陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 26




レストランを出たのはもう10時を過ぎていた。

一樹の家は大森なので千代田線で、大手町に出て丸ノ内線に乗り換えて、東京から京浜東北線に乗り換える。

佐藤さんは横浜なので、一樹と一緒に帰った。

彩子と、翔と由美子と毅は、新宿まで一緒に帰った。

新宿で、翔と別れる時、翔は彩子に近づいてきて、

「気をつけてね。」

と笑顔で言ってくれた。

彩子は、うなずいたが、笑顔がこわばっていた。

サングリアのせいもあるが、気持ちが沈み、青白い顔になっていた。

私鉄に乗り換えて電車に乗ると、ドアに寄りかかって外を見ていた。

真っ黒なガラス窓に映る自分の顔は、以前、翔とテニスに行って帰る時、やはり、電車のガラス窓に映った自分の顔とまるで違っていた。

家に着いた時、すでに12時近かった。

母がリビングでファッション雑誌を見ながら彩子の帰りを待っていた。

「ただいま。待っていてくれたの?遅くなって・・・。」

「楽しかった?疲れた顔しているわね。お酒、飲んだの?もう寝なさい。」

その時、電話のベルがなった。

「誰かしらこんなに遅くに。」

「私、私にだと思う。」

彩子は慌てて電話に出た。

「遅くにもうしわけありません。あの、彩子さんと同じ職場の・・」

「彩子です。」


涙の電話


「今日は疲れたでしょ。遅くなっちゃったし。」

「少し。」

彩子は、心が疲れていた。

「無理に、行かない方がよかったかな。ごめんね。」

「いいえ、だいじょうぶですから。」

と言いながら、彩子の声は震えていた。

「辛い思いさせちゃったね。田中さんに僕らのこと、分かってもらいたかったんだ。みんなにも。僕らのっていうより、僕の気持ちって言った方が確かかな。・・・・・君が好きなんだ。」

彩子は、翔の言葉に返事ができなかった。

息を大きくすった。

ようやく、言葉にできた。

「私も。」

それ以上、何も言えなかった。

涙が溢れてきた。

「電話で、こんなこと言うなんてごめん。でも、本当の気持ちだから。」

「私も翔さんのこと好きです。」

「ありがとう。泣かないで。ごめん、泣かせるつもりで言ったんじゃないんだ。・・・・・明日の待ち合わせ場所を決めようと思って電話したんだった。青木さんがいたから、言えなくて。日比谷の映画館の指定とっておいたから。待ち合わせは、シャンテの前で大丈夫?」

彩子も少しは気持ちが落ち着いてきた。

「ええ。」

「じゃ、10時にシャンテの前でね。待っているよ。寝不足かな?」

「翔さんの方こそ、ずっと仕事で忙しかったのに大丈夫ですか?」

「明日を楽しみに、頑張ってきたんだ。じゃあ、早く寝よう。おやすみ。先に切って。」

「お休みなさい。」


深い眠りに落ちる


彩子は、電話を切った後も、受話器を持ったままだった。

『翔さんが私を好きだって。』

また、涙が溢れてきた。

『翔さんが私を好きだって。』

着替えもせず、ベッドに横になり、そのまま深い眠りに落ちていった。

彩子の目から涙が流れた跡が残っていた。

食事の時の緊張で疲れていた。

そして、翔からの思いがけない告白を受け心がほどけ、力が抜けてしまったのだった。

「あらあら、着替えもしないで。彩ちゃん。もう、寝ちゃっているのね。」

様子を見に来た母が彩子に布団を掛けた。

母は、彩子の前髪をそっとなで上げた。

そして、微笑んだ。

部屋の電気を消し、ドアを閉めて出て行った。

彩子は、朝まで、目が覚めることはなかった。

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