陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

優しく抱きしめて 24



今日から、新しいプロジェクトが始まるので、体調を万全にしておきたかったからだ。

会社の少し手前でタクシーを降りた。

ビルに向かって歩いていくと、誠二が声を掛けてきた。

「おはよう。」

「あ、田中君。おはよう。金曜日は、ご馳走さま~。」

「いや。今日、暑くなりそうだな。新しい仕事が始まるんだったな。頑張れよ。そこそこにな。」

「田中君も始まるんでしょう?ガンバってね。」

「ありがとう。」

今までと違う誠二の態度に気が付いていた美奈だった。

ビルに入って、ギュウギュウのエレベータに乗ると、美奈は、また胸がドキドキしてきた。

後ろにいる人が美奈の体に触れる度に体に電気が走るような感じがした。

口を手で押さえて下を向いていた。

手にも汗がにじんできた。

次から次へと社員が下りて行き、ようやく、落ち着いてきた。

部屋に入り、いつも通り、PCを立ち上げ、そのままコーヒーを買いに行った。

『ふう~。頓服を飲んできたのに。』

席に戻り、ONLINE NEWSを観ていると、2週に1回の週初めの会議が始まった。

会議が終わり、席に戻る途中、川村が声を掛けてきた。

「今日、1時にクライアントに行くから、12時半に下のロビーで。午前中は、納品だったね。頼んだよ。」

「はい。」

今日、今まで取りかっていた『留学の現状と問題』の報告書をクライアントに納入することになっていた。

そして、午後から、新しい仕事が始まる。

美奈は、報告書を持って会社から少し離れたところでタクシーを拾いクライアント先のある赤坂に向かった。

帰りに早めの昼食を摂って、会社に戻った。

頓服を飲んで、コーヒーを買って部屋に戻った。

『新しいクライアントは、虎ノ門か・・・。地下鉄か。』

12時半にロビーに行くと川原はもう来ていた。

「今日は、顔合わせと大まかな流れの説明をするだけだから。」

美奈の他、3名のサポートの研究員が一緒にクライアントに行く。

大手町駅に向かった。

『大丈夫よ。薬を飲んできたんだし。』

川原の後をついて、美奈と3人の研究員は歩いていった。

今回のプロジェクトのクライアントは、車メーカー。

生産リードタイムと在庫の削減が課題だった。

クライアント側は、担当部長以下、専任スタッフが1名、兼任スタッフが2名、計4名がこのプロジェクトに加わる。

地下鉄の駅に入って行く階段は、美奈にとって不安への入り口だった。

美奈の体が緊張してきた。

ホームで待っている間も電車が来るのが怖かった。

駅のアナウンスで電車が来ることが告げられると、美奈の体の緊張感は益々高まっていった。

『大丈夫。私は、大丈夫。』

美奈は、知らず知らずの内に後ずさりしていた。

電車の中でも、美奈の手には汗がにじんできた。

霞ヶ関の駅に着くまで、美奈は、ハンカチで口を押さえ下を向いていた。

クライアント先に着くと、名刺交換に始まり、川原が資料を基にプロジェクトの流れについて、説明を行った。

先ず、3ヶ月間で現状分析を行う。

データ解析、ヒアリング、競合調査。

そして、中間報告会(役員プレゼンテーション)。

次の3ヶ月で対応策の立案。

リードタイムと在庫の削減のポテンシャルの把握と実行難易度の評価。そして、改善スケジュールの策定。

そして、報告会(役員プレゼンテーション)。

第3ステップでは、生産性向上パイロットプロジェクトの実施。

詳細計画の設計(目標値、スケジュール、メンバー、検討課題の明示化)。

パイロットメンバーのすり合わせ及び研修。

中間レビューの実施計画。

プロジェクト成果の判断。

全体展開計画の立案。

そして、報告会(役員プレゼンテーション)。

説明を終わると、クライアントとの質疑応答をし、初めての顔合わせを終えた。

美奈は、席に座って、川原の説明を聞いているだけだった。

それなのに、今までに感じたことのない、緊張感に襲われていた。

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