者のはずなのに




世界一の大ばか者だよ。





出るのは後悔の溜息ばかりだった。







【25】  その話の続きはしたくない。





上着を手に取り、髪を振り乱して、必死に走っているつくし。


結局、10分どころか、あれから、20分も寝てしまった。


2日連続の朝寝坊だ。



服は山下さんから指定されていたから、迷うこともなかったが、

結局、髪は梳かしただけになってしまった。




でも、今日は、遅刻はできない。

今日、画廊は忙しいらしいから。


社長と山下さんが出かけるので、留守番のアルバイトを頼まれたのだ。




昨日、家に帰り着くとママが



「画廊の山下さんから、バイトしないかって電話があったよ。

遅くてなってもいいから、返事を下さいって。」とせかされる。

前のバイトやめて、少し、お小遣いに不自由していたつくしにとって

返事は簡単だった。


ただ、山下さんは、一言、


「この前の面接の時のスーツでいいから、きちんとした服装でお願いね。」

と付け加えた。




本当は昨日、あんなことしちゃったから、花沢類には謝っておきたかった。

でも、そんな時間もなかった。とにかく、今は、画廊へ急ぐ。




画廊の入っているビルが見えた時、うしろから


「つくし、おはよう!」と声をかけられた。



「えっ、あれ、良子!どうしたの?・・・おはよう。」



「つくしもバイトを頼まれたんでしょう?」



「あっ、そう、良子も?」



「そうなの。昨日、叔父さんから、電話かかってきて、

留守番してくれって、午前中だけでいいからって。」



「良かった。じゃあ、一緒にいられるね。


「良子、もうすぐ、イギリスに留学するんでしょう。

また、しばらく会えなくなるから、今日はたっぷり、話ができるね。」




「うん、そうだね。わたしもうれしいよ。

つくし、髪、だいぶ、伸びたんだね。

そうやって、結ばず、そのまましてるのいいね。

つくしはそっちの方が似合っているかも。大人っぽく見えるよ。」



「えっ、そう?」




・・・・・時間がなくて髪をかまっている暇がなかったなんて言えないな。





「ところで、話しは全然、変わるけど、昨日のデートはどうだった?

つくしが名前を教えてくれないから、わかんないけど、お金持ちの

ほら、すごい車でお迎えに来る人!信じられないくらいハンサムで……

よく、あんな素敵な彼氏つかまえたよね。」




と目を輝かせてしゃべる良子だったが、それを遮るように言う。




「うん、まぁ…ね。着いたよ。私語禁止!」




その話しの続きはしたくなかった。





画廊の中はいつになく、あわただしい様子だった。







【27】  『嫌です。』とか『困ります。』









「おはようございます。」



つくしと良子は画廊の玄関ホールまで出て来ていた

山下さんを見つけるとあいさつをした。


「あぁ、おはようございます。今日は2人とも突然でごめんなさいね。

社長にバイト料たくさんはずんでもらえるように言っとくわね。」



と山下さんはえくぼと共ににっこり笑って言った。



つくしはこの人ほど、第一印象で受けた感じと全く、


本来の性格が違う人を見たことがなかった。


彼女はウィットに富んでいて、


ユーモアのセンスが抜群なキャリアウーマンだった。




「よろしくお願いします。今日は朝から、忙しそうですね。」と良子。



「もう、どこかに、出かけるんですか?」とつくし。



「そうなの。昨日、搬入が終るはずだった作品が運送会社の手違いで

都内の倉庫じゃあなくて、千葉の方へ行っちゃって、

行方不明っていうヤツ。探すの大変だったの。」




「おかげで、休日がパーよ。呼び出されちゃって。

社長も先方様の方へことわりを入れに行ったりしてね。

でも、来週に予定していた最終の打ち合わせも

今日一緒にすませてしまおうってことになって

一度に仕事が片付けられそうなの。

まぁ、ケガの功名ってとこかしら。」




「じゃあ、昨日は一日バタバタしていたんですね。」

といった時、つくしはあるものがなくなっているのに気付いた。




「山下さん、あの、ほら、ステラの1億2千万の……」




「あぁ、あれね、あれも今日、搬入するの。

もう、運送会社の美術品運搬専門班が持っていったわ。

なにせ、昨日、ヘマやってしまったから、朝の7時から来て作業始めたの。

もう、現場で組立作業始めてる頃かもね。」



「ステラ、行っちゃたんですね。好きとかって訳じゃあなかったんですけど、

あんな大きな作品がなくなると、さすがに画廊の中が閑散となりますね。」



つくしが主を失った、空間を見つめながら、山下さんにつぶやく。




「さぁ、私たちもそろそろ行くわよ。」と山下さんが声をかけてきた。



「えっ、行くって、あたしは留守番じゃないんですか?」




「留守番は良子さんよ。

牧野さんは私たちと一緒に搬入先に行くのよ。

牧野さんはもうすぐ、ここの正式な社員になるのだから、

こういう勉強も必要よ。今日はいい勉強になるはずよ。

横にいるだけでいいから、しっかり、見とくのよ。」



「なんだ。がっかり。今日はつくしとずっと一緒かと思ったのに!」

と残念そうに言う良子。



「ごめんなさいね。良子さん。もうすぐ、日本橋店の方からベテランの方が

応援に来てくれるからだいじょうぶよ。とにかく、留守番だけお願いね。

お客さんがもし、来ても、積極的に営業しなくていいわよ。笑顔で接客ね。

じゃあ、いきましょうか。牧野さん」




「あっ、はい!」




ここに着いてからの展開があまりにも急なため、


寝不足のこともあり、思考が付いていけないつくしだったが


どこに行くかもわからないまま、



言われるままに外商担当の営業マンが運転する車に急いで乗り込んだ。





「牧野さん、急で悪かったね。でも、今日の仕事は見ていて損はないよ。

画廊のやる仕事のほとんどを見ることが出来るはずだ。

山下さんがぜひとも牧野さんにも同席してもらいたいと言ったのでね。」



すでに車に乗り込んでいた社長が言った。




「そうだったんですか。あたしがいても邪魔にならないんでしょうか?」

つくしが申し訳なさそうに社長に答えた。



「大丈夫よ。牧野さんのこの仕事に対する態度や勉強する様子を見ていてね、

本当にやる気があるんだなと思ったから、連れて行きたくなったの。

ちょっと、迷惑だった?」山下さんが片目をつぶって見せた。



「いえ、うれしいです、そんなに評価してもらえるなんて

ますます、この仕事をやっていきたくなりました。」




昨日のことを思いながらも、今まで2ヶ月間がんばってきたことを

ちゃんと見ていてくれたんだと思うとつくしは素直にうれしかった。




「良かったわ。『嫌です。』とか『困ります。』

なんて言われたら、どうしようか思っていたから。」





「ところで、山下さん、打ち合わせの時間の確認だが、

メープルの新館での時間は変更なしだね?」


と社長が山下さんに問い掛ける。



「はい、10時きっかりです。10分前には着くと思います。」


と返事をする山下さん。





えっ、今、メープルって・・…言った?




社長と山下さんのたった今した会話の中に

つくしは引っかかるものを感じ始めていた。



メープルの新館・・・・・



打ち合わせ・・・・



昨日のキャンセル・・・・・



商品の搬入…・・




一つ一つの単語がつくしの頭の中で繋がっていく。


まさか、昨日、司が言っていた、




明日の打ち合わせで終わりだって…っまさか、これの事だったの?


つくしは山下さんがさっき言った




「嫌です。」とか「困ります。」の言葉はまさに





今のあたしに必要な言葉ではないかと思うのだった。







【28】 度胸が据わっているのね。






できるものなら、車から、飛び降りたい心境だった。



行き先が、メープルの新館とわかった時。



昨日、2回も司の目の前から、逃げ出している。




今日も、敵前逃亡をする?



いや、でも、もしかしたら、司の言ってた打ち合わせと関係ないかも・・・・



絶対、会うとは限らないし、・・・・・



そうよ。そうだ。司、絵のことなんてわかんないはず。



専門家に任せているって確か、昨日も言ってたし・・・・



だんだん、自分勝手にいい方向に解釈を進めるつくしだったが、




次の瞬間、決定的なダメージを山下さんはつくしに与えてしまうのだった。


「社長、さきほど、メープルの副社長の秘書の方から、連絡入りまして、

今から、副社長も新館の方に行かれるということです。」


と社長に向かって言った。



「げっ!  やっぱり…・・・・司、来るんだ。

秘書って確か、藤田さんだ。

ますます、やばい!あの人を黙らせるのは至難の業だわ。」




つくしもよく藤田のことを理解していた。





今まで年齢の割にはいろんなこと経験してきたあたしの人生でも

こんなにビクビクした時間を過ごすことはこの先も滅多にないはず・……。




もう、焦りすぎて、どうしていいかわからず、



半分、顔が笑っているつくしを見て、



「あら、牧野さんって、度胸が据わっているのね。

初めてなのに笑顔を作れるなんてたいしたものだわ。

いい?こういう、交渉ごとは半分はハッタリで後は度胸よ。

まず、堂々とした態度で居ること。相手より、下って思ったら負けよ。

普通に交渉するのは誰にだってできるわ。

牧野さん、なかなか、やり手になるかも…ねぇ、社長?」



と社長に話しかけた。


つくしは山下さんの今の言葉を聞いて、思わず、



あいつがビジネスの世界で成功するのがなんとなく、わかったような気がした。



いつものあの態度なら、誰だって、勝てないだろうな・…。




こんな状況下に置かれても、司のことをよくわかる自分がいじらしく思った。



内装を少し残すのみで、ほとんど、出来上がっている


美しいホテルの新館の玄関に到着して、



山下さんに続き、促されるように車を降りたつくしには



そこがどんなにきらびやかな場所であろうとも、



死刑台に引っ張っていかれる死刑囚のような気分だった。




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