陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 29




映画館から外に出ると、土曜日の休日を楽しむ人たちで通りはいっぱいだった。

朝は冷たかった空気も暖かい日差しに変わっていた。

「映画、どうだった?」

翔が彩子のほうを見た。

彩子は、胸の中が暖かくなっていた。

この映画のせいでもあり、それより、この映画を翔と一緒に観られたからだった。

「とっても楽しかったです。自分が、ビビアンになった気分。見かけはずいぶん違いますけど。言われる前に自分で言っておきます。」

「そんなことないよ?」

「翔さんったら。」

「最初は、寝ちゃうかと思ったけど、よかったよ。リチャード・ギア、カッコよかったね。きっと女性から見たら、理想じゃない?男から見てもイイ男って感じだもんね。」

「そうですね。初めは、冷たい感じの企業ハンターって感じだったのにビビアンに触れて、変わって行ったところがよかったですね。ビビアンの変身ぶりは気持ちよかったです。でも、ジュリア・ロバーツは初めから可愛い。」

「そうそう、お腹がすいたでしょう?ポップコーン、ほとんど僕が食べちゃったしね。」

「手を入れたら、もうなかったですよ。」

「夕べ、スペイン料理だったから、和食でもどう?」

「ええ。」

「じゃあ、行こうか。」

翔は、近くのホテルの地階にある有名な料亭の支店に彩子を連れて行ってくれた。

席に向かいあって座った。

仲居さんがお茶とお絞りを持ってきた。

「何にいたしましょう。」

「このお弁当でいい?」

「ええ。」

「じゃあ、このお昼のお弁当を二つお願いします。」

「かしこまりました。」

彩子は、なんだか大人になった気分がした。

周りを見渡すと、熟年夫婦や、初老の男性や、母娘などが多く、若い人はあまりいなかった。

彩子は、ちょっとプリティ・ウーマンになった気分だった。


終わらない会話


ちょっとしたプリティー・ウーマン気分の彩子だった。

お弁当も色とりどりのお料理が小く区切られたマスの中に二口、三口で食べられるくらいの量ずつ入っていた。

お椀も出汁がしっかりとられていて、海老しんじょうに三つ葉が添えられていた。

「『オペラは最初観た時に好きになれば一生の友になる。』か。リチャード・ギアの台詞。カッコよかったね。あのシーン。」

「セスナをチャーターして、オペラを観に連れて行ってくれるなんて。女の人なら誰でもグッときちゃうかも。ジュリア・ロバーツの真紅のドレス姿も素晴しかったですよね。彼女なら何を着ても似合うに違いないけど。」

二人の会話は、途切れることはなかった。

食事を終え、ホテルを出た。

「ちょっと散歩でもしようか。」

「ええ。お腹も一杯になりましたし。ご馳走様でした。」

二人は、皇居の方に向かって歩き出した。

「東丸公園って行ったことある?」

「いいえ。皇居の中なんですか?」

「そう、一般に公開されているんだ。東京の真ん中だなんて思えないよ。自然が一杯で。でも、もう冬だから寒いだけかな?」

パレスホテルの前の信号を渡って、お堀に掛かっている橋を渡ると大きな木でできた門があった。

「大手門っていうんだよ。ここから入るんだ。」

彩子は、大きな門を見上げた。


都会の中のオアシス


中に入ると受付があり、そこで番号札をもらった。

まっすぐ進み、左右に道が分かれている。

左へ曲がり、次に右に入っていくと少し上りになっている道がある。

道なりに歩いていくと芝生がある広場に出た。

東京のど真ん中だとは思えない。

ビルがひとつも見えない。

休日ということもあって、芝生に寝転ぶカップルや、座ってくつろぐ家族連れがあちらこちらにいた。

翔と彩子は、その芝生の広場に沿った道をおしゃべりをしながら歩いた。

「皇居の中に入れるんですね。しかも、こんな素敵なお庭。東京の真ん中にいるとは思えないですね。」

「でしょう。雑音も聞こえない。何も汚いものも見えない。ここに来ると気持ちが落ち着くんだ。」

「よく来るんですか?」

「休出の日とかね。気晴らしに来るんだ。気分がすっきりするよ。」

「そうなんですか。お仕事、忙しそうですものね。」

二人は、展望台へつづく道へ入っていった。

そこからは、大手町のビル群が一望できた。

「わあ。」

思わず、彩子は声を上げた。

その時、翔の手が彩子の肩に優しくのせられた。

彩子が翔の方を振り向くと、翔は、彩子を優しく自分の方に引き寄せた。

彩子は、翔の腕の中に入っていった。

不思議と、穏やかな気持ちになっていた。

翔は、彩子を優しく包んだ。

彩子は、そっと目を閉じた。

『翔さんの中にいる。なんて、安らかな気持ちなんだろう。』

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