陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

この空の下で 30




彩子は、翔の胸に顔をうずめた。

翔の心臓の鼓動と自分の心臓の鼓動が聞こえる。

なんて穏やかな気持ちなんだろう。

ふと、彩子は、翔の顔を見上げた。

翔も彩子の顔を見つめた。

「好きだよ。」

「私も。」

彩子は、また翔の胸の中に顔をうずめた。

翔は、前よりも強く彩子を抱きしめた。

二人きりだった、この東京のビジネスの中心地を見渡すベランダに初老の夫婦が上ってきた。

二人は、そっと身体を離した。

翔は、手を彩子の背中に回したままだった。

彩子は、今まで穏やかな気持ちだったのが、急にドキドキし始めた。

『この人が私が探していた人だったんだ。やっと会えたのね。』

「そろそろ行こうか。」

「ええ。」

翔は、彩子の手を握って歩き始めた。

翔の手は大きく、彩子の小さな手を包んだ。

二人は、また、映画のこと、好きな絵の話、学生時代の話をしながら皇居を後にした。

銀座まで来て、お茶にすることにした。

三越デパートの2階にあるカフェ。

二人は、4丁目交差点を見渡せる窓際の席に通された。

二人は、少し歩き疲れていた。

翔は、紅茶とモンブラン、彩子は、紅茶とショートケーキを注文した。

「今日は、翔さんのモンブランをちょっと頂きますから。この間のお返しに。」

「そうは、いかないよ。一口で食べちゃうからね。」

「そんな~。無理です。」

二人は、くすっと笑った。

そこに、注文したケーキとお茶が運ばれてきた。

「また、上からの眺めが楽しめるね。今度は、人の波だね。」

「今日は、お休みで、お天気もいいから、人がたくさん出ていますね。」

「森川さん、いつまで、敬語なの?」

「えっ。すみません。」

「やだな~、謝ることじゃないよ。慣れかな。まだまだこれからだね。」

「すみません。ぎこちなくて、私。」

「ほら~、また。」

そう言って翔は、笑った。

彩子もつられて笑った。

二人は、見つめ合った。

翔の顔から笑顔が消え、真剣なまなざしに変わっていた。

彩子は、そのまなざしに応えていた。

そして、また二人のおしゃべりは始まった。


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