陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 18




「行こうか。」

林田の声がした。

翔が苦笑いをした。

彩子は、翔の腕の中に飛んでいきたかった。

でも、林田も田口も弥生もいる。

そんなことはできない。

気持ちを抑える彩子を察して、翔が肩に手を差し伸べた。

「気をつけてね。」

「はい。」

彩子は、翔に背を向けて、弥生の所へ走っていった。

駅の階段を上り始めるときまた翔を振り返った。

翔は、手を振っている。

彩子も手を振った。


ありがとう弥生さん


途中、彩子は弥生を食事に誘った。

今日のお礼。

「ありがとう。一緒に付き合ってくれて。」

「付き合うなんて。楽しかったよ。」

「よかった。」

弥生は、松本から東京の大学に入り、そのまま東京の商社で働いて、一人暮らしをしていた。

弥生がたまには中華を食べたいというので、新宿の中華料理のお店に入った。

「翔さんって、感じのいい人だね。よかったね。」

「えっ。」

「好きなんでしょ?お互い。わかるよ。見ていれば。」

彩子は、頬が赤くなっているのを感じた。

「誰にだってわかるわよ。お・似・合・い。」

「そんな。」

彩子は、そんな風に言いながらも、嬉しかった。

それから、二人は、テニスの話や、お互いの職場の話をして思いっきり食べた。

運動の後の食欲はすごい。

『翔さん、この間のワインのお店でお酒そんなに強そうじゃなかったけど。どんな話しているのかな。』

弥生と新宿の駅で別れた。

「じゃ、スクールでね。」

「うん。みっちり練習しなさいよ。」

「わかった。」

「おやすみ。」

「おやすみ。」


幸せの顔


弥生と別れて、彩子は、自分の家へと向かう電車に乗った。

日曜日のこの時間は、電車はがらがらだった。

座席に座り、向かいの真っ暗な窓に映る自分の顔を見ていた。

今日のことを思いだしていた。

翔の優しさと親しさを感じて嬉しかった。

窓に映る彩子の顔は、喜びに輝いていた。

穏やかな顔だった。

心が満ち足りている顔だった。

『これが、私が望んでいた恋。待っていた人。』

体中が熱くなる思いがした。

駅に降り、改札を出ると、涼しい風が、彩子の顔を撫でた。

『気持ちいい。』

足早に、家路を急いだ。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: