陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

優しく抱きしめて 22



父親の運転する車で大学病院へ向かった。

受診受付は8時から始まる。

受診受付は8時から始まる。

診察は、8時半からだった。

美奈は、朝、出掛ける前、ぎりぎりまで寝ていたので、受付の後、父親と、病院の地下にあるカフェで、モーニングを取った。

トーストと野菜のカップに入ったスープと小さなサラダとコーヒー。

「今朝、中々、起きられなかったみたいだったけれど、大丈夫か?」

「うん。会社を休んでいたから、何だか、まだ、調子出なくって。ちょっと、疲れただけ。」

美奈の受診番号は、8番だった。

「どのくらい待つのかな。」

父親と美奈は、精神科のある2階へと向かった。

精神科の待合室へ入っていった。

まだ、診察時間が始まったばかりで、余り、患者はいなかった。

美奈と父親は、窓際の席に座った。

1時間ほど待った頃、美奈の名前が呼ばれた。

「村沢美奈さん、3番診察室へお入り下さい。」

美奈は、一人で、診察室へ入っていった。

「失礼します。」

「村沢美奈さんですね。どうぞ、お座り下さい。」

「はい。」

「森口と言います。先週、金曜日に受診されていますね。お仕事の関係で、土曜日に受診日を変えられたのですね。これから、担当となりますので。先週の木曜日にパニック発作を起こされて、救急にかかられたのですね。その以前にも症状があったのですね。」

森口は、カルテを見ながら、美奈に確認をしていた。

「はい。」

『30代半ばくらいかしら?いかにも、真面目そう。でも、目元が優しそうだわ。』

窓を背にして座っている森口を美奈は、じっと見ていた。

「どうしましたか?」

「あ、いいえ。何でも。」

「お仕事の方は、大丈夫でしたか?」

「月、火曜日と休んで、水曜日から出社しています。電車では、通勤することができなくて。会社でも胸が少し苦しくなることはあります。その時は、頓服をのんでいます。」

「そうですね。パキシルとメイラックスをきっちり飲んでいただいて、頓服としてワイパックスを使って下さいね。」

「はい。」

「初めて発作が起きたのは、電車の中ですね。大変でしたね。」

「はい。」

美奈の目から涙が溢れた。

「あっ、すみません。」

「大変な思いをされていたんですね。」

「・・・・・。」

美奈は、森口が差し出したティッシュの箱からティッシュを取り出し、目を押さえた。

「とてもおつらかったと思います。先週の診察で、パニック障害だという所見が出されていますが、念のために体で、異常を感じられている箇所の検査をしてはと思うのですが。その方が、安心感を得られると思います。胸の痛みや頭痛、呼吸困難など、他の病気も考えられる場合もあります。その危険性を一つ一つ取り除いていきましょう。」

「はい。」

「シンクタンクの研究員をなさっているのですね。調べることは違いますが、同じような仕事ですね。疑問点の解決を、先ず、するしょう?」

「そうですね。」

「ところで、この発作を起こされた原因ですが、カルテには、仕事が忙しかったと書いてありますが。仕事による疲労がかなりあったのでしょうか?それによるストレスも?」

「確かに、ここのところ、毎日、深夜まで残業していましたから、疲れは会ったと思いますが、でも、それによりストレスを感じることはなかったです。仕事にやりがいを感じていますし、次のプロジェクトも楽しみにしていますので。」

「あなたにとって、お仕事は、ストレスの原因にはならないと言うことですね。職場の人間関係はいかがですか?」

「原則的に、1人で仕事をしていますし。同じ部署にあわないと感じている人は、いません。」

「そうですか。では、お疲れが溜まっていたと言うことでしょうか。それが、電車の中で、こういう症状として現れたと言うことでしょうね。」

「どうして、どうして、どうしてこんなことに?」

美奈の目から再び涙がこぼれた。

いつもの美奈の姿はそこにはなかった。

多分、父親も母親も麻紀や涼子も知らない美奈の姿がそこにあった。

「今、まだ、はっきりとこの病気のメカニズムは、解明されていません。でも、何の理由もなく、このような症状が起きるとは考えられません。今、最も有力視されているのが、交感神経の過剰な反応により引き起こされると言われているものです。例えば、危険な状況の時に、自分を防衛するために発動される心と体の状況です。その、非常時に起きるはずの心身が反応が、全く普通の日常で間違って起きてしまうのが、パニック発作ではないかと言われています。」

「私は、そんな弱い人間じゃないはず・・・。」

「そうですね。あなたは、弱い人ではありません。ただ、人には、限度があるのです。知らず知らずの内に頑張りすぎて、体も、心もその限度を超えてしまったと考えて下さい。社会的に成功されている方でもこの病気になられている人は多くいらっしゃいます。だから、そんなにご自身を責めないで下さい。」

森口の言葉は、美奈の心の中に浸みてくる。

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